黄昏日記   作:イナバの書き置き

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第1話「記憶無き少年」

◯月✕日(木)

 

 陸八魔社長が「日記をつけたら何か思い出せるかもしれないわ!」と言ってこの日記帳をくれたので、暇潰しがてら今日から書いてみることにする。

 と、言っても何を書けばいいのやら。

 

 

 ……鬼方さんに訊いてみたら「……取り敢えず覚えてる限りのことを書き出してみたら?文字に起こして整理したら何か思い出すかもしれないし」と言うありがたいアドバイスを戴いたので自己紹介から始めてみることにする。

 

 

 名前は黄昏(たそがれ)、名字はまだ無い。

 年齢は多分16歳。

 何処で生まれてどう生きてきたかとんと見当がつかぬ。

 ふと気付いたらブラックマーケットの路地裏で毛布にくるまっていたことだけは記憶している。

 兎に角、記憶と言うものが全く無いのだ。

 こうしてある程度成長した身形で生まれてきた以上何処かしらで何かしらの生活を送ってきた筈なのだが、どれだけ頭を捻っても一向に出てこない。

 ならばと身に付けている物から身分を推し測ってみようと試みても、着ているのは薄っぺらい患者衣(っぽい服)一丁、持っているのは真っ黒に塗り潰された学生証(っぽいやつ)一つなのだから分かることなどたかが知れている。

 そうして一ヶ月ほどゴミ箱を漁ってその日暮らしをしていた俺を拾ってくれたのが、陸八魔さん率いるアウトロー集団「便利屋68」と言う訳だ。

 

 アウトローだって。

 

 かっけぇ。

 

 確かに長身で滅茶苦茶スタイルが良いし、何かもふもふしたやつ(名前は知らん)がくっついた超渋いコート羽織ってるし、行き倒れてる俺を受け入れてくれる度量の深さもあるし、見れば見るほど陸八魔社長は裏社会のアウトローって感じがする。

 襲撃、護衛、雑事に機密まで何でもござれの文字通り便利屋で生計を立てられるってかなり凄い。

 しかも、銃まで持っている。

 と言うのも……驚くべきことに、このキヴォトスとか言う場所ではどうやら誰も彼も銃を持っていて当たり前(何と全裸で出歩く不審者の方が稀!)らしい。

 よくよく思い返してみれば路地裏生活をしていた頃から自販機には飲み物と一緒に銃弾や手榴弾が売っていた気がするし、毎日のようにどこかで爆発音や銃声が聞こえていたのだから、その日を生きることに必死で「やけに治安が悪いんだなあ」で済ませていた自分の方がおかしかったのだろう。

 いやまあ、弾が当たっても死にはしないからって喧嘩感覚で銃がぶっぱなされるんだから治安は悪いんだけれども。

 そんなだから便利屋の皆も当然自分の銃を持ってる訳で、この前陸八魔社長の銃を見せて貰ったけど。

 

 超かっけえ。

 

 狙撃銃なんだって。

 ワインレッド・アドマイアーって言うんだって。

 浅黄さんが言うにはこれを片手でぶん回すんだって。

 良いなあ、俺も自分の銃欲しいなあ。

 

 ……けど、今は先ず健康になることだ。

 と言うのも、どうも俺のゴミ箱暮らしはあまり手際が良い方ではなかったらしく、自覚はなかったものの鬼方さんに便利屋に連れてきて貰った時点で死ぬ何歩か手前レベルの栄養失調だったようだ。

 お陰で陸八魔社長には「よく食べる、よく寝る」を厳命されてしまった。

 事務所に置いて貰っている分際で一方的に施しを受けるのはあまりに情けないが……今の俺では陸八魔社長はおろか鬼方さんにも浅黄さんにも伊草さんにも力で敵わないほど弱っているのだから、取り敢えず体調を戻すことに集中すべきなのだろう。(ベッドから起き上がろうとする度にすみませんすみません……と言いながら押し戻してくる伊草さんは滅茶苦茶可愛かった)

