※まほあこアニメ13話直後くらいのお話。前後編の短編です。
※アニメ版準拠ですが原作漫画のセリフ回しなども混在します。



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前編

最初に目を覚ましたのはマジアアズールだった。

 

「くっ……一体何が起きたのかしら……?」

 

気づいた瞬間には視界が暗転し、意識ごと闇へ飛ばされていた。

いつもの三人組で魔力の反応を追い、空に飛び出した矢先の出来事だった。

突如、目の前を塞ぐように黒い(もや)のようなものが現れて、三人ともそれに飲み込まれたのだ。

 

(こんな芸当ができるのは──いえ、それより今はふたりを!)

 

仲間たちを気にかけ、マジアアズールはうつ伏せになっていた身体を起こす。

手をつき上半身を浮かせれば、発育の良い胸が重力の存在を強く訴えたのち、反発して大きく弾んだ。

たわわなその身を包むのは、澄み渡る空のような青を基調とした魔法少女のコスチューム。

 

(変身は解けていない……魔力の消耗もない……よし)

 

意識を奪われてからさほど時間は経っていないらしい。

そう判断した彼女は自身の確認を切り上げ、周囲を見回す。

 

「……」

 

その空間の広さはわからなかった。

あまりに暗く、見通しが悪いからだ。

そして恐ろしく静かだった。

彼女の耳には緊張に高鳴り始めた己の鼓動と息遣いしか聞こえてこない。

 

幸い、探したふたつの色は視界の届く範囲内で見つかった。

マジアアズールは声を張り、横たわるふたりの名を呼ぶ。

 

「サルファ! マゼンタ!」

「……」

「……っ! なんや、急に暗なって……」

 

ふたりとも、色は異なるがマジアアズールと同じ意匠のコスチュームを着ている。

黄色の方──マジアサルファは呼び声に応え、身をよじるのが見えた。

マジアアズールは立ち上がり、反応のなかった赤の方──マジアマゼンタに駆け寄る。

 

「マゼンタ! しっかり!」

 

うつ伏せになったマジアマゼンタの側に膝をつき、慎重にその背中をゆすった。

すると、ピンク色の髪をツインテールにした頭がごろりと寝返りをうち、幸せそうな寝顔が上を向く。

 

「……むにゃあ、キノコぉ……」

「キノコ!?」

「キノコが足りないのぉ……」

 

寝ぼけているらしい。

予想外の反応に、マジアアズールはつい言われるがままに身の回りを探った。

 

「どうしましょう、さすがにキノコは持ってないわ……じゃなくて起きてマゼンタ!」

「わあぁ、おっきなホコリタケ……」

「きゃあっ!?」

 

焦点の合わない瞳がうっすらと開いてこちらを見ていた。

マジアマゼンタは目前に張り出したそれへと手を伸ばし、ふわりと触れて愛おしむように撫で始めた。

 

「ちょっ……やめっ、手つきが……あんっ!?」

「えへへ、ご立派だねぇ……ひとつ持って帰っちゃおうかなぁ」

「ああーっ!?」

 

マジアマゼンタの手が、大きな胸の下に入り込んだ。

優しく摘み取ろうとする繊細な手の動きに翻弄され、マジアアズールは思わず声を出す。

 

「ま、マゼンタ、それ違うの、私のおっ……ひゃぁっ!?」

 

根本から引っ張ろうとする腕を押さえこむ。

マジアアズールの脳裏にはかつて同じように胸を蹂躙(じゅうりん)された記憶が蘇っていた。

 

「お……思い出したわ! このシチュエーション、前にもにゅっ!?」

「オゥなにしとんねんお前ェ」

 

その声に、マジアアズールは振り返ろうとしたが首が動かなかった。

マジアサルファの人差し指が彼女の(ほお)にめりこんでいたからだ。

 

マジアアズールは目だけを動かし、仲間の無事を確かめようとする。

その視線はサルファーイエローのコスチュームを着た少女の、意思の強そうな眼差しとぶつかった。

 

「よかった……サルファは正気のようね?」

「今アンタの正気を疑っとるトコや」

 

表面上ははんなりとした笑顔だが、眉間(みけん)に一本シワが立ち、ただならぬ雰囲気を漂わせている。

 

