未来へ響け! 北宇治高校吹奏楽部   作:大好きのハグ

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アンチ・ヘイトタグの使用は、一部キャラを下げる描写が存在します。
原作のその後を描いた作品ですが、ハッピーエンドとはいえない終わり方になるかと思います。
基本的にアニメ版準拠(全国大会のソリは真由、関西弁を使わない)ですが一部は小説版(久美子・秀一の関係等)から引っ張っています。


1話 久しぶりハイスクール

「懐かしい……ってほどでもないか」

 

 土日祝日お構いなしで通っていた校舎に足を運んだのは、いつ以来だろう。

 意識して考えないと答えにたどりつけないことに、過ぎ去ってしまった日々の長さを嫌でも実感させられてしまい、口から吐息がこぼれた。

 奏ちゃんの代の関西大会前に、差し入れを持って激励に行ったのが最後だったっけ。

 

 後輩の顔を見に行くのは、別に前部長だけの特権というわけではないはずだけど、奏ちゃん達が現役を引退したのを機に、私は前部長という立場から離れ、北宇治に顔を出すのをやめてしまった。

 いつまでも卒業生が大きな顔をしているのは邪魔になると思ったし、大学生活が忙しくなったのもあるし、本格的な吹奏楽から離れた私にとって、後輩たちは眩しくて羨ましくなったのもある。

 吹奏楽を完全にやめたわけではない。

 大学でサークルに入って続けていたけど、全国大会を目指すようなものではなく週に1,2回有志で集まって練習し、年に何度かの公演を実施するだけのゆるいサークルだった。

 

 関西大会の前だから、私が最後に北宇治に来たのが大学一年の夏。

 今が大学四年の5月だから、大雑把に3年ぶりという計算だ。

 校舎を見上げるまでは、もう3年も経ってしまった、という気持ちだったけど、実際に何も変わっていないように見える校舎を前にしたら、まだ3年しか経っていない、という方が正しい気がした。

 

「よし、入ろう」

 

 真新しいスーツを身に纏ったまま、いつまでも校舎前に立っているのは、不審者の一歩手前だ。

 気合を入れなおした私は、事前に指示されていたとおり事務室に向かった。

 

 

「よろしくお願いします」

「来たか。教え子をこうして迎えるのは教師冥利に尽きるというものだ」

「お久しぶりです、美知恵先生」

「すまん。教え子と言った私が悪いが、今は黄前先生も教師になるべくこの場所に来ている。私のことは松本先生と呼んだ方がいいだろう」

 

 事務室経由で職員室に向かうと見知った顔の恩師が出迎えてくれた。

 懐かしさに思わず高校時代の呼び方で呼んでしまったものの、窘められてしまう。

 高校時代のように教師と生徒という関係ではない。教育実習生とはいえ教師の見習いだ。

 これもけじめというやつなんだろうか。

 

 松本先生も、北宇治の校舎と同じように何も変わっていないようにみえる。

 子供だった私は大人になれたんだろうか。

 

「黄前先生には、少し大変だと思うが、実習中に吹奏楽部も見てもらいたいと思っているがいいか」

「はい」

「教育実習で、部活動は必須ではない。あまり無茶はしなくていいからな」

 

 そう。私は教師になるために教育実習生として、北宇治に帰ってきていた。

 吹奏楽部に顔を出すことが主目的ではない。

 

「まあ、今の吹奏楽部で無茶をすることもないと思うが」

 

 恩師の嘆きなのか、ぼやきなのか判断に悩む言葉に、私は笑ったつもりだったけど、笑えていたのかは自分でも分からなかった。

 ()()()()()()がどうなっているのか。噂としては耳にしていた。

 それを身を持って知るべく、現役時代は鍵の開け閉めのために日課のように通っていた道を歩んで、職員室から音楽室へと向かうのだった。

 

 

「……これはヒドイ」

 

 口にした後で、失言に気づいて慌てて口を右手でふさいだ。

 幸い、鳴り響いている不協和音に搔き消されて、私の失言は誰にも聞かれなかったようだ。

 リズムも悪ければテンポも悪い。それでもまだ揃っていれば、形にはなるのに各自でバラバラなまま演奏しているだけで、とてもではないが合奏とはいえないような代物だった。

 

 久しぶりに見るもうひとりの恩師である滝先生の姿よりも、演奏の酷さの方が気になったくらいだ。これは久しぶりに顧問の必殺技が聞けるかもしれない。

 

『なんですか? コレ』

 

 私が一年の頃に吹奏楽部だった部員たちにとっては、忘れられない強烈なフレーズだ。

 笑顔を崩さないまま傾けた首の角度まで脳裏に浮かび、それだけで背筋がヒヤッとして伸びた。

 

