地獄発、地獄行き 作:有森
さて。
「何かあったんですか?先生」
今日は私もアビドスの方に出向いていた。他でもない先生の招集だ。
けど、呼ばれたのは対策委員会の部室…から二つ三つくらい離れた空き教室。何で?
会議に呼ばれたのかと思ってた──まあそれもそれで何で?っていう疑問はある──けど違ったか…
「“いや、何かあったっていうわけじゃないんだけど…ちょっと個人的に聞きたいことがあってね”」
個人的に聞きたいこと…
先生がこういうふうに言葉を濁すときは何かしら核心に迫りかけているときが多い。
普段はふわふわしているのに生徒が絡んだ瞬間とてつもない観察眼を発揮し始めるものだからすごいと思う。
「“シグレは…何か変なことに巻き込まれてないよね?”」
「…変なこと、と言うと?」
「“アビドスの借金の事とか、他にも色々気になる所はあったんだけど…もしかしたらアビドスの問題の裏で何かシグレも巻き込まれてるんじゃないかって思って…”」
…うーん、鋭い。
巻き込まれる、の定義にもよるけど、たしかに巻き込まれてはいる。キヴォトスの終焉を知ってる、これから何が起こり得るのか知ってるという意味じゃある意味この世界の闇の片鱗に触れてることにもなるし。
「……否定はしません。ですがそこまで大したものじゃないですよ」
まあ起こることは大したことかもしれないけど、それも起こるのはこの一年の間。
だったらあと一年の間だけ本気で取り組んで、バッドエンドに向かわないように軌道を修正させるだけ。
言うは易しとは言うけど、書き出せばこれだけだ。それに、驕りかもしれないけどそれができるくらいの力は今の私にはある。
「“そっか…ちなみにだけど、シグレはアビドスの問題…どうなるか分かってるの?”」
「質問が抽象的すぎますよ。が……少なくとも、皆笑顔で終わりはするんじゃないですか?」
終わりは、ね。
まあまずはそれに向くようにしないといけないんどけど…今のところ変な差異は起こってない。強いて言うならユメさんが生きてることだけど、それがマイナスになるとは思えない。
ホシノさんがある意味拉致という形で拐かされても、先生達が助けに行けば一旦はハッピーエンドに向かうはず。
「“そっか。…その、シグレの抱えてるものについては…話してくれないんだよね?」
「…わざわざ先生の手を煩わせるようなものじゃないですよ。自分のことくらいは自分で何とかします」
「“……そんなに、頼りないかな…”」
「はい?」
なんて?
ぼそっと何か言ったみたいだけど、うまく聞こえなかった。
損寄りの内科って言いました?赤字?
なんてアホなことを考えていると。
『──先生!校舎より南15km地点付近で、大規模な兵力を確認しました!』
先生の携帯端末からアヤネさんの焦ったような声が聞こえてきた。
「!兵力…またヘルメット団ですか?」
『!シグレさんもいらしたんですか!その…詳しくはわからないみたいなんですが、傭兵のような感じはします』
傭兵…日雇いかな?傭兵って、私が借金の返済に方法に出すくらいには雇うのもかなりお金必要なはずなんだけど…またカイザーかな。懲りないなぁ…
「“分かった、急いで準備しよう。アヤネ、他の皆にも戦闘の準備をして校庭に集まるように伝えて”」
わかりました!という返事を飛ばしてから携帯端末からの通信が切れる。
「行きましょうか」
「“うん”」
教室を出て校庭まで走っていくと、既にアビドスの皆は揃ってたみたいで。
「ありゃ、シグレちゃんもいたの。こりゃあ百人力だねぇ〜」
と、ホシノさんにそんな事を言われた。
なんで?まあ確かにそこら辺の人よりは強い自覚はあるけど、別に傭兵くらいならホシノさん単騎で殲滅できるでしょ。
仮に百人力だとしても万人力に百人力が加わっても誤差じゃない?
