みなさんこんばんは。
ついにこの日がやってまいりました。今回と次回のお話は特に書きたかったお話です。お気づきの方もいると思いますが、前編後編がわかれているお話は特に書きたいお話です。
さてさて、前回少し不穏な空気が流れて終わったわけですが、今回はどうなるんでしょうか?ドキドキですね。それではどうぞ、お読みください。
━━━人はそんなに強くない。
でも私は歩みを止めてはいけない。
輝くんが好きでいてくれた私を演じないといけないんだ。そうしないと天国の輝くんはきっと悲しんでしまうから。
だから私は苦悩なんてみせちゃいけない。
大丈夫。大丈夫………大丈夫。
そうよ。
そうよ私は………
桜坂しずくは、輝くんが認めてくれた大女優なんだから。
━━━━━虹ヶ咲学園。
━━━━━スクールアイドル同好会部室。
「それでは、私は演劇部の練習に行って来ますね」
放課後、スクールアイドル同好会の面々は次に開催するライブについてのスケジュール等を話し合っていた。
今回のライブは、輝林を亡くし一時期落ち込んでいたしずくが元気が出るように、そしてそんなしずくが新しくスタートを切れるようにと他の皆が企画したものだ。しずくはそのことを最初は遠慮していたが、皆からの勧めもあってそのライブを開催する決心をした。
しずくはそのミーティングが終わると荷物をまとめて席から立ち上がり、演劇部の練習に向かおうとしていた。演劇部の面々も前にあった分校演劇部の生放送に感化され、あの合同演劇会でできなかった演目をやろうという声が多数あり、そのための公演を開催することに決まっており、その練習の日々を送っていた。
「しずくちゃん、演劇部の方の練習も大変だろうけど頑張ろうね!」
「勿論です!どっちも必ず成功させます!」
「流石しずしず!頼りになるぅ〜!」
侑と愛の応援にしずくの笑顔もさらに輝かしいものになり、皆もその笑顔を見てより安心感を強めた。
「では、行って来ます」
『いってらっしゃい!』
「それじゃあ、私達も練習始めよう!」
『おー!』
皆はしずくを元気よく送り出し、その言葉を聞いたしずくは荷物を持って演劇部の方へと向かった。しずくがドアを閉めて去ったことを確認した侑の合図で皆も練習のための準備を始めた。
「………」
「ん?かすみさん、どうかしましたか?」
そんな中、栞子は珍しく難しい表情をしているかすみが目に入ったため声をかけると、他の皆もかすみの方に視線を向けた。
「いや、なんか……しず子があんなに元気なのが変だなぁって」
「それ、私もちょっと気になってた」
「そう?私はいつものしずくちゃんに戻っただけだと思ったけど……」
そんなかすみの言葉に璃奈は共感を示したが、侑は現在のしずくに違和感を覚えておらず首を傾げていた。
「確かに……私も少々今のしずくさんには違和感を覚えていました」
「紅葉くんが亡くなって、しばらく休んでいたとはいえ、ちょっと元気すぎる感じだよね?」
「そう言われれば……」
「そうとも感じれるわね」
栞子や愛もしずくに違和感を覚えていたようで、歩夢や嵐珠、そして侑も4人の言葉を聞いてその違和感に気付かされ、皆が暗い表情になって唸り声をあげた。
「………しずくちゃん、大丈夫かな?」
侑はボソッとそう呟き、皆はその不安からか中々練習には向かわずに部室に足を留めるのであった。
━━━━━視聴覚室。
いつもの練習では、演劇部が所有している別室の練習ルームでしているが、本番が近くなると講堂のステージで練習をするのがいつものスケジュールだ。しかし、しばらく講堂が点検中で、さらにその後は他の部が使うため、その間はこの視聴覚室で練習をすることになっていた。
