後ほど加筆します。
「日向……誰だ、その子は」
金曜日の放課後、烏野高校男子排球部主将の澤村大地は、目の前の光景に困惑を隠せなかった。それもそのはず、昨年度の夏に数週間だけ体験入部をしたとはいえ、入ったばかりの一年生が他の一年生を連れてきたのだ。もちろん、それだけなら単なる部員の勧誘だが、澤村の目の前にいるのは女子であり、それも小鹿のように震えて今にも倒れそうな顔色の少女なのである。
「主将! 谷地さんです!」
日向がそう言うと谷地が顔を上げ、背筋を伸ばした。
「やっ、谷地仁花です!!」
名乗りを上げた谷地の声を聞いて、部員たちがわらわらと集まってくる。二年生たちは、この第二体育館で初めて目にする先輩以外の女子に戸惑っていたが、そんな中で谷地に話しかける者がいた。
「一年生?」
三年生の東峰旭である。しかし、彼自身はその小心者具合からあまり自覚がないが、彼は身長180㎝越えで髭面長髪という少し刺激の強い見た目をしているのだ。
「うひ?!」
「いっち、一年五組であります!」
悲鳴を上げながら、思わず軍隊のような返事をする谷地を見かねて、東峰の同級生である澤村が彼を引っ込めさせ、代わりに谷地へ話しかける。
「来てくれてありがとう!」
「いや、強引に連れて来られたのかもしれないけど……」
おそらくほとんど誘拐のようだったのでは、と正解を予想しながら苦笑いしながら言葉を続けた。
「このあと他の一年も来るからさ、よかったら見学だけでもしていってよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
谷地の登場から少し時間が経ち、まだ集まっていなかった部員も含めた全部員で準備体操をしていたとき、彼らがやってきた。
「こんにちはー」
どこか気だるげな様子を見せるノッポ眼鏡の一年生、月島蛍が代表して挨拶し、緊張して背中を丸めている山口忠がその斜め後ろで頭を下げる。
「お! 来たか!」
やはり代表して澤村が声をかけ、他の部員たちもストレッチの手を止めて入口へ近づいていった。
「君たちが入部希望の一年生かな」
「いやー、けっこう
すでに面識のあった日向と影山に対しては感じていなかった、本当の意味での新入部員に対する緊張感からか、どこか余所行きの様子を見せながら澤村が話を進める。
「はい、一年四組の月島蛍です」
「よろしくお願いしまあーす」
月島の方も、おそらく普段は見せないような愛想の良い笑顔とともに、明るく自己紹介をした。
「お、同じく一年の山口忠です!」
「よろしくお願いします……」
そんな月島に続いて山口も自己紹介をするが、元気よく名乗りを上げた後、谷地を含む二十四の瞳に耐えきれず尻すぼみになってしまう。
「主将の澤村大地、ポジションはWSだ」
「よろしく!」
一年生たちの自己紹介を受けて、澤村から順番に自己紹介をしていく。三年生、二年生と自己紹介が進み、谷地が「自分も自己紹介するのだろうか……」と顔を青くし始めた頃、問題が起きた。
「一年の影山飛雄、セッターだ」
「これからよろしくな」
これが、影山飛雄と月島蛍が穏やかに挨拶した最初で最後の機会だった。
「ふーん、
それまで自己紹介を大人しく聞いていた月島が、余所行きの仮面を外して嫌味に笑う。
「ピンサーの間違いなんじゃない?」
その言葉に、日向や他の部員たちはもちろん、月島の幼なじみであり最大の味方でもあるはずの山口でさえ、驚き、あるいは慄き、その場の空気が凍った。
「ひぃ……」
何の事情も知らない、しかし影山の苛つきを肌で感じた谷地の小さな悲鳴だけが体育館に響く。まさに一触即発の状況である。
「おれの自己紹介がまだだろ!」
沈黙を破ったのは日向の声だった。重たくなった空気をわざと壊そうとしているようなその声によって、その場の雰囲気が僅かに弛緩する。
