黄昏日記   作:イナバの書き置き

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第2話「先輩と後輩」

○月δ日(火)

 

 どうやら俺は簿記か何かの心得があったようだ。

 と言うのも、今日は鬼方さんが処理していた請求書やら契約書やらを分別してファイルに綴じる手伝いをしていたのだが……体が覚えてる、とでも言えば良いのだろうか。

 不思議なことに頭は勝手に便利屋の財務状況を弾き始めるし、考えるよりも先に手が動く──我ながら感心してしまうくらいの手際の良さ。

 そしてそんな自分に感心こそすれあまり驚きを覚えない辺り、恐らく記憶喪失になる前は事務のアルバイトでもしていたに違いない。

 或いは、この手際の良さをゴミ漁りでも発揮出来ていたら、便利屋に迷惑をかけることも無かったのかもしれないが……いや、その場合は野垂れ死ぬまでの時間が延びるだけか。

 

 何にせよ、これで漸く恩返しが出来る。

 それにこうして事務所に置いて貰ってから一月近く経つにも関わらず、相変わらず記憶は戻らない上に身元も分からないままなので、そろそろ一人で生計を立てていく用意をする必要もあるだろう。

 体調ももう殆ど万全だし陸八魔社長も、鬼方さんも、浅黄さんも、伊草さんも皆優しいけれど、何時までもその優しさに甘えている訳にはいかない。

 

 理由は簡単だ。

 

 陸八魔社長は何も言わないが、書類を見直していれば直ぐに分かる──便利屋の懐事情はお世辞にも良いとは言えない水準なのだ。

 見た感じただでさえ依頼の多寡や成否で月の利益が大きく変動するのに、装備や事務所の家賃、設備投資などで支出がかなり嵩んでいる。

 その中でも、特に家具類の出費が突出しているように思えるが……これは恐らく便利屋と言う職業故の性質だろう。

 何せ彼女たちはアウトロー、依頼人が真っ当な人間とは限らない──マフィアやヤクザ、ブラックマーケットの闇商人と言った連中と対等にやりあうには、舐められないよう身に付けるものや所作の一つ一つに至るまで整える必要があるのだ。

 事務所の家具をアンティーク品で揃えるのも必然と言えよう。

 それでも社員たちの給料をキッチリ払えているのは流石陸八魔社長(かその辺りを管理している鬼方さんの手腕)だが、だからと言ってそう余裕がある訳でもない筈だ。

 

 そこに自分のような者まで抱えていたら、いよいよ便利屋の財政は火の車──これ以上迷惑をかけない為にも、そろそろ此処を離れる時が来ているのかもしれない。

 正直に言って銃弾飛び交うキヴォトスを一人で生き抜ける自信は無いが、経理や事務のスキルがあれば働き口の一つくらいは見付かる筈だ。

 

 

 

○月β日(水)

 

 何と言うか、信じられない。

 こんなに良くしてもらって本当にいいのか?

 

 

 

○月₩日(木)

 

 昨日はあまりの衝撃に2行しか書けなかったので、今日はその分もしっかり書くことにするが……聞いて驚け、何と俺は事務能力を見込まれて便利屋68に雇用されることになった。

 と言っても、身元が分かるまでの期限付き──立場も社員ではなくアルバイトと言うことになるが、寄る辺があると言うだけでも何だか救われたような気分になる。

 記憶も無ければ行く宛も無い、そんな自分を受け入れてくれる便利屋の懐の深さにはただただ感服するばかりだ。

 しかも入社(仮)早々経理を任せるなんて普通有り得ないのに「信じているわ」の一言で済ませる陸八魔社長の胆力たるや、どうやら真なるアウトローの器は俺のような凡俗には到底量れない広さと深さを兼ね備えているらしい。

 また、快く受け入れてくれた鬼方さん、浅黄さん、伊草さんにも感謝は尽きない。

 

 その上、ええと。

 何て書けば良いのか。

 

 端的に言ってしまえば、俺は陸八魔社長←名字は禁止!アル社長の義弟になった……なってしまった。

 正直何を言っているのかよく分からないと思うが、自分でも未だにちゃんと整理出来ていない。

 いや、何をどうしてそんなことになったのか自体は極めて明白なのだが。

 

