黄昏日記   作:イナバの書き置き

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第5話「バッティングと砂狼」

 ✕月1日(月)

 

 便利屋の給料は原則として月末締め翌月25日支払いとなっている。

 なので、月が変わっても俺はまだアル社長から貰った生活費で生きる残念な生物を抜け出すことはできていない。

 と言うか、便利屋はアウトローと思えないほど福利厚生がしっかりしているのだ。

 給料は固定給、もしくは出来高オンリーで良さそうなところを基本給+出来高の合算となっているし、依頼中の負傷したら手当もしっかりと出る(まあ便利屋の面々はとても強いのであってないようなものだが)。

 残業代も勿論支払われるし、全員が近場だったり事務所に住んでいるから機能していないが交通費すら支給されると入社の際の契約書に書かれている始末。

 あまり親切丁寧さに、ホントにこれが裏社会の企業かと目を疑ってしまうのも仕方ないのではないだろうか。

 そう言った手厚さも便利屋の財務を逼迫させる理由の一つだったようだが、自分の計算とカヨコさんの表情を見る限り今月は割と余裕がある方らしい。

 まだ予定外の出費がある可能性も否定はできないが、少なくともムツキさんが語っていた4人で一人分の食事を分け合わなければならないほどひもじい状況にはならずに済みそうだ。

 

 まあ、それで、なに。

 こう言うのを書くと自画自賛みたいで何か嫌なんだけど……どうも早速広報の成果が出ているらしい。

 アカウントの開設が大分月末に近かったし、SNSでのイメージ戦略が実を結ぶまでは大分時間がかかるものだと思っていたが──キヴォトスの治安の悪さが功を奏した、とでも言えばいいのだろうか。

 カイザーPMCみたいな大手の企業に頼むような金は無いが、ヘルメット団みたいな約束を守るかも怪しい連中に任せるのも不安、みたいな組織がSNSを見て依頼をしてくれたのである。

 勿論依頼は成功させた……いや、自分は例にもよって後ろからろくすっぽ当たらない弾を撒き散らしていただけだから「させてくれた」が正しいだろう。

 兎に角、広報によって持ち込まれた依頼を達成したことで、便利屋は普段より少しだけ業績を増やすことに成功した訳だ。

 

 ……それで、アル社長に褒められた。

 

 肩を叩かれて、「よくやったわね」って。

 何だかこう……上手く表現できないけど、嬉しくて泣きそうだった。

 

 

 

 ✕月◯日(水)

 

 基本的に、広報は1日にして成るようなものではない。

 無論何かしらの発言が受けて凄まじいスピードで拡散されたりする可能性はあるものの、原則として地道な宣伝を続けて初めて成果らしき成果が上がるのだ。

 なんてもっともらしいことを書いてはいるが、実のところ広報のノウハウなんてものは一欠片も持ち合わせていない(記憶喪失者がいきなりスラスラ語りだしたら驚きだが)。

 なので、できることと言えば昨日の成功を相手方の情報に触れないようにしつつ宣伝するくらいか。

 手探りと呼ぶのすら憚られる、その手の事情に詳しい人からすれば稚拙としか言えない戦略だ。

 

 だが──元手となる「成功」は既にあるのだ。

 

 便利屋の皆が、作ってくれた。

 だから後はそれを原資にして積み上げるだけ。

 難しいけど、やること自体は単純だ。

 やっと自分にできることが見えてきたような気がするんだ──失敗なんて、絶対にするものか。

 

 

 ✕月✕日(金)

 

 割とどうでもいい話なのだが、個人アカウントの方も存外受けが良い。

 気付けばフォロワーも三桁に乗っているし……自炊の記録を載せたり、アビドス自治区にある飲食店の食べログ的な何かをしているだけのアカウントの何が好評なのだろう。

 ひょっとしてアレなのだろうか、キヴォトスでは美食研究会みたいに気に食わない飲食店は爆破するのが基本的なスタンスで、実は普通に食べてるだけの方が珍しいとかそんな感じなんだろうか。

 もしくはアビドス自治区は意外と飲食店の開拓が進んでいなくて、そういう新しい店を探すのが趣味の人たちと合致したとか?