マジアサルファには、目の前の痴女がマジアマゼンタの手を取り胸に押し付けているように見えているらしい。

それに気づいたマジアアズールは弁解しようとした。

 

「ち、違うのよサルファ!」

「そないに()ませて何が違うんじゃ言うてみい!」

「んにぃっ!?」

 

だがマジアサルファは聞く耳を持たず人差し指をさらに突き込んだ。

彼女の手はその体格相応に小さく、細くもたおやかな指先は針のように鋭くぐりぐりと顔面にめりこんでいく。

その痛みを()()しそうになりつつも、マジアズールは気丈に声を張り返した。

 

「そ……それより、気をつけて! ここは『ドールハウス』よ!」

「わかっとる。そこら中、禍々(まがまが)しい魔力でビンビンや」

 

 

──あたりを見回しながら、マジアサルファは手を戻して、両手を握りこんだ。

その握り拳に膨大な魔力が集まっていく。

身を守るための魔力の障壁は、さらに厚く、さらに強固に。

相手を打ち据えるための鈍器へと形を変えていく。

程なくして両手の魔力は具現化し、ひと抱えほどもある巨大な籠手(こて)の形を成した。

 

マジアサルファは握られた両拳をぶつけ合い、戦意溢れる表情で叫ぶ。

 

「何度も同じ手には乗らへんで、エノルミータ!」

 

力強い啖呵(たんか)と共に籠手から黄色い光が湧き上がり、炎のようにゆらめきながら立ち昇った。

それに照らされた闇の奥から、四つの人影が浮かび上がる。

 

「うひひ……」

「……」

 

それはもはや見慣れたふたり組。

あざけるような笑い声と、無言の小さな息遣い。

 

「またこの部屋に来ちゃったわ……」

「言うな……思い出しちまう」

 

さらに、新顔だが何度目かの遭遇となるふたり組。

どこか気まずそうにお互いを意識し合っている。

 

四人の少女が魔法少女をなかば囲むような位置取りで立っていた。

それは魔法少女と敵対し、社会に害をなす悪の組織、エノルミータの幹部たちだった。

 

「またぞろぞろと勢揃いやねぇ……」

 

そう言いながら、マジアサルファはまだ姿の見えぬ()()()()()を警戒している。

 

「なら当然お前もおるよなぁ、マジアベーゼ!」

 

それに応えるように、四人のさらに後ろから、大音量で女の声がした。

 

『ふふふ、もちろんです……ようこそ、トレスマジア……』

 

拡声器を通したような声だった。

マジアサルファはこっそりと歯()みする。

姿は見えないが、それは確かに憎たらしいあの女、マジアベーゼの声だった。

 

最近、悪の組織『エノルミータ』の総帥に昇格したらしい。

幾度も辛酸を()めさせられている、魔法少女たちの仇敵(きゅうてき)だ。

戦う度に、撃退はできても決定的なものは譲らない厄介な女。

そして隙あらば手を替え品を替え、こちらを痛めつけて愉悦に浸ろうとするド変態のサド女である。

 

その声はわずかにノイズをはらみ、どこかにあるのであろうスピーカーを通して発せられていた。

マジアサルファはその大音量にまったく反響がなかったことに気づく。

 

(なんや、この部屋……防音か?)

 

彼女の内心の問いに答えるものはなく、スイッチが切り替わるような音と共に、部屋中の照明が点灯した。

 

「「くうっ!?」」

 

全周から浴びせられる猛烈な光量に目がくらみそうになる。

マジアアズールとマジアサルファはとっさに腕で目をかばった。

 

『本日のお題はこれです! じゃん!』

 

光に目が慣れたふたりの目に飛び込んできたのは、白い部屋だった。

正面には真っ白な壁に埋め込まれた扉と、それを断固封印するかのように貼り付けられた巨大なヒト型のオブジェクト。

そして、大きな横断幕に書かれた筆文字だった。

 

『トレスマジアの細かすぎて伝わらないモノマネ、三本勝負!』

「「はぁ?」」

 

ふたりの魔法少女は飲み込めず、無表情になった。

 

 

──マジアマゼンタが意識を取り戻したのはちょうどそのときだった。

 

「私、イグアナじゃないのでは……はっ!?」

『おや、お目覚めですね?』

「そ、その声は、マジアベーゼ!?」

 

