黄昏日記   作:イナバの書き置き

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第6話「便利屋と対策委員会(1)」

「義弟を取り戻しに行くわよ」

「待った……って言うべきなんだろうけど、止めたって聞かないでしょ?」

「ええ、今回ばかりは」

 

 愛銃、ワインレッド・アドマイアーを担いで息巻く陸八魔アルに、自分も懐の拳銃の手入れをしながら鬼方カヨコは溜息を吐いた。

 まあ、概ねいつも通りだ。

 自分から首を突っ込んだにせよ、向こうから飛び込んできたにせよ、早とちりや勘違いの多いアルがトラブルに巻き込まれた結果便利屋全員が出動する羽目になるのは何も今回が初めてと言う訳ではない。

 寧ろ少年を拾ってから一か月少々殆どトラブルらしいトラブルに遭遇しなかった方が余程珍しく、事態の大きさも含めて溜まった負債のようなものが一気に吐き出されたと考えるのが自然な話だった。

 やることも大して変わらない。

 ただ、今回は──纏う気迫が違う。

 

「カヨコ、カイザーに依頼の受諾を伝えておいて頂戴。ああ、『余計な手出しは無用』と付け加えるのも忘れないで」

「分かった……けど、いいの?相手がアビドスとは言え、人手は多い方がいいんじゃない?」

「黄昏に誤射なんてされたら堪らないし、これはアビドスからの挑戦よ。正面から叩き潰すのがアウトローとしての礼儀と言うものでしょう?」

 

 アルは、何時でも全力だ。

 しょうもない悪事にも、己のプライドがかかった依頼にも、その結果がどうであれ後先考えずに持てる力を全て注ぎ込む──そう言う美徳であり欠点を持っていて、そんな彼女だからこそカヨコは付いていこうと言う気持ちになる。

 しかし、今回は更にそこから一歩先──本気の本気とも呼べる、時折無自覚に見せる尋常ではないカリスマが陸八魔アルの身から燃え上がっているのだ。

 こうなった時のアルは、強い。

 もしかしたら条件次第ではあの風紀委員長だって本当にのしてしまえるんじゃないかと思うほどに武力が、知略が、意思が強い──だからこそ、止める時はちゃんと止めないといけないのだが。

 

「でもさー、アルちゃん本当に分かってる?あの子を取り戻してもそこで終わりじゃないんだよ?アビドスに相応の打撃を与えられなきゃ意味が無いよね」

 

 ムツキの言う通り、事は少年を奪還して済む話ではないのだ。

 どの道アビドスに喧嘩を売るならとカイザーの依頼を受諾した以上、中途半端なところで引き下がることは許されない。

 少年の人格面について疑う余地はないが、便利屋そのものの破綻に繋がりかねない依頼であるなら増援は断らず、使えるものは数の足しになるか怪しい雑兵であっても使い潰すべきではないか、と言うのがカヨコの懸念だ。

 

「心配は要らないわ────」

 

 陸八魔アルは、そんな懸念を笑い飛ばす。

 無論、ムツキの心配を無碍にする訳ではない。

 だが、今回ばかりは状況が違う。

 そもそも、今回の「主役」はアルではないのだ。

 

 

「──ハルカがもう動いてるもの」

 

 

 便利屋で最も行動的で、最も爆発力のある少女。

 伊草ハルカは──既にアルの許可を得て単独行動を始めていた。

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

便利屋68

〔黄 昏 日 記〕

伊草ハルカ

 

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 ✕月?日(月)

 

 取り敢えず如何なる時でも銃は手元に置いておくべきというカヨコさんのアドバイスを聞いておいて正解だった。

 自分の荷物は便利屋の迷惑にならないよう着替え以外はバッグ一つで済むようにしてあったから、こうして外でも日記を書くことが出来ている。

 まあ銃は取り上げられてしまったので仕方無く日記をつけていると表現する方が正しいのだけれども。

 

 それで、だ。

 

 どうやら俺はアビドス高等学校の生徒──砂狼シロコさんに拉致されてしまったらしい。

 いや嘘だろアビドス、昨日まで凄い同情してたし事と次第によってはカイザーからの依頼を捨ててまでそっちに味方する可能性すらあったのに、こうも事態が捻れてしまってはもうどうにもならない。