 有り得そうなのは後者……と言うか後者であって欲しいが、今のところどちらが正しいのかは分からないし、下手に訊ねて無知を晒すのも恥ずかしい。

 取り敢えず、思ったより料理の腕が良かったということにしておこう。

 自惚れは外に出さない限り無いのと同じなのだ。

 

 まあ実際、便利屋内でも俺の作った料理は割と評判が良かったりする。

 食費節約のため時折皆の分の弁当も拵えているのだが、アル社長曰くこれが庶民的な味で舌に合うんだとか……それでいいのかアウトロー、いや社長が喜んでくれるなら別にいいんだけども。

 ハルカ先輩や少食らしいカヨコさんもよく食べてくれるし、ムツキさんに至っては「記憶喪失になる前は料理人だったんじゃない?」とまで言ってくれたりした。

 

 成る程、料理人。

 

 いまいちしっくり来ないが、そう言う線もあるんだろうか。

 

 

 

 ✕月△日(土)

 

 今日は前回と違って襲撃の依頼だった。

 違法建築の資材を運んでいたトラックの車列を襲撃した訳だが、こうして一通り便利屋に来る実力行使系の依頼に同行して思うのは、襲うのは守るより何倍もやり易いということだ。

 護衛対象が壊れたり負傷したりするしないよう気を使う必要も無く、常に気を張って警戒しなければならない向こうと違って終始こちらのペースで仕掛けることができる。

 万が一失敗しても襲撃側なら尻尾を巻いて逃げ出せば良い訳で、要するに考えなければならない事柄の数に大きな差があるのだ。

 

 そしてだからこそ、便利屋の強さが際立つ。

 

 襲う側でも襲われる側でも、基本的にそこら辺のチンピラやPMCなんて歯牙にもかけないくらい強いんだ、これが。

 今回はどこかの企業が雇ったオートマタがそれなりの数揃っていたが、彼らが複数人でかかっても何でもないかのように蹴散らしていた。

 何ならカヨコさんなんてその線の細さのどこから出てくるのか分からないくらい見事なハイキックを炸裂させていたのだから、驚きが尽きることはない。

 圧倒的な個の暴力と阿吽の呼吸で繰り出す連携の併せ技、と言ったところか。

 委員長がいないなら風紀委員会だって纏めて相手取れると豪語するのも納得の少数精鋭だ。

 

 ……しかし、逆にここまで来るとその委員長とやらの方が気になってくる。

 アル社長曰く「ヘッドショットしても身動ぎすらしない」「そもそも撃っても殆ど当たってくれない」「人のカタチをした要塞みたい」とのことだが……本当にそんな化け物みたいな人が実在するのだろうか。

 正直存在自体を疑っているが、社長が言うからにはいるんだろう、多分。

 そして口ぶりからするに社長たちだって最低でも一度は対峙して逃げ延びてる訳だから、やはりキヴォトス基準でも便利屋は相当に強いのだろう。

 

 ……うん。

 

 取り敢えず、これからもハルカ先輩に訓練はつけてもらおう。

 やっぱりこう、一人だけへなちょこだと何だか恥ずかしくなってくる。

 

 

 ✕月@日(日)

 

 基本的に即断即決なアル社長が珍しく悩んでいた。

 どうしたのかと訊いてみると、どうやら新たにやって来た2つの依頼に問題があるらしい。

 

 一つは、アビドス高等学校の襲撃──依頼主はカイザーコーポレーションで、地上げに抵抗するアビドスの生徒たちをここらでへし折ってやりたいとのことだ(どうやらヘルメット団はこいつらの手引きで暴れていたらしい)。

 彼らの手駒である傭兵やらチンピラやらを指揮して、アビドスの生徒たちが集う分校の一つを再起不能なレベルに破壊すれば良いのだと言う。

 成る程、あまり気持ちの良い内容とは言い難いが、子供が暴れ大人が無法を利かせるこのキヴォトスではさして珍しいものでもない。

 報酬も便利屋のような企業からすれば、かなり多いと言えるだろう……それこそ、たかが依頼一つにこんな金を積むのか?と疑いたくなるほど。

 大体、襲いたいなら傘下のPMCを使えばいいだろうに、何故態々便利屋に持ち込んだのか、他にも疑わしい部分は多々見受けられる。

 

 もう一つは、その襲撃対象であるアビドス高校がSNSを通じて送ってきた──ずばり、上記の襲撃から分校を守るのを手伝って欲しいとの依頼だ。

 報酬は、まあ控えめに言っても割に合うようなものではない。

 予想されるカイザーの規模から考えて額が低すぎる上に交通費、弾薬費などもこちら持ちで、出るものと言えば精々昼食くらいか。

 前々からアビドスが抱える深刻な懐事情は聞いていたし、同情もするが……だからと言って、足下を見られるのもいちアウトローとしては受け入れ難い。

 ただ、仁義を重んじるアル社長としてはこちらに味方したいようで、どちらを取るか悩んでいるのだろう。

 

