「──それで大変だったわけよぉ、生臭いったらね」
「……お疲れ様でした」
電子機器の操作音と、書類を動かす音に紛れ。綾野さんがここ数日の中でも溜飲を下げたい話題を矢継ぎ早に紡ぎ、傍らに控えるボクが適当に相槌を打つ
書類の動かし程度なら手伝えるのだが、現在のボクの綾野さんへのサポートは、この相槌役のみを求められた
『二人ともめっちゃズルくない!?』
そんな一言からだった。
綾野さんから見て、他の二人が自分よりも
……つい先日に。迷惑かけたら、最終的に困るのはボクだって言ってたよね?この人
とにかく、案外一緒にいる時間が少ないので必然的に遭遇率も低い──会える時には会いに来る人だが、それも基本的にモニタリングの合間を縫ってなので直接は少ない──綾野さんが、不平等を訴えれば中々に断り難い。組織のインフラを担っているし
「まあね、私も良い思いしたいとはいえ別に起きないなら起きないでいいのよ」
「はあ」
「でもワンチャンあったら狙いたいじゃない。女の子だもの」
……女性はいつでも女の子、なので。一回り以上年上でも疑問を表に出してはならない
適当に隅っこにちょこんと座り。とりあえず何らかの反応が出来るところを見つけて返答するだけの存在に努める
「あ、そうそう。前の異能のアレとかで検査してたよね?そろそろ……来た来た、はい」
「ありがとうございます」
「いいよぉ、中身を見るかどうかは置いといてどの道ここでやりとりされるものって全部一回ここ通るからね」
スリーアウト直後の、あの影が制御できなくなった時に少し不安を覚えたため念のためしていた診断報告が出来上がったらしく、転送されたての書類を綾野さんから差し出される
……異端からの精神干渉の後遺症だった場合も考慮してだったが。精神的な類でも異常点はなかったようで一安心
「しかし影に視界を作って望遠ねえ……それを狙おうとしたらパニックで自縛と」
「……混乱して何故か物質化して拘束になってしまって」
「ふぅ、ん……それ私が見ても大丈夫そう?」
「構いません」
「じゃ拝見仕り」
見られて不都合なデータや、結果もないものなので。綾野さんにも見てもらうことにした
何だかんだで異能を一番柔軟に、色々と自由に使っているこの人だし……
「前の裸転送みたいにならなくてよかったねえ、お姉さん的にはそっちのが嬉しかったけど」
「……全くです」
「……咄嗟に視界が変わったことへの混乱で自衛の発動?いや彼の影操作には詳細な命令が大事で咄嗟に拘束は……ふぅん?」
顎に指を当て暫く思考の底に行ったが、綾野さんはパッと上がる
「ねえねえ白狼クン、ちょっとそこからお姉さんに真っすぐひも状に影を伸ばせるかな?」
「できますけど……」
「とりあえず触れる状態以外はニュートラルでやってみてー」
言われるがまま、影を持ち上げズズ……と手をこちらに向けて差し伸べる綾野さんへと延ばす
すぐに綾野さんの手まで、細く伸びた影は到達し、触れる
「とりあえず何個か聞かせて。影への命令って後出しあり?」
「分離したり、その影との入れ替えみたいな複雑なものじゃなければできます」
「繋がっていれば伸ばしたのをいじったり、触れなくも出来る?」
「可能です」
「今の状態は、命令を出さないとただ触れる影ってだけのまま?」
「そのはずです」
「じゃそのままねー」
簡単な質問の後、綾野さんは触った影を撫でたり、握ったりしだす
単純に影を触れる物体化してるだけなので、触覚などは通じていない。手などの代用で使う場合は繋げられるが。
綾野さんは撫でる、握るに続きぐにゃっとなる程度に強く握り、パシパシと叩いたりもしだす
「ここまでは無反応ー……抓っても沈黙」
「……これは何をしてるんですか?」
「んー?……ていっ!」
「ちょっ」
何の検証かを問い始めたと同時、不意打ちのように綾野さんが突然カッターを脈絡なく影に突き刺そうとしギョッとする
そして、それよりも早くカッターの刃を始めそれを握る綾野さんの手ごと影が拘束した
「あだだだだッ!締め付け強っ!!解除お願い解除ー!」
そうするような思考も無かったのに突然自衛?を始めた影に困惑しつつも、イメージを送れば。ボクへの拘束の時とは違い、すぐに解かれ、カッターがぽとりと床に落下した
「いったあー……でも、なかなか興味深い反応だったねえ」
「……一体、何を試してたんですか?」
「
ホワイトボードのキャスターを足で寄せ、綾野さんが図解し始める
「んとねー、白狼クンの話でお姉さんには疑問が生じました。普段は具体的な入力がいるはずの異能が、いきなり過剰に自律した、何か変だなーって。
それでとりあえず今、接触可能以外はニュートラルな状態を作って貰って、反応を見てみたわけだね。触れるだけでキミの肉体というわけじゃない。なので、振り回してペチペチにも使えない状態のはず、実際接触と強めの干渉にも無反応。だけど、私が影を傷つけそうな行動をした時、キミは何か命令を出したかな?」
「いえ、混乱はしましたが異能を使うという意識はなかったです」
「うんうん。本人も無意識で異能に対する……あるいは、感覚無しでも肉体の延長だと認識している部分への害意、敵意みたいな?行動に自動で反応したみたいに受け取れるよね」
ふむ。つまり何らかの危機的状況であれば、咄嗟に外的要因をトリガーに。あるいは、それを認識したボクの困惑だとかの、平常ではない精神状態を基準にして、自律稼働するということだろうか?