 演奏が終わる。

 指揮棒を振り終えた滝先生の言葉を緊張しながら待つ。

 静かに息を止めた。

 

「はい。では、もう一度やってみましょう」

 

 が、緊張していたのは私だけだったようで、それが当たり前かのように次の演奏がスタートした。再びの不協和音。何も変化していない。注意も指導も入っていないのだから当たり前だ。

 こんな演奏は、私が知っている北宇治ではなかった。

 なんですか、コレ。

 その言葉を不協和音を搔き消すように叫びたかった。

 でも、そんなことはできるはずがない。

 私は部員でもなければ顧問でもない。教育実習で少しの間だけ参加するだけのただのOGの一人に過ぎないのだから。

 調和の取れていない合奏を聞きながら、私は孤独を感じてしまっていた。

 この場での異物は、たぶん私の方だ。

 これが今の北宇治で、私が勝手に期待して、失望しているだけだ。

 俯いたまま今の北宇治の音楽を一人で噛みしめていく。

 強く握りこみ過ぎて爪が食い込んだ手のひらが少し痛んだ。

 

 何度かの演奏を繰り返してその日の吹奏楽部の練習は終わった。

 

 

「黄前先生は、失望しましたか?」

「はいえ、そんなことは……」

 

 練習終了後の職員室。滝先生と向き合う懐かしさを感じる余裕もなかった。

 あまりにも直球な質問に、何と答えればいいのかで詰まってしまい、変な言葉を選んでしまった。

 はいえってどんな返答だ。自分でもどうかと思う。

 

「少し意地悪でしたね」

「いえ、そんなことは……」

 

 こうして職員室で話していると、昔のことが浮かんでくる。

 何度か滝先生とは二人で話す機会があった。

 そのせいで麗奈に嫉妬されて大変だったんだっけ。

 親友の顔が浮かんだ瞬間、私の決意が固まった。

 部外者の私が言うことではないかもしれない。それでも、どうしても聞きたくなった。

 

「どうして練習中に何も言わないんですか?」

「今年の北宇治は、コンクールを目標にしていません」

「え!?」

 

 私は自分の耳を疑った。今、聞こえた言葉は間違いだと思った。

 

「音楽を楽しむ。それが今年の部員の決めた目標です」

 

 が、私の耳は正常に機能していたようだ。

 全国金賞を目指す。私が居た頃の北宇治にとって当たり前だったその目標は、既に過去のものになってしまったらしい。

 

「……それで滝先生はいいんですか?」

「私は、皆さんの決めた方針に従って指導する。それだけですから」

 

 滝先生は穏やかに微笑んでいたけど、私はその笑みを直視できなかった。

 あの合奏とは言い難い状態で放置している以上、その言葉に嘘はないのだろう。

 それでもそれが滝先生の本音だとは思えなかった。

 

 

「……疲れた」

 

 噂で聞く以上の現実を目のあたりにして私はショックを受けていた。

 家に辿り着くまでの足取りが重い。

 

 私達が卒業した後の北宇治はどうなったのか。

 結果だけは、追いかけていたので知っている。

 結論から言えば、私たちの代で全国金賞に輝くことができた北宇治は、残念ながら真由ちゃんのいた清良女子のように、全国強豪校に定着することができなかった。

 

 1個下の奏ちゃんの代は、関西大会金賞だったものの、全国大会出場を逃すダメ金。

 2個下のサリーちゃんの代は、関西大会銀賞に終わった。

 それぞれ私が三年の時の二年生、一年生達の世代で、私が直接関わっていた世代はここまでだ。

 

 全く知らない子達となった3個下の代にいたっては、関西大会出場すら逃した京都府大会のダメ金に終わり、今年の世代にいたっては、このままでは京都で金を取ることすら難しそうだ。

 

 私が秀一から聞いていたのは、今の北宇治がヤバいという噂だけだ。

 私はそれを大げさだな、と笑って流してしまっていた。

 北宇治の結果が年々落ちていることは知っていたけど、コンクールの成績はその年の部員の技量に大きく左右されてしまう。たまたまそういう年が続いただけだと甘く考えていた。

 実際に目にしてしまうと私が青春の全てを捧げたと胸を張って言える、大好きだった北宇治高校吹奏楽部とは、まったく違う部のように見えてしまって、胸が痛んだ。

 

 こんなことなら事前にもう少し今の北宇治について知っておいた方が良かったかもしれない。

 秀一の方が今の部の状況に詳しかったのは、男子の方が部員が少なかった分だけ男子部員での結束力が高いからだ。卒業した後も、先輩後輩との交流が続き、その縦の関係性を持って現役世代の情報まで入ってくるらしい。

