魔法少女リリカルなのは ――呪いの魔法少女と祈りの魔女――   作:fukayu

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海鳴探偵

 5月△日

 

 昨日はあれから事務所には帰っていない。

 久しぶりに外で明かした夜は寒かった。

 公園に寝袋やテントがあったが、他の転生者のものだろうか?こういう時だけは自分が霊体であることが幸せだったと思う。

 

 魔女をなんとか倒し後日連絡すると言って高町と別れた時点で依頼主との待ち合わせ時間は過ぎていた。そもそも依頼主に渡すはずだった品は高町に渡してしまった。アレは――所長から渡された巾着袋の中身であったインテリジェンスデバイス『レイジングハート』は本来高町なのはのものだ。一体どういう経緯で渡ったかは知らないがどこの誰ともわからない人間に渡すよりは彼女に渡す方がよっぽど良い。

 

 ――――あの時点ではそう思っていました。

 いや、今もそう思っている。この危険な世界、例え原作と違う形でも自己防衛手段は早いうちから持っていたほうがいい。

 

 しかし、しかしだ。あれは依頼だった。俺の所属する探偵事務所――『鳴海探偵事務所』に届いた正式な依頼。俺が所長から任された探偵として初めての仕事。それをすっぽかしてしまった。

 

 ウチの所長は身寄りのない俺を雇ってくれたり、探偵業という払う労力に対して決して報酬が見合うとは言えない仕事をする等良い悪いでいえば良い人間だ。

 しかし、変人なのだ。

 探偵という自分の仕事にプライドを持っていると言えば聞こえはいいが、実態は自らの持つ行持を守るためならばどんな事でも表情一つ変えず行える。しかも同じ転生者であり、死神である俺を呆気なく制圧するくらいには強いと一番始末に負えないタイプだ。

 そんな所長に依頼主に会えなかっただけでなく、大切な品を赤の他人にあげちゃいましたと言えば最後どんな事になるかわからない。

 

 俺が戦々恐々となる中、この件の原因とも言える高町から連絡が入る。

 転生者であり、未だ家賃すら満足に払えない俺は携帯などという高価なものは持っていない。なので、ちょうど周波数があったのをいい事に魔法少女と死神の共通連絡手段である念話でタダで連絡を取り合っている。そう、タダで!

 

 なんでも改めて昨日のお礼がしたいそうだ。始め聞いたときは結局最後は助けてもらったので要らないと断ったが、よくよく考えると原因である彼女と一緒に謝ればあの偏屈所長もわかってくれるのではないか。と、いう根拠のない自信が沸いてきた。

 高町には悪いが人生というのは昨日助けてくれた人間が今日も手を指し伸ばしてくれるとは限らないということを早めに知るいい機会だ。彼女の家は喫茶店だったしなにかお礼の品という形でお供え物を持ってきてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市にある割と豪華な二階建て住宅。それが我が『鳴海探偵事務所』だ。

 一階は探偵事務所で二回は俺が居候している部屋の他に空き部屋がいくつか。キッチンやトイレは両階についており、地下には巨大なガレージ兼地下室がある。

 

 事務所前で高町と合流する。意外と家が近くらしい。

 

(や、やっぱり、やめれば良かった)

 

 この時点でもうすでに俺の根拠のない自身は完全に消失しておりその心にあるのは抑えようのない恐怖だけだった。

 しかし、ここまで来てしまったのだ。今更引くことは出来ない。

 

「魔女にだって勝てたんだ!所長なんて怖くねえ!ぶっ殺してやる!」

 

「こ、殺しちゃダメだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませんでした!!!」

 

 キッチリと清掃の行き届いている事務所で呆然とする高町を余所に手土産であるシュークリームの入った紙袋を差し出しながらジャンピング土下座をする。

 額を床に擦りつけながら事務所の最奥に位置する席からその主がゆっくり近づいてくるのを感じる。

 

「顔を上げ給え」

 

「は、はぁー」

 

 ゆっくりとシュークリームを奪い取られたのを確認し面を上げる。二十代前半の茶髪に白いスーツを着た青年――『鳴海探偵事務所』所長鳴海悠(なるみゆう)は真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。

 決して目線は合わせない。

 今は死神の正装である黒装束だが残念なことに刀はある。切腹することになったら介錯は高町にお願いするのだろうか、と考えながら次の言葉を待つ。

 

「まずは昨日連絡がなかったことに対する釈明を聞こうか」

 

「実は依頼人と会えなくて――」

 

「ふむ、それで気まずくて帰ってこれなかったと、誰にだって失敗はある。私は君が完璧に仕事をこなせるとは最初から考えていないよ」

 

(あれ?意外と怒ってない?「最初から」の位置が「君が」の前に来ると嬉しいけど間違えたんだよね?別に俺が期待されてないわけじゃないよね?」

 

「あ、あのシロくんは私を助けようとして遅れてしまったんです」

 

 そこで思わぬ人物からアシスト。でもな高町。シロくんはやめてくれ犬みたいだろ。

 

