「はぁいお久しぶり。といってもこの部屋で出会うことはだけどね。お姉さん悲しいぞお」
「……」
「わっはっは。納得いかない顔してるねー、安心したまへお姉さんたちもそうだよ」
助けられている恩を、少しでも還元出来た達成感を味わっていた数日だったが。通信で呼び出され、教壇の真前に鎮座された学習机に収まる久々の感覚
もうお世話になることは無いと思っていた。ボクと世界のズレを正すために設けられた
「知っての通りここ送りはよっぽどのことをキミがしなければ来ることはないよ。基準を詳細には明かさないけどー、基本的に常識的に振舞ってればどころか滅茶苦茶甘めに見積もってるからちょーっとのズレならアウト判定にならないよ」
「……幹部全員からの、満場一致でですよね」
「覚えてて偉いっ!スリーアウト貰って偉くないっ!」
「どっちなんですか」
当然、ここにいる時点でダメダメである
綾野さんは丼勘定どころじゃない、深見さんも似たようなもの、篠崎さんは結構厳しい──こっち基準では、大分甘いだろうけど──で常連だったボクが、どれだけの
「ほい。じゃあおさらいからね、世界の基準はー?」
「…………彼は官軍」
「そゆこと。個人的には白狼クンが無知無知な振る舞いしてくれるの大歓迎なんだけどね?その後の責任やらー、ケチがつくことで最終的にキミ自身が辛いわけですねえ、思い出せたかなー?」
……彼は官軍、ダジャレ染みた捩りのような、だが簡潔にこの世界の男女比とそこから来る必要なルールを簡潔に表した言葉
凄く雑な説明をすると、この世界の男はどうあがいても法的に勝てる。
当然、そんなわけはない。
一般的な女性が、映像や創作以外で男性と出会う機会がほぼない世界における。ただの
この世界で、男性と自由に出会えてあまつさえ恋愛や自然交配を行える層とはつまり、創作でも中々にお目に掛かれないレベルの。テレビだとか、雑誌なんかですら取り上げることなどない真の支配層ということで
結局男性はあんまり自由がないことと、見初められない場合は、閉じた世界で見知らぬ子どもたちの血縁上の父になるべくな状態になってるらしいが、
「──ほいおしまーい。毎回質疑応答だけはいいんだけどねえ」
「……ありがとうございました」
「どういたしまして~、まあ流れも全く同じだしさ。こっちも教えるとこは全部教えてるから免許更新みたいな……あー、あれよ。予習とか復習だと思っといてくれればいいよお」
……知識として、こちらの常識を引き出せても。咄嗟の場合は向こうの考えが出ちゃうので、確かに意味がないんだよね
なので、ボクの
今回の復習もどれだけ保つか……申し訳ないと思いつつも、これはもう変わらないのだろうなと思った
その後は自室に戻って、自分の異能への理解を深めることとなった。今ボクが試しているのは、影を通して見ることは出来ないか
視界の共有や、影越しに見ることで「異能を見る異能」の様な、利便性を引き出せないかという発想からである──ボスが簡単な情報程度なら、異能で把握できると言っていたことが切っ掛けだが
「…………どうして?」
が、ここで早速ボクはやらかした、正確には、ボクの影がやらかした。
今、ボクは何故かボクの影に拘束されている。
影に視界はあるのか考え、影の視線というものを真面目に考察し、レンズのように伸ばした影越しに見るとかをイメージしてた矢先。視界が滅茶苦茶になって慌てているとあれよあれよという間にだった
閉じている瞼の裏に、目を閉じながら『えっ!?』と驚いている自身が映ったら、誰だってパニックになるはずだ
そもそもとして、異能が制御できなくなった──正しくは、案外変形させた影は一筋縄ではいかなかった──ことが初めてだったのもある
「ああ……もうっ」
自室から四苦八苦しつつも。何とか脱した今のボクは酷い状態だった
手は前にあるとはいえ、お腹の前で組むように、黒いバンテージ状に変化した影に束縛されている。ウエストニッパーコルセットは、ボク自身の線も腰も細いのでそれほど締め付けなくても女性的な腰を作れてはいるのだが、その上から更に束縛された両手が圧迫してくるので、苦しい
