毎日俺を殺しに来る女に飯を食わせる配信で稼いでます   作:枩葉松

29 / 31
第29話 料理の対価

 

「伊波?」

「……」

「おーい、伊波ー!」

「……」

「いーなーみー!!」

「はっ!? えっ、な、何ですか!?」

「何ってわけじゃないけど、ぼーっとしてたから。どうかしたの?」

 

 パン屋さんのキッチンの中。

 クッキーは作り終わり、包装も完了。あとはこの厚紙に値段を書いて、商品と一緒に店前の長机に並べるだけ。

 

 なのだが、手が震えて数字が書けない。

 

「……す、すみません。ちょっとお腹痛いので、先に商品並べといてもらっていいですか?」

「あ、うん。いいけど、大丈夫?」

「はい。お願いします」

 

 トイレに駆け込み、一瞬吐きそうになったが何とか堪えた。

 

 便座に腰を下ろして、どっと息をつく。

 頭を掻いて、顔を覆って、自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 

 厚紙を前に油性ペンを握った瞬間、自分の店を始める前のことを思い出した。

 慣れないながらパソコンを叩いて、メニュー表を作っていた時のことを。

 

 あれは楽しかった。

 利益を計算しながら、これくらい取ってもいいかなとか、ここは赤字ギリギリでやろうとか、値段を決めて。印刷して、ラミネートもして、角もハサミで切って丸くして。無駄に角度を気にしながら、テーブルに置いて。

 

 ――で、全部燃えた。

 

 プラスチックが焼ける嫌な臭いが今でも鼻に残っている。

 塵になったメニュー表が顔に当たり、酷く熱かったことが脳裏を過ぎる。

 

「落ち着けー……ダメだろ、こんなとこで油売ってちゃ。バカなのか、俺は……くそっ……!」

 

 内心自分に唾を吐くも、身体は一向に動かない。

 

 動画や配信で作る料理も、普段ハクさんに振る舞う料理も、あくまでただの料理だ。

 しかし、ここに数字を書けば商品になり、陳列すれば商売となる。一度手酷く失敗している店を、もう一度始めることになる。

 

 ハクさんと一緒なら大丈夫だと、イベントへの参加を決めたのは俺なのに……。

 こんな直前になってトラウマを思い出し、縮こまっている自分に嫌気が差す。

 

「……また失敗したら、どうしよう……」

 

 俺の身に起こったような不運の連続は無いとしても、例えばまったくお客さんが来ないとか。

 

 ……いや、それはないか。

 ハクさん、人気者だし。

 

 じゃあ、実はクッキーがすごく不味いとか?

 

 あり得ない、とは言い切れない。

 ここ数年で、俺の料理を食べたのはハクさんと猫宮さんたちだけ。

 彼女たちは美味しいと言ってくれたが、他の人までそうとは限らない。むしろ彼女たちが、少数派って可能性もある。

 

 もし美味しくなかったら、きっとハクさんまで大勢から悪く言われてしまう。

 

「……っ」

 

 嫌な妄想がぐるぐると頭の中を回る。

 

 失敗。

 失敗。

 

 失敗したら。

 もし、失敗したら。

 

 俺のせいで。

 

 そうなったらハクさんも俺に愛想を尽かして、自分の仕事が何なのかを思い出すのではないか。

 そして殺し屋稼業に戻り、初めて会った時のような冷たい顔で毎日を過ごすのではないか。

 

 嫌だ。

 それは嫌だ。

 

 嫌なのに。

 

 怖くて、立ち上がれない。

 

「――伊波っ!!」

 

 突然トイレの扉を叩かれ、背筋が伸びた。

 

「な、何ですか?」

「大変! 大変なの! すぐに来てっ!!」

 

 ハクさんの焦った声。

 これは何か、とてつもないことが起こった証拠。

 

 ……俺のせいだ。

 

 たぶん。

 きっと。

 

 そうに違いない。

 

 怖くて堪らない。

 逃げ出したくて仕方ないが、行かないわけにはいかない。

 

 吐きそうな自分の尻に鞭を打って、どうにか彼女の背中を追う。

 

「見て! ど、どうしよ! どうしたらいい!?」

「……は、はい?」

 

 案内された先で見せられたそれに、俺の口から気の抜けた声が漏れた。

 膨らみ切っていた不安や恐怖が、ふしゅーっと音を立てて抜けていく。

 

「……どうって、何がです?」

「いやだって、まだ値段決まってないし! でも、勝手に取っちゃってるし! これって日本だとどうするのが正解なの!? ぶん殴っちゃまずいよね!?」

「それは超絶まずいですね」

 

 親とはぐれたのだろうか。

 三、四歳くらいの男の子が、クッキーの包装の封をほどいて今まさに食べようとしていた。

 

 確かにどうしたものかと数秒考えていると、「こらぁああああああ!!」と凄まじい怒声をあげながらお母さんらしき人が飛んできて、男の子の頭に思い切りゲンコツを食らわせた。……あっ、洋菓子屋さんの奥さんだ。

 

