ただ進みはしたってことでご勘弁を…
それではお楽しみ下さい。
「ハァッ…ハァッ…今回も、ダメだったな…」
建物の陰で息を切らして自嘲する人影が一つ。
黒い外套を纏った少女─マガラ・フィリアは一人で旅をしていた。自らの身の丈を超えた力を手に入れ、それによって過ちを犯しながらも、自らを受け入れてくれる仲間を探す為に。その為に努力だってしたし、歩み寄ろうともした。予想外だったのは─世間で自分は異端の存在だと知られていたことだ。
「…“呪いの子”か…まあ、そうだよね…」
フィリアは自身の懐からくしゃくしゃの紙を取り出す。それは世間では“お尋ね者”であることを表す手配書。今の時代では珍しくもないものだが、そこに載っているのが
自身の名と共に顔が写った写真が載せられ、その下には危険度を示す懸賞金額が印字されていた。
「3億8000万…そりゃあ、有名になるなって方が無理だよね…」
しかもその金額は低いどころか後半の海、“新世界”で名を馳せるような人物に懸けられる賞金だ。フィリアは海賊の世界には詳しく無かったものの、各地を転々とする内に様々なことを知った。─自分がどういう存在として認識されているのかも。
最初は怖がられないよう人間の姿で他人とコミュニケーションを取ろうとした。しかしほとんどの人間はギョッとした反応をすると、そそくさと自分から離れて行った。思えばその時点で手配書の人物だと確信していたのだろうが、島の外に出てから初めての他人との会話だったフィリアは特に疑うこともなく「あまり見ない人間だったから驚かせてしまったのか」程度にしか考えなかった。
フィリア自身が女性としては
しかし自分と同じで
『お願いします!ここで働かせて下さい!必ず力になります!』
そして何件か現場仕事を回り、渋々ながらもようやく受け入れてくれた場所があった。やはり気味悪がられ、貰える賃金もかなり少なかったが…それでも誰かに必要とされているのは嬉しかった。
『…ありがとう。助かったよ』
『! いえ!ありがとうございました!』
仕事が終わり、去り際に少し遠慮気味にお礼を言われた時には思わず涙が出そうになった。こんな自分でも他人の力になれる。喜ばせることだってできると思うことができた。このまま行けばきっと受け入れてくれる人だってきっと見つかると。
─しかしそうはならなかった。
『荷造り終わりました!』
『あァ、そうか…バケモンなだけあって流石に力は強えな…』
『……はい!』
そこは二つ目の現場だった。前の場所とは違ってかなり冷たい人達だったが、それでも置いてくれているだけ感謝するべきだと、フィリアは全力で仕事に臨んでいた。
『んじゃ次はあの倉庫から物を取って来てくれ。陽の光で変質しちまうものがあるから扉は開けたら必ず閉めろ』
『分かりました!』
その言葉にフィリアは特に疑うことなく従った。自分の役目はあくまで力仕事、専門的な部分は彼らに任せるべきだと前々から口酸っぱく言われていた。
そして倉庫にたどり着いて扉を閉めると、中はほとんど何も見えなくなる程度には暗かった。
『うわっ、暗い…これ電気とかあるのかな…』
別に見えなくとも鱗粉を使えばどこに何があるのか把握することはできるのだが、そんなことをしてしまえば追い出されるのは明らかだ。そう思い電灯をつけるスイッチを探す為に壁に手を沿わせた瞬間─
『!?』
─ガスが噴き出すような音が天井辺りから響いた。一瞬どういうことなのか分からず混乱するが、これは明らかにマズいということだけは理解し、扉に手を掛けるが─
「うっ……!」
一瞬の混乱が命取りだった。ガスを吸引したフィリアは意識を手放した。
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『う…んぅ……』
『げっ!もう目覚めやがった!』
『おい!追加吸わせてやれ!』
