地獄発、地獄行き 作:有森
先生縮小化事件(仮)から程なくして、シャーレにトリニティから招集の連絡があった。
それはいい。それはいいんだけど…私も呼ばれたのは少し意外だった。てっきり私は警戒されて呼ばれないものだと思ってたんだけどなぁ。
…ただ。先生はナギサさんの方に案内されていったけど、なぜか私は別の正義実現委員会の人に途中で違う方向に案内された。
まあでもわざわざ聞くこともできずについていくと、結局辿り着いたのは棟の端の空き教室みたいな場所。なんで?
促されるままにそこにぽつんと対面で置かれている一対の椅子の一方に座り、正義実現委員会の生徒さんも退出したところ…対面に置かれているもう一つの椅子にホログラムが投影された。
…その相手は。
「!!」
『やあ、こうして会うのは初めまして、だね?』
…トリニティ総合学園サンクトゥス派のリーダー、百合園セイアさんだった。
「はい、噂はかねがね。はじめまして、明日シグレといいます」
『うん。君のこと
少し遅れてはい、と頷くと、ホログラムの彼女は足を少し擦り動かして話を始めた。
『まず、だが…私とこれから話すこと、そして私とここで話したという事実そのものも含め…外部には漏らさないでほしい。こうしてこの場を用意したのも信用できる子に頼んで場をつくってもらっただけにすぎないんだ。…表では、私は意識不明、そして一部の者には死亡したということになっているからね』
「…分かりました」
…そう。
本来、今セイアさんはアズサさんの襲撃によってヘイローを破壊されて死亡した…そういうことになっているはず。なんなら意識不明の状態というのもあながち間違いではなく、予知夢の中に閉じこもって昏睡していたはず…なのに、今彼女は起きている。
その上それを表沙汰にする危険を冒してまで何故こんな場を…いや、あり得るとすれば、セイアさんの神秘による異能…
『驚かないんだね……まあ、率直に聞こうかな。君は、
…そうか、やっぱり
「何者、ですか」
『ああ。君なら知っていると思うけれど、私は予知夢を見ることができる。見る予知夢は完全に無作為であり、いつの、どこの予知夢なのかを事前に知る術はない──だが君の存在はそもそもどの予知夢にも存在すらしていなかった。……いや、それは正確じゃないね。正確に言うなら、突如現れて未来を滅茶苦茶にして
淡々と、それでいて言葉に深い重みを付けて彼女は続ける。
『驚いたとも。少なくとも私の能力については私が一番よく知っていると自負していた──予知夢で見た未来はどう改変しようとも必ずその結末に帰結するはずだった。だがどうだ、さっきまで見ていたはずの未来は…これまで不変であったはずの前提に捕らわれていた世界は、まるで児戯のようにかき混ぜられて現在進行形で改変され続けている。そしてその改変の中心には…本来私の見ていた未来にはいなかった、君がいた』
『あぁ、別に責めようと思っているわけじゃない──けれど、どうしても気になったんだよ。君が何者か、何を目的としているのか──そして何より、どうやってそんな事ができているのか』
私が何者か、行動の目的、理由といったところか……
「……それが分かるなら、私が知りたいくらいです」
まあ、でも正直こういう答えになるんだよね。手元の問題は一つ一つ解決しているかもしれないけれど、大本の問題は…私が何故こんな状況に陥っているのか、未来がここからどう変わるのか…大切なことは何もわかっちゃいない。でも…
──キヴォトスの敵となる覚悟は、おありですか?──
「ですが、強いて言うなら…少しでもより良い未来を作り守る──傲慢ですが、少なくとも今の私の理念はそこです」
そこは最初から一片たりとも変わっちゃいない。だから……
──いいえ。でも
──先に自死でも選びます──
『…そうかい。まあ、私たちをどうこうするつもりは無いのなら良かったよ。君と敵対するとなるとなかなか面倒そうだからね』
金色の目を見返しながら応えると、セイアさんは少し安心したようにふっと力を抜いた。
『…一応聞きたかった事としては、『君も未来が見えているんじゃないか』ということなんだけど…その線だということかな?』
「…正確に言うなら、見えているというよりは
