しずく照らす光   作:シベ・リア

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みなさんこんばんは。

前回不穏な終わり方をしたこの物語。みなさん続きが気になると思いますので何も言いません。早速続きをどうぞ。


第4話「この世界でひとりきり」

 

 

━━━胸の奥にあった変わらない想い。

 

 

いつも君といる時には幸せな気分に包まれていた。

 

 

もう迷わない。だから伝えたかったこの気持ち。

 

 

理想のヒロインである君に言えたこの気持ち。

 

 

………遅くなったけど、やっと言えたこの気持ち。

 

 

『愛してるよ』

 

 

 

『しずく照らす光』

 

 

第4話「この世界でひとりきり」

 

 

 

「大変申し訳ございません」

 

大雨の中、合同演劇会が行われる江東区大文化ホールに訪れた人達に両校の生徒会長である栞子や透、それに顧問の康太郎や葵子は頭を下げ続けていた。

 

会場の入り口に立て掛けてある看板には大きく『中止』と書かれている紙が貼られていて、この為に訪れた人達は残念そうな声を漏らしていた。

 

その事実はネットを通じて伝えられていて、SNSでもそのことは話題になっていた。

 

『なんで急に中止になったんだろう?』

 

『現地の人に聞いたけど、なんか事故があったらしいよ』

 

『楽しみだったのになぁ……』

 

ネットでも残念そうな声等が広まっていて、それを見た関係者も辛そうな表情を浮かべていた。

 

「しずくさん……」

 

頭を上げた栞子は会場の方を見つめて、医務室で眠っているであろうしずくを心配した。

 

「えぇ〜中止〜!?」

 

「はい。大変申し訳ございません。代金は後日全額返金致しますので」

 

栞子はまたこのことを知らない人達が来て、しばらくはこの場を離れられないことを覚悟した。それは他の関係者も同じであった。

 

その周りにはレスキュー車やパトカーが止まっていて、警察官も集まった人達の対応に追われている者、会場を出入りする者もいた。

 

そんな会場の入り口にはブルーシートや危険表示バリケードテープが張られていた。

 

 

 

 

 

━━━医務室。

 

 

「ずっとこの調子なの?」

 

「はい……」

 

「救急車がこっちに向かっていたから急いで来てみたけど……」

 

「まさかこんなことになってるなんて……」

 

「It's unbelievable……!」

 

そこには栞子を除く虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーに加え、卒業した果林、彼方、エマ、ミアも駆け付けていた。

 

「しず子……」

 

かすみはベッドで眠っているしずくの手を優しく握ってその名前を呟いた。

 

皆、殆ど会話はせずに、しずくを心配そうに見つめていた。

 

そしてしずくが目覚めることはなく、時のみが無情にも進み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━あれ?ここは?

 

 

しずくは今自分がいるところを理解していなかった。

 

 

「しずちゃん、どうしたの?」

 

 

「輝くん……!?」

 

 

「シーッ……!今リハーサル中だよ?」

 

 

「リハーサル……?」

 

 

しずくが困惑しながら周りを見ると、確かにそこはステージの上で、照明も自分達を照らしていて、他の部員達もこちらを見つめていた。

 

 

━━━そうか、今は劇のリハーサル中だった。集中しなきゃ……!

 

 

「そうだよ?もしかして疲れてる?一旦休憩にしようか?」

 

「う、ううん!大丈夫!ちょっとボーッとしてたどけだから!」

 

「そう?じゃあもう一度……」

 

「うん。ごめんね?」

 

輝林は「大丈夫だよ」と言わんばかりに笑顔を浮かべて、しずくの手を取った。

 

「ラピス姫、私と踊っていただけますか?」

 

「…………えぇ、喜んで」

 

そして2人はお互いの手を取り合って、クラシック音楽が流れる中踊り始めた。

 

 

━━━輝くん、上手いなぁ。練習いっぱいしたからかな?ふふっ。

 

 

しずくは輝林のダンスを間近で見て、感じて、その成長に感心していた。

 

「……貴方、本当に━━」

 

「━━シッ。周りの方に聞こえてしまいます」

 

「あっ、そうよね……」

 

「姫、ずっと会いたかった」

 

「私もよ。ずっと会いたかったわ」

 

「姫……私はあなたのことを心の底から愛しております。ずっとあなたのことが頭から離れないほど、あなたのことが好きなのです」

 

「私も同じ気持ちです。ア……えっと………王子」

 

そしてそんなことを考えていると、時はあっという間に流れて、輝林はしずくを優しく抱き寄せた。

 

 

━━━心臓の音が聞こえない。輝くん、冷静なんだ。

 

 

しずくがそんな輝林に抱き寄せられながらそう感じていると、輝林の顔が自分の顔に近付いてきた。

 

いよいよキスシーンに入る。

 

打ち合わせでは、ここはフリだけでいいという風になっていた。

 

本番では衣装も着ていて、輝林が演じるアルタイルは仮面をしてマントもしている為、ここで観客にはマントで隠されて顔が見えないようになっているのだ。

 

しかし、輝林の顔の距離はどんどん近付いてきていた。

 

「えっ……!?て、輝くん……?!」

 

「………………」

 

「フ、フリでいいんだよ?!しかもこれリハーサルだし……」

 

しずくは頬を赤く染めて近付くことを止めようとしない輝林に呼び掛けるが、それは止まることはなかった。

 

 

「しずちゃん………」

 

 

「あっ…………」

 

 

「………しずちゃん、愛してるよ」

 

 

そう呟くと、輝林は優しくしずくの唇にキスをして、しずくはそれを抵抗することなく受け止めた。

 

 

━━━キス、しちゃってる……!

 

輝くんと、ファーストキスを……!

 

嬉しい………!

 

 

しずくはとても幸せな感覚に包まれていた。

 

きっとそれは輝林も同じだろう。

 

 

 

しかし、その唇にあった感覚は突如消えるようになくなって、しずくは目を見開いた。

 

 

「輝、くん……?」

 

 

その目の前には自分を抱き寄せてキスをしていた輝林はおらず、しずくは辺りを見回してその姿を探した。

 

 

ステージの上で、照明で明るかったはずだったその空間は、いつの間にか真っ暗な空間に変わっていた。

 

 

━━━ここは、どこ……?

 

 

「輝くん!輝く〜〜ん!」

 

 

しずくはその空間を歩きながら輝林の名前を呼んで、返事がするのを願っていた。

 

 

『しずちゃん……』

 

「っ……輝くん!?輝くんよね?!どこにいるの!?返事をして!!」

 

そしてやっと聞こえてきた輝林の声に、しずくは嬉しそうな顔を浮かべてその姿を探した。

 

しかし、その姿は全く見つからない。

 

『しずちゃん……』

 

「輝くん……?」

 

『ごめん、しずちゃん……僕……』

 

「な、なんで謝るの?私、わからないよ……」

 

『しずちゃん……泣かないで……』

 

「泣……く……?私、泣いてなんか……?!」

 

しずくはその輝林の言葉を聞いて頬に手を当てると、それには何かが滴る感覚がして、最初は信じられなかったが涙が流れているのだと理解した。

 

『………ごめん』

 

「っ……だからなんでっ……!?」

 

しずくは荒げた涙声でそう叫んだ。

 

その声が暗闇にこだまする様に響いた。

 

『………僕、もうしずちゃんには会えない(・・・・)んだ。本当はわかってるでしょ?』

 

「っ……!!」

 

輝林にそう言われるとしずくを強い頭痛が襲った。

 

そしてしずくは思い出して、涙が溢れ出す目を見開いて瞳を大きく揺らした。

 

 

落ちてきたシャンデリアの下敷きになった輝林と、その時の状況を。

 

 

『………ね?』

 

「そんなの……そんなの嫌だよっ!!!」

 

『ごめん……』

 

「謝らないでっ!!!」

 

『…………しずちゃん』

 

「な、なに……?」

 

輝林はそのしずくの強い思いを受け止めたように感じてから、言葉を紡いだ。

 

『僕はしずちゃんのことが、ずっと好きでした』

 

「うん……!私もっ……!輝くんのことかずっと好きだった!」

 

お互いに、ずっと長い間言えなかった想い。

 

それをこの場でやっと、お互いに伝え合った。

 

『……ありがとう。嬉しいよ』

 

「私も嬉しいよ?!」

 

『これで安心して………逝ける(・・・)よ』

 

「っ………!?待ってよ輝くんっ!行かないで!!嫌だよっ……!お別れなんて、嫌だよっ!!!」

 

『……しずちゃん。"みんな"が待ってるよ……?』

 

「待って!!輝くん!!!」

 

『ばいばい、しずちゃん……』

 

「輝くん!!輝くんッ!!!」

 

しずくはそんな輝林の名前をずっと叫んでいた。

 

輝林の気配(・・)が消えてもそれを辞めなかった。

 

信じたいのだ。

 

輝林がまだ(・・)生きていることを。

 

ただの悪い冗談であることを。

 

また自分のことを揶揄っているんだと。

 

 

━━━だから、輝くん……お願いだから……

 

 

「お願いだから……嘘って言ってよっ……!!」

 

 

しかし、そんなしずくの悲痛な願いの声に返答が来ることはなく、ただただその声が反響するのみであった。

 

 