マジアマゼンタは慌てて立ち上がり、両隣のふたりに合わせて身構える。

 

「気がついたのねマゼンタ、よかったわ」

「どこも悪いとこないな? あるなら言うて」

「ありがとう! 大丈夫!」

 

また不甲斐ないところを見せてしまった──内心悔しがりつつも、マジアマゼンタは元気に答えた。

そのコスチュームの色は明るく鮮やかなマゼンタ。

その色に負けない、燃えるような情熱を瞳に(たた)え、マジアマゼンタはさらに一歩前へ踏み出す。

魔力を込めた右手から何かが素早く伸び、ハート型の穂をした大きな槍が顕現(けんげん)した。

 

マジアマゼンタはその穂先を正面に向け、叫ぶ。

その両脇をマジアアズールとマジアサルファが固めた。

 

「悪だくみはゆるさないぞっ! 魔法少女トレスマジア、ここに参上!」

「ぷっぷっぷー」

 

三人を取り囲んでいた悪の女幹部の一人が嘲笑(あざわら)う。

その少女、レオパルトは軍服調のゆったりとした上着を羽織り、下半身はガーターベルトにニーハイブーツ、そして局部を面積の小さなTバックで覆うのみという卑猥な格好をしていた。

 

「おまえら参上ってよ〜、とっくに拉致られて囲まれて絶体絶命だし〜」

「最初そうやって上から目線やけど、最後は無様にやられとんのどっちやろなぁ?」

「ああ? やんのかコラ?」

「いつでも上等や!」

『いけませんよ、レオパルト』

 

(あお)り合い、マジアサルファに詰め寄ろうとしたレオパルトに、頭上から仲裁が入った。

 

『いいんです。魔法少女の登場シーンなんてなんぼあってもいいですからね!』

「フアッ!? ベーゼちゃんごめんね!」

「意味わからんわ」

『それではルールを説明します!』

「「ルール? ……っ!?」」

 

床がわずかにに震え、魔法少女たちの背後で何かが動く気配がした。

素早く振り向いた三人の前で、白いタイルの床の一部が迫り上がり、上からはするすると静かに赤い幕が下りていく。

そうして数名が演じられる程度の広さをした、コンパクトな舞台が完成した。

 

「……」

 

さらに横側の壁から大きなスクリーンが降りてきて点灯し、楽しそうな笑顔をした少女の顔が映し出された。

紫色の髪に黄色い角。

悪魔的モチーフを散りばめたコスチューム。

星型のアクセサリーをつけたチョーカー以外にその胸元を隠すものは何もなく、はだけた乳房には十字型の黒いニップレスが貼りつけられているだけの卑猥な格好だ。

瞳の奥と、目尻の下には黒い星形のアザが魔力の揺らぎに合わせて瞬いている。

その少女こそが悪の女総帥、マジアベーゼだった。

 

『皆様にはおひとりずつ、こちらの舞台でものまねをしていただきます!』

「はぁ?」

『ネタはトレスマジアとエノルミータ縛りで! そのかわり、どんな細かいマイナーネタでもOKです! ええ、拾ってみせますとも、いちファンの名にかけて!』

「いよっ、ベーゼちゃん! さすが魔法少女オタク!」

『えへへ……』

「何がファンや、白々しい……」

 

喝采(かっさい)をあげるレオパルトに、まったく忌々しいといった表情で毒づくマジアサルファ。

一方、素直に説明を聞いていたマジアマゼンタとマジアアズールは表情を曇らせた。

 

「ええー、急に言われてもネタが思いつかないよぉ……」

「そうよね、どうしたものかしら……」

「真面目か。何やる気になってんねん」

 

素直に出し物を考え始めたふたりに、マジアサルファが小さくツッコミを入れた。

マジアベーゼは笑顔のまま司会進行を続ける。

 

『それではまず模範演技ということで、ロコムジカさんお願いします!』

「なんでよ!」

 

 

──突然の無茶振りに、ロコムジカは抗議した。

 

そもそも事前の打ち合わせもあったものではない。

 

現在、夏休みの真っ最中であった五人は、エノルミータのアジト、ナハトベースの一室に集まってだらけていた。

すると、悪の組織の邪悪なマスコットことヴェナリータから「魔法少女を見つけた」と連絡が入り、ちょうどネロアリスが備品室から持ち出していた()()()を見たマジアベーゼが何かを閃いただけだった。

