黄昏日記   作:イナバの書き置き

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第7話「便利屋と対策委員会(2)」

 3年生になってからは物事が良い方にばかり動いていたから、新しく入ってきた後輩たちがよくできた子たちだったから、すっかり忘れていた。

 凶事というものは、何時だって油断した時を狙ってやってくるのだと。

 

「……っ!」

 

 一歩踏み込み、ひび割れたアスファルトを靴裏で砕く度に小鳥遊ホシノは加速する。

 キヴォトス全土に何万人といる生徒の中でも一二を争うレベルで強靭な彼女の脚力は、その小柄な体躯に比して過剰なほどに高い──スタミナについても同様である。

 普段どっしりと構えた戦闘スタイルを取っているのは、後輩たちと歩調を合わせると同時に彼女たちの誰よりも前に出て敵の弾丸を受け止めるため。

 己の身長に迫るほど重厚な盾を背負って全力疾走すれば、ホシノは何人足りとも姿を捉えられぬ韋駄天と化すのだ。

 本来であれば自転車で数十分離れた場所にあるアビドス分校までの悪路とて、本気の彼女にかかれば片道十分もかからない「近場」でしかない。

 しかし、ホシノはその十分を縮めるために額に流れる汗を拭いもせず懸命に足を動かしていた。

 

(──油断した)

 

 先生という、信頼は出来ずとも一先ず信用はしても良さそうな大人が味方に付いたから、等と言い訳をするつもりは毛頭無い──これはホシノ自身の気の緩みが引き起こした事態だ。

 深夜のパトロールを終えて、何時も通り本校舎の屋上で「彼」が残した拳銃をぼーっと眺めながら眠気が襲ってくるのを待っていて、それで──それで、気付けば眠ってしまっていた。

 大切な後輩が、アビドスが襲われていると言うのにあろうことか寝落ちしてしまっていたのだ。

 挙げ句の果てに、アヤネから連絡を受けてやっと事に気付く始末──少しくらい「彼」に、ユメ先輩に報いることが出来ているかもしれないなどと思い上がっていた自身をホシノは深く恥じた。

 

(……でも、後悔は後)

 

 だが、後悔をしている暇などない。

 そんなものは、アビドスを守ってからすれば良い。

 アヤネから聞いた限り、状況はかなり切迫している。

 相手は便利屋68──ホシノは名前を聞いてもピンと来なかったが、どうやらこれまで相手をしてきた連中よりもかなりの手練れらしい。

 その上何やらシロコと因縁があるらしく、ヘルメット団のようなチンピラ集団とは比にならないほどの攻勢を仕掛けられていると聞く──下手をすると既に校舎への侵入を許し、爆弾を設置されている可能性もあるとか。

 

「っ!」

 

 故に、ホシノは()()

 態々正門側に回り込むなんてまどろっこしい真似はしない。

 黒煙立ち上るアビドス分校を視界に収めたその瞬間、有らん限りの力を込めて地面を蹴った小柄な体躯が宙へと舞い上がり、学校と外を隔てる壁を軽々と越えていく。

 

「──見えた」

 

 体育館の屋上を一蹴りして校庭の真上に飛び出たホシノは、ポツリと呟く。

 アヤネから聞いた通り、どうやら相手は相当な手練れらしい──格好からしてゲヘナ学園の生徒と思わしき敵は四人、外の三人と中の一人で分かれている。

 概ね外の三人と拮抗していたところで後方に控えていたアヤネが奇襲されたと言う具合だろう。

 人数の差を押し切るほどの実力揃いのようだが、しかしホシノが参戦した以上それもここまでだった。

 

「──っ、アルちゃん、上!」

 

 上空にちらついた影を目敏く咎めたムツキが声を上げると同時、散弾の霰が便利屋とアビドスの間に線を引く。

 アルの狙撃も、カヨコの射撃も追い付かない。

 

「うわああああっ!殺す!こ、殺しますっ!」

「一旦!一旦落ち着こう、ハルカ──うわわ、引き摺られる……!」

「逃げて奥空さん……!こうなったハルカ先輩、絶対に止まらな──おあぁああ!?」

 

 弾倉を一度に撃ち尽くした反動を使って空中で方向転換したホシノは、勢いのまま校舎の入り口──先生と、それに見知らぬ「誰か」を引き摺りながらアヤネを追い掛け回している伊草ハルカ目掛けて突っ込んでいく。

 

 取り敢えず一人無力化して、仕切り直す。

 