そしてしずくの視界が揺らぎ始め、これでもう2度と輝林とは会えないのだということを、嫌でも理解させられた。

 

 

しずくはその場で両膝を地面に付けて、両手で顔を覆って、泣き叫んだ。

 

 

その空間(せかい)でひとりきりになったしずくは、視界をまるで仮面をするかのように手で覆って、その瞳に映さないようにしていて、それはそんな現実(リアル)を受け入れたくないという気持ちからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……こ、こは……?」

 

『っ……!?』

 

どれぐらい時間が経ったのだろうか、眠っていたしずくがそう呟くのが聞こえると、その場にいた同好会メンバー全員が驚きの声を出した。

 

「しず子っ……?!」

 

「ん……かすみ、さん……?」

 

「っ……!!しず子ぉ〜〜!!!」

 

そして1番近くでしずくを見ていたかすみは椅子から立ち上がって、ベッドに横たわるしずくに抱きついた。皆もひと安心してホッと胸を撫で下ろした。

 

「私、栞子を呼んでくるわ!」

 

嵐珠は急いで医務室を出て、外で対応をしている栞子を呼びに向かった。

起きたばかりのしずくはまだ周りの状況が全く理解できていないようで、体を起こして周りを見渡した。

嬉しそうに自分を見つめる同好会のメンバー達に、卒業した4人も来ていて同じように見つめ、そして体の節々に痛みも感じていた。

幸いしずくは"あの事故"でお尻や脚等に打撲や擦り傷程度で済んでおり、手をついた時にも少し捻ったようで両手首にも包帯が巻かれていた。

まだ意識が朦朧とする中、しずくは頭を片手で抱えながら声を絞り出した。

 

「ここは……医務室……?」

 

「うん、そうだよ。部長さん達が運んでくれたんだよ」

 

「でも本当、目を覚ましてくれて良かったよ」

 

侑と歩夢はしずくが寝ていたベッドの横に移動していて、優しく控えめな声量でそう言った。

 

「私、どれくらい、寝て……?」

 

「大体2.3時間ぐらい……かな?」

 

「そんなに………っ!?え、演劇会は!?」

 

「……中止だって。今栞子ちゃんはあれからずっとお客さんの対応をしてるよ」

 

「そ、そんな………ッ!」

 

しずくは愛から自分が寝ていた時間を聞いて演劇会のことが真っ先に浮かんだが、璃奈から中止の事実を教えてもらってとても残念そうな顔を浮かべた。

 

「あんなことがあったらねぇ……」

 

「私達も楽しみにしてたけど仕方ないわよ」

 

「うん、そうだね」

 

「皆さん……折角来てくださったのに……」

 

「Don't worryだ。しずくが無事で何よりさ」

 

この日の為に予定を合わせていた彼方、果林、エマ、そしてミアにも申し訳無さが込み上げてきて、しずくは軽く頭を下げた。

 

そうして意識が段々とはっきりしていたしずくは、先程見たことや意識を失う前……リハーサルでの事故を思い出し、ハッとした表情を浮かべて素早く顔を上げた。

 

 

「っ……輝くんは……!?輝くんはどうなったんですか……!?」

 

 

『………………………』

 

 

しずくは皆の顔を見回して、自分を庇ってシャンデリアの下敷きになっていた輝林の状況を聞いたが、誰もそれに答えようとはせずに顔を背けていた。

 

「なんで、何も言ってくれないんですか……?!」

 

「しず子……」

 

「かすみさんも、何か知ってるんでしょ!?ねぇ?!ねぇ!!??」

 

「し、しずくちゃん……一旦落ち着いて━━━」

 

「━━━落ち着いてられませんっ!!!イッ……!」

 

「あっ、しずくちゃん……!まだ安静してないとダメだよ!」

 

周りにいたかすみ、侑、歩夢はしずくを落ち着かせようとするが、落ち着くはずもないしずくは体を動かした時に感じた痛みで苦しそうな表情を浮かべた。

 

「こんなのっ、輝くんに比べたら……っ!!」

 

「しずくちゃん、動いちゃダメ……!」

 

それでも、その痛みを抑えてベッドから立ち上がろうとするしずくを璃奈や皆が止めようと近寄って止めに入った。

 

「輝くんに、会いに行かなきゃ……!近くにいてあげなきゃ……!会って、お礼を言わなきゃダメなんです……!!」

 

しずくはベッドから脚を出して床に足をつけ、シーツに手を当ててゆっくりと立ち上がろうとしたが、上手く力が入らずにそれは叶わずにベッドに座り込んでしまった。

そしてそんなしずくの目からは涙が溢れ出し、すすり声を上げてその場で静かに泣いてしまった。

 

皆が静まり返る中、ドアの開いた音がして栞子と嵐珠が部屋に入ってきた。2人もそんなしずくの姿を確認すると、その姿を見つめてその場に立ち尽くしていた。

 

「しずく……」

 

「しずくさん……」

 

「っ……嵐珠さん、栞子さん……!」

 

しずくはそんな2人が来たことがわかってその顔を確認すると、何か思いついたような表情を浮かべた。

 

「しずくさん、動かないで安静に━━━」

 

「━━━栞子さん」

 

「………はい」

 

「生徒会長の栞子さんなら知ってるよね?輝くんがどうなったのか……」

 

「っ……!そ、それは……」

 

「知ってるんだよね!?ねぇ、輝くんは……輝くんはどこにいるの!?」

 

しずくは前のめりになって栞子に問いかける。

 

栞子は迷っている表情を見せていて、他の皆と同じくしずくとは視線を合わせようとしなかった。

 

それを見たしずくは痺れを切らしたようで、力を振り絞ってベッドから立ち上がって出口に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

「あっ、しずくさん……!」

 

「もういい……他の人に話を聞いてくるから……!」

 

「っ……!」

 

しずくは他の演劇部員や先生なら何か知っていると考えて、途中でベッドや棚等に手を掛けながらも出口に向かって足を進めた。

 

そんなしずくを皆は心配そうに見つめていて、かすみはその後を追うように動き始めた。

 

そして出口が近付いて来た時にその扉が開いて、しずくは立ち止まってその方向を驚いた表情を浮かべながら見つめた。

 

「あっ、ちょっと……申し訳ないけど、ここから出ないようにしてくれるかしら?」

 

「けい……さつ……?」

 

その扉を開けてしずくを静止したのは女性の警察官で、優しく声をかけたその警察官をしずくは驚いた表情で見つめた。

 

「今、マスコミが外に集まって来てるの。事故のことも後で聞きたいし、まだしばらくはここにいてくれる?」

 

栞子が離れてからこの事故を聞きつけた沢山のマスコミが情報を仕入れようとここに集まっており、生徒達では対応しきれないと皆を部屋に待機させ、警察官のみでその対応を行うことにしたことにより、先程よりも多くの警察官が応援にここに駆けつけようとしていた。

そんなことがあり、この状況を生徒達に伝えようと数名の警察官が彼女と同じように各部屋を手分けして訪れていたのだ。

微かではあったが、会場にはマスコミのものであろう声が響いていた。

 

「は、はい!ほらしず子、今はここにいよ?」

 

「……あのっ!輝くんは……男の子はどうなったんですか?!警察の方なら知ってますよね!?」

 

「そ、それは………」

 

しずくは戻るように勧めるかすみの言葉を聞き入れず、警察官にも皆と同じことを聞くと、その警察官は言葉を濁して同好会のメンバー達に視線を向けた。その目は『言っても大丈夫なのか?』と確認と助けを求めるようなものであった。

 

「なんで……誰も……イッ!!」

 

しずくはまた体の痛みを感じてその場でしゃがみ込んでしまい、近くにいたかすみや警察官は姿勢を低くしてそんなしずくを心配そうに声をかけた。

 

「すみません。事故に遭った生徒が痛みを訴えています。応援願います、どうぞ」

 

『了解。すぐに向かわせる、どうぞ』

 

「了解。すぐに他の人が来るから、とりあえずベッドに戻りましょ?」

 

「くっ……!」

 

しずくはそう言われると悔しそうな表情を浮かべて、その場から動こうとしなかった。

 

「……………しずくさん」

 

「ちょっと、栞子……!」

 

そんな時に栞子がついに重たい口を開くと、嵐珠はその意図を察してそれを止めようとしたが、栞子は首を横に振った。嵐珠は栞子は決意したのだと思い、その行く末を見守ることにした。それは他の皆も同じ思いだった。

 

 

━━━しずくさん、ごめんなさい。

 

このことを言ってしまうと、しずくさんが傷付くと思ったので言うのを戸惑っていました。

 

でも、このことはすぐにわかること。

 

このことを知ったら、きっとしずくさんは教えた方に当たってしまうでしょう。そうしたら、さらにしずくさんは傷ついてしまうかもしれない。

 

だったら同じ同好会のメンバーとして、仲間として、私から伝えます。

 

これが"間違い"だとしても……構いません……

 

しずくさんを守れるなら、私は"悪者"になっても構いません。

 

 

「しずくさん………」

 

「……………」

 

しばらく沈黙の時間が続いて、栞子の言葉を待つようにしずくはその目をジッと見つめた。

 

栞子は深呼吸をしてからそんなしずくをジッと真剣な顔で見つめて、口を開いた。

 

 

「紅葉さんは………」

 