どれだけの時間が経ったのか。意識が朦朧として聞こえる声は籠もったように聞こえる中で、フィリアは目を覚ました。
『ここ…は……?』
『答える義理はねェ!もう一度眠りやがれ!』
『ッ!』
『うわっ!?』
怒声と共に目の前に何かを突き出されるが、フィリアは即座に肩から翼脚を出してそれを弾き飛ばし、その拍子に括り付けられていた縄も引き千切って距離を取る。不意打ちはともかく、仮にも2年サバイバル生活をしているのだ。危険に対する対処速度も当然その中で磨かれている。─裏を返せば最初のガスは食らってしまった為、まだ甘さが抜け切っていないということでもあるが。
『…どういうつもりでしょうか。これは』
いつでも動けるように姿勢を低くして構えながら問い掛ける。
こういった事態を全く予想してなかったわけでもないが、こちらから何か危害を加えたわけでもない。にも関わらずこんな手段を取ってくるのはやや過剰にも思えたからだ。
『っ…!やっぱり正体を現しやがったか!クソッ!テメェを海軍に引き渡して金をもらおうと思ったのによォ!!』
『海軍…?金…?待って!私はあなた達を傷付けようなんて─』
フィリアは身に覚えのないことを言われて困惑する。正体を隠していたという点に関しては否定できないが、彼らに対して危害を加えようなどとは微塵も考えていない。だから何か勘違いをしているのではないかと思った。それを解くために弁解しようとするも─
『とぼけてんじゃねェ!もうとっくに知ってんだよ!』
男はフィリアの言葉に聞く耳を持たず、懐から一枚の紙を取り出した。
『お前が─賞金首だってことはなァ!!!』
『嘘……私……が……』
そこに写っている写真は間違いなく自分の顔と名前、そしてフィリアは見たこともないような金額だった。
『どういうつもりかは知らねェが、お前の起こした事件もとっくに知ってる!お前が故郷の島に狂竜症を蔓延させて滅ぼしたってこともな!!』
『っ……!!』
フィリアは男の言葉を聞いてあの時の光景を思い出し、表情を歪める。それは確かに否定しようのない事実だったからだ。
だが、今は違う。ウイルスを撒くことはなくなったし、誰かを傷付けることもしない。それを分かってもらおうと、何とか説明しようと口を開く。
『そうだけど、今は違うの!危ない粉だって今は出ないように─』
『チッ!できることなら生かして連れて行きたかったんだがこうなりゃ仕方ねェ!』
フィリアが必死に説明するも、男は頭に血が登ってしまっているのか全く聞く様子がない。そして怒りと恐怖が入り混じった表情で叫んだ。
『お前らァ!!!やっちまえェ!!!』
『!!!』
すると回りから一斉に人影が飛び掛かって来た。あまりよく見えないが、どうやらこちらから死角になる位置に潜んでいたらしい。
『このっ…!』
フィリアは咄嗟に翼脚で反撃しようとするが、そこで思い留まる。ここで反撃して彼らを撃退するのは簡単だが、そんなことをすれば自分は完全に人に危害を加える怪物だと思われてしまう。理解するどころの話ではない。間違いなく向こうから歩み寄ってくれることが無くなってしまう。
賞金首として接して来た時点で手遅れなのかもしれないが、それでも怪物として見られるのは絶対に嫌だった。だから振るおうとした翼脚を強引に止めて飛び掛かりを躱す。
(とにかく…外へ!)
そしてそのまま低い姿勢で走り出し、部屋の隅を目指す。
ここがどこなのか分からないが、風を全く感じないことから外でないことは分かる。ならば部屋であることは間違いない為、どこかで壁にぶち当たるハズだ。
『逃がすなァ!!!』
『ッ…!!』
背後から怒声が聞こえたと同時に複数の発砲音が聞こえた。
身体にいくつか着弾するも、人獣型であった為に傷つくことはなかった。衝撃で転びそうになるもなんとか踏み留まり、そのまま全速力で駆ける。
(! あった!)