「と、お姉さんもそう思ってやったんだけど。その場合キミの異能って半自動型みたいなさ、とりあえず異能使うぞーって意識でいれば、勝手にある程度動いてくれる……みたいなものになるはずじゃない?そういう鋭化もあると思うけど……それだと今度は、平時の詳細な命令がいる、がおかしいわけ。異能を使うって意識だけで動く場合は、鋭化でもしないと精細に動かすにならないからね」
……たしかに、ボクはまだ鋭化している感じはない。
それに半自動タイプだった場合は。これまでの様々な場面で何故勝手に発動しなかったのだろう?ともなる。焦りや状況に反応してそれらから身を護れるなら、そうしていない状況が多すぎる
「……つまり、どういうことですか?」
「うーん……二説。最初の方は限りなく可能性ゼロだしちょっとイヤな内容だから聞き流してね、まずはキミが実は異端で、異能が不安定だからバグりまくってる、かなりの無理筋だけど一応ね。
で、個人的に有力な方は、キミの異能は今まで通りのスタンダートな命令型、でも簡易な命令を『誰かに入力されている』可能性がある」
「……はい?」
「『この子への攻撃に対して反応しろ』……とかね」
「ボクの異能なんですよね?その、そんなことは可能なんですか?」
「んー、現実的じゃないけど不可能でもない?」
どういうこと?
「君の意識よりも深い部分に根差してる記憶とかがあるのかも?無意識に根付いているものが」
じゃあそんな命令はいつ、だれによって?
「例えば明確に自我が芽生えてないか、物心ってものになる前……お腹の中とか、乳児期に何らかの会話を聞いていたり、或いはキミが安全でいますように、みたいなことを言われていたから、それが生まれ持った異能にインプットされたか」
そうでない場合は
「んー気分良い話じゃないけど、キミは
「…………」
誰からも保護されていなかったのは、ボク自身があの瞬間に発生したからだと思っていたが
どうも何だかえげつない状況をボクになる前に生きてきたのか?と思い始めてきた
「まあ普通に仮説だし後者もキミのこと色々知った上での大分無茶な考察だけどー」
……真面目に悩み始めたら綾野さんがけろっと肩をすくめた
「あはは。私もキミの以前は大分興味深いというかマジであの日地上に遣わされた無知無知最強に都合いい少年でもない限りあり得ないと今でも思ってるからさ。
それにこの説だと普通におかしいでしょ。なんでトリガーに性欲とか入ってないの?アタシなら入れるね、無知な時点で害意だって思う前に美味しくいただかれるしそもそもキミが現状セクハラに寛容すぎてエロ過ぎだし最高だよもうマジでありがとうございます」
……まあ、何らかのドラマや嫌な経緯があっての誕生のどっちの場合でも、泣く泣く手放すにしても実験での放逐でも、普通は真っ先に反応カテゴリに入れるよね、性欲
「それに白狼クンも普通にイヤなタイプのセクハラ。ていうか肌の接触は触覚が敏感でイヤというか苦手じゃない、そのイヤに反応してない時点でねえ?」
じゃあ、なんでこんな仮説を始めたのだろう?と思ったがすぐに、イヤな推理が出来上がってしまった
こうして意識させてみて、異性からの過剰な接触に関しての警戒が深まっても傷が付くような接触でなければ反応しなければ嬉しい……とか
……いや違う違う!そっちじゃない!いま論点はそこじゃない
「……結局この防衛反応の仕組みが明かされてないじゃないですか」
「あー何かマジでやばって感じたら勝手に動くんじゃない?」
「……いきなり投げないでください。異端に干渉された時にかき消されていたとはいえ、ボクは異能をずっと意識してましたし、外傷ではありませんが剣を刺されるという実害を被りましたよ」
「そだねえ。ただそれはどっちも精神マウントで負けたで説明つかない?こんな異能に勝てないーとか、異端相手に通用しないーって。無意識でさ」
「ううん……うーん」
はぐらかされてる?単純に都合の良いままだったからそれで綾野さんの中でどうでも良くなってるのだろうか?
そもそもこの話題に興味を持って振ったのも綾野さんだけど、やっぱり都合の良いままでこれからも色々油断を楽しめるかどうかだけを確認したかった?
「まーまーいいじゃない、そこから意識してオンオフ自在になったり自動化範囲が鋭化で広がるかもしれないしメリットメリット」
それはまあ確かに。ボク自身に反応してる時点で害しかないけど……ん?
「……最初の自動反応でボク自身を拘束した理由はなんなんでしょう?」
「うーん……命令だったとして、対象が
「…………異能力自体が対象で、その異能者のボクが異能越しにボクを見た混乱に反応して、異能力を守ったからあの結果だと?」
「くらいじゃない?考えられるのは。キミ男の子だよ?男子を無視して異能力だけ護れればいいは意味不明だけどね、そもそも男女限らず持ち主無事じゃなかったら終わりだけどあっはっは」
……それだと役に立たなくない?異能力を守れって自動発動をどうやって異能者を守れに変えていけというのだか、鋭化の方向性も全くわからない
綾野さんも言ってるけど、意味が無いじゃないか。使われるものが無事でも使い手がそうでなければ。
異能力に仮に本能だとか自我があったとしても、咄嗟に守るのは自分自身だったとしても……ううん?
良くない頭で考えても、答えなんて出るはずもなく。結局話題を切り上げられ以降、ノドに刺さった小骨のように閊えがとれないまま応答装置の役割を再開することになった。
……時折綾野さんが距離を詰めようとしたり、頻繁に接触を試みる様子から、やはり発動範囲が更新されたり拡大されたりしないかのチェック以外に興味がなかったのでは?
「────ふふ。話題を散らかしたら迷っていいねえ」
主人公の異能には自我があるかもしれない以外はどうでもいいです
綾野が必要以上に散らかしてるだけで、今後活かされるだろう情報は基本的にそこだけです