 

「輝くん、は………?」

 

 

 

 

 

「紅葉さんは、病院に運ばれてから暫くして………

 

 

 

 

息を引き取られました」

 

 

 

 

 

「え………………………………?」

 

 

 

 

また沈黙の時間が流れた。

 

しずくのその声はその空間に溶け込むように消えていき、外で鳴る雷の音と降り続ける雨音のみが響いていた。

 

皆は気まずそうに視線をしずくからズラして、

しずくはその真実に開けた口が塞がらずに何も言葉を発せなかった。

 

そしてしずくは寝ている間に見たもの……輝林とのやり取りを思い出した。

 

 

『ばいばい、しずちゃん……』

 

 

その時の輝林が言ったことは、そういうこと(・・・・・・)なのかという考えがしずくの頭をよぎった。

 

 

━━━嘘だ。これは全部、悪い嘘なんだ。

 

 

しかし、しずくはそのことが真実だと信じなかった。いや、信じたくなかったのだ。

 

 

「………嘘よ」

 

 

「しずくさん、気持ちはわかります。でも━━━」

 

 

「━━━嘘に決まってるッ!!!!」

 

 

「っ……!」

 

 

栞子は、そのしずくの声量や圧力に一瞬怯んでしまった。

 

そしてしずくは栞子を睨みつけてその声を止めることをなかった。

 

「いくら栞子さんでも、そんな笑えない冗談は許さないよ?ねぇ、嘘なんでしょ?」

 

「……………………」

 

「っ……嘘って言いなさいよッ!!!」

 

「しず子っ!!!!」

 

立ち上がって怒りを露わにしながら栞子の方へ歩み寄ろうとするしずくを、かすみは前から力いっぱい抱き止め、さらにその目には涙が浮かび上がっていた。

 

「くっ……ねぇ!嘘なんでしょ?!私を驚かせようとしてるの!?栞子さん!かすみさん!みなさん?!」

 

『……………………』

 

そんな血相を変えたしずくの言葉に皆反応することはなく気まずそうな顔をして目線を逸らしていた。しずくはそんな皆の顔を1人ずつ見回したが、誰1人として顔が合わなかった為、より一層険しい表情を浮かべた。

 

…………ただ1人を除いては。

 

「……本当です。私のこの目が、嘘をついてる目に見えますか?」

 

「………栞子さん、まだ嘘をつくの?いい加減にしてっ!!私、本気で怒るよ?!」

 

そしてその怒りをさらに強めたしずくは、必死に止めようと抱きついているかすみを押しながら栞子に詰め寄って行った。

しかし栞子はジッとそんなしずくをジッと見つめ続けていて、『その目は嘘をついている目ではない』となんとなくわかっていても、しずくはそうとは認めなかった。認めたくなかったからこうして怒りを露わにしているのだ。

 

そしてこのままではまずいと思った同好会の他のメンバー達も2人の間に入ろうと動き出した。

 

 

━━━その時だった。

 

 

「っ……しずくッ!!!!」

 

「っ……ぶ、部長……」

 

騒ぎを聞きつけた陽向を始め、両校の演劇部員の数名が医務室に駆けつけて来て、そんな陽向の声にしずくは立ち止まって入り口の方に視線を送った。

 

「しずく。気持ちはわかるけど、紅葉くんは……」

 

「っ……部長までそんなこと言うんですか?そんな嘘を?!」

 

「しずく……」

 

「っ……桜坂さんッ!!!」

 

しかし部長の言葉でもしずくの気持ちは収まらず、そこにいた皆が言葉を困らせた。

そんな時、入り口に溜まっていた人達の奥から大和が割り込んできて、一同の視線はそんな大和に向いた。

 

「あなたは、大空さん……」

 

しずくは輝林の親友である大和のことは以前に輝林から紹介されていたので顔や名前は知っていて、そんな大和の必死そうな表情を見つめた。

 

「桜坂さん……本当なんだよっ!!あいつは……輝林は……もうっ!!」

 

「っ……大空さんまで━━━」

 

「━━━本当なんだって!!俺は……俺は!!あいつの……輝林の最期(・・)を見たんだよッ!!!!」

 

「っ……?!」

 

「大和ちゃんも……他の人も、誰も嘘は言うてないで。ウチも同じなんや……」

 

大和と利明の真剣な表情と涙が浮かぶ目、そして真剣なトーンと涙声で発せられるその言葉に、さらには今までの栞子や陽向の言葉や皆の表情を思い出したしずくは、輝林が本当にいなくなってしまったということが本当であると徐々に信じ始めた。

 

レスキュー隊や救急車が到着し、他の皆がホール外の廊下に誘導されるのと同時に救出作業が行われ、輝林はすぐに近くの病院に搬送された。

大和や利明は康太郎共にその車で病院に向かい、輝林の両親も会場に向かう足をその連絡をもらってから病院に変え、輝林が助かることを祈りつつ手術室前で待機していた。しかしそこから出てきた医師の口から告げられたのは望まれたものではなく、輝林の死を告げるものであった。

 

「う、嘘……よ……」

 

外では雷鳴が鳴り響く中、しずくが内に閉じ込めていた感情が溢れ出し、まるで雨が降り出したようにポツポツと涙が目から頬を伝って流れ出した。

 

そしてその涙は、信じたくなかった、認めたくなかった真実から目を背くように付けていた仮面を溶かすように流れていき、しずくの見開いた目の瞳は大きく揺れていた。

 

 

━━━だって………

 

 

『………桜坂しずくに、この演劇会を成功させることができたら、伝えたいことがあります……!

だから、この演劇会が終わったら、必ずそれを聞いてください……!』

 

しずくは思い出す。演劇会に向けての合同練習の初日に、2人だけのステージで輝林に言われたことを。

 

 

「だって輝くんは……この演劇会を成功させて……」

 

 

『………しずちゃん、愛してるよ』

 

 

しずくは思い出す。夢か幻か、眠っていた時に対峙した輝林の姿、その言葉、その暖かさ、そして……その感触を。

 

 

「今日が、本番で……終わったら、私に……」

 

 

『僕はしずちゃんのことが、ずっと好きでした』

 

 

しずくは思い出す。姿が見えなかった輝林が自分に優しく言ったことを。

 

 

「約束っ……したのにっ……!!!」

 

 

『━━━ごめん、しずちゃん……』

 

 

しずくは今になってその理由がわかった。

それは輝林の大きな心残り……演劇会を成功させたら告白するという約束を守れなくなった為、ああいう形で想いを伝えたのだ。

 

 

「私をっ……庇って……?!」

 

 

『僕はしずちゃんのことが、大好きでした。

愛してるよ』

 

 

しずくの頭の中では事故当時のことがフラッシュバックして、輝林が自分を庇ってシャンデリアの下敷きになったこと、その時の表情等を思い出した。

 

 

「あの……まま……!?」

 

 

そしてキーンという音が頭に響き、しずくの力はどんどん抜けていき、止めようと抱きついていたかすみにもたれかかるように姿勢を崩した。かすみはそんなしずくを優しく抱きしめたまま一緒にその場に座り込んだ。

 

そんな崩れるしずくを見た皆は辛そうな表情浮かべ、中には涙を目に浮かべる者もいた。

大和は大粒の涙を流してその場で大泣きし出して、利明はそんな大和の頭を優しく叩きながら静かに涙を流した。

 

「しず子……!」

 

「かすみさん……本当、なんだね……?」

 

「っ………うん……!」

 

そしてずっと自分を抱きしめていたかすみの涙ながらの声に、しずくはその現実(リアル)を痛感して蓋が外れたように涙が溢れ出した。

 

 

「うっ……嘘よ……!嫌……イヤイヤイヤイヤ!!輝くん……!輝くんッ!!!うわあぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 

その部屋で雷鳴のように響くしずくの泣き声に、皆が唇を噛み締めながらその悲しみを共に感じ合うように辛そうな表情を浮かべた。その声は部屋だけではなく心に響くように感じていた。

 

しずくのその涙は雨が降るように絶え間なく溢れ続けた。しずくはその悲しみ、辛さ、そしてこの世界にひとりきりになるような感覚を強く感じていた。

 

いつかは2人で共になると、2人で笑い合って過ごせれば良いと願い、そういう意味で"ひとつになる"と思い願っていた。

 

しかしその願いは叶わず、しずくはただただ泣き続けることしかできなかった。

 

 

 

 

━━そして、この物語は"ひとつ"の物語になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━数日後。

 

 

あれから、しずくは事故の状況等を警察に聞かれたり、マスコミに話を聞こうとされて何とか避けたり、輝林の通夜や葬儀等忙しい日々が続いた。

体の痛みは既に治っていたが、1番深く、そして傷付いていたのは心の方であった。

 

桜坂家にはマスコミはそれ程訪れることはなかったが、紅葉家では連日沢山のマスコミが張り込んでいたりしており、警察も出動する事態に発展していた。

輝林の両親もそのことに頭を悩ます日々を過ごし、いつ解放されるのかとしずくの両親にも愚痴を漏らしていた。

 

虹ヶ咲学園の特に分校の方でもマスコミが校門付近に張り込んでいたりしていて、生徒達が安全に登下校をできないとの判断で、しばらく両校が休校する事態にもなっていた。

しかし学園側にも取材の申し込み等が多数あり、教職員もその対応や記者会見を行ったりしていた。

 