そして少しすると身体が固い何かにぶつかる感覚があった。かなりの速度で走っているにも関わらずそのままぶち抜けなかったことから薄っぺらい壁じゃない。恐らくこれが部屋の隅だろうと当たりをつけた。
『…ごめんなさい』
一言謝ってから翼脚で壁を破壊すると、周囲には鬱蒼とした木々があった。どうやら人目につかない森の中だったらしい。
『……ッ!!』
背後から段々近付いて来る銃声と足音を背にしながら、フィリアは空へと飛び立った。翼をはためかせると島がグングン小さくなって行く。そして豆粒程の大きさになった所で上昇を止めて飛行する。
(…そう、だったんだ…)
フィリアはさっきの男が見せた紙が忘れられない。いつどこで知られたのかは分からないが、自身の正体はとうの昔に知られていたようだ。しかも引き起こした事件まで。声を掛けた人々が皆例外なく怯えていたのも、それを知っていたからだろう。
『う…うゥゥ……!』
フィリアは飛行しながら涙を流して嗚咽する。
散々自分自身に言い聞かせてきた。受け入れられるのが簡単でないということも。それでもあの男が自身を見る際に感じられた“怒り”以外の“怯え”の感情。躊躇なく発砲して来たという自分を“人間”ではなく“怪物”として認識していたのはやっぱり悲しい。
『“闇がその目を覚ますなら……彼方に光が生まれ来て……”
“大地に若芽が伸びるなら……此方に闇が生まれ来る……”
まだ…諦めるには…早い……』
涙を流しながらも、詩を呟き前を向く。父も母も、村の皆だって受け入れてくれたのだ。世界を見限るにはまだ早い。
涙を拭い、黒の異形は空を駆けた。
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『ちっくしょォ〜…アイツさえ手に入りゃ当分遊んで暮らせるだけの金が手に入ったのになァ〜…』
『いつまで言ってんだよ…海軍から情報代ってことで少しはもらえたんだし良いじゃねェか』
フィリアを逃してから数日後。普段通りの仕事に戻った男達はフィリアを捕まえられなかったことを嘆く。
あの後はすぐに海軍に連絡し、情報代としてある程度の報酬は貰えたが、それでもフィリアに懸けられた懸賞金と比較するとやはり味気無い。彼らとしては一攫千金のチャンスを逃したような感覚だった。
『しかしよォ、億超えの犯罪者つったらどいつもこいつも凶暴な奴らばっかじゃねェか。それに比べるとアイツはかなり惜しい所まで行ったろ?あのまま上手く行ってたらなァ…』
『…確かに起こした事件の割にはかなり大人しいというか、普通の女の子だったな…少し、悪かったかもな…』
『バッカお前、変に庇ってたら俺達まで危ねェんだぜ?ああ言うのは“そういう奴”だって割り切るのが大事なんだよ』
異形ではあったが、確かに全力で手伝ってくれていた少女の顔を思い出し、少しバツが悪そうに頭を掻くが、もう一人はバッサリと割り切った。
かわいそうだと思わないのかと言われれば嘘になるが、変に同情して匿ったりすれば自分達が危うくなる。だから変に情など掛けず犯罪者として接するのが一番良いのだと男は考えていた。
『そういうもんかね……ん?』
腑に落ちない様子で話を聞いていた相方が、何かに気付いたように顔を上げる。
『どした?まさか戻って来たか?』
男はからかい半分に声を掛けると、相方は少し呆然とした様子で呟いた。
『いや……なんだあれ……?』
『あァ〜?なんだってんだ…よ……』
相方の視線の先─島の外の水平線に目を向けると、明らかにいつもと違う景色が広がっていた。
“偉大なる航路”の天候は、常識が通用しない。しかし特有の天候を持つ島の領域になると、ある程度天候も安定し、極端に変化することはほとんどない。人が住むような島なら尚更だ。無論、だからと言って全く何も起きないということはないが…今回のそれは、明らかに度を超えていた。
『…嵐でも来るのか?』
『だとしてもおかしいだろ。あんなの見たことねェぞ!』
呆気に取られてあり得る可能性を呟くと、相方があり得ないと即座に否定する。だが確かに空が夜になったように真っ黒になる天候など今まで見たことがない。明らかな異常だった。
『どうする?村の皆に伝えとくか?』
『何が起こるか分からねェけど…そうだな。一応村長に伝えといた方が良いだろ』
二人はこの現象を村長に伝えるべく動き出す。今の所何が起きるか分からないが、こんな薄気味悪い色に染まる空など見たことがない以上、良いことでないのは確かだ。いつでも動けるように相談しておくのは、何らおかしくはない。
『んじゃ面倒くせェけど行くか』
『だな。何も起こらねェと良……』
村へ行こうとした時、ふと海の方向へ振り返った相方が言葉を失う。目を見開いて固まった相方を男は揺さぶりながら聞く。
