「───あれ?」
少女は一人立っていた。さっきまで、と言うよりも。ここで立ち竦んでいる以前を失念している
見渡せば、灰色と言うべきか、曇天を思わせる空気が漂う何処かに居た
前後左右も不明だが、このままともいかず、少女は自身が向く方向へと足を動かす。
少女が歩けども歩けども、見ても見ても、何かが変わることはない。自身の影すら見えないほどに、只々灰色の空気が揺蕩うだけだ
此処は一体何処で、ここに来る前に私は何をしていたのだったか?
あるいは、何をされたのか。忘却しているのか、させられているのか。
思案の中、ふと少女が意識した利き手は閉じられ、見やれば
はて。己の異能はこの
試しに一振り、いつも通りの彼女の一部。二振り、確かな型の鍛錬の力
振り回しても当然変化はない、彼女の姉ほどではないが、輝く異能なことがウリというか、密かな自慢だった外見以外は
この喪心中に、何らかの鋭化でもしたんだろうか?煌びやかさ方面で鋭化し直したらいいな、などと呑気に考えている彼女の前に、一つ灰色の影が浮かぶ
『柊さん』
「お、男の子?」
『──あ、一時的に遮断してるのか』
それは小さく集まり、一人の少年らしき輪郭となって彼女の前に現れた
こんなところに、年端もいかぬ男子が何故?と問う前に、苦笑する男子
『はじめましては
「え?ううん……ここは何処か、いつ来たのかとか……それ以前なら、確か黒薔薇の制圧に行くとこだったような……」
『最初からかあ……』
困ったように苦笑を続ける少年の形に内心どぎまぎしつつも、柊と呼ばれた少女は思案する
そう、最近になってあっちに新たな幹部──それも男性の異能者であるという──が増え、あちらの構成員を迅速に回収できてしまう、ファントムシャドウ以上に面倒な異能の持ち主だと言うことは、興奮気味に話す同僚、赤城から聞き及んでいた
自身も年頃で、十分異性への羨望というか、性への好奇をはっきり自覚していたので、当然そんな相手への興味は湧いていたが。姉である組織の長を支えられる経験を積もうという想いが強かった柊は、その時は大半を聞き流し任務に赴いた
「それで……それ、で……そこからどうしたんだっけ。拮抗してた皆がいたんだったかな……」
『……』
「いや……もうどっちも撤退してて、そう、そうだよ。そうだ!キミ!」
記憶が鮮烈に蘇っていく
柊が赴いた時には既に白騎士団、黒薔薇団の構成員どちらとも入れ違いで撤退と回収が済んでいた。大抵こういう時はフラッシュブレードか、サイバークイーンの操る機械獣かドローンが襲撃を掛けてくる段階であったためだ
そうだ。そこで柊は出会ったのだ、彼に、噂の男の幹部に、目の前の形とまるで一緒の、自身と同じアルビノで──
『まあ──はい、あの時はどうも申し訳なく』
「あ、あ、ぁ、あ……そうじゃん……私すごいことになって!うわ、うわあ……申し訳ないのは私だよぉ……なぁんだアレ……なんだ姉って……!ウワウワウワ」
『いや……本当に非はこっちにあるんですよ。柊さんの冷静な部分といいますか、理性を含む自我を自分が吸っちゃったので……』
「す、吸う……っじゃない。理性とか自我とか、ってなんでそんな?」
尤もな疑問であった。柊の醜態を目当てにしていたのなら確かに、あれ以上は無かっただろうが。彼──の本体?は、少なくともここまでぼやけていなかったし、そもそも自分と同じアルビノで、何というか共感性が刺激されていた──は、柊の初対面でのやらかしに対し、彼は心の芯から辟易していたと見えた
故に、何故目の前の少年がそうする必要があったのだろうか
『そうなりますよね……咄嗟と言う他無いことと、そのおかげで、こうして対話が出来る程度の個性が出来た、と受け取ってもらえればと。本体も、自身も、異能そのもので。正確には貴女の姉の情報が必要だったのですが、先に親族の貴方に出会い、必要な情報の
「おお……流れるように色々ツッコミどころが満ちた内容、質問箇所も浮かばないし内容も入ってこない」
『地頭が良くないので上手く纏められないんですよね……異能で出来た生き物が、目についたので貴女の物を盗んでしまった。開き直ってこういいましょう』
「……漫画見たいな事が起きたんだねえ!君って
柊はとりあえず、それで過去は済ませることとした。相手が男性……というのもあるが、本来の彼女は、粘着質とも陰湿とも無縁な、竹を割ったような気質なのだ