江東区大文化ホールも事故があってからは事故の調査等の為閉鎖されていて、その前には献花する為のテントも用意されており、ファンやそうでない人や輝林達を知ってる人も知らない人、さらにはこの悲惨なニュースを聞いて心を痛めた人等の沢山の人々が連日そこを訪れて花、お菓子や飲み物等のお供え物、そして黙祷を捧げていた。

 

そんな1人の死亡者が出た悲惨な事故の原因は、シャンデリアの設置を行った業者の当時勤務可能だった人が少なく、少人数に連日長時間の労働が要求されていたことにある。その設置を担当した人も十分な睡眠が取れておらず、安全性や耐久性の確認を失念して、今回ステージでの舞台装置の移動の際の揺れ、ホールのドアを開けた際の揺れ等の原因が重なった結果落ちてしまったのだった。

業者はそれにより多額の賠償や各方面への謝罪、もちろん記者会見等を行うことになっていた。連日沢山の苦情等の電話やその対応にも追われ、さらには予定されていた仕事もキャンセルが相次いでおり、廃業も時間の問題だろうと噂されている。

 

これらのことは勿論インターネットやテレビ等で連日報じられていて、暫くは世間を騒がす大事故、いや大事件となっていた。

 

 

しかし数週間も経てば世間では徐々にその騒ぎが小さくなっていて、虹ヶ咲学園も休校を解除していつも通りの日々が戻りつつあった。

 

 

 

 

━━━━━本校スクールアイドル同好会部室。

 

 

「……しずくちゃんは今日も休み?」

 

「うん……」

 

「連絡しても『心配しないで』とか『大丈夫』ばっかりで……」

 

侑はしずくと同学年の璃奈やかすみから、しずくが今日も学校を休んでいることを聞いて、皆が心配そうな表情を浮かべていた。

 

しずくは葬儀等が終わってから殆ど部屋に篭りっきりになっていて、外へ出るのはごく稀になっていた。

かすみ達スクールアイドル同好会や演劇部の生徒達、担任の先生もしずくやその両親に連絡を取ったりしていたが、しずくが登校することは叶っていない。

 

「……簡単には立ち直れないよ。大切な友達……ううん、もっと大切な存在を失ったんだから」

 

愛は自身とお姉ちゃんと呼ぶ川本 美里(かわもと みさと)のことと現在のしずくの心境を照らし合わせ、もしも大切な存在を失ったら……と考えて、珍しく顔と声を曇らせていた。

それは他の皆も同じで、暗く重い空気が部室に流れていた。

 

「………練習、どうする?」

 

侑が重々しくそう聞くと、皆迷ったように唸り声を上げた。

そんな時、机に突っ伏していたかすみが立ち上がり、皆の視線が彼女に向いた。

 

「……やりましょう!」

 

「……うん!」

 

「しずくちゃんが帰って来た時にこんな空気なら余計元気無くしちゃうもんね!」

 

「そうだね!やろう!しずくちゃんが安心して帰って来れるように!」

 

『うん!』

 

そんなかすみのひと言に、璃奈や愛そして歩夢も続いて立ち上がり、皆はいつも通り練習を始めることにして、次々と部室を出て行った。

 

「……栞子、まだ気にしてる?」

 

「えぇ、まぁ……」

 

嵐珠は少し元気が足りない表情をしている栞子を見て声をかけると、栞子は少し微笑んで暗めの声色でそう呟いた。

栞子はあの時しずくに輝林のことを教え、それで彼女を傷付けてしまったことをあれからずっと気にしていた。

 

「……栞子は正しいことをしたと思うわよ。あのままじゃ何も話が進まなかったし、しずくも現実を受け止めることができなかった」

 

「はい……ですが……」

 

「『ですが』は無しよ!みんなで決めたじゃない?しずくが安心して帰って来れるように頑張ろうって!」

 

「……そうですね。嵐珠、ありがとうございます」

 

「当たり前よ!じゃあ、練習行くわよ!」

 

「はい」

 

幼馴染の嵐珠の言葉に少し元気を取り戻した栞子は、共に皆の背中を追って練習に向かった。

 

 

━━━しずくさん、待ってますよ……!

 

 

そんな思いを家にいるしずくに届くように抱えながら。それは同好会の皆、勿論演劇部の部員達も同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━桜坂宅。

 

 

「しずく?起きてる?ご飯食べれる?」

 

「うーん……また後で食べるね。ありがとう」

 

「……良いのよ。ゆっくりしなさい」

 

しずくの部屋の戸を叩いた涼は優しく語りかけた。それに答えたしずくの声はやはり元気がなく暗いもので、涼はそんなしずくを案じて無理に何も薦めようとしなかった。

飼い犬のオフィーリアも主人を心配してしずくの部屋の前を離れようとせず、1日の殆どをそこで過ごしていた。

涼はそんなオフィーリアの頭を撫でると、ゆっくりとリビングへと戻って行った。

 

 

━━━どうしてこんなことに……しずくが、輝林くんが、何をしたって言うの……?!

 

 

涼はしずくの今の状態や、輝林が帰らぬ人になったこと等に毎日頭を悩ましていて、神様がいたとしたらそれを恨みたいとも思っていた。

 

 

 

しずくはカーテンを閉め切った薄暗い自室で何もする気が起きず、ただボーッとスマホで動画サイトを見続けたりするだけの日々を送っていた。

 

寝てしまうと悪い夢ばかりを見てしまう為、そこまで眠る気にもならず、ここ最近の睡眠も短く質が悪いものになっていた。

 

しずくは動画サイトで自身が演劇会でする予定だった『白雪と紅薔薇』や、輝林達がするはずだった『メロス』など様々な演劇の動画をボーッと光を失った目で眺め、ただただ過ぎていく時間に身を任せていた。

 

 

━━━演劇会をできなかったのは勿論残念だけど、1番は………

 

 

「輝くん……一緒にやりたかったよ……」

 

しずくはあれから毎日輝林のことを思い涙を流していた。そんなしずくの目はどこか色が消えているようで、何度も泣いている為赤くなっていて、さらには目元にはクマもでき、髪も珍しくボサボサになっており、その精神状態が良くないことは誰から見ても明らかだった。

 

机に突っ伏したしずくは、その上に置いていたネックレスと貯金箱を見て、輝林の葬式等が終わった後のことを思い出した。

 

 

 

 

 

━━━━━数週間前。

 

━━━━━紅葉宅。

 

 

「しずくちゃん……これ、受け取ってくれる?」

 

「これは……貯金箱、ですか?」

 

しずくは瞳から手渡された縦型の貯金箱を、曇った目で見つめて首を傾げた。瞳は悲しそうな目でゆっくりと頷いて言葉を紡いだ。

 

「それはね……輝林の部屋にあったの」

 

「っ……輝くんの……?!」

 

「えぇ……あの子、ちょっと前から貯金を始めたのよ。多分、しずくちゃんとお台場へ買い出しに行った日ぐらいかしら?」

 

「え……!?」

 

しずくはあの日のことをよく覚えている。

輝林と2人で買い出しに行き、そしてその帰りにその日からずっと身につけているネックレスをもらった、あの日のことを。

 

「急に貯金箱買って来て、あの子『これから毎日貯金することにしたんだ!』って真剣で。何に使うの?って聞いても教えてくれなかったの」

 

「そうなんですか……」

 

瞳は輝林がその貯金箱を買って来た日のことを思い出し、寂しさを残した優しい笑みを浮かべて、しずくはジーッとその貯金箱を見つめていた。

 

「うん。それでね、その貯金箱にメモがあって……」

 

「メモ……?」

 

「うん。そこには目標金額と使い道が書いてあったの…………これよ」

 

「……!?こ、これって……!」

 

すると瞳はポケットからその貯金箱の近くに置いてあったというメモを取り出してしずくに手渡すと、しずくはその内容を見て目を大きく見開いて驚いた表情を浮かべた。

 

━━誰も今となっては知る由もないが、その貯金箱は、輝林が利明と屋上で話したあの日の帰り道で買った物だった。

 

「そう。あの子、ほんとにしずくちゃんのことが好きだったみたいね」

 

そう涙ながらに優しく語りかけた瞳の声に、しずくも目に涙を浮かべてそのメモを見つめた。

 

そのメモには輝林の手書きで書かれていた内容を見て、しずくは片手で口を覆って涙を流した。

 

「うっ……!」

 

「しずくちゃん。あの子を……輝林を好きでいてくれて、ありがとう」

 

「ひ、瞳さん……っ!」

 

そんなしずくを瞳は優しく抱きしめ、しずくはそんな瞳の胸の中でその涙が枯れるまで泣き続けた。

 

「しずくちゃん。そこのお金はあなたと輝林(・・・・・・)のものよ。好きに使いなさい……」

 

「は、はい……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━そんな瞳がしずくと輝林の物と言ったお金が入った貯金箱。しずくはその時のことを思い出しながら、貯金箱の下敷きになるように置いていたメモに視線を送った。

 

 

そこには丁寧な輝林の字でこう書かれていた。

 

 

━━━目標金額 20万円ぐらい。

 

 

 

━━━買う物 しずちゃんと僕の指輪。

 

 

 

