未来へ響け! 北宇治高校吹奏楽部   作:大好きのハグ

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2話 あこがれファンファーレ

「黄前久美子です。担当教科は社会です。よろしくお願いします」

 

 教壇に立つ前は緊張していたけど、いざ人前に立ったら緊張は消えてくれた。

 興味津々と言った感じの生徒からの視線も、全国の舞台で演奏をしたことに比べたら、なんでもなかった。

 部長としてみんなの前に立つことが多かったのも、いい経験になってくれているんだと思う。

 あの3年間があったから今に繋がっていると思えば、嬉しかった。

 

 私の指導教員は松本先生が受け持ってくれたので、そのまま先生の受け持ちクラスである一年三組が私がメインでお世話になるクラスとなった。

 偶然にも私が一年の頃と同じクラスで教室の場所も変わっていないため、懐かしさと同時に慣れ親しんだ感覚があったことにも助けられている。

 葉月や緑とあれこれ話して盛り上がっていたのは、あの辺りだっけ。

 今ではもう何を話していたのかは思い出せないけど、それだけくだらないことでも毎日が充実して楽しかったんだと思う。

 

 ほとんど私への質疑応答となったホームルームを終えて、授業準備のために一度教室を出た。

 

「黄前先生」

「はい」

「生徒と親しくするなとは言わない。が、生徒に舐められるのは、褒められたものではないな」

「すみません」

「教師は生徒の友達ではない。自覚を持て」

「はい」

 

 さっそくやらかしてしまった。挨拶は上手くいったのに。

 ホームルームの感想としては、若さってすごいだ。

 怒濤の質問攻めに、完全に圧倒されてしまった。

 まだまだ若いつもりだったけど、高校生と大学生でここまで違うらしい。

 

 なんとか抜かりなく答えていたけど『彼氏はいるんですか?』の一言で、秀一の顔が浮かんでしまい答えに困窮したのが失敗だった。

 イエスともノーとも言わない。

 それはもはや高校生にとっては答えたようなものだったらしく、そこからは彼氏に関する質問が矢継ぎ早に飛んできて、さばききれずにいたところを松本先生に助けられてしまった。

 初日から反省しきりだ。

 

「ところでだ」

「なんでしょうか」

「一つ聞くが塚本とはどうなっている」

「はい!?」

「なんだ。付き合っていたんじゃないのか」

「付き合ってますけど、今は微妙になっていまして……」

 

 秀一と私は、高一の冬に付き合い出して、高二の夏、私の部長就任と同時に、吹奏楽部に専念するために別れた。その後、全国大会金賞を達成して、再び交際を始めた。

 最初に付き合っていたときは、こそこそ隠していたけど、二度目の交際は、特に隠していたわけではない。

 松本先生が知っていてもおかしくはないけど、恩師に真面目な顔で尋ねられると気恥ずかしさの方が強かった。

 まだ堂々と付き合っていると答えられたらマシだったんだろうけど、今の関係はどう説明すればいいのか判断に悩むような状態だ。

 

「長い付き合いなら色々あるだろう。悩め、若人」

「はい」

 

 もし相談したら乗ってくれるんだろうか。昔から変わらない背筋の伸びた背中を追いながら、そんなことを考えてしまった。

 

 

「……疲れた」

 

 今日の実習は見学がメインだったにも関わらず、放課後を迎える頃には頭が悲鳴を上げていた。覚えないといけないことが多くてパンクしそうだ。

 ファイルに挟んだメモを見るのが怖い。

 要点をまとめる余裕もなくて乱雑に書き殴っていったけど、見返したときに意味がある言葉になってくれていることを願うばかりだ。

 家に帰った後でまとめ直すしかない。

 

「部活に行こう」

 

 授業が終わったらそれで解放とはならず、細やかな残務を教わりつつも処理して、1時間弱が経ったところでようやく解放となった。

 

 せめて、部活には足取り軽く向かえればよかったのに。

 昨日のことがあって、心は晴れないままだ。

 気軽に引き受けなければよかった。

 そういえば、私が北宇治で吹奏楽部に入ったのも葉月達に流された結果だったっけ。

 流される癖は、いつまで経っても変わらないのかもしれない。

 