 

新しい上司にして遊び友達。

あの子は普段おとなしいがやるとなったらメチャクチャなこととやってしまう恐ろしい女だ。

そんな無茶振りの主、マジアベーゼがスクリーンの向こうからロコムジカを見て、困ったような顔をした。

 

『えっ……だって、三回勝負だとひとりあまっちゃいますし……』

「ロコだけハブるってこと!?」

 

長いものには巻かれる主義のロコムジカだが、ゆずれないものも当然ある。

アイドルが、ステージを前にして引き下がるわけにはいかない。勝負事であれば尚更だ。

そんなロコムジカをなだめるように、マジアベーゼは猫撫で声になった。

 

『しかしですねぇ、ロコムジカはみんなのアイドルですから……当然モノマネも練習されていますよね?』

「ロコはバラドルじゃないの! 歌い手なの!」

『まあまあ、初見のトレスマジアに、ステージ慣れしているロコさん相手は分が悪いじゃないですか……ベテランの余裕を見せていただく感じで……ね?』

「……もう、しょうがないわね! そういうことなら、ロコが一番手になってお手本を見せてあげるわ!」

「なにこいつちょっろ」

「お前ホントこういうの好きだな」

「うっさい」

 

ジト目で毒づくレオパルトとルベルブルーメを振り払い、ロコムジカは舞台の裏へと入っていった。

 

『それではロコムジカさん、お願いします!』

 

気の抜けたイントロが流れ出し、それに合わせて舞台袖から駆け込んでくる少女。

ロコムジカは音楽の切れ目に合わせて中央にぴたりと止まり、両足を揃えて舞台の中央に背筋を伸ばして立った。

 

水兵をモチーフにした白い帽子とジャケット。

マリンブルーのミニスカートは腰まで包むコルセット型だが、その上は小さなマイクロビキニを着けただけという卑猥な格好をしていた。

豊かな乳房は抑えるものが少なすぎて溢れるように、彼女の小さな挙動を拾って柔らかく揺れている。

 

その両手には、星形のアクセサリーがつけられた彼女の武器でありシンボルでもあるマイクが握られていた。

ロコムジカは自信満々の表情で自らの出し物を宣言した。

 

「トレスマジアで、『My Dream girls』!」

 

 

──この世界には魔法少女がいる。

 

その存在は社会的に認知され、その活動はあらゆるメディアで取り沙汰されている。

魔法少女たちは市民を悪の脅威から直接守る一方で、魔法少女の活動に協力してもらうための啓発とイメージアップを兼ねて、アイドルめいた活動を展開していた。

 

ロコムジカが歌うのは魔法少女の三人組、トレスマジアのイメージソングだ。

音楽は流れないが、揃えた両足の(かかと)を上げ下げしてリズムを取って見せながら、振り付けを交えて堂々と歌い始めた。

 

「あこがれるーだけぇーじゃなくて♪ ゆめにみるぅーだけーじゃなくてぇ♪」

 

その踊りはネットに公開されているミュージックビデオで踊る三人を模倣している。

その映像を知る者、そして踊った本人たちにとって、その振り付けは完璧に見えた。

 

「「「……」」」

 

だが、その歌を聞く少女たちの顔は徐々に真顔になっていく。

 

「なりーたいー、変わぁーりたい♪ 好きがわたしのみーなもーとぉ♪」

 

セルフで手拍子を加えながら観客に向けてのスマイル。

曲調に合わせて絶妙なタイミングでウインクを飛ばす。

サービス満点、ステージの状況に合わせたアドリブも完璧だった。

 

「「「……」」」

 

だが、その音程は壊滅的だった。

それは本人が全力で楽しみつつ、真剣さも伝わるがゆえに絶妙にイジリにくい感じの不調和だった。

 

「ひとみのおくがうばーわーれーてぇぇぇーっ!?」

 

一同がだいぶいたたまれなくなってきたところで舞台の床が開いて、ロコムジカは奈落に落ちた。

何かが水の中に落ちる音がする。

 

「イヤーッ! ベチャベチャするぅー!」

『と、このように間が持たなくなったあたりで落とさせていただきますので、スベることを恐れず臨んでいただければ……』

「「ひどい……」」

 