そう、輝林はしずくに告白すると決めた時から、しずくに贈る指輪と自分の嵌める指輪を買う為に貯金をしていたのだ。期間が短かった為か金額的にはまだそんなに貯まってはいないが、そこには溢れんばかりの"愛"が詰まっていた。

 

「輝くん……」

 

しずくはそんな貯金箱を見つめ、再び机に顔を埋めて涙を流して輝林のことを想った。

 

しずくは輝林が亡くなってから、彼から自分への想いの強さを感じるばかりであった。

この貯金箱の他に、輝林の部屋の引き出し等にはスクールアイドルをしているしずくのグッズも沢山あり、アルバムや飾ってあるコルクボードにはしずくとの写真の数が他よりも多かった。さらには、スマホにあった音楽を再生するアプリの履歴を見ると、演劇で使う音楽やせつ菜を始めスクールアイドル同好会の曲もあったが、何よりも多かったのはしずくのソロ曲であった。

これ程まで輝林が自分のことを想ってくれていたことに嬉しさを覚えつつも、それをもう直接聞くことも、感じることも出来なくなると考えると、寂しいという気持ちがどうしても勝ってしまっていた。

 

そんな時、スマホが通知音と共に光って、誰かからメッセージが来たことを知らせた。しずくは体を起こしてその通知を確認した。

 

『しずく!こんな時にごめんね!でも今すぐ薔薇ヶ咲の演劇部のチャンネル見てみて!』

 

「部長……?それに分校の演劇部のチャンネル……?」

 

しずくは陽向からのメッセージを読んで、返信をせずに見ていた動画サイトで登録していた分校の演劇部のチャンネルを見ると、そのアイコンにはライブ中の表示が出ていた。

 

 

━━━ライブ中?何か生放送でもしてるのかな?

 

 

しずくがそのチャンネルに飛ぶと、予想通り分校の演劇部が生放送をしていて、サムネイルは集合写真に緊急生放送とだけ描かれていて、タイトルには『緊急生放送 あの事故の説明と演劇やります』とだけ書かれていた。

 

あの事故……つまりは輝林が亡くなったあの合同演劇会のリハーサルでの事故のことを説明するということで、しずくは自然とその生放送を見ていた。

 

 

『━━━ということがあり、私達は大切な仲間の……紅葉輝林を失いました。今でも気持ちの整理はついていません』

 

 

しずくが生放送を見始めた時には、部長である明良が説明を終えたところだった。その表情はとても暗く、コメント欄でもお悔やみのコメントが沢山流れていた。

 

 

『沢山のお悔やみのお言葉、ありがとうございます。きっと天国でも、輝林は喜んでいると思います』

 

「…………」

 

しずくは黙ってその生放送での言葉に耳を傾けていた。

その後、1分間黙祷をする演劇部の部員達が映し出され、しずくもそれに合わせて黙祷を捧げた。

 

『皆さん、ありがとうございます』

 

『続きまして、皆さんには私達のある劇を見て頂きたいです』

 

『これは、私達が合同演劇会のために作成したオリジナルの劇です』

 

『帰らぬ人となった輝林も、この劇である役を演じる予定でした』

 

『今回、その役を輝林の親友である大和が演じます。そして、この劇を天国にいる輝林に捧げます』

 

『それでは準備を致しますので、少々お待ちください』

 

そして画面に映っていた明良、左京、利明、そして大和が一礼をすると、画面がサムネイル画像に切り替わった。

 

「オリジナルってことは……『成敗』かな?ふふっ、輝くんもいっぱい練習してたな……」

 

画面が舞台を映し出すと、お城の一部と思われるセットが舞台の中央にあり、ナレーションと共にその劇……『成敗〜殿の秘密の仕事〜』が始まった。

 

 

この劇は、某徳川吉宗をモチーフにした時代劇から発想を得た分校演劇部のオリジナル演劇だ。

 

 

江戸時代、ある小国の殿様である塚原 一義(つかはら かずよし)は戦国時代で名を馳せた剣豪塚原 卜伝(つかはら ぼくでん)の末裔で、業務と鍛錬の日々を過ごしていた。

戦いの日々も終わったことによりどこか退屈さを感じていた一義はある日自らの国に蔓延している元兵士や浪人、そして商人が事件や悪事を起こしていると聞き、さらには表で指摘しても収まることがなかった為、秘密裏にそれを処理することを思い付く。

 

「待てや。そこの悪党」

「……何奴?」

「悪党なんぞに名乗る名なんてあらへん。貴様の悪事は知ってる。やからここで成敗させてもらうで」

「あ?成敗?先の合戦で武功をあげたこのワシに?返り討ちにしてやるわ」

 

名と正体を隠し、一義は夜な夜なそんな悪党を成敗していたが、その噂はすぐに殿様である彼にも届くのであった。

 

「へぇ〜、そんな奴がおるんやなぁ」

「はっ!いかが致しましょうか?」

「うーん、とりあえずはほっといてええんちゃうか?何にも庶民に被害出してるわけちゃうし」

「はっ!ではそのように皆に言いつけておきます!」

「よろしゅうな〜!」

 

一義は家臣である藤原 三郎(ふじわら さぶろう)に扇を手を振るようにひらひらとして、その姿が見えなくなると扇を閉じて安堵の息を漏らした。

 

「殿……」

「おっ、智典か。なんかあったか?」

 

三郎を始めとする家臣にも何とか言って誤魔化していたが、この智典(とものり)という忍者は一義と協力していて、悪党に関する情報などを伝えていた。

 

「どうやらたまに、河原で怪しい取引が行われているとのこと」

「取引……?何を取引してるんや?」

「それがどうやら、人を惑わす薬だそうで」

「ふーん……それ普通に捕まえられへんの?」

「はっ!どうやら上手く誤魔化せるようにしているようで、中々……」

「なるほどなぁ……わかった。今夜にでも様子見に行ってみるわ。場所とか頼むわ」

「承知!」

 

そうして今夜も一義は悪党成敗に出かけるのであった。

 

 

「これが例のブツや」

「ほうほうこれが……ヒッヒッヒ」

「では代金を……」

「わかっとるよ。ほれ」

「……確かに」

 

その夜町外れにある河原では、布に包まれたモノと巾着袋の取引が行われていた。

布の中には情報にあったクスリが、巾着袋には大判金貨が複数枚入っていたが、陰から覗いていた一義にはそれはわからなかった。

 

「……とりあえずここで取引されてることはわかったし、今日は帰ろうか」

 

一義は帰って明日皆に噂を報告しようと帰ろうとしたが、足元にあった枝に気付かずそれを踏んでしまい、音が静かな夜の河原に響いてしまった。

 

『っ……!?』

「誰や?!」

「あ……やらかした……」

 

それを聞いた取引していた2人は音の鳴った方向を見て一義は肝を冷やしたが、仕方ないと思って2人の方向へ姿を現した。

 

「お前は……?」

「その黒ずくめの装い……貴様、夜な夜な人斬りしてるっていう奴か!」

「"人斬り"なんて人聞き悪いなぁ。ワシはただ、この町で悪事をする輩を成敗してるだけや」

 

一義がそう言って刀を抜くと、クスリを受け取った人物は一歩引いたが、金貨を受け取った人物である薬屋 独言(くすりや どくげん)は全く動じていなかった。

 

「ふん!貴様の噂は聞いてたさかい、来ると思ってたんや」

 

そう言って独言が口笛を吹くといつの間にか一義は何人もの剣士たちに囲まれていた。

 

「………お前ら、元忍者か?」

「ほう、それを見抜くか……!せや、こいつらは元伊賀忍者でな、戦が終わって役目が無くなった奴らを引き取ったんや」

「なるほどな……」

「恨むなら、闇に首を突っ込んだ自分を恨むんやな。やれ!」

 

独言のひと言でその元忍者の剣士たちは一斉に一義に向かって攻撃を始めた。しかし、一義はその剣技を使ってその剣士たちを次々に切り捨てていった。

 

 

━━━ここで一義を演じる利明は、剣士役の部員達と共に音楽や色鮮やかな照明に照らされながら刀を使った大立ち回りを披露した。

虹ヶ咲学園本校の演劇部は解像度の高い演技力とイメージソングを利用した劇や歌劇が有名で、分校演劇部といえば活気の溢れる様々な演劇とこの刀や剣など小道具を使った大立ち回りが有名なのである。

 

『これがあの大立ち回りか』

『流石だ』

『すごすぎ』

 

そしてコメント欄でもそれを評価や賛美するものが溢れていた。

 

 

「あの人数を……!?」

「な、何者なんや!?」

「……あとはお前らか?」

「「ヒ、ヒィ……!」」

「ちっ……待てや!」

 

向かってきた剣士全員を切り捨てた一義が睨み付けると、独言たちは背中を向けて逃げ、一義はそれを追おうと走り出そうとしたその時……

 

「あっちです!あっちで人が斬り合ってて……!」

「ちっ……ここは一旦引くしか無さそうやな」

 

この騒ぎを偶々見かけた町民が役人を数名連れてやって来て、役人に見つかりたく無い一義は独言たちを追うのを辞めて即座にそこを離れた。

役人達は倒れている剣士達を見て、すぐに応援を呼んでその場の処理をして、夜が明けるとそこでの騒動のことはすぐに町中に広まった。

 