「すみません、遅くなりました!」
「おっ、しずく来たね」
「部長、お待たせしました!準備しますね!」
「うん!ゆっくりでいいよ」
「しずく先輩!演技のことで聞きたいことがあって!」
「いいよ。どこか教えて?」
しずくがそんな視聴覚室に入ると、1年生の
月は4月に入学して演劇部に入部したが、中学の頃から演劇コンクールの全国大会に出場する等優秀な成績を収めていて、演劇部の期待のホープとして1年生ながらメイン寄りの役を任されたりしている。そして月は演技力が高いしずくに憧れを抱いていて、こうしてしずくに演技のアドバイスを貰っていて中学の頃よりもその演技力に磨きがかかっていた。
今回の公演での演目は合同演劇会でする予定だった『幕末怪異討伐〜
歌劇ということもあり、所々で簡単なオリジナル曲も披露されることになっていて、同好会もその制作に協力していた。フィルムフェスティバルでも使用されたしずくのオリジナル曲『エイエ
「━━━これで大丈夫そう?」
「はい!ありがとうございます!流石しずく先輩!」
月はしずくに、自分が劇でメインのスポットライトが当たっていない時の動き方や演技、演じるキクの心情等についてアドバイスを貰っていた。さらにそのことを台本にメモ書きをしたりしていて、本人が如何に気合いが入っているか伺えた。
陽向は、自分が引退した後はこの2人が演劇部を引っ張って行ってくれるだろうと確信を持っていて、そんな2人を静かに見守っていた。
「よし、じゃあ練習始めようか」
『はい!』
そして2人の話に区切りがついたのを確認した陽向が合図を出すと、それぞれバラバラになって自主練や休憩をしていた部員達は部屋の前の方に集まり、しずくと月も皆と一緒に並んで陽向の言葉を待った。
「うん、全員いるね!それじゃあ今日から本格的に次の公演に向けての練習を始めるよ!
本当は薔薇ヶ咲との合同演劇会でするはずだったけど、あんなことになって……」
『…………………』
「あ〜ごめんごめん。でもしずくもこうして元気に帰って来てくれたし、私達は下を向いてちゃいけない。亡くなった紅葉くんのためにも、そして私達のためにも絶対にこの公演を成功させよう!」
『………はい!!』
「よし!じゃあまずは━━━」
皆を集めた陽向の言葉に一度は暗い表情を浮かべていた部員達であったが、力強い陽向の言葉に鼓舞されて力強い声で返事をした。
そんな皆の返事を聞いた陽向は大きく頷いてから今日の練習のスケジュールを発表した。
━━━輝くん。私、頑張るからね……!
しずくはそんな陽向の言葉を聞きながら強い決意を再び胸に刻んだ。
「━━━OK!みんないい感じ!」
『ありがとうございます!』
全員での発声練習と準備運動の後、まずは出演者がそれぞれ刀を使った戦闘シーンの動きの確認を行っていた。それは、各シーン毎の出演者達が教壇があった1段上がっているところを舞台に見立てて、実際に台詞を交えながらゆっくりと刀を交えつつ確認を行っていた。
「じゃあ次はラストの全員での戦闘シーンいこうか!みんな準備して!」
『はい!』
次にこの劇で1番大人数での戦闘となる、終盤の彼岸花隊と怪異軍団との戦いのシーンの確認に移ろうとしていた。
それぞれの役を持つ部員達が段上に登り始め、しずくも皆に続いてその壇上へと足を進めた。
舞台に上がってでの演劇。
それは輝林が亡くなり、しずくも目の前でそれを目撃した
台本を読んだり、何度か動いてみたりはしていたが、舞台に登ることはなかった。
本物の舞台ではないが、その練習が行われている段上は立派な舞台であった。
そんな舞台へ1歩、また1歩と近付くしずく。