 身元が分かるまで置いてくれるとのことだが、名前も身分も、記憶すら無い自分を拾ってくれた恩を早く返せるようになりたいものである。

 

 

 

◯月+日(土)

 

 今日も今日とてベッド暮らし。

 しかし、鬼方さんの言う通り文字にして見ると結構見えてくるものもあるものだ。

 取り敢えず、箇条書きにして整理してみることにする。

 

 

①:どうやら学生らしい

 見た目と持っていた学生証から分かる通り、俺はどこかの学校の生徒らしい。

 と言ってもこのキヴォトスは数千(!?)の学園が集まって形成された凄まじい広さの学園都市らしいので、これだけで身元が分かることは先ず無いだろうが。

 しかし学生の身分は学校が保証しているので、今の自分は実質無戸籍者と言うことになる。

 これでは生活すら儘ならないので、やはり身元の特定は最優先ですべきだ。

 ちなみに生徒の特徴であるヘイローは俺にもある。

 そんなに格好良い形ではない。

 

②:病人だったらしい

 これも拾われた時の外見的特徴から分かることだが、俺はどこかの病院に入院していて……それで脱走してきたようだ。

 いや何やってんだよ俺。

 脱走するって何やらかしたんだよ俺。

 鬼方さんが周辺の病院に一通り当たってみたところ該当する患者はいなかったようだが、ツヤッツヤの黒塗りにされた学生証から推測するよりは余程可能性が高いに違いない。

 彼女には苦労をかけるけれど、もう暫く調査をお願いすることにする。

 

③:キヴォトスの外から来た?

 これは推測だが……恐らく、俺の出身はキヴォトスの外なのではないかと思う。

 と言うのも、聞けば聞くほど此処の常識は俺の知る常識とは異なるように思えるのだ。

 誰も彼もが銃を持っていること然り、生徒が銃で撃たれた程度では大した怪我にならないこと然り、キヴォトスの広さ然り──正直言って、違和感が凄い。

 流石に目の前で鬼方さんが撃った拳銃弾を素手で受け止める陸八魔社長(しかも痣になっただけ)を見せられたら信じるしかないが、此処で生まれた者なら「そうだよね」で済ませられるところを、それより先に「いやちょっと待てよ」が来る辺り、この予想は大方間違っていない筈だ。

 陸八魔社長曰くキヴォトスの「外」はあるらしいし、そちらから何らかの事情……在り来たりなところで言えば転校とかで訪れたと考えれば、何だか自然な気がする。

 まあ「外」の何処出身であったにせよ、それは身元の特定に大きく関係するものではなさそうので一旦捨て置こう。

 

 

 こうして書き出してみると、やはりかなり自分の正体にも迫れたような気がする。

 要は生徒で、入院中で、出身はキヴォトスの外だ。

 幾らキヴォトス広しと言えど、こんな珍しい奴はそう何人もいないだろう。

 身元が分かるのもそう遠くないだろうし、便利屋の人たちに迷惑をかけないよう早いところ体調を戻さねば。

 

 

 

 

 

 ちなみに、俺の黄昏(仮名)の名付け親は陸八魔社長だ。

 何でもヘイローの光り方が沈む夕陽っぽく見えたからそう名付けたらしい。

 如何にもアウトローの社長らしい、詩的なネーミングだ。

 でも、鏡で見る限り……どう見てもこれは切れかけの白熱灯だろう。

 しかも粉々になってる上に何か滅茶苦茶薄いし。

 どうせなら陸八魔社長とか浅黄さんみたいな複雑なヤツか、鬼方さんや伊草みたいな何かの規則性がありそうなヤツだったら良かったのに。

 

 

 

◯月Ω日(月)

 

