アーニャと共に研究所を脱出してから数日。
街から街へと渡り歩き、超能力を駆使しながらこの世界に関する情報を集めていったのだが、僕は自分が今どこにいるのかをようやく理解した。
僕達のいる土地、つまり国だが、「東国」というらしい。聞いたこともない国名だし、やはりここは僕のいた地球ではないようだ。すぐ隣には「西国」という国もあり、両国では互いに諜報員を放ち合うなど、水面下ではバチバチの関係らしい。しかも、それは東西だけの問題ではなく、この世界では各国が熾烈な情報戦を繰り広げているとのこと。
これもいくつかの街を回ってみてわかったことだが、この世界は僕のいた世界でいうところの1960年から1970年代くらいの文明レベルのようだ。
……諜報員がいたり、超能力者を研究する施設があるこの国はきな臭いことが多い。僕がこの世界にテレポートさせられたのも、そこに原因があるのだろう。
現時点で考えつく元の世界に戻る為に必要な行動として、まずはこの国の深い部分に取り入りたい。一般人では入り得ない深層で情報を集めないといけないからな。
その第一歩として、まず諜報員と接触をしたいのだが……。
「あに〜。アーニャひま〜」
(……少し静かにしてくれ。考え事をしているんだ)
「むぅ。アーニャはひま。あにはかまうべき」
(……はぁ)
この通り、アーニャがいるので危ない真似は出来かねるのだ。どこかにアーニャの安全を確保できるところがあれば、僕は自由に動き回れるのだが……。
「……あに、アーニャがじゃま?」
(邪魔とは言っていない。それと今のはモノローグだ。反応しなくていいやつだぞ)
「でも、アーニャきこえちゃう」
(……そうだな。悪かった)
アーニャの近くで思考をすれば、アーニャにはまる聞こえだ。嫌な思いもさせたくないし、そこらへんも気を付けておかねば。
僕が調査をしている間、アーニャが待機できる場所。なおかつ寂しさも感じない場所があれば、この世界の調査ももっと進められるのだが、そんな都合のいい場所があるのか……あ!
「!? どうしたあにっ!」
(……名案を思いついたぞ、アーニャ)
「めいあん? あまいおかし?」
(……違う)
……そうだ、孤児院に入ろう。
—— とある孤児院 ——
孤児院とは、身寄りのない子供達を保護する施設。アーニャはもちろんだが、僕もまだ17歳。まだまだ子供である。僕は厳しいかもしれないが、最悪アーニャだけでも受け入れてもらえるかもしれない。
「こじいん?」
(親のいない子供達の面倒を見てくれる優しい場所だ)
「! アーニャとあに、おうちができる?」
(そうだな。そういうことだ)
ワクワクと連呼し始めたアーニャと手を繋ぎ、僕は孤児院の扉をノックした。
——コンコン。……ガチャ。
「はい?」
応答してくれたのは、60代くらいであろう女性だった。さっそく、自分達をこの孤児院に入れてくださいと交渉を試みる。
中に通すくらいはしてくれるんじゃないかと思ったが、女性の返答は冷ややかなものだった。
「……家出でもしたのかい? さっさと自分の家に帰んな」
(いや、僕達には家がなくて……)
「そうだとしても、兄さんの方はもう働ける年齢だろ? あんたが働いて妹と生活すればいいじゃないか」
(……)
「ともかく。うちも誰でも入れるほど余裕はないんだ。わかったら帰っとくれ」
——バタン。
勢いよく扉が閉ざされる。
ふむ。さすがに無条件で受け入れてはくれなかったか。
「あに、ここにはすめないの?」
(すまない。だめだった。もうちょっと作戦を考えてからやってみよう)
悲しそうな顔をするアーニャの頭をポンポンと叩き、一度仕切り直すことにする。
しばらくして、僕は新しい作戦を考えた。まず第一に、歳の離れた兄妹(仮)では孤児院へ受け入れてもらい辛いと思われる。その心配をなくす為に、アーニャと僕の年齢差を数歳にしておく必要がある。
その為には……。
—— その日の夜 ——
東国の中でもほとんど人気のない場所にある廃墟。最近の僕達の寝床はそこだった。超能力を駆使し、寝床だけは作り上げたので、アーニャも僕も睡眠不足に陥ってはいなかった。
(アーニャ、僕はトイレに行ってくる。先に寝ていろ)
「うぃ。ちゃんとふけよ」
(孤児院に入ったらそういうことを言うんじゃないぞ)
そして翌朝……。
(おはよう、アーニャ)
「おはようあに〜……む!?」
目が覚めて僕を見たアーニャは、驚きと寝起きが合わさってものすごい顔になっていた。それも当然だろう、なぜなら今の僕は昨日と見た目が変わっているからな。
「……」
(どうした、なんか言えよ)
「……お」
(お?)