『おいどうした?また何かあるってのか?』
『いや…さっきより……近くね?』
『近い?何が近付くって……』
震えた声で言った相方の言葉の意味を確かめるように男が後ろを振り返ると、その言葉の意味が分かった。
黒く染まった空と海は確かに変わってない。だがその範囲が広く─否、
『『ッ!!』』
それを見て本能的な嫌悪感を感じた二人は目もくれず同時に駆け出した。アレが何を齎すのかは相変わらずよく分からないが、少なくとも良くないモノであることは確かだ。天候としての嵐とはまた違う、まるで生きているように迫って来る雰囲気に言葉にできない嫌悪感を感じたのだ。
『なんだなんだなんだアレ!!どうなってんだよ!!!』
『俺が知るか!!とにかく走れ!!!アレ絶対ヤベェやつだ!!!』
意味のわからない事態の連続に半ばキレながら叫ぶが、周囲がドンドン暗くなって行く。理不尽なことにあの迫って来るモノの速さは自分達の足よりずっと速いらしい。
そして後ろを振り返ると─
(あ、終わった)
─既に黒い風がそこまで迫っており、彼らを呑み込んだ。
『ってアレ!?死んでねェ!!』
『運が良いのか悪いのか…ゲホッゲホッ…身体によろしくないものなのは確かみたいだが…』
明らかにヤバい色をしている為に吸い込んだら死ぬようなものかと思えば、どうやらそこまで凶悪なモノではないらしい。
しかし息を吸うと異物感を感じる為、少なくとも身体に害を及ぼすモノであることは確かなようだ。
『この分だと村も呑み込まれちまったか…?』
『だな…皆無事だと良いんだが…急ぐぞ!!』
早くも息を荒くしつつも、二人は村まで向かって走る。皆の無事を確認する為に。
『……………』
その背後。島の上空には一つの影が翼を広げて佇んでいた。真っ黒な空の中でも輝きを失わないその純白の龍鱗は、まるで太陽のような輝きを発していた。
『━━━━━━━━━━ッ!!!』
そして誰にも届かない空の上で咆哮を上げる。その直後、島ではあちこちで黒紫の爆発が起こった。
次の日の新聞には、“新世界”に住んでいた天廻龍が突如襲来し、一つの島に狂竜症を蔓延させたことが報じられた。
幸いにも抗体によって人的被害は少なかったが、近隣のモンスターには狂竜化したものが確認され、ハンターズギルドは対処に全力を尽くすと言った内容だった。
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フィリアはいくつもの島々を周り、世界というものを学んだ。
自分が想像するよりもずっと世界は広く─普通と違うという事実は他人にとっては重く映るらしい。
『…あの、少し聞きたいことがあるんですけど…』
『ひっ!!わ、悪いが、他を当たってくれ…!!』
『……何か手伝わせてもらえませんか?』
『結構だよ。何が付くか分かったもんじゃないしね』
『……………』
『…おい、ありゃあ…』
『島一つ滅ぼしたって奴だぜ。しかもアイツが行く先々の島には古龍が来るとかなんとか…』
『マジかよ…!じゃあここもヤベェんじゃ…!!』
誰も彼も、自分の話を聞いてくれないし、知ろうともしてくれなかった。しかもどうやら新聞や聞いた話によると、自分が訪れた島のほとんどに自分とよく似た古龍とやらが訪れ、被害を出しているらしい。
気付けば懸賞金も1億上乗せされ、顔も知らない相手から殺されかけることもあった。何もしていないのに名前と被害だけが広がり、姿を見るだけで人は離れて行くことがほとんどになった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「…私、何もしてないハズなんだけどな……」
島を出てまだ一年も経ってないが、もはや身も心もボロボロになっていた。簡素な衣服代わりにしている黒い外套が視界に入る。
「……ッ!!」
腕先を竜のそれに変え、力一杯外套を引き抜くも、いくつかの体毛が抜けるだけで風の中に溶けて消えた。
「……ねえ、お父さん。私たくさん話したよ」
今は亡き父に俯きながら話し掛ける。
「知ってもらう為に、必死に頑張ったよ」
知ってもらう為に、役に立とうとした。
「怖くないって、思ってもらう為に」
皆と共に生きたいと、そう願っていたから。
「誰かと一緒にいたいって、それだけで良かったから」
一人ぼっちは、寂しかった。
「ただ、それだけで良かったのに…」
隣に誰かがいてくれるだけで良かった。
『疫病神!!』
『呪いの子が…』
『化け物!!』
『生きてちゃいけねェ奴だ!!』
「私は、それすら許されないの…?」
そんな他人にとっての当たり前すら、自分には許されないのだろうか。
「ただ、欲しくもない力を持っただけで…?」