 仲の良かった一部を除けば、既に疎遠と呼べる状態になりつつある女子と比べれば、雲泥の差だ。

 だからといって、羨ましいかって聞かれたら、煩わしそうと思ってしまうのは、親友の言う私の性格が悪いところだろうか。

 言い訳をさせてもらえるなら、私が部長を務めていた時の女子部員は70人を超えていた。

 この人数で関係を維持して連絡を取り続けるなんて不可能だと思う。

 

「秀一はどこまで知っていたんだろう」

 

 問いただしたくなって、鞄からスマホを取り出す。

 スマホの連絡先画面を開くところまではいったものの、そこから先は指が動かなかった。

 止まっている間にスマホの画面が落ちて、黒色の画面に私の顔が反射して映る。

 自分のことながら酷い顔をしていて、思わず笑ってしまった。

 

 せめて先月だったら気軽に聞けたのに。

 今の私と秀一は、微妙な関係にあった。

 全国金賞を取ったあの日に、恋人同士になった私と秀一の交際は4年間続いている。

 大学は別になってしまったけど近くの大学で、同じ吹奏楽部のサークルに入っていた。

 大なり小なりトラブルは起きて、距離感は一定ではなかったものの、別れることは一度もなかった。

 先月も二人で春休みを利用した小旅行に出掛けたばかりだ。

 このままずっと一緒に居るのかもしれない。はっきりと意識していたわけじゃないけど、なんとなく二人の将来について思うところはあった。

 

 そんな私たちの関係が崩れかけているのは、秀一が東京での就職を希望していることを知ったからだ。私にとってそれは青天の霹靂だった。

 私は教師を目指している。そして、できればいつか北宇治(母校)の教師になりたいと思っている。

 そのことを秀一は知っているし、応援もしてくれていた。

 公立校の教師は、都道府県ごとの所属になる。

 母校の教師になるためには京都府の教師になるしかない。

 つまり私が教師となった場合は、仕事を続ける限りずっと京都に住み続けることになる。

 

 私と秀一が希望通りに就職できた場合、京都と東京で離れてしまうわけだ。

 これが期間限定で済むのなら、遠距離恋愛で我慢できたと思う。

 でも、いつまで秀一が東京にいるのか分からないのに、ずっと恋愛関係を続けることができる自信はなかった。

 

「まさか、私と仕事どっちが大事なのって私が言うなんて」

 

 学生のうちから言うセリフでもないし、秀一よりも京都で教師になることを選ぶつもりの私が言えた義理じゃないのに、秀一に不満をぶつけてしまった。

 二人の関係は、どちらかといえば秀一が私を立ててくれていることで成り立っている自覚はあり、私が秀一に甘えてしまっていたんだと思う。

 大抵のことなら折れてくれる秀一も、今回は折れてくれなかった。

 どうして東京にこだわるのかは聞いたはずだけど、私とは無縁な分野の説明を受けてもよく理解はできなかった。

 そのことも秀一を腹立たせてしまったらしく、恥ずかしいことにそのままケンカに突入した。

 

 ケンカした時は、秀一が悪いと思っていた。

 冷静になった今では、たぶん8対2くらいで私の方が悪いと思っている。

 意地っ張りになってしまったのは、私が反省しないと。

 とはいっても互いに譲れないものが違うので、このまま別れることになるかもしれない。

 今は答えを出すための冷却期間を取っている。

 別れるにしても、付き合うにしても、長年一緒に過ごした仲だ。売り言葉に買い言葉で関係を壊すようなことはしたくなかった。

 

 ちょうど私の教育実習が控えていて忙しくなるというのもあって、教育実習後に話し合うことをなんとか約束して、今に至る。

 とてもではないけど、北宇治のことで秀一に聞くことはできなかった。

 

「…………」

 

 麗奈の声が聞きたい。

 無性にそう思ってしまった。

 

 再び明かりを取り戻したスマホの画面には、常にアメリカの現地時間も表示するように設定していた。

 向こうは、通話をできるような時間ではない。

 普段は気にならない時差なのに、こういうときは麗奈がアメリカにいるのが辛く感じた。

 

 秀一とのこと。

 北宇治の吹奏楽部のこと。

 

 麗奈に相談したかった。

 でも、麗奈には相談しにくいことでもあった。

 

 教育実習が終わるまでの2週間の間に、私は答えを見つけることができるんだろうか。

 先行きに対する不安が増したままで、私の教育実習がスタートしたのだった。

 

 そして次の曲が始まるのです。

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