と、ホシノさんがドローンを操作するアヤネさんに聞く。
「“さて…アヤネ、相手の姿は見える?”」
「まさか、またヘルメット団?」
先生とシロコさんの問い掛けに対してアヤネさんは否定の意を返した。
「あれは…ッ!傭兵です!恐らく日雇いの傭兵かと思われます!」
「へぇ、傭兵かぁ…結構高いはずなんだけどねぇ」
「先生、交戦命令をお願いします!」
アヤネさんのその言葉と同時に、先生の持つシッテムの箱の電源が入った。
「“行くよ!ホシノと梔子さんは前衛で!セリカは間合いを見つつ追撃、シロコとノノミは後衛から打ち漏らしを狙って!シグレは…”」
「自由に動きますよ。危ないと思った場合は手を出すので、気にせず戦ってください」
さて敵は、と単眼鏡を覗いて……
…ん?あー…そうか、そういう感じか。
…そうかぁ…これはお話だなぁ。
「あれ……ラーメン屋さんの……?」
「誰かと思えばあんた達だったのね!!ラーメンも無料で特盛にしてあげたってのに……この恩知ら…え?」
…ん?ラーメンの特盛無料?……ふーん、そういう、ね……
「あははは、その件はありがとっ♪でも、それはそれ、これはこれ。こっちも仕事で──」
「残念だけど、仕事と公私はきっちり区別付けないと……って」
後衛から飛んで、砂を全力で大きく一踏み。
日雇いで雇われている傭兵たちを全て抜いて、途中射線上にいた子は横に弾いてその反動で再度跳躍、途中の
「…アルさん」
「…え、っ、」
後方からも気の抜けた声が聞こえた。
「お金の使用は適度に適切に、という話はもう何度もしているはずなんですが…どうやら全く聞いて頂けていないようで」
「ち、え、な、え、えぇっ!?いえ、違うのよっ!これは万全に万全を期した結果であって…って、な、何でシグレさんがここに!?え!?」
「“え、あー……シグレ?その…知り合い?”」
「ええ、以前話しませんでしたっけ。ゲヘナに起業している生徒がいるという話…彼女達がその『便利屋68』です」
聞こえてきた先生の問いに答えつつ、自称アウトローの、という言葉は抑えておく。別にプライドを削るために来てるわけじゃないし。
「…な、何でここにシグレさんがいるのかは一応置いておくわ。でも私たちだって負けてられないのよ…!強大な敵に立ち向かってこそアウトローってものでしょう!」
「さ、流石ですアル様…付いていきます…!!」
「ちょちょ、アルちゃん正気っ!?シグレさんが相手でこの状態じゃライオンに蟻がいっぱい向かってるみたいな状態だよ!?」
「…正直な所ムツキに同意。ほとんど無謀みたいな相手じゃない?」
………なんかすごい過大評価されてる気がする。
私だって一応普通の人間だから何百発と銃弾撃ち込まれたら怪我もするし、傭兵を蟻呼ばわりできるほど強くは…いやまあやろうと思えば
「っ……!!っ…!」
あとアルさんめっちゃ悩んでる…
アレかな、初対面のインパクトが強すぎたかな…真っ向からヒナさんとやり合ったのは不味かったか…
「…いえ!傭兵達を全員アビドスに向けて私達でシグレさんを抑えるわよ!」
「それ本人の前で高らかに宣言するんですか…まあ良いですけど、どっちにしてもアルさんは後でお話ですよ」
「うっ」
この際だしお金の使い方を叩き込もうかな。
「…とのことみたいです。皆さん、かなり数は多いと思いますが、頑張ってください」
後ろにそんな声をかけると同時に、目の前に紫の髪が舞った。
「ッ!死んでください死んでください死んでください!!」
ハルカさんのショットガンの乱射。
が、さすがの私も間合いにぼんやりと居座るほど馬鹿じゃない。それにハルカさんは便利屋68の中でも結構
素早く横にずれながら死角に入って、姿勢を低く
「ッ、と」
ムツキさんの地雷。
しかも地雷なんて言いながら発動条件は触ること。触ったら即爆破してくるし何気に火力がかなり高い。
