(なお特に反省とかはしとらん模様) ※pixivにも投稿しています。
キョウ=エスニナは死んだ。
盾の取り巻きである狸女に切り裂かれ、緑髪の女の使役獣に魂を貪り喰われて、みっともなく泣き喚きながら、惨めに死に晒した――はずだった。
「……ハッ!?」
キョウは目をカッと見開いてベッドから跳ね起き、震える手で眼鏡を掴む。
もどかしげに眼鏡をかけて、ようやくはっきりした視界で薄暗い部屋の中を見渡したが、そこは見慣れた研究所の仮眠室だった。無機質でそっけない、あまり居心地が良いとは言えない部屋だが、元よりキョウはそんなことを気にする性質ではない。
重要なことはただひとつ。
「どういうことだよ、こりゃあ?」
そう、確かに跡形もなく消し飛んだはずの自分の体が、まったくなにもなかったかのように元に戻っている。じっとり嫌な汗が滲んだシャツを脱ぎ捨てて確かめたが、どこにも傷一つ見当たらなかった。
だが、霊亀の力を得てチューニングしたスペアボディへの憑依が、土壇場で成功したというわけではない。残念ながらこの体にそこまでの力は内包されていないし、そもそもあの状況から盾から見逃されたなどということは、まず有り得まい。
「本もあるしな……」
どかっとベッドに腰かけ、本の眷属武器を開いてぺらぺらとめくってみたが、とくにおかしなところは見当たらない。いや、よく見るとステータスは、最後に記憶にあるよりも幾分低いし、いくつかスキルが消えている。使えなくなっている、のではない。スキルツリーそのものがなくなっているのだ。
そして、見慣れないスキルが目に留まる。
「アンロック……龍刻のしおり? 専用効果、ロールバック……ははーん、そういうことねー、なるほどなるほど」
キョウは本を指で弾いて、にやりと笑った。このスキルは、霊亀の体内で見つけた重要そうなアイテムをかたっぱしから本に吸わせて出てきたものだが、当時はロックがかかって使えなかったので、そのまま放置してあったのだ。どういうスキルであるかは、名前だけでだいたい想像がつく。
「巻き戻り時点までのアレソレが消えちまうのが難点だが、命には代えられねえ。なに、生きてさえいりゃ、いくらでもやりようはある。奴らがどう動くのか知ってんのは絶大なアドバンテージだ。盾も、裏切りクソ女も、忌々しい緑髪の女と雌狸も! どいつもこいつも、さっさと殺してやるぜ」
キョウは本を閉じつつ、身勝手極まりないことを呟きながらほくそ笑んだ。
装備を点検しながら身に着け、注意深くドアを開ける。先程の推論が間違っていて、盾の一味に監禁されている可能性も――拘束されてもおらず、本も手元にあることから、その線は薄いと踏んではいたが――ないわけではない。しかし、キョウの警戒をよそに、研究室はしんと静まり返っていた。念の為、ホムンクルス培養室を確認してみたが、鏡の勇者も、刀の眷属器がある国の術師も、まだここにはいないようだ。
「ってことはー、まだあっちの世界に行く前か? 研究記録は、っと……うんうん、やっぱそうじゃん」
機器のデータログで日付を確認し、キョウは上機嫌に頷く。折しも今日は、前回にあちらの世界に渡った、その当日だった。別室には、転移の準備が既に完了している。あとは波の発生に同期して、転移陣を起動させるだけだ。
「ほんじゃま、ちょっくら行ってきますかね、っと!」
前回自分を邪魔してくれた連中への復讐計画を脳内で練りながら、キョウは転移陣に足を踏み入れた。
「……あれっ?」
自室のベッドで目を覚ましたキョウは、頭の中を疑問符で埋め尽くした。
あちらの世界に転移して、首尾よく霊亀の体内に侵入したところまでは覚えている。一度成功させていることだ、そんなところではしくじらない。しくじらない、はずなのだが……心臓部への道を開こうとしたところで、突然視界が真っ白になった。記憶にあるのはそれっきり、何があったかも不明ときている。
「どういうことだよクソが!」
髪を掻き回して悪態をつくが、それで何かが解決するわけではない。
とはいえキョウ=エスニナは、愚かではあるが馬鹿ではない。ひとしきり虚空に当たり散らしたあとは、前回自分の身に何が起きたかを調べにかかった。
まず、自分のホムンクルスを遠隔で操作して霊亀の体内に送り込んだ。そして少し離れた場所で隠蔽魔法を使用し、隠れてホムンクルスをモニタリングする。
「確か前は、この辺りまで来たんだよな……」
キョウは霊亀の巨体を遠くに見やりながら、同時に視界のディスプレイに移るホムンクルスが、肉質の壁に手を当てているのを確認した。何かが起きるとすれば、このタイミングのはずだ。
突然、肉眼で見える方の景色に、警告画面が現れた。
「転移魔法の反応を検出だと!?」
身構えるキョウの視線の先に見覚えのある、槍を携えた金髪の青年が現れた。なんだ、あのクソザコ野郎の槍の勇者か……と気を緩めるよりも早く、青年はとことこ霊亀に歩み寄ると、右手の槍をぽいと放り投げた。
……超高濃度の、目が眩む程にスパークする白いエネルギー体を、槍にまとわりつかせたまま。
(ハアアアアアァ!!??)
