未来へ響け! 北宇治高校吹奏楽部   作:大好きのハグ

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5話 オーマエノクターン

「葉月ごめんね。働いてて大変だと思うけど」

「いいよいいよ。疲れてないって言ったら嘘になるけど、私も気になってたし」

「葉月でも疲れるんだ」

「そりゃいきなり20人以上の子持ちになった感じだからね」

「うわぁ……」

 

 低音パート組では、屈指の体力お化けだった葉月でも疲れるってどんだけ大変なんだろう。

 葉月は、北宇治を卒業後短大に入学し、資格を取って希望していた保育士になる夢を叶えている。

 短大に居た頃は定期的に会っていたけど、保育士になってからは忙しいみたいで会う頻度は減っていた。

 貴重な休みを潰してまで来てくれたわけで、感謝しかない。

 

「ほら、私って初心者だったでしょ」

「うん」

「私が一番先輩達にお世話になったから、その分は私が返さないとさ」

 

 力こぶを作って笑ってみせる葉月は頼もしかった。

 新入生の指導係も務めた葉月なら任せても大丈夫だろう。

 

「久美子ちゃん、コンバスの子はどなたですか?」

「えっと、この子。任せていい?」

「はい。緑に教えられることは全部伝えます。あ、ジョージくんは使われてないんですね」

 

 私には同じように見えるけど、緑はしっかりと北宇治に2つあるコントラバスの区別がついているらしい。緑が愛用していたのがジョージくんで、現役生が使っているものが求くんのやつだ。

 順当に楽器が回っていけば、私たちの代が使っていた楽器は、私たちから三学年下の去年の三年生の代で使われることになる。

 次に回るとしたら今の一年生になるはずだけど、部員数が少ないため使われていない楽器が多く出ている。

 私のユーフォが未使用だったのも、去年の三年生によって使われていて今の三年生、二年生は使う機会がなくそのままになっていたからだ。

 北宇治随一の実力者だった緑も安心できる。指導を任せておけば、あとは上手くやってくれるはず。

 

 他の同期も、それぞれが担当していた楽器の指導に入っていた。

 その中に秀一の姿もあったけど、お互いにスルーだ。

 こういうときに何も言わなくても、意思疎通できるのは助かる。

 普段は勝手に意思疎通ができているせいで、たまにすれ違ってしまうと、大きく揉めてしまう原因になっている部分もあるので、痛しかゆしって感じだけど。

 

「久美子先輩。会いたかったです」

「……呼んでないんだけど」

「またまたー、可愛い後輩がせっかく久美子先輩に会いに来たっていうのに、照れ屋なんですから」

 

 可愛かった後輩は、あどけなさが消えて美少女から美女へとすっかり変貌している。

 何よりも高校時代から一切サイズが変わらなかった私とは違い、奏ちゃんのそれはワンサイズ、いやツーサイズほどランクアップしているように見える。

 認めたくないけど、私の完敗だ。

 そのサイズは大きく揉めてしまう原因になっている。揉まないけど。

 

「奏ちゃんは()()()()()ね」

「私が今日のことを聞きつけて梨々花を誘ったんですよ。久美子先輩は、もうちょっと私に感謝してください」

「そこは感謝しているけど」

 

 奏ちゃんに声を掛けなかったのには、理由がある。

 同期には助けてって素直に言えるけど、後輩に声を掛けると先輩命令みたいで嫌だったこと。

 でも、結局一個下の代から部長の梨々花ちゃんと副部長の奏ちゃんが来てくれていた。

 私達の代はオーボエ奏者がいなかったので、オーボエの指導ができる梨々花ちゃんが来てくれたことは、非常に大きい。誰とでも打ち解けられる子だし、部長経験者で視野も広いので呼ぶつもりなら呼びたかった子だ。

 結局、奏ちゃんが勝手に呼んでくれたのは、配慮の行き届いたできた自慢の後輩だと思う。

 

 でも、奏ちゃん自身は、呼ぶつもりは一切なかった。

 ユーフォの指導なら私で十分間に合っていること。

 

「あれ? ユーフォの子は上手くないですか?」

「うん。だから奏ちゃんには声かけなかったんだけど」

 

 そしてなにより、私に憧れて北宇治に来たというだけあって、藤原さんは上手い。

 今の北宇治ならトップレベルの演奏者だった。

 もう一人の二年生も、藤原さんが面倒を見ていたため、私が一年の頃の夏紀先輩よりは上手いくらいだ。

 簡単に言えば、奏ちゃんを呼んでも指導することがあまりなかった。

 

