林間合宿中にヴィランの襲撃にあった雄英生徒。生徒40名のうち、ヴィランのガスによって意識不明の重体15名、重軽傷者11名、無傷で済んだのは12名だった。そして、行方不明2名。プロヒーローは6名のうち1名が頭を強く打たれ重体、1名が大量の血痕を残し行方不明となっていた。
楽しみにしていた林間合宿は、最悪な終わりとなった。
「八百万、頼む」
「頼むよ八百万!」
「……」
八百万が入院する病室で轟と切島は八百万に頭を下げる。ここが病院だとわかっていても、切島は声を抑えることが出来なかった。
「私が泡瀬さんに頼んでヴィランの1人に付けた発信機。それでヴィランの位置がわかる受信デバイスを作れと?」
「ああ」
「頼む!」
「……お二人とも、仰ってる意味がわかってるのですか?」
生徒の戦闘許可はとっくに解除されている。私的に個性を使えば、それは犯罪にあたる。轟はヒーロー殺しの件でその事を痛感しているが、それでも目の前で爆豪が連れてかれたことに正常に思考出来なくなっている。
八百万は唇を強く噛んだ。彼女も眼前ではなくとも、共に行動していた英護が行方不明になったことの動揺を隠せていない。助けたい気持ちはある。しかし、本来はプロヒーローが解決する案件だ。学生である自分たちはかかわることすら許されない。
「英護の強さはよく知ってる。生半可な奴には決して負けないだろ。でも、その英護が誰も知らないところで消えちまった。相手がどんだけヤバい奴らなのかは分かってる」
「頼む八百万! もう……守られるだけは嫌なんだ。爆豪も、英護も、今度こそ助けてやりてぇ!」
「少し……考えさせてください」
英護と別れた時、彼は耳郎と葉隠を抱えていた。その2人は救助され、彼本人が行方不明となったのはきっと2人を庇ってのことだと八百万は気付いていた。
「……無事でいて下さい」
一人になった病室で、少女は手を伸ばすことを選んだ。
――――
(私は……)
目を覚ますと、私は液体で満ちたカプセルの中に居た。外には用途の分からない機械が陳列している。此処は何処かの研究所らしい。体に貼り付いていた管を引き抜き刃鱗でカプセルを壊す。流れ出た液体に流されて私は外に放り出される。
「……傷が」
ぺたぺたと触って肉体の状態を確かめると、胴体の傷が塞がってるのに気付いた。残念ながら、右目は復元していない。竜脚を出して、研究所を探索する。
襲撃からどれだけ時間が経った?
2人は無事なのか?
脳無は、ヴィランはどうなった?
他のクラスメイトは?
疑問はあるが、地面に広がるケーブルを踏みながら、より奥に進んでいく。3分弱進んで、導かれるように扉の前に着いた。
『駄目だ』
『行くな』
『今すぐ逃げろ』
『危険だ』
『その先にいるのは死より辛い現実だ』
『後悔することになる』
ドアノブに手をかけた瞬間、
『やっとだ』
『ついに』
『あの方だ』
『早く、早く』
『早く会いたい』
『救世主よ』
止める
先に進んでしまった。
――――
「君は選ばれた人間だ」
夢の終わりに、男は私にそう言った。冷たい血が付いた手で私を優しく、父親が息子にするように撫でてくる。べとりと髪が赤く染まる。
少年に家に招かれた男は、両親を見つけると豹変した。複数の個性を使い両親を襲い、悲劇を作り出したのだ。
『逃げなさい■!』
『逃げて■!』
父さんはヘドロで窒息させられてから、内臓を撒き散らかして殺された。
母さんは四肢を丁寧に切り取られ、断面を火で焼かれて頭を潰されて殺された。
私の両親は、私を守ろうとして殺された。全て私のせいだ。私がこの男を家に入れたからこうなった。私がこの男を怪しめば、優しかった父さんと母さんが目も向けられないほど無惨に殺されることなんてなかった。
『触れたもの全てを外からの干渉から守る“守護”と、希少な“超再生”の両親から生まれた子供。君の個性、実に面白い個性だ』
両親を殺したその男は私に目を付けた。私の個性が
暴走する個性に肉体を食いちぎられ、お腹の奥が熱を孕んで、心臓から血液が搾られる。
「“個性特異点”。まさか実在し得るとは思ってなかったよ」
肉体の組織が一度壊され、入れ替えられる。人だったはずの少年には角が、牙が、爪が、翼が、尻尾が、凡そ化け物と呼べるものが発現していった。その全ては他者を傷付けるのに特化して鋭利になっていく。異形の怪物に成り果てる私を見て、男は大変満足そうに笑った。
「ざっと
個性の声が私の魂を呑み込もうとする。男を崇拝する
瞳は
―GYAAAAAA!!!
