毎日俺を殺しに来る女に飯を食わせる配信で稼いでます   作:枩葉松

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第28話 コーヒー飲んでなきゃ即死だった

 

「あっ! ジンジャークッキーは知ってる! 何かピリッとして美味しいやつ!」

 

 相変わらず味の表現が大雑把だが、今回は知ったかぶりではないだろう。

 海外を渡り歩いていたハクさんなら、どこかで食べていてもおかしくない。

 

:ジンジャークッキー?

:何ですかそれ?

:苦手なやつだ……

:私は好きだけどなー。お酒に合うし

:クッキーなのにおつまみになるの?

 

「ジンジャークッキーとは、ヨーロッパの伝統的な焼き菓子の一つで、名前の通り生姜を使ったクッキーです。おやつとして食べるのがベターですが、スパイスのピリッとした感じがあるのでおつまみとしても優秀ですね。ただ普通のクッキーとは結構違うので、苦手な人はいると思います」

「小さい子とか食べられるかな? せっかく買ったのに、美味しくないって思われたらどうしよ……」

「安心してください。普通の甘いクッキーも焼くので」

「おおー! じゃあ安心だ!」

 

 おかしいな。このあたりのこと、散々説明したはずなのに。

 もしかして、視聴者にわかりやすいよう説明が進行するように知らないテイを装っているのか?

 

 ……いや、たぶん何もかも忘れているのだろう。イベントが楽しみ過ぎて。

 

「ってことで、早速作っていきましょう」

「やったー!」

「必要な材料は、無塩バター、グラニュー糖、塩、はちみつ、卵……とまあ色々ありますが、詳しくは概要欄を確認してください。そして調理パートは全カット。諸々の材料を混ぜ合わせて、冷蔵庫で冷やして型抜きして、オーブンで焼いたのがこちらです」

 

 と言って、タイミングよく焼けたジンジャークッキーをオーブンから取り出した。

 

:3分クッキング始まった?

:料理チャンネルなのに調理カットかよww

:まあカップルチャンネルだし仕方ないよ

:草

:これは草

:このチャンネルも変わっちまったな……

 

「本当は全部配信中にやりたいんですけど、クッキー作りって生地を冷やしたり焼いたりって時間の方が長くて、どうしてもテンポが悪くなっちゃうので。それに今日は、このあと販売分を作りに行かないといけませんし。調理中の映像は撮ってあるので、後日編集してアップします」

 

 そもそも今回の配信自体、昨日決まったばかり。

 まったく予定になかったため何の用意もないし、クッキー作りは配信とかなり相性が悪い。

 俺が生地をこねくり回し、一時間ほど冷蔵庫で寝かせたり焼いてるところを垂れ流しても、ただ悪戯に視聴者を減らし宣伝効果を薄めるだけだろう。

 

「ふーっ、ふーっ、はぐっ……ん? んぅ-っ! うまーっ!!」

 

 勝手につまみ食いをして満面の笑みのハクさん。

 「伊波も食べよ!」ともう一枚手に取り、同じように息を吹きかけて冷ます。

 

「はい、口開けて?」

「大丈夫ですって。自分で食べられますから」

「早くしてくれなきゃ、私の指が火傷しちゃうよ! あっちっちなんだから!」

「……わ、わかりました」

 

:朝からイチャイチャしやがって!

:伊波いいなー

:コーヒー飲んでなきゃ即死だった

 

 ハクさんの手から俺の口へ、焼き立てのジンジャークッキーが渡った。

 

 ピリリと爽やかな生姜の香りと、ほのかな甘み。

 焼いたばかりなため、生地はまだ固まっておらずやわらかくほろほろ。

 サクッとしたクッキーが美味しいのは言うまでもないが、焼き立ても美味い。

 

「じゃあ、ここからはハクさんにバトンタッチ。仕上げとして、アイシングを作ったのでこれでクッキーに絵を描いてください」

「あいしんぐ?」

「砂糖と卵白を混ぜてペースト状にしたものです。食べれば甘くて美味しいですし、ほら、こうやれば絵が描けるんですよ」

 