「君は?」

 

「高町なのはです」

 

「…………ほう」

 

 高町の名乗りに転生者である所長も短く感嘆の声を上げる。その名前は彼女自身には全く理解できないだろうが、この世界では大きな意味を持つ。

 

「なる程、大体理解した。彼女がここにいるという事は君は私が渡した品の正体を知り、そして例え依頼人と再び待ち合わせを設定しても依頼は達成不可能というわけだな?」

 

「…………ああ」

 

 レイジングハート(アレ)は高町のものだ。転生者である俺たちがどうこうしていい物ではない。

 今回それだけは曲げられない条件だった。

 

「あの、もしこれを私が持っていることが原因で今シロくんが怒られているんだったら――――」

 

「高町!」

 

「その必要はない。そこにいる彼の判断は正しい。それは君が持っているべきものだ。私が言っているのはただの確認だ。依頼が達成不可能であると依頼主に伝えなければいけないのでね」

 

「――――所長!」

 

 ヒトは理解(わかり)合えたんだ…………

 所長が依頼主ではなく俺の意見を優先してくれるなんて。俺はこの人をどうやら誤解していたようだ。

 

「しかし、それとこれは話は別だ。私は、探偵という職業に誇りを持っていてね。その中の一つに依頼された仕事は何を持っても優先するというものがあるのだよ」

 

「しょ、所長?」

 

「高町なのは君は君の依頼主かね?」

 

「え―――?」

 

 想定外の質問に緩みかかっていた頬が弾けたように萎む。

 その視線は冷たかった。多分今まで俺が見た中で一番冷たい表情だ。

 

「確かに人助けは重要だ。私が君にしたようにね。しかし、だ。冷たいと思うかもしれないが君を雇ったのも私の依頼主の依頼を完遂するために最も有効な手段だと感じたからに過ぎない。実力で排除しても良かったが話し合いが出来、それで収拾がつく相手ならば私としても交渉を優先するからね」

 

「依頼じゃない人助けはするなってことか………?」

 

「そう殺気立つな。だが、私の言いたいことはそういうことだ。君が正義の味方という仕事についているのならば私は兎や角言わない。しかし、君も見習いとはいえ一応探偵だ。我々は慈善事業ではない。依頼主の依頼を受け、報酬を得て生活している。先日君に支払った給金もその一部からだ。本来君が依頼を優先していれば君は品の中身を知ることなく依頼を完遂し報酬を得ていた」

 

「その結果、高町は死んでいた!」

 

 「それがどうした?」とでも言いたげな所長に食ってかかる。

 確かに所長の言う通りあの時高町たちを無視していれば俺は何事もなくこうして所長と睨み合うことなく過ごせていただろう。

 だが、俺は探偵である前に死神だ。死神の役目は死者を尸魂界へと送ること。その際に合うであろう彼女の霊に俺はなんと言えばいいのだ?知らなかったといえばいいのか?君の事など目に入らなかったと――そんなことを言えばいいのか!?

 

「俺は死神だ。救えたかもしれない命を―――見捨てるわけには行かない」

 

「…………だが、今は探偵だ」

 

 斬魄刀に手をかける。それと同時に所長も腰に手を当てる。

 

(この距離で詠唱なんてすれば確実に負ける……)

 

 一触即発。

 こちらが動けば恐らく先手を取れる。所長がその異世界の能力を使うためには1サイクルの時間が必要であり、それが完了するまでは完全に生身だ。

 

「私が――――」

 

(やるなら――――今!)

 

「私が依頼主になります!」

 

 その声は今まで静観していた高町からのものだった。俺と所長の間に割って入った高町の手にはレイジングハートが握られている。

 三つ巴。そう言うにはあまりに危険な状態だ。戦闘行為に移れるスピードは俺、所長、高町の順。しかし、一度戦闘に入ってしまえば昨日今日初めて戦った高町と俺がたとえ共闘してしまっても室内では魔法も鬼道もその力を抑えられてしまう。

 

「君が依頼主に?」

 

「そうです。私がシロくんに助けて欲しいと依頼しました」

 

「高町――それは!」

 

 危険すぎる。所長は本当に変人だ。誰に対しても探偵としての誇りを持って接し、その行持のためなら、自らの探偵としての在り方を汚されることがあれば誰であろうと容赦はしない。

 

「では、彼は先に私が与えた依頼がありながら、後から受けた君の依頼を優先したというわけかね?」

 

「そうです」

 

「そうか、そのせいでもうひとつの依頼が達成できなくなったことについて君はどう思う?」

 

「そ、それは………」

 

 高町は言葉に詰まる。

 そう、これは悪手だ。先にやるべきことがあり、後から出来た用事のせいでそれが出来なくなった。その場合悪いのは誰かなど子供でもわかる話だ。

 

「それでも――それでも、私はシロくんに助けてもらいました。見て見ぬふりをしてもいい状況で私のために戦ってくれました」

 