「私は何のために来たんですか」

「何のためだろうね」

「久美子先輩に会いに来ただけなんでいいんですけど」

「またそういうことばっかり言って」

「いえ、本当ですよ。今の北宇治がこうなってしまった原因に多少は関わってますからね。久美子先輩は事情が知りたいんじゃないですか」

「え?」

「北宇治がどうしてこうなってしまったのか、私の知る限りでよければお教えしますよ」

 

 他の人に聞かれないように耳元で囁かれた悪魔のささやきに、私は抗うことができなかった。

 

 皆を呼び出して指導させておきながらサボるのには抵抗があったけど、ユーフォの子は優秀だ。教える余地は少ない。

 私も奏ちゃんも手持ち無沙汰になるから仕方ないと言い聞かせて、誰も居なかった中庭に出た。

 ここなら周囲が見渡せるので、内緒話をするには絶好の場所だ。

 遠くから聞こえる練習の音をBGMにして奏ちゃんと話す。

 

「始まりは、先輩たちの代で北宇治が全国で金を取ったことです」

 

 そんな語りだしからはじまった奏ちゃんの話をまとめるとこんな感じだった。

 

 北宇治が全国金賞に輝いた翌年は、北宇治の吹奏楽部は大量の入部希望者で溢れてしまったらしい。その数なんと67人で、記録にある限りで、北宇治の過去最大人数だ。

 吹奏楽部に入ってくれる子が増えたのは嬉しいけど、嬉しいだけでは済まない事情があった。

 北宇治の所有する楽器の数の問題だ。

 もともと奏ちゃんの代が43人と私の関わった中ではもっとも多く、その下の代も31人で多めだった。そのせいで私は100人以上の部員を束ねることになり、苦労することになったわけだけど、それでもまだ楽器不足には陥っていなかった。

 およそ70台強が北宇治が所持している楽器で、マイ楽器所持者が各学年で10人前後いたのでギリギリ足りていた感じだ。パーカッションだけはどうしても回らずラバー製の練習パッドを使っていたけど、練習するのに不足はなく、楽器の数で苦労したのはそこくらいだ。

 

 その翌年は、一年から三年までで総勢141人。

 奏ちゃんが三年の年は、楽器不足で苦労したらしい。

 マイ楽器を考慮しなかった場合は、生徒の半分に楽器が割り当てられない計算になる。

 

「あれ? じゃあ、私が差し入れで持っていたアイスを食べなかったのって?」

「足りてなかったので、遠慮しました」

「言ってくれれば買い足したのに。ダイエットする必要ないのに、意識が高くてすごいねって褒めたの返して」

「そこは褒めたままでいいでしょうに」

 

 呆れた目を見せる奏ちゃん。

 部員数が多いとは軽く聞いていたので、多めに130個アイスを用意して持っていたけど、足りていなかったらしい。

 余ったら誰かが2個食べたらいいか、くらいのつもりで用意した分ですら足りてなかったのは完全に想定外だ。

 というより、その時点で楽器が足りてないことまで意識が回らなかったんだろうか。

 今こうして奏ちゃんに聞くまでまったく気づいていなかったことが恥ずかしい。

 

 奏ちゃんの話は続く。

 マイ楽器組を除いた一年生50人に対して楽器は20台ほどしか残らなかった。

 深刻な楽器不足だ。

 それをどうするのかで色々揉めた結果、私たちの代が抜けて層が薄くなっていた楽器を経験者から5人だけ選考し、残る45人で15台の楽器を使わせることになった。

 3人で1台をローテーションして使う計算だ。

 

「うわぁ……」

 

 あまりにも過酷な環境に、思わず声をあげてしまった。

 

「久美子先輩ならどうしましたか? 入部試験でも実施して部員数を制限しましたか?」

「うーん……それは無理だと思う。私たちの代は初心者でも入れたのに、後輩たちだけダメって言うわけにはいかないよ」

「でも、結局後輩たちだけ楽器を共有させることに」

「難しい問題だけど、私でもそうしてたと思う。誰かが悪いって話じゃない」

 

 楽器は一日サボると腕前が数日前に戻るなんて言われることがあるくらいだ。共有するような環境だと毎日練習することすら難しくなる。

 上手く朝練、昼練、放課後練のどれかで毎日楽器に触れるようにはシフトを組んでいたらしいけど、これで上達しろっていう方が無茶だ。

 初心者組は、切り捨てられたような状態に近い。

 

「本当なら大会ごとのオーディションを維持したかったんですけど、できませんでした」

「仕方ないよ。事情が事情だし」

「久美子先輩があれだけ苦労して実現させたのに」

 