「昨夜、町外れの河原でそのようなことがありまして……」

「……そこでは確か前々から怪しい取引が行われてるって噂もあったな。それが原因かもせーへんな」

「確かに聞いたことはありますが、ただの噂かとばかり……」

「阿呆!それでも町の治安を守る役人か?!」

「ははーっ!も、申し訳ございません!すぐにその周辺の巡回を強化させます!」

「それでええ。頼んどくで」

「はっ!」

 

三郎は一義に一喝されて冷や汗を流しながら急いでその場を後にして、部屋に1人になった一義は思ったより騒動が広まっていることに焦りを覚えていて、大きく安堵の息を吐いた。

 

「……智典、夜の奴らの様子見頼んどくで」

「承知!」

「とりあえず、報告待つ間は他の悪党やっとくか」

 

一義はそう言うと自らの業務を始め、また今夜も悪党成敗に出向くのであった。

 

 

そしてその夜………

 

「……まぁまぁやな。でもまぁ、これで数日は食っていけそうやな」

「おい、そこらへんにしとけや」

「……誰や?」

「名乗るほどのもんでもない。ただ、辻斬りが最近現れるって聞いたから、成敗しに来たんや」

「成敗……?あ〜そうか、自分が最近噂になっとる成敗野郎か……?!」

 

そう言うとその辻斬りはヒヒヒと不気味に笑い、一義は怪しげな辻斬りに警戒心を強めるように自身の刀の鞘に手を当て、柄を持ちすぐに刀を抜けるように身構えた。

 

「……何がおかしいんや?」

「いや、嬉しいんやよ……」

「嬉しい……?」

「あぁ……成敗野郎は中々の腕前らしいじゃねぇか。だから、嬉しいんやよ……このオレとやり合えそうな相手やからなぁ!!!」

「っ……!」

 

辻斬りはそう言って斬りかかり、一義はそれを素早く取り出した刀で受け止めると、辻斬りはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「やはりな!この一刀流の使い手である都 一刀斎(みやこ いっとうさい)の刀を受け止めるのは相当の使い手……!」

「一刀流……?!」

「その通り。オレは一刀流に憧れ、その剣技を自身で会得したんや!」

「独流で一刀流を会得……!?通りでこの剣筋なわけか……だがっ!」

「なっ……!?」

 

一義が一刀斎の刀を弾くと、一刀斎はまさかのことに驚きを隠せなかった。

 

「ワシは鹿島新當流(かしましんとうりゅう)の使い手や。勝てると思うとるんか?」

「新當流……!ははっ!そうかそうか!!これは楽しめそうやな!!」

 

そしてまた2人は一歩も譲らない戦いを繰り広げ、夜の町にその刀のぶつかり合う音が微かに響いていた。

 

「貴様ら!何をしている!?」

「ちっ、役人か……」

「あっ、待てや!」

「今日はこの辺にしといたる!またやり合おや、新當流!」

「くっ……!奴を追いたいが、ワシも逃げた方が良さそうやな……」

「おい!待て!!」

 

付近を見回りしていた役人に見つかってしまい、一刀斎は足早にその場から離れ、一義もまた追いかけてくる役人を振り切るようにその場を逃げ去った。夜の町には竹笛の音が響いていた。

 

 

「━━━と、昨夜こんなことがありまして」

「ふ、ふーん……そ、それが前言うてた夜な夜な活動してる奴かもせーへんってことか」

「はっ!顔は見えなかったみたいなのですが服装は黒ずくめだったと報告がありました。そしてもう1人の方の服には血のような物が付いていて、恐らく最近噂になっていた辻斬りはその人物のことかと思われます」

「例の辻斬りか……奴のせいで町民から安心して夜眠れないと聞く。一刻も早く奴を捕らえろ!」

「はっ!……して、黒ずくめの方はいかが致しましょう?」

「……そ、其奴より辻斬りの方が大事に決まっておろう!黒ずくめの奴は町民に危害を加えてはいない内は放っておいて良い!」

「はっ!ではその様に皆に伝えておきます!」

「頼んだで」

 

三郎がその場を去ると立ち上がっていた一義は息を吐きながらその場に座って頭を抱えた。

 

「殿」

「……なんや智典」

「しばらくは夜出歩くのを控えられた方がよろしいかと……」

「それはできん。ワシが辞めたら多くの町民に被害が出てまう」

「……承知」

「それで、河原で取引してた奴らは?」

「はっ!奴らは河原で取引が出来なくなり、あれから取引場所を探しているようでした」

「ひとまずは安心か……他にはなんかあるか?」

「はっ!近頃━━━━」

 

そうして一義は智典の報告に耳を傾け、今宵も城を抜け出して悪党成敗へと赴いて行った。

 

 

━━━某所。

 

「なるほどそんなことが……わかった。ではしばらくはこの屋敷を商いに使ってええぞ」

「ははーっ!有り難き幸せ!」

「で、そう言うからには……あるんやろうな?」

「へへへっ、もちろんでございますとも」

 

独言は気味の悪い笑いを浮かべながら懐から布で包んだ大量の大判金貨を目の前に鎮座する商人の前に差し出した。

 

「……ふん、ええやろ。お前も悪やのぉ」

「いえいえそんな。銭形様程ではございません」

『ハハハハッ……!』

「それでこのオレを用心棒に雇ったってわけか」

「口を慎まんか一刀斎。この町の商売を管理してはる銭形様の御前やぞ」

「あ?」

「かまへんかまへん。この町で暴れとった辻斬りを匿って雇ったんや。裏切りはせーへんやろ。なぁ、一刀斎?」

「へいへい……金もたんまり貰ったからなぁ。きっちり働かせてもらいますわ」

 

とある屋敷の暗めの部屋で銭形 市兵衛(ぜにがた いちべえ)というこの町で商売を管理している男と、独言、そして用心棒として雇われた一刀斎は、そんな会話を繰り広げ、不気味な夜風が屋敷の木々を揺らしていた。

 

 

━━━数日後。

 

「ここか……」

「はっ!この屋敷で怪しい取引が夜な夜な行われているようです」

「例の河原での奴らか?」

「その通りでございます。あそこにいたという商人が入るのも確認しております」

「そうか……しかも銭形の屋敷か。あいつもひと噛みしてるとはなぁ」

 

智典から報告を受けた一義は、2人で銭形の屋敷を少し離れたところから様子を伺っていた。

銭形はこの町の商売の管理をしていて、一義はその件でのやり取りなどで面識があったのだ。

 

「殿のおかげで管理が出来ているというのに、外道が……!」

「シッ、出てきたで。

……やっぱり河原の奴や。他の奴を連れて中に戻ったし……」

「確定ですな」

「そうやな。助太刀、頼んどくで」

「はっ!」

 

独言がこの屋敷で取引をしていると確信した2人は静かにその屋敷へと向かった。

 

 

 

 

「これが例のブツや」

「ありがとうございます。こちらは代金でございます」

「ヒヒッ、確かに」

「ほう、それが例のクスリか……」

「えぇ……気分が高揚して体の調子が良くなると好評頂いております」

「ですがお役人さん達の取り締まりが厳しく、表では買い辛いので、銭形様には大変感謝しております……へへっ」

 

暗い部屋でやり取りをする市兵衛達だが、突然外でうめき声や叫び声が聞こえて外の方に視線を移した。

 

「て、てーへんです!!」

「何があったんや?!」

「と、突然、黒ずくめの奴が……!ヒ、ヒィ……!」

「黒ずくめ……?まさか……!?」

「……そのまさかやよ。久しいな、薬屋」

「やはりお前か……!」

 

襖を開けて侵入者を知らせて怯えた様子で走り去って行った侍と入れ替わるように黒ずくめの一義が現れると、独言は恨めしそうに叫んだ。

しかしそれを聞いた市兵衛は不敵な笑みを浮かべた。

 

「そうか、自分が例の奴か……まさか乗り込んで来るとはな。ここがこの銭形の屋敷と心得てのことか?命知らずやなぁ」

「そ、そうや!どうなっても知らんぞワレェ!」

「皆の物!であえ!であえ!」

 

市兵衛がそう言うと、何人もの侍達が部屋の中や外に集まり出して刀を一義に向けた。その中には一刀斎の姿もあり、一義はそれには驚いた表情を浮かべた。

 

「ほう、自分もいたんかいな」

「あぁ……また会ったな、新當流」

「ふん、都合がええわ……まとめて成敗したる!智典!」

「はっ!」

「智典……?」

「銭形様……あの忍びに心当たりが?」

 

そこへ颯爽と現れた智典に見覚えがあるのか市兵衛は記憶を辿り、そして答えに辿り着くと驚いた表情を浮かべて黒ずくめの一義に目を向けた。

 

「まさか………殿!?」

「殿……!?」

「……仕方あらへんなぁ」

「殿が拙者の名前を言うからです」

「すまんすまん」

 

驚きを隠せない周りの人達をよそに、一義と智典は軽い会話をしていた。

それから一義は顔を覆っている黒い布をゆっくりと外していき、その顔を正体を知らない皆に知らしめた。

 

「と、殿だ……!!」

「皆の者、控えろ!この方を誰と心得る?!この国を治める塚原一義様であるぞ!」

『は……ははぁ〜!』

 