 もし俺が物凄く自惚れている……とかでなければ、義理人情に厚く仲間を大切にするアル社長は奪回を目論むだろうし、アビドスに仕掛ける丁度良い口実としてカイザーの依頼を使うだろう。

 しかも任意で連れて行ったとかではなく、目の前で堂々と攫った訳だから交渉や話し合いの余地も殆ど無い筈だ。

 カヨコさんが上手くストッパーとして機能してくれれば或いは……とは思うが、正直その辺りは分からない。

 どうもカヨコさんからは信用されきっていないみたいだし、切り捨てられる可能性だってゼロではないだろう。

 そうなってしまったら……辛くはあるが、仕方無いと受け入れるしかない。

 そもそも自分のような見るからに怪しい人間を受け入れてくれる便利屋の器の広さが規格外なのであって、リスクの面から考えればこのタイミングで関係を絶つのは妥当と言う他ない。

 悲しみこそすれ、恨むなどお門違いもいい所だ。

 

 しかし、解決策が無い訳でもない。

 

 まず、今回の誘拐はアビドスとしても全く想定外の事態であり──便利屋が来れば即座に俺を解放するつもりであること。

 どうも俺を連れ去ったのは砂狼さんの完全な独断であったらしく(その割に鮮やかな手際だったが)、アビドスの生徒さんたちは登校するなり縄で縛られた俺の姿を目撃して大層驚いていた。

 勿論直ぐに縄は解かれ、砂狼さんも隣の部屋で奥空さんに滅茶苦茶怒られているので便利屋が来れば素直に謝るつもりなのだろう。

 ついでに黒見さんと言う顔見知りもいたので、上手く行けば穏やかに事が済むかもしれない。

 

 そして2つ、アビドスには「先生」がいる。

 これには本当に驚かされた。

 何だってその……率直に言ってしまえば学区諸共砂漠に沈む寸前の、キヴォトス全域から考えれば取るに足らない学校にこの世界の最高権力者に近い人がいるのだろう、と首を傾げてしまったのも已む無しだろう。

 それで経緯を訊ねてみれば今はアビドスの要請に応じて復興のために力を貸しているとかで、その組織のトップにあるまじきフットワークの軽さと末端を取り零さない姿勢には思わず感銘を受けてしまった。

 どう考えてもコネとか賄賂とかが動いてそうな人事に、新聞で読んだ時は連邦生徒会の腐敗を感じたものだが、こんなに誠実な人柄であれば生徒会長の人を見る目が正しかったと言わざるを得ないだろう(だからこそ何で失踪したのかさっぱり分からないが)。

 今はそれどころではないが、問題が解決したら外への帰り方などを訊ねてみるのも良いかもしれない。

 

 最後に──記憶喪失になる前の俺はアビドスの関係者であった可能性があること。

 どうやら一年ほど前に自主退学した男子生徒と俺は大層顔が似ているらしく、砂狼さんが衝動的に俺を拐ったのもそれが原因なのだろう。

 当時同級生だったという十六夜ノノミさんに写真も見せてもらったが、確かに顔は俺と瓜二つだった。

 同一人物だと思ったと弁明すれば、どう見ても計画性がありそうな誘拐の鮮やかさ以外は一応筋道が通らないでもない。

 ただ、話を聞く限りその男子生徒──一先ず「彼」と表現するが、と顔以外はあまり一致していないように思える。

 身長は「彼」と比べて十センチ近く低いし、体格も俺の方が華奢、加えて「彼」にはヘイローも無かったそうだ。

 それに、何て言えばいいか……上手く言葉にできないが、()()()()()()()

 写真を見て感じたのが「あ、俺だ」ではなく「これ本当に俺か?」なのだ。

 所詮は直感に過ぎないが……世界には同じ顔の人間が三人はいると言うし、こうも違和感ばかり付き纏うようでは他人の空似と考える方が自然なのではないだろうか。

 

 

 まあ兎に角、好材料はそれなりに揃っているのであまり悲観し過ぎる必要もないと思う。

 アル社長なら正面から堂々と乗り込んでくるだろうし、話し合いのチャンスは作れる筈だ。

 今はその時に備えてアビドスや先生と話をしつつ、昨夜からの騒動で疲れた体を休めるべきだろう。

「彼」の名前を上手く聞き取れないのも、全然寝ていなくて頭が上手く回っていないからかもしれないし。

 