「おとうともいたのか」
(……違う違う。そうじゃ、そうじゃない)
昨日の晩に何が起きたのか、僕が何をしたのかをアーニャに説明する。
「へんしんのうりょく?」
(そうそう)
——「変身能力」。
自由に肉体を変化させることができ、性別や種族も思いのままに変えられる能力だ。完成度は高いが、完了までに二時間はかかる上、実在する個体にはなれないという欠点もあったりする。
(今から僕は十歳の少年だ。だからアーニャとは……そういえば、アーニャって何歳なんだ?)
「アーニャはいつつ」
(五歳か。じゃあ五歳差の兄妹ということでいこう)
兄が十歳で妹が五歳。服も子供服に変化させたし、これなら孤児院側も無碍にはできまい。
……そう思っていた時期が、僕にもありました。
「帰んな、ガキども」
(……)
——バタン。
昨日と同じように、勢いよく孤児院の扉が閉じられた。
「じーっ」
(……)
「じーっ!」
(……すまない)
アーニャにジト目で睨まれて、謝罪と共に頭を下げる。
「あに、アーニャたちはもうこじいんにははいれない?」
(……大丈夫だ。まだ最終手段が残ってる)
「さいしゅうしゅだん?」
(そうだ。さぁ、別の孤児院に行くぞ)
「あ、まて〜あに〜」
僕はアーニャを連れて、最終手段を取ることに決めた。
—— 別の孤児院 ——
「……ここ?」
(そうだ)
「……なんかおんぼろ」
(その方が都合がいいからな。暮らし始めてからどうしても我慢できないことがあったら、僕がなんとかする)
「う、うぃ」
僕達がやってきたのは、見るからにちゃんと管理されていないであろう古びた孤児院だった。街で集めた情報によると、ここは劣悪な環境のアングラな施設で、素性不明な子供も多いらしい。僕はもちろんだが、アーニャも素性不明だ。そんな兄妹が入っても、ここなら違和感はないと思われる。
……しかし環境がよくないから、ここに入るのは最終手段にしたかったのだが……こうなってはもう仕方がない。
「ここならアーニャたちはいれる?」
(まぁ問題ないとは思うが、一応もう一手間加えておこう)
そう言い、僕は右手で頭の右側に取り付けている制御装置に手を伸ばし、掴んで引き抜いた。
「ぬ! あにのつのがとれた!」
(制御装置、な)
右側の装置を引き抜いた途端、自分の中に封じられたとある力が解放されていくのがわかる。僕は意識を全集中し、その力を行使する。
(——孤児院は、ピンク髪の兄妹の場合のみ、入院時に戸籍や境遇の調査を行わない)
そう頭の中で呟いたその瞬間、世界が変化していくのが分かった。
なんで分かるのか? すまない、とても形容し難い感覚を感じるだけなんだ。
世界が変化したその瞬間、僕は右側の制御装置を再度差し込んだ。これで、またあの力は封印された。ふいに目線をアーニャに向けると、アーニャは目を見開いて固まっている。
「あに、なにした? なんかへんなかんじした!」
(ほう。アーニャも感じたのか? それは僕がマインドコントールを発動したからだろうな)
「ま、まいどんのとろーる?」
(まいどんって誰だよ。トロール飼ってるのか?)
——「マインドコントロール」。
「不自然な事」を「自然な事」と他人に思い込ませる事ができ、さらに人の生態まで変えてしまう能力だ。制御装置を外さないと使用できず、また使用の際は多少体力を消耗する。しかも一度発動すると、その逆に戻すことはできない。
この力があるせいで、僕は制御装置を付けていないと頭の中で考えるだけで勝手に世界を変化させてしまうことになる。だから制御装置で封印しているのだ。危険すぎる力だからな。
……ともかく。これで孤児院に入ることさえできれば、後から国にも僕やアーニャの戸籍が調べられることはないはずだ。
(よし、行くぞアーニャ)
「うぃ」
アーニャと手を繋ぎ、古い扉をノックする。しばらく待つと、酔っ払っているであろう髪の毛がサイドにしかないおじさんが外に出てきた。
「……ひっく。なんだおめぇらは」
(……僕達、親も保護者もいなくて。お願いです、ここにおいてもらえませんか?)
