それではお楽しみ下さい。
常識が通用しない“偉大なる航路”においても、観光スポットというものは存在している。人間は逞しいもので、それを求めて荒れ狂う海に漕ぎ出す者までいるのだ。
中には上陸した者が数少なく噂という形で逸話が流布している島もある。理由は様々で島の気候が厳しいものであったり、凶暴なモンスターが住み着いていたりと様々だ。そういった島々の中でも、一際危険でなおかつ─有名な島が存在する。
その島は海王類の巣窟、“
しかしそれでもその島に夢を見る者は多く、話題となる。例えその島の支配者が─
─
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“偉大なる航路”、海上
そこには二隻の船があった。片方はなんの変哲もない至って普通の商船であるが、もう一隻の船は少々異質だった。
赤色を基調とした和風の屋敷のようにも思える形状に、本来船首がある部分には大蛇がいる。大蛇を模した船首ではない。本当に生きた大蛇が二匹、船を引くようしてそこにいた。そして船のマストと旗には─その海賊団を表す
「ウゥ…!クソ…!」
「略奪者…どもが…!」
負わされた傷に苦しむ商船の船員達は、襲って来た海賊達に対して恨み言を吐き捨てる。その言葉を聞いた者達の内の一人─コートを掛けた者が振り返り、船員に近付く。
「そうじゃな…わらわ達は海賊…そういった恨み言も浴びて当然…」
ただ歩いているだけだが、その姿から自然と“気品”と“気高さ”が感じられる。
「しかしわらわは許される…そなたらを蹴り殺そうと…積荷を全て奪おうとも…世界中の全てが許してくれる…」
そして船員達の前で立ち止まり、髪をかき上げて不敵に言い放つ。
「そう…わらわが─美しいから!!!」
彼女─ハンコックは世界一の美女として名高く、“王下七武海”に名を連ね、“女ヶ島”の支配者たる皇帝として君臨する者である。七武海となれば、その者の海賊行為は政府公認となり、罪に問われない。しかし襲われた当事者達としてはたまったものではなく、その無茶苦茶な言い草に納得できるハズもない。
「何を…バカなことを…!」
「そうじゃな、恨むなら…そなたらの不運を恨むと良い」
しかしハンコックはその言葉に対しても微笑を浮かべながら煽るように言い返す。
彼ら以外に苦悶の声を上げる者がもう少しいてもいいものだが、彼らの周囲に人はいなかった。いるのは
そしてハンコック達─九蛇海賊団は船の積荷を根こそぎ奪った後、その商船を海の藻屑にして沈めた。
おおよそ十分な量の収穫を得た九蛇海賊団は、自分達の住む島である“女ヶ島”へ帰還する。その島は文字通り─女性しかいない島である。海賊として活動する戦士達は当然として、働き手も皆女性なのである。稀に外海で子を宿す者もいるが、生まれるのは決まって女児が生まれてくる。まさに全世界の男が一度は踏み入ることを夢見る楽園である。
しかし決して踏み入ってはならない。何故か?“凪の帯”を渡るのがそもそも難しい、ということもあるが、一番の理由は─その島に住まう女性は皆戦士であるということだ。
海賊として活動する者や、島を守る者など、役割に違いこそあるものの、皆例外なく戦える戦士として育てられる。事実ハンコックが島の皇帝として君臨しているのはその他の追随を許さない“強さ”故であり、美貌は二の次でしかない。
故に、非力で強欲な男などが付け入る隙は与えない。一度入ってしまったなら─二度と出られることはないだろうから。
だが裏を返せば─十分な強さこそあれば住まうことも不可能ではない、とも言える。最早屁理屈ですらない暴論同然の仮定だが、それを証明する存在が“女ヶ島”にはいる。
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九蛇海賊団が帰還して数時間が経った頃、皆思い思いの生活を送る中、突如として島中に響き渡る声があった。
「蛇姫様の湯浴〜〜〜み〜〜〜!!!」
蛇姫─ハンコックの湯浴み。
それを聞くと城にいる戦士達は皆城外に出始める。それは例え九蛇海賊団に所属する者も例外ではなかった。当然城には皇帝たるハンコックしかいない状態だ。
たかだか湯浴み程度の為に何故ここまで大掛かりなことを行うのか。それは彼女とその妹に降り掛かった呪いの為であった。