━━━しかし、その足は舞台の手前で止まってしまった。
「…………え?」
「しずく……?」
「しずく先輩、どうかしたんですか?」
舞台の手前で足が止まり戸惑うしずくを、陽向や月を始め皆がそんな彼女を見つめた。
「あ、あれ……?な、なんで……っ!?」
しずくは視線を足元に向け、何度も何度も力を入れて足を動かそうとするが、それはまるで地面に張り付いたように動かずに震えるのみであった。しずく自身も何が起こっているのか理解できずに困惑しながらも必死に足を動かそうとしていたが、舞台に向かって動くことはなかった。
「しずく、どうかしたの……!?」
「しずく先輩……!?」
「わ、私、先生呼んできます!」
そしてそんなしずくの様子を不思議に思った陽向や部員達はしずくに駆け寄って行って、中には顧問である葵子にこのことを知らせに行く部員もいた。
「っ……!!」
皆の心配する声、自分を呼ぶ声、そして目の前にあるのに上がれない舞台。それらのことに反応してまるでスイッチが入ったように、しずくの脳内に合同演劇会でのことが流れ込んできた。
その"フラッシュバック"によってしずくの目は大きく見開かれ、瞳も揺れていて、呼吸も荒いものになっていた。
━━そう、あの時……しずくはホールの舞台で合同演劇会で披露する2校合同でする劇のリハーサルをしていた。
それは舞踏会のシーンで、輝林と共に練習を重ねたものを踊っていた。
しかしその時間は突如終わりを迎えた。
輝林がしずくを突き飛ばし、そして落ちて来たシャンデリアの下敷きとなってしまった。
しずくはそれを誰よりも近くで目撃していた。
だからこそ、周りの声も含めたその時の状況全てが脳内に焼き付いていた。
しずくのことを呼ぶ皆の声を掻き消すかのように鼓動や耳鳴りの音はどんどん強く大きくなり、冷や汗も額に垂れており、息も先程と比べてどんどん荒いものになっていった。
「ちょっとしずく!?どうしたの!?」
「桜坂落ち着いて!深呼吸!」
陽向や3年生の部員達は必死にしずくに声をかけるが、その息が荒いのは治ることはなかった。3年生以外の皆はそんなしずくをただ見守り、動揺することしか出来なかった。
そして何も理解できなかったしずくであったが、徐々に今の自分の状況がわかっていった。
「まさ、か……っ!?」
━━━舞台に、上がれない……!?
その紛れもない事実にしずくは頭が真っ白になってしまった。
亡くなった輝林のために、しずく自身が輝林の大女優であるために、舞台に上がらないといけない。そのはずなのにしずくは何故か舞台に上がることができず、その手前で足が止まってしまった。頭でわかっていても体が動かないことに困惑し、何故そうなっているのかもわからず混乱していた。
「ちょっと!しずくってば!!」
━━━やっぱり、しずくは無茶して演じてたんだ。気付いてたのに止めれなかった……!私は部長なのに!
陽向は一向に返事をせずに様子がおかしいしずくに声をかけ続けるが、それでもしずくは返事をしなかった。そんなしずくを見ていた陽向は、しずくが再び登校してきた日から感じていた違和感が本当であったことに気付いて自責の念を感じていたが、一旦それは置いておいて今は様子がおかしいしずくのことを優先した。
そしてそんな中、しずくの脳裏に
「っ………!!!」
「ちょっ……しずく!?私はしずくを追いかけるから、みんなは先生が来たらこのこと教えて!」
「わ、わかった!陽向、しずくをお願い!」
そして陽向は突然走り出して視聴覚室を去っていったしずくを追いかけ、他の部員達は心配そうに出口の方を見つめた。
━━━そんなの、ダメ……絶対ダメっ……!!だったら私は………私はっ……!!
