モンスターハンター―ONE PIECE―   作:サクラン

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はい、また遅くなっちゃってすみません。ここ半年色々あり過ぎましたねぇ…(遠い目)。その分長めではあるのでゆっくり見て行って下さいませ。

それではお楽しみ下さい。


狩人─破拳─

 真っ黒に染まった空の下。そこでは一頭の龍と人間が相対していた。

 純白の龍鱗に翼と脚両方の役割を併せ持つ翼脚で大地を捉え、先程自身を殴り飛ばした敵対者を忌々しげに睨み付けるそのモンスターは天廻龍、シャガルマガラ。

 一方で自身の何十倍もの体躯を持つ天廻龍を前にしながら一歩たりとも引かず、自らの愛武器を構えて好戦的な笑みを浮かべるのはハンター、破拳のディアン。

 

「戦うのは構いませんが、場所を変えてください!ここだと…!」

 

「!」

 

 一触即発の雰囲気の中、フィリアの傍にいたソフィアが声を上げる。彼女の視線の先には逃げ惑う民衆の姿があった。

 ソフィアもディアンが勝つと強く信じているが、相手は古龍種、倒すまで時間が掛かるだろうし、余波で周囲に被害が及んでしまう可能性もある。戦場を移すことを提案するのは当然だった。

 

「確かに、ここだと暴れ辛いな…!多少強引だが移動させてもらうか…!」

 

「グルルルルル…!」

 

 ディアンがそう言うのと同時に、天廻龍は翼脚を振り上げる。単純な肉弾戦をする上で最も利用している翼脚による攻撃。その威力は計り知れず、岩盤だろうと粉々にしてしまうだけの威力を秘めている。

 

「危ない!!!」

 

 その威力を身を以て知っているフィリアが避けるよう叫ぶ。古龍種は軽い小手先の攻撃ですら並の飛竜を絶命に至らしめる。そんな古龍の本気の攻撃ともなれば人体一つなんぞ粉々にされかねない。

 

「─ッ…流石に、良いパワーだ…!」

 

「!!」

 

 しかし彼は生きていた。腕を交差させ、武器を盾にして震えながらも天廻龍の翼脚を受け止めていた。

 

「お前は良くてもこっちが困るんでなァ…!歯ァ食い縛れ…!!」

 

 ディアンが煽るように言い放つと、その身体に変化が現れる。

 体躯が見る見る内に巨大化し、防具を纏っていた身体は頑強そうな甲殻に変わっていく。頭部は髪が前に出っ張った頭殻に変わり、腕は太く、逞しく発達する。前傾姿勢になり二足で力強く大地を踏み締める。体表には黄緑色の粘菌が纏わりついていた。

 その姿は多くのハンターが知る強豪モンスターそのもの。彼もまた、フィリアと同じように悪魔の実を食べたハンターなのである。

 

 悪魔の実にはおおよそ分けて三つの種類が存在する。

 一つは自らの肉体を別の物質に変化、または超常的な力を手にする“超人(パラミシア)系”。

 二つ目は自然界に生きる動物の力を宿し、爆発的な身体能力、タフネスを得ることができる“動物(ゾオン)系”。

 最後は自然現象の力を宿し、その影響力から悪魔の実最強種と名高い“自然(ロギア)系”。

 どれも共通して人ならざる力を手に入れることができ、海に嫌われる─すなわち泳げなくなるというデメリットがあるが、それを加味しても得られる力は絶大だ。

 中でも“自然系”の悪魔の実は得られる力が他の実と比べて破格のものである為、これを求める船乗りは多い。

 

 しかしその“自然系”と同等以上に求められているのが─“動物系”の悪魔の実、それもモンスターの力を宿したものである。

 如何に強大なモンスターと言えども、自然界に生きる生物である以上、その能力は“動物系”に分類される。そしてモンスターの身体能力は他の生物と比較にならない程高い為、食べた時に得られる力も他の“動物系”とは一線を画す。