キョウはあやうく絶叫しそうになる口を、慌てて手で抑え込む。
槍はそのまま霊亀の甲をやすやすと抉り、まさにホムンクルスがいるあたりをぶち抜いた。
『被検体-K-02、ロスト』
ディスプレイが無情な結果を表示してくる一方で、槍の勇者は、何やら首をかしげている。
その横にいる小さなドラゴンが彼を見上げて語りかけると、槍の勇者は軽く頷いて、槍を高く掲げた。
(! マズいッ!)
キョウは咄嗟に本をかざして障壁を張った。一瞬後、幾枚も重ねるように飛ばして、キョウを護るように半球状に重なったページが、全てボッと音を立てて燃え尽きてしまい、冷や汗が流れる。
隠蔽魔法が剝がされてあらわになったキョウの姿に目を留めて、槍の勇者はにいっと口の端を釣り上げて笑った。遠目でもはっきりとわかる、美しく凄惨な微笑みを浮かべ、槍の勇者は見せつけるように口を動かしてみせた。
ミ ツ ケ マ シ タ ゾ
その唇の動きの意味を理解するよりも早く、飛来した槍がキョウの胸板を貫いた。
「っざけんじゃねえぞコラァ!!!」
再び戻された自室のベッドの上で、キョウは怒りに任せて壁を殴りつけた。
「………ッ」
しかし、力のステータスは大したことがないので拳を痛めただけだった。
涙目で右手をさすりながら、今回の敗因に思いを巡らせる。一番最初に槍の勇者に挑まれた時には、たやすく返り討ちにして霊亀の動力源として利用してやった。それ以降は特に姿を見ることもなく、正直なところ気にも留めていなかったのだが、あれではまるで別人ではないか。
「いや、待てよ。俺と同じように、あいつも時を遡ってるとしたらどうだ? あのクソザコナメクジ状態からの変わりよう、俺の行動を知ってたかのようなピンポイントでの精密爆撃。眷属器にあるんだから、聖武器にも同じようなスキルがあるとしても、何の不思議もねえよな。しかしそうなると、死に戻りを重ねるほど、向こうも力をつけて対策を取られるからこっちも動きにくくなる、か……」
キョウ=エスニナは、下衆ではあるが馬鹿ではない。推論だけでほぼ正解を導き出した後、少し考えて、今回は穴熊を決め込むことにした。
(本来、四聖勇者は異世界渡航はできないはず。確か、盾は守護獣の許可を得てこっちに来たんだったか……他にも抜け道がある可能性は否定できないが、霊亀に手を出しさえしなきゃ、奴らもわざわざこっちに来る理由はねえよなぁ?)