彼女達はその昔、外海で暴れていた怪物─ゴルゴンを討伐する為戦ったのだ。激戦の末に討伐は叶ったものの、ゴルゴンは死に際に彼女達に呪いを掛けた。それは自らの目を彼女達の背中に発生させ、背を見た者は皆石と化す呪い。その呪いによる被害者を出さない為に、ハンコックやその妹の湯浴みの際には決して何人たりとも城に入れないことを徹底している。
─しかしそれは戦士達を騙す
その過去を知る者は彼女達以外だとたった一人。それ以外は誰も真実を知らない。
だが過去は知らずとも、背中を見て今もなお生きている者は、
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場内、大浴場。
普段は戦士達が利用している大浴場。そこにはたった一人の影があった。艷やかな黒髪に整ったという言葉では表しきれない美貌、締まるところは締まり、出るところは綺麗に出っ張った肢体、まさに世界一の美女に相応しい身体だった。
「フゥー……」
身体を洗い流し、湯船に浸かって息を吐く。何気ない仕草の一つ一つが見惚れてしまう程に美しかった。
そして上を見上げると
しかし湯浴みを行う本当の理由を考えると、露天風呂は僅かながらも背中を見られてしまうリスクの向上するものである。にも関わらず何故露天風呂にわざわざ改装したのか。その理由は─今まさに空から降ってきていた。
「………!!」
城の後ろに位置する崖を伝い、浴場に一つの巨影が降りて来た。かなりの高度、巨体に似合わずほとんど振動も音も立てずに着地した。
地面を滑るように移動するそれは
「…相変わらず忙しない奴じゃの。お主は」
「………」
ハンコックが語り掛けるが、その影は答えない。それはそうだろう。その影は─モンスターなのだから。
20メートルを超える巨体に頭部と背中に見える僅かに褪せながらも彩りのあるヒレ、まるで一級品の着物ののような紫色の体毛に覆われた尻尾、狐のようにも見える顔。
“美しさ”という観点でハンコックに決して引けを取らないその海竜の名は“泡狐竜”、タマミツネ。
しかし少しそれとは合致しない点がある。泡狐竜のヒレは普段は淡いピンク色であり、激情に駆られた際には濃い錦色になるという特徴があるが、この泡狐竜は既に錦色であり、そこ以外の細かい体毛が少し色褪せている。
何より身体には傷跡が点々と見られ、頭部に至っては大きい傷跡があり、目まで深々と抉られている。
見てくれだけだと少し変わった自然競争に敗れた敗者だと思うだろう。実際盲目は自然界を生き延びる上で致命的だ。そんな傷を負ったものは遅かれ早かれ死んでしまうのがほとんどだ。
だが彼は生き延びた。それは彼の地力の高さと、それに適した能力故だった。そして盲目というハンデを背負いながらも生きていけるどころか通常種を凌駕するほどの力を手に入れた。
泡狐竜に限らず、こういった突発的な適応を行うモンスターは稀に現れ、どれも通常種とは一線を画す実力を手にしている。
ハンターズギルドはそう言ったモンスターを通常種とは区別し、特徴を捉えた“二つ名”を与える。
この泡狐竜は盲目となりながらも自身の泡を利用した感知能力を極限まで高め、相応の修羅場を潜って古龍にも匹敵する領域にまで至った。
全力を出す際に蒼い陽炎のように揺らめくその瞳を指す二つ名は─
「クオアアアアア…」
ハンコックの側で座り込んだ天眼は大きく欠伸をすると身体を丸め、そのまま眠りに就いてしまった。危機管理意識をまるで感じられない様相だが、ハンコックは少し呆れたようにため息だけを吐く。白い吐息が泡と共に揺らめいた。
ハンコックと天眼が出会ったのは一年前のこと。その出来事はつい昨日のように思い出せる。
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一年前。その事件は起こった。
ある時から島の外周部の森の中が随分騒がしく、護国の戦士達が派遣されたが、全員負傷して帰還し、これは只事ではないと感じハンコックの妹であるサンダーソニアとマリーゴールドが出向くも、その二人すら返り討ちにされてしまった。