あまりの仕打ちに青ざめる少女たち。

一方、悪の女幹部のひとり、ルベルブルーメは釈然としない表情でひとりごちた。

 

「……アイツまたヘタになってねぇか?」

「あんま練習してなかっただけじゃねーの?」

 

適当な返事をしたレオパルトは内心、脱いでないアイツの歌はあんなもんだろと思っていたが、その場ではそこまで言わなかった。

ルベルブルーメが開いた床の端に駆け寄り、その下に声をかける。

 

「そ、そうかな……おい、ロコ! 大丈夫かー!」

「ちょっと、なんなのよこれ! ひゃっ!? なんか動いたぁ!?」

 

下からロコムジカの悲鳴が聞こえてきた。

奈落の底に満たされたそれは当初、水面もなだらかで無色透明のように見えたが、ロコムジカが落ちてくると全体がぞわりとざわめき、やがて激しく波打ちはじめた。

そして、投げこまれた餌に群がる魚のようにロコムジカの体にまとわりついていく。

 

「ギャーッ!」

「なんなのあれ!?」

 

ルベルブルーメと並んで下をのぞき込んでいたマジアマゼンタが尋ねた。

それにマジアベーゼはしたり顔でうなずいて見せる。

 

『ええ、落ちて怪我なんてされてもいけませんからね! 落とし穴の下は緩衝材がわりのスライムで満たしました!』

「どうしてスライムなの!?」

『ロードエノルメの生み出した魔物をベースにした試作使い魔です! ええ、毎回服を溶かすのもマンネリですので! 服の下に潜り込んで責める感じの──いわゆるひとつのちくびねぶりスライムといったところです!』

「どういうスライムかは聞いてないわ!」

「魔法少女ものに出しちゃいけないヤツだ!」

 

水音を立てながら騒いでいたロコムジカの声の色が変わった。

 

「ひゃぁっ! やだぁ……やめて……んぅっ!」

 

おそらくそれがスライムなのだろう──まとわりつく粘液は彼女を水に沈めるように包み込んだまま、ぐにぐにと活発に動き回っている。

その中でロコムジカは顔を真っ赤にし、両手で自分の胸を押さえながら苦しみもだえていた。

見た目には服を着たままの無事な状態だが、ジャケットは乱れビキニの肩紐も緩み、服の下では何かがぐねぐねと動き回ってとんでもないことになっているらしい。

ロコムジカは急にびくんと背筋を伸ばし、手を胸から腰元へと動かした。

 

「やっ!? そこダメ! それ違う、それ違うから! あああっ!?」

「おいベーゼやめさせろ!」

 

これはあんまりだとルベルブルーメが抗議したが、マジアベーゼはえへえへと笑いながら解説を続けた。

 

『おおっと、これは大変! まだ試作品ですのでうっかり違うトコロまでねぶっちゃうかもしれませんねぇ!』

「お前ほんとバカだな! バーカバーカ!」

『あっ……や、やだぁ……そ、そんなとこまで、ダメぇーっ♪』

「ああっ!? ロコーッ!」

「見ないでぇ……っ、あぁーっ♪!」

 

心配そうに声をかけるルベルブルーメの視線が、ロコムジカにとってはとどめの一撃となった。

どこか嬌声(きょうせい)の混じりの悲鳴は不思議と綺麗で、聴いた者の心にまで響く気がした。

 

やがて床板がゆっくりと閉じていき、スライムに蹂躙(じゅうりん)されるロコムジカの姿は見えなくなった。

 

「「「……」」」

 

床が閉じると防音の行き届いた室内はすっかり無音となった。

一部始終を見届けた六人は全員一致でドン引きしていたが、スクリーンの向こうのマジアベーゼだけはニコニコ満面の笑顔でヨダレまで垂らしていた。

 

『ロコさん、ありがとうございまぁす! こんな感じで、トレスマジア対エノルミータ、お互い三人ずつの3本勝負となります!』

「んな勝負受けるわけないやろ!」

「いつもそうやって私たちをいじめようとするんだから!」

「ええ、小細工は無用よ。真っ向から受け止めてあげる」

 

トレスマジアの三人が拒絶の姿勢を見せると、マジアベーゼはつまらなさそうな顔をした。

 

