未来へ響け! 北宇治高校吹奏楽部   作:大好きのハグ

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13話 決戦はあがた祭

 6月5日 金曜日

 

「えっと……とりあえず今日で区切りってことになりますが、定期的に顔を出すつもりですので、これからもよろしくお願いします」

 

 吹奏楽部の部員たちの拍手を浴びながら、私の教育実習が終わった。

 

 秀一の協力もあって、無事にメインとなる授業を乗り越えることができた。

 とりあえず肩の荷が下りた。教育実習生という立場がなくなり、吹奏楽部の指導の手伝いに専念することができる。

 ただ一番の難問が残っているので、まだ気を緩めることはできない。

 

「黄前先生、お疲れ様でした」

「ありがとう藤原さん。でも、まだ仕事が残ってるから」

「倉橋さんのことですか」

「期待はしないで……週明けまでに動きがなかったらごめんなさいってことで」

「いえ、無理をお願いしているのはこちらですので」

 

 結局、まだ滝先生とは、まともに話せていない。

 このあとの予定でどうなるのかが勝負だ。

 それによって、倉橋さんが復帰するのかどうかと、北宇治がA編成とB編成のどちらで大会に参加するのかが決まる。いろんな意味で気が重い話になりそうだった。

 あまり勝算はないけど、頑張りたい。

 

「あ、そうだ。これを渡しておくね」

 

 気を取り直して、用意していたファイルから楽譜を2部取り出して、藤原さんに手渡した。

 ユーフォパートの藤原さんと永井さんの分だ。

 

「『響け! ユーフォニアム』ですか」

「初日に私が演奏した曲。途切れて伝わらなかったみたいだけど、北宇治のユーフォニアムパートのテーマ曲だから一応渡しておこうかなって」

「そういえば、どこかで聞いたことがあった気がしたんです。針谷先輩が吹いてたのを聞いてたんですね」

 

 テーマ曲とは言ってみたけど、皆で吹く機会は多くなかった。

 私があすか先輩から受け継いだ後は、ずっと一人で大事に吹いていたからだ。

 考えごとをしたいとき、何かを決めないといけないとき、オーディションとか大きなイベントの前、定期的にこの曲を吹いてきたけど、自分と向き合いたいときに一人で吹く曲だった。

 三年生になって、ソリのオーディションに落ちてしまって、演奏者としての自分が特別ではないと認めたあとで、初めてこの曲をユーフォパートで共有することができた。

 奏ちゃんとかは、私がこの曲を大事にしていることを知っていて、一緒に吹きたいのをずっと我慢してくれていたらしい。

 もっと早く言ってくれれば、という気持ちもあるけど、奏ちゃんに言い出せなかったのは私に原因があったんだと思う。

 

 伝統というほど長い歴史があったわけじゃないけど、未来の後輩にも吹いて欲しいと願っていた曲だ。引き継いでいってくれたら嬉しい。

 

「久美子ちゃんお疲れー」

「橘さん、先生って言ってね」

「もう教育実習終わったじゃん」

 

 そう言われてしまうと、それでいいのかなって気もしてくるから困る。

 外部指導者として北宇治に協力してくれていた橋本さんは、はしもっちゃんと呼ばせていた。

 肩肘を張るのは終わりにしても──いや、やめておこう。松本先生が怖い。

 

「一応、立場ってのがあるから」

「はーい。それで、私にはプレゼントないんですか?」

「ないよ」

「ええー、藤原先輩ばっかずるい」

「ユーフォパートへのプレゼントだから」

 

 松本先生のクラスで低音パートの橘さんとは、藤原さんと並んで接する機会が多かった。

 彼女の明るさに助けられた部分も多い。

 それを思うと何かをプレゼントしてもいい気がするけど、何の用意もしていない。

 

「それで、チューバって人増えるんですか?」

「え?」

「噂になってますよ。上手い先輩が復帰するかもって」

「ええっと……」

 

 三年生には知られている話だから、噂が流れていてもおかしくはない。

 私は困って、藤原さんの方を見ると頷かれた。

 隠す必要は、ないらしい。

 

