呆けていた路地裏から、そのまま手を引かれボクはその女性にセーフハウスの一つだと言われた建物を訪れた
人通りの無い地帯に、半地下のドアを開ければ。生活感のない部屋が出迎えた。
「拭きながらで構わない。私は椿。黒薔薇 椿という。キミのことを聞いても良いだろうか?」
渡された清潔なタオルを受け取り、躊躇いながらもそれに汚れと水滴を移していく
ボクのことか……どう説明すればいいんだろう?気づいたら子供になってて、知らないところにいましたと?
ボクなら信じないし、そもそも、こんな子供を見つけても関わろうとしないだろう
街並みとかも正直目線以外にも何か……うまく説明はできないけど未来とか、進んでる感じがある
この女性も……恰好はかなりカタギじゃないんだよな。一人の子供を見かねて保護してくれたのは。下心無しだとは思うけど
でもやっぱり全身黒スーツで、上から和服の長羽織、ご丁寧に黒い薔薇の刺繍まで入ってて──
「お母さんや……お父さん。あるいは、知っている大人の人はいるかな?」
あんまりにも思考に没頭していたのか。助け船を出させてしまった。
悪い人じゃないんだろうか。やっぱり……とりあえず、もう率直に言おう
「わかりません」
「ふむ。それは……家族のことかな?それと……」
「なにもわかりません。ボクも、あなたも、ここも、なにも──」
気遣ってくれてるんだろうなとは思う。けれど今は、右も左もわからないので取り繕うことも難しい
何でこんな姿に?ここはどこ?言葉は看板も言語も日本語だけど、こんな場所みたことない
淡々と呟くだけで、激情が迸るようなこともなく。諦観の気持ちがあった、何もかもが無常に思えていた。
──とまあ。無気力一直線になるボクを。この後身元がわかるまで共にいようと励まして、かつ世界や男女について教えてもらい……つつも、油断しては窘められる日々を過ごして、今日に至ったという感じである。正直、そこまで掘り下げることではないことばかりだ
「では本日の定例会議を執る。といっても、全員既に把握していることばかりで、同志にも秘匿するほどのことは一つもないが」
「私は報告書だけでいい派だけど、こういう雰囲気も嫌いじゃないからおっけー」
「今月マジでドンパチばっかだったな……いや二人は結構潜入やってたか」
「三人ですけどー」
「オマエは足で出向いてねえだろ」
現在。無機質な会議室に似つかわしくない雰囲気で送られる定期集会が始まった
最初にボスが言った通り、大概はもう全員知ってることの羅列なのでしょうがないのだが。緊張感だとかは皆無
「白狼」
「はいボス」
「……すまないな」
「──いいえ」
──今回も、
会議の日はその後の予定もないので。ボクは一人で自室、ボクについてを考えることを日課とした
鏡の前には、以前のボクとは全く違う。華奢な白い少年が物憂い気に見つめ返している──別に、自分のことがわからないからじゃなく、表情に乏しいだけだ──、心中はもう慣れているはずだ
こちらの世界で、ボクは何処からきたのだろう?誰と繋がっていたのだろう?
あるいは、意識と共に文字通り生えてきたとか?この世界の常識を知れば知る程。あの時のことは異常事態以外の何物でもない
椿さんが取り乱さず、逸った行動もせず。ただ粛々と懇切丁寧に対応してくれていなければ、こちらでの人生という奴は、酷かっただろうな。
第一交流者である贔屓目と。まあ、保護者といっても過言ではない存在の女性に。多分の水増し評価で恩義を感じている
影を動かす。
人に付き従う影は動きを模倣するだけだが、ボクが意識すればこうも簡単にフェイク動画のような動きをはじめる
試しに電気を消してみる。
途端に影を動かしていた感覚が消える、実際電気を付ければ、影は何事もなかったようにボクの足元に控えるだけだ
……何故、闇で括らず影なんだろう?ボスのようにそれくらい範囲が広ければ便利で、そもそも頭でっかちのボクでも大雑把に使えただろうに
今でも便利だが、影と聞かされてどうにも常識が適応されて弱点が多すぎる。いや、ボクが変なところで無駄に固定観念を持ち出してるだけなんだけど
影を操るなら、光も操れれば光源で操作し放題だなと思い。色々と
何処かの英雄漫画のように、両親から混ざって遺伝していく可能性があったら。それはそれで今以上に男女という奴がアレなことになってそうだし、無いのだろう。無いと思っておこう
この世界の女性が抱く、男性への特別視や幻想、信仰じみた解釈を知るたびに……自分が探されているような様子も無ければ、遺伝子検査による情報も進展が無い事実は。己が
「…………───っ」
沈めたベッドの中で、身体を丸める。
叫びそうな喉を絞め、荒れ狂う頭の中を空っぽにすることに努める
これのことでボスに
いつも以上に仏頂面になってしまっているが、何とか取り繕える程度には持ち直し。気晴らしに、本部内を歩き見てみることにした
結構な頻度で散策する本部だけど、未だに拡張したり施設の入れ替わりが頻繁なので。気分転換にはもってこいだ
「……なにやってるんです深見さん」
「直売」
「……何ですか?」
「干物」
「……」
「毎度」
たまにこうして幹部の奇行もあったりするし──前は、燻製売ってなかったっけ深見さん──
忍者が、科学バリバリの廊下で笊に干物を乗せて販売している光景は。なかなかお目に掛かれない
折角だからと買ってしまったけど。一尾でも食べきれるか買ってすぐに不安になってきた
なってきたので。結局ボスの下へと歩いていく。仕方ない、食べきれなさそうなのだから。それは良くない。
「はい駄目ー教科書以下!可愛いね、組みなおして♡」
「もうやだああああ!!!!!」
「いやって言ってもするんだよ
「綾野さんがいるならいいじゃないですか!」
「ミスったくせにひじょーーーーに反抗的な態度素晴らしいっ!ここね、全部私一人で作ったし組んでるのよね」
「だから綾野さんがやってれば」
「私が、神様。アンタらは?」
「……」
「アンタらはぁ??」
「構成員です……」
「じゃあ覚えなきゃあ!神様休ませなきゃホラぁ!!会議終わって寝ちゃおっかなーって思ったらクソコードで起こしてくれちゃってさあ!」
「ああああああああああ!!!!!あああああああ!!!!!!!!」
「声でタイプしてんのぉ!?指千切れるまでやるんだよ今すぐゥ!!!!!千切れたら増やして義肢つけっからねえ!!」
……組織SEは地獄が顕現しているらしい。綾野さんのこんな声色は、普段ボクは聞くことはないが。篠崎さんや構成員の方々から聞けば、割と
口調ほど頭にきているわけではなく。相手の不手際に付け込んで、色々と言い返せない間に詰れるだけ詰るのが好みらしい
知っててもやはり自分と他人とで露骨に違うと、色々とアレだなと思うけど……今は見なかったことにしよう
その後ボスと、深見さんの干物を種に話を咲かせながら。ボスが妙に使用感のある七輪を手際よく使いこなす様子から。結構ボスはあっちでのオジサン的な嗜好なんだろうかと思いつつ。頂いた干物は、予想通り半分も食べられなかったが、美味しかった
不安定になっていたことも察せられて。黙って頭を撫でられる内に、寂しさは消えていた。
普段はこんなことを考えている暇はありませんが、時間が出来ると堂々巡りで沈んでいくことがあるようです