こんな力なんて、欲しくもなかった。この力さえなければ家族も、友人も、誰も喪うことなどなかった。今すぐにでも捨てられるのなら、捨ててしまいたい。
父も、母も、自分を愛してくれていると言ってくれた。その言葉に、嘘があったとは思わない。
だが、今はどちらもいない。そして両親以外に自分を愛してくれる人間は誰もいない。つまり─
「じゃあ…今の私は……
─自分を必要としてくれる人間は、この世に誰一人としていない。むしろ死を願う人間の方が多い。
じゃあ生きることに意味なんて無い。死ぬことだけがこの世の人々の為になるのだから。
「生きてたって、辛いだけだよ……」
もう、見るのも感じるのも散々だ。どれだけ頑張っても否定されるだけなのだから。
「誰も、聞いてすらくれない……」
“助けて”どころか、話すことすら許されない。
「優しい人なんて、誰一人いなかった……」
両親のような人間は、誰もいなかった。
「もう……きっと……
既に軋みを上げていた心が、完全に折れてしまいそうになる。その時だった。
「グオオオオオァァァァァ!!!」
「「「うわあああああァァァァァ!!??」」」
「!?」
表通り─街の方で明らかなモンスターの咆哮と人々の悲鳴が聞こえた。ただごとではない雰囲気にフィリアが建物の陰からそっと街の様子を覗くと、そこでは惨劇が繰り広げられていた。
「グオオオオオ!!」
そこでは自分の竜の姿にそっくりなモンスターが街を破壊し、人々は恐怖と混乱に陥っていた。
「あのモンスター……」
暴れる純白のモンスターはフィリアが今まで見たモンスターの中でも最も強いと感じた。危機感や緊張感以外に何故か憧憬の念が湧いてきたが、そこはどうでも良い。
「人が…」
モンスターはまるで何かを探すような仕草を取っていたが、その手段に破壊を伴っている。当然、多くの人々が巻き込まれている。以前ならば見捨てられず、一目散に助けに行ってただろう。
だが、今はすぐに行動に移せなかった。助けた所で、何か変わることがあるのだろうか。今までの悲劇が、フィリアの足を鈍らせていた。
(もう、良いよね…どうせ変わらないんだし…)
迷った末に、助けないことを選んだ。助けたって、きっと無駄な傷を負うだけだ。ならばもう、目を瞑ってこの場を去った方が良い。そして何処か、誰の迷惑にもならない辺境で生命を絶てば─
「お母さーーーーーん!!!」
「逃げなさい早く!!!」
「!!」
そう考えていたフィリアの耳に、一つの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、そこには頭から血を流した女性と、少し離れた所で少女が涙を流しながら母親を呼んでいた。二人のすぐ近くにはモンスターが暴れている。少しモンスターの注意が向けば、恐らくすぐにでも二人は地面の染みになる。
(……止めといた方が良いよね。助けるなんて)
少し後味は悪いが、見捨てるべきだとフィリアは思った。感謝されるか分からないのはそうだし、何よりあのモンスターは強過ぎる。竜の姿になって全力で戦ったとしても、敗色濃厚だろう。
だからさっさと忘れるべきだ。そうした方が苦労しない。
『怪物になっても、泣き虫でも、お前はお前だ』
『パパとママは絶対にお前の味方だ』
「……………」
「グオオオオオァァァァァ!!」
「お母さァ〜〜〜ん!!!」
そして遂にモンスター─天廻龍の翼脚が母親を捉え、少女の慟哭が響き渡る。
「!!!」
天廻龍が翼脚を叩き付けると同時に、轟音と振動が周囲に広がった。少女は母親が潰されてしまったというショッキングな出来事に、絶望した表情になる。
天廻龍の翼脚の下には、潰れた母親の死体が─
「んん…!!」
「あ、あなた…!」
─ではなく、人獣型を解放したフィリアが、肩から生えた一対の翼脚で天廻龍の翼脚を抑えていた。
「逃げ…て……!!」
「え…でも……!」
「早く!!!」
フィリアの叫びに弾かれるように母親は走り出し、子どもを抱えて全力で走って逃げた。逃げたのを確認ひたフィリアは天廻龍の翼脚を受け流すように弾き飛ばす。一撃を軽く受け止めただけなのに翼脚には痺れるような痛みがあったが、痛みには喘がず天廻龍を逃さないよう睨み付けていた。
(やっぱり…見過ごせない!私と同じように理不尽に苦しめられる人を見るのは……もうたくさんなのよ!!!)
結局のところ、フィリアが出て来たのはそれが理由だった。
自分と同じように、わけの分からない悲劇で人生を狂わされる他人が見過ごせなかっただけ。例えどれだけ他人が信用できなくなっても、好き好んで他人の悲劇を嘲笑える程腐ってはいない。
何より─
(きっと、コイツは私を追って来た。だったらコイツが出した被害は私の責任!せめてコイツを殺してから死なないと無責任にも程がある!)