 特に空を自由自在に駆けることが可能になる“飛竜種”、自然にまで干渉することが可能になる“古龍種”の悪魔の実に憧れを抱く者は多い。

 悪魔の実の取引価格はおおよそ1億ベリーだが、モンスターの力を宿したものは“飛竜種”ならば10億、“古龍種”なら最低でも30億ベリーはくだらない破格のものだ。船乗り、海賊、海軍、果てには世界政府まで、皆モンスターの悪魔の実を求めるのだ。

 

 ディアンが口にしたのは“飛竜種”でも“古龍種”の実でもないが─宿るモンスターの強さはどちらにも引けを取らない。

 そのモンスターは“獣竜種”─強靭な二足で大地を捉え、優れた肉弾戦を得意とする種族─に属し、その中でも前脚が“腕”として発達し、それを武器とする異色のモンスター。

 爆発性の粘菌と共生関係を築き上げ、並のモンスターであればその一撃程度でも命取りになる破壊力。

 強さを極めた特殊個体であれば、古龍種にすら引けを取らない実力にまで至る。

 あらゆるものを打ち砕き、粉砕するその姿から名付けられた異名は“砕竜”─

 

“破拳のディアン”

“リュウリュウの実(獣竜種)”

モデル“ブラキディオス”

 

「はぁ…相変わらずお美しい…中身がアレなのが残念です

 

「おいコラ聞こえてんぞこのイカレポンチがァ!!!」

 

 ソフィアが変化したディアン─ブラキディオスの姿に感嘆しながらもしれっと辛辣な意見を口にすると、ディアンはブラキディオスの姿のままブチギレながら言葉を返した。

 彼女は初恋の相手がブラキディオスというぶっ飛んだ性癖の持ち主であり、人間よりモンスターが好きなのだ。人間がどうでも良いというわけではないが、関心の矢印はモンスターの方が明らかに大きい。

 なお初めてブラキディオスに変形したディアンを見た際には「カッコいいけどなんか違う」という発言を残した。実際変形した際の姿には若干ディアンの面影があるのだが、初見一発目でそれを見抜くのは変態の域である。

 

「まァ気を取り直して…移動するぞこの野郎

 

「!?」

 

 なおそんな性格は分かっているのでディアンは声を低くし、腕に力を込める。すると徐々に天廻龍の翼脚を押し返していく。

 

「ッ!!!」

 

「!!!」

 

 そして思い切り腕を振り上げ、天廻龍の翼脚を完全に跳ね除けた。まさか完全に押し返されると思っていなかった天廻龍は無防備な体勢を晒してしまう。

 

「“砕竜(ディオス)”─」

 

 ディアンはその隙を逃さず、姿勢を低くして狙いを定める。天廻龍は攻撃が来ると察し、その前に阻止するべく翼脚を振り下ろす。

 

 

 

 

 

「─“爆進(アサルト)”!!!」

 

「!!!」

 

 

 

 

 

 しかし天廻龍の翼脚が捉える前に爆発的な脚力で加速し、両腕を天廻龍の身体に叩き込み、大爆発を引き起こした。しかしそれでもディアンは止まらず、そのままの勢いで天廻龍を押しながら、島の中心部─人のいない山岳部に向かって突進して行った。

 

「なんて強引な…まあこの状況だと仕方ないですね。さあ、私達も避難しましょう」

 

「…本当に彼一人に任せるの?」

 

 フィリアは不安げな様子で問い掛ける。今の攻撃や変形からしても彼が人間離れした強さを持っているのは分かった。だがそれでも相手はモンスター、その頂点に君臨する古龍種。その懸念は当然と言える。

 

「言ったでしょう。彼は強い。相手が海軍大将だろうと四皇だろうと勝ちます。私達にできるのは、彼が帰れるよう居場所を作って待ってあげることです」

 

「帰る…場所…」

 

 ソフィアの信じ切った表情を見てフィリアは複雑な表情になる。

 帰る場所。彼にとってのそれはソフィアを始めとした仲間のいる場所なのだろう。戻る為に命を懸けてでも戦い、生きて帰るために勝つのだろう。

 しかし自分にはそんな存在はいない。帰る場所もない。その感覚が分からなかった。

 

「蚊帳の外みたいな表情してますけど、多分あなたももう彼にとっては仲間扱いですよ?」

 