「私が
しずくは必死にある場所へ向かって廊下を走り続け、その頭に過った可能性が気のせいであることを願い続けた。
━━演劇部の、そしてスクールアイドルの桜坂しずくは、この日初めて舞台から逃げ出した。
「かすみさん本当に行くのですか?やはり演劇部の皆さんの迷惑になるのでは……」
「それはわかってるけど!……しず子のこと気になるもん」
そんなことが起こっているとは知らない栞子やかすみ達同好会の面々はしずくの様子を確かめるために視聴覚室へと向かっていた。
「まぁ、ちょっと覗くだけなら迷惑にならないって!でしょ?」
「まぁ……それはそうですが……」
「それにこのままじゃみんな練習に集中できないし、こっちの方が良いと思う!」
「そうだよね……!」
「みなさんがそう言うなら……」
大勢で視聴覚室に行って演劇部の迷惑になることを心配する栞子だったが、愛と侑の説得とそれに同意する歩夢を見て納得したような素振りを見せて廊下を歩き続けた。
「あれって……?」
「しずくじゃない?」
すると璃奈と嵐珠が廊下の向こう側からこちらに向かって走ってくる人影を見て驚いた表情を浮かべていた。
「しずくさん!廊下を走っては……!」
栞子はそんなしずくを注意して止めようとするが、しずくはこちらを見向きもせずに同好会のメンバーの横を走り去ってしまった。
「っ……しず子……!?」
「あっ、かすみさん!」
するとしずくが横を走り去った時に頬に水っ気のあるものが当たったのを感じたかすみは、その背中を追いかけるように駆け出し、栞子はそんなかすみを注意しようと呼び止めようとした。
「追いかけよう!」
『うん!』
「えっ、ちょっ、皆さん廊下は……!ん〜もうっ!」
そしてそんなしずくとかすみの様子から只事では無いと感じた侑が皆に声を掛けて全員が走ってそれらの背中を追いかけ、栞子はそんな皆を止めようとしたがそれが無駄だとわかって早歩きでその後を追った。
「あっ、三船さん……!」
「部長さん……!」
「し、しずくを見かけなかった!?」
「しずくさんなら今あっちの方に走っていって、同好会のみなさんが追いかけて行きました」
「っ……ありがとう!」
「あっ、部長さん……!何か、あったのでしょうか……?」
「……実は━━━」
そして栞子はさらにその後を追いかけようとする陽向に走り去ったしずくに何かあったのかを聞くと、驚いた表情をしてから顔色を変えて足の進む速さを上げた。
━━━━━屋上。
視聴覚室からここまで走ってきたしずくは、勢いよく扉を開けて端にある柵のところまで息を切らしながら歩き、辿り着くと薄い雲が掛かって今にも雨が降りそうな空を見上げた。
『しずくは僕にとって大女優だよ!』
『僕がしずくのファン第1号だね!』
『僕、しずちゃんの演技も、スクールアイドルでのパフォーマンスも、大好きなんだ!』
しずくはそんな空を見ながら前に輝林から言われたことを思い出していた。
それらの言葉は、聞いて嬉しかったしずくの胸にずっと刻まれていて、演劇部やスクールアイドル同好会での活動をする度に思い返し、その度に元気をもらっていた。
━━━輝くんは演劇をする私も、スクールアイドルをする私も大好きだって言ってくれた。
だから私は、大女優の桜坂しずくも、スクールアイドルの桜坂しずくも頑張らないといけないんだ。
なのに……どうして……!
こんなところで立ち止まる訳にはいかないのに……!
「舞台に上がることができないの……!?」
━━━どうしてよ……っ!!
しずくは演劇部での練習で舞台に登ろうとした時に足が動かず、動悸、息切れそして冷や汗と、自分でも変だとわかる程の異常の理由がわからずに、目を両手で覆って歯を食いしばった。
その気持ちは"悔しい"というひと言で表されるのだろうか?いや、ひと言では無理でだろう。
舞台に登れなくて悔しい。輝林の好きな桜坂しずくの演技ができなくて悔しい。その理由もわからずこうして逃げることしかできなかった自分が悔しい。演劇部でもスクールアイドルでも初めて舞台から逃げることになって悔しい……等様々な悔しいが入り混じっていて、到底その"悔しい"というひと言では表すことができない。
そして1番苦しいと感じているのはこうなってしまった理由がわからないことだ。
しずく自身は演劇をしたく無いと、舞台に登りたく無いと思ったということは決して無い。それは断言できた。だからこそ、そうなってしまった理由が全くわからず、見当もつかなかった。
「……………なんで?」
━━━なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?!