 ついでに先生と、見た感じ便利屋側っぽいのに何故かハルカを止めようとしている少年も助ける。

 お互いクールダウンして対話をするにせよ、相手が引き下がるまで戦うにせよ、目下一番大暴れしていると思わしき人物を一度静かにさせれば時間は作れるだろう。

 極めて合理的で冷静な判断だ──本来ならば。

 

「ちょーっと大人しくして貰おっか、な──?」

 

 実際、ホシノの行動は何一つとして間違っていないのだ。

 後輩とアビストを守る上でこれ以上に適切な選択はない。

 便利屋もホシノが介入すれば退かざるを得ないだろう。

 だが──ハルカの目の前に着地してショットガンの銃口を突き付けたホシノは、そこからまるで金縛りにでもあったみたいに硬直してしまった。

 引き金に掛けた指はおろか、呼吸すら不自然に詰まって儘ならない。

 瞬きすら忘れて、唖然とした表情を取り繕うことすら出来なくて──やっとの事で絞り出せた言葉は、たったの三文字だけだった。

 

「なんで……?」

 

 もう二度と逢えないと思っていた、知っているのに知らない顔(陸八魔黄昏)がそこにあった。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

小鳥遊ホシノ

〔黄 昏 日 記〕

陸八魔黄昏

 

 

 

 

▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 ✕月!日(火)

 

 疲れた。

 たった1日離れていただけなのに、何だか小説か漫画の中でしか有り得ない冒険をした気分だ。

 アル社長にも今日はゆっくり休んだ方が良いと言われたので、お言葉に甘えてこの日記だけ書いたら早めに寝ることにする。

 

 簡潔に書いてしまうと、膠着状態になったことで双方頭が冷えたのか、泥沼の争いは話し合いでの和解を迎えた。

 そこに至るまでにはお互いの尽力があった訳だが、しかし、先ず触れておくべきは先生だろう。

 

 色々事情があったとは言え他所の生徒を誘拐したアビドス(砂狼さん)に責任があるとして、今回の戦闘で被った損害(窓ガラスの補修や凸凹になった校庭の整備)はアビドス持ち、便利屋は(恐らく減額されるだろうが)これを以て依頼を達成したとする──互いが納得出来る良い落とし所だ。

 この一件の原因は俺にある訳で、交渉の場をコントロールして上手く纏めてくれた先生には本当に感謝してもし足りない……多分、自分一人だったら責任を取ろうとしたってどうにもならなかっただろう。

 しかも帰り際にお礼を言ったら「気にしないで、それが大人の務めだから」と気遣いまで。

 流石にキヴォトス全土に名が知れるほど優秀な連邦生徒会長が直々に指名しただけはある──コネや贔屓で選ばれたんじゃない、「先生」を名乗るに相応しい本物の大人だ。

 

 それに、何と言うか……どうすれば終わるのか分からない武力衝突をスパッと止めてくれたホシノさんの身体能力には目を見張るものがある。

 アル社長然りハルカ先輩然り、キヴォトスの生徒が総じて信じられないほど強靭な体をしているのは理解していたが──その中でも上位陣となるとあそこまで人間離れするとは、いくら見掛けによらないとは言え校舎を飛び越えて乱入してくるなんて流石に想像もしていなかった。

 まあこっちがキヴォトス最底辺なのもあるが、あの小柄な外見と手足の細さでどうしたらあんな常軌を逸した動きができるのかまるで想像が付かない。

 まあ何にせよ、ホシノさんが暴走するハルカ先輩を──先生と二人がかりで組み付いても歯牙にも掛けず奥空さんを追いかけ回していた生粋のバーサーカーを止めてくれたお陰で話し合いの場が設けられた訳だから、感謝はしてもし足りない。

 

 一方で、事の発端である俺自身についてはいまいち要領を得ない感じで終わってしまった。

 俺がその……かつてアビドスに在籍していたという男子生徒であるなら記憶を取り戻す切欠があるかもしれないし、当初の話通り正式な引き取り先として便利屋を離れることになるかもしれなかったのだ。

 しかし、どうも何か知っていると思わしきホシノさんは「確証が持てないから保留にして欲しい」の一点張り。

 これまた何か知っていそうな十六夜ノノミさんは何か含みのある表情を向けてきて──他の誰も気付いていないのかもしれないが、何か冷や汗が出るほどの圧をかけてくる。

 一体俺が何をしたって……いや、俺のせいで校庭がボコボコになってるから十分やらかしている部類か。

 何にせよ凄まじい迷惑をかけてしまったので、校庭の補修作業は俺も手伝わせて貰うことにした。

 問題は砂狼さんの拉致と言うやり方なのであって、こっちから普通に訪ねる分には別に便利屋の皆も咎めていないのだから。

 

