1人の少年の夢を見る。彼は比較的裕福な家庭で育った。不自由無く暮らし、すくすくと成長する少年に、彼の両親は微笑み見守っていた。
「ぼくは将来ヒーローになる」
「それは何故だい?」
嘗て、ヒーローになると口にした少年に、父親は聞いた。
「ぼくの個性は人を守る優しい個性だから。困ってる人がいたらぼくが助けるんだ」
「でも、ヒーローは悪いヴィランと戦わなくてはいけないよ。怖くはないかい?」
「怖い……でも、それは助けない理由にはならないから」
気弱だったその少年はまっすぐに父親を見る。父親は微笑み、、少年の頭を優しく撫でた。大きな大きな手。父親は屈んで少年と目線を合わせる。
「そう思えるのは立派なことだ。■■はきっと誰よりも立派なヒーローになるよ」
少年は父親の澄んだ碧眼が大好きだった。父親の語る正義が大好きだった。人を守ることは立派なことだ。助けを求める手を優しく掴むのは当然のことだ。
「時が来たら、■■に私たちの――――」
またこの夢か。
――――
―ピー!
「1A集合! バスの席順でスムーズにいくよう。番号順に二列で並ぼう!」
ホイッスルで委員長が指示を出している。前日のホームルームでは出久が学級委員長になったが、本人と他の人の推薦で、天哉が学級委員長となった。投票で彼に入れてた身としてはまあ……妥当と言ったところか。ホームルームで皆を律した時から、私は天哉が学級委員長に相応しいと思ったから。あとメガネだし。
この日のヒーロー基礎学は救助訓練。学内をバスで移動するんだと。改めて雄英って凄いと思う。国立は資金が潤沢でいいねぇ。
「何聞いてるの?」
「……聞きたい?」
「てか聞けてるんだそれ」
響香が音楽プレーヤーに耳たぶから生えてるイヤホンジャックを刺してる。聞け……てるのか? それで索敵してるのは知ってるけど……個性って凄い。
「じゃあ、はい」
響香は普通のイヤホンを刺し、そう言って片方を差し出してきた。ありがとうって言いながら受け取って耳にはめる。流れているのはバンド系のロックミュージック。そういえば好きなんだっけ。
「おー、超ロックでカッコイイ」
「わかる?」
「こういうのはあまり聞かないけど、響香のオススメとかなら聞いてみたいかも」
「マジ? じゃあこれとか」
「あー良いね」
「英護のやつ手が早過ぎねえか?!」
「青春してるわね」
「これだからイケメンはよぉ」
運良く隣に座れてよかった。おかげで戦闘訓練で少し離れた距離を近づけた。怖がられてたとはまた違ったと思うけど、空いてしまった距離分より近くに居たい。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
イヤホンをしているのに、不意に聞こえてしまった梅雨ちゃんの言葉にうっかり鱗が漏れ出る。
平和の象徴―オールマイト、ヒーローを目指す私はもちろん彼を敬愛してる。いつも笑顔で、窮地に来てはこう言う。
『大丈夫、私が来た』
この言葉に悲しくなるのは何故だろう。悔しくて、泣きたくなるのは何故なんだろう。私の中で巻き起こるこの感情が、何故私を苦しめるんだろう。
「英護の個性は2人ほどの派手さは無くても人気出そうだよな」
「……え? あー、個性の話?」
「そうそう。英護の翼カッケェからな」
「……一応尻尾も出せる」
「俺のアイデンティティが……」
はーやだやだ。気を抜くとすぐ不安定になる。オールマイトは私の教師なんだ。一々落ち込んでられないぞ。無理してでも笑ってみせろ。オールマイトみたいに。
「大丈夫?」
「何が? 私は大丈夫だよ」
「……」
「そろそろ着くぞ」
ここまでが……私の素晴らしきヒーローライフ。
これからが……私の……
――――
「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる行き過ぎた個性を個々が持っていることを忘れないでください」
私の個性も13号先生の言う人を殺めてしまえる個性だ。必要なのは自覚すること。この力はヒーローとして使うのが一番
13号先生のお小言が終わり、相澤先生が指示を出そうとする。
「先生!」
私が感じたのは無作為の悪意と……絶望的恐怖。本能が警鐘を鳴らしている。ここから逃げないと確実に死ぬ。何が救助訓練だ! あれは……
「全員動くな!」
相澤先生が戦闘態勢に入る。広場の噴水付近に広がる黒い霧。そこから溢れ出てくる奴らは……。
「あれはヴィランだ」
――私の
「任せた13号」
相澤先生がヴィランの群れに突っ込む。不測の事態だ。プロに任せた方が絶対良い。私達はヒーローの卵。避難優先だ。
「させませんよ」
黒い霧が入口の前に現れる。厄介な転移系の個性持ちか。コイツがいる限り、私達は逃げられない!