しずくは苦しそうにそんな言葉を搾り出し、脳内には困惑の声が響いていて、さらには歯を食いしばる力も強くなり、前髪をグッと掴んで色んな悔しさを露わにした。
そしてしばらくした後にしずくは力が抜けたように腕を下げ、大きく息を吐いて視聴覚室で過ぎったある可能性を思い出した。
一旦深呼吸をして気持ちを落ち着け、それから大きく息を吸って、そうしてその吸った息を声と一緒に大空に向かって吐き出す…………つもりだった。
「あッ………!ア………ァ……ッ!!??」
━━━まさか……!?
しかしそんなしずくの喉から出たのは掠れたような声だった。『オードリー』を歌おうとしていたのだが、初めの歌い出しのところから全く歌えなかった。しずくは目を大きく見開いて瞳を揺らしながら、片手で喉を優しく押さえて驚いていた。
あの時しずくの頭に過ったある可能性というのは、大女優として舞台に登れなかったのならば、もしかすればスクールアイドルとしても何か問題があるのではというものであった。そしてそれは悲しいことに当たってしまっていた。
出来ることなら勘違いであって欲しかったが、何度歌おうとしても歌声が喉から出ることはなく掠れた声が出るのみで、それは勘違いではなく真実だということを認めざるを得なかった。
「なんで……なんで歌えないのよ……っ!!」
しずくは何度も、何度も何度も何度も、それが間違いであることを願いながら歌おうとしたが、そんなしずくの喉から歌声が出ることはなかった。
━━━私は、演じたいのに……!歌いたいのに……!!
「どう……して………っ!?」
そしてしずくは膝から崩れ落ち、両膝と両手を床に付いて涙を流して苦しそうな声を出した。その床にはポツポツとそんなしずくの涙がこぼれ落ちていた。
「しず子ッ!!」
そんな時、ドアが開きっぱなしになっていた入り口からかすみの叫び声が聞こえ、しずくは少し頭を上げた。しかしその顔をかすみの方へと向けることはなかった。
その様子を変に感じたかすみはしずくの元へ走って近寄り、それに続いて他の同好会のメンバーも屋上に辿り着いて入り口からそんな2人を見つめていた。
「かすみ……さん……?」
「しず子、どうしたの!?あれからずっと様子がおかしかったし……なんで、泣いてるの……?」
かすみがしずくの肩を掴むと、しずくはゆっくりとそんなかすみに顔を向け、かすみはそんなしずくの目に浮かぶ涙を見てもう片方の肩を掴んで自分の方へしずくの体を向けた。
「しずく……」
そして遅れて栞子と共に屋上に着いた陽向は心配そうにしずくを見つめた。
「かすみさん……私……私……っ!!」
「っ……!」
かすみは涙ながらに言葉を搾り出そうとするしずくを見て、彼女の身にどれ程のことが起こったのか見当もつかなかったが、只事では無いと息を呑んでしずくの言葉の続きを待った。
「私、舞台に上がれなくって……それに……歌えなかったの……っ!!」
『っ……!?』
その衝撃的な言葉に、かすみだけではなく入り口付近でその様子を見ていた皆も驚いた表情を浮かべた。
「歌え、ない……?って、ど、どいうこと……?!」
「そんなの私だって聞きたいよッ!!!!!」
「っ……!」
かすみはしずくの悲痛な叫びに少し体を引き、さらに驚いた表情を浮かべてしずくを見つめた。
しずくはハッとした表情を浮かべた後、かすみから顔を逸らすように目線を斜め下に向けてしばらく黙ってしまったが、重たい口を開いて言葉を続けた。
「………なんでかはわからない。でも、演劇部の練習の時に舞台を前にしたら足が動かなくて。それにさっきも、歌おうとしたら声が出なくてっ……!私……私、は……っ!!」
「しず子……」