実の家族を傷付けられた事態に流石のハンコックも困惑と怒りを感じ、自身が直接出向くことを決めた。二人はこの国において自身に次ぐ実力を持った戦士。例え大型モンスターであろうと討ち倒すことができる。その二人が連携した上で負けるということは間違いなくハンコックでなければ勝てない相手だ。
「さて…報告によればこの辺りに巣食っておるようじゃが…」
ハンコックは自身の相棒であるサロメと共に鬱蒼とした森を歩く。見聞色の覇気によっておおよその位置は分かっているが、警戒は怠ってはならない。
「
そして報告と書物を漁ったことで相手もほとんど特定できている。
戦士達や二人から報告のあった泡を扱って来ること、しなやかな身体に美しい色合いの海竜種という特徴から考えるに、相手は“泡狐竜”タマミツネでほぼ間違いない。
ハンコックも直に相対したことはないが、書物でおおよその特徴は分かっている。その実力も決して侮れないものだが、決して一地域の主以上の実力ではないという。相手を翻弄することにおいてはかなりのもののようだが、それだけで妹達が手も足も出ないものなのだろうか。妙な違和感を覚えつつも、妹達がやられた分の借りはきっちり返さなければならない。
「ん、これか…」
そうして森の中を歩いていると、ふわふわと不規則に浮いている泡を見つける。ということは泡狐竜が近くにいる。ハンコックはいつでも迎え撃てるように構えた。そして森の奥から急激に迫って来る気配を見聞色で感じると同時に─影が襲い掛かって来た。
「ほう、自ら掛かって来るとは良い度胸じゃ」
「………」
急襲を回避し、目の前の襲撃者を見据える。
襲撃者─天眼は自身の急襲が躱されたことに僅かに驚きつつも、次の手を打つ。
「ッ!!」
身体を捻り跳躍しながらハンコックに向かって泡を飛ばす。攻撃の威力は全く無さそうに思えるそれは当たっても確かにケガをすることはないが、また別の問題が生まれる。
(当たると確か摩擦が奪われ、立つことすら覚束なくなる…だったか。獣とは言え己の能力をよく理解しているな)
そう、天眼に限らず泡狐竜の生み出す泡は摩擦をほぼゼロにする。一度食らえばまともに立つことすら難しくなり、逆に泡の性質を完全に理解している泡狐竜は凄まじい機動力を発揮する。
これが泡狐竜を相手にする上で最大の脅威なのだ。泡狐竜自身が勝ち負けに拘らない性格なのも相まって、基本的にはこの泡を使って相手を翻弄し、体力を奪いつつ、自身は頃合いを見てそそくさと逃げる、というのが泡狐竜の戦闘スタイルだ。実力の無い者だと泡狐竜に触れることすらできない。
「粗雑な弾幕じゃな」
「!」
しかしハンコックはこの世界において有数の実力者。天眼の生み出した泡を潜り抜けるように躱すと、迫って来る天眼に対して自身も大地を蹴って接近する。
天眼はハンコックが接近を選んだことに驚きながらも、身体を捻って主力武器である尻尾を振るう。
「“
「!!!」
覇気を纏った蹴りと紫紅の尾撃が激突し、周囲に衝撃波が放たれる。僅かな拮抗の末に、一人と一頭は互いに弾き飛び、体勢を立て直す。
(たかが獣と思ったが…ここまでとはな。
ハンコックは天眼の想像以上の実力に内心で舌打ちする。
ハンコックの食べた“悪魔の実”─“メロメロの実”は自身の姿に魅了された者を石化させることができる。人間相手にそれは絶大な効果を発揮するものの─天眼のようにそもそもの価値観が違うモンスター相手には通用しない。更に言うのであれば天眼は目元に確認できる大きな傷から察するに、視力がないものと考えられる。流石に姿も見えない相手に魅了されるというのはてんで不可能な話だ。
しかしそれだけでハンコックの能力が封じられるわけではない。ハンコックの能力は魅了された相手だけでなく、触れた者も石化させることができる。これに関しては人間に限らず全ての生命体なら通用するものであり、今回の天眼もそうするつもりだった。
だがこれまた予想外なことに─天眼の攻撃は覇気を纏っていた。
奇想天外な能力の多い“悪魔の実”の能力だが、その能力者本人以上の覇気を纏っていれば、能力を無力化することができる。
それはメロメロの実による石化も例外ではなく、天眼の尾は先端が僅かに石化する程度で済んだ。武装色の覇気の練度はこちらが上回っているようだが、それも決定打となり得るものでもない。本気で倒そうと思うならハンコックもそれなりの覚悟を決めなければならない相手だった。