「我々は敵連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴―オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか?」
「っ!?」
長々とだべってる隙に刃鱗を放つも、大した効果は見られない。恐らく物理攻撃は効かない!
他の手を考えてると、クラスでも特に好戦的な二人が飛び出す。現状近接戦闘しかできない二人でもある。私達がヴィランに近いと13号先生が動きにくくなる。
「勝己! 鋭児郎! 待て! ダメージは通らない!」
「オラァ!」
「ダァ!」
私の制止の声も聞かずヴィランに特攻する。ヴィランは怯む様子すらない。私の攻撃が効かなかったのが見えなかったのか! それに位置も不味い、そこは13号先生の射線上だ!
「退きなさい2人とも!」
「私の役目はあなた達を散らして、嬲り殺す」
黒い霧が私達を塗り潰すように押し寄せる。不味い、不味い不味い不味い不味い! せめて皆の無事を確保しないと。
「私に触れろ! 早く!」
翼を全開にして面積を少しでも稼ぐ。何処に転移されるかわからない以上、見捨てることは出来ない。私に出来るのは、転移先の脅威から皆を守ること。私にはその“個性”がある。
――――
山岳ゾーン
「はっはぁ! やっとk」
視界が開けた瞬間、取り敢えず1番近い顔に蹴りを入れる。ヴィランの数は4…8…沢山。他に飛ばされた人は!?
「英護さん、一人で突貫しないで!」
「千刃!」
「おいおいマジかよ」
一緒に飛ばされたのは百と響香と電気。最低、この3人は守れる。さっきのヴィランは蹴り1発でダウンした、数は多いがそんなに強くない。逃げてもいいが、もしかしたら他の人の方へ行くかもしれないことを考えると、こいつらは此処で倒しておく必要がある。私がチマチマ倒してる暇はない。なら……
「電気! 一掃!」
響香と百を脇に抱えて飛ぶ。困惑しながらも抵抗せずに2人は抱えられ、私は電気に叫ぶ。電気の放電は周囲への影響を考えなければいけないが、巻き込まれる味方はもういない。私の意図を汲んでくれた電気はニヤリと口角を上げる。
「おっしゃ任せろぉ!」
放たれた高威力無差別放電でヴィラン共は全滅。1人2人は耐える奴が出ると思ったんだが……杞憂で済んだみたいだ。周囲を警戒しながら降下する。倒れたヴィランは電気ショックで気絶してるだけのようだ。数分すれば目を覚ますかもしれない。どの道、モタモタしてられないな。
「ナイス電気。次の所行くぞ」
「うぇ~い」
「上鳴が壊れた!」
「許容範囲を超えたのでしょう」
1回で動けなくなるのはちょっとどうかと思うが、お陰で速攻で制圧できた。
「百、此処はまだUSJの中か?」
「恐らくは」
「なら他の皆も中に居る可能性が高い。飛んで行くぞ。命綱は作れるか?」
「はい。少々お待ちを」
頭の働かない電気は正面で抱えて、2人は腰にしがみついてもらえばいける。百に命綱を創造してもらえば落ちる心配はないだろう。
「いけますわ」
「よし、しっかり捕まれよ」
百に命綱を繋いでもらい、飛行態勢に入った瞬間、地面が盛り上がる。地面から出てきた骸骨のマスクを被ったヴィランはナイフ片手にこちらへ走ってきた。急いで腕の刃鱗で命綱を切って庇うように前に出る。
「油断したな!」
「千刃!?」
「くっ!」
ワンモーション遅れ、ヴィランが振り下ろしたナイフは私の右肩に深く突き刺さった。更にヴィランの個性による電撃の追い討ちで身体中に電流が走る。……まだ動ける。左手でヴィランの顔を掴み、力の限り叩きつける。電流が収まり、ヴィランが気絶したのを確認する。
「大丈夫ですか? 英護さん」
「はぁ…はぁ……飛べる。問題無い。早く……行くぞ」
「千刃……」
「うぇい……」