「パート練習中?」

 

 音楽室の隣の教室から音が漏れ出ていることに気づいた。

 この慣れ親しんだ音は、ユーフォだ。

 ドア窓から覗くと窓際でユーフォと向き合う生徒2人と4人で輪になっておしゃべりに興じる生徒の合計6人が教室内にいた。

 

「低音パートの伝統は、まだ生きてたんだ」

 

 伝統とはもちろんおしゃべりのことではない。場所の話だ。 

 低音パートの楽器は重い。運ぶのには苦労する。

 そのため練習場所は優遇されていて、音楽室から一番近い教室が低音パートの指定場所となっていた。その伝統は今も健在らしい。

 重い楽器を持ち運ぶのも大変なので、当たり前かもしれないけど、自分たちの代から変わらないものがあったことが少しうれしかった。

 

 扉を開けて中に入る。

 少し埃っぽいのすらもどこか懐かしい。

 演奏中の生徒の邪魔にならないように軽く会釈だけで、演奏が途切れるタイミングを待つつもりだった。

 

「久美子ちゃん、こんにちは」

「……こんにちは。一応先生って呼んでね」

 

 すぐにおしゃべりをしていたグループに囲まれてしまい、気遣いは無駄となる。

 内心ため息をこぼしながらも挨拶と注意を返した。

 

「由香里、誰?」

「教育実習の久美子先生。昨日も合奏中に来てたでしょ」

「ああ、言われてみればいたような」

「橘さんは、吹奏楽部だったんですね」

「はい。吹奏楽部です。久美子先生はどうしてここに、昨日も来てましたよね」

 

 由香里と呼ばれた生徒には見覚えがあった。松本先生が担当するクラス、つまり私が実習でお世話になるクラスの生徒だ。

 まだ名簿と顔が全員一致しているわけじゃないけど、どうにか苗字を思い出すことに成功する。

 橘由香里。はきはきと喋る彼女は、クラスでは目立つ存在だったことが勝因だと思う。

 

「教育実習中は、吹奏楽部に顔を出すつもりだから。よろしくね」

「そうなんですね。よろしく」

 

 橘さんをきっかけに、四人の名前と担当楽器を知ることができた。

 チューバが三人とコンバスが一人の全員女子生徒だ。

 チューバの一人とコンバスの子が二年生で他は一年生らしい。運ぶのが大変だから気持ちは分からなくもないけど、せめて雑談するにしても、楽器くらいは手元に用意しておいて欲しいところだ。完全なやる気ゼロだ。

 ついでに、ユーフォを練習中の二人は、三年生と二年生というのも教えてもらった。

 

「久美子先生は彼氏がいるんですよね」

「プライベートの質問にはお答えできません」

「ええー、いるんですよね」

 

 今度は動揺することなく答える事ができた。

 姦しい追及をやり過ごしていると、窓際でユーフォを演奏していた女子生徒が演奏をやめて近づいてきた。

 ちょっと騒がしくし過ぎたかも。

 反省しつつ女子生徒を見る。

 手にしているユーフォは、銀色に輝いている。あすか先輩や真由ちゃんと同じタイプのもので、備品ではなくマイ楽器のようだ。少しだけ羨ましく、少しだけ身構えるものがあった。

 奥にいるもう一人は、見慣れたもので、おそらく学校の備品のユーフォっぽかった。

 

「あの、黄前久美子さんですよね」

「……先生って呼んでください」

 

 あれ? 私は名乗ったっけ。

 名前を知られていることに戸惑いつつ、先生をつけるように注意をする。

 目を輝かせた女子生徒は、ユーフォを持っていなかったら私を抱きしめたんじゃないかって勢いで身を乗り出してきた。

 

「低音パートリーダーの藤原です。私は4年前の京都府大会と全国大会を聴きに行ってました。全国大会で金賞に輝いた黄前先生達に憧れて北宇治に来たんです。私にユーフォを教えてくれませんか」

 

 そして次の曲がはじまるのです。

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