『うーん、それでしたら、しょうがないのでこのまま総力戦ということで、床を全開にしてちくびねぶりスライムと戦っていただきますが……』

「んっ!」

 

小さく抗議の声があがり、そこに視線が集まる。

周りの少女たちより一回り小さな少女が右手を上げていた。

 

パニエの詰まったふわりとした青いワンピースに白いエプロン。

腰まで伸びたレモンイエローの長い髪。その頂に、大きな白いリボンをつけている。

 

悪の女幹部のひとり、ネロアリスが不満そうに口をへの字にしてトレスマジアを指差していた。

言葉は少ないが、その表情は多弁である。

レオパルトとルベルブルーメもその顔を見て察し、彼女の主張に同調した。

 

「アリスの言うとおりだぞコラァ! ちゃんとベーゼちゃんの勝負を受けんかい!」

「そうだぜ、悪いことは言わねぇ。勝負形式なら勝ったほうは落ちずに済むんだからな」

「アンタらはあの魔物の巻き添え食らいたないだけやろ?」

「「当たり前だァ!」」

 

 

──トレスマジアの三人は口をつぐんだまま、『テレパシー』で会話を始めた。

 

『まあええわ。ふたりとも、勝負受けるフリしよか』

『ええっ?』

『サルファ、いいの?』

 

悪の組織エノルミータの幹部達が『転移』の魔法を操って神出鬼没、好き勝手に暴れる一方、正義の魔法少女達は『テレパシー』の魔法を使って離れていても互いの心を交わし、どんな状況に置かれても連携を維持できる。

 

それぞれが戦術的に大きく優位となる魔法を独占しており、それゆえに双方の戦力は拮抗(きっこう)していた。

 

『うちが先行って時間を稼ぐさかい、ふたりはここから脱出できそうな隙を探っとくれやす。マジアベーゼの居場所がわかれば満点やね』

『そういう事ね、わかったわ!』

『サルファも無茶しないでね!』

『あ、あの、サルファの次は私でいいかしらっ!』

『何ソワソワしとんねん』

 

マジアサルファは妙に目をキラキラさせているマジアアズールに釘を刺すようひとにらみした後、マジアベーゼを見上げてガンを飛ばす。

 

「うちらの順番は勝手に決めてええな?」

『あっ!? も、もちろんです! 楽しみですねぇ!』

 

スクリーンの向こうで、マジアベーゼの表情がぱあっと明るくなった。

マジアサルファは一歩前に踏み出し、親指で自分を指差す。

 

「やったら、最初はうちからや」

「おいおーい、オマエからかよぉ〜、だいじょうぶかぁ〜?」

 

すぐさまレオパルトが(あお)りを入れた。

マジアサルファはその(あざけ)り顔をにらみ返したが、ふと何かを思いつき、ほくそ笑みながらステージの裏に入っていった。

 

『それでは一回戦、先攻トレスマジア、お願いします!』

 

先ほどと同じ気の抜けたイントロが流れてきた。

マジアサルファはまるでプロの漫才師のように小慣れた調子でステージに入ってきた。

中央に辿り着くとやや力の抜けた姿勢で立ち、腰の前で両手を組んで無表情で宣言する。

 

「えー、出たての頃ー、承認欲求バリバリの余りー、SNSにあげる自撮り撮影するレオパルト」

「ああん!?」

 

出し物を宣言したマジアサルファはその場でうつ伏せに寝転んでスマートフォンで自撮りをするようなポーズをとった。

そしてあからさまにかわいこぶりっこな声色で喋りはじめた。

 

「こーんなかんじー? やっばーちょーかわええー、SNSあげよぉー」

「こいつ……っ!」

 

それは過剰演出だが明らかにレオパルトの真似だった。

それを挑発と受け取ったレオパルトは歯を見せ舞台をにらみつける。

だがマジアサルファの寸劇は止まらない。

ごろりと寝返りをうち、今度は仰向けになってスマートフォンを持ち上げて眺めるポーズをとった。

 

「世界で一番カワイイのはアタシやのにぃ〜、世間じゃトレスマジアがチヤホヤされとってなぁ〜」

 

そしておもむろに両足を開き、腕で胸と股間を隠すような姿勢をとった。

いわゆるエロ自撮りのポーズである。

マジアサルファはくねくねと体を動かしながら変な声で言った。

 