 そう、キヴォトスであれ何処であれ、真っ当に……此処で言う真っ当とは正規の職を得ることを指す──生きていくならば戸籍を持っているのは最低条件だ。

 そしてキヴォトスでは、学生の身元保証は所属する学校がすることになっている。

 つまり、何処の誰かも分からない今の俺は戸籍を持たない人間と言うことになっているのだ。

 これではマトモに働けないし、小規模だが企業である便利屋もそのまま雇用する訳にはいかない。

 

 そこで鬼方さん←また名字になってるカヨコさんが提案したのが、俺を便利屋の誰かの義姉弟であることにして所属校であるゲヘナ学園に偽装入学させる作戦だった。

 思いっ切り犯罪なのだが、鬼方さんカヨコさん曰くゲヘナでは何かしら不正を働いてない生徒の方が珍しいと言うし、元々便利屋は全員ドロップアウトして学園内に立ち入ることが出来ない立場なので名義だけ借りられれば良いとのこと。

 バレるのでは?と言う疑問に関しては、アコさんと言う人くらいしか気付かないだろうし、気付いたところでその程度の事件で風紀委員会を大っぴらに動かしたりは出来ないだろう──パソコンを叩きながらそう呟くカヨコさんは滅茶苦茶格好良かった。

 そしてゲヘナ学園の治安が滅茶苦茶不安になった。

 

 そんな訳で、今日から俺は黄昏改め陸八魔黄昏だ。

 アル社長から預かった名字に恥じないよう、恩を返せるよう、しっかりアウトローとして働いていこうと思う。

 

 

 

○月#日(金)

 

 アル社長から命令された最初の仕事は、便利屋の皆を名前で呼ぶことだったのだが……これが慣れない。

 兎に角慣れない。

 偽とは言え今の自分は陸八魔社長アル社長の弟なのだから、名字呼びを改めるのは自然な話。

 加えて便利屋のアルバイトになった以上他人行儀なのは良くないと言うのもよく分かるのだが、しかしどうにも。

 尊敬が勝るのか社長の人徳がそうさせるのか、自然と名字で呼びたくなってしまうのだ。

 取り敢えず日記の中から改めてみることにしたが、それですらこうして何度も訂正しないといけないのだから自分の学習能力の無さに呆れてしまう。

 それであまりに間違えるものだから、遂にはムツキさんに「名字で呼ぶ度30分間伊達メガネの刑」を課される羽目になってしまった。

 

 ……いや何で?

 ムツキさんが楽しそうだから別にいいんだけど……何でメガネ?

 

 

 

○月☆日(月)

 

 アル社長同伴で買い物に行った。

 アルバイトとして働くに当たって、生活必需品の買い足しや銃の所持が必須になるからだ。

 つまり便利屋に拾われてから初めてのマトモな外出になる訳だが……どうやらこのアビドス自治区は結構過酷な場所のようだ。

 普通の市街地もあるにはあるし、他学区との境界辺りはかなり栄えているようだが──そこから一歩離れると見渡す限りの砂漠が広がっている。

 アル社長によると昔から砂丘やらで有名な場所ではあったが、こんなに荒涼とした土地になったのはここ数年のことらしい。

 噂ではある日突然ビルほどもある大きな蛇みたいな化け物が現れて、そいつが土地の気候に悪さをしているんだとか。

 まあ流石に眉唾物だとは思うが……ただ、お陰でこの地域の学校──アビドス高等学校は色々と問題を抱えているようで、悪徳企業にも目を付けられてしまっているらしい。

 もう見るからに世知辛い状況だがそれでも昔は結構活気があったとのことで、何とも残念な話だ。

 

 話が逸れた。

 

 本題は……ええと、そう、俺の銃を買って貰った話だ。

 流石に貰ってばかりで申し訳ないと思うのだが、キヴォトスで生徒が銃を持たないのは素っ裸より有り得ないことらしいし、今後護身やアウトローの仕事で使うかもしれないので此処はお言葉に甘えておくことにする。

 アル社長もその辺りはしっかり考えているようで、取り敢えず今は前借りと言う形で所持金に余裕が生まれたら少しずつ返済する約束となった。

 

 それで色々と試してみた結果、最終的に選んだのはコンパクトなサイズのサブマシンガンだった。

 と言うのも、俺はキヴォトス基準でもかなり貧弱な部類に入るらしく、アル社長の狙撃銃やムツキさんのマシンガンのような反動が強い銃を扱えるほど筋力が備わっていないのだ。