「え」

 

 そんな思考が表情にも現れていたのか、ソフィアは言葉を掛けてフィリアはその内容に驚く。

 彼とはまだ数言程度しか会話をしていないし、人となりも全く知らない。にも関わらず仲間扱いとは、何を考えてそうなったのだろうか。

 

「言ったでしょう?彼って女誑しなんです」

 

「それ関係あるの?」

 

 続けてソフィアが言った理由にフィリアは半ば呆れた。てっきり同情だとか、憐憫の感情があったのかと思ったが、女好きというだけそこまでできる人間はそういないだろう。というかそんな性格だと色々と苦労しそうなものだが大丈夫なのだろうか。

 

「あと彼、嘘つくの下手なんです。良くも悪くも思ったことをほとんどそのまま言うので、自分に言われたことはまず本心だと思ってくれて良いですよ」

 

「……そうなんだ」

 

 そう言われたフィリアはディアンに言われたことを思い出す。

 「ありがとう」も、「かわいい」も、しれっと言っていたが嘘をついているようにも見えなかった。今までそんな言葉を掛けられたことが片手で事足りる上にどれも恐れなどの負の感情が宿っていた。

 そう言った混じり気無しの称賛を浴びたのは本当に久しぶりだった。

 

「私としてもあなたは“保護するべき民間人”ですから。一緒に行きましょう」

 

「……うん」

 

 そしてソフィアから差し出された手を控え目ながらも握り、ソフィアに連れられるままに走り出す。いつかも覚えていないが父親と手を繋ぎながら歩いた昔の日を、少し思い出した。

 血は繋がっていないし、信じ切ったわけでもない。

 だがフィリアは久しぶりに、他者に自らの身体を預けていた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!」

 

「グッ…!ウゥ…!」

 

 街の外れにある山中。そこには吼えながら猛進する影とそれに引き摺られる影があった。

 猛進する影─獣型に変形したディアンは暴れても問題ない場所まで天廻龍を誘導し、あわよくばそのまま倒す為にズンズンと押し進む。

 天廻龍は為す術も無く押し込まれていたが、このままでは終わらせないと眼光を鋭くする。

 

「オオオオオ!!」

 

「グオッ!?」

 

 天廻龍は強引に翼脚を展開し、ディアンの胴体を殴り付ける。獣型状態─砕竜の甲殻は黒曜石にも例えられるほどの硬さだが、古龍たる天廻龍の剛力を完全に受け止めることはできず、怯んで天廻龍を放してしまった。

 

「いてててて…流石にそんな上手くは行かねェか。こっからがケンカだな…!」

 

「グルルルルル…!」

 

 ディアンは獣型を解除し、人と竜の要素が混じった姿─人獣型に変化し、武器を構える。天廻龍は手傷こそ負ったもののまだまだ健在と言った様子でディアンを睨み付ける。

 

「オオオオオ!!」

 

 先手を打ったのは天廻龍。翼脚を振り上げ叩き付けるというシンプルながら強力な攻撃だ。そして今まさにディアンの脳天に直撃しようとしていた。

 

「━━━━━」

 

 しかしディアンは僅かに横に移動し、寸での所で攻撃を回避する。真横では地面が砕き割れており、こんなギリギリの回避を選択する彼の強心臓振りが伺える。

 そして彼は目の前の延長線上に位置する天廻龍の顔面目指して駆け出すと─

 

 

 

 

 

「ドラララアアアアアァァァァァ!!!」

 

「!!!」

 

 ─両腕に装備した棍でラッシュを叩き込む。強い武装色の覇気を込めたその攻撃は天廻龍をのけ反らせる。

 そして一通り攻撃を叩き込んだディアンは腕を後ろに引くと─

 

 

 

 

 

「“砕棍穿撃(ディオスバンカー)”!!!」

 

「!!!」

 

 ─棍を叩き込むと同時に棍から杭が打ち出され、それが天廻龍に直撃すると大爆発を引き起こし、天廻龍を呑み込んだ。その一撃は最早地形を変えてしまうほどのものであり、とても耐えられる生物がいるようには思えなかった。

 

「……………」

 