「いや、君の自己紹介はいいよ」
だがそんな日向の気遣いも、突き放すような月島の言葉によって無為に帰した。
「オレンジ色の明るい髪に、160そこそこの身長……」
「僕らの世代で君を知らないやつの方が少数派さ」
頭のてっぺんから足のつま先まで、ジロリと睨みつけながら月島が吐き捨てる。
「なんて言ったって」
異様な様子の月島に静まり返る体育館、そこに彼の声だけが響いていた。
「君はあの、
「おい!!!」
月島が何かを言い切る前に、影山が怒声を上げてそれを止める。その様子を見て、それまで黙っていた三年生たちが二人を止めようとするが、折り悪く教頭が通りがかった。
「騒がしいな、バレー部は」
何かと問題にしたがることで有名な教頭の登場に三年生が慌てている間に、影山と月島はヒートアップしていく。
「その言葉の意味、わかってて言ってんだろうな?」
そう言いながら影山が一歩詰め寄った。
「だとしたらなんだって言うのさ」
月島も一歩進み、挑発するように影山を見下ろしながら惚ける。
「勝負だ」
「は?」
突然の影山の言葉に月島が面を食らう。
「ピンサーだの無冠だの、ごちゃごちゃうるせえんだよ」
「文句あんなら実力で示せよ」
「はぁ……、君らの中学時代に関する事実を指摘するのに、僕の実力は関係ないデショ」
「勝負? そういう熱血クンは漫画の中だけにしておきなよ」
そう言って影山の言葉をいなす月島だったが、その表情から先程までの余裕はなくなっていた。
「ハッ、怖いのか?」
今度は影山の方が挑発するように鼻で笑う。
「何がさ」
眉間に皺を寄せ苛立ちをあらわにした月島が聞き返した。
「俺に負けるのが怖いのかって聞いてんだよ」
安い挑発である。そんなことは月島にもわかっていた。しかしそれでも、彼に退くという選択肢はなかった。
低身長ながらチームのエースとして八面六臂の活躍をした日向翔陽も。
元々のポジションを失ってなお、チームの中で役割を与えられた影山飛雄も。
小さな巨人の光も、あの日の兄の影も。
幼く、愚かだった自身のことも。
どれもこれも気に食わなかったのだ。
「……
「全部とってやるから」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい!!」
白熱する二人に、主将である澤村の声は届いていなかった。
「ツッキー、らしくないよ……」
当然、山口忠のこぼした呟きなど誰の耳にも届いていない。いや、もしかしたら月島だけはその声を聞いていたかもしれないが、結果として彼らの内の誰一人として、山口の様子に気をかけるものはいなかった。
なぜなら、散々無視された教頭の嫌味な目付きが、段々と鋭くなっていていたからだ。
「主将の指示を聞かないなんて問題だねえ」
教頭の声に焦る二、三年生だったが、月島と影山に止まる様子はなかった。
「お前ら、いい加減に……」
若干の苛つきとともに、主将として彼らを止めるべく声をかける澤村だったが、その言葉を言い終わるよりも早く、影山のサーブが放たれてしまう。
「チッ……!」
意地とプライドでボールに触れた月島だったが、健闘むなしくボールは明後日の方へ飛んでいってしまった。
「『全部とってやる』んじゃなかっ……」
明後日の方向。
もしくは輝かしい未来。
あるいは、
反対側のコートにいた影山が真っ先にその異常事態に気づき、次いで澤村を始めとした先輩陣がその眩い光に気がついた。
全員の呼吸が止まり、鼓動が加速する。
汗が吹き出し、唾を飲み込む。
「……澤村君」
「ちょっといいかな……?」
教頭の頭は光より明るく、表情は影より暗かった。
影山!!
誕生日おめでとう!!!
山口「乗るな、ツッキー! 戻れ!」