攫われた生徒の救出、そして元凶のヴィラン連合の逮捕の為、トップヒーローと警察は早急な作戦を立案。アジトに奇襲を仕掛けたオールマイトらは上手くいったと思われたが、突如として出現した脳無に応戦を強いられ爆豪勝己の救出も失敗。脳無格納庫を襲撃したベストジーニストもヴィラン連合の背後に居た黒幕、オールフォーワンに重傷を負わされてヒーローは全滅。
オールフォーワンは転送の個性で死柄木弔らヴィラン連合と爆豪勝己を呼び寄せた。そこに一人駆けつけたオールマイトとオールフォーワンが、神野で衝突する。
オールマイトの相手はオールフォーワンが引き受け、爆豪を捕らえようとするヴィラン連合。このままでは爆豪はまた攫われてしまうだろう。
(俺がこの場にいるからオールマイトが戦いづれぇ……クソっ!)
(かっちゃん?! でも、英護くんがいない)
(爆豪だけ? 千刃は!?)
(英護くんの姿がない!?)
(爆豪がやべえ。動け、動けよ俺!)
(英護さん……一体どこに?)
爆豪は自身がオールマイトの妨げになっていることに苛立ち。クラスの静止を振り切ってここまで来た緑谷たちはオールフォーワンの圧に呑まれながら英護の不在に困惑する。
状況は悪化の一途をたどり、この場の誰もが方法を模索している時、それは空から現れた。
―GYAAAAAAAAAA!!!
それは闇夜の中で月より輝く、黄金の竜。
其が纏う金の刃は降り 薙いでいく
眩き月を背に 射手は降り立つ
竜は より速く 児戯を楽しむかのように
より鋭く
あらゆる命を狩り取らんと襲う
「新手か?!」
「先生!」
「まさか、飛んでくるとは。よっぽど僕を殺したいらしい」
―GYAAAAAA
轟く咆哮と共に竜の全身の鱗は逆立ち、頭部の逆立った角はその怒りを表すように天へと伸びる。閃く刃鱗は戦場に流れる弾幕の風になる。
「ヴィランなのか?」
「クソがっ」
爆豪もオールマイトも巻き込んだ無差別攻撃にオールマイトは更に困惑する。乱入時にヴィラン連合を攻撃したかと思えば、今度は見えていないかのように無差別攻撃を始める。
(……コイツっ?!)
(あの翼は!?)
この場で
「躾が必要だね」
オールフォーワンが衝撃波を放とうと竜を狙った時、オールマイトは迷ってしまった。暴走する竜がヴィランだと断定はできない、しかしオールフォーワンは攻撃する時に確かな隙ができる。守るか攻めるか、その迷いに動きを止めてしまう。
(いや、奴はここで仕留める!)
平和の象徴、今まで多くの人々を救ってきたヒーローは正体不明の竜を守らず、オールフォーワンを叩くことにした。
オールフォーワンに吹き飛ばされ、建物へと衝突する竜。オールマイトはその隙にオールフォーワンの頭部に重い一撃を叩き込むことに成功した。
「ははははは!」
「何がおかしい!!」
「おかしいとも、オールマイト」
頭部に着けていた装置を破壊されたというのにオールフォーワンは嘲るように笑った。
「生徒を見捨てるなんて、ヒーロー以前に教師として駄目じゃないか」
「………………は?」
竜が飛ばされた方を振り向く。宿敵を前にしたが故の視野狭窄。オールマイトは、それが
知らなかったではすまされない。必ず守るべき対象だったはずだったのだ。
「っ!? ……私は…………なんて、ことを…………」
「緑谷出久」
「なに?!」
「次の継承者は彼なんだろう? なら彼のクラスは気にかけてたはずだ。なのに君は……君は生徒の変化に気付かず、更には見捨てた! とんだ平和の象徴が居たもんだ」
ここだ、象徴が揺らいだ。オールフォーワンはいじらしく口角を上げて拳が緩んだオールマイトに再度語る。
「まあ、彼はあんな攻撃で倒れるようにしてない。僕に感謝して欲しいね」
「貴様ァ! 英護少年に何をした!」
「疑問に思わなかったのかい? 複数の個性を持つ彼を」
もちろん、英護千刃の“個性”のことは雄英も把握していた。……把握していた気になっていた。彼を保護した公安でさえその詳細が見えない。底無しの闇だった。
「脳無を調べたんだろ? なら何故、彼は僕に複数の個性を与えられてまだ生きてると思う?」
「……まさか」
「彼が僕の最高傑作の脳無だからだよ」
脳無は複数の個性に耐えられるよう改造と薬物投与で造られた人造生物。文字通り脳を剥奪された倫理観欠如の許されざる存在。
英護千刃が脳無。その真実は、オールマイトだけでなくこの場に居る雄英生に重くのしかかった。同じ教室で過ごした級友が実はヴィランに改造された化け物だったという真実が。
「オールフォーワン!!!」
「君が悪いんだよオールマイト。彼は最初、ずっとヒーローを呼んでいたよ。可哀想に、結局彼を助けに来るヒーローは一人も来なかった」
