毎日俺を殺しに来る女に飯を食わせる配信で稼いでます   作:枩葉松

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第26話 Sideハク 内緒

 

「伊波、寝ちゃったね」

「恐るべし、コタツの魔力……! 伊波さんの寝顔、可愛いですね……!」

 

 食事が終わり、四人でダラダラとテレビを見て過ごすうち、いつの間にか伊波が寝落ちしていた。

 普段の彼は、よく言えばクール、悪く言えば気怠そうな顔をしているが、寝顔は力が抜けてあどけない。ハクと猫宮は彼の頬をつついて、ウシシと悪戯っぽく笑う。

 

「起こしタラ可哀想だろ。あまり弄るナ」

「「はーい」」

 

 小さく返事をして、ササッと二人は距離を取った。

 フライフェイスはため息をついて、伊波に淹れてもらったお茶を飲む。

 

「……何だか悪イな。ワタシたちばかり食べて、この男はずっと働イテいた」

「うーん……まあでも伊波、すごく嬉しそうだったよ。美味しいって言ってもらうの、好きなんだってさ。買い物行った時も、一人でニヤニヤ笑ってたし」

「なるほど。変態ダッタのか」

「伊波のそういうとこ、私好きだなー」

 

 ふむふむと頷くフライフェイスと、ニヤつくハク。

 猫宮は伊波の顔を一瞥して小さく笑う。

 

「伊波さん、ちょっと前までは全然笑ったりしなかったんですよ」

「えっ。そうなの?」

「っていうか、うちの商店街に来始めた頃とか今にも死にそうな顔してましたし。仕方ないですよね、せっかく始めたお店が何もできないまま潰れちゃったんですから。ただ借金だけ残して」

「まったく、災難な男ダ」

「でも、伊波さんのリスナーさんもよく言ってますけど、ハクさんと関わり始めてから一気に明るくなりました。……何か妬けちゃいます」

 

 その言葉に違和感を覚え、ハクは「ん?」と首を傾げた。

 猫宮は天井を仰ぎ、ぶはーっとオッサンのようなため息をつく。

 

「あたし、ずっと前から気になってたのに、いきなりハクさんに掻っ攫われちゃうんですもん! これがあれですか? 空から降って来る系ヒロインに負けた幼馴染ヒロインの気持ちですかね?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? え、猫宮って伊波のこと好きだったの……!?」

「いやだから、気になる、ですよー。好きじゃなくて、気になる! 料理の手際がいいのって格好いいじゃないですか? それに伊波さんって手が綺麗で、爪の形とか浮き出た血管とかもよくてドキドキしません?」

「わ、わかる!!」

 

 つい大きな声を出してしまい、ハクはハッと口を覆った。

 幸い、伊波は眠ったまま。それを確認して胸を撫で下ろす。

 

「あと、普通に顔いいですよねー。幸薄い感じですけど、雰囲気に合ってるっていうか?」

 

 フンフン! とハクは勢いよく頷く。

 

「身長高いのに物腰は低くて、そのギャップも良きですね。何て言うかこう、職人感がありますっ」

 

 フンフン!

 

「周りに配慮できる余裕があるところもグッドです。クリスマスイベントのことだって、あたしだったら何も考えずバチバチに告知しまくっちゃいますよ。沢山の人にチヤホヤされたいですし!」

 

 フンフン!

 

「まあ……だから、こうやったらチャンネル伸びますよーっとか言って恩売って、地道にアピールしてたんです。あたしになびいてくれたら嬉しいなー、的な感じで」

 

 そう言って、たははと元気に笑った。

 そんな猫宮を見て、ハクを眉をひそめる。

 

「……もしかして私、じゃ、邪魔だった……?」

「そ、そんなことないですよ! ハクさんは超絶ウルトラハイパーエレガントにビューティフルエクスペリエンス可愛いですから!」

「“experience”の意味、わかってイルのか?」

「とにかく、ちょー推しなので! 激ヤバに最高なので、むしろいてくれなくちゃ困ります! 早く伊波さんとくっついて、どちゃどちゃにいちゃこらしちゃってください……!」

「そう? だったら……うん、よかった……」

 

 ホッと息を漏らすハクを見て、猫宮も安堵の表情を作った。

 二人は見つめ合い、笑い合う。同志がいるのが嬉しくて、往年の友達のように。

 

「……ネコミヤ、帰ろう。そろそろイイ時間だ」

「ですねっ。んじゃ、伊波さんによろしく言っといてください。今日はありがとうございました!」

「あ、ちょっと待って! 猫宮に相談したいことがあって……!」

「え? あたしに、ですか?」

 

 そう聞き返され、ハクはフンフンと何度も頷いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いやー、食べた食べた! 締めのうどん、ちょー美味しかったですよね!」