「……………」
しかし相手の強さに脅威を感じたのは天眼も同じ。
これまで襲撃をかけて来た者達とは比べものにならない身体能力の高さ、覇気の練度、そして石化させるという厄介な能力、どれを取っても無視できない。
いつものように負けなくて良いならいくらでもやりようはあるが─今に限っては
天眼は僅かに石化してしまった尻尾を見詰める。痛みはなく、行動に支障が出るような大怪我ではない。
しかし相手の攻撃に対して反撃してこれということは、まともに食らえば一大事になってしまう可能性が高い。ダラダラと戦って不利になるのはこちらの方だ。故に─出し惜しみはしない。
「ッ!!」
「!」
天眼はその場で狭い円を描くように滑り、泡を大量に発生させる。その量はもはや天眼の姿が隠れてしまう程の量であり、触れることがマズいと分かっているハンコックも下手に動かず様子を伺う。
そして少しすると天眼がいるであろう中心部で一際大きな泡ができる。その大きさは恐らく天眼がすっぽり収まる程の大きさで、その泡が徐々に炎上し始める。それと同時に泡そのものが膨らみ始め、その大きさが最大に達すると─
「コオオオオオォォォォォン!!!」
─泡が破裂すると同時に少し様子の変わった天眼が吼えながら姿を現した。
頭部や背中の錦色が更に色濃く鮮やかになり、大きな傷によって閉じられていた両眼からは、まるで蒼い陽炎のように水蒸気が立ち昇っていた。
「…なるほど、そちらも本気というわけか」
様子の変わった天眼と、それに伴った覇気の強さをその身で感じながら、ハンコックは呟いた。弱者のように恐れ怯えることはないものの、更に手強くなったことに警戒と脅威を感じる。
「━━━━━」
「━━━━━」
両者共に言葉はなかったが、開戦に合図は必要なかった。
「「ッ!!」」
ハンコックは天眼に向かって駆け出し、天眼は逆に泡を撒きながら距離を取る。ハンコックは天眼にダメージを与えるにはまず近づかなければ始まらないが、天眼はハンコックの攻撃は食らえない為に距離を取る。結果的に真っ向勝負を避ける形となり、長引きそうな気配だった。
天眼の撒いた泡は先程までのものとは違い発火しており、当たれば火傷を負うことになる。確実な回避をする必要があった。
しかしハンコックは紙一重の所で回避を繰り返し、確実に天眼との距離を詰めていく。このまま接近戦に持ち込まれれば、不利を要されるのは天眼の方だろう。
「!!」
しかしそんなことは天眼も理解している。天眼は随時泡を放って牽制しつつ、地面を滑るように移動する。蛇行する天眼に対してハンコックは泡を躱しながら近付く。そして何度目かの泡を回避した瞬間─
「━━━━━━━━━━ッ!!」
「!!」
泡の間を縫うようにして水のレーザーがハンコックに向かって放たれた。
天眼に限らず、泡狐竜の主力武器は強靭な尾による尾撃だがもう一つ、口内から放たれる水ブレスが挙げられる。広範囲を一層するのには向いてないが、一点の貫通力に関しては尾撃をも上回る。しかも覇気を纏わせているので並の武装色であれば容易く貫いてしまう。当然人体であれば頭部や首に直撃すれば即死、良くて重傷だ。
今回天眼ハンコックが跳躍した瞬間を狙ってブレスを放った。逃げ場のない空中であれば回避は難しく、もし躱せたとしてもその後の状況も天眼に有利となる。天眼の知力の高さが伺えた。
「!!」
「!」
しかしハンコックは天眼の予想を超えた回避法を取った。
今までハンコックに付き添っていた蛇─サロメが泡を躱しながらハンコックの足の後ろにやって来ると、ハンコックはサロメの胴体を足場にして天眼のブレスを回避した。
そしてそのまま上方向に跳躍すると、樹木を足場にして天眼に向かって突撃する。
「ッ!!」
天眼は向かって来るハンコックに対して大量の泡を生み出して即席の防御壁にする。今度こそ手頃な足場はなく、覇気で防御したとしても視界が阻まれ奇襲のチャンスになる。悪くない手だった。
「遠距離の攻撃手段がそなただけのものだと思うな」
ハンコックはそう言うと自身の指にキスをしてそこから弧を描くように指を引くと巨大なハートが出来上がる。そしてそのハートを弓矢のように引き絞ると─
「“
「!!」