霊亀の力は惜しいが、藪をつつく趣味はない。あんな厄介な連中と、まともに戦っていられるものか。
「そっちはそっちでよろしくやってくれよ。なんなら内輪揉めで勝手に滅んで、どうぞ」
馬鹿にしたように鼻を鳴らし、キョウは拠点の強化に取り掛かった。むかつくことに、盾一行に対しては罠も幻術もほとんど意味をなさなかったので、もう一度構築を考え直さねばならない。異世界には行かずとも、忙しいことにかわりはないのだった。
「こらー!聞いたぞキョウ!鏡の勇者や刀の勇者候補を洗脳して、意のままに操っていたそうじゃないか!もうそんな馬鹿なことはやめるんだ!」
「見つけましたー!ここですよいつきさん!」
「ここが邪悪なる錬金術師の最奥か……闇の剣士<シャドウセイント>、準備はいいだろうな?」
「ふっ、愚問だな。闇聖勇者――降臨!」
「パーフェクトジャスティス――見参!」
「アホにアホを重ねてくるスタイルやめろや……」
どやどやと研究室に踏み込んできた一同に、キョウはうんざりしながら相対した。頑張ってかけなおした屋敷を覆う結界や、大枚はたいた研究所の防衛システムをことごとく力押しでぶち壊されては、渋い顔にもなろうというものだ。
「っつーか、ヨモギさぁ……あれだけ鎌の国には行くなって念押ししといたのに無視かよ。お前ほんと、俺をイラつかせる天才だわ。子供のころからずっと、してほしくないことばっかり進んでやってくれちゃって、マジなんなの?」
「なっ……い、言われた通り、鎌の勇者の国には行っていないぞ! 鏡の勇者の国で、この者たちから話を聞いたのだ!」
あまりといえばあまりな言い草にショックをうけつつ反論してくるヨモギを、「あっそ、もう今更どうでもいいけど」と冷たくあしらいながら、キョウは自分を取り囲む連中を見渡した。盾が連れていたような鳥女みたいな奴が二匹。剣の勇者と弓の勇者もいる。一番最初に遭ったときには、槍と3人まとめて霊亀の動力源にしてやったものだが、どうせこいつらも一筋縄ではいかないのだろう。
「というか、剣に弓、お前らキャラ変わりすぎだろ。いったいなにがあった――いや、やっぱいい聞きたくねえわ」
キョウは投げやりに頭を振り、本を構えた。勝てそうな気は微塵もしないが、せめてもの意地である。
「はいはい死んだ死んだ」
不貞腐れたキョウは、再び舞い戻ったベッドの上で、ごろりと寝直して毛布を引きかぶった。もはや何もする気が起きない。
「あァーマジだりぃ、やる気なくすわー……つってもここに引きこもっていたって襲撃受けるわけだしなあ……」
ごろごろしながら、前回は失敗に終わった拠点引きこもり作戦の反省会をはじめる。他の女たちの手前、ヨモギをうかつに処分するのは得策ではないと考えて、適当に追い払ったつもりでいたが、やっぱり殺しときゃよかったな、などと最低な考えばかりが頭に浮かぶ。
「めんどくせー……逃げるか」
適当に呟いてみたものの、案外いいアイデアであるような気がして、キョウはのそのそと起き上がった。
まとめた研究結果だけを手元に残し、もろもろの証拠隠滅を兼ねて、屋敷ごと研究室を爆破する。本の勇者の名声目当てで寄ってくる女たちとはそれなりに戯れを楽しんだこともあったが、この頃は自己主張しだして、うんざりすることも多かった。捨てていったところで、何の未練もない。
「正直、せいせいするってもんだよなー」
立ち寄った街道沿いの茶店で、店先の縁台に座って団子を頬張りながら、キョウはボケっと空を見上げていた。
「なにか嫌なことでもあったなの?」
「……ん?」
視線を戻すと、いつの間に来たのか、嫣然と微笑む美女が隣に座っている。頭に生やした角や、背中の爬虫類めいた羽根を見るに、おそらく人化した魔物だろう。人間離れした美形ではあるが、どうにも胡散臭い。深入りしても良いことはなさそうだと、キョウは適当にあしらうことにした。
「いや、大したことじゃねーんだけどさ。鬱陶しい連中に絡まれたから、ちょと河岸を変えようか、ってな。まあ、しばらくはのんびり旅でもするさ……それじゃあな」
怪しい奴は、相手にしないに越したことはない。
そう考えてキョウは茶代を置き、女に背を向けた。その判断は正しかったが、惜しむらくは少しばかり遅すぎた。
「そう、ならあの世まで良い旅を――なの」
「……カハッ!?」
喉元に血の塊がせりあがってきて、キョウはたまらず膝をつく。暗くなっていく視界に、こちらを蔑むように見下ろす魔物の女が映った。
「槍の勇者に卵を捨てて行かれたのにはさすがにムカついたけど、偶然とはいえ置いてった場所はビンゴだったなの。お前を生かしておいても良いことはなにもなかったし、さっさと排除しておくなの」