「それは探偵として当然の行為だ。依頼を受ければ例え自分が死ぬとわかっていても行動しなければならない。フ、どうやら探偵として最低限のことは弁えていたようだな」

 

 所長が笑う。

 高町が持ってきたシュークリームを頬張りながら、自らのデスクへと戻っていく。

 

「どうやら高町くんの決意は固いようだ」

 

「所長!」

 

「所長さん――」

 

 高町も笑みをこぼし、次の瞬間所長の渡してきた書類を見て固まる。

 俺も慌ててその書類を見て同様に表情を失う。

 

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん―――おい、所長!」

 

「どうしたかね?彼女は依頼主だ。依頼というのは契約書が必要なのだよ。本来は、」

 

「それにしても小学生に払える額じゃねえぞ!?」

 

 そこに並ぶのは無免許の天才外科医もびっくりの数字。

 割と依頼金が高いのは知っていたが、これは桁が違う。

 

「我が所の大切な人材の文字通り命をかけた仕事だ。当然この程度は払ってもらう」

 

「しょ、所長さん………」

 

 先程まで意地でも変えないという程の頑固さを見せていた高町は涙目になっていた。

 無理もない。この年にして借金持ちになれと言われているのだ。3度の人生を送った俺でも同じ立場なら死にたくなる。

 

「私は先ほどの君の強い意志に感銘を受けた。一度に払えとはさすがに言わん。―――尚、本人に払えない場合は親、兄弟、友人に払って貰うことになっている」

 

「そ、それは……」

 

「あんた鬼か!」

 

 もはや蚊の鳴く声になっている高町を庇うように前に出るも、所長の顔は完全に獲物を捕らえた悪徳金利業者と同じで……

 

「心配いらない。君は知らないだろうが、私は君の実家である翠屋の常連でね。取立てはキチンとご主人にするし、利子は一杯のコーヒーとシュークリームでいい」

 

「そ、そんな、困ります…………」

 

「大丈夫だ。その書類にサインすれば問題ない。今回の件は正式な依頼として処理し、そこの彼に一切の責任は求めん。不屈の意志を持つ君のことだ。よもや、拒否はしないだろう?」

 

 ひとつも大丈夫な部分がなかった。

 この男、本気だ。本気でやるつもりだ。

 一度サインすれば最後、高町はこの若さで借金地獄に陥り、その人生をこの悪魔に搾り取られるだろう。

 

「高町、それにサインするつもりはない!」

 

「シ、シロくん―――」

 

「ほう、では私は元の依頼を優先せずに依頼でもない要件にかまけた君に契約の再サインして貰ったこの書類に従って違約金を支払ってもらえばいいのかね?」

 

 そう言って所長はもうひとつの書類を、俺がこの探偵事務所にきた際に書かされた書類を取り出す。

 ちょっと待て、そんなの聞いてないぞ!

 

「君はあの時慌てて見ていないだろうが、しっかりとここに事細かく書かれている」

 

「マジで!?」

 

 慌ててみると無数に羅列された文字の中に所長の言っていた言葉が載っていた。しかもこの書類、よほど長いのか最後のページの下に”続きはウェブで”とか書いてある。ネット使えないよ………

 

「さて、どうするかね」

 

「……し、します!」

 

「…………すまぬ」

 

 前と後ろだけでなく、横から上下まで固められてしまった俺たちはその悪魔の契約書にサインするしかなくってしまっていた。

 

「うう、お父さんお母さんごめんなさい」

 

「……すまぬ、すまぬ」

 

「ふむ、契約は完了したようだな」

 

 所長は高町がサインした契約書を満足げに見つめて更にもう一部、別の書類を取り出す。

 

「ま、まだあるのかよ!」

 

「こ、これ以上は………」

 

「勘違いするな、これは私の契約書だ。君とのな」

 

 絶望する俺たちに言い放った所長の言葉をもう俺たちは信じられない。

 意地でも全て読み解いてやるという気持ちでその紙を仇が如く睨みつける。

 

「この書類には所員――君のことだな。君が依頼を受け、その依頼を満足に達成できなかった場合、そして依頼主側に不備が有り報酬を支払われない場合。私が立ち会った場合に限り違約金または本来の報酬金を”私が”建て替えると書いてある。つまり、」

 

「「つまり、?」」

 

「高町くんは金を支払わなくていいし、君は問題なく依頼を達成したので何の問題もない」

 

「「しょちょう(さん)!!!」」

 

 感激のあまり言葉が全て平仮名になる。思わず抱きつきそうになったのを手で制される。

 

「何も心配することはない。私は探偵だ。探偵として、雇い主として当然の事をしたまでだ――――それでは二人共、詳しい契約内容の説明に進もうか」

 

 海鳴市に本来存在するハズの無い探偵事務所の主は笑顔で俺達を迎える。

 依頼を受ければ転生者だろうと原作キャラだろうと確実に遂行する。探偵として、自らの仕事に誇りを持つこの変人は海鳴市に住むものたちから敬意を込めて『海鳴探偵』と、呼ばれていた。

 

 

 

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