「勧誘中なだけで本当に戻ってきてくれるかはまだ分からないから」

「じゃあ、先生から私へのプレゼントは、それですね」

「人の勧誘をプレゼントってのは、ちょっと……」

 

 あまりにも堂々とした喜びっぷりに私の方が戸惑ってしまった。

 倉橋さんを復帰するにあたって気がかりだったのが同じパートの子の反応だ。

 特に橘さんは、微妙な立場に立たされることになる。

 

「……上手い人が戻ってきたら橘さんは嬉しい?」

「当たり前じゃないですか。どうしてですか?」

「同じパートに上手い人が入ってコンクールメンバーから外れるかもしれないから」

「自分がヘタなの分かってるし、出れないなら出れないでいいんですよ。上手い人が来てくれた方が教えてもらえてありがたいに決まってるし」

 

 強い。

 憧れの清良女子から真由ちゃんが転校してきて、動揺しまくった私の立場がない。

 完敗だった。

 

 落ち着いて考えてみたら、倉橋さんが復帰したらA編成(55人)。復帰しなかったらB編成(35人)でコンクールに出場する予定なので、倉橋さんが枠を埋めたとしても差し引き19人が多く出場できる計算になるけど。

 

「橘さんは、偉いね」

「ふふん。もっと褒めてください。誰が師匠だと思ってるんですか」

「師匠?」

「葉月師匠ですよ、葉月師匠。師匠も私と同じ初心者からチューバをはじめて、三年になってコンクールメンバーを掴んだんですよね。私も諦めずに、三年までに掴んでみせますから」

 

 葉月の薫陶よろしく胸を張る橘さんの姿を見て、私の胸にくるものがあった。

 

 葉月は、私よりも偉大かもしれない。

 現役時代から何かと助けられて、こうして今も頼りにさせてもらっている。

 同じ低音パートの同級生に葉月と緑が居てくれたこと。私はどれだけ恵まれていたんだろうか。

 今さらながら実感する私だった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 その日の夕方。

 

 麗奈が知ったら怒るだろうな。

 隣を歩く顔立ちの整った恩師の顔を見ながら、親友のことを思わずにはいられなかった。

 

 長いようで短かった教育実習もようやく終わり、ホッとする間もなく、滝先生とペアを組んであがた祭りに出掛けていた。

 間違ってもデートじゃない。

 秀一と別れたからといってすぐに次の男へ向かうようなふしだらな女じゃないし、なによりも滝先生は、親友の麗奈の想い人だからありえない。

 こうして二人で歩くだけでも、申し訳なさを感じる相手とどうして祭りに出掛けたのか。

 

「手伝ってもらってすみません」

「いえ。仕事の大変さを知れて良かったと思います」

「高校生は子供ではありません。私は必要ないと思うんですが」

「羽を伸ばし過ぎるかもしれませんし」

「黄前さんは、どうでしたか?」

「地元ですから、祭りだからといってそこまで……」

 

 一言で言えば、祭りの見回りのためだ。

 浮かれてお酒を飲んだりする生徒や、夜遅くまで出歩く生徒が出ないようにするのが役目で、これも北宇治の教師の仕事らしい。

 厳密には仕事ではなく、教師が自主的に見回っている形らしいけど、若い教師を中心に当番が回ってきたり、教師でペアを組んで動くあたり、仕事と呼んで差し支えないと思う。

 教育実習生に対する割り振りはなかったものの、松本先生に声をかけられてノーとはいえなかった。先日ごちそうになった分の恩返しだ。

 その結果が、滝先生とのペアで祭りに参加することになるとは思わなかったけど。

 でも、滝先生と話すきっかけが欲しかったので、望むところだ。

 どうにか折を見て、吹奏楽部の話をしなければならない。

 

 気がかりなのが、麗奈のことだ。

 言わずにバレたら怒られそうだし、でも麗奈に素直に話して説得できるのか自信もなかった。

 麗奈は滝先生が絡むと途端にめんどくさい女に早変わり──ううん、麗奈は滝先生が絡まなくてもめんどくさいし。悩んだ結果、麗奈には何も言わずに、こうして滝先生の隣を歩いている。

 