―GYAAAAAA
竜の尻尾がオールマイトを横から突き飛ばす。ヒーローもヴィランも関係なく、竜の牙はオールマイトとオールフォーワンに向いた。オールマイトは防ぐ一方で、オールフォーワンは容赦なく反撃する。
それを一人、ヴィラン連合を相手にしながら爆豪は思う。
(なんで……こんな事になってんだよ……)
――――
最初は俺がNO.1ヒーローになる為の踏み台だと思ってた。でも、入試試験1位、体育祭で俺は全力を出して戦って負けた。更にはデクが個性を発現させて、あっという間に成長していくのを見て、劣等感が積もるだけの日々だった。
それでも、逃げたくなくて英護と毎日訓練した。そして英護は俺とは違う、デクと同じだとUSJの時実感した。他者の為に自己犠牲を厭わない精神。なんでデクが気持ち悪くて怖かったのかを改めて実感した。でも、こいつも遠ざけようとは思わなかった。
『おい翼野郎! 体育祭、お前も出るだろ?』
英護が脚を失った。ここで英護が折れるのは俺が許せなかった。そうじゃなきゃ俺は一生NO.1ヒーローになれる気がしなかったから。
訓練を重ねる度、英護のことが分からなくなった。俺たちの1番前を突っ走ってるようで、1番後ろから俺たちを見ている不気味さ。
こいつが意志を持たない人形だと気付いた。記憶喪失のせいだと思ってた。生きる為の記憶が無いからそうやって他人の皮被って生きてるんだと。
「記憶、戻ってんだろ?」
放課後の自主訓練中に英護にそう言った。こいつが何か、今までと違って意志を持った顔してたから。
「……よく気付いたね。やっぱり気付く人出てくるよなー」
英護は否定せず、カラカラ笑った。そして冷たい目をして俺をその金色の瞳に映す。
「勝己が最初に気付くと思ってた。君は人のことをよく見ている」
まっすぐと淀みない目だった。悲しそうに困ったような表情で、英護はゆっくりと自分が思い出した記憶を教えてくれた。
「ってな感じで。私の両親かもしれない人の記憶でした」
話は最初から最後まで他人事のように英護は語った。それが演技してることは見りゃ解った。
英護は全部思い出している。自分と両親の記憶を、濁した最後の結末まで。
「勝己、私はヒーローを目指してもいいのかな?」
初めて英護の怯えた目を見た。記憶も個性も関係ない、英護の本心からの言葉だった。
「んなもん自分で考えろ翼野郎」
「……ああ」
その時英護がどんな顔してたか……思い出せない。
――――
戦場は混戦を極めている。オールマイトも本気で戦えてない。爆豪もヴィラン連合にいつまでも逃げ続けることは困難だった。
だから少年は賭けに出た。この戦場に邪魔な自分たちが脱出できるかもしれない唯一の方法。彼がまだ死んでいないことを信じた、博打の一手。
「おい、英護!!」
少年の声に竜は反応を示した。攻撃の手を止め、少年と視線を交わした。
「来い!!!」
竜の眼に光が戻った。
その言葉に導かれるように竜は少年へと直進した。周囲のヴィラン連合を蹴散らし、少年を掴むと空高く飛び上がる。
オールフォーワンはオールマイトで手一杯、ヴィラン連合は蹴散らされている。追手は居なかった。
「……言葉通じるんじゃねえか」
―…………
悠々自適な空路で警察署に降りた竜と爆豪。何事かと警察官が出てくるのを尻目に、爆豪は竜を見ていた。理性の光が戻った竜は微動だにせず、その目は爆豪に行けと促してるよう見えた。
あの日見た、冷たい目をしていた。
「おい、待っ」
大きな翼を広げて竜は飛び去る。役目は終えた、ここに居場所は無いと言わんばかりに。跡を濁さず、全てに見切りをつけて。竜は彼方へ、誰も追いつけない速度で去っていく。
爆豪勝己と英護千刃が離脱した戦場は、ヴィラン連合の逃亡は防げなかったものの、オールマイトは死力を尽くしてオールフォーワンを打ち倒し勝利を収めた。甚大な被害をもたらしたこの日は神野事件と呼ばれ、人々の記憶に刻まれた。
代償は、平和の象徴と一人の雄英生徒だった。
――――
誰もいない、誰も来ない場所で、竜は一人地面に頭を打ち付ける。内から狂い猛るウイルスの侵食が脳を侵すまでに何としても自死へと至ろうと打ち付ける。
しかし、完全な異形の怪物へと成り果てたこの身は無駄に頑丈で、強い衝撃を与えてもダメージにはならない。自我を取り戻せたこの瞬間が唯一、誰も傷つかない終幕を手繰り寄せる最後のチャンスだと本能で理解している。
―GYAAAAAA
自分が自分じゃなくなっていく恐怖に錯乱し、暴れ回る一頭の竜。
悲しい咆哮が曇り空に突き返された。
ヒーローは来ない。