 

────

 

 

 ヤバい。

 

 取り敢えず手短に書くが、大方の予想通り便利屋はカイザーの依頼に乗って襲撃を仕掛けてきた。

 ここまではいい、予想通りだ。

 しかし何がヤバいって──幾ら何でも早過ぎる。

 仮にも学校組織を襲う訳だし、てっきり準備に1日くらいかけるものだと思っていたのに。

 どれだけの武器を揃えたのかは知らないが、まだ昼飯も食べない内から攻撃してきている。

 見た感じカイザーが操っているチンピラやらヘルメット団やらも来ていない……間違いなく四人だけだ。

 足手纏いは連れて来ずに本気で潰しにきている。

 

 

 それに──それに、これは本当にヤバい。

 

 

 今校舎の外を爆破しているのは多分ハルカ先輩だ。

 ムツキさんならもっと派手にやるだろうし……この的確に建築物の構造を破壊するような爆弾の設置ができるプロフェッショナルを俺はハルカ先輩以外知らない。

 彼女にかかれば、生徒は無事でも一時間もしない内にアビドス高校自体が更地になってしまうだろう。

 アル社長たちで無視できないプレッシャーをかけながら、本命のハルカ先輩が忍び込んで本丸を破壊する──シンプルだけどケチの付けようがない完璧な作戦だ。

 しかし、校舎を粉微塵にされたらもうマトモな解決なんて出来やしない。

 とは言え、後方支援の奥空さんと一発被弾で死にかねない先生以外前に出てしまっているし……多分戦場のド真ん中に飛び出していっても戦いは止まらない。

 だから、ハルカ先輩だ。

 兎に角先ずはハルカ先輩を探して校舎の爆破を止めて貰わないと。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 伊草ハルカが思うに、陸八魔黄昏と言う少年はこのキヴォトスでやっていくには些か……いや、かなり警戒心が足りていない。

 それを責めたい訳ではない。

 自分を先輩と呼んで慕ってくれる姿にはちょっとどころじゃないくらい勇気付けられているし、無知とも取れるほどの無警戒さは寧ろ美徳と呼ぶべきだろう。

 そのひたむきな努力家で何事にも真摯な性格は、間違いなくハルカには持ち得ない天賦の気質であって──元よりアルの決定なら口を挟むつもりは無かったが、義弟にしたのも頷けるだけのことはある。

 周囲の者は皆「ハルカだって努力家だろう」とか「ハルカにも天賦の才はある」と言うだろうし、実際彼女は便利屋の仕事の傍らアルバイトをこなし戦闘でも他に類を見ないほどタフな生徒なのだが、少なくとも当人の認識に於いてはそうなのだ。

 そしてだからこそ──許し難い。

 

「……」

 

 握り締めたショットガンの銃把がギリギリと軋む。

 こんな自分を慕うなんて勿体無いくらい素晴らしい後輩なのだ。

 便利屋に入ってから、と言うよりゲヘナ入学以来初めてできた対等な友人(平社員同盟)なのだ。

 それを、アビドスは──どう言う意図があったのかは知らないが、あろうことか彼女たちの味方になるか考えていたアルの目の前で掠奪した。

 アルの厚意を裏切り、大切な後輩を拉致した不逞の輩など最早許しておくことはできない。

 アウトローとしての精神よりもっと深く、もっと原始的な部分で、ハルカは感情を──怒りを煮え滾らせていた。

 

「……」

 

 だが、物事の順序を間違えてはならない。

 アルや便利屋を軽んじる言葉を聞くとついカッとなって突撃してしまうが、今回に限って言えばハルカは冷静そのものだ。

 怒りも一周回ると落ち着くのか、或いは校舎のあちこちに仕掛けた爆弾同様点火させるタイミングを窺っているだけなのか──それはハルカ自身にも分からなかった。

 しかし、大切なのはハルカが自分自身に驚いてしまうほど落ち着いていることだ。

 落ち着いているからこそ、こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────

 

「一階の爆弾は全て外しました!次は二階を……ここまでの傾向からするとゴミ箱の中に設置されている可能性が高いようです!」

 "じゃあこれからはゴミ箱から漁ってみないとね"