 俺からは、何も言うことはできない。

 社員の意向も柔軟に聞き入れるのが便利屋の社風ではあるが、こうしてバッティングしてしまった場合に最終的な決定を下すのは社長であり、それに従うのが俺の役割なのだから。

 それに、アビドス側の依頼はSNSから送られたものだ。

 要するに俺が広報の提案をしなければそもそもこの葛藤は起こらなかった訳で、そう言う意味でも責任がある。

 だからアビドスを襲えと言われれば襲うし、守れと言われれば守るだろう(どちらにせよできることは高が知れているが)。

 

 もし今の自分にできることがあるとするなら、精々柴関ラーメンに誘ってみる……くらいだろうか。

 便利屋の資産状況から鑑みれば二人で一杯を分かち合うことになりそうだが、美味しいものを食べれば何か見えてくることもある筈だ。

 

 俺だって、ハルカ先輩にそうしてもらったんだし。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

〔黄 昏 日 記〕

砂狼シロコ

 

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 偏に、気付くのが遅かった。

 それが砂狼シロコの結論である。

 

『────だ。よろしく』

 

 当時のシロコと言えば、まだ小鳥遊ホシノに負けてアビドスに入学することになったばかりで「力が全て」という意識が強く染み付いていた頃だ。

 ホシノは強い──自分の持ち得る全てを総動員しても彼女には軽くいなされてしまう。

 ノノミは強い──ホシノほどではないけれど、単純な力の強さと圧倒的な弾幕を前にしては敵わない。

 確かな実力があり、自分のルールに則って負けた以上従うことに異議はなかった。

 

 だが、「彼」は違う。

 

 彼はちょっと本気を出して走るだけで追い付けなくなるくらい足が遅くて、片手で軽くはたくだけで壁まで吹っ飛ぶくらい力が無くて、その上銃弾一発が致命傷になるほど貧弱な体をしていた。

 あまりの弱さに、アビドス高校の敷地から出る際は殆どの場合ホシノかノノミが同伴していたほどだ。

 

 その癖──妙に馴れ馴れしい。

 

 シロコとノノミよりほんの数週間先にアビドス高校にやって来ただけの癖に、学年も自分たちと同じ癖に、呆れるくらい弱っちい癖に──何故か、先輩風を吹かせてくる。

 そこかしこが砂に埋もれたアビドスの中で比較的住みやすい物件を見繕い、契約が何たるかを知らないシロコに懇切丁寧にあれこれレクチャーし、果てはノノミやホシノと一緒になって身嗜みまで世話を焼いてくるのだ。

 

『悪いけど、シロコ。一緒に頭は下げてやるからそれ全部返しに行くぞ』

『……どういうこと?』

『たとえばシロコが奪ってきたその資材、売ればまあ結構良い値段にはなるよな。でも買い取ってくれるのは今だけだぞ。これが他人(ひと)からぶん取ってきたモノだって知れれば業者だってすぐに突っ返してくるようになる。絶対にだ。なんでか分かるか?』

『分からない。どうして?』

『信頼が損なわれたからだ。砂ん中に訳の分からないオーパーツが埋まってたり、バカみたいなスペックの機械が横流しされてたりするキヴォトスだと、買い取り業者はいちいち出所を詮索してる余裕なんてない。だから彼らは売り手が()()()()だと信じるしかないんだ。もしそれを裏切って、風評被害なんて与えてみろ──人の恨みは恐ろしいぞ』

『ん、返り討ちにする』

『シロコはそれでいいかもしれんけどな、アビドスはこれ以上厄介事を抱え込んだらやっていけないだろ。基本的に敵は減らして味方は増やした方が楽だしスッキリして気持ちいいんだよ』

『お、いいこと言うねぇ■■くん。おじさんちょっと感心しちゃったかも』

『だから次からは悪いヤツぶちのめしてブラックマーケットに売りに行け。もちろんホシノ先輩にはバレないようにな』

『うへぇ……こっちの方が問題児だったかなあ』

 

