「なんで? なんであにとおわかれするの?」
「……クスオは、やってはいけないことをしたんだ」
「……だから、償うために私達とお別れしないといけないの」
「やだっ! あにとおわかれなんてやだっ!」
車の中で、兄の楠雄とお別れしないといけないと告げられたアーニャ。もちろんそんなことは絶対許せないアーニャは両親に対し駄駄を捏ねる。
「あにがかえらないなら、アーニャもかえらない! いっしょにおつぐないする!」
そう言うと、アーニャは勝手に車から降りてしまった。父親が慌てて運転席から降り、母親もそれに続く。
「馬鹿なことを言うんじゃないよアーニャ。悪いことを何もしていないお前が償う必要なんてないんだ」
「そうよ。あなたは何も悪くないのよ」
「あにもいっしょ! あにもわるいことなんてなにもしてないもん!」
言うことを一向に聞こうとしないアーニャ。これまで優しかった両親だが、さすがにこのアーニャの態度に怒りを顕にした。
「いいかげんにしろっ!」
「ひっ!」
初めて聞く父親の怒号。アーニャはびっくりして固まってしまったようだ。
「わがまま言うのもいいかげんにしなさい。これ以上お父さんとお母さんを困らせるんじゃない」
「クスオとはここでお別れなの。……いいわね?」
「……や、やだっ」
「アーニャ! 待ちなさいっ!」
固まっていたアーニャだったが、動けるようになった途端、保安局の中に戻ろうと走り出してしまった。
父親が後を追い、すぐにアーニャの腕を捕まえる。
「いい加減にしなさい! クスオとはここでお別れなんだ!」
「やだっ! あにがいないおうちなんて、もうアーニャのおうちじゃないもん!」
「っ、お前っ!」
——バシン!
激昂してしまった父親が、アーニャの頬を平手打ちしてしまった。
「……っ、うぅ、うぇぇ」
アーニャは驚きと痛みで、ついに泣き出す。そんなアーニャに、父親はさらに言葉をぶつける。
「今のはお前に対する罰だからな。ほらっ、行くぞ」
アーニャは返事をする前に、父親はアーニャの腕を引っ張っていき、車に無理やり乗せた。そして乱暴に後部座席のドアを閉め、乱暴に運転席へと戻ると急いで車を発進させた。
「うぅ、うぇぇ……あにぃ」
「うるさいっ、静かにしてなさいっ!」
バックドアのガラス越しに、アーニャは徐々に離れていく保安局をいつまでも見つめ続けたのだった。
—— 翌日、楠雄side ——
逮捕されて、一夜が明けた。ユーリ・ブライアとかいう少尉さんの尋問の後、僕は留置所にぶち込まれていた。ラッキーだったのは、僕の入った房には僕しか収監されていなかったことだな。
収監されてから、僕はずっとこの後どうするかを考えていた。まぁベッドもないので寝れそうにもなかったのだが。
考えていたことは、どうやって無実を証明するか。もしくは脱獄するか。
裁判に掛けられるのだけは絶対に避けなければならない。間違いなくより面倒なことになるからな。
アーニャのことを考えて素直に逮捕されたのだが、里親に捨てられた今、アーニャのことを心配する必要はなくなった。あいつには俺以外に守ってくれる家族ができたわけだし。
僕だけなら、どうとでも生きていける。人目を避け、隠れながら元の世界に帰ることだってできるとは思う。
(もう、何も考えずに脱獄してやろうか。もうアーニャはいないんだ……し)
そう思った僕の脳裏に、昨晩のあいつの心の声が再生された。
『やだっ! あにがいないおうちなんて、もうアーニャのおうちじゃないもん!』
……。
あいつ、念願だったはずの家族に怒られてまで、僕と一緒にいようとしてたんだよな。
心の声が聞こえなくなるまで、アーニャはずっと「あにぃ!」と叫んでいた。聴きすぎて、今も耳元にその心の声が残っている。……眠れなかったのは、これも一因だな。
……正直なところ、決めかねている。脱獄することは簡単だとは思うが、それが本当に正しい選択なのかと疑念が生まれて、決断ができずにいた。かといって、無罪になる方法も思い付いてはいない。
さて。いったいどうしたものか——。
「おいっ、お前に面会だ」
(えっ?)
思考に集中していると、看守から声をかけられた。僕に面会? 里親にも捨てられた僕に、一体誰が面会に来るというんだ。
牢屋から出された僕は、とりあえず大人しく看守に連れられて面会室へと向かった。おそらく面会室にも範囲型のネンディ・チェンジャーが仕込まれているのだろう。中にいるであろう面会人の心の声は聞こえてこない。
「入れ。時間は二十分間だ、いいな」
(はぁ)
面会室のドアが開き、僕は中に通された。面会室の中は、テレビとかで見たのと同じで薄いガラス越しに小さめの机が向かい合っている。こちら側には僕が座るわけだが、向かい側にいたのは……。
「よぉマイメン! を?」
「ふっ、思ったより平気そうだな、我が盟友よ!」
(……なんでお前達がいるんだよ)
どうやら、俺の面会人というのはケイドゥとネンディだったようだ。なんでこいつらが僕の面会に来たんだ。
(どうして僕が逮捕されたことを知っている?)