「それもそうだけどハルカ先輩は何処に隠れてるんだ……!?早く見つけないと校舎自体が御陀仏になりますよ……!」

 

 バタバタと騒々しい足音が踊り場に辿り着くのを見計らって飛び出しそうとしたハルカは、聞こえてきた声にその一歩目を挫かれることになった。

 

「……ぁっ!?」

 

 黄昏を前に立たせれば便利屋は誤射を恐れて迂闊に攻撃できないし、シャーレの先生を同行させればおいそれと校舎は爆破できない──成る程、卑怯だがハルカにはこの上なく効果的な作戦だ。

 現に不意打ちを仕掛けるつもりだったハルカの足は止まったまま──つまり、罠を仕掛けたつもりで逆に嵌められてしまったのである。

 実際は単に人手が足りなすぎる上に、校舎の爆破を何としてでも阻止しようと全員が手分けして空き教室を浚っていただけなのだが、ハルカの認識ではそのように解釈されていた。

 

「人質に使うなんて……許せない、許せない、許せない……!」

 

 だが、この程度で引き下がるハルカではない。

 震える手を必死に押さえ込みつつ、階段の陰から様子を窺う。

 狙いは、丁度先行する少年と呼吸を乱す先生の間でタブレットを覗き込んでいる少女──奥空アヤネ。

 恐らく外の仲間たちと連絡を取っているであろう彼女の意識は周囲に向いていない。

 前後を()()に挟まれているからと画面とインカムにのみ集中していて、全く警戒が足りていない。

 仕掛けるなら、今。

 

「───」

「──あっ、ハルカ先輩」

 

 ゆら、と音もなく二階から姿を現した少女をいち早く認めた少年が、ポツリと呟く。

 その驚いたような表情を──一目で怪我はしていないと分かる健康そのものな顔を見て、ハルカはちょっとだけ嬉しくなった。

 本当は話したい、触れ合いたい、早く仕事を終わらせて、一緒にラーメンを食べに行きたい。

 色々な考えが頭を過って──でも、今はもっと優先すべきことがある。

 

「黄昏くんを拐ったのは……あ、あなたたちですね……?」

「えっ……あ、はいっ。シロコ先輩……委員会の生徒が、本当に御迷惑を──!?」

 

 拳銃を構えつつも平身低頭と言った様子のアヤネに、しかしハルカは銃口を向けた。

 アビドスが少年を誘拐した事実が確認できたなら、後は言葉なんて必要なかった。

 

「御託はいいので、い、今すぐ────」

 

 後は、そう。

 心を塞き止めていたピンを抜いて。

 思うがままに、爆発させれば────

 

 

 

「────死んでくださぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

 

 

 今までで一番軽くなったトリガーを、ハルカは躊躇いなく引き絞った。




◯陸八魔黄昏
まだ所属して一月だが便利屋への信頼はとてつもなく厚い。
特にハルカに関しては爆発音だけで「まあこんなするのハルカ先輩くらいだろうな…」と察せるくらい深く信頼している。
「彼」の名前を上手く聞き取ることができず、顔写真を見てもいまいち自分のようには思えていない。

◯伊草ハルカ
怒りのあまり一周回って冷静になるもやっぱり感情が爆発する便利屋の突撃手。
セイトモドキが誘拐された直後から爆弾をアビドス周辺に仕掛けたり校舎内に潜伏したりと活躍していた。

◯陸八魔アル
ムツキ「頑張ってるアルちゃん良いよね…」
カヨコ「頑張ってる社長は無理し過ぎないよう適当なところで私が止めないとね…」
ハルカ「頑張ってるアル様は偉大です」
モドキ「頑張ってるアル社長クールで格好いい…」

位の感覚


◯砂狼シロコ
ん、人違いだった…とはまだ認めていない。
アヤネには大分怒られたがそれでも自分の考えは変えなかった。

◯先生
ビジュアルはアニメ先生、中身はアニメ先生と本編先生を足して2で割ったあと便利屋先生をエッセンス程度に加えたイメージ。
若く未熟な部分もあるが鋭い洞察力、指揮力を持ち、生徒の自主性を重んじる「善い」大人。

◯小鳥遊ホシノ
深夜に学区のパトロールをした後そのままアビドス本校舎で眠ったのでモドキとは顔を会わせておらず、便利屋の襲撃にも居合わせていない。
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