「部員が問題を起こさないかを心配していた気がします」

「部長らしいですね。では、それを防ぐために見回りを頑張りましょうか」

「はい」

 

 滝先生には言わなかったけど、あがた祭りの思い出は、いろいろとあった。

 

 一年の時は、葉月が秀一をあがた祭りに誘って告白するしないで盛り上がっていて、私はそれをどう受け止めればいいのか分からなかった。

 秀一から誘われたけど葉月のことが脳裏によぎって、断るために適当にこの子と約束があるからって縋った相手が麗奈だったんだっけ。

 麗奈と祭りを回ることになって、あの日から麗奈と私の関係はただの同級生から違ったものへと変化したように思う。

 結局、人混みが嫌いな麗奈に合わせて大吉山の展望台まで登って二人で宇治の町並みを見ながら語り合っただけだから、あがた祭りに参加したといえるのかは微妙かもしれない。

 誘った経緯はあいまいだけど、あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。

 遠くから聞こえる祭りの音。

『特別になりたい』と口にした麗奈の美しさ。

 その思いに強く共感したことが、私が麗奈と仲を深めるきっかけとなった。

 私が特別になりたいと強く思いだしたのも、この日からだ。

 

 二年の時は、秀一と付き合っている真っ最中で、秀一からは麗奈を優先するように、麗奈からは秀一を優先するように言われて、秀一と祭りを回ることになった。

 二人で祭りを回っただけで私は満足していたけど、秀一はどう思っていたんだろう。

 祭りの後で麗奈との約束があったから、本当に文字通り祭りを回って出店を楽しんだだけだ。

 当時は、何も思わなかったけど、今考えたら高校生のカップルが祭りに出かけたにしては、色気がなさ過ぎたかもしれない。

 あがた祭り一つとっても、秀一がどれだけ私に気を使い続けていたのに思い至って、胸が苦しくなった。

 

 秀一と別れたあとで、展望台にいた麗奈と合流して、麗奈のトランペットの音色を聴いた。

 私だけのために開いてくれた麗奈のコンサート。

 いつまでもこんな時間が続けばいいな、とその音色の甘美さに、震えたことを覚えている。

 

 三年の時は、麗奈の家に誘われた。

 二人で自由曲のソリを麗奈の家のスタジオで奏でたことが忘れられない。

 本番でも吹きたいってお互いに言い合って、麗奈は有言実行してずっとソリに選ばれ続けたけど、私は関西大会以降は真由ちゃんに負けて吹けなかった。

 当時は苦しめられたけど、あれがあったから北宇治は全国大会金賞に輝けたとも思っている。

 

 こうして思い返してみたら、思った以上に祭りに参加していないのが分かる。

 祭りの日に何をやっているんだって話だけど、私も麗奈もみんなとは違うことがしたかったから、自然とそういう選択肢になっていた。

 麗奈が人混みを好まないってのも大きかったけど、私も積極的に参加していないのでお互い様だ。

 

 卒業して一年目だけは、まだ麗奈が日本にいたので、一緒に展望台に上ったりしたけど、去年と一昨年は、特に何かをするわけでもなく終わっていた。

 秀一と付き合っているんだから、秀一と過ごすという選択肢はあった。

 ただ、知り合いにあったときにからかわれるのがめんどくさかったのと、なんとなくあがた祭り=麗奈と過ごす日というのが私の中であったんだと思う。

 一年目に麗奈と過ごすからと断ってからは、二年目以降は誘われることもなかった。

 

 本当に秀一は私に気を使いすぎだ。

 秀一と別れたという判断はこれからずっと後悔することになるんだろうけど、判断が間違っていたとは思わない。

 もし私が秀一と付き合い続けていたら、秀一は私に気を使って東京でやりたいことをやるという夢を捨てたと思う。

 それは、私にとっては嬉しくても素直に喜べることではなく──ダメだ。まだ秀一のことに関しては、割り切れていないみたいだ。考えがまとまらない。

 こういうのも時間が解決してくれるんだろうか。

 

「久美子ちゃん、滝先生と何やってるの? もしかしてデート?」

 

 などと考えていると、知っている生徒と遭遇した。

 