「あぁ? ここにおいてくださいだぁ?」
そう言い、サイドヘアオンリーおじさんは僕達の全身を見回し始める。そしてふんと鼻を鳴らし、扉を開けて中に通してくれた。
「……ふん、入んな」
(……ありがとうございます)
思った通り、すんなりと中に通してくれた。こういう孤児院なら、僕達みたいな子供も抱えた方が利益になると思ったのは正解だったようだ。
孤児院には、引き受けた子供の人数や年齢に応じた金が国から入るそうだ。こういった所はその制度を利用して、人数を増やすだけ増やして、入ってくる金で私腹をこやしているのだろう。もちろんその金が子供達に使われることはない。
孤児院の中は長い廊下で繋がっており、学校のように廊下の左右に小さめの部屋がいくつかあるようだった。
「この孤児院に特にルールはねぇが、俺に迷惑をかけるのだけは許さん」
(わかりました)
「う、うぃ」
サイドヘアオンリーおじさんに連れられて、廊下を歩く。予想通り、劣悪な環境なのに子供の数はすごく多いようだ。軽く会釈をしながらついて行った先にあったのは……一段と古びた扉だった。
「お前らの寝床はここだ。兄妹二人専用の個室だぞ」
(……わぁ、嬉しいなぁ)
ギィイと錆び付いた音のする扉を開けると、物が乱雑に置かれた小さめの部屋が現れた。
……長い間掃除をしていないのだろう。かなりホコリが溜まっているし、部屋の空気もすごく悪い。
今日からここが僕達の寝床とは……まぁ、勝手に改造させてもらうか。
(あの、掃除道具はありますか?)
「ああ。玄関脇に掃除用具があるぞ、掃除したかったら勝手にやれ」
(わかりました)
「じゃあ俺は自室に帰……おっとそうだ」
SHOおじさんは僕達に一度背を向けたが、何かを思い出したのか再度こちらに向き直った。
「食事は朝は六時、夜は十八時だ。五分前には食堂に来るように」
(……昼は?)
「ねぇよ。ここは一日二食だ」
(そうでしたか)
今度こそ、SHOおじさんは僕達から離れて行った。物置部屋の前に取り残された僕達。
「……きゅっ」
(!)
アーニャは不安なのか、僕の上着の裾をきゅっと握っている。
(大丈夫だアーニャ。怖い思いをすることはないぞ)
「う、うぃ……」
(まずは掃除だな。この状態では眠ることすらできない)
僕は玄関に戻り、乱雑に置かれた掃除用具一式を倉庫に運んだ。いざ掃除を始めようとすると、アーニャが気まずそうに口を開いた。
「あに、アーニャ掃除したことない」
(ずっとあの無機質な研究所にいたんだ、当然だろう。心配はいらないぞ、掃除は超能力を使って僕がパッパと片付ける)
「! ち、ちょうのうりょくでおそうじ? わくわくっ!」
(……お前、本当に立ち直り早いな)
アーニャと一緒に物置に入るが、埃が凄いのでまずは一つだけある窓を開ける。
「あに、どうやっておそうじ?」
(ふむ。ここには掃除機がなかったからな。まずはホウキで埃を集めるところからだ)
まずは「念能力」でホウキを掴み、床に積もった埃を掃いて浮き上がらせる。
埃を吸い込まないように、僕とアーニャの周りには埃が来ないようにサイコキネシスを調整する。そして浮かび上がった埃を1箇所に集中させ、一つの球体になるように硬くまとめあげた。
球体になった埃は、部屋の真ん中にコロリと落ちた。するとアーニャが落ちた埃を拾いあげ、目をキラキラさせながら見つめ始める。
「あに! アーニャこれ欲しい!」
(それは食べ物じゃないぞ)
「むう! わかってるもん! きねんにほしいんだもん!」
(記念って……ただの埃だぞ)
「これはもうアーニャのもの〜」
アーニャは大事そうにワンピースのポケットに記念品(埃の玉)をしまった。
埃でワンピースが汚れるぞ。後で何かケースに入れさせよう。
(……サイコキネシス!)
「お〜! うかんだぁ!」
(こら、落ちたら痛いぞ。物から降りろ)
その後は雑多に置かれた物の整理に取り掛かったのだが、アーニャがサイコキネシスで浮かべた物に乗ったり捕まったりするのでかなり時間がかかってしまった。
最後に部屋全体に雑巾掛けを施して、掃除は終了。物も整理したので、僕達が過ごせるスペースは六畳分くらいはある。これくらいあれば子供二人の体格なら広々使えるだろう。
(……最初に比べると、見違えるほどに綺麗になったな)
まるで、某リフォーム番組の「なぁんということでしょう!」……。
おいアーニャ。お前僕の脳から、記憶とか盗み見てないだろうな?