 取り敢えず、事務所の中をうろついても大丈夫なくらいには具合が良くなってきた。

 献身的に看病をしてくれた便利屋の皆には感謝をしてもし足りない。

 しかもお礼をしたら陸八魔社長は「いいのよ、アウトローにも通すべき義理人情があるのだし」と軽く流すのだから、本当に感服するばかりだ。

 ああ言う心地好い生き様の人だからこそ、鬼方さんたちも付いていくのだろう。

 改めて便利屋68に拾って貰えたのがとてつもない幸運だったと思い知らされる。

 

 その便利屋68なのだが、どうやら久々に大口の依頼とのことで明日から数日間社長たちは事務所を空けることになったらしい。

 

 つまり一人でお留守番と言う訳なのだが、正直結構不安だ。

 何せ此処は毎日のように喧嘩感覚でドンパチが発生し、たかが学生同士の争いに戦車やロケットランチャーが持ち出されるのもそう珍しくはない人外魔境の地キヴォトス。

 それだけならまだしも大人は大人でPMCを使ったりマフィアが大暴れしたり、ブラックマーケットでの違法な取り引きが横行したりする始末で、挙げ句に彼らを取り締まるのは何と警察学校の生徒たちと来る。

 

 ……いやこれヤバくね?

 

 前から随分物騒な場所だなあと思ってはいたけど、何か、こう……ヤバい。

 陸八魔社長もアウトローである以上恨みを買うことだってあるだろうし、もし家主の不在を良いことにお礼参りなんてされたら病み上がりの自分一人ではどうにもならないだろう。

 しかし、どうにかして命を救って貰った大恩は返したいし……事務所の掃除なり書類の整理なり、身元が分かるまでは取り敢えず出来ることからやっていくしかないか。

 

 

追記

 どうやら鬼方さんが残ってくれることになっていたらしい。

 そこまで考えてるなんて流石陸八魔社長だ。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

〔黄 昏 日 記〕

鬼方カヨコ

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

「はい、お茶どうぞ」

 

 コトリ、と机に置かれた湯呑みにチラリと視線を向けた鬼方カヨコは、ついでにパソコンの画面からも一旦顔を離してみることにした。

 ぐっと両腕を天井に向けて伸ばしてみれば、凝り固まった関節がパキバキと小気味の良い音を立てた。

 

「すいません、お邪魔でしたか」

「……大丈夫。丁度一息吐けそうなところだったから」

 

 画面の中では、正にカヨコの上司たる陸八魔アルたちが千切っては投げ千切っては投げの大立回りを終え、額の汗を拭っているところだった。

 狙撃で一人ずつ的確に排除していく当初のプランとは正反対──我を忘れた伊草ハルカの突貫に引き摺られる形でなし崩し的にマフィア集団のど真ん中に突っ込む大惨事だったが、まあこれは何時も通りの話なので気にしてはいない。

 見栄っ張りな癖に結構抜けていて、けれど仲間想いな便利屋のリーダーは、例えそうした方が状況的に正しいのだとしても社員を一人で戦わせるような性根をしていないのである。

 真にアウトローたらんとするならば不適格も良いところだが、カヨコはアルのそう言った部分が嫌いではなかった。

 

(──それにしても)

 

 対面に座り湯呑みをふぅふぅと冷まし始めた、この少年。

 倒れていた彼を見付けたのは偶然に過ぎないが、その時の彼は控えめに言って酷い有り様だった。

 キヴォトス基準でもかなり華奢な方のカヨコですら健康的に感じてしまうほどに痩せこけ、生気を失った目は己を見下ろす少女の方を向いてこそいるものの、像を結ぶことなく揺れている──死臭すら漂うほどに追い込まれた、小柄で小汚ない肉体。