 奏ちゃんの強く悔やむ気持ちが伝わってくる。

 楽器不足は、その年のコンクールに向けた活動にも影響を与えてきた。

 解消するには、できるだけ早く三年生が引退する必要がある。

 私たちの代は、京都府予選、関西大会、全国大会と大会ごとにオーディションを実施して、落ちた子も次のオーディションに向けて頑張ることで力を高めていった。

 残念ながら奏ちゃん達の代は、そんな余裕もなくなってしまった。

 オーディションの一発勝負で落ちた三年生は、何かあったときの予備の子を除いてその時点で楽器を手放して一年に譲り、サポートに回る。

 事実上の引退が早まる形だった。

 

 かなり厳しいと思うけど、楽器が学校の備品である以上、未来のある子を優先するのは、やむを得ないことだ。

 とはいっても、三年生は経験値で下級生よりも有利だ。

 三年で実際にコンクールに落ちた子はそれほど多くはない。

 多少改善した程度で、本格的に解消するためには、奏ちゃん達の引退を待たなければならず、待機は継続された。

 その待機を強要された不満がコンクール組に向いてしまった。

 

「結局、関西大会で終わるまで部を一つにすることはできませんでした。久美子先輩の薫陶を受けた三年と二年はまとまっていたんですが、私たちがさっさと引退すればいいのにっていう空気が一年に残ったままで」

「…………」

「久美子部長の演説みたいなのが、私か梨々花にできればよかったんですが」

「そこはいじらないで。思い出すと恥ずかしいから」

「いいえ、あれこそ青春、あれこそ久美子部長です。部長にしかできない芸当だったと思いますよ」

「本当にやめて」

 

 これ見よがしに部長呼びするのもやめて欲しい。

 北宇治への想いを、私のワガママを素直に部員に話したのは、関西大会の前と最終オーディション後だっけ。

 あれを機に北宇治は一つになれたと思うし、いい思い出には違いないけど、思い返すと恥ずかしさが勝るという困った思い出だったりする。

 先輩が引退するまで我慢を強いられる状況なら、さっさと引退しろよって思う生徒が出てくることは防ぐのは難しい。なるべくしてなったとしか言いようがなかった。

 

「でも、私たちの代はまだマシだったんです」

「え?」

「ローテーションとはいえ一年が楽器を回すことができましたから」

 

 本当に楽器不足が深刻化したのは、奏ちゃん達が卒業した後にあったらしい。

 奏ちゃん達が引退した時点で楽器が一年の手に回り、何とか回るようになった。

 が、それも次の一年生が入ってくるまでの話。

 翌年の北宇治は、新入生が入る前の段階でこうなってしまった。

 

 三年生31人

 二年生67人

 

 この時点で98人だ。

 マイ楽器組を除いて72人とこの時点で部の備品である楽器はほぼ埋まってしまい、新入生に回す楽器が無くなってしまった。

 ここからは奏ちゃんも当事者から外れているので、後輩から聞いた話として教えてくれた。

 

 やむを得ず、新一年生(今の三年生)については、マイ楽器組以外は、三年生が引退するまで体力づくりに専念することになったらしい。

 ランニングに腹筋、体幹を鍛えたりする日々だ。

 吹奏楽部に入ったのに、楽器を触らせてもらえない。

 そんな劣悪な吹奏楽部が誕生してしまっていた。

 

「久美子先輩は、滝先生が北宇治を変えたって思っているみたいですけど、私に言わせれば違いますよ。北宇治の吹奏楽部の柱は、久美子先輩だったんだと思っています」

「そんな大げさな」

「大げさではありません。梨々花にも聞いてみたください、私と同じことを言うと思いますよ。久美子先輩が抜けたらこれが現実ですから」

「……私がいてもどうしようもなかったと思うけど」

「自己評価の低さは相変わらずですね」

 

 うーん、どうなんだろう。

 楽器不足は物理的な問題だ。

 奏ちゃん達は、自分たちを責めているみたいだけど、状況を聞く限りでは、直面したのが私だったとしても、私に何かができたとは思えない。

 麗奈ならどうしただろうか。

 ズバっと初心者を切り捨てようとして、喧嘩になったかもしれない。

 

 奏ちゃんから聞いた話を親友に話すべきか黙っておくべきか。

 知っても何もできないもどかしさは変わらないので、黙っておくべきだろうか。

 少しは事情を知っていた秀一が私に話さなかったのも、たぶん私に気を使った結果なんだろう。

 余計なことをって気持ちと、ありがとうの気持ち。

 どちらの方が大きかったのかは、悩ましいラインだった。

 

 北宇治を変えたのは、滝先生ではなく私だというのは大げさだけど、現状を聞いた私は、こう思わざるを得なかった。

 滝先生はいったい何をやっていたんだろう、と。

 中庭に吹いた風が、私と奏ちゃんの髪を揺らした。

 

 そして次の曲がはじまるのです。

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