「お前の母親に聞いたのだ。そして、アーニャも頼まれたのでな」
(は? アーニャに頼まれた? 何を?)
「兄を助け出してくれ、そう頼まれた」
「まっ、チビだけじゃ頼りねぇからな! 天才のオイラっちも一緒に来たってわけよ」
「なっ!? ふざけるなネンディ! 貴様の助けなどいらんわ!」
「を!?」
(……)
アーニャの奴め。よりによってこいつらにお願いするなんて、一体何を考えているんだ。だいたい僕は国家保安局に逮捕されているんだぞ?
ただの十歳児に……いや天才的なアホと厨二病患者になんとかできるわけもない。
「アーニャに頼まれたのはこの俺だ! 俺のマジカルパワーでクスオを助け出してくれとな!」
「を? マジカルパン、ってどんなパンだ? うめぇのか?」
「マジカルパワーだ! アホめ!」
そういえば、アーニャはケイドゥが不思議な力を持っていると信じていたな。なるほど、それでこいつに頼んだわけか。
「本当にお前はアホだなっ!」
「を!? オイラっちは天才だっつーの!」
てめぇらはいつまで喧嘩してやがんだ。
できることはないからさっさと帰れ。
(……気持ちは有難いが、二人になんとかできることではない)
「ふっ! おい盟友、俺のホワイトワルツにかかれば、こんな監獄など楽に脱獄できるぞ」
おいバカ。脱獄したら、別の罪に問われるだろうが。
まさかお前、ネンディよりアホなんじゃないか。
「を? そんなことしなくても、普通に外出ればいいだろ? マイメン、ここ出てペペロンチーノを食いに行こうぜ」
ごめんケイドゥ、やっぱりネンディの方がアホだったわ。
こいつ、逮捕の意味すらわかってなかった。
「アホ! 逮捕されてんのに、普通に外に出れるわけないだろうが!」
「を!? そうなのか!?」
(……)
収集がつきそうもなかったので、僕は残りの面会時間を全て使って二人に諦めるように説得した。ケイドゥはギリギリまで引き下がろうとしなかったが、最後には納得してくれた。
「……いいだろう、今日は退いてやろう」
「を? もう帰んのか?」
「お前は黙ってろ! ……ふっ、盟友。お前がこのまま逮捕されているつもりはないことがわかったからな。まずはお前の動きを見守っていよう」
(……まぁ、な)
表情からか、声音からか、僕が逮捕されておくつもりがないことは伝わったらしい。
ちょうどよく、このタイミングで面会時間が終わり、ネンディとケイドゥは面会室から出て行った。そして僕は、看守に連れられて留置所へと戻された。
再び静かな空間で一人になり、これからのことを考える。
一番いいのは、無罪になって平和的にここから出ることだ。だが、逮捕自体が無理やりすぎるところから見ても、いくら僕の無実を訴えても通ることはないだろう。それが国家保安局という場所のはずだ。
そうなると、可能性があるとすれば僕が逮捕される原因となった訴え事態を取り消させるしかない。
(僕のことを保安局に売ったのは……クゥースケだよな)
ココミン誘拐事件をなかったことにするには、クゥースケに訴えを取り下げさせるしかないということになる。
そんなことできるのか? それって、理不尽に僕に対する恨みを募らせていたあいつに、僕を助けろと頼むってことだぞ。
——いや、待てよ。普通に頼むは無理でも、あいつが納得するような交換条件を出すことが出来ればあるいは——。
「おい、またお前に面会人だ」
(!)
考えがまとまりかけていたところで、またも看守に声をかけられる。本日三人目の面会人が現れたらしい。
「ほら、出るんだ」
(わかりました)
またも看守と共に、面会室へと向かう僕。
今度は一体誰だというのだろうか。
そう思いながら、再び面会室に入った僕の目には、思ってもみなかった面会人が映り込んだ。
「っ! あに!」
(アーニャ、お前なんで)
面会人はまさかのアーニャだった。里親に捨てられた以上、もう僕に会わせようとはしないと思っていたのだが、まさか許可されたのか?
アーニャは椅子に座っていたのだが、僕を見ると慌てて立ち上がり、囚人と面会人を隔るガラスに両手を付けた。
「あに! だいじょうぶ!?」
(……ああ、僕は大丈夫だ。それより)
「——ううっ」
(! おい)
「うぇぇぇぇん〜、あにぃ、あいたかったよぉ〜」
突然ボロボロと大きな涙を流して泣き出すアーニャ。僕はなんとか泣き止ませようとアーニャにできるだけ近づき、声をかけた。
(おい、落ち着けアーニャ。僕は無事だ。大丈夫だからっ、な?)