 それがまあ、持ち前の面倒見の良さを発揮したアルの献身的な介助もあってか、今では寧ろ取り戻した元気を持て余しているようにすら思える。

 まあ、伸び放題になっていた黒髪もムツキの手で短く揃えられ、徐々に健康的な肉付きを取り戻しつつあるのは、カヨコとしても喜ばしいことだ。

 柄じゃないな、と思いつつも彼を背負って便利屋まで歩いた甲斐があったと言うものだろう。

 だが、本題はそこではない。

 

(……ここまで見付からないとはね)

 

 カヨコの頭を過るのは、病院から得た患者のリスト──それも便利屋の事務所があるアビドス自治区のものだけではなく、(一応)彼女が在籍するゲヘナ校区の全ての病院のリストだ。

 勿論、正規の手法で入手したものではない。

 元よりアウトロー集団に属する便利屋が問い合わせたところで返事など望むべくもないし、課長であるカヨコの本分は事前調査とバックアップ──直接戦う機会も多いが、ハッキングだって当然仕事の中に含まれている。

 本職であるミレニアムの連中にこそ及ばないものの、病院のデータベースから患者リストを引っこ抜くくらいカヨコがその気になればそう難しい話ではなかった。

 

 しかし、幾ら探してもその中に彼の顔と一致する人物が存在しないのだ。

 そればかりか、ヴァルキューレに出された捜索願いを調べても影も形も見当たらない。

 確かにブラックマーケットは違法な物品が流通する治外法権であり、そこで発見された彼がアビドスやゲヘナの出身ではない可能性は十二分に存在する。

 だが──キヴォトスにそう何人もいないであろう男子学生が、それも記憶喪失まで起こしているような者がカヨコの捜査能力に掠りもしないなんてことがあるのだろうか。

 

「……あの、何か?」

「ううん、何でもない」

 

 どうやら、観察していたのがバレたらしい──困惑した様子で此方を窺う少年に首を振って、カヨコも湯呑みに口をつける。

 アルが見栄を張って買った高級茶葉らしいまろやかな甘味と、緊張で凝った体を内側から解す熱に肩から力が抜けていく。

 

(……まあ、嘘は吐いてないんだろうけど)

 

 一通り様子を見る限り、彼には他者を騙すような胆力も意味も存在しない。

 こっそり日記の中身も改めているが、記憶を喪っていることに疑う余地は無いだろう──もしそこまで徹底して騙してくると言うのなら、権謀術数渦巻くトリニティでも元気にやっていけるほどの役者であるに違いない。

 

「……社長、ヴァルキューレが来る前に撤収して」

『え、ええ……ムツキ、ハルカ、撤収よ!』

 

 インカムに声を吹き込めば、画面の中のアルたちが勝利の余韻を振り払って慌ただししく動き始める。

 敵対するマフィアを潰し、ヴァルキューレに引き渡す──思った通りに行かないのは何時ものことだが、その中では比較的首尾良く終わった方だった。

 後は自分たちが捕まらないようにそそくさと逃げ出すだけだ。

 とは言え、相手は良く訓練を積んだ警察学校の生徒たち──装備の質では財政状況がよろしくない便利屋にも劣るが、連携や犯罪抑止にかける情熱には目を見張るものがある。

 カヨコが遠隔操作するドローンから届く映像にも、アルたちのいるビルが着々と包囲されつつあるのが容易に見て取れた。

 

「脱出経路はこっちで指示する、から────」

『カヨコ?』

 

 早い内に撤収しなければ、ヴァルキューレと真正面からかち合うことになる。

 あまり慣れない遠隔でのオペレーティングに集中するため、カヨコは居住まいを正して──不意に、彼の首に掛けられた学生証が目に入った。

 この人間については何も教えないと威圧するかのような、執拗に塗り潰された黒塗りのプラスチック板────

 

 

「……はあ、これは厄介なことになるかもね」

 

 

 アルたちの脱出も、少年の身元についても。

 二重の意味で面倒な事態に直面しつつあることを直感で悟ったカヨコは、深い深い溜め息を吐いた。

 

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