地獄発、地獄行き 作:有森
とりあえずワカモさんが撤退したのは見届けた。
いやー…言っても400mも離れてない場所だけど、久々の遠距離狙撃、ちょっとだけ楽しかった。
ちなみに最大狙撃可能距離は3km。それ以上はちょっと私の腕とこの銃じゃ厳しい。
ここまで行ったらあとはリンさんが先生にシッテムの箱を渡してサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移譲、それからここの説明かな。
とりあえず掃除と整理もあらかた終わったことだし、まあ準備はオーケー。
…デスクの上の既に3つほど山を作っている書類からは目を背けつつそんな事を考えていると、コンコン、と扉がノックされた。
「はい」
「“入るね?”」
返事をすると聞き慣れた声が聞こえてきた。…あ、不味いなちょっと泣きそう。
顔をとっさに背けて、目元を拭う。
「“え、っと…どうかした?”」
「…すみません、少し目が痛くて」
先程まで掃除もしていたもので、と誤魔化して向き直す。
肩までで切りそろえられたストレートの黒髪。
柔和そうな少し垂れた黒目。
…お久しぶりです、と言いかけて、口をつぐむ。
……駆け寄りたい心を抑えて、足を揃える。
震える体を制御して、初対面の‘明日シグレ’を作り出す。
「…
「“うん、よろしくね。私は…まあ、知ってるみたいだけど、先生だよ。とは言ってもまだ何もわからない状態だから色々教えてくれると助かるな…”」
まあそうですよね、と返して業務内容を伝えていく。
権力は確かにあるが、実際は特にこれをしなければならないというようなものはなく、俗に言う何でも屋や便利屋に近いような場所であること。
現在連邦生徒会は連邦生徒会長の捜索に特に力を割いており、各学校の問題ごとに首を突っ込めるほどの余裕がないらしいこと。そして…
「さっきちらっと見ましたが…多分あの書類の山が各学校から寄せられている要請かと」
「“Oh…”」
デスクに積み上げられた書類の山を指差した。
…あ、目が死んだ。
「“ねえ、リンちゃん”」
シャーレの部室に向かっている最中、先導してくれているリンちゃんに聞いてみることにした。
「……誰が…いえ、なんですか」
「“えっと、シャーレにはもう一人シグレ?っていう生徒がいるって聞いたんだけど、どんな子かわかる?”」
「あぁ…シグレさんですか。ええ、分かりますよ、というかシャーレの部長です。先生は顧問として動いてもらいますが、
「“それだけ優秀ってこと?”」
と、リンちゃんは少し考えるように一瞬止まった。
「…私もそこまで接点があったわけではないので詳しくはわかりかねますが、強さという意味でも頭脳的な意味合いでも優秀といえば優秀でしょう。ですがキヴォトス内で一番かと言われれば納得しかねますし、総合的に見ても彼女より上の生徒は探せば普通にいるでしょう」
なんでも全知なんていう称号を与えられた、その名の通りとてつもない頭脳を持った生徒もいるらしいし、まさに一騎当千という言葉が似合うような戦闘能力を持った生徒もいるらしい。
それに、事務系統や力仕事など、色んなところが得意ないわゆるオールラウンダー的な子も多いらしい。
だけど、そういう生徒ではなく何故彼女が選ばれたのかは分からないという。
「まあ連邦生徒会長の指名ですから、彼女なりに何かしら考えはあったのでしょう。…今は直接は聞けませんが」
「“なるほどね”」
「ええ。………では、こちらがシャーレの部室となります」
そんな話をしていると、いつの間にか一つの部屋の前にいた。
扉にはで「近日入室予定!」と堂々と書かれた青い張り紙がされている。
「中には既にシグレさんがいらっしゃると思いますので、そちらから業務の内容や挨拶があるかと思います。では私は、ここで」
「“うん、ありがとうね、リンちゃん”」
「……何度も言いますが、誰がリンちゃんですか」
そんなやり取りをして、リンちゃんが行ったのを確認してから扉に三回ノックをする。
中からは落ち着いたウィスパーボイスの返事が返ってきた。
扉を開けると室内は白を基調とされた部屋だった。
そして目の前に、少し顔を背けた少女がいる。…この子がシャーレの部長…かな?
と、差向けた顔の目元を拭った指が少し濡れていて、目の周りが少しだけ赤いのに気付いた。
どうしたのかと聞いたらさっきまで掃除をしていて、ホコリか何かのせいで少し目が痛かったと。
…そっか。
改めて、彼女の顔に向く。
少しくすんだ灰色の髪は短く切りそろえられていて、切れた薄い目は真っ白い。…声と表情は、少し何処か諦めたような、ちょっと感情の起伏が少ないような感じがした。
頭の上には、少しぼやけた白い円環と、それに少し重なるような小さめの白い球という形をしたヘイローが浮かんでいる。
それから、シャーレでやるべきこととか、今置かれてる仕事とかを教えてもらっ……いや多くない?何で?いま来たばっかりだよ?
そんな感じのことをぼそっと言ったら、分かります、って横からちょっと頷かれた。
「じゃあ…早速始めますか」
「“え?”」
「?仕事ですよ?」
……さいですか………
「さいです」
……訂正。
結構この子ノリは良い気がする。
……なんて思ってたのがほんの数分前で。
「…ねえ、」
「どうしました?」
「早くない?」
印鑑をお願いします、と言って置いてくれた書類がさらに増えた。
あれ…私まだシグレの半分も終わってないんだけど…
「まあ色々と慣れていますので」
「“そっか…なんか学校でそういう部に入ってたとかあるの?もしくは生徒会?”」
「いえ、無所属でしたよ。生徒会は一度勧誘されましたが蹴りました」
性に合わないので。と付け足して彼女は書類に目を通し始めた。…読むの早くない?目の動きがおかしい。
「……何ですか」
「“そういえば、シグレってどこの学校の所属なの?”」
「シャーレ所属です。以前はミレニアムに」
…え?いや、ここ学校じゃ…
「擬似的に卒業したんですよ、年齢はまだなので実際には卒業はしてませんが、二年の最初の試験のときに三年生の試験は通ってましたし。一学校の生徒が強大な権力のある場所に所属してしまうと学校全体のバランスが崩れてしまう可能性が高いので、どちらかと言うとシャーレに就職してる状態が近いですね」
…二年生の最初期で三年生の試験を突破…?えぇ?
いや待って、でもこの子より頭が良い生徒はいるってリンちゃんが言ってたような…あ、これ多分アレだ。多分上位層の偏差値が死ぬほど高いタイプだ…*1