かすみはそう苦しそうに泣き出すしずくを優しく抱きしめた。そんなしずくの気持ちはかすみにとっては計り知れない程辛くて苦しいもので、かすみはそんな感情を受け止めて胸が締まる思いがした。
少し離れたところで聞いていた皆も言葉を失い、何人かは口を覆ってしまうほどの衝撃的な事実だった。
「私は大女優で、スクールアイドルの桜坂しずくじゃないといけないの……!輝くんが好きって言ってくれた私で居続けないといけないの……!なのに……なのに……ッ!!」
しずくは自分を抱きしめるかすみの服を両手でグッと掴んで、かすみや屋上にいる皆にその感じている気持ち、憤りを包みなく話した。
そんなしずくの涙と共鳴するようにポツポツと空から雨粒も降り始め、地上を少しずつ濡らしていった。かすみとしずくの髪や服も少しずつ濡れていたが2人はその場から動こうとせず、濡れてしまって体調を崩してしまうことを心配した皆はそんな2人を建物の中に誘導した。
━━━輝くん、ごめんね……
「……ごめん、なさいっ……!」
しずくはそんな皆の声掛けや話し声は聞こえてはいたが理解することは無く、輝林への謝罪を唱え続けていた。
そしてその声に反応するかのように、先程まで小降りだった雨は激しい音を出しながら本降りになっていた。
━━━━数日後。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
しずくはあれから演劇部と同好会の練習に顔は出していたが、それに本格的に参加することはなかった。
今もこうして同好会の練習に顔を出していたが、壁に背を付けて座って皆が練習する様子を見つめていた。他には音楽を鳴らしたり、皆のドリンクやタオルを用意したりとサポートをしていた。
演劇部での練習でも、通し等の開始や終了の合図を出したり、皆からアドバイスを請われるとそれに答え、同好会の時と同じくドリンクやタオルを用意したりしていた。
「しずくちゃん、本当に大丈夫?」
「はい!ご心配ありがとうございます!今は、私に出来ることをするだけですから」
「………そっか」
侑はしずくと共に皆の練習を見守りながらいつものような会話をしていた。
侑達同好会や演劇部の皆も、あれからまた休んだ方が良いのではないかと提案したが、しずくはその方が皆に申し訳ないし、演劇やスクールアイドルから離れてしまうと輝林にも顔向け出来ないからとこういう形で練習に参加していた。
あれからしずくは病院へ行き、舞台に登ろうとすると足が動かなくなって動悸や息切れ等を起こしたこと、そして歌が歌えなくなったこと、それは合同演劇会での事故の影響だった診断を受けた。あの時の事故で、幼馴染で好きだった輝林を亡くすというとても大きな精神的なショックを受け、舞台に登ろうとした時にフラッシュバックが起こって様々な影響が体に出てしまっていた。つまり頭では舞台に登りたい、歌を歌いたいと思っていても、体が無意識にそれを拒否して足が止まり、歌声も出なかったのだ。しずくはその時のことがトラウマになっていたのだ。さらに、輝林が好きだった大女優とスクールアイドルを演じていたことも、しずくが自分自身へさらに精神的負荷を掛けてしまっていた。
その診断を受けたしずくはショックを受けたが、それから色々考えた上で先程の決断に至った。
皆はしずくに演じる必要はないんだと訴えたが、しずくは輝林のためにも無理をしない範囲で演じ続けたいと、それが輝林への
「あっ、そろそろ私、演劇部の方へ行ってきますね!また戻ってきます!」
「うん、いってらっしゃい!」
『行ってらっしゃ〜い』
そして皆が練習している中、しずくはスマホに表示されている時間を見て演劇部の方へ向かい、侑はそんなしずくを手を振って見送り、他の皆も練習をしながら声をかけて見送った。