─手を離して大量の弓矢が放たれる。メロメロの実の力が込められたそれは相手に当たると石化するようになっている。天眼が放った泡は次々と射抜かれて破裂し、天眼本体に向かって来る分は尾を薙ぎ払って弾かれた。
悪魔の実の能力に関してはハンコックの妹達を相手にした時点でそういうものもあると天眼は理解していたが、てっきり石化させるだけだと思っていたメロメロの実の能力の応用性には翻弄されてしまう。
しかし先程の弓矢を放つ攻撃は威力に乏しく、近付こうとする動きは変わらないことからやはり決め手は接近戦だと考えた天眼は焦って動きを変えたりせず機動力で引き摺り回す戦法を継続しようと結論付けた。
「ッ!!!」
「!!?」
そこで距離を取ろうとした天眼に対して、ハンコックは強く睨みつけて威圧する。今まで感じたことのない気配に対して、天眼は思わず身を固くする。
それは数百万人に一人しか発現しない選ばれた者の覇気─“覇王色の覇気”。
生まれながらにして人の上に立つ資質を持った者にだけ発現するものであり、九蛇の皇帝であるハンコックもその覇気を持っていた。それと同時に放たれる威圧感は雑兵であれば容易く気絶させることができるが、ハンコックと拮抗する程の実力を持つ天眼は当然気を失うことはない。
一見意味のない行動に見えるそれ。事実天眼は初めて感じる強さの威圧感が放たれたにも関わらず、何も攻撃が来なかったことに少し困惑する。
「!!」
しかしあまりジッとしているわけにも行かない。凄まじい勢いでハンコックが迫って来ている。天眼は距離を取ろうとするが─
「!!?」
突然ハンコックが立ち止まり、膨大な覇気が放出される。石化も合わせると間違いなく自身を仕留め得る大技の気配。確実に躱すべく天眼は足元に泡を撒きながら構える。そして互いの緊張感がピークに達した瞬間─
「“メロメロ
「……!?」
急に覇気の気配が途切れ、困惑している隙にハンコックからハート型の波動が放たれるが、それも身体に何の影響もなく、天眼は更に困惑する。
ハンコックが今放った技─“メロメロ
しかし当然視力を失っている天眼は、ハンコックの姿に魅了されるわけもない。技を放つ前の膨大な覇気の気配も合わせて一連の流れ全てが無意味だ。
「ハァッ…ハァッ…ッ!!」
だが、この僅かな時間こそハンコックの欲していたもの。
機動力では天眼に追いつけず、スタミナに関しても向こうは泡の補助もあって節約できるが、こちらはほぼ常に全力疾走を強いられる。強力な武器である石化も効かず、攻撃力も自身と打ち合うことできる程高い。当然すぐに根負けする程脆くもないが、持久戦ではあちらに分があるのも事実だ。
しかし、向こうはこちらのことを知らない。先程の“
だからハンコックは天眼の用心深さと見聞色の精度を逆手に取った。こちらが棒立ちであっても膨大な量の覇気を放出すれば、「能力による攻撃か」と勘違いし、警戒せざるを得ない。波動を放つと同時に覇気の放出を止めれば、天眼からすればいきなり姿が消えたのかと惑わせることができ、動揺を誘える。
無論、膨大な覇気を放出しいきなり止めるというのは全力で走っている最中に全身の力を使って急停止するようなものであり、事実ハンコックであっても息切れする程度には負担が掛かる。
故にここで決める。この機を逃せば体力と覇気を消耗した状態で天眼の相手をしなければならない。そうなれば間違いなく不利となる為、これで終わらせるべく渾身の覇気と力を足に込める。
「……!!」
今度こそ大技の気配を感じ取った天眼は自身がハメられたことに気付くも、もはや余裕を持って対処するにはハンコックがあまりにも近過ぎる。せめて被害は軽減しようと、身体の表面から泡を分泌し、強引にでも回避しようと足に力を込める。ギリギリだが、何とか直撃は避けられる。そう思った時だった。
「キュウウウ…」
「!!?」
無視できない鳴き声と影が森の奥から現れる。天眼がそれに気付いた時には既にハンコックが至近距離まで接近しており─
「“
「!!!」
ハンコック渾身の蹴りが放たれ、周囲に衝撃波が広がり、土煙が巻き上がった。そして煙が晴れた時には─
「……グッ……!!」
「なっ…!?」
─天眼は武装色を纏い、更に硬化させた尾でハンコックの蹴りを防いでいた。しかし覇気で防御してなおハンコックの渾身の一撃は防ぎきれず、尻尾の防いだ側の方はほとんど石化し、砕けてしまった。