こうして私は化け物に堕ちた。
――――
「待ってたよ。千刃」
扉の先に居たのは、生命維持装置に繋がれた梅干しのような顔の男だった。惹きつけられるような悪意、“千刃竜”がこの男を殺せと訴えかけてくる。殺意が沸きながらもこの男を崇拝してしまう自分に気持ち悪くなり嘔吐する。
「君とこうして話すのを待ち望んでいたよ。数年ぶりだね」
男は笑っていた。言葉の通り数年ぶりに再会した我が子を慈しむように。
「最近は病院にも行ってないみたいだね。駄目じゃないか、定期検診は行かなくちゃ。誰かに何を植え付けられてるかわかったもんじゃないからね」
「……雄英の指示だ。お前より雄英の方が信頼できる」
「全く、余計なことをしてくれる」
部屋がモニターと装置からの光だけで暗い置くからドクターが姿を現す。私が雄英に行く前に通っていた主治医の男だった。
「ドクター?! そうか……最初から……」
「複数の異形型個性の複合化、もうそろそろ定着してるはずじゃ。もういいじゃろ、先生?」
「ああ、そうだねドクター。まずはそれを終わらせようか」
「何を……」
「“金縛り”」
「……っ!」
個性で私の動きを封じた男とドクターは私を手術台に乗せた。
「片目しか残っとらんか。まあ、取れるだけマシじゃろう」
麻酔も無しに私の残った左の眼球を掴むドクター。悲鳴をあげることも、抵抗することもできずにブチブチと千切れる神経。猛烈な痛みに脳が焼き切れそうになるのを必死で耐えて
耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて
―ブチッ
私は光を失った。
「ああああああああぁぁぁ!!!」
「ほほぅ。素晴らしい……素晴らしい目だ! この目には複数の個性が宿っておる! 普通これだけの個性が混ざると弾け飛ぶんじゃが、これが特異点! なんと綺麗な目なんじゃ」
体が動けるようになっても、何も見えない。疲弊した私の肉体は個性を使うこともできない。息も絶え絶えの私の手を誰かが手に取った。
「お疲れ様、千刃。学校は楽しいかい? お友達は作れたかい?」
「何を……何でそんな話を?」
私にこの男を殺すことは出来ない。“個性”が私の中にある限り、私はこいつを崇拝してしまっている。私は……何なんだ? 私は誰なんだ?
「ヒーローを目指すように誘導したのは僕だからね。記憶喪失になった君を育ててきたのは僕の友達さ。雄英に入って、オールマイトの教育を受けたんだろう? どうだった? オールマイトの授業は?」
「……は?」
「君が記憶喪失になったのは本当に都合が良かった。おかげで刷り込みが簡単だったよ。毎日ヒーローを目指せ、君はヒーローになりたいと言われ続ければ、記憶が無かった君は無意識にそう思い込む。私には既に生徒が居たからね。二人一緒に育ててもよかったけど、君は肉体を完成させなくちゃいけなかった」
「托卵だよ。ヒーローに僕の器を育ててもらって、時が来たら僕の物にする。自分であれこれ鍛えるより、よっぽど効率が良いとは思わないかい?」
上機嫌に話す両親の敵。見えないが、その声は愉快に笑っている。つまり……なんだ、私は……
「私は、お前にヒーローにさせられようとしていたのか?」
「そうだよ」
「私は、自分の意思でこの道を歩いているんじゃないのか?」
「そう言ってる」
「……お前は、誰だ?」
「言ってなかったか、すまないねえ。僕は
とても信じられなかった。これは悪い夢で、ふとした拍子に現実に戻るんじゃないかと思った。しかし、私が感じた痛みは本物だった。私は……私は? 千刃とは誰だ? AFOの器ってなんだ? 私は何故生きてるんだ? ヒーローを目指したのは私じゃない? 誰だ? “個性”か? 私は英護千刃なのか? ■って誰だ? じゃあ父さんと母さんは? 本物の両親は誰だ? 私は誰から生まれた? 私は誰を守りたかった?
あったはずのアイデンティティが崩れ去った。私?は私?が理解できない。何も信じられなくなって、世界が私?を否定してくる気がした。堕ちて、寒くて、孤独で、息が辛くなった。
「オールマイトがこのことを知ったらどんな顔をするのか……今から楽しみだよ。じゃあ、始めようか。そろそろヒーローが弔を襲ってくるだろうから。僕が久々に出向かないと」
首を掴まれて息が苦しくなる。腕に爪をめり込ませても怯む気配がない。足掻く力すら、今の私?には無かった。
「最近、世界中で個性を暴走させる薬物が流通しているのは知ってるかな? それで先日、外の友達から珍しい個性を貰ってね。すぐに君にあげようと思っていたんだ」
あの日と同じ大きな手、父さんと母さんを殺した手。でも、あの日より冷たくなくて。あの日より怖くなかった。
「“個性狂暴化”。君にピッタリな個性だと思ってね。遅くなったけど、僕からの入学祝いだ」
私の危機にやって来るヒーローは、やっぱり居ないようであった。
片目だけ残ってもバランス悪くならない?悪いね。