 しぼり袋を絞り、アイシングでクッキーにニッコリと笑う人の顔を描いた。

 それを見て、プッと噴き出すハクさん。視聴者たちも一斉に草を生やし、俺は恥ずかしさからそのクッキーを一口で頬張る。

 

「ちょ、ちょっと待って伊波! 今のもう一回……ぷっ、くふふっ、もう一回描いて!」

「い、嫌ですよ! 仕上げはハクさんの仕事なので!」

「でもほら、皆だって見たいでしょ? ね、見たいよね!」

 

:見たい!

:見せて!

:あんな下手な絵、今まで生きてきて初めてみた

:一周回って芸術の域だろ

:ただの笑顔描くだけで、何でああなるんですか?

:料理できて手先器用なはずなのに絵は壊滅的なのか……

:むしろ金払って買うレベル

 

 そう。俺の絵心は終わっている。

 昔からそうで、中学の頃は美術の先生からふざけるなと何度も怒られ、俺が本気だとわかると今度は病院を勧められた。ものは試しと実際に行ってみたが、特に問題無しと言われたのでなおたちが悪い。

 

「本当に! 本当に大丈夫ですから! それより俺、ハクさんにやって欲しいなぁ! ハクさんが描いてくれたら嬉しくて泣いちゃうなぁ!」

「そ、そう? そんなに嬉しい?」

「もちろんです。見ての通り俺は下手くそなので、ハクさんがいなくちゃ途方に暮れていたところですよ」

「えへ、へへぇ……そっかぁ。まあ伊波、私と一生一緒にいたいって言ってたし? 相棒として手を貸すのは当然だよね! うん!」

 

:えっ

:あっ

:プロポーズ済み……っと

:式はいつですか?

:お前そんなすかした面して甘いこと言いやがってよお! おめでとう!

:おめでとうございます!

 

「あっ! ち、違うよ皆! 伊波はそういう意味で言ったわけじゃないから! まだっ!」

「まだ、って何ですか。まだって……」

 

 とにもかくにも、仕上げはハクさんに任せるとして……。

 俺はその間に、既に型抜きまで完了しているノーマルのクッキーをオーブンに入れた。

 

:マジで?

:やば

:何だこれ

 

 コメント表示用のサブ端末に目をやると、なぜか視聴者たちが動揺していた。

 

 ハクさんの絵は見たことないが、まさか俺以上の下手くそだったのか?

 ……と、手元を覗き込んだ瞬間、そんな疑問は粉砕された。

 

「な、何ですか、これ……?」

「伊波だよ。美味しいって言われて、笑ってるとこの顔!」

「……そ、そう、ですか……」

 

 俺が渡したの、ただのアイシングだよな?

 今持ってるの、そのへんで売ってるクッキングシートで作ったしぼり袋だよな?

 

 頭が混乱する。

 脳の処理が追いつかない。

 

 ――ハクさんの絵が、尋常ではないほど上手いせいで。

 

:白一色でこのクオリティってマジ?

:可愛い上に絵まで描けるとかどうなってるんですか!?

:これ、一枚数千円とかでも売れるんじゃね

:伊波さんの顔のクッキー欲しいです!

:私も欲しい!

 

「そう? 私、上手い? へへっ、照れるなぁ」

「これプロ並みでしょ。どこで習ったんです?」

「子供の頃によくわかんないままたくさん絵の模写させられて、ミスしたらボコボコにされてさ。それで描けるようになったよ。今考えたら、絵画の偽造手伝わされてたんだろうなぁー」

「……な、何か聞いちゃってすみません」

 

 経緯はどうあれ、凄まじいクオリティだ。

 機械を使って写真をもとに描いた、としか思えない。

 

 しかも速度もえげつなく、正確無比な手捌きでどんどん仕上げてゆく。

 こっちは俺で、こっちはハクさんで、こっちは猫宮さん……あっ、たい焼き屋のお婆さんもいる。勝手に描いていいのか? まあ、まだ試作だし大丈夫か。

 

「その人は誰ですか?」

「私の師匠だよ。どう、上手いでしょ? ……って言っても、伊波も皆もわかんないか」

 

 師匠?