もし未来が見えていたなら…どれだけ都合が良かっただろうか。ま、常々考えるけれど無い物ねだりをしても仕方がない。
『つまり、未来を一つの知識として知っている…何処かでそれを知る機会があったということだね?』
「…まあ、はい」
機会…機会?どちらかというと経験だからちょっと違う気もするけど…まあそこは良いか。
『なるほどね。…君は知っているだろうが──まあ、
この一件…それは補習授業部の話だろうか。それとも…エデン条約の事だろうか。…多分後者かな。
「それは…そうしたいのは山々なんですが、その中で少しだけ派手に動こうと思っていまして───」
『何?───』
数分の対話である程度の作戦は渡した。
良い機会だ。どうせ私のことがバレているのならもういっそ全部話してしまえばいい。もしセイアさんに
と、話し終えるとセイアさんは、口元に指を添えて目を見開いていた。
『…まさか…いや、それは……可能なのか?』
「はい」
『…いや、言い方が悪かったな。確かに可能ではあるんだろう……その被害を考えなければ』
「被害、ですか?」
被害は最小限に留めてあるはずだけど…ミサイルは聖堂に着弾しない、先生も死にかけない、可能な限り生徒の負傷も軽減できるはずだけどな…
ホログラムのセイアさんが指を私に向けた。
『君の負担だ。それがどれだけ重いことか分かっているのか?』
「…そんなことですか?できないなら言っていませんよ」
『できるできないではない…その作戦で行けば、最悪君が──』
「ですが一番確実です。重要な部分に他人は使いません」
『………』
それに、失敗するとも思えないし。
仮に失敗したとて損失は少なくて済むし、変に先延ばしにするよりもよっぽど確実なはず。
…それにしてもセイアさんらしくないな。わざわざ見ず知らずの相手に対してそんな事を言うような人じゃないと思ってたけど。
『…既に覚悟は決めている、ということか…』
「はい。まあ、セイアさんに手助けしていただく部分についてはかなり無理は言っていますし、認可していただかなくてもこちらでそれなりの策は講じていますが…」
『いや、君がそこまで体を張るというのなら私も一肌脱ぐとしよう』
…助かる…けど。
「良いんですか?私のことは知っていたとは言えども初対面の人間をそんなに信用しても」
『何、君の事は何も夢でだけ見ていたわけじゃないからね』
?
『アビドスでの一件やシャーレとしての評判、そしてそれ以前の君と関係のあった人々の意見などを諸々聞いた上で信用しても大丈夫と判断しているだけさ』
肩を竦めるようにしてセイアさんはそう言った。
…そっか、古書館を使いに来たりとかしてた途中で正義実現委員会の人達とかとも若干の交流はあったしね。
「…そうですか」
『ああ。…おっと、そろそろ時間かな。最後に…そんな君に一つ聞いてもいいかな?』
ホログラムとして浮かぶセイアさんの目の奥が深く光った。
…この目をしたセイアさんが私に聞くことと言えば…
「楽園の証明、ですか?」
『…先に言われてしまったな。そう、君はどう思う?』
楽園にたどり着きし者の存在を証明することはできるのか──キヴォトスに伝わる七つの古則の内の五つ目だ。
楽園にたどり着いた者はそこから出ようとはしない為に外部からそれを知るすべは存在しない。もしも外に出てきた者がいればそこは真の楽園ではなかったということになる。
このとき、外部の人間に楽園の存在を証明することは可能であるか、というもの。
思考問題チックな質問ではあるけれど──私は
やめた。
「こういうのはナンセンスでしょうが」
一息。
「私からしてみれば楽園なんて物はどうやっても存在できないと思います。どこまで行っても苦痛に塗れた空間でしか人は生きられないかと。…どれだけ良い環境になろうとも、多少質の良い地獄に移るだけで、そこは楽園と呼ぶには遥かに及ばない。命題がそもそも命題足り得ない、不合理な質問ではないかと」
まあとはいえ、多少マシな地獄になるかさらに酷い地獄になるか分からない場所に引きずりこもうとしているのが私なわけだけれど。
そこまで聞くとセイアさんは口を挟まず一度だけ頷いた。…続きは、と言わんばかりだ。…見抜かれている気がする。
「まあですが…その質問はそこら辺の前提をすっ飛ばした、もしも存在するとすれば、という話でしょう。もしも楽園というものが存在するのなら…知る可能性はあると思います。まあ、知る方法というよりは可能性ですが」