 かと言ってカヨコさんの拳銃とかハルカさんのショットガンみたいなセミオートの武器で命中させられる熟練者でもなく──結論としては「そこそこの距離から弾をばらまける銃」が最適解だった、と言う訳だ。

 まあ下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うし、初心者が使うなら派手さに欠けるくらいが丁度良いのだろう。

 

 とは言え、一口にサブマシンガンと言ってもまた色々な種類がある訳で、アドバイスを訊いてみたところ……最終的にはどれだけ手に馴染むか、なんだそうだ。

 運命的とは言わないにしろ、合う合わないはあるのだから、直感的に「これだ」と思ったのを選べば良い、と──何ともアウトローらしい、渋くて格好良い考え方だ。

 そうやってあれこれ悩んで、最終的に手に取ったのがユニークなものではなくて割と何処でも流通しているような銃だったので、それが俺の運命と言うことに違いない。

 

 明日から最低限使いこなせるよう取り扱いを叩き込むとのことなので、今日はしっかり寝て備えよう。

 

 

 

 どうやら指導してくれるのはハルカさんらしいが……アル社長に「頼むわよ」と肩を叩かれた瞬間飛び上がって気絶していた。

 確かにあまり他人と話すのが得意ではなさそうな感じをしていたが、迷惑をかけてしまわないか心配だ。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

〔黄 昏 日 記〕

伊草ハルカ

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

 タン、タン、と軽い物が弾けるような音が、廃ビルのフロアに響く。

 足下に転がる薬莢、そして外周ばかりに穴の空いた的に視線を移して少年は溜め息を吐いた。

 

「だぁ~っ、全然当たらん……」

「え、えっと、もっと脇を締めた方が、安定すると思います……」

「……こんな感じ?」

「す、すいません、もっとしっかり……ストックを固定するようなイメージかと……」

 

 衰退著しいアビドス自治区には、砂に埋もれたり放置されて久しい建造物が相当な数存在する。

 そんなビルのフロア一つを簡易的な射撃場に改造──と言っても引き取り紙を貼り付けた畳を並べただけの簡易的な物だったが、で伊草ハルカは少年に銃の扱いを指導していた。

 

「さ、サイトを覗き込む時は顔を傾けないようにしないと……」

「ふんふん」

「あ、後姿勢も良くないです……あ、あまり前傾になり過ぎると、かえって安定しないと思います……」

「成程……これならどう?」

「あ、はい……それくらいなら……」

 

 少年の筋は──ハッキリ言って、ハルカ目線でもあまり良い方ではなかった。

 アルから事前に聞いていたのである程度覚悟はしていたが、元々がド素人故に銃の持ち方、セーフティの外し方すら彼は知らなかったのだ。

 おっかなびっくりと言った様子で銃把を持って射撃場に現れた瞬間から、もう危なっかしくて仕方がない。

 そのせいで少年が自由に撃つのを遠くから観察し、適宜助言を与えるだけで会話を最低限に抑えようとするハルカの試みは早々に破綻し──最後に開いたのが何時かも思い出せないほど埃を被ったゲヘナの教本を引っ張り出して、不慣れな座学から始める羽目になっていた。

 だが、その甲斐あってか実際に撃つまでは何とか漕ぎ着けている。

 今はまだ単射で的に命中させるのも難しいが、数をこなせばそれなりにはなるだろう──隣で的との睨み合いを再開した少年を尻目に、そんな感想をハルカは何となく抱いていた。

 しかし、だ。

 少年の声色は未だに強張りが抜けず、肩にも力が入り過ぎている。

 何れ当たるとは言ったが、これでは当たるものも当たらない。

 

 ──や、やっぱり、無理だったんでしょうか……

 

 ここまでの数日をハルカは回想していた。

 生来の臆病な気質故に何処にも馴染めず、自分に自信も持てず、褒められることすらマトモに受け入れられない、ただ卑屈なだけだった頃の自分──そんな自分を見出してくれたアルの下でなら、ほんの少しくらいマシになれるかのではないかと希望を微かな希望を抱きつつも、すぐ感情が極限まで振り切れて余計なことばかりしてしまう日々。

 少年との座学だって、実銃の指導だって口下手なあまりに随分と手間取った。

 アルに「頼む」とまで言われたのに、また期待を裏切った────

 

「……ハルカさん?」

「……あっ」

 