「この子は本当にもう!! それ、泥棒だからね!! 悪い子にはサンタさん来ないよ!!」

「あーっ! やだやだ! サンタさんにはないしょにしてて!」

「じゃあまず、伊波さんたちに謝りなさい! ほら、ごめんなさいは!!」

「……ご、ごめんなさい……」

 

 目に涙をいっぱい溜めて、男の子は頭を下げた。

 

 こういうの、懐かしいな。

 俺も小さい頃、この時期になるとサンタを人質にされたっけ。

 

「あ、あの、すみません。うちの子が勝手に……目を離すとすぐウロチョロして……。お代はいくらでしょうか?」

「えっ……あ、えっと、その……」

 

 お代。その言葉に、忘れかけていた不安が再燃する。

 

 言葉が詰まっていると、視界の端で男の子がクッキーを手に取った。

 子供の口には、少し大きいサイズ。

 それをどうにかこうにか、一口で頬張る。

 

「んーっ! うっま! これおいしー!」

「ちょ、あんたはもう! まだお金払ってないんだからね!」 

 

 ボコンと、もう一発ゲンコツ。

 それでも男の子は懲りず、二枚、三枚と頬張ってゆく。

 

 嬉しそうに。

 美味しそうに。

 

「伊波はすごいでしょ! 何作っても美味しくなっちゃうんだよ!」

「うん、すごい! パパのよりおいしいもん!」

 

 ふふんと得意げに胸を張るハクさん。

 男の子は、半ば強引に母親の口にクッキーを押し込む。「あら、ホントにパパより上手……」と呟いて、すぐさまハッと目を剥く。

 

「す、すみません! まだお代、お支払いしてないのに!」

「仕方ないよ、美味しいもん。ねっ、伊波?」

「……」

「伊波、どうしたの?」

「……あぁ、いや、ははっ。何でもないです」

 

 頬が緩む。

 表情が制御できない。

 

 自分の単純さに呆れてしまう。

 美味しい――たったそれだけで、たった一言で無くなる程度のものなのか。俺の不安とか焦燥ってやつは。

 

「……お代、でしたよね。クッキーは300円です」

「ジンジャークッキーも美味しいよ! よかったら一緒に買って!」

「あ、じゃあそっちもいただきます」

「では、併せて600円になります。……はい、ちょうどで。ありがとうございます」

 

 500円玉が一枚と、100円玉一枚。

 料理の対価として、初めてお金をもらった。

 

 動画や配信での収入は、全て振り込みだから忘れてたけど……。

 誰かに貰うお金って、こんなに重かったんだな。

 

「心配しなくても、皆美味しいって言ってくれるし、全部売れるよ」

「えっ……?」

 

 遠ざかって行く男の子に手を振りながら、ハクさんは涼しげな目をこちらに向けて言った。

 

 見透かされてたのか……。

 俺ってもしかして、結構わかりやすい?

 

「それに、もし売れ残ったら私が買うから大丈夫! 私、伊波の作った料理が世界で一番好きだもん! むしろ私の食べる分が残っててラッキーって感じだよ!」

 

 へへーんとあどけない笑みを浮かべて、喝を入れるように俺の腰を叩いた。

 

 ……やばい。

 ハクさんの存在がありがたくて、ちょっと泣きそうだ。

 

 ダメだぞ、俺。

 こんなところで泣いたら笑い者だ。

 

「伊波さん!!」

「っ!?」

 

 突如、洋菓子屋の旦那さんが血相を変えてやって来た。

 さっき奥さんと息子さんがクッキーを買って行ったが、何か問題があったのだろうか。異物混入とか、口に合わなかったとか。

 

「さっきうちのが買ってきたクッキーだけど――」

 

 ど、どうしよう……。

 

「すっごく美味しかった! マジでビックリしたよ!」

「……へっ?」

「伊波さんってお菓子系の専門学校とか通ってた? そういう店で修行してたとか?」

「いやー……我流、ですけど。市販のものの成分表見て再現したり、お店で食べて味から材料推測して作ってみたり、そうやって覚えたのをかけ合わせたり……い、色々やってまして……」

「うわぁ、若いのに勉強熱心だね! よかったら、レシピとか教えてくれると――」

「バカ! 伊波さんを困らせないの!」

 

 またしても奥さんがやって来て、今度は旦那さんの頭にゲンコツを食らわせた。

 いやだって、と旦那さんは食い下がるが、奥さんの方は早く店に戻れと腕を引く。

 

「あのっ! 作り方は今度動画にまとめて出すので、それを見てくれればわかると思います……!」

「ホント!? 助かるよ、ありがとう!」

 

 引きずられていく旦那さんに手を振って見送る。

 ハクさんは身体を揺らしてドンと俺を小突き、「よかったじゃん!」と自分のことのように嬉しそうに言った。その表情の眩しさに俺は目を細め、若干俯きながら頷く。

 

「あのー……」

 

 見知らぬ女性に話し掛けられ、「はいっ」と背筋を正す。

 

「これって、もう買える感じですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「どっちも300円だよ。すっごく美味しいから、両方買ってくれたら嬉しいな!」

 

 俺には絶対真似のできない無遠慮な物言いに、女性はくすくすと笑って「じゃあ……」と両方手に取った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。