「あぁ」

「ハクさんはいいなー。毎日伊波さんの料理食べられて。しかもそれでお金になるとかズル過ぎですよ!」

「そうだナ」

「ってかハクさん、伊波さんへの好き好きオーラ隠さなくなりましたね。あの見た目でウブな感じ、マジで可愛すぎて声出ちゃいます!」

「……なぁ、ネコミヤ」

「はい?」

 

 伊波の家を出て、しばらくして。

 帰路につく、二つの影。少し前を歩きながら一方的に話す猫宮に対し、フライフェイスは声を投げかけた。

 

「実際のトコろ、イナミのことはどう思ってイルんだ?」

 

 その問いかけに、猫宮は軽く目を見開いて立ち止まった。

 フライフェイスは彼女の隣に並び、そっと視線を向ける。

 

「えっ? ふ、ふーちゃんって、そういうの気になるタイプですか? 何か意外ですねー」

「恋愛の話は好きダ。ワタシには縁のないコトだから、余計にナ」

 

 仮面の下に指を入れ、悲惨な火傷のあとを掻く。

 そして猫宮に詰め寄り、ほら話せと無言の圧をかけた。

 

 猫宮は目を逸らし、前髪を弄り、嘆息して歩き出す。観念したような表情を浮かべながら。

 

「……うちのお爺ちゃんが亡くなった時、お婆ちゃん、すごく落ち込んじゃって。全然ご飯も食べなくなって、家族でどうしよーってなってたんですよ。んで、何か食べられそうなものないかなって手当たり次第試してたら、一つだけお婆ちゃんが美味しいって言って完食してくれたものがありまして……」

「それがイナミのレシピだった、というコトか?」

「ですですっ。だから伊波さんが配信してる時に、ダメ元で色々聞いたんですよね。お年寄りでも食べやすいものはないですかー、とか。塩分とか控えめにできませんかー、とか。……そしたら伊波さん、全部真剣に答えてくれて。たいして需要もないはずなのに、あとで動画にもまとめてくれてすごく助かりました。おかげでお婆ちゃん、今も元気にたい焼き作れてます」

 

 「だから」と言い加えて、晴れやかでどこか儚げな、諦念のこもった笑みを作った。

 

「……いつの間にか伊波さんのこと、好きになってました」

 

 一際厳しい夜風が吹いて、プリン柄の髪を絡め取った。

 寒さに身震いする猫宮を見て、フライフェイスは自身のマフラーをほどいて彼女の首にかける。

 

「だったラ、さっきイナミの見た目の話をシテいたのは嘘だったのか?」

「いやいや、あれはあれで本当ですよ! でも今の話、ハクさんが聞いたらちょー気にしちゃうじゃないですか!」

「フッ……確かにナ」

 

 「二人だけの内緒ですよ!」と猫宮はフライフェイスの腕を小突く。

 

 ハクは良くも悪くも単純。

 そこを気遣った上で、あくまで気になると、そのレベルで留めた。

 

「あたしの気持ち、一応はハクさんに伝えられたので、何か吹っ切れた感じです。伊波さんは沢山のひとを笑顔にできますが、伊波さんを笑顔にできるのはハクさんだけみたいですから」

 

 ドッと、腹の底から息をつく。

 揺らめく白い尾は、数メートルともたず掻き消える。

 

「……本当にイイのか、それデ?」

「いいんです」

「本当にホントウか?」

「だから、いいんですって! 推しの幸せを願うのは、ファンの義務ですよっ!」

 

 嘘は言っていない。と同時に、本音ともまた違うなと、フライフェイスは思った。

 だが、これ以上は彼女のデリケートな部分。「そうか」と呟いて、そこから先に踏み込むことはしない。

 

「心配なのは、伊波さんのにぶにぶ具合と、ハクさんのウブさです。あの二人、ちゃんとくっつけるんですかね?」

「イナミのことはよく知らナイが、ハクはアレでも肝が据わっている。放っておいてもヤルことはやるだろウ」

「えっ。じゃあもしかして、今ごろ伊波さんが寝ているのをいいことに、あんなことやこんなことを……!?」

「可能性はアルな」

「……は、ハクさん、すごいです。あたしもその積極性、見習わないと……!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「伊波……ね、寝てる……?」

 

 猫宮たちが帰って、数十分後。

 待てど暮らせど、伊波は一向に目を覚まさない。

 

 気持ちよさそうに寝息を立てる彼を見て、ハクはあることを思いつく。

 

「……起きないってことは、何してもいいってことだよね?」

 

 妖しく白い歯を覗かせ、ちろりと唇を舐った。

 銀の双眸が色めき、艶っぽい息を漏らす。

 

 獲物を前にした獣のように、息を殺して。

 雪色の髪を揺らしながら、そーっと伊波に迫る。

 

 そしておもむろに、彼の手を取ると、

 

「うへへ……へへっ……」

 

 ぽんと自分の頭の上に乗せて、疑似的に撫でられる快感に酔いしれていた。

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