パソコンを借りる際に父が慌ててデータを消していたのを見なかったことにしつつ、何とかアカウントを開設する事ができた。中学生という事を考慮し、しばらくは顔は出さないという条件は出たが両親から配信の許可は下りた。これで練習の退屈も少しは紛れるだろう。
ついでに防音対策も相談しておけば良かったと少し後悔しつつ悩んでいるのは、スターリーに行くべきかどうかという問題である。ひとりちゃんの家が無かったのだから他のメンバーにも何かしらの影響があると考えるのが自然であり、もしスターリーが無かったら結束バンドが生まれる事は絶対に無い。本来ならば一刻も早く確認に行かなければならないのだが…
「明日も学校があるし、今日はもう休みましょう」
臆病な私はその後も理由を付けてスターリーに行く事を避け続けた。
周りの目を気にせずに生きる事にした私が学校で浮いているのかというと別にそんな事はない。
むしろ放課後に遊べない分、学校では積極的に同級生に絡んでコミュニケーションを取っていた。やはり趣味嗜好を知っているというのは大きく、特に親友だったさっつーとは速攻で打ち解けている。
同級生からは話していて楽しいが親が異常に厳しく放課後の付き合いが悪い。そんなふうに思われていると思う。
ただ、前世でも本音で話せる数少ない友達であったさっつーにだけは音楽に集中したいから遊びは断っている事を打ち明ける事にした。
「何の音楽やるの?ジャンルは?」
「ロック?ふーん…」
しばらく考えていたさっつーは私の顔を覗き込む。
「なんでロックなの?」
「なんでって…」
そもそも私が音楽を始めた切っ掛けはリョウ先輩に憧れたからであって、やりたい音楽があったわけじゃない。ロックを続けたのも特別な存在になりたいからだった。
最終的にはロックは自分の中で特別な存在になったが、それでなければならないという理由はなかった。結束バンドの音楽性はリョウ先輩に依存していたし、それ以外に手を出す余裕が無かっただけだ。
「特に理由は無いわね…強いて言うなら慣れ親しんでるから?」
当たり前のようにロックをやろうと考えていた。他のジャンルの事など聞かれるまで眼中にも無かった。何故か?それは成功が約束されているからだ。
自惚れではなく客観的に見て結束バンドの実力は国内トップクラスであった。私も見劣りしないだけの実力はあったし、それだけの努力をした。
だが運が無ければ実力があっても売れない。そんな事も珍しくないのがミュージシャンという職種だ。
もしアーティストとして成功できなくてもスタジオミュージシャンやサポートギターとして成功出来る。そんな風に無意識下で保険を掛けていたのだと思う。
(別に保険を掛ける事が悪い事だとは思わないけれど…)
せっかく若返ったのだから積極的に自分の世界を広げても良いのかもしれない。
「じゃあさ…私と曲作ってみない?」
「えっ?」
前世ではあり得なかった提案に顔をマジマジと見てしまう。
「さっつーの好きなジャンルって…」
「HIPHOP!」
(よりにもよって
闇の部分が多い音楽業界でも更にアングラ要素が強いのがHIPHOP業界である。前世では徐々に一般化してきていたが、正直中学生女子が今のHIPHOP界隈に踏み入るのは危ない。自分の世界を広げる決意をした直後ではあるがお断りしよう。そう考え口を開く。
「うーん、ラッパーって怖い人が多いイメージがあるしちょっと…」
「まぁ確かに…」
そう言いながら考え込んでいたさっつーは顔を上げる。
「現場に行かなければ良いんじゃない?」
「現場?」
「要は接する事が無ければ良いんでしょ?じゃあ曲だけ喜多がやってる動画投稿サイトに上げるのはどう?」
「まぁそれなら…」
勢いで決まった未知のジャンルの曲作りではあるが、世間に出す以上元プロとして生半可な気持ちで取り組む訳にはいかない。しっかり勉強をしなければ。喜ぶさっつーを見ながらそう決意を固めた。
「という訳で友達と曲を作る事になったの」
:マジ?
:JCがHIPHOPとか
:そもそも作曲とか出来たの?
その日の夜、チャンネル開設時から不定期でやっている弾き語り配信でその事を報告をした。
「先輩に作曲出来る人がいて、その人に基礎的な事は教えて貰ったの」
:初見です
:やべーな今時のJC
:先輩何者やねん…
:プロ志望ギター歴15年のワイ、歳下JCの超絶技巧に心が折れる
:顔出ししないんですか?
地道に投稿を続けた結果チャンネル登録者は3万人を超え、流れるコメントは初期に比べて大分増えてきている。
「顔出しは親から禁止されてて…」
:曲楽しみ
:中坊に響くリリックが書けるとは思えんけどなぁ
:ギター始めてどのぐらいなんですか?
:雰囲気でもう可愛いって分かる
ひとりちゃんの様に動画投稿のみで運用する事も考えたがリアルタイムの反応が見れる生配信はモチベーションの維持に繋がっていた。
「次回の配信はまだ未定だけど、演奏して欲しい曲があったら書いていってね」
「後、明日カバー曲投稿するので良ければ観てください!」
手を振りながら配信を切り一息吐く。
一つのミスがアーカイブとして残る生配信はやはり良い緊張感を持って臨める。リテイクが許されないライブで生きてきた自分にはその緊張感が心地良いものとして感じられた。
ベットに寝転がり、天井を見詰める。
「皆、今頃何してるのかしら」
答えが返ってくる事は無かった。
というわけで喜多ちゃんHIPHOPの曲作ります。そんな予定は一切無かったんですけどさっつーが好きだって言うから………どうしてこうなった?
参考までに。喜多ちゃんは結束バンドに
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入ると思う
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入らないと思う