未来へ響け! 北宇治高校吹奏楽部   作:大好きのハグ

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3話 げんざいちディソナンス

「あんまり期待しないでね。高校時代よりは下手になってるから」

 

 先に言い訳をしてしまうのも、大人になった証なんだろうか。

 期待の眼差しを浮かべてくれるのはうれしいけど、その期待が怖くもある。

 私が全国で金を取ったという話から、低音パートの子達に囲まれて演奏を聞いてみたいと話が進み、流されることに定評のある私にその濁流に抗うことはできなかった。

 楽器室で使われていない楽器を借りる。私が現役当時使っていたものだ。

 今の北宇治のユーフォ奏者は2人で、そのうち1人がマイ楽器。つまり、北宇治の備品で使われているユーフォは1台だけだ。

 夏紀先輩、私、奏ちゃんの愛用していた北宇治の3台のうち2台使われていない計算で、私の楽器が残っていたのも驚くようなことではない。それでも、私が現役当時使っていた楽器が現在使われていなかったことに、強い縁を感じてしまった。

 

「こんなに古かったんだ」

 

 現役時代は気にならなかったのに、改めて見るとメッキがところどころ剥がれかけているのが目立ち、指でなぞってしまった。

 この金属の匂いすら愛おしい。

 

 大学生になった私は、バイトしてお金を貯めて、貯金も使い果たす勢いでどうにか自分だけのユーフォを手に入れていた。苦労した分だけ愛着があると思っていたけど、どうやらこのユーフォには敵わないようだ。

 こみあげてきたものに思わず相棒と呼べるユーフォを思わず抱きしめてしまった。

 これが私のユーフォだ。

 生徒達からは、怪訝そうな目で見られてしまったけど、久しぶりの再会の不可抗力だ。見逃して欲しい。

 緑がコントラバスに名前をつけた時は、呆れて見ていたのに、今の私なら緑みたいに名前をつけたかもしれない。

 

 10分ほど時間をもらって、準備を済ませる。

 使われていなかったので心配していたけど、メンテナンスに問題はなかった。

 手入れは行き届いている。

 あとは私の実力だけが問題だ。

 求められているのは、全国大会で金賞を取るような演奏で、今の私には正直荷が重い。

 

「いきます」

 

 呼吸を整えてからマウスピースに口づけた。

 楽譜を借りようかと思ったけど、不慣れな曲で不出来な演奏ではなく、今の自分にできる一番の演奏を聴かせてあげたい。

 それだったら、選択肢は一つしかない。

 何度も何度も繰り返し奏で暗譜というよりも、もはや指が覚えている。

 あすか先輩から受け取ったあの曲だ。

 

『響け! ユーフォニアム』

 

 色々な思いも込めてマウスピースを吹き込む。

 イメージするのはいつだって同じだ。

 ずっと憧れていたあすか先輩の暖かで柔らかな音。

 私の意識は、自分が奏でる音に集中していった。

 

 

「……こんな感じで」

 

 楽器から離れていたわけじゃない。吹奏楽サークルと自分のユーフォで練習を続けていたけど、手応えは完璧からは程遠い。音楽漬けだった高校の頃の私が聴いたら苦笑いを浮かべていたレベルの演奏だった。

 

「久美子ちゃんすごーい」

「さすがですね」

「だから先生って呼んでね」

 

 どうにか期待に応えることができたようで、顔には出さないようにして内心で胸をなでおろす。

 それはそれとして、このままだと久美子ちゃん呼びが定着しそうで怖い。

 松本先生に睨まれる前にどうにかしなくては。

 

「どうやったらそんな音を出せるんですか」

「基礎練習の繰り返しかな。基礎練習って地味だし、すぐに効果が出るものじゃないから辛いけど、丁寧にずっとやり続ければ半年後とか1年後に音が変わってくるよ」

 

 ロングトーンは北宇治に通った3年間、ほぼ毎日欠かさなかった自信がある。

 誰よりも繰り返した。

 その自信がなかったら、全国大会金賞を取った清良高校から転校してきた真由ちゃんに張り合うことなんてできなかった。

 

「難しい曲の技巧とかにあこがれると思うけど、音がブレたら意味がなくなるから、まずは音をブレずに演奏するのを目標にするのが一番だと思う」

 

 指がついていけても、息がついていけなければ、いい音色で奏でることはできない。

 結局は、基礎をしっかりとやらないと伸び悩んでしまう。

 