戻ろうと思えばいつでも戻れるけど、ある程度こっちの問題も片づけておいてやるなの。
そう言って嗤う魔物の女に、どうやら毒を盛られたらしい、とようやく気付いた時には、キョウにはもう解毒スキルを発動する力さえも残っていなかった。
「槍の勇者!? ああもうクッソうぜえ、またアイツのせいなのかよ!? 最初の時には女に速攻で見捨てられて俺に捕まったザコのくせによ!!」
地団太を踏みかねない勢いで怒りをまき散らした後、キョウはイライラしながら復讐プランを練り始めた。
「待ってたんじゃ駄目だ、気づかれる前にこっちから仕掛けないとどうにもならない。どうにかして、アイツに吠え面かかせてやらねえと気が済まねぇぞ、コレ」
「残念ながら、そういうわけにはいかないな」
「……あ?」
キョウはそこでようやく、今いるのが自室ではないことに気が付いた。
いや、自室ではない、どころの話ではない。今自分が佇んでいる場所は、何も無い灰色一色だった。目の前には直立する猫のような魔物が、厳しい目つきでキョウを見据えている。
「久しぶりに来てみれば、時間の流れがおかしくなっている場所があると思ったら……しかも本にはとっくに見捨てられてるっていうのに、無理矢理縛り付けているのも許しがたいね」
「ハァ? 許しがたいとか、何様のつもりだよ?」
知らないというのは恐ろしいものだ。体も小さく、一見可愛らしくすらある相手を侮り、キョウは嘲笑った。アークはため息をついて、ひどく嫌そうな顔をする。
「お前がそれを知る必要はない。はぁ、まったく、どこまで愚かなんだか……軽率に死に戻りを繰り返して、自分の存在が目減りしていっているのにも気づかないとはね」
「なんだと……」
キョウはぎくりとして、体をこわばらせた。実のところ、死ぬたびに大事な何かが自分の中から抜けて行っているような気はしていたのだ。アークは半ば憐れむように、キョウの身に起こっていたことを言い聞かせる。
「世界が巻き戻っているにしては、戻った時点での違いがあまりに大きすぎるとは思わなかった? 巻き戻っているのは世界じゃない、お前自身だけだ。お前にはループ能力なんてない。並行世界に移動して、そこで死ぬたびに、自分自身を食いつぶしてるだけなんだ」
わかりやすく言うなら、残機がどんどん減っていってるようなものだね。
アークは冷ややかにそう言うと、キョウが手にしている本の眷属器に目を向けた。
「放っておいても、もうすぐ残機を使い果たしてしまうとは思うけれど……これ以上因果の糸がこんがらがって、彼の邪魔になってはいけないからね。精霊を苦しめるのも許せないし、その子は返して貰うよ」
アークが手を伸ばすと、本の眷属器はふわりとキョウから離れて、アークのもとに飛んで行った。キョウは取り返そうと掴みかかるが、素早く避けられて悪態をつく。
「あ、こら! ふざけんじゃねえぞ、この盗人が!」
「もともとお前のものではないんだけどね……」
アークは本を優しい手つきで撫でながら、キョウを睨んだ。
「まあ納得はしてないみたいだから、そのスキルだけは残しておいてあげるよ。残機がゼロになる前に生き延びられるか、足掻いてみるといいさ。復元ポイントは書き換えさせて貰うけどね――ま、せいぜい頑張って」
言いながらアークは本からしおりを抜き取り、キョウに投げつけた。
フッ、と意識がクリアになる。
(復元ポイントを書き換える、つったか? つまり、別の時点でリスポーンするように変更されたってことか。いったい、いつの時点に変更されたんだ?まだリカバリーできる範囲であればいいんだが……)
そう考えながらキョウは、まわりの状況を把握しようと目を開いた。
場所は――ホムンクルスの培養室だ。水槽は、軒並みガラスが叩き割られている。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
視界の端に、鏡の勇者が倒れているのが見える。
その反対側には、こちらを睨むヨモギと緑髪の女。
おそるおそる顔を上げると、正面にいるのは鳥女に雌狸。
そして霊亀の盾に鏡の眷属器を重ねて構えた、盾の勇者である。
ぽかんと間抜けな顔をしたキョウに、岩谷尚文はにやりと凶悪に笑って見せた。
「――おめでとう。人生ガチャの時間だ」
「ここからいったいどう足掻けっつーんだよあのクサレ猫がああァッッ!!!!」
キョウの絶叫と同時に盾から放たれた光の奔流が、残り少ない残機をさっそく一つ、消し飛ばした。
キョウ死すべし、慈悲はない。