それに、今こうして話している以上、返してもらえるか、既にその後なのだろうとも思った
『お察しの通り、その日から
「なんか私から離れた一部ごと君が離れてここに来てるっぽいけど、そこは大丈夫?」
『大丈夫です。この人格自体が貴女由来なのと、こっちで活動したことはありませんから、影響は一切ないですよ』
「んー……まあいいか、それで、返却中のお喋りはまだ出来るの?」
『そっちが本題ですかね。ちょっとこれからやって欲しい事がありまして』
そして、最初に言った通りに非があると彼自身が思っているので、謝罪も兼ねてか
あとは──ここ、恐らく柊の精神内でしか出来ないことがあるのだろうと勘づいた
何というか、輪郭だけなのに、この少年はどうにもサトラレなところがあるんじゃないかと思わずにはいられないくらい。柊には雰囲気や仕草で心の持ちようとでも言うべきものが察することができた。自身の自我を含むので感応もあることは、柊も気づいていないが
『ここで最初に気づいてた柊さんの異能の変化なんですけど……異端化してるんですよね』
「……ああー、まあ。そうか、ある意味今まで頭がおかしくなってたから、なってない方がおかしいよね」
『それを異能までに引き戻せるかもしれないので、こうやって返却ついでにお邪魔させていただいてます』
「異端化した後に落ち着いて、異端のまま使えるみたいな奴じゃなく?」
自身の異端化を告げられても、あの醜態を思えば十分察せていた柊にとっては、その後に提示された異端を異能まで引き戻せるという方にこそ驚いた
過去に異能は異端化してしまったが、精神は落ち着きを取り戻し、理性的に異端を行使できる──それでも多用すれば、精神が再度不安定になる危険性と隣り合わせだった──ケースは確認されていた、だが戻すというのは前例が無い
『この人格といいますか、異能を用いれば指向性を操作できるので、異端がネガティブ、鋭化がポジティブという解釈なら、ポジティブ方面に舵を切れば出来ます、異能からみればそういう属性違いでしかないと言いますか……別物ではないので』
「はへー……それで、やって欲しいことって?」
『手間ですけど、この身体を貴女の異能で破壊してください、中に入った柊さんの理性が還るのと、異能が発動して修正出来るはずです』
「…………うぉうおうお」
あっさりと言い放たれたお願いは、それだけで彼女の中で殴打に似た衝撃を伴った
それだけで正直返されてもまた、精神異常を来して即異端に返り咲きするのでは?とも思った
『ここは柊さんの精神ですし、異能への干渉とそのショックを利用するので体験を覚えていることは無いと思いますよ』
「いやぁ……そんな一億年ボタンみたいなこと言われても、男の子をその」
『
「
『しかし、正義の味方には時として試練が必要では?』
言うや否や、少年の形は少女の懐に飛び込んだ、様に見える
見えるようにその実、少女の握る
深々と少年の形に刺さる自身の異能を中心に、殻が破れるようにヒビと光が溢れていく
『正直なところ、これが自身に対する救済に等しいので、
「あ、そ……のさ、痛くはない?」
『はい』
存外、目の前の
それから漏れ出る光が、柊の中に戻っていくたびに、気付いていなかった喪失感が埋まっていくことも、ある種の平静さの一助となったのだろうか
『何はともあれ、異能は異能に、貴女は貴女に戻るだけ。これ以上やらかす前に大人しく使われる力に戻れれば、
「……忘れちゃうって言ってたけどさ、やっぱ最後にその、本体とかどうかじゃなくて、キミの名前とか、教えてくれない?覚えられなくても、起きた事実は遺したいかな」
『ううん……
白影ではないしな……と独り言ちる、崩壊中の人物というのは奇妙な光景であったが、痛みや不快感を訴えてこないだけ、なんとか向き合える余裕がある
そして、それはまあ忘れているだろうしという考えもあってか、やがて適切な呼称を見つけたよう顔を上げ、柊に向かって口を開いた
『そうですね、では───
「……か、み……」
「……ぅ」
周囲を見れば、何とも全員が微妙な雰囲気──異能が勝手に発動して、感情が見える感じなのだ──で、ボクらを見守っていたらしい。椿さんから優しく抱きかかえられた