「ふう……ふう…………くるし、ぃ」
身体中に無造作に張り巡らされた黒い影が、ギチギチ音が鳴っていると錯覚するほどにきつい
某新世紀でエ〇゛ァな作品のアルビノキャラみたいな状態が近い、片目もほぼテーピングされてるわ、そもそも女性装要素が組み込まれる都合上。衣装も以前よりピッチリしたサイズになっているので、色々と浮き出たりはみ出た肌が膨らみ、より強調されてしまう
自業自得だが、慌てた最初の方にもがいたせいで、色々服も影の下で乱れているし
──椿さんなら異能で解除できそうかな……そこまで歩けるかな
緊縛のせいで、備え付けの端末の操作が出来なかったことが悔やまれる
息苦しさと羞恥で熱が集中してるのがわかるし、敏感な肌が固められているせいで。更に神経が鋭敏になっていて動くのがつらい
「ぁ……!深見さん、いいところに」
「……ォ゛ンッッ!!??!??!??!?!!?????????」
「深見さ、ん?」
「ハッ!?……仔細」
廊下で直売をしていた深見さんと、運よく出会えた
ぼんやりしてたらしく。突然のボクの登場に不意打ちを食らったように変な声──声?を上げた
今日は……薄い冊子?を並べていたらしいが、陳列中だったのかすぐ畳まれてしまった。詩集とかだろうか
「──こう、いうわけでして……ボスのところまでお願っします……」
「承知、御無礼」
「……っ……ふぅ、ン……!」
「ヴぉょっッ!?」
「だ、だいじょうぅ、ぶですから……すみませっん……気、にしないでくださぃ」
深見さんに異能の解除が出来ないかも試してもらったが、隙間なく密着していたので剥がせず。更に強調された感覚のせいで、肌に触れるたびにボクがヘンな声を上げ、その度に深見さんを驚かせてしまったため。ボスのところへ運んでもらう流れとなった
「ヴぅヴぅヴォ……」
「もっと……強くても、ぃいです、よ?」
「ふゥんンッ゛ッッッ」
壊れ物を扱うように持ってくれるのはありがたいのだが、普段はともかく、今そういった接触の仕方のせいで……フェザータッチみたいになって逆に辛い。もう少し遠慮なくガシっと持たれた方が、今は楽だった
むず痒さや震える深見さんの体の振動と、歩く揺れが何とも言えない感覚をとめどなく伝えてくる
「ぁ……あっ……焦らずと、も」
「フ゛ゥ゛」
「ぅ、あんっ……ごめ、なさ」
「ふ゛う゛う゛……!!」
「はぅ、はぅっ……あつ……ぅぃ」
「ぎヴdひょあうだjlづあj……。……。!!!!!!!」
全神経を使って、全力で運搬してくれている深見さんに。意識を向ける余裕もないほど、ボクは服が擦れるたび、持つ手がずれて滑るたびに上がる声を抑えるのに必死だった
それほど長くも無い距離の通路が、千里の道のように険しかったような錯覚も感じる。道中深見さんが息継ぎのためと言って、何度もボクを気遣ってか立ち止まっては顔を窺って様子を見てくれた
「ぁ、ありがとうございました……深見さん、助かりました」
「ヴ」
「ボスなら、これもなんとかしてくれると思いますので……感謝します」
「ヴっ」
「……そ、それでは」
執務室の近くで止まってもらい、深見さんと別れる
運搬を乗り越えて見上げると、そこにはピクンピクンと痙攣しながら顔面に格闘漫画の力み並に血管を張らせて下唇を千切りそうな勢いで噛みしめている深見さんがいた
……復習したばかりでこのようなことになって大変申し訳ないが、深見さんも耐え?切ってくれたことで大事には至らなかったと思いたい
「……フゥー───白狼、ちょっとお話しよう」
予想通りボスはすぐに影の拘束を解いてくれたが、道中のことを話すと、説教モードに移行した
『う、ゥおぉぉおっっ!!??!?誰か廊下に巨大ナメクジでも放ったのォ!?清掃班!清掃班はやくきて!!』
説教中、スピーカーから綾野さんの絶叫が聞こえたが、説教に集中しなければならず、内容が入ってこなかった
……それにしても影が言うことを聞かないというか、案外自動運転という動作も融通が利かないのは、頭でっかちのボクには嬉しくないな
運搬中いつもより高濃度の白狼ウムに曝露された深見さんは七日七晩自室で半減期を迎えるための長く苦しい戦いをしていました