 しかしディアンは油断することなく天廻龍が呑み込まれた爆煙を見詰めていた。まるでまだ勝負が終わってないことを暗に示すかのように。

 

「!!!」

 

「!!」

 

 そしてその証明として、爆煙の中から翼脚が飛び出して来た。ディアンはそれを後ろに跳躍して躱すが、爆煙の奥で紫光が輝くのが見えた。

 

「やっべ!」

 

「━━━━━━━━━━ッ!!!」

 

 自身の失策を悟るも、それを行動に移すよりも速く攻撃が放たれた。爆煙を引き裂くようにして極太の光線がディアンを呑み込み、暗雲の空まで飛んで行った。

 

「グルルルルル…!ゼェ…ハァ…!」

 

 大技が直撃したのを確認した天廻龍が爆煙の中から現れる。しかしその身体は無傷とは言えず、痛々しい火傷の痕が身体中に見られた。大技が直撃した顔面には特に大きな傷痕が残り、息も荒い。それでもまだ大技を放つことができる程度に余力が残っているのは天廻龍の強さ故だろう。

 

「あァ〜…流石に…!効いたぜ…!!」

 

「!」

 

 しかしこの程度で死ぬ相手なら天廻龍はここまで手傷を負っていない。いつの間にか光線から抜け出ていたディアンは懐から何やら液体の入った瓶を取り出し栓を開けて中身を飲んでいた。

 その身体には天廻龍と同じように火傷の痕が多く見られたものの、まだまだ継戦は可能であることを示していた。

 

「ただ流石に…こっちも負けられねェんでな…!まだまだ…こっからだぞォ!!!」

 

「グオオオオオァァァァァ!!!」

 

 ディアンが吼えると同時に、天廻龍も吼えて鱗粉を展開する。数秒後には、爆ぜる杭と黒い風が激突した。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「うわわっ!?」

 

「今の振動…」

 

 ソフィアに連れられて彼女の仲間が拠点としている船まで連れて来られたフィリアは、一瞬大きな振動を感じて山の方を振り返る。するとおそらく振動の元であろう場所では周囲と比較しても更に深い闇とそれを押し返すように爆ぜる光が瞬いていた。

 

「どうやら、派手にやり合ってるみたいだな」

 

「……………」

 

「さてはて、今回はどの程度腹を空かせて帰って来ることニャルかね」

 

「カッカッカッ!食料が底を尽きんと良いがな!」

 

「!」

 

 先程の振動を聞きつけたのか、船から数人の影が下りてくる。

 その影は様々で、一人はウエスタンハットを被り、赤いジャケットを着た初老の男性、もう一人は言葉を発さず黙って山の方を見詰める得体の男性、もう一人は少し小さい影、猫のような姿で中華服を着込んだアイルー─獣人族、最後は年老いながらも快活に笑い、杖を持った竜人族の老人。そんな多種多様な者達がガヤガヤと話しながら下りて来た。

 

「戻りました!団長!」

 

「おう、おかえりお嬢。街はどうだった?」

 

「建造物の被害が多く人的被害は現在死者は確認していませんが行方不明者、重傷者がかなりの数確認されています」

 

「なるほど…流石にここまで踏み込まれちゃあ無被害ってわけには行かんか…」

 

 ソフィアから報告を受けたウエスタンハットの男性─団長は深刻そうに眉間に皺を寄せる。可能な限りの最速で移動し、少しでも被害を抑える為にディアンとソフィアを先行させたものの…やはり被害0というわけには行かなかった。

 しかし人里に古龍が侵入した結果と考えれば安いものだろう。だからといって軽視することもできないが、普通古龍が侵入すれば国の一つ二つは軽く滅ぼせる。

 そして団長はこの程度の被害で済んだ原因の一つ─フィリアに目を向ける。

 

「その子が件のやつか…」

 

「……!」

 

 団長から視線が向けられ、フィリアは少し後ろに下がる。決して悪人というわけではないのだろうが、今までの経験からそう簡単に他人に心を許すことができずにいた。

 そんなフィリアに対して団長は近付くと、帽子を取って頭を下げた。

 