「ううう〜……うっ、うぃ」
まだ涙は止まり切ってはいないが、少し落ち着いたらしい。
僕はアーニャを椅子に座らせ、どうやって面会に来たのかを聞いた。
(アーニャ、ここには父と母に連れてきてもらったのか?)
「ひっく……う、ううん。ちちとはは、なんかいおねがいしてもつれていってくれなかった」
(じゃあ、どうやって来たんだ?)
「……ココミン」
(えっ?)
「ココミンが、おうちにきたの。あにはわるくないって、ちちとははにいいにきてくれた」
……ココミン、まさかそんなことをしてくれたとは。
「でも、ちちとはははしんじてくれなかった。きおくがこんらん? してるとかいってた」
(……そうか。まぁそうだろうな)
「で、アーニャがおちこんでるから、よかったらあそんであげてってははがいった」
(? 家に来たついでに、アーニャの遊び相手になってくれと頼んだってことか?)
大人気アイドルに、いや被害者に何を頼んでるんだ。
「う、うい。で、アーニャはココミンとおそとにあそびにでた」
(ああ。それで?)
「ココミンに、あにをたすけたいっていったら、とりあえずめんかいにいってみようって」
(つまり、ココミンに面会につれて来てもらったんだな? 父と母には内緒でか?)
「うい」
(……そうか。なら、そのココミンはどうしたんだ?)
面会室にいるのは、僕とアーニャ。そして看守が一人だけしかいなかった。
「ココミンは、ひがいしゃをかがいしゃ? にはあわせられないっていわれて、そとでおるすばんしてる。だからアーニャひとりできた」
……確かに、被害者が誘拐犯に面会なんて普通はしないからな。
——だが、おかげで天啓が降りて来たぞ。ココミンがいるなら、あいつを説得することも可能かもしれないからな。
しかしココミンと会うことができない以上、これを実功するにはアーニャに伝言を頼むしかない。
アーニャは勉強は嫌いらしいが、簡単な短い文章なら——。
「……あに」
(!)
いつのまにか、アーニャがまた椅子から立ち上がってガラスに手を当てていた。
(どうした?)
「……あに、アーニャはあににふれたい」
(えっ)
「アーニャ、あににふれたい。あににふれられたい」
再び目に大粒の涙を溜め出したアーニャ。
……そういえば、初めて会ってからこんなに長い時間離れたことはなかったな。
(……寂しい、のか?)
「うっ、うぃ。アーニャ、ざびじい」
(……父と母では、足りないのか)
「あ、あにのいないがぞぐなんて、アーニャのがぞぐじゃないもん!」
(……)
そうか。そう言い切るほど、お前は僕を想ってくれているんだな。
「あ、あにぃ〜。いっじょにいでよ〜」
(……わかった)
僕は一度アーニャから視線を外し、看守に視線を向ける。看守も僕の視線に気づくが、何かを言われる前にテレパシーで強制的に子守唄を奴の脳内に流れさせた。ほどなくして看守は眠りにつく。
次に、天井に付けられた面会室を網羅する監視カメラに、幻覚能力で別の映像が映し出されるように細工を施した。
……よし、これでいいだろう。
「? あ、あにぃ?」
(……今行くぞ)
「えっ? わっ!?」
僕は瞬間移動を使い、アーニャのいるガラスの向こうへと移動した。これで、僕とアーニャは同じ空間に入れたわけだ。
「っ、あにぃ!」
僕が目の前に来たと分かると、アーニャはタックルをするかのように僕の腹部へと飛び込んできた。いつもなら叱るところだが、今日は何も言わずに受け止める。
「あにぃ! あにぃ!」
(……悪かったな、心配かけて)
僕は腹部に顔を擦り付けるアーニャの頭を撫でた。数分もそうしていると、アーニャが落ち着いて来たので、僕は屈んでアーニャと目線を合わせる。
(アーニャ、僕と一緒にいたいか?)
「うい! いたい!」
大きく頷いて返事をするアーニャ。
(……今の父と母とはお別れしないといけないかもしれないぞ。それでもか?)
「それでも! あにといっしょにいる!」
(……わかった)
アーニャの覚悟を確認した僕は、アーニャにとある指示を出すことにした。
(……アーニャ。いや、女スパイ〝桃色のピーナツ〟)
「! うい!」
(今からお前に、特別任務を与える)
「とくべつにんむ!? わくわくっ!」
(ああ、今から言うことを覚えて、ココミンに伝えるだけだ。できるな?)
「できる! アーニャできるよ!」
(よろしい。さすがは桃色のピーナツ、アーニャだ)
そして僕は、なるべく簡単にしたココミンへの伝言をアーニャへと伝え始めた……。
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