黒ずくめの侍の正体が一義だと知って唖然とする皆であったが、智典の声に反応して一義に向かって両膝を付けて頭や手を下げた。

 

「まさか新當流がお殿様やとは……通りで」

「くっ……!」

「銭形よ。まさか自分もこの件に1枚噛んどるとはな……」

「こ、これは……」

「言い訳不要!薬屋や他の自分らもそうや。この罪、しっかり償ってもらうで」

「銭形様……!」

「ここまでか……?!」

 

一義に問い詰められた市兵衛達は悔しそうな表情を浮かべていたが、一刀斎は何故か不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……旦那」

「なんや、一刀斎」

「ここで捕まってしもうたら待つのは死罪や。でも今ここにはオレも、何人もの兵士がおる。察しのええ大将ならわかるやろ……?」

「………あぁ、あぁ!その通りや一刀斎!どうせ捕まっても死罪なら、ここで生きるか死ぬかの戦いをしても一緒や!」

「血迷ったか貴様ら!」

 

一刀斎の言葉に市兵衛が気付きを得て、その声に反応して先程まで跪いていた兵士達は立ち上がって刀に手をかけた。

その様子を見た智典は身構えて叫び、一義は大きなため息をついて刀を抜いた。それを見た周りの兵士達は少し後ずさって刀を構えた。

 

「その気なら、ワシ自ら相手したるわ」

「皆の者!殿やからって容赦せんでええ!やってまえ!」

「……成敗!」

 

 

━━━利明が刀の刃を上に向けてカチャっと音を鳴らすと時代劇を彷彿とさせる音楽が流れ、利明始め智典役の大和、一刀斎役の左京、兵士役の部員達や市兵衛役の明良、独言役で2年生の平安 士郎(へいあん しろう)による大立ち回りが披露された。

それは時代劇の殺陣を彷彿とさせ、しずく始めそれを配信で観ていた人達や、撮影などのためにサポートをしていた透達も見惚れてしまう程の完成度であった。

 

 

次々に兵士達を倒していく一義と智典であったが、一刀斎が一義に向かって切り掛かると、智典1人で他の兵士を相手することになってしまった。

しかし智典も一義に仕える忍者としての意義を見せて多くの兵士を倒していき、一義と一刀斎はあの夜の続きと言わんばかりに激しく刀を交えた。

 

「ヒヒッ!やっぱええなぁ自分!流石はお殿様や!もっと楽しませてやッ!!」

「ワシもここまでの手慣れを相手するのは久しぶりやからなぁ。ちょっと本気出させてもらうで!!」

 

2人が1歩も譲らない戦いを繰り広げている間にも智典は周りの兵士達を次々に倒していき、市兵衛や独言は危機感を覚えていた。

 

「ちっ……!!」

「っ……殿!!!」

『っ……!?』

「くたばれやぁぁぁあ!!!」

 

独言の叫び声の後、銃声が静かな夜に鳴り響いた。そしてその短筒の銃口を向けられていた一義を庇ってその銃弾を受けた智典はその場に倒れ込んだ。

 

「智典ぃぃぃいい!!!」

「ちっ……邪魔すんなや!!!」

「なっ……ぐあぁっ!!」

 

そして一義は智典を抱え、勝負を邪魔された一刀斎は独言を斬り倒した。

 

「智典……智典ぃ!!」

「殿……後は頼みます……!」

「おい!しっかりせい!!!おい!!!!」

 

そして一義は力が無くなり自らの腕の中で倒れた智典を優しくその場に置き、険しい視線を市兵衛や一刀斎達に向けた。

 

「っ……!い、一刀斎!邪魔はせんから、早よアイツを始末せぇ!」

「わかってますよ。邪魔入ったけど、今度こそ決着付けたる……!」

「………………………」

 

震えながら指示を出す市兵衛と刀を構える一刀斎を、一義は何も言わずにただ睨み続けていた。

 

「オレの一刀流奥義……受け止めてみーや!!

━━━雷閃一刀(らいせんいっとう)!!」

 

そう言って一刀斎は一義に斬りかかり、それはまるで雷のような速さで、それは常人では見ることができなかった。

しかし、その奥義を一義は難なく刀で受け止め、予想しなかった出来事に一刀斎は驚いた表情を浮かべた。

 

「……こんなもんか」

「あぁ!?」

「自分の一刀流は所詮独流や。確かにええ腕前やけど……本物には程遠いもんやで?」

「ちっ……!」

「その程度でワシを倒せると思うなよ?」

「クソがっ……!!」

 

自らの奥義と語っていた剣技を受け止められて一旦距離を取った一刀斎だが、一義の言葉に腹を立ててもう一度斬りかかった。

 

「……あかんな」

「っ……!?」

「素手で刀を受け止めたやと!?」

 

そしてそんな刀を一義は素手で受け止め、その人間離れとも言える出来事に一刀斎や市兵衛は驚きを隠せなかった。

 

「さっきの方が良かったで?そんなんやとその刀が泣くで」

「なにをっ……?!」

終い(しま)や、都一刀斎。自分とはもっと違う出会い方出来たら良かったのにな」

「っ……!」

 

そして一義はその刀の刃を掴んだまま一刀斎を自分の方へ引き寄せて、そのままの勢いでその腹に刀を刺し、そのまま一刀斎を斬り捨てた。

 

「……さて」

「ヒ、ヒィ……!」

 

一刀斎を簡単に斬り捨てた一義はゆっくりと市兵衛に近付き、そんな市兵衛はお尻を引きずりながらそんな一義から距離を取ろうと下がって行っていた。

 

「あとは自分だけやな、銭形」

「くっ……来んなやぁぁあ!!」

 

恐れ慄いた市兵衛は自身の短筒をそんな一義に向けて撃ち始めた。しかし一義にその銃弾は当たることはなく、彼の刀で銃弾は弾かれてしまった。

 

「堪忍せぇ」

「や、辞め……ゆ、許して、ください……!」

「恨むんなら、自分のしたことを恨みや」

「い、嫌や……!」

「成敗やッ……!」

 

そして許しを乞い、背中を向けて這いつくばりながら逃げようとする市兵衛を、一義は容赦無くその背中を斬りつけて、市兵衛はその場で息絶えた。

それを確認した一義は刀に付いた血を拭き取って鞘に納めてから大きく息を吐いた。

そのすぐ後笛の音が鳴り響き、多くの役人達が門から敷地内に走り込んできて、多くの人達が倒れ込む中ただ1人佇む一義に驚いた表情を浮かべた。

 

「と、殿……!?」

「……三郎か。もう隠されへんな」

「銃声や刀で闘ってると知らせがあり来てみれば……まさか殿が……!?」

「せや。ワシが最近噂になっとった成敗野郎。ほんで今回はここにいる奴らを成敗した。それだけや」

「さ、左様でございましたか……」

「何ぼさっとしとんねん!はよ遺体の確認と処理せい!あと智典が怪我しとるさかい治療頼んどくわ!」

『は、はっ!』

「よし。じゃあワシは先に戻っとるわ!」

「殿、後で詳しく聞かせてもらいますよ」

「………おう」

 

その次の日の朝、一義は三郎に今まで夜な夜なしていたことを包み無く話し、みっちりと叱られたのは別の話……。

 

 

数日後、一義は幸い急所が外れていて治療によって助かった智典と共に剣の鍛錬をしていた。

しばらく竹刀で打ち合った後、一義の竹刀は智典の首の手前で止まり、智典は竹刀を置いて両手を挙げて降参の意思表示をした。

 

「流石です、殿」

「自分もな。病み上がりやのにようここまでやれるわ」

「夜な夜な出て行く殿の忍びはこれぐらいできないと務まりませぬ」

「おっ、言うなぁ……じゃあ、もう1戦やるか」

「喜んでお相手致します」

 

そして2人は距離を取って竹刀を構え、また打ち合いを始めた。

それを見ていたある家臣は、防具を着て竹刀で打ち合いをすれば本格的にできるのでは無いかと思い付き、その打ち合いが後に剣道として成立していった……という説もある。知らんけど。

 

 

 

━━そうして劇が終わり暗転するとコメント欄では拍手の絵文字や「888」というコメントが多数打たれていて、さらにはその劇を称賛するコメントも流れていた。

しずくも画面越しではあるが小さく拍手を鳴らしていて、あれから役を変更したとは思えない程の完成度と練度で感心していた。

 

そして幕が閉じた舞台の上に演劇部の面々が並び話している中、しずくは亡き輝林と昔に観に行った演劇を思い出していた。

 

それは輝林の両親が出演していた作品で、世間でも夫婦共演と何かと話題になっていて、涼の付き添いの元で幼いしずくと輝林はそれを観に行った。

 

そんな劇を……自身の両親の演技を輝いた目で見つめる輝林を見たしずくは、演劇の底知れぬ魅力と力を感じ、そして……

 

 

━━━みんなを、輝くんを私の演技でこんな風に夢中にさせたい。

 

 

……そんな思いを持ち、そしてそれを叶えようと瞳に演技を教えてもらったりして練習を重ねた。

 

そしてその努力と元から高かったであろうその才能で、その演技の腕は瞳が一目置く程にまで成長し、高校に入るとさらに磨きがかかっていった。それは演劇の有名校だからということもあるが、スクールアイドルの活動を通して演技に磨きがかかったことは言うまでもないだろう。そのことはしずく自身も強く思っていた。

 

「あ……」

 

そんなことを思い出したしずくは、ある日の演劇部の公演の後に輝林が言ったことを思い出して、ハッとした表情を浮かべた。

 

『僕、しずくの演技が1番好きだな。役に入り切っていて、見ているこっちも登場人物に感情輸入がしやすくて!