─風の噂で聞いた、自分の行った島々で被害を齎したモンスター。それはきっとコイツなのだろう。妙な親近感や瓜二つの見た目、憧憬の感覚と言い無関係とは思えない。ならば身から出た錆としてコイツを殺さなければならない。
「ここは私達みたいな怪物がいるべき場所じゃない…!出て行ってもらうわよ…!この島から…!!」
フィリアは強い意思を持って天廻龍に言い放つと、身体を人獣型から完全な竜のそれに変化させる。できることなら街に被害は出したくないが、間違っても手加減して戦える相手じゃない。全力で、この島から叩き出す。
「グルルルルル…!」
一方で天廻龍は特に動揺した様子もなくむしろ“ようやく会えた”と言わんばかりの悠然とした態度で竜の姿に変化したフィリアを睨み付けていた。もはや街や人々には目もくれず、フィリアだけを見ていた。
「「グオオオオオァァァァァ!!!」」
光と闇、廻る二頭の生命が共に吼える。吼えると同時に、天廻龍は鱗粉を大量に散布した。
(粉が…これじゃ街が崩壊しちゃうじゃない!!)
その危険性をよく理解しているフィリアは決して自身の鱗粉は使わない。が、天廻龍はそんな都合に合わせる理由はない。自身を有利にするべく容赦なく使用する。
「オオオオオ!!」
フィリアは天廻龍を止めるべく翼脚を振るう。
不可抗力とは言え旅の中で修羅場を潜り抜けて来たフィリアの実力はその懸賞金額程はないものの、そんじょそこらの海賊やモンスターには負けない程度には強くなっていた。
だが─
「ッ!!」
「ウッ…!?」
─天廻龍はいとも容易くその一撃を弾いた。
フィリアは及び知らぬことだが、天廻龍は黒蝕竜の成体に当たる。しかもただの成体ではなく、純然たる古龍種だ。黒蝕竜とは一線を画す実力を持っている。
本人の実力で上下関係を覆そうにも、フィリアは2年前までまともな喧嘩もしたことがなかったただの少女でしかない。─“歴戦”と謳われる領域に至ってないとは言え─“新世界”で生存競争を潜り抜けて来た天廻龍に経験値で敵うハズもない。
その上権能である狂竜ウイルスも縛っているともなれば─
「グオオオオオ!!」
「グッ…!!」
─もはや時間稼ぎすらままならない。
翼脚でフィリアの首根っこを押さえた天廻龍は、そのまま地面に叩き付け、投げ飛ばす。建物を何軒も貫き、血を吐きながら吹き飛んだ。
(強い…!今まで戦った何よりも…!!)
なんとか体勢を立て直すも、全身が軋むような痛みは無くならない。竜としての関係は分からずとも、力関係の上下くらいは理解できる。
改めて戦ってみて分かった。このモンスターには今の自分では逆立ちしても勝てないと。あらゆる点でこのモンスターは自身を上回っている。
(だからって……諦めるつもりもないけど!!)
とは言っても、諦めるつもりもない。やると決めたのだ。何が何でも好きにはさせない。
「ゴオオオ…!!」
「!」
そう思いまた構えると、天廻龍から異常な気配を感じた。吹き飛んだ際の土煙でよく見えないが、あの力を操る際の紫色の光が見える。
(多分、とんでもないエネルギーを放つ攻撃…!避けたいけど、避けたら…!)
ちらりと、後方を見る。まだ逃げ惑っている人々の影が見える。ここで回避を選べば恐らく巻き込まれてしまう。巻き込まれなくとも、建物も多く崩壊してしまう。
(ここで、受け止める…!!)
受け止めきれるかは分からないが、覚悟を決めて翼脚を構える。少なくとも絶対に人々には当てさせない。
「━━━━━━━━━━ッ!!!」
「!!!」
土煙を引き裂き、天廻龍は必殺の光線を放つ。まともに受ければ消し飛ぶであろうその攻撃を、フィリアは最も頑強な翼脚を構えて受け止める。
「ングググググ…!!」
とは言ってもその代償は大きい。受け止めている翼脚は焼け焦げるように甲殻や鱗が剥がれ、踏ん張っている両足はフィリアの意思とは裏腹にジリジリと後退して行く。
(受け止め切れない…!それなら…!!)
