「へし折って帰ろう」
黒い霧の転移が発動する。手を身に着けたヴィランの前に誰かが転移される。誰だアレは……? 視界が歪んでよく見えない。
―助けなきゃ
「え?」
ああ駄目だ。この声は……この声だけは。この学校に入ってから一番近くで聞いた、一番長く聞いた声だ。日はまだ浅くても確かに気を許してた声だ。
「……響香」
―助けなきゃ
殆ど無意識で走り出す。痛みなんて吹き飛んだ。個性も惜しむな、壊された翼で風を生み出せ。刃鱗を重ねろ、より鋭く、より硬く。腕は死んでる。脚だけ動かせ、駆け出せ!
「響香ぁ……」
―助けなきゃ
困ってる人が居たら、助けを求める人が居るのなら。誰かの危機にやって来るのがヒーローだ! 悪意の手から他人を守りきる。この身を犠牲にしても。だって……
―ヒーローって最高の仕事なんだから
血を流しすぎて頭が痛い。意識が朦朧としてきた。私は何を考えてる? 集中しろ馬鹿が。私だけが彼女を救えるんだ。
―SMAAAAASH!!
ヴィランの手が響香に触れる前に脚が届く。背水の陣、瀕死の身の一撃が顔面に入った。……と思ったんだけどなぁ。
「千……刃……」
ヴィランの手で受け止められた。コスチュームの甲冑がボロボロと崩れる。ヴィランに右脚を握られると、乾燥した泥団子が崩れるように無くなった。水分が無くなった砂の塊が、少しの刺激で形を維持できなくなるように。呆気なく私の右脚は崩壊した。
「……本っ当にさあ。鬱陶しいぞお前」
「千刃!!!」
尻尾と翼で体を支え、残った左脚で顎を狙ったサマーソルト……これも掴まれた。死に体じゃパワーが足りない。ヴィランの手で左脚も崩れる。
「千刃……脚が……」
大丈夫だよ響香。泣かないで……もう大丈夫……何故かって?
「私が来た」
ははは、もう……声も出ないや。
――――
「千刃……? ねえ、千刃?」
彼に声をかけても返事は来ない。血まみれで地面に転がるクラスメイトはなんか死体みたいに静かで、閉じきれてない瞳の暗闇にウチの顔が映る。ねえ、何そんな顔してんの……。
最初から変なやつだとは思ってた。浮世離れした雰囲気を持ってた。初めて彼を見た実技試験、正直憧れた。素早く敵を倒し、他者を颯爽と助ける姿は、ウチの憧れたヒーロー像そのものだった。だから多分、無意識のうちに頼ってた。千刃は強いから、学校にヴィランが現れる緊急事態でも彼が居れば大丈夫だって。
「ねえ……」
ヒーローを志すってのは、明るい所も暗い所も見ていくことだとはわかっていた。でも、これは……
「死なないでよ」
あんたのこんな姿、見たくなかった。
――――
終幕は、天哉が呼んだオールマイトら雄英教師陣の救援によって生徒たちは保護されて終わる。
この日、雄英高校1年A組を襲った敵連合は私達に決して消えない傷を残していった。それは物理的にも、精神的にも。
「……ここは?」
最初に認識したのは強い薬と消毒の香りだった。起き上がろうとしても、指の1本たりともピクリとも動かない。ここは病院……かな?