 更に質が悪いことに、肉体の脆さと反比例するかのように彼は滅法口が強かった。

 と言うより、以前のシロコが野生児過ぎただけだが──兎に角、言葉で争う度にシロコはぐうの音も出ないほどに言い負かされ、最後に諭されるのだ。

 反発心を覚えない筈がない。

 そんなだから、事あるごとにシロコと彼は喧嘩をしてはホシノに両成敗される──彼女曰く「手のかかる弟と妹がいっぺんに増えたみたい」な関係になっていた訳だ。

 

『まあ兎に角、信頼だけは損なうなよ。信用と違ってそう簡単に取り戻せるもんじゃないんだから』

 

 しかし、今なら分かる。

 彼は間違いなくシロコを想ってあれこれ口出しをしていたのだと。

 記憶喪失のシロコと何も分からぬままキヴォトスに放り出された自分を重ねて親身になっていただけで、先輩風を吹かようなんて微塵も考えていなかったのだと。

 実際、何度思い返しても──喧嘩の最中でさえ、彼の言葉にシロコの身を案じないものはなかった。

 戦いには何の役にも立たないくらい弱かったけれど、力で弱いなりに彼は彼の戦いを必死で繰り広げていた。

 そう言う、当時のシロコには見えない強さがあった。

 けれど、それに気付いた時には彼はもう居なくなってしまっていたのだ。

 アビドス本校舎を置き土産にして、手紙と退学願だけ残して外へと帰ってしまった。

 ほんの些細な、「ありがとう」の一言すら言えなかった。

 

 だから。

 

「よくこんなところ知っていたわねぇ……私も病みつきになりそうよ」

「以前ハルカ先輩に連れてきて貰ったんです。安さとクオリティが両立してるし、店長の人柄も良いからオススメって」

「ハルカが?あの子ったら中々グルメなのね……」

 

 だから、今。

 

「ふふ、ありがとう……と言っておくべきかしら?流石は私の弟ね、お陰で良い気晴らしになったわ」

「いやいや、そんな……たまたま食べに行きたくなっただけですよ。それに────え?」

「え?」

 

 丁度入れ違いになる形で柴関ラーメンから出てきた、「彼」の──最後に見た時よりやけに身長が縮んで、以前は無かった筈のヘイローがあって、その上隣にはどこの生徒か知らない輩がいたけれど。

 そんなのはお構いなしに、相変わらず反応が遅すぎる彼をひょいっと肩に担ぎ上げて。

 

 

「な、なななっ────」

 

 

 最後に、呆然とした様子の──ゲヘナの所属と思わしき生徒を一瞥して。

 

 

 

「ん、アビドスに帰る」

「なんですって──────!?」

 

 

 砂狼シロコは、猛然とアビドス高校への路を走り出した。




◯陸八魔黄昏
会計兼広報として奔走するキヴォトスセイトモドキ(アルバイト)。
身長はアルよりほんの少しだけ低い(約164センチ)で便利屋の中では二番目に背が高いが、相当な後輩気質でありよくハルカを先輩と呼んで慕う姿がよく目撃されている。
SNSでの活動の効果によって短期的ながら「四人で一杯」から「二人で一杯」まで状況を改善することに成功したが、同時にトラブルも呼び込んでしまった。
ついでに当人目線では見ず知らずの相手に連れ去られた。

越えてはならない一線はあるが、アウトローの端くれである以上ルールは破るものだと思っている。

◯「彼」
シロコが軽くはたくだけで壁までぶっ飛ばされるくらいキヴォトス基準では貧弱な元アビドス生徒(ヘイロー無し)。
信頼が大切だと嘯くが、当人は175センチ程度の身長を180はあると鯖を読んでいる。
更に二年生組の中では入学した時期が最も早かったのでシロコに先輩風を吹かせていた…がほんの数週間程度なので大した差は無い。

越えてはならない一線はあるが、ルールは穴を突くものだと思っている。

◯砂狼シロコ
ん、同級生(推定)を俵担ぎして持ち帰る。
本来ならノノミやアヤネと共に来店していた筈だが、この作品では一人で食べに来ていた。
「彼」に関しては弱い癖に先輩風を吹かせるので鬱陶しく思っていた反面、言うこと自体は正しいし間違いなく今の自分へと成長する糧になっていたのでもっと腹を割って話すべきだったと後悔している。
尚、セイトモドキを連れ帰るため入店と同時にUターンしたのでラーメンは食べられていない。

◯陸八魔アル
ついにセイトモドキの前では隠せていた(例の顔)が出てしまった。
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