だがハンコックが驚いたのはそこではない。天眼が回避ではなく防御を選んだことだ。
攻撃を叩き込む寸前、躱そうと構える天眼の姿はハンコックもハッキリ捉えていた。しかし本当に寸でのところで天眼が何かに驚いたような反応をしたのが見えたのだ。
「……………」
「キュウウウ…!」
「!」
そしてその理由は砕けた尾の向こう側にいた。
小さな身体を小刻みに震えさせるそれは、身体のサイズやヒレの鮮やかさこそまだ未成熟だが、明らかに泡狐竜だった。
泡狐竜の子は本来親の雌個体と共に群れで暮らすが、迷い込んだのか、あるいは“女ヶ島”という隔絶された環境故に群れを作ることができなかったのか。とにかく通常の泡狐竜とは少し事情が異なるらしい。
「コアアアアア!!」
「!」
更に森の奥から咆哮を上げながらもう一頭─泡狐竜の通常種が現れた。
子を守るように立ちはだかり、天眼も特に拒む様子を見せないことから恐らく番なのだろう。泡狐竜は天眼も守ろうと戦意を見せるが、手負いの天眼はそれを良しとせず息切れしながらもハンコックと戦う姿勢を見せた。
無論、そんな絆を見せつけられてもハンコック側にその意思を汲む理由はないし、天眼もそれを理解しているからこそ傷を負いながらもハンコックに隙を見せず目も離さないのだろう。
「……………」
だが、なぜだろうか。ハンコックはその天眼の姿勢が他人事だとは思えなかった。
いや、そもそも本来なら逃げることなどわけない天眼がわざわざ戦いを選んだことを訝しむべきだったのだ。逃げるのではなく戦うことを選んだ時点で─
そしてそれが子と妻の存在なのだろう。例え自身が傷を負っても、何よりも家族を守りきらなければならないと。
しかし部下も妹も傷をつけられた手前ただで返すわけにも行かない。本心はともかく「討ち取れなかったから見逃した」と捉えられるようなことがあれば皇帝としての威厳に傷が付くことになる。部下からの不満、懐疑的な目で見られるのは避けられない。
故にハンコックは、一つの妙案が思い浮かんだ。賭けの要素もいくつかあるが、天眼の性格も考えれば首を横には振らないだろうし、これが成功すれば戦力増強、皇帝としての威厳の証明にもなる。
ハンコックは内心てほくそ笑み、見聞色も用いつつ天眼達に話し掛けた。
「そなたら、提案があるのじゃが─」
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“女ヶ島”、内陸部
「戦闘音が止んで随分経つわね…」
「蛇姫様、大丈夫かしら…」
「何を疑ってるの!あの方はこの国のトップに立つお方よ。あれ程のモンスターが相手でも、負けるハズがないわ」
そこでは戦士達がモンスターの討伐に向かったハンコックを心配する声がいくつか上がっていた。
少し前まではここまで響く程の衝撃や戦闘音が届いていたが、一際大きい地響きが鳴り響いてからはすっかり音が聞こえなくなった。
そして帰りが随分遅い。もうとっくに戻って来ても良い時間のハズだが、一向に戻って来る気配がない。戦士達の間で動揺の声が大きくなり始め、それを諌める者達との間で荒れ始める。
「姉様…」
「どうかご無事で…」
ハンコックの妹─マリーゴールドとサンダーソニアも自分達の姉が必ず勝つと信じているものの、心配のあまり声を上げてしまう。
そうして戦士達の間で遂に森に捜索部隊を送ろうという話が挙がった時─
「皆の者聞け!!!」
「「!!」」
─居住区を囲む壁の上、その頂上から凛とした声が響き渡る。そこには皆が待ち望んでいた者が佇んでいた。
「皆が敗北した恐ろしき海竜、そいつはわらわが打ち倒し、平服させた!!!」
「━━━━━━━━━━ッ!!」
そして続け様に言い放ったその宣言に、戦士達から歓声が上がる。自分達では敵わなかった恐ろしいモンスターも、自分達を率いる皇帝に勝てるわけがなかったのだと。“強さ”こそ至上とする彼女らは、ハンコックの圧倒的な力に敬意と尊敬の意を示していた。
「そして!平服した海竜はどうやらわらわの力に屈服し、その下につきたいと申し出があった!奴の力は皆知っての通り折り紙付きじゃ…我が国の住民となる資格は十分にある!わらわとしてはそなたら民が良しとすれば迎え入れようと思うのじゃが…如何ほどか!?」