 後は、便利屋について。

 アル社長を始めとした皆には本当に不義理を働いてしまった──ただでさえ命を救って貰った身で、その上アルバイトとして雇って貰って要らない負担までさせていると言うのに、今回のような事件を起こしてしまった。

 あの弾薬爆弾の大盤振る舞い……支出がどのくらいになっているかはまだ計算していないから分からないが、依頼の報酬が満額支払われたとしても収支は大きくマイナスに傾いてしまっただろう。

 恩を返すばかりか問題を起こすばかりで、我ながらあまりにも情けない。

 ぶっちゃけ「指でも詰めた方が良いかな」なんて思い始めるレベルなのだが、全員分の柴関ラーメンを奢るのと買い物の荷物持ちだけでチャラにしてくれたムツキさんには本当に感謝しかない。

 明日から、気合いを入れ直して広報活動と業務に取り組んで行こうと思う。

 

 

 

 追記:

 帰りに買い物に寄ったのだが、何か怪しい輩に声をかけられた。

 動物っぽい人やら機械やらが沢山いるキヴォトスでもかなり珍しい、何かこう……真っ黒い顔に罅が入っている感じの不気味な大人だ。

 どうやらその真っ黒男とも何かしらの縁があったらしいが……多分、信用したらダメなヤツだ。

 物腰自体は丁寧だったし、話した内容も有益なものだったけど、コイツそのものは信用したらダメだと直感が言っているのだ。

 

 ……考えるのを避けていたが、こうもトラブルを呼び込んでばかりな以上面倒をかけないよう便利屋を離れることも本気で視野に入れなければならないかもしれない。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

 

 あくまでも総合的な傾向として、女性の買い物は、長引きがちである。

 そしてそれは、便利屋68でも変わらない。

 柴関ラーメンからの帰り道、使った分の弾薬を補充するついでに私物を調達しようと思い立ったアルたち一行が各々散り散りになってモール内へと繰り出してから、もう一時間近くが経とうとしていた。

 一方の黄昏と言えば、元から私物を最低限に抑えているのもあってか買うものなんて日用品程度。

 事務所の残りが少なくなってきていた箱ティッシュやらを買い込んで、集合場所の広場に戻ってくるまでには二十分とかからない。

 かと言って、記憶喪失からまだ2ヶ月も過ぎていない人間が、趣味など持てる筈もなく。

 それに──

 

「疲れた」

 

 そう、疲れた。

 まっさらな状態で便利屋に拾われてからまだ一か月と少々しか経っていない、言ってしまえば精神のバランスが取れていない少年にとって、今回の一件は精神を疲弊させるには十分過ぎるほどの刺激だった。

 増して、その渦中にあって問題解決に殆ど寄与出来なかったとすれば尚更だ。

 

「……」

 

 鞄の中に潜ませたマシンガンに、指を這わせる。

 今回の激突の間、結局少年は一度も引き金を絞ることはなかった。

 暴走するハルカを鎮圧するという、正にそれが必要な場面があったにも拘らず、だ。

 しかし、どうしても出来なかった。

 ハルカが弾の1発や2発でダメージを受けるほど柔なアウトローでないと知っていても、彼女を我に返らせるには直撃させる必要はないと知っていても、どうしても銃口を向けられなかったのだ。

 

 では、仮に──便利屋の勝利に貢献する形での発砲はどうだろうか。

 

 それも無理だろう、と少年は首を振る。

 一方的な都合で拉致され、何かよく分からないまま戦闘に巻き込まれ、結果的に助けに来た筈の便利屋からアヤネを守ることになっても、何故かアビドスに怒りを感じていなかった。

 寧ろ「仕方ないなぁ」とか「便利屋とアビドスに戦って欲しくない」とか……論理的に説明出来ない親近感を覚えて、結局どっちつかずの立ち位置に踏みとどまってしまった訳だ。

 そうして自分への情けなさと疑問に苛まれていた少年は、休憩がてら近くのベンチに座ってボーッと雑踏を眺めていた訳だが────

 

「お隣、失礼します」

「あ、どうぞ……!?」

 

 ぬるり、と。

 そんな音すら本当に聞こえそうなほどの濃密な気配を伴って、男が隣に腰を下ろす。

 見上げれば、その顔──油性ペンで塗り潰したみたいに真っ黒な輪郭を走る白い罅が偶々目と口のカタチに見えているだけのような、奇怪極まりない風貌。

 なまじ一目で高級品と分かる仕立ての良いスーツを着こなしているからこそ感じる首から上との不和に、思わず黄昏は絶句してしまった。

 