僕もしずくを見習って稽古頑張らないと先を越されちゃうかもね!』

 

『も、もう!輝くん言い過ぎだよ〜!』

 

『そんなことないって!しずくは僕にとって大女優だよ!本当に、そう思ってるから』

 

『大女優……!あ、ありがとう……』

 

その言葉は決して忘れていたわけではない。

とても嬉しく感じて、その時の輝林の優しい笑顔と共に今でも思い出すことができる。

しかしそのことが頭から離れてしまう程、今回の輝林がいなくなった件は衝撃的な出来事だったのだ。

 

「そう、だ……!」

 

 

━━━輝くんは私の演技を好きと言ってくれた。

 

だから、私ができることは……

 

私が輝くんのためにできることは……

 

 

しずくは何かを決めたように静かに頷いて、ずっと締め切っていたカーテンを開けた。

すると、しずくを綺麗な夕日の光が照らして暗闇に包まれていた部屋に明るさが戻ってきた。

しずくはその光が眩しくて目を瞑ってしまうが、それからゆっくりと目を開けて窓から遠くの景色を見つめた。

 

「…………よし!」

 

そう言ったしずくはスタスタと歩いて長らく開けていなかったドアを開けた。

 

「ワンワン!」

「あっ……!ちょっと、オフィーリア……!」

 

するとドアの前でしずくが出てくるのを待っていたオフィーリアが起き上がって鳴き声をあげて、尻尾を振って久しぶりに出てきたしずくに擦り寄ってその頬を嬉しそうに舐めた。

しずくはそんなオフィーリアを優しく撫でてそれを受け入れていた。

 

「しずく……!」

「あ、お母さん……心配かけて、ごめんなさい」

「ううん、大丈夫よ……!」

 

そしてオフィーリアとしずくの声を聞いた涼は急いでその場は駆けつけ、涙ながらにそんなしずくをオフィーリアと共に優しく抱きしめた。

 

「クゥ〜〜ン……」

「オフィーリアもごめんね。もう、大丈夫だから」

 

しずくはどこか悲しそうな目をして見つめるオフィーリアの頭を優しく撫でるが、オフィーリアの表情は変わらなかった。

そしてそれを見ていた涼もどこか不思議そうな顔をしてしずくを見つめていた。

 

「本当に、大丈夫なの……?」

「もうお母さんまで……!大丈夫だって!」

「しず、く……?」

 

そして涼とオフィーリアは自分達から離れてリビングの方へ歩き出したしずくの背中を見つめ、しずくは少し歩いたところからそんな彼女らの方を振り向いて笑顔を向けた。

 

「私、お腹空いちゃった。あ、でも先にシャワー浴びてくるね?」

「そ、そうよね……!じゃあご飯用意しておくからシャワー行ってきなさい」

「うん!」

 

いつものような笑顔で、いつものようなしずくであったが、涼はそんなしずくに違和感を感じていた。

しかしその違和感よりも、しずくが少しでも元気になったことに対する嬉しさが勝っていた涼は、彼女の要望通りにご飯を作るためにキッチンへ向かった。

 

 

━━━きっと何かの勘違い……よね?

 

 

 

 

 

━━━━━翌日。

 

しずくは昨日から今まで通りの生活を再開していた。

夜ご飯の後には台本を取り出して演技の練習、そして自分が休んでいる間に進んだであろう範囲の教科書を読み、早朝には日課にしていたジョギングとオフィーリアの散歩をして、学校へと登校していった。

そして向かう途中での駅や電車内、学校の付近ではそんな登校するしずくを見かけた生徒や教職員等の関係者達は驚いた表情を浮かべていた。そんなざわざわとした雰囲気でも気にすることなくしずくはいつもみたいに歩き続けていた。

 

そのことをまだ知らなかったかすみはどこか上の空の様子で教室の自分の席に座っていた。理由は勿論、中々登校して来ないしずくにあった。

 

「かすみん!!」

「えっ……!?ど、どうしたの?」

「しずくちゃんが登校してきたって!!」

「っ……しず子が!?」

 

その時、そんなかすみを心配していたクラスメイトが駆け込んでしずくが登校してきたことを伝えると、かすみは勢いよく立ち上がってしずくのいるクラス教室に走っていった。

 

「あっ、かすみさん。廊下を走っては━━━」

「━━━そんなこと言ってる場合じゃないって!しず子が登校してきたって!」

「そんなことではありませ……って、しずくさんが!?」

 

そしてその途中で栞子と出会ったかすみは走り去りながらそのニュースを伝え、栞子もその後を追って早歩きでしずくの教室へと向かった。

 

「っ……しず子!?」

 

かすみは教室に辿り着き息を切らしながら中を見ると、そこには聞いた通りしずくの姿があり、クラスメイトに囲まれて何やら話していた。

 

「あ、かすみさん!ごめんね、心配か━━━」

「━━━しず子ぉ〜〜!!!!」

「わっ……!?ふふっ、よしよし」

 

そしてしずくは急に抱きついて泣き出すかすみの頭を優しく撫でて、その後に続いてやってきた栞子や璃奈達とも久しぶりに会話をして、嬉しくもあり騒がしい復帰初日が始まった。

 

 

 

 

 

━━━昼休み。

 

 

しずくは演劇部のミーティングがあるため部室に来ていたが、少し緊張しているのか部室の前で深呼吸をしていた。

今日のミーティングに参加すると言うのは陽向にはメッセージアプリで連絡していて、加えてクラスメイトの部員以外の人には伝えていないが、きっと伝わっているだろうと思いながらその扉をゆっくりと開けた。

 

「……おはようございま〜す」

「っ……しずく!」

『しずくちゃん!』

『桜坂さん!』

『桜坂先輩!』

「わっ!み、みなさん……!?」

 

しずくが中へ入るなり、先に部室に来ていた陽向を始めとした部員達が一斉にしずくの方へ駆け寄り、驚くしずくを取り囲んで喜んでいて、その中には安堵感から涙を浮かべる人もいた。

 

「しずく……本当に良かった……」

「本当だよ!私、ずっと心配で……!」

「本当に良かったです〜!」

「皆さん……ご迷惑をおかけしてすみません」

「謝らなくていいって!」

「そうそう!しずくちゃんがこうしてまた元気でいてくれるだけでも嬉しいから!」

「うんうん!」

「ありがとうございます」

 

しずくは興奮した部員に囲まれて少し戸惑いながらもその言葉に嬉しく感じていて、その表情はいつものような笑顔になっていた。

 

「しずく………?」

「部長……?どうかしましたか?」

「えっ……!?う、ううん!とりあえず元気そうです安心したよ。さ、ミーティングするよ」

『はい!』

 

陽向のひと言でしずくを囲んでいた部員達はそれぞれの席に座り、しずくも空いている席を見つけてそこへ向かった。

そんなしずくに陽向は不思議そうな視線を向け、頭に"ある疑問"を浮かべた。しかし、そんな疑問をミーティングを始めるために一旦頭の隅に置いて自らの席に向かった。

 

「じゃあみんな揃ったし、今日のミーティングを始めるよ。まずは私から今後の予定を━━━」

 

演劇部のミーティングは毎週月曜日と木曜日の昼休みに行われるため、自分が話していない時はお昼ご飯を食べても良いことになっている。そのため陽向は皆が食べているのを少々羨ましく思いながら、お昼ご飯を食べながら耳を傾ける皆に向かって今後の予定話し始めた。

他の部員が話し始めるとお昼ご飯にと用意していたおにぎりを食べながらその話を聞いたが、視線に手帳に予定を記入しているしずくの姿が入ると、ふと先程頭の隅に置いたはずの考えが再び浮かんできた。

 

それは母親である涼が感じたものと同じであり、いつもしずくの演技を見ていた陽向だからこそ勘付いたことであった。

 

果たしてそれは誠か否か。

 

その答えはしずく本人しか知らない。

 

 

━━━しずく、なんでずっと"演じている"の……?

 

 

 

〜〜〜〜〜次回予告〜〜〜〜〜

 

 

輝くんがいなくなって落ち込んでいた私だけど、分校の人達の演劇を見て私にできることに気付かされた。

 

演劇部の次の公演に向けての練習が始まったし、同好会の皆が私が新しいスタートを切れるようにと企画してくれた次のライブに向けての練習も始まった。

 

どっちも必ず成功させてみせる。

 

今の私が輝くんのためにできること。それは輝くんの好きだった私を演じ続けること。

 

だって私は━━━━

 

 

次回『しずく照らす光』

 

第4話「大女優〜前編〜」

 

 

輝くん。私、頑張るからね……!

 

 





ありがとうございました!
前話とは特に力を入れて書かせて頂きましたし、今話ももちろんです。もう1人の主人公の輝林の死。そして落ち込み、立ち直った様子を見せている主人公しずく。次回はどうなってしまうのか?
次回の更新は明後日の22時になります。お楽しみに。

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