「せやから消えてもらわなきゃって思うのぉ〜」

「ちょっとサルファ! 足っ!」

 

マジアマゼンタが舞台の上のマジアサルファを(たしな)める。

魔法少女はスカートの下に白いレース柄のペチコートを穿いており、太ももの付け根は隠れていたが、それはそれとして大変がさつなポーズでもあった。

 

「喧嘩売ってんなテメー! そこまでおっぴろげてねーわ!」

「ええー?」

 

舞台に上がってきたレオパルトに対し、マジアサルファは片手を口元に添え、表面上は心外そうな顔で、目線には皮肉の込めて見つめ返した。

 

「アンタはこういうことやってそうやなって思て、演技してみただけどすえ? 何? ほんまにやってたのぉー?」

「てんめぇ……オラそこどけぇ!」

 

レオパルトは怒りに打ち震えていたが、スクリーンの向こうのマジアベーゼの顔をちらりと見た後、マジアサルファを押し退けるようにしてステージの中央に立った。

 

「アタシの超絶ネタでテメェを奈落のドンドコドンに突き落としてやんよぉ!」

「ふふふ、ええよ、見といたるわ」

『ではこのままレオちゃんどうぞ』

「見てて! ベーゼちゃん!」

 

 

──それはマジアサルファの言うとおり、承認欲求だったのかもしれない。

 

アタシは、世界一かわいい。

 

レオパルトにとってその事実は揺らぐことのない確信であり、他者にそれを認めてもらう必要などなかった。

だが一方で、この確信に、自らの完璧さに、もうちょっと「先」があるのではないかと思っていたのも事実だ。

 

アタシはきっと、もっとかわいいアタシになれる。

 

だから、世の中にアタシの可愛いさを知らしめようとした。

トレスマジア──SNSで自分よりバズっている目の上のタンコブども倒したくて、悪の組織にも加わった。

そして、そこでクソヤバ女と出会ってしまった。

 

『今のあなたは、世界一可愛いですよ』

 

脳に電流を流されたような──文字通り流されもしたのだが──衝撃とともに、彼女は思い知らされたのだ。

この世にはアタシよりヤバイ子がいて、そんな子がアタシを可愛いと言ってくれる。

ここはそんな素敵な世界なのだと。

 

だが、その衝撃は彼女の心に大きな空隙を生み出した。

その言葉は、自分の中にある確信とはまったく異なる、他人のもの。

自分の世界の外側にあるもの。

 

確かめたい。もっと認められたい。

どうして、自分じゃないひとの言葉は、こんなにも不確かで曖昧で、大きな希望をもたせるのだろう?

アタシはベーゼちゃんにもっと可愛いって言われたい。

いまよりももっと、もっと先へ。

 

マジアサルファなんてどうでもいいのだ。

だが、マジアサルファは過去の自分の真似をした。

へたくそなモノマネでも、過去のアタシはなかなかに可愛い。

だからこそ、いまのアタシはそれより可愛くなければならない。

愛する人の前で、レオパルトは過去の自分に負けるわけにはいかないのだった。

 

あとそれはそれとしてマジアサルファはいずれコロす。

 

 

──そんな想いを胸に、レオパルトは元気いっぱい右手を上げて出し物を宣言した。

 

「まだネコかぶってた頃のマジアサルファ!」

「おおん?」

 

その笑顔の仮面に陰りが差し込んだ。

レオパルトは先ほどのマジアサルファに負けないくらいの過剰なぶりっこで握った両手を揃えて胸の前に置き、体をくねくねとねじらせる。

 

「や、やめておくれやすぅ〜、足の裏はあきまへんてぇ〜、ヴェ」

「んな変顔しとらんわボケェ!!」

 

思わずツッコミが出てしまったマジアサルファ。

それを放置してレオパルトはしれっとものまねを続ける。

 

「続きましてぇ〜、最近弱点が判明したマジアサルファ〜」

 

レオパルトは同じポーズのまま、顔だけしなびた野菜のごとき意気消沈の表情に変えた。

 

「む……むり……うち……タコあかんねん……ヴェ」

 

再び謎の変顔を見せられてマジアサルファの顔面がビキビキと音をたてそうな勢いで強張りはじめた。

レオパルトはごろりと仰向けに寝転ぶと腰を浮かせて背中を逸らし、(もだ)え苦しむふりをした。

 