「見回りです。橘さん、一応、先生って言ってね」

「えーでも学校関係ないじゃん」

「お願いだから」

「仕方ないなー」

 

 橘さんは、吹奏楽部ではなくクラスの子と遊びに来ていた。

 私が教育実習で担当したクラスで、寄せ書きをもらって別れた当日の再会で、なんとも締まらないものになってしまった。

 先生と呼ばせるのも変な気がしてくるけど、自主的に仕事として来ている手前、そこを譲るわけにはいかない。

 

「あんまり遅くならないうちに帰るように」 

「はーい」

 

 どうにか指導をして離れる。

 

「様になってましたよ」

「そんな、まだまだです」

「生徒が声をかけたのは私ではなく黄前先生だった。これは大きいと思います」

「私が舐められているだけだと思いますよ」

「そうでしょうか」

 

 私が現役の頃は、滝先生に気軽に話しかけることなんて出来なかった。

 入学当初こそイケメンだと騒がれていたけど、吹奏楽部での厳しい指導の結果、すぐに吹奏楽部の中では騒ぐ生徒はいなくなっていた。

 あ、麗奈は例外だ。

 部長になったのもあって、私は滝先生と話す機会はそれなりにあったけど、常に緊張と共にあったと言えるくらいには、気軽に話すような関係ではない。

 秀一は私が親しかったと言っていたけど、そんなことはないはずだ。

 麗奈が目を光らせたのもある。

 けっしてフレンドリーに接したことはなく、それくらい頼りにしつつも怖い存在だった。

 

 今の吹奏楽部の部員は、滝先生の怖さを知っているんだろうか。

 一年は知らないみたいだ。

 

「塚本君には悪いことをしたかもしれません」

「え?」

「デートだと誤解されかねない行為は控えた方が」

 

 いきなり秀一の名前を出して何を言い出すんだろうこの人は、と怪訝な目で見てしまった後で、理由を聞いてきょとんとしてしまった。

 どうやら滝先生は、橘さんがデートか聞いてきたことを気にしているらしい。

 

「あれは、たぶん冗談ですから気にする必要ありませんよ」

「そうだといいんですが」

「それに……秀一とは、もう別れましたので」

「そうなんですか。嫌なことを言わせてしまいました。すみません」

「いえ、もう終わったことですから」

 

 まさか秀一と別れたことを伝える相手が、麗奈の次に滝先生になるとは思わなかった。

 私と秀一が付き合っていたことは、吹奏楽部のほぼ全員に知られてしまっている。

 これからしばらくは、何度もこういうシーンをこなさないといけないんだろう。

 口にするたびに、私と秀一との関係が断ち切られていくような気がする。私が望んだこととはいえ、何とも気が重い話だった。

 

 出店が並んでいる区域を中心にゆっくりと祭りの会場を往復し、北宇治の生徒を見かけるたびに声を掛けて回る。

 

「おう。滝先生見回りかい、お疲れさん」

「お疲れ様です」

「そっちの子は……もしかして全国大会金賞の時の部長さんか」

「ええっと……こんばんは、お疲れ様です」

 

 会場の出口近くで、法被を着た恰幅の良い男性に話しかけられて、戸惑ってしまった。

 私のお父さんとどっちが上かって感じの年齢だろうか。

 見たことがあるような気がするけど、誰だったかまでは思い出せない。

 

「なんだなんだ。珍しい組み合わせだな。どうしたんだ」

「彼女が今日まで北宇治で教育実習をしていまして、その流れで手伝ってもらっています」

「おーー、ってことはお前さんも教師志望かい」

「はい」

「そうかそうか。それなら北宇治も安泰だな」

「我々教師は、希望の高校に配属されるかは分かりませんよ」

「そんなもんなのかい。まあええ、ちょっとこっちきて座っていきな」

 

 祭りの関係者が利用すると思われるテント内に案内されて、滝先生に続く形で奥のパイプ椅子に腰かける。

 見知らぬ大人たちに囲まれる状況が、どうにも落ち着かなかった。

 おじさんが他の大人と話している隙をついて、小声で滝先生に尋ねる。

 