「気になりますか?」

「あ、いや、そんな……すいません、人の顔をジロジロ見るなんて……」

「クックックッ……別に構いませんよ。特徴的な面立ちをしている自覚はありますので。それより、()()陸八魔黄昏、と名乗っているのでしたね」

「名前を……!?」

「勿論、存じ上げています。便利屋の知名度はそこまで高くありませんが、それでもあなたのやり方は目立ち易いですから。その気になれば簡単に足が付くでしょう」

 

 何か良くない──その直感が咄嗟に、カバンの中に再度手を突っ込ませた。

 指先に触れた銃把の感覚を頼りに銃のセイフティを外し、何時でもトリガーを絞れるようにジリジリと距離を置く。

 そう、この男はとてつもなくダメだ。

 何がどうダメなのかは分からないが、兎に角ダメなのだ。

 何か知っているらしいが、情報を引き出す余裕すらない。

 便利屋の誰かに助けを呼ぶよりも、モール内で銃を撃つことで引き起こされるトラブルよりも、何より先にこの不気味な男が視界の内にいないようにしなければならない──そんな後先考えない衝動に突き動かされるほど、黄昏は黒スーツの男に危機感を覚えていた。

 だが、そんな少年の様子を気にも留めず──まるで世間話でもするような調子で、男は喋り続ける。

 

「しかし、目立ち過ぎましたね。あなたの広報活動は便利屋の名声を高めるにはうってつけでしたが、そのせいで良くない者に目を付けられてしまっている」

「何をいきなり……」

「親切心、と言うものです」

「……嘘つけよ。あんたはそんな事を考えるようなヤツじゃない筈だ、いや、ですよね……多分、だけど」

「敬語は要りませんよ。まあ本当のところ、以前あなたと契約した際の報酬未払いが続いていましたので、清算を早い内に済ませておきたいと思いまして」

 

 親切心なんて、本当は心にもないのだろう。

 男の表情などまるで分からなかったが、しかし彼の本音が「清算」に集約されていることを即座に少年は看破した。

 それに、便利屋やアビドスを前にした時はまるで思い付きもしなかった棘のある言葉が勝手に口を衝いて出てくる。

 つまり、それだけの付き合いがある相手なのだ──この信用ならない、しかし恐らくビジネス上の信用を大切にしているであろうこの男は。

 

(何やってたんだよ前の俺……)

 

 どうもそんなろくでもなさそうな輩と交流があったらしい過去の自分を、黄昏は思わず呪いそうになった。

 しかし、黒いスーツの男が姿を現したのは必ずしも不運と決まった訳ではない。

 彼は価値のない、無駄な行動はしないのだと何故だか少年は知っている。

 故にこうして直接顔を見せ、話をしようとしているのには何か意味がある。

 鵜呑みにするかは別として、話に聞くだけの価値はある。

 そんな無意識の考えが、黄昏に引き金から掛けた指を浮かさせていた。

 

「……で、結局何が言いたいんだよ」

「では、単刀直入に。これから外出する際は一人になるのは避けた方が良いでしょう。なるべく誰かと行動を共にし、人目の多い場所に留まることを心掛けるのも必要かと」

「……何故?」

 

 少年の問いかけに、男はクックッと喉を鳴らして低く嗤う。

 これから彼の身に振りかかるであろう不幸(であい)を祝うように。

 或いは、知らぬ内に台風の目と化した少年が引き起こすであろう、数多の混乱に期待するように。

 

 

「先日矯正局を脱獄した、七囚人が一人──」

 

 

 

「──申谷カイが、あなたに興味を持っています」




◯小鳥遊ホシノ
もう二度と顔を会わせることもないと思っていたヤツが帰ってきて滅茶苦茶動揺している。
しかも身長が縮んでいたりヘイローが付いていたりするもんだからもう本当に動揺している。

◯陸八魔黄昏
仲間に銃は向けられないしアビドスも撃てない系セイトモドキ。
便利屋然り後述の黒服然り申谷カイ然り縁のある相手が大体表に出てこれない連中だったりする。

当人は自分が「彼」なのか分かっていないがアビドス内では
シロコ:ん、■■で間違いない
ホシノ:多分■■だけどなんで身長とかが変化しているのか分からない
ノノミ:???
とスタンスが分かれており、取り敢えず記憶が戻るまで定期的にアビドスに通う約束が取り付けられた。

◯黒服
黄昏が記憶喪失の状態でブラックマーケットに現れたのは約2ヶ月前であり、その少し前からビナーの出現報告が途絶えている。

◯申谷カイ
この■■■■してるヤツおもしれ~!
仙丹の参考になりそ~!
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