「……千刃?」
扉の方を見れば、驚いた顔をした響香が突っ立ってた。顔は絶望に翳って、目の下に濃い隈ができてる。
「響香」
「生きてる?」
「生きてるらしい」
「……っ」
口を開けては閉じ、また繰り返す。呼吸は乱れ足元は覚束ない。声にならない悲痛な叫びを私は何も言わずにただ見る。
「……よかった」
「怪我は、ない?」
「うん」
両者沈黙、病室に静寂が流れる。響香が制服を着ているから、今は放課後なんだろう。響香は横に備えられた椅子に座って、制服に皺ができるくらい強く握る。俯いていて表情が見えない。
「その……脚……、……ごめんなさい」
言われて思い出した。そういえば脚の感覚が無い、ヴィランに粉々されてたな。
「いいよ」
「…………え?」
怪我はヒーローの勲章さ。守りきれたものなら尚更。ヒーローは他人を救うことで、その存在の意義を証明する。大事なのは、必ず救うことだ。
「なん……で……?」
「?」
「なんで……そんな顔してんの? なんで! そんなどうでもよさそうな顔してんだよ!! 脚が無くなったんだよ!?」
「でも、君を救えた」
「ッ!」
安いもんさ脚の1、2本くらい。他者の命に替えられるのなら私はこの身の全てを差し出そう。
「ふざけんなよ!」
響香に胸ぐらを掴まれる。曇っていた表情は一転して激昂している。零れた涙が病衣に落ちる。彼女の雫は染みを作ってるが、私にはわからない。助けられた君がなんでそんな顔してるのかわからない。
「救えただって? ウチの気持ちも知らないで! ウチがどんだけ心配したと思ってんだ!!」
イヤホンジャックが指に絡まる。プラグから彼女の心音が伝わる。ドキドキしてるこの鼓動はどちらの心臓だろう。ほんのりと頬が熱い。彼女の熱にあてられてる。
「千刃は強いでしょ!? だったら、自分のことも守れよバカヤロウ!」
「は?」
「ヒーローが体壊すのは当たり前じゃないんだよ!」
わからない、わからないよ。
ヒーローは蜉ゥ縺代※縺上l縺ェ縺。
私は繝偵?繝ュ繝シ縺ォ縺ェ繧後↑縺。
隱ー縺句勧縺代※繧。
「そこまでだ、耳郎」
「相澤先生……」
混濁とした思考の最中、相澤先生の入室でハッとする。包帯でミイラになってる相澤先生を見て響香は悔しそうに私から手を離す。
「一応怪我人だ。手を離せ」
「……はい」
私は……私は…………
――――
『待ってるから』
退室する響香が最後に零した言葉に、私は返事が出なかった。
「調子はどうだ? 英護」
「先生、動いて大丈夫なんですか?」
「俺のことはいい。お前のこれからのことだが……」
「私はヒーローになります」
「……脚を失ってもか?」
「?」
「今回のお前の活躍は聞いた。だが、俺はこのままお前がヒーローになれるとは思えない。最初のテストでお前も緑谷を見てたはずだ。そんなんじゃ、本当に立たないといけない時に立ち上がれないぞ」
包帯から覗く先生の目が本気だと物語ってる。先生もジョークを言うんだ。合理性を重んじる先生だと思ってたけど、意外も意外に情に厚い。
「立てなくても私は他者を守れます」
「……もう一つの“個性”のことか?」
「はい」
「“自己犠牲”。触れた人の不幸を全て引き受ける個性です」
――――
全身打撲、両腕と肋骨の複雑骨折、両脚欠損。医者の話を聞くに、脚は個性による崩壊が全身にまわる前に切断したんだと。今後は義足を着ける必要があると言われた。“千刃竜”で脚を変形させることができるが、有事の際以外は義足で過ごすことになる。
数日後、私はリカバリーガールの治療を受け、有り得ない速さで復帰を果たした。相澤先生は既に包帯巻きながら教壇に立ってるらしい。
「なんでヒーローを目指したんだっけ?」
瀕死になってから私は私がわからなくなった。多分、喪失した記憶が関係してると思う。毎夜言葉が聞こえてくる。私は記憶を失う前、情緒がおかしい奴だったのかもしれない。でも、ヒーローを恨んでいたのはわかった。
「私は昔、諦めたのに……」
私はみんなを守るヒーローになりたかった?
私はこんな破滅的なヒーローに憧れた?
きっと、何かが欠けてる。人らしさもそうだけど、私の根底にある信念。私のオリジンが欠けてる。漠然と『ヒーローになる』って感情に振り回されてるのに気付いた。
これは、私が私を取り戻す話。
ヒーローを養成する学校で本物のヒーローを知り、多くを得て少なくを支払う。
これは、私が最悪な夢から目覚める物語。
次はどこだろうね?