「ンガァッ!!!」
「!!」
フィリアは大きく後ろに飛び退きながら翼脚も後ろに振り抜き、光線を斜め上に逸らした。逸らされた光線は街のやや上を通過し、空の彼方まで飛んで行った。
「ハァッ…ハァッ…!!」
被害を抑えたフィリアだが、当然無事では済まず翼脚はボロボロになりもはや武器として扱うには難しく、体力も逸らすことに使い過ぎてしまい、まともに立つことすら難しい。
「ゴアアアアアッ!!」
「!!」
しかし対する天廻龍は大技が凌がれてしまったというだけで、体力的には全く消耗していない。翼脚を振るい、叩き潰そうと狙って来る。フィリアもどうにか応戦しようとするが、翼脚が使いものにならない以上防御すらできるわけもなかった。
「オオオオオッ!!!」
「ッ……!!」
首根っこを掴まれて地面を引きずり回され、またそのまま吹き飛ばされる。またもや建物を何軒も破壊するが、身体を動かそうと思ってももう動かすことができず、されるがままに吹き飛ばされて瓦礫の下敷きになった。
(痛い…身体が……)
竜の姿を維持することすらできず自動的に人の姿に戻ってしまう。意識はギリギリの所で保っていたが、もはやそれだけで精一杯の状況だった。
「グルルルルル…!」
だが天廻龍は見過ごすことなくゆっくりとフィリアに近付いて行く。つくづくツイてないなと、フィリアは一周回って他人事のように思った。
(ここまで…なのかな……)
ぼやけた視界でも徐々に近付いてくる天廻龍の姿に、フィリアはいよいよ死を覚悟する。
(無事なのかな…あの子達……)
ふと、最初に助けた親子のことを思い出した。先程確認した時には一瞬過ぎて姿を確認することはできなかったが、無事であって欲しい。
(私も…あんな風に……)
叶うのであれば、自分もああいう風に誰かと一緒に歩いてみたかった。特別でもなんでもない、ありきたりな日常の一時。そんな時を噛み締めることができるだけで良かった。
「グルルル━━━━━ッ!!!」
「…助けて……誰か………」
天廻龍がトドメを刺そうと翼脚を振り上げた瞬間、フィリアの口から僅かに、誰にも届かい程の小さな声が漏れ出た。今際の際の、希望を捨てきれなかったが故の最後の呟き。
しかしそれを聞く者は誰もいない。彼女はこのまま、成す術もなく潰されることしかできなかった。
「“
そんな中、天廻龍に向かって駆ける一人の人影があった。彼は常人ならざる速度で駆け、大きく跳躍すると─
「“
「!!!」
─
「…え…?」
目の前で起きたあまりに現実味のない事態に、フィリアは一瞬放心してしまった。
天廻龍を殴り飛ばした人物をよく見てみると、黄緑色の頑強そうな防具で身を守り、腰の部分からは鈍器のような形をした尻尾が伸びていた。
「ふー…ギリギリってとこか?この感じは」
殴った方の腕を軽くほぐすように払いつつ、人物─男は呟いた。殴った棍棒は大爆発を起こしたが、少しの煙が上がっているぐらいで何の損傷も無さそうだった。
「ハァッ…!ハァッ…!お見事…でした…!」
「!」
すると後ろから深緑色の外套を纏い、眼鏡を掛けた女性が随分息の上がった様子で男を讃えながら落ち着いてきた。
男はそんな女性を見て少し呆れたように言葉を出す。
「無理に追い付こうとすんなよ。ギルドからの要請は通ってんだから、着いて来る必要はなかったろうに」
「そういう…わけにも…行きませんよ……はふぅ、この子も含めて」
「!」
そう言った所で女性の視線がフィリアに向けられる。助けてくれたとは言え人を怖がるようになっていたフィリアは無意識に後退ってしまう。
「ああ…コイツが話題になってた…」
男は納得したような表情でフィリアを見詰めると、ニカリと快活そうな笑みを浮かべた。
「手配書見た時から思ってたがカワイイ嬢ちゃんだな!ソフィアよりも上玉だなこりゃ!カッハッハ!」
「あ!そんな風なこと言うならギルドで言いふらしちゃいますよ私!」
男が女性─ソフィアをからかいながら笑うと、ソフィアもぷりぷりと怒りながら反論する。場の雰囲気にそぐわない子どものような言い合いに、フィリアは眩しさを感じたように目を細めた。
「─まァとにかく、ここまでよく頑張ってくれた。ありがとうな」
「!」
何気なく言った男からの礼の言葉に、フィリアは驚いたように顔を上げる。
「…え?私のおかげ…?」
「当たり前だろ。お前のおかげで助かった生命だってある。お前のおかげじゃなきゃ誰のおかげだってんだ」