「怖かったろうに、わざわざありがとうな。君のおかげで、確実に助けられた生命がある。本当にありがとう」

 

「!」

 

 自身よりも二周りは長く生きているであろう人間が迷うことなく頭を下げた。この事実を受けて何も感じないほどフィリアは腐っていない。

 

「…いえ、私が見過ごせなかった、だけなので…」

 

 少し固くなりつつも言葉を返す。直球に褒められることが短時間の内に二度もあるという慣れない事態に身体がむず痒く感じていた。

 

「大将大将、怖がらせちゃってるじゃニャいか」

 

「あっ!?すまん!別に叱ろうとか思ったわけじゃないんだが…!」

 

「えっ、あっ、いえ、その…」

 

 中華服を着込んだアイルーが少しからかうように呟くと、団長は慌てて訂正するが、フィリアとしても別に落ち込んでいたわけではないのでどうにかフォローしようとする。が、どんな言葉を掛けたら良いのか分からず、結局しどろもどろになってしまう。

 

「大将みたいなコワモテのおじいちゃんより、私のような紳士の方が安心できるニャルよ」

 

「あァ?俺ほどの色男なんぞそうそうおらんぞ!!」

 

「歳が離れ過ぎとるじゃろうて。流石に対象外じゃ」

 

「なんだとォ!?」

 

「……………」

 

 そしてそのままの勢いでギャーギャーと騒ぐ三人を見て残りの男性は呆れたようにため息を吐く。ソフィアとフィリアは完全に置いてけぼりにされていた。

 

「…ね?こういう人達なんです」

 

 ソフィアも呆れた、しかし何処か安心したような表情でフィリアに語り掛けた。年齢も違う。種族も違う。生まれた場所すら違うだろうに、そこにはまるで家族のような温かさがあった。

 

「あァ〜!お前ら冗談はさておき動くぞ!行方不明者の捜索や住民のフォローをせにゃならん!」

 

「ふむ、そうじゃな。未だ騒ぎは収まっておらんじゃろうて」

 

「ふっふっふ、腕が鳴りますニャア」

 

 しかし騒ぎ終わったのか、団長が表情を真剣なものに変えて指示を出すと、団員達の雰囲気も一気に変わった。男性が船から毛深い草食種─ポポを引いて連れて来ると、その後ろには荷車がいくつも引かれていた。

 

「お嬢、その子を頼んだ」

 

「分かりました」

 

 ソフィアは引いている荷車の真ん中の台の扉を開く。開いた瞬間に少し嫌そうに顔を顰めたがすぐに真剣なものに戻した。

 

「…ちょっと汗臭いし散らかってますけどベッドがあるのでここで休んでて下さい。私達は住民の皆さんの救護に向かうので」

 

 ソフィアは真剣にフィリアの身を案じて言葉を掛ける。そしてその提案に心から甘えてしまいたかった。正直もう立つことすらしんどいし、身体中に走る鈍い痛みは未だに無くなっていない。すぐにでも横になってぐっすり眠りたかった。だが─

 

「…簡易的な治療だけでもしてもらえれば、まだ、動けます」

 

 ─自身の心がそれを許さなかった。

 

「私も、行きます」

 

「ダメです。さっきも言いましたが、あなたも保護すべき民間人です。死なせるわけには─「絶対に、死にません」

 

 ソフィアはすぐにフィリアの提案を拒否したが、言葉の間に割って入ってでも、フィリアはそれを否定した。そして今もなおあの龍と男が戦っているだろう場所を指差し、言う。

 

「アレはきっと私を探してここまで来た。何故かは分からないけどその確信がある。なら、アレが出した被害は全部私の身から出た錆みたいなもの。その責任をほっぽり出して寝てるわけには行かない」

 

 自分で言っておいてなんだが目茶苦茶だなと思った。

 あの龍から感じた憧憬の念に近い感情は確かなものだが、それは結局自分主観でしかないし関係ないと突っぱねられたら終わりだ。だからせめて自分は誠意を見せ続けるしかない。

 

「お願いします。私も行かせてください」

 

 だから改めて頭を下げて頼み込む。じっとしてなどいられない。自分の手で救うことのできる生命があるのならこの程度の痛みはどうということもない。

 