——結局、掃除が終わった頃には夕飯の時間になってしまっていた。アーニャを連れて食堂に行ったのだが、予想通りというかなんと言うか……メニューは硬いパンと冷たいスープのみだった。
それでも他の子供達はおいしそうに頬張っている。パンは素手で掴み、スープなんてカトラリーを使うこともなく皿ごと持ち上げてすすっている。
(……礼儀作法の指導、なんてしてるわけはないか)
「あに、おいしいねっ」
(……そうか。ほら、僕の分のパンも食べていいぞ)
「む! いただくっ!」
アーニャも特に不満はないのか、美味しそうに食べている。……さすがにスープはスプーンを使っていたが。
研究所では簡素な食事しかさせてもらえなかったのかもしれないな。
(ごちそうさまでした)
「ごちそうさまでした〜!」
「食べ終わったのなら、すぐに自室に戻れ。さっさと寝るんだぞ」
全員が食べ終えると、SHOおじさんは自室に戻るように子供達に指示を出す。どうやら食事を終えたらすぐ消灯らしい。
僕はアーニャの手を引き、綺麗になった自室(物置部屋)に戻った。
「ふぁぁぁ〜 ねぇあに〜」
ご飯を食べて眠くなったのか、アーニャは目を擦りながら僕を見てきた。
「ねるばしょがないよ〜」
(わかってる。少し待ってろ)
僕は瞬間移動で昨日まで寝床にしていた廃墟に飛んだ。そして起きっぱなしになっているマットレスとかを手に持って物置部屋に戻る。これを何回か繰り返し、全ての荷物を移動した。
六畳ほどのスペースの隅にマットレスを設置し、そこにアーニャを寝かせる。
おっと、キメラ長官も忘れずに。
マットレスに寝転がった途端、アーニャはうつらうつらとし始める。すでに半分夢の中だろうに、アーニャは僕に声をかけてきた。
「あに〜、あしたはほかのこたちとあそびたい〜」
(そうだな。明日はここで友達を増やすといい)
「うん〜、あに〜おやす……くか〜」
(……こいつ、本当に寝るのが早いな)
(くか〜くか〜)
アーニャが深い眠りについたことを確認し、僕は再度瞬間移動を発動する。
(——瞬間移動!)
行き先は、東国で一番高い建物の天辺だ。
——コオオオ……バタタタタ!
(……今夜は風が強いな)
そこは強い風が吹いていて、建物の天辺には東国の国旗が建てられており、風で激しくはためいている。
東国で一番高いところから、周囲を見渡す。そして目を瞑り、テレパシーで聞こえてくる声に耳を済ませる。目的はもちろん、この国で暗躍する諜報員を探し出す為だった。
僕のテレパシーは半径二百メートルの範囲で有効だ。なので少しづつ場所を変えて根気よく探すつもりだったのだが……幸運な事に、1発目に当たりを引くことに成功したようだ。
『ごめんよカレン。君の父親にもう用はなくなった。……〝ロバート〟というこの仮面もお役御免だ』
聞こえてきたのは、そんな心の声だった。
——ロバートというこの仮面もお役御免だ。この言葉が妙に気になり、僕は急いで透明化をして声の主を探し始める。
幸いその声の主はすぐ近くいたらしく、路地裏をひっそりと歩く後ろ姿を発見することができた。そして、何かを近くにあった火を焚いたドラム缶に投げ入れる瞬間も目撃した。
(……何を捨てたんだ?)
一応そのドラム缶を覗いてみると、そこには〝人間の顔の形をしたマスク〟が入っていて、すでに燃え始めていた。
(これは、変装用のマスク? ……ということは!)
疑惑がほぼ確信に変わり、僕は再び男の背中を追い始めた。
しばらく追跡していると、その確信が間違いで無いと分かる言葉が男の心から発せられる。
『……結婚? 人並みの幸せ? そんなものへの執着は、スパイとなった日に身分証と共に処分した。今のオレは影も存在もない亡霊——「諜報員黄昏」なのだから』
——こうして、西国のスパイ、諜報員「黄昏」と、異世界から来た超能力者「斉木楠雄」とが密かに接触したのだった。
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