 あー……一ヵ月くらい前、そんな話してたな。

 

 ハクさんの殺し屋の師匠。

 お父さんみたいな人――とか言ってたっけ。

 

「ごめんね、わかる人の方がいいよね。じゃあやっぱり、伊波を描こう!」

「いや、俺もうここに一枚あるので大丈夫ですよ」

「私が描きたいの! この際だから、色んな伊波を皆に見せてあげる。えーっと、これが伊波の寝顔ね。可愛いでしょー」

「あ、あの、すごく恥ずかしいんですが……」

「これは風邪の時の伊波! よわよわーって感じで可愛かったなぁ。寝る時に私の手、ギュッて握っちゃってさ」

「メチャクチャ恥ずかしいです! 本当に恥ずかしいですから!」

「そしてこれは、私にキスしようとした時の――」

「だぁーっ!! 今日はもう終わり!! 皆さん、イベントでお会いしましょう!! それじゃ!!」

 

:おい今の詳しく!

:伊波さんから迫ったの!?

:涼しい顔してやることやってんだな

:イベントに行って直接聞けってことですね!

:今日は楽しみだなー

:末永くお幸せに!

 

 加速するコメント。飛び交うお祝いの投げ銭。

 一刻も早くそれらを断ち切るため、慣れないカメラを操作してどうにかこうにか配信を切った。

 

「はぁー……」

 

 大きく息をつきながら、壁に背中を預けた。

 

 お互いに酔って密着し、一生一緒などと浮ついたことを言ってしまった夜を思い出す。

 あぁ、恥ずかしい。頭が痛い。

 

「おふざけも程々にしてくださいよ。何でも切り抜かれて拡散されるんですから」

 

 黙々と作業を続行するハクさんを半眼で睨む。

 すると彼女はチラリとこちらを見て、なぜか頬を焼いて照れ臭そうに笑う。

 

「そんな顔しなくても描いてないよ。ほら、本当はこれ」

 

 と言って見せたのは、やけにイケメンに描かれた俺の顔だった。

 それはそれでどうかと思うが、ひとまず安心する。

 

「本番でも描かないでくださいよ。大量に作るので、さらっと混ぜられたらわかりませんし」

「描かないよ、安心して。あの時の伊波の顔は、私だけの宝物だから」

「べ、別に本当にしたわけじゃないんですから、変なもの宝物にしないでくださいよ……!」

 

 懸命に言うと、彼女はエプロンで手を拭い俺に向かって一歩踏み出した。

 細くしなやかな指が、俺の手をそっと摘む。白銀の双眸が、蠱惑的な熱を灯してこちらを見上げる。

 

「じゃあ……――」

 

 唇の端に残った、コーヒーのシミ。

 香ばしい匂い。

 

 それと、瑞々しいシャンプーの香り。

 

「本当にしたら、宝物にしてもいいの?」

 

 獲物を誘うような、甘い声音。

 妖しい美しさにドキッと心臓が跳ね、俺は視線を右へ左へ動かしたじろぐ。

 

 そんな俺を見て、今度はニヤリと白い歯を覗かせた。悪戯大成功、と言いたげな顔で。

 

「あれ、想像しちゃった? ふっふーん、伊波は朝からすけべだなぁ」

 

 そう言って身を翻し、作業に戻った。

 

 へなへなと膝から力が抜け、俺は床に尻餅をつく。

 

 ……ダメだ。この人には勝てる気がしない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それから数時間後。

 

 クッキーは全て完成。

 今すぐにでも陳列して、イベントに参加しなければいけないのに。

 

「……何やってるんだよ、俺は……」

 

 俺は一人、トイレの中で頭を抱えていた。

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