「やっ、いやや〜……触らんといてぇ〜」

 

それはくねくねと、身体中を責められてよがり声をあげるような、いやらしいポーズであった。

 

「こんっ……のお……っ!」

 

自分はあのとき、そんな無様な格好をしていたのか──マジアサルファの視界が怒りと悔しさに染まる。

 

彼女がレオパルトを狙い撃ちにするような芸を見せて、焚き付けたのはわざとだ。

そのままぐだぐだに持ち込んで反撃のための時間を稼ごうと思った。

その目論見は見事にはまったように見えたが、マジアサルファは自分の気の短さを計算に入れていなかった。

 

一方、レオパルトは突然何かに困ったような表情をして、怒りに震えるマジアサルファの方を向いた。

 

「……って、サルファ、おっぱいねぇとちくびってどのへんになんの? このへん?」

 

そう尋ねながら一番下の肋骨の上あたりを指差す。

それだけでマジアサルファは完全にキレた。

 

「犬猫やあるまいしんなトコについとるかァ! あんたの垂れ乳と一緒にすんなや!」

「垂れてねーし!」

「もうアカン! いてもうたる!!」

「こっちのセリフじゃゴラァ!!」

 

そうしてふたりは互いの服やら髪やらをつかみ、取っ組み合いを始めてしまった。

それに少し遅れて、ふたりの足元の床がぱかりと開く。

 

『ありがとうございました』

「「あ゛ーっ!?」」

 

ふたりは組み合ったままの状態で落下し、ぼちゃーんと大きな水音がした。

それを見たマジアマゼンタが慌てて舞台に駆け寄っていく。

 

「さ、サルファ! 大丈夫ー!」

「あーっ、きっしょぉぉぉっ!!」

 

開いた床の奥からマジアサルファの大きな悲鳴があがった。

のぞき込むと、暴れるマジアサルファの細い体に透明の粘液がまとわりついていた。

粘液は自らぐねぐねと這うような動きをしながら、コスチュームの袖口や襟元、そしてスカートからその中へと侵入していく。

 

「ぐうぅっ!?」

 

肌の上を走る冷たい感触にマジアサルファは歯を食いしばりながら背筋を反らした。

それでもくじけず、マジアサルファは目に涙を浮かべて悪態を吐きながら抵抗を続ける。

 

「なんやこのスライムヌルヌルスルスルと! ほぼ触手やないのっ……んんーっ!?」

 

だが抵抗もむなしく、そこに到達したスライムは容赦無く咀嚼(そしゃく)をはじめ、マジアサルファは身を縮ませながらくぐもった悲鳴をあげた。

一方、レオパルトはその隣で、なぜか大の字のポーズで粘液の蹂躙(じゅうりん)を受け入れていた。

 

「なんやアンタ大人しゅうして……もしかしてアンタもほんとは」

「あはぁぁぁ……染み込んでくるぅ……ベーゼちゃんを感じる……」

「バーカ!!」

 

スライムにたかられるふたりを置いて床はゆっくりと閉じていき、やがて悲鳴は聞こえなくなった。

 

「サルファーッ!」

『おふたりとも、残念でした……』

 

スクリーンの向こうで腕を組み、マジアベーゼは神妙な顔をしていた。

 

『マジアサルファは確かにレオちゃんを再現していたと思います。その再現性もなかなかのものでした。しかし、表情と言葉づかいはもうちょっと……厳しくなりますが雑だったと言わざるをえません。トップバッターで準備不足だったというのはわかりますが、だからこそイマージブに関わるところは丁寧にやっていただきたかった……。続くレオちゃんもとっても可愛いかったのですが、こちらは全体的に再現性が甘い……どんなにはんなりおしとやかな仕草においても独特の負けん気の強さをかもし出してくるのがマジアサルファです。彼女を演じるならこれは最低限抑えていただかないと……ブツブツ……』

 

「採点はちゃんとするつもりなのね……」

「いや、ものまねに減点方式は厳し過ぎんだろ……」

 

ぶつぶつと早口で、細かくてオタクっぽいダメ出しをするマジアベーゼ。

その様子を眺めながら、マジアアズールとルベルブルーメは揃ってこれからの戦いの厳しさに戦慄した。

 

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