「っ…しかし─「行かせてやれ」

 

「!」

 

 ソフィアがフィリアの真剣さを感じながらも言葉を返そうとした時、凛とした低い声が遮った。声を発したのは団長だ。

 

「後悔しない方がそれだって言うなら、迷うことなく行け。時間は待っちゃくれねェんだからな。ただし、来るなら治療を受けてから来い。ボロボロなのは事実だろ」

 

 団長の言葉はフィリアを後押ししつつも諌めるものだった。それを聞いたソフィアは呆れたように小さなため息を吐き、頭を掻いた後観念したようにフィリアの方に向き直った。

 

「…分かりましたよ。ただし!治療はちゃんと受けて下さいね!」

 

「…はいっ!」

 

 念押しするように注意を受けると、フィリアは荷車の中に案内される。

 中にはそこそこの大きさのベッドと大きな箱がいくつかあった。僅かに確認できる中身を見ると、ボロボロの防具や武器、何度も使ったのであろう瓶が転がっていた。ソフィアの言った通り、お世辞にも整っているとは言えない場所だったが、生活感溢れる場所になんだか少しだけ心が躍った。

 

「そのベッドに座って下さい。身体の容体と傷を診ますから」

 

 ソフィアはフィリアをベッドに掛けさせると、複数ある箱の内の一つを物色し始める。

 

「…なんであの人はこんなに管理が杜撰なんですか!生命線とも言える回復薬をこんな適当に…いつか腐っちゃいますよこれ!ていうか包帯が全く見当たらないんですけど!?さてはあの人回復薬と持ち前のタフネスがあるからってどっかやりましたね!?あなたが良くても他の負傷者の手当てなんかで使うのに…なんなんですかこのヤベェ色に変色した瓶の中身はァ!!??」

 

「……………」

 

 物色している過程で矢継ぎ早に繰り出される文句にフィリアはなんとも言えない表情になり、自身を救ってくれたあの男は色んな意味で大丈夫なのだろうかと少し心配になった。

 

「ハァ〜…応急処置ができそうなものがようやく見つかったので、取り敢えず身体診ますね」

 

 そこから約5分が経過し、汗だくになったソフィアが回復薬と布を持って治療することになった。なお結局包帯は無かった。

 

「それじゃあ服脱いで下さい」

 

「はい」

 

 ソフィアからの言葉通り、肩から腰辺りまでの変形を解除する。すると黒い外套のようなものがすっかり消え失せ、傷だらけの肢体が顕になった。

 

「うえええええ!?あ、あなた服は…!?」

 

「破れたからこれで誤魔化してた」

 

 ソフィアが仰天して声を出すとフィリア破あっけからんとした様子で答えた。もうこうして誤魔化すことが日常になっていた為、羞恥心と言ったものがかなり無くなったらしい。男性に見られるのは流石に憚れるが、同性なら恥ずかしくもなんともない。今は身を守る甲殻などが全くないので、そういった点でソワソワするところはあるが。

 

「よし…こんなもんてすかね。何か違和感のある所はありますか?」

 

「いや…特には…ちょっと動きづらいぐらい…」

 

 そしてソフィアが手際よく処置を済ませ、流石に裸はダメだという強い主張から私服を借り受けることとなった。

 彼女曰く全身の骨に満遍なくヒビが入っていたそうなので、いくつか固定されている箇所がある為動きづらさはあるが服装自体はシャツに短パンというスタイルなので特に不足は感じなかった。

 

「あまり動かし過ぎないで下さいね。あまり激しく動くと治りが遅くなりますから。…とは言えその程度で済んでるのは流石動物(ゾオン)系です」

 

「わかりました。行きましょう」

 

 そして二人は外で既に救助活動を行なっている団長達の補助に入った。ソフィアは負傷者の応急処置や案内。ソフィアは変形せずともある程度悪魔の実の恩恵で力がある為行方不明者の捜索、救助を担った。

 その間も山の方からは絶えず轟音、地響き、モンスターの咆哮が絶えず響いて来ていた。日を跨いでも一切それが変わらなかったので、住民も含めて中々寝付くことができず大変だった。が、間違いなくこの街の命運を背負っていることは間違いないので下手に文句を言う者はいなかった。