「待ってください。せめて手当てを」
「……ありがとう」
――――
3人を連れて上空から全体を見渡す。ドーム内のゾーンは目視できないが、開けているゾーンはクラスメイトが奮闘しているのが見えた。焦凍と勝己と鋭児郎は流石の戦闘力でヴィランを返り討ちに、透は焦凍がヴィランを倒したから安全だ。出久と実と梅雨ちゃんは水難ゾーンで戦闘中。一番空気が悪いのは相澤先生の所だ。一先ず、入口前の転移されなかった集団と合流する。
降りる直前、黒い霧が見えた。転移のヴィランと入れ違いになったってことは、誰かが救援を呼びに行ったんだ。
「13号先生!」
13号先生の背中側が激しく損傷していた。意識はまだあるようだが、かなりの痛手に見える。3人を優しく降ろして翼を再度広げる。まだ皆は戦ってる左手の痛みに悶えてる暇は無い。私には私の出来ることを。
「私は出久達を回収してくる」
「待って千刃。あんた怪我してんだよ」
「出久の所のヴィランは倒されてる。あの場所に居ると相澤先生の邪魔になる。だから回収する」
「……わかった。無理、しないでよ」
「もちろん」
滑空するように風を掴む。広場上空は避けて、水難ゾーンの反対に旋回する。相澤先生はヴィランを蹴散らしているが辛そうだ。広場にはヴィランはかなりの数が居る。体術だけで捌くのは限界がある。それでもまだ倒れていないのは流石プロヒーローだ。
「英護くん!?」
「脚に捕まれ!」
出久達は息を潜めて相澤先生の戦いを見ていた。獲物を掻っ攫う猛禽類のように脚を出して急接近する。右足に実、左足に出久、腰に舌を巻いて梅雨ちゃんが掴まる。
「よし、落ちるなよ」
「英護くん! 相澤先生が!」
「わかってる!! 奴らに正面切っての戦闘は避けるべきだ。出久達を降ろした後、私が援護に向かう」
「で、でも……」
「上空から遠距離攻撃するだけだ。決して近付かない」
出久の考えてることは何となく伝わる。相澤先生を助けたいんだろ? 凄いヒーローだよ君は。きっと君みたいなヒーローがいずれ平和の象徴と呼ばれるんだろうな。
「この場は私に任せろ」
……ヴィランは確実に出久達を認識してたはずだ。しかし、手を身に着けた男は私に対して何の動きもなかった。見逃されたんだ。
とにかく、出久達を響香達と同じ入口前に降ろす。
「出久、怪我はないか?」
「う、うん。何処も怪我してないよ」
「があぁぁあ!!」
広場から聞こえた悲鳴に反応して広場を見た。……見てしまった。
目の前が真っ白になる。
「相澤先生!」
「待って千刃!」
出久と響香の声が後ろから聞こえた気がしたけど、私にはもう相澤先生の頭を地面に押し付ける怪物しか目に入らない。
「シューティングスタアァ!」
刃鱗を展開しつつ必殺の蹴りを放つ。威力調整を考えなかった、正真正銘の私の全力。刃鱗を重ねて一点に集中して範囲を狭く、より殺傷能力を高める。
倒せなくても怯ませれることができたら御の字。相澤先生が抜け出せる隙さえ生まれればいい。そう思って打ち込んだ……。
「逃げろ英護!」
はずなのに…………。
「いい加減ハエみたいに鬱陶しいな。お前」
怪物の裂けた肉や骨が時を戻したかのように戻っていく。相澤先生を掴む手は離れないし、痛みを感じた様子もない。
「やれ、脳無」
――――
私が最後に見たのは脳無と呼ばれた怪物の残影。……何分気を失ってた? 埋まっていたクレーターから出ようと腕を動かそうとして激痛に悶える。そういえば両腕潰れてたんだっけ。頭から出血もしてるな。視界が赤い。
「立たなきゃ」
体に鞭打って何とかクレーターから這い出る。
「守らなきゃ」
動こうとする度ブチブチと何かが千切れる音がする。
「私はヒーローだ」
「帰る前に平和の象徴としての矜恃を少しでも」
「へし折って帰ろう」
痛みなんて吹き飛んだ。
できる限りサクサク進めます