しずくがその場を去ると、皆は少し心配そうな表情を浮かべていた。
━━━━━視聴覚室。
「しずく先輩!ここのところなんですけど……」
「あぁ〜ここね。ここは前のシーンでキクを庇って怪我してるからそれを隠すように━━━」
しずくは視聴覚室で、劇のサクラ役を自分の代わりにすることになった月に演技指導を行っていた。
しずくと月は一緒に演じるシーンが多く、月は1番近くでしずくの演技を見ていた為、今回のサクラ役の代役に白羽の矢が立ったのだ。月が演じる予定であったキク役は同じ1年生で音響を担当していた
月はしずくにどうやって演じていたか、何を考えていたか等全てを聞いて、さらにはそれを完璧に出来るようにメモを取ったり何度も復習をしたりと頑張っていた。
「━━━あとここの歌唱シーンなんですけど、ここってどんな気持ちで歌われてました?」
「ちょっと待ってね。確か『エイエ戦サー』のところメモしてるはずだから……」
「ありがとうございます!」
そしてしずくは月に歌唱シーンのことを聞かれ、鞄から歌劇で使うノートを取り出して、『エイエ戦サー』の歌詞や歌う時の動き、込める気持ちなどを書いているページを開いて月に手渡した。
「これを見たら全部わかると思うよ。わからなかったらなんでも聞いて」
「………すごい!流石しずく先輩だ……!」
月はそのノートにビッシリと歌唱中での動き、キャラクターの感情等が書かれていて、驚いた表情を浮かべていた。しずくの物ならばそのことは予想できていたが、実際に目にするとそこに込められたしずくの演劇への思いが伝わってきて、その驚きは感心へと変わった。
━━━やっぱり、しずく先輩は本当に……
「しずく!今大丈夫?」
「はい!なんでしょうか?」
「ちょっと買い出しを頼みたくてね。行ってきてくれない?」
「はい!大丈夫です!では、行ってまいります!」
月がしずくのノートに見惚れていると、陽向がしずくに買い出しを頼み、しずくは買い出しリストを受け取って嫌な顔をせず買い出しへと向かった。
「……すごいでしょ?しずくのノート」
「……はい」
そしてしずくが去った後、月は陽向がしずくのノートを覗き込むようにそう言うと、息を呑んでそれを読みながら返事をした。陽向はそんな月を見てどこか自慢げな表情を浮かべていた。
「しずくは1年生の頃から歌劇の歌はそうやってノートにまとめていたし、台本にもメモ書きをいっぱいしてて何回も読み返してるよ」
「確かに、しずく先輩の台本は本番前になるともう端が折れてましたね……」
「そう。それだけしずくは演劇に真剣だったんだ」
陽向の言葉に、それを間近で聞いていた月やそれ以外の部員達も何も言葉を発することはできなかった。そんな演劇に真剣なしずくが、あの時の事件からのショックで演劇の舞台に立てなくなってしまったことがとても残念で、無念で、とても辛く感じていた。
「………しずくはね、努力家なんだよ」
『っ……!?』
そんな重苦しい空気感の中、視聴覚室の入り口から聞こえてきた声に皆は驚いてその方を向いた。
「や、久しぶりだね」
『部長!?』
「私はもう部長じゃないよ、2.3年生の諸君」
「遅かったですね、百々先輩」
「ごめんごめん」
そこへやってきたのは卒業した昨年度の演劇部部長を務めていた百々で、そのまさかの人物の登場に驚く部員達とは違って陽向はドヤ顔を浮かべていた。
「あの……!」
「ん?君は……1年生だね?」
「はいっ!倉田月です!」
「あぁ、君が!噂は聞いてるよ、期待の新人だって」
「あ、ありがとうございます!」
「それで、何か聞きたいことでも?」
「はい。しずく先輩が"努力家"っていうお話を詳しく聞きたくて……!」
月は初対面とは思えない程グイグイと百々に詰め寄るかのようにそう言うと、百々は笑顔を浮かべて先程の会話の続きを始めた。