「基礎練習って腹筋とかランニングとか? あんなの意味あるの?」

「しっかり音を出すには、腹筋を使わないと音が出ないから意味はあるよ。ランニングは体力づくりの一環でランニングしたから音が良くなるとかはないけど、上手くなるには反復練習が必要で、反復練習をこなすには結局体力が必要になるから無駄にはならないって感じだと思う」

 

 肺活量と息のコントロールにもランニングはいいらしいけど、そのことは口にはできなかった。

 家でも体力づくりを心がけていたけど、ランニングは苦手でそこまで力を入れていなかったので偉そうなことを言える立場じゃない。

 

「それで、教えて欲しいってことだったけど、どうしようか」

「低音パート全体を見て欲しいです。それでいいよね?」

「はい」 

 

 私に憧れて北宇治に入ったという藤原さんが、低音パートのリーダーだ。

 彼女の言うことに、全員が頷いた。なんとか私は指導者として見てもらうことに成功したらしい。

 私の演奏を聴いて、少しはやる気を見せてくれたのなら、演奏した意味もあった。

 藤原さんに上手く利用されただけかもしれないけど。

 

「えっと……」

 

 とりあえず、生徒の手に楽器を持たせることに成功した。

 楽器を用意した生徒と改めて向き合う。

 指導者として認められたのはいいけど、いざ指導をしようとするとどこから手をつければいいのかが悩ましい。

 今の低音パートのレベルは、かなりバラバラだ。

 パートリーダーの藤原さんは、マイ楽器所持者だけあり、さっき聴いたユーフォの演奏は中々のレベルだった。私の知る中では、私が三年の時の奏ちゃんが近い。

 もう一人のユーフォ奏者も筋は悪くない感じだ。

 問題は、おしゃべりに興じていた組。その中でも特に一年生は質問内容からしても楽器を用意してなかったやる気の無さからしても、ほぼ初心者らしい。

 こういうとき滝先生はどうしていたんだっけ。

 

「最初は歌ってみようか」

「歌? 私たちは楽器をやるんですよ」

「楽譜を読む基礎訓練です。今日は歌というかチューニング。とりあえず声でこれと同じ音を出してみて」

 

 滝先生のときはノートパソコンだったけど、私はそんな用意はしていない。

 スマホでも単音を鳴らすことに困らない。

 音量的には心ともない1つの音をスマホから響かせた。

 

「この音で、ええっと藤原さんからお願いします」

「はい」

 

 一人で声を出すのは、音を外すと恥ずかしいし、ちょっと勇気がいる行為だ。

 だからまずは、やる気のある子からやらせる。

 一人が始めればあとは従ってくれるはず。

 

 部長時代に取得した私の腹黒さは健在で、目論見通り全員が参加してくれた。

 音感自体は悪くないみたいで、大きく外す子はおらず、2,3回音を聞かせて調整すれば正しい高さの音を歌うことができた。

 センスは悪くない。これは朗報だ。

 

「今度は楽器を使って同じ音を。また藤原さんから」

「はい」

 

 声を出すことで意識させた音を今度は楽器を使って響かせていく。

 さっきよりは時間が掛かる生徒もいたものの、最終的には全員音を再現することができた。

 

「最後に、全員で一緒に。音を合わせることを意識して」

 

 スマホから響いている音に音がぶつかっていく。

 最初は揃いきれておらず音がぶれていた。

 それでもゆっくりと、一人、一人と音を重ねることに成功していき、最終的にには歪みが消えて一つの音を形成することに成功した。

 

「はい、ストップ。今の感じ分かった?」

「はい」

「今、低音パート全員で音程を合わせる事ができた。楽しくなかった?」

「楽しかったです」

「楽しいかは分からないけど、気持ちよかった」

 

 手応えを感じたのは生徒側も同じで、練習を始める前とは目つきが変わっている。

 これなら大丈夫そうだ。

 

「えっと、じゃあ、あとはこれをいつでもできるように練習しようか。使ったアプリを教えるので、音を確認しながら生徒だけで」

「はい」

 

 結局、この日は低音パートの指導だけで終わってしまった。

 

 

 翌日以降に各パートを回って、音程を合わせる練習を指導していき、金曜日の放課後にはなんとか全パートを回ることができた。

 

 各パートを回って分かった部の現状は、はっきりいって最悪に近い。

 

 1、部員数が56人しかいない。

 2、新入生指導係もいない。

 3、伝統のサンフェスは不参加だった。

 4、コンクールでA編成で出場するのかどうかすら決まっていない。

 

 正直、投げ出したくなるような状態だった。

 どうしてここまで悪化してしまったのだろう。

 

 そして次の曲がはじま──はじめられそうにない。

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