「……あに、アーニャひまよ」
(暇って。スパイごっこして遊んだだろ)
「いえのなかじゃつまんない。アーニャばくだんとりかえしにいきたい」
(どこに?)
ココミンのライヴを見に行った翌々日。僕とアーニャは二人で家にいた。昨日は学校帰りのココミンが訪ねてきて大変だった。
この辺のことをまだよく知らない僕達だけで外に出すのは不安らしく、お友達か両親が同伴じゃないと外出してはならない、というルールが帰宅早々に設けられた。
アーニャはそれが不満なのだろう。今日だけで三回はシチュエーションを変えてスパイごっこをしたが、結局は家の中なのでアーニャは飽きてしまったようだ。
「リッキーかじゅんぱくのうもう、あそびこない?」
(今日は平日だ。あいつらは学校だろう)
「む〜。つまんないっ! じゃあココミンは?」
(あいつも学校だよ。さすが二日連続では来ないだろ)
「わかんないよ! くるかもよ!」
アーニャは玄関に向かい、ドアのそばで耳を済ませ始めた。
ココミンの心の声でも聴こうとしてるのか?
(来ないって。第一まだ学校の時間——)
「! きたぁ!」
(え? うそだろ? あいつの心の声は聞こえないぞ)
「あに、よくみみをすませろ!」
(ええ……仕方ないな。どうせ聞こえるわけ——おいおい、なんか聞き覚えのある心の声があるぞ)
『ふふふ。突撃、お宅訪問よ! 三万うおっぷは固いわね!』
(……)
何人もの心の声が聞こえる中、その声はやけに耳にまとわりついてくる感じがした。
「ね! きこえたでしょ!」
(……確かに聞こえた。でもここに向かっているはずはない。きっと今から仕事でテレビの撮影があるんだろうさ。その為に学校を早退したんだ)
僕のその考えを裏切るように、その心の声はどんどん近づいてくる。
……そして。
——ピンポーン。
……来ちゃったみたい。
「あーにゃでてくる!」
(あ、待て。今玄関を開けてはいけ——)
——がちゃり。
止める間も無く、アーニャは玄関のドア開けてしまった。
「うふふ♪ 突撃っ、お宅訪問〜!」
「おお! ココミン!」
(……)
もちろんテレビの撮影ではない。ココミン一人で来ている。
(あの、まだ学校の時間では?)
「休んだわ!」
(……何のために?)
「あなたのうおっぷを取り戻すために!」
(……)
昨日から何言ってんだろこいつ。
「それに、まだ『ココミンより可愛い女子なんて存在しねぇ!』って言われてないわ」
(言いませんので、お帰りください)
「帰ってもいいけど、言うまで毎日来るわよ?」
(……)
なんの宣言だよ。
「あに、いっちゃだめだよ!」
(え、急にどうした?)
「いわなければ、まいにちここみんがきてくれるよ!」
それが嫌なんだけど?
なんでお前はウェルカムなんだよ。
(……あの、それを言わないであなたが満足する方法は?)
「ないわ!」
水掛け論だった。どうしたらこいつは僕に対する興味を失うんだ?
「ほら、まずは外に出て私とデートするわよ!」
(あ、引っ張らないでくれます?)
「いいから! さっさときなさい!」
ココミンが僕の腕を掴んでぐいぐいと引っ張り始める。だが、残念。床に踏ん張ってるからびくともしない。
「ん〜! ん〜! なんでうごかないの!?」
(足に接着剤つけました)
「なにその強引な嘘! ありえないでしょ!」
いくら小学生とはいえ、騙せなかったか。
さすがは名門の生徒といったところか。
「あに。ははのへやから、ははのじょこえき、とってこようか?」
(除光液な)
あといらないぞ、嘘だからな。
全く動こうとしない僕に、ココミンは悲しそうな表情を浮かべる。
「……本当に、今日もデートに行かないつもりなの?」
(行きません。これまでも、これからも)
「そっか……ふふっ♪ じゃあまた明日来るね!」
優しくドアを閉め、ココミンは玄関から出ていった。
……昨日もだったけど、この人何で笑顔で帰っていくの?
ココミンはわりとあっさり引いてくれたが、もちろん諦めたわけではない。どうせ毎日来るつもりだろうし、心の声を聞く限り、今日はこの後仕事があるからだろう。
もうココミンから逃げるには、施設に戻るしかないような気もするが……アーニャはこの家にいた方が安全だろうし、僕の自由も利きやすい。できることならこの家にはこれからもお世話になりたいものだ。
「あ〜あ。ココミンいっちゃった」
閉じられたドアを見ながら、アーニャが寂しそうに呟いた。
(明日も来るみたいだぞ)
「ほんと!?」
(ああ。明日またココミンの心の声が聞こえたら教えてくれ。僕はどこかに避難するから)
「なんで? さんにんであそぼ?」
(お前だけで遊んでもらえ)
「さんにんですぱいごっこしようよ! アーニャがボンドマン。あにはサイダーマンで、ココミンはピーチティーガールね」
なにその配役。どんなスパイごっこになるの?