「あのモンスターが…私達の島に!?」
「あの怪物に頭を垂れさせるとは…流石は蛇姫様…」
「だ、だけどアイツに私達やられたんだよ!?そんな奴を迎え入れるなんて…」
「そうだ!ここは討ち取り、その首を掲げるべきでは!?」
「それは私達が弱かったってだけの話だろう。蛇姫様の手を煩わせてしまった立場で情けないぞ!」
戦士達からは様々な声が上がる。割と歓迎ムードではあるが、現状は賛成7割、反対3割と言ったところだろうか。恐らく今のままでもハンコックが良しとすれば十分押し切れるが…折角なら互いに友好的な関係でいるべきだと、ハンコックは更に情報を追加する。
「安心しろ。そいつらはわらわの下についた以上、そなたらにも手は出さん。お礼参りがしたいというのであれば、“武々”で正式に決着を着けると良い。それにこやつの鱗や体液は新たな武器の開発に間違いなく有用じゃ。生かしておく方が得も多いぞ?」
「!」
ハンコックからの言葉に迷う戦士の割合が増える。モンスターから得られる素材は癖の強さこそあれどどれも並の鉄を凌駕する頑強さだ。刀にすれば業物に並び得る斬れ味を誇り、弓矢や銃であればその一射は竜すら穿つ。それを生まれながらの戦士である九蛇の戦士が使うのだ。この国の戦力は更に盤石なものとなるだろう。
「さァ今一度聞こう!この竜が我が国の民となることに異論のある者は名乗り出よ!!!」
今度は声が上がらない。よって答えは一つだ。
この時をもって、“女ヶ島”には新たな種族の民が一つ、増えることとなった。
その後天眼は妻子と共に島外周部の森に住み着き、ハンコックから受けた傷を癒すと共に子の成長を見守っている。
最初は恐れていた戦士達もその外見の麗しさに興味を持つ者も増え、天眼達も危害を加えられない限りは“縄張りを共にする仲間”という認識である為、今では戦士の子ども達と泡狐竜の子が遊ぶ様子まで散見された。
一部の血気盛んな戦士達はリベンジも兼ねて天眼に“武々”で挑戦したものの、傷さえつけられず敢え無く敗北を重ねることとなった。妻の泡狐竜も好戦的という程ではないがたまに顔を見せてはマリーゴールドやサンダーソニアと手合わせしている。
天眼が現れた時には極々稀にハンコックが現れ、次元の違う戦闘を繰り広げている。その戦闘の様子は苛烈そのものだが、世界に名を轟かせる一番の美女と舞にも思える妖艶な海竜の戦いには思わず見惚れてしまう者も多い。
すっかり仲を深めた後は時折内陸部に招き入れることもあり、漁や力仕事の手伝いを行うことがある。なお天眼達の体液の洗浄力と香りに目を付けてそれを使った石鹸、洗剤、香水を販売した時には飛ぶように売れた。
鱗や体毛はその美しさから戦士達の防具を兼ねた着物にし、より一層九蛇海賊団への入団を希望する声が増えた。一般船員達は通常種の素材を使っているが、船長兼皇帝であるハンコックには特別に天眼から譲り受けた着物を着るようになった。
あまりの恵みの多さに戦士達も天眼達のサポートを行うようになり、何かを手伝ってくれた時や素材を提供された時には大物の魚を送り、大浴場も露天風呂に改装し、共に風呂を楽しめるようにした。
この風呂は泡狐竜達も気に入ったようで、彼ら用に特別大きい浴槽を用意し、共に寛げるようにした。無論ハンコックの湯浴みの際には泡狐竜達も近付かないよう強く言い聞かせた。が─
─半年前
「フゥー……」
いつも通り戦士達も城外へ出て行き、一人で湯浴みを堪能していたハンコックだが、突如上からよく知った気配を感じ取った。
「!?」
「!!!」
まさかと思った時には既に浴場の床に降り立っており、その影─天眼はじっとハンコックを見詰めていた。
「…なんのつもりじゃ」
殺気─という程の強さではないが、軽い敵意を天眼に向ける。
無論、天眼が知ったところで何かあるわけじゃないし、そもそも目も見えない以上戦士達に対しても言い訳が利く。だが見られて気持ちの良いものでないことは確かだ。
「………」
特にハンコックに反応を示すわけでもなく、天眼はゆっくりとハンコックに近付いて行く。その眼はもう開くこともないが、なんだか自身の内心を見透かされている気がしてハンコックは天眼から目を背けた。
「━━━━━」
「!」