「しずくはね、輝林くんとは違って元から演技の才能を持ってたわけじゃないの。その蕾はあったかもしれないけど、その花を咲かせたのは紛れもなく"しずくの努力"だよ」
「そうなんですか!?てっきり、しずく先輩は昔から才能があったのかと……」
「どちらかと言うと、演技の才能というより努力ができる才能があった……と私は思ってるよ」
「だから"努力家"ってことですか……?」
「うん、そういうこと。しずくが今持ってるあの才能はその証拠だよ」
しずくを1年生の頃からよく知る百々の言葉を聞いて、それを知らなかった部員達は納得したような唸り声を漏らし、知っていた陽向などの部員達は首を縦に振って腕を組んでいた。
「やっぱり、しずく先輩は………」
「ん?」
そしてボソッと何かを言いかけた月の言葉に百々や皆は耳を傾けてその言葉を待ち、月は先程しずくから貸してもらったノートを見ながら言葉を続けた。
「………しずく先輩は演劇が、演技が、本当に好きなんですね。好きだからここまで努力ができる。このノートにはその"大好き"っていう気持ちが込められている……と私は思います」
「うん。しずくは演劇も、スクールアイドルも大好きだから、ここまで努力を続けられたんだよ。だから今回のことは私もとても驚いたよ……」
百々が残念そうにそう言うと、その百々の気持ちは痛いほどわかる皆は黙ってしまい、また沈黙の時間が流れてしまった。
「………だったら」
「ん?」
そんな沈黙を打ち破ったのは、百々の話を聞いていた月だった。
「だったら、しずく先輩はやっぱり舞台に戻って欲しいです……!しずく先輩が大好きな、この場所へ!」
「………そう言うと思ったよ。みんなもそうでしょ?」
百々が月の言葉を聞いて他の部員にもそう呼びかけると、皆は当然だと言わんばかりに頷いた。
するとまるでタイミングを見計らったかのようにドアが開いて、皆の視線は再び入り口の方に向いた。そしてそこからはスクールアイドル同好会の面々が入ってきて、さらには3月に卒業していたミア、果林、エマ、彼方の姿もあった。
「お邪魔しま〜す!」
「高咲さんに……同好会の皆さん!?」
月や他の部員達は同好会の皆の登場に驚きの表情を浮かべ、そんな皆を見た百々や陽向はニヤリとした笑顔を浮かべながら同好会の皆の所に移動した。
「てことで、しずくに舞台に戻ってもらうためのサプライズのことを話そうか」
『サプライズ!?』
そうしてしずくが不在の間に演劇部の部員達は陽向と百々、そしてスクールアイドル同好会の面々からその"サプライズ"の話を聞き、そのための話し合いが始まった。
買い出しに行っているしずくは勿論このことを知る由もなかった。
━━━後編に続く。
ついに訪れたライブの日。
ステージに上がれず、歌えることが出来なくなった私は、ライブの照明や準備を手伝って最高のライブにすることに力を注いでいた。
セットリストはみんなのソロ曲で決まっていて、本当は最後に私の出番もあったけど……仕方ないよね。
輝くん……もう私は、輝くんの大好きなスクールアイドルで大女優の桜坂しずくになれないのかな?
次回『しずく照らす光』
第6話「大女優〜後編〜」
━━━そうよ、私は大女優。
大女優、桜坂しずく。
ありがとうございました!
まさかの展開……しずくが舞台(ステージ)に上がれなくなり、そして歌も歌えなくなってしまいました。そしてしずくのために何かを考える同好会や演劇部の面々。一体何を考えているのでしょうか……?それは明日22時更新の後編。お待ちください!
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