僕を抜いてネンディーにコーラ男爵をやってもらえ。
(ほら。リビングに戻るぞ)
「いや、おにわにでたい」
(だめだ。母に怒られるぞ)
「ちちをかわりにおこってもらお?」
(なんでだよ)
ごねるアーニャをリビングに戻そうとしていたその時。
「きゃーっ!」
(!)
「!」
女の子の心の叫び声が聞こえてきた。いや、これはココミンの叫び声か?
「あに! いまの!」
(ああ。少し静かにしろ。心の声に集中する)
アーニャを落ち着かせ、心の声を聞き取ることに集中する。
『おい、やっぱりこいつアイドルのココミンだぜ?』
『本物もすげぇかわいいなぁ』
『は、離してよ!』
『離しませーん。ココミンはこれから俺らとランデヴーに行ってもらいまーす』
『な……お願い、離して!』
『ギャハハ! 涙目も可愛いなぁ!』
(……これは)
どうやらココミンは何者かに絡まれているらしい。しかも誘拐されそうになっている。
「あに、ココミンがあぶないよ!」
(……そうだな。警察に連絡を)
「あにがたすけてあげて!」
(なんでだよ。事件が起きたら警察に電話しないとだぞ)
「けいさつはまにあわないよ! ココミン、もうゆうかいされてる!」
(え?)
『下ろして! 下ろしてよ!』
アーニャの言った通り。意識を外していた間に車に乗せられたのであろう、ココミンの心の声が聞こえてくる。
まずいな。確かにこれでは警察を呼んでも間に合うはずがない。……仕方がない。僕がなんとかしなければ。知り合いがひどい目に遭うのは目覚めが悪いからな。
(よし。助けに行くぞアーニャ)
「うい! アーニャも行っていい?」
(ダメだ……と、言いたいところだが、お前を一人にしておくのも不安だからな)
僕はアーニャの前に屈み込み、アーニャを持ち上げて自分の肩の上に乗せる。いわゆる肩車だ。
「おお! きょうだいがったい!」
(肩車な。ちゃんと頭につかまっていろよ)
「うい!」
アーニャが頭(制御装置)にしがみついたのを確認し、僕が母との約束を破って家の外に出た。
(すまない母さん。すぐに戻る)
ψ ψ ψ
家を出た僕とアーニャは、空の上からココミンの乗った車を捜索した。
(アーニャ、どっちから声が聞こえる)
「えっとね……あっち!」
(よし)
僕は空中浮遊に集中し、心の声を聞くのはアーニャに任せることにした。この方が早く移動できるからな。
アーニャの言う方に飛んでいくと、悪役にぴったりな黒塗りのワゴン車が見えた。
「おお! あれぞあくやくのくるま!」
(あの車なのか?)
「うい! あそこからココミンのこえきこえる!」
車と僕達の距離は高さでも間隔でもけっこう離れているが、アーニャには聞き分けがつくらしい。
僕が与えた簡易制御装置をつけてるとはいえ、アーニャのテレパシー能力は精度がとても高い。もしかしたら聞き分ける力は僕を凌ぐかもしれない。
ココミンが乗っているであろうワゴン車は、交通量の多い道路を通っている。目眩しの為でもあるだろうが、そんなところを通られては手出しがし難い。
サイコキネシスで車を停止させて奴らを眠らせようかと思っていたが、この交通量でそれをすると大事故を招く可能性が高い。
物理的に無理やり車の中に入って助け出せば、大勢の人にその現場を目撃されることになる。さすがにその全員の記憶の書き換えは不可能だろう。かと言って透明化して入ろうとしても、車に触れた時点で透明化は解けてしまうし、これもダメだ。
車ごと瞬間移動で……なんてのも周囲に目がありすぎて無理だな。
「あに、どうする?」
(……ここで助けるのはリスクがある)
「りすく?」
(人の目が多すぎるんだ。まずは交通量の少ないところに行くまでは追跡して……)
「だめっ! すぐにたすけるの!」
(いや、すぐに助ける方法がないんだよ)
「だ〜め〜!」
(おいこら、暴れるな!)
僕の肩に乗り、頭を掴んでいるアーニャが暴れる。もちろん僕にもその振動は来る。空中では踏ん張ることができないからだ。
「はやくたすけにいこ!」
(だから今は無理だよ)
「いくの〜!」
さらに暴れるアーニャ。たまらず手でバランスをとるためにアーニャの足を掴んでいた両手を離した……その瞬間。
——すぽっ。
「あ」
(えっ——)
「……あに?」
アーニャが後ろに体重を傾けた瞬間、掴んでいた僕の二つの制御装置がスポっと引き抜かれてしまった。
そして僕は……気絶した。
「うわぁあぁぁ!」
(……)
「あに〜! おきてよ〜!」
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