「どなたですか?」

「商店街の会長さんです」

 

 商店街の会長と聞いてもピンとこない。

 どこで遭遇したんだろう。

 

「簡単に言えば、北宇治高校吹奏楽部のスポンサーですよ」

「スポンサーですか」

「別にたいしたことじゃねえよ。定期演奏会でちょっとだけサポートさせてもらっているだけだ」

「いえ、大変助かっています。毎年ありがとうございます」

 

 言われて思い出した。

 北宇治が毎年やっている定期演奏会のチラシやパンフレットには、協賛として商店街の名前が入っていた。

 部長を務めていた時に、副部長だった秀一と一緒に、商店街まで挨拶に行かせてもらったんだっけ。

 

「ありがとうございます」

「ええって……滝先生のお父さんの頃からずっとさせてもらってることだから」

「父に代わってお礼を言わせてください」

「宇治の名前が全国に届く。そのサポートができるのならスポンサー冥利に尽きるってもんよ」

 

 がはは、と豪快に笑う商店街の会長の姿を見ながら、私があまり意識をしていなかった吹奏楽部の一面に思いをはせる。

 吹奏楽部は、とにかく金食い虫だ。

 楽器の購入でお金が足りなくなるわけじゃない。

 むしろ、購入まで手を回せたらその年は上手くいってる証拠だ。

 楽器を買わなくても、楽器を演奏できる状態に維持するだけでも大変で、消耗品の購入や定期的にメンテナンスするだけでも結構お金が必要になる。

 コンクールや演奏会で楽器を運ぶのにも、トラックやバスを手配しないといけないし、公用施設を使うにしても合宿や演奏会にもお金が掛かる。

 

 人数が多いのもあって、学校からは部費を他の部活よりも多めに支給されていたりする。

 学校の集会はまだしも、運動部の応援で吹奏楽部が借り出されるのは嫌いだったけど、自分たちの代になって学校から支給される金額を見たら、学校側に都合よくつかわれるのも仕方ないって納得できてしまったくらいだ。

 それでも足りずに、毎月部費を徴収してどうにか間に合わせているのが現実だったりする。

 どうやらそれだけではなく、地域の人にも支えられて北宇治吹奏楽部は成り立っていたみたいだ。

 部長をやっていた頃は、目の前のお金の管理だけでいっぱいで、年間を通した予算の使い方は先生方に任せっぱなしだったので、気づかなかったことだ。

 

「去年は京都止まりで、すみません。今年もどうなるか」

「しまった。言い方を間違えたか。全国に出てくれたら嬉しいけどよ、全国に出るから応援してるわけじゃねえ。おじさん達は北宇治のファンだから、活動を頑張ってくれるだけでええんよ。その上で全国まで行けたら最高って感じか」

「とはいいましても、楽器の件でもご迷惑をお掛けしましたし」

「結局用意できなかったから気にするな。それより今年も一杯飲んでいきな」

「まだ見回り中なんですが」

「固いこと言わずに、さあさあ」

 

 滝先生に紙コップを持たせて、一升瓶から酒を注ぐ会長。

 今年もってことは、毎年恒例の行事なんだろうか。

 

「では、一杯だけ」

 

 滝先生が、あっさり抵抗をやめて酒を飲むあたり、恒例なのかもしれない。

 

「元部長さんは、飲める口かい?」

「会長、彼女は──」

「──飲みます」

「黄前さん」

「おお。それじゃ一杯」

 

 北宇治の吹奏楽部を応援してくれている人たちがいる。そのことが嬉しかった。

 滝先生は庇ってくれそうだったけど、その人たちとの付き合いなら、私に断る理由はない。

 秀一のことが一瞬だけ脳裏をよぎったけど、別れたあとだ。

 日本酒はあまり飲みなれないけど、お酒は嫌いでも苦手でもないから、たぶん大丈夫だろう。

 

 紙コップを受け取ると、なみなみと注がれたそれへと口をつけて喉を鳴らしたのだった。

 

「いい飲みっぷりだ。気に入った」

 

 そして、次の曲がはじまるのです。

 




次回更新は土曜日予定です。
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