すると突然、背中に心地良い感触があった。振り返ると、天眼が優しくハンコックの背中─忌々しいシンボルのある場所─を癒えたばかりの尻尾で撫でていた。
「…同情のつもりか」
「………」
ハンコックからの質問に対して相槌を打つこともなく、天眼は背中を撫で続ける。尻尾から分泌される体液が、摩擦によって泡を起こしていた。
ハンコックは別に天眼に対して自らの過去を語っていない。これは今もこれからも明かすつもりのないものであり、抹消できるのであれば今すぐにでも消してしまいたい過去だ。
だが天眼には精度の高い見聞色の覇気がある。ハンコックの過去の些細は分からずとも─心の中で燻っているトラウマくらいは、感じ取ったのかもしれない。それは天眼にしか分からないことだ。
なんだか幼子のように扱われているようにも思えたが─不思議と怒りは湧いて来なかった。むしろ少し安心した自分がいたが、それを素直に口に出すのは癪だったので、背中だけ預けることにした。
その後、同じ過去を共にしたマリーゴールドとサンダーソニアに対して問題ないとだけ伝え、戦士達に対しては「天眼は目が潰れているので“ゴルゴンの呪い”が及ばなかった」と説明し、事なきを得た。
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そうしてハンコックが湯浴みをする際には決まって天眼が様子を見に来るようになった。他の戦士達のように過剰なスキンシップはないが、体液を利用して身体を洗ったり、同じ湯船に浸かって寛ぐ程度のことは共にするようになった。
「…おい」
「………?」
そして湯船に浸かっているハンコックが天眼に話し掛け、眠っていた天眼は僅かに顔を上げた。
「…これからも、よろしく頼むぞ」
「……………」
ハンコックからの言葉に、天眼は軽く頷いてまた眠りに就いた。
家族ほどの絆はない。友という間柄でもない。だが─互いを知る隣人のような距離感で、孤高の女帝と盲目の海竜は共にいた。
これこそが、男子禁制の“女ヶ島”において唯一存在する“男”だった。
その場所に夢見る男は決して近付くことなかれ。もし一度足を踏み入れ、ましてや狼藉を働こうものなら─怒れる皇帝と、泡沫に揺らめく陽炎の瞳が、あなたを捉えない内に。
はい、今回はここまで。長くなっちゃった。
・ハンコック
現時点で全女性キャラの中で多分二番目に強い人。スタンピードでド肝抜かれた人は多いハズ。なんか天眼に対して若干不利みたいになってたけど能力の大半が封じられてて相性も悪い中天眼相手にあそこまで戦えてるのはヤバいです。今回は短期決戦目指したからアレだっただげで普通に戦っても勝ちの目は全然あると思います。天眼防具着た+ちょくちょくレベリング積んでるので多分原作より若干強い。
・女ヶ島の戦士達
弱くはないし全員覇気使いなのはヤバいんだけど流石に天眼やミツネ相手はフィジカル不足。なお“武々”でちょくちょくレベリング&ミツネ防具+武器で武装してるので更にクソ強部隊になりました。
・マリーゴールド&サンダーソニア
同じく弱くはないんだけど天眼相手は流石に無理。奥さんミツネと大体トントンです。ミツネ防具+武器で以下略
・天眼ミツネ
クッソ強い。今回みたいな逃げちゃダメな理由とかない限り大将相手でも逃げられると思います。(青キジはキツいかも)フィジカルはハンコックとほぼトントン、見聞色は藤虎と同レベルくらい。ツナぐらいデカいならともかく人間じゃほとんど弄ばれて終わりです。むしろついて行けたハンコックがおかしい。経験値も十分高いんだけど能力者は今回が初見でかつなんでもアリのパラミシアだったのも相まって読みが外れる形に。ハンコックもだけどこっちも大概クソゲーだと思う。
・妻ミツネ
通常種。覇気は会得してないです。天眼爺ちゃんと比べると若干若め。
・子ミツネ
ちっちゃくてかわいいヤツ。やんちゃ小娘。強くなるかは分かんない。女ヶ島のマスコットになりました。
・モンスターの覇気について。
生物皆が持ってる力らしいし原作でも赤髪海賊団のモンスターが多分持ってるのでイケると判断しました。どのくらいのラインから会得してるのかはまた後々。
こんなもんかな。次回はひょっとしたら一気に時間軸飛ぶかもです。そうはならないかもしれない。
評価、感想もよろしければお願いします。
それでは次回をお楽しみに。