ただしそこに気を取られすぎると…カヨコさんの
できるだけ狙いを定まらせないために常に動きながら、体幹を安定させてまずは一番面倒な…
「そこ」
常に詰めてくるハルカさんの真正面に飛び出てそこから体勢を低くしてスライディング、そこから足を払って、その隙を狙ってくるアルさんの方に
「!!」
が、油断はしないし隙も生ませない。
カヨコさんが頭の上にHGを掲げたのを見て迎撃…しようとして。
一瞬、恐ろしいものが目に映った気がした。手足が縛られたように一瞬硬直する。
「、不味、」
培われた勘というべきなのか反射的に体を倒して砂の上を転げ、素早く
「えぇ…なんでそれ初見で対処できるの…」
呆れられたような声を出されるが知ったことじゃない。
正直言って、便利屋68の面々は全員かなり強い。先生の指揮がついているならまた別だけど、全く同じ条件下ならアビドスの面々とも割とまともにやり合えるくらいには強い。
特にアルさんは、いろんな方面でいじられたりもするけどヒナさんを除けばゲヘナ内で一位二位を争えるくらいには強い。
私とてそう簡単に勝てるような相手じゃない。
というか気絶させてたハルカさんには復帰されたし…しょうがないな、勝てはするだろうけどこのままじゃ相当時間がかかるだろうし埒が明かない。
一瞬だけ、その隙があれば勝てるから…
「………備えたほうが良いですよ」
一言だけ言葉をかけて、制御を一瞬だけ解く。
「…Morituri te salutant」
傭兵の相手がもうそろそろ終わりそうだという頃。
戦況を確認しながらチラ、と向こうの方に目を向ける。
明らかに傭兵たちとは動きの違う、便利屋68という彼女達。そして、そんな彼女達を今のところ一人で普通に相手しているシグレ。
一瞬シッテムの箱からシグレにアクセスを試みる…けど、結果は失敗。画面には現れるけど私の指揮は一切受け入れてくれない。
ちょっと前にアロナに聞いてみたけど、シグレの方からシッテムの箱からの干渉を拒絶されてるって言ってた。
シッテムの箱でのアクセスはいわば生徒との繋がり。生徒が私を信頼して、認めてくれないとその繫がりを作ることができない。
同時に、生徒を指揮するものでもあるから梔子さんを補助することもできないけど…シグレは確かに私の生徒である。
「“!ノノミ、撃って!”」
「はい!お仕置きの時間です〜♧」
と、こっちの指揮も忘れない。
ノノミにEXスキルを使ってもらって、残りの傭兵たちをなぎ倒す。
「!勝ちましたね!」
「うへ〜、んじゃ、シグレちゃんの方は……ッ!!?」
喜ぶノノミの横でホシノがシグレのいる方を向いたその瞬間、その眼光が鋭くなった。
「伏せてッ!!」
上げられたその声は梔子さんのもので。
何が起こっているのか分からない皆に、初めて見る形相で叫んでいた。
…他のみんなは何が起こってるのかわからなくて棒立ち状態…いや、違う、体が震えてる…?動けないの…!?
「“み、皆、大丈──”」
─夫、と咄嗟に走り寄ろうとして。
「ッキャアッ!?」
「ッ、!!?」
「な、何ッ!?」
爆風が吹いたようにみんなの髪や服が激しくはためいた。
が、それは一瞬のことで…次の瞬間、視界の端に目が潰れるかと思うような、それでいて
「な、何、今の、…!?」
砂も、建物も、そして私も…何も感じていないように何も動いていないのに、倒れている傭兵たちも含めて生徒たちだけが爆風に吹かれたようになった。
一体、何が……
「“ッ!!”」
そのさっき閃光が光った方を見ると、倒れた4人の…便利屋68の彼女達と、彼女がいつも背負っているスナイパーライフルを水平に構えたシグレがいた。
……さっきまで便利屋68の彼女達はピンピンしてたはず…なら、さっきのあの一撃で…?シグレが…?
……一体、あの子は…?