「私…怪物なのに…?」
「あァ?そーんなちんちくりんで何が怪物だってんだ。こちとらその怪物を相手にするのが本職だし何なら俺自身怪物だ。お前はカワイイ嬢ちゃんなんだから自惚れんな」
恐る恐る自分が怪物であることを主張すると、男はぶっきらぼうに捲し立てる。あまり行儀の良い言い方ではなかったが、むしろその自然体な在り方がフィリアにとっては有り難く─とても眩しく見えた。
「グオオオオオ!!」
「「!!」」
「ん、流石に逃げねェか。歴戦じゃねェとは言え流石古龍種だな」
話していると瓦礫に埋もれていた天廻龍が咆哮を上げながら起き上がって来た。男も気を引き締めた様子で表情が真剣なものになり、声のトーンも少し落ちた。
「ソフィア」
「はい!この子を連れて離脱します!」
「頼む」
男がソフィアに声を掛けると、ソフィアは手早く返事を返し、男は武器である棍棒を構えた。
「待って!そいつは─」
その無謀とも言える男の姿に、フィリアは思わず止めようとする。しかしその間にソフィアが入った。
「大丈夫、ここは彼に任せて」
「でも─」
「いっつもフザケてるし女性は口説くしデリカシーは欠けてるしマイハウスじゃパンツ一丁で過ごしてるし私服のセンスもないけど…」
「え?」
「おい」
信頼して任せたのかと思えば突然ボロクソに貶すソフィアにフィリアは間抜けな声を出し、構えている男ですらツッコミを入れた。
「こういう時に任せられるのは、彼しかいない」
しかしそこでフィリアを真っ直ぐに見詰めつつ、確信した様子で言い切った。その言葉からは強い信頼が感じられた。
「まあ見ていて下さい─“
「…はい」
「─というわけなので、負けたらカッコつかないですよ!」
「余計なお世話だ!それより頼む!」
ソフィアが若干からかい半分で男に言い放つと、男がソフィアに任せる返事を返した。
「え?この子以外何かあります?」
しかしソフィアはなんなのか分からない様子で困惑する。すると男が大声で言い放った。
「いつもの口上あんだろ!アレやってくれよ!」
「えっ今ですか?もう許可自体は下りてますし…」
「バッカお前!言われる方がカッコつくしテンションも上がるだろ!!」
「子どもですかあなたは!古龍を前にしてバカなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
(…こういうことやってる時点でカッコもクソもないと思うんだけど…)
またもや言い合いを始めてしまった二人にフィリアは内心で辛辣なことを呟いた。言わなかったのは変に新たな火種になりそうだったからだ。賢明な判断である。
「ああ!もう!分かりましたよ!!」
遂に根負けしたソフィアが半ばヤケクソで言い放つ。
「人命救助及び暴走したモンスターの鎮圧の為、ギルドは特定の対象─“天廻龍”シャガルマガラの討伐を要請します!!!」
「へへっ─了解した!!!」
「グオオオオオァァァァァ!!!」
男─ディアンが要請に応えるのと同時に天廻龍が吼える。一人の少女の足掻きはハンターに受け継がれ、第2ラウンドとして始まった。
はい、今回はここまで。ワンピ成分ほとんど無かったな今回…
・フィリアちゃん
散々な目に。イジメられたりすることが多かったけどウイルスや被害はほとんど出してない。けどシャガルが後を追って被害出しまくるので間接的な被害ってことで懸賞金は1億上乗せされた。強さは大体旧型パシフィスタ二台分ぐらいかな?
・フィリアちゃんを襲った人達
懸賞金狙いで捕まえようとした。シャガルに汚染されちゃったけど死んではない。
・シャガルマガラ
フィリアちゃんを追って被害出しまくった。書いてて思ったけどやっぱ20億じゃ安いわ(確信)。ディアンにふっ飛ばされたけどまだ全然戦える。
・ディアン
フザケてるし女性は口説くしデリカシーは欠けてるしパンツ一丁だし私服のセンスもない人(ボロクソ)。ただ実力は一級品。能力も使用武器もぼかしたけど大体みんな想像ついてると思う。
・ソフィアさん
グッラビモスッ!グッラビモスッ!()恐らくアルマさんのモデル。変な人としての一面とヒロインとしての一面のバランスが素晴らしい。太腿も素晴らしい。この世界でも編纂者として活動中。
こんなもんかな。次回はシャガルVSディアンからどこまで進められるか…少なくとも3、4話以内にはフィリアちゃんのストーリーを終わらせたい…
評価、感想もよろしければお願いします。
それでは次回をお楽しみに。