 心配するような声に、一気に我に返る。

 自罰に走るあまり、指示を出すのをすっかり忘れていた。

 あまりに危なっかしいので、ハルカが何も言わない限り少年は構えを解くことすら許されていないのだ。

 慌てて許可を出すと、少年は取り繕う素振りすら見せずにその場に腰を下ろして深く重い息を吐いた。

 その──明らかに疲労困憊と言った様子の背中に、少女の何処かにパキリと罅が入る。

 

「あ……えっと、その、す、すみません……」

「?」

「わ、私なんかの指導じゃ分かり辛かった、ですよね……や、やっぱり担当を変えて貰うよう、アル様にお願いします……」

 

 土台、自分には無理な話だったのだろう──ハルカは項垂れながら内心で呟いた。

 アルから言い渡された仕事を満足に果たせず、挙げ句に逃げ出そうとまでしている己に毎度の事ながら嫌気が差す。

 もうこうなったら、斯くなる上は腹を切ってアル社長に詫びるしか────

 

「いや、全然そんなことないですけど」

「へ?」

 

 そんな思考を、少年がぶった切る。

 

「寧ろ説明はかなり分かり易い方だと思いますよ」

「い、いや、でも……」

「具体的だし、特に『何故それをやったらダメなのか』までちゃんと教えてくれる辺りが凄く良い。頭に自然と入ってくる」

「は、はぁ……」

「そもそもこんなド素人に座学からやってくれるなんて、そんだけでもう滅茶苦茶ありがたいですよ。なのに全然当てられないから、もうこっちの方が謝りたいくらいだ」

 

 こりゃ自分の意識の問題だなー、と疲弊しきった様子でのたまう少年の表情は何処までも本気だった。

 記憶喪失がそうさせるのか──疲れていても真っ直ぐ芯の通った、心の底からハルカの指導に感服したような声色に、少女は思わず俯けていた顔を上げてしまった。

 自分の知る「それ」とは似ても似つかないが、ハルカはその……聞いているだけで眩しくなってしまうような声を知っている、ような気がしたのだ。

 

「何時辞めるかも分からないアルバイトなんて適当に放って置いても良いのに、1から銃の使い方を教えてくれた。向き合ってくれた。だから、ハルカさんは俺にとって最高の先生だ」

「そんな、大袈裟な……」

 

 他の誰が何と言おうと、俺にとっては覆せない事実です、と返した少年は、ハルカを真っ直ぐに見詰めていた。

 また失敗してしまったのではないか、自分に価値なんてないのではないかと疑るハルカとは対照的に。

 

「よぅし、もう1セット行ってみようかな」

「ま、まだやるんですか……?」

「勿論、折角教えて貰ってるのにヘタクソのままじゃアル社長の顔に泥を塗ることになっちゃいますから」

 

 強い意思の籠った瞳が、ハルカを捉えた。

 よっこらせと立ち上がった少年はハルカより一回りほど背が高く、やや長めに伸びた髪もあってか傍に立つとかなり威圧感を感じさせる。

 けれど、不思議とそれを怖いとは思わなかった。

 退けなければとも、距離を取ろうとも思わず、黒い瞳をハルカは見詰め返していた。

 

「それに、()()()()()の顔にも泥は塗りたくないですし」

 

 何故なら、それは信頼だったからだ。

 アルが便利屋の仲間たちに向ける、無上で最上の信頼──ハルカを暗い所から陽の当たる場所に連れ出してくれた、全身諸共に心を焦がさんばかりの眩い信頼だ。

 それと同じものを、彼女は少年から向けられているのだ。

 だとしたら。

 こんな自分を、そんなにまで信頼してくれると言うのなら────

 

「──ご指導のほど、よろしくお願いいたしますっ!」

「──は、はいっ!」

 

 その信頼に、伊草ハルカはもう少しだけ応える努力をしてみたくなった。




○ブラックショック
アルが義弟となった少年に与えたサブマシンガン。

キヴォトスの何処にでも流通しているシンプルな構造のサブマシンガンにカスタムを施したもの。
少年の技量はまだこれを満足に使いこなせるまでは至っていないが、教えて貰ったばかりの手入れを欠かさず大切に扱っているようだ。
また、銃身には「Problem Solver 68」と刻印されており、一目で彼がどの組織に所属しているのか判別可能になっている。

モデルはUMP45。




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