「白狼、変なところはないか?体がだるいとか、気分が優れないとか」
「……いえ、少し寝起きのような感覚なだけで、特には」
何だったか……そう、こうなる前は確か、二人に挟まれて
少なくとも現実時間もそれなりに経ったようで、それが微妙な雰囲気の原因だろう
「うへえ、ちょっと前まではラスボスだったくせに、何とも険の無くなった顔で眠ってるじゃん」
「美少人の抱き枕などという、銭と徳だけでは得られない滋養付きだものな。全く以て羨ましきだ」
「……起きてみるまでは確かではないですが、上手くいったとは思いますよ」
……直前までの事も含めて羨ましい、なんだろうな。と青山さんの言は無視するとして
無事に彼女から奪い取ってしまった要素を返却出来たことは間違いない、ボクの中身も何というか、だいぶ
同時に、どれだけ二人の母、そしてボク自身の影でもない本当のボクの異能と呼ぶべきモノが……恐ろしいというか、見なかったことにしようと思える代物であることも把握した
名付けるならば
なんでもありの二つが合わさればまあ、当然とも言うべき到達点。観測者が神と名付けるそれと合一して、
……ボクというものが巻き込まれず、もし異能だけでこの世に出ていれば意思など無いのだろうし、良くて願望器の顕現、悪くてこの世界は無に帰していたのかもしれない。まあ、最早どれもそうではないので、栓無き事だ。
ボクというちっぽけな我には白影だけでいいし、どうしようもなければ二人の母由来の異能で過ぎている
「……頑張ったな」
「むゎ……いえ、それを言うなら柊さんが一番大変だったと思います、それに、それを止めていてくれた皆さんもですが」
危険物への思案を疲労と解釈したらしき椿さんに、安心させるような抱擁を貰う
敬愛する椿さんの匂いと心地よい心音、そして椿さんの熱が感じられてボクも抱きしめ返す
「むうぅ……!つーちゃんだけしーたんハグなんてだめなんだから!し~た~ん♡ママも♡ぎゅ~♡ちてあげるからねえ♡♡しーたんもママをぎゅ~~~~……ってしてえ♡♡」
「はは……すまないな白狼、ダメな母親たちで、キミが愛おしくてたまらないんだ」
「……ふふ。それはもう、十二分すぎるほど伝わってますお二人ともに……嬉しいです」
母呼びをそれとなくまた引き出そうとしてるいじらしい
「や。有終の美って奴ですなあ王子様、お疲れお疲れ~」
「お互いさまに。……何故大の字に?」
「ふへへ……アクションゲームみたいな動きが出来れば確かに運動もお姉さん嫌いじゃないかもって気付きを得た対価かな……今から筋肉痛が怖いなあ……!」
気力は漲り、体力は尽きた綾野さんを労い
「オシサン……オシサン……オスゥ───シィ……ほぉふっ──」
「……願望と現実を混同してると、良くないと思いますよ」
「オシサン」
半分白狼吸い、半分妄想に耽る深見さんの精神も、修正出来ないかを思案し
「大変だったはそうなんだが、何というか……何というかな一日だったな」
「そうですね……あの」
「ん?どした?」
「いえ……また、労わせてほしいと言いたかっただけです」
「お、ぉう……そりゃ、おう、わかった、覚悟しとく。意識すんなアタシ平常だ平常」
篠崎さんへのマッサージも、異能で更に熱を入れてやれないかと今から張り切り
「ねねね!お願い!もう一回!もう一回だけでいいの!今度こそ覚えていっちばん深いとこに遺して鬼リピしたいんだよォ!」
「……覚えていない方が嬉しいですし。その、あまりみだりにやることでもないので」
「ふ゛ぐぅ゛ン゛オ゛ぉ゛……」
「ブレイジングハート」
「ひゅっ──自重します!」
延々
「やれやれ。
「……あの」
「うン?如何したかな?」
「願望の中の青山さんは、随分淑女的でしたね」
「か゜ッひょ」
不意打ちで漸く
そして、柊さんの目覚めを待つこと、状態を白騎士団側で十分確認の後、出来そうならば出会いをやり直すことを決め、中々に斬新な内装に
……ここ数日で随分組織運営費が消し飛んでいるような気がする。
主人公は使おうと思えば「白影」「暗黒支配」「光輝燦然」「梵我一如」の四種類の異能を使うことができますが、使うような機会があったところで前の三つのみで済ますでしょうし、済ませられるでしょう。スタンドで例えるなら白影時点でタスクact1~3で「暗黒支配」から絶対殺すマンレベルになるからです