『一応、なぜそう思うか聞いてもいいかな。前者と後者、双方ともについて』
試すような眼光が私の体を刺す。
「後者に関しては単純です。この世の中には、不思議なことに他人に施すことで快楽を得る人種が一定数いるんですよ。その人にとっての幸福は他者が幸福を実現すること──だからこそ楽園を出て、他者をその楽園に導こうとする。そんな不合理極まりない事を本心から実行する人がいるから、というのが理由です」
…何の気も無しに、言えたはずだ。
「前者は…ただの私の思想なんですが。そもそも、どうやっても苦痛なんてものは取り除けないんですよ。自由に生きようと苦痛を取り除けば新しい苦痛が生まれ…心身のどちらか、または双方を傷つける。自由ほど恐ろしいものは無い。──そういう面では支配されるというのは案外気楽な物なのかもしれませんね」
また一息を入れて続けようとすると、ホログラムの先でセイアさんが目を鈍く光らせながら私の続けるはずだった言葉を代弁した。
『だが、自由でなければ成長することもない…かな?』
「…はい、そうです」
セイアさんの眉が顰められ、口角が下がった。
『…君は…全く、一体どんな生き方をしていたらそんな考えが出てくるんだか』
「見ての通りひねくれた生き方をしていれば」
多少おどけて見せれば、ため息をついたセイアさんは額に指を当てて2、3回首を振って呆れたように声を出した。
『こう言うのはなんだが…こんな無茶苦茶な案を出してくるだけはあるというべきか…まあ、気をつけてくれ給えよ。私も賛同してしまった以上、
…こういう所が上手いなぁ。私が極力人に迷惑をかけないようにしているのが見抜かれてる。
「善処しましょう」
『できれば確約してほしかったところなのだが』
と、セイアさんはいたずらっぽく笑った。
…あ、そうだ。
「ですが、セイアさん」
ホログラムを消そうとしたのか、動いたセイアさんに声をかける。
『なんだい?』
「…これは単なる私の意見ですが──楽園の証明に拘りすぎないことをお勧めします。合理的に証明できない問題であり、また絶対的な解を持たない問いであるとしても、必ずその場合に対する
『………そうだね。考えてみよう』
少し目を見開いて応えたそれを最後に、セイアさんのホログラムは切れた。…伝わったかな?
さて、私も出るとしようか。
それから教室を出ると少し遠めの教室の影から行きに案内してくれた正義実現委員会の人が走ってきてくれて、出口まで案内してくれた。どうやら話が聞こえないように離れて、話が終わってセイアさんから連絡をもらってから戻ってきたらしい。
…さて、これで多分セイアさんが裏から動いてくれるはずだし、多少はやりやすくなる。問題はベアトリーチェがどう出てくるかだけど…多少先回りした策をいくつか練っておこう。
考えるだけなら幾らでもできるし、仮にそれが徒労に終わっても悪い方向に転ばなければ何の問題もない。
あれやこれやと頭を回しているとすぐに校舎外に出たためとりあえず送ってくれた正実の生徒さんにはお礼を言っておき、さてどうしたものかと思ってスマホを見ると、先生からモモトークが来ていた。
どうやら補習授業部の顧問としてそのまま補習授業を始めたみたいで、先にシャーレに戻っておいてくれ、とのこと。
まあそもそもお呼びでない私が下手に介入するわけにもいかないしね。ここらへんからやることも出てくるし、私は裏から動くとしようか。FOX小隊の受け入れとか対ベアトリーチェ用の戦略とかも練らないといかないし。
セイアさんエミュ難しすぎませんか…
それと、久々の本編更新ということで謝辞っておきます。
読んでくださる皆様方のおかげで評価バーが全て真っ赤に埋まり、お気に入りしてくださっている方も1000人を超え、感想を送ってくださる方もいらっしゃいます。
無論万人に受けるとは思っておりませんが、できるだけ多くの方に楽しんでいただけるように批判意見も一応できる限り取り込ませていただいておりますので、ここがおかしいんじゃないか、みたいなことも送っていただいて構いません。
こんな思いつきから始めた小説を読んでくださり、本当に感謝の限りです。
これからもよろしくお願いいたします。