 

「長い…こんなに戦えるんだ…」

 

「古龍相手ならこんなもんですよ。酷い時には一ヶ月近く掛かる時もあるんですから」

 

「え」

 

 そして戦闘開始から三日が経過し、フィリアが思わず呟くとソフィアが信じられない答えを返して来た。

 轟音が止まないということは食事や睡眠はおろかずっと戦闘を継続しているということ。フィリアも能力者になってから体力が以前より増加しているのは気付いていたが、流石に飲まず食わずで戦うことなどできはしない。一応各地を転々としている時にニ、三回ほど夜通し飛行したことがあるぐらいだ。

 

「じゃあ一応、軽くお勉強と行きましょう。あなたや彼が食べた“動物(ゾオン)系”の実は動物によって得られる特性に差異があります。が、共通する事柄として、体力や肉体強度の向上が挙げられます。まあこれも宿る動物によって向上幅は上下しますが、向上することそのものは共通ですね」

 

 ソフィアはフィリアがディアンが今も戦い続けられていることに対してドン引きしながら驚いたのを見て、悪魔の実に関する詳細をほとんど知らないと察し、軽く説明する。

 

「あなたや彼が食べたモンスターの悪魔の実は数ある“動物(ゾオン)系”の中でも特に強力なもので、身体能力の向上幅が大きい上、モンスターの特性まで付いてくるんです。その希少性も併せて最低でも5億以上はくだらないものなんですよ」

 

「…こんなものが、ねえ…」

 

 フィリアは自身の身体を見る。実利がないわけではなかったが、振り回されることの方が圧倒的に多かったので欲しがる人間が多いと言われてもピンと来ない。

 

「そしてこれはあまり確認されてないのですが…悪魔の実には“覚醒”と呼ばれる一段上のステージがあるそうなんです」

 

「“覚醒”?」

 

 聞き覚えのない単語にフィリアは首を傾げる。

 

「私も実物をあまり見たことないんですが、悪魔の実に共通する超常的な能力…それに心身が追い付いた時に起こる事象のようです」

 

「悪魔の実の到達点ってこと?」

 

「そうですね。鍛えた末に至る一つの極致のようなものでしょう」

 

 フィリアからの質問に噛み砕いて答えたソフィアは話を続ける。

 

「“覚醒”によって得られる力は悪魔の実の種類によって違うそうですが…動物(ゾオン)系のものは共通して異常なまでのタフネスと回復力を得るんです。あとは…何か羽衣のようなものが現れるんだとか。これは眉唾ですが」

 

「じゃあ彼が今も戦い続けられてるのも…」

 

「そう、“覚醒”したが故というわけです」

 

「なるほど」

 

 ソフィアの説明に納得して頷くと、また轟音が響く山の方へ目を向ける。種類こそ違うとは言え、常人ならざる力を手にしていながらあそこまで真っ直ぐな心でいられるのは偏に彼自身の強さ故なのかもしれないと思った。

 

「まあ、そんな脳筋馬鹿がいるのであなたの力もかわいいものですよ。上手く扱えば、こうして人を救うことだってできるんですから」

 

「……………」

 

 ソフィアがフィリアの頭を優しく撫でながら言葉を掛ける。確かに、ここ三日間の救助活動中には自身が手を貸したことで救えた人間が少なからずいたし、感謝の言葉を贈られることもあった。

 言葉にこそしなかったが、彼らと共に生きて行きたいという気持ちがフィリアの中で大きくなっていた。

 

「さて、それじゃあ早く静かになることを祈りながら頑張りますか!」

 

「…はい!」

 

 そうして心の中で軽くエールを贈りながらソフィア達は復興活動に戻って行った。

 

 

 

 

 

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「オオオオオォォォォォ!!!」

 

「グオアアアアアァァァァァ!!!」

 

 二頭の獣の咆哮が木霊する。

 天廻龍とディアンの戦いは一時たりとも収まることはなく、周囲は焼け野原に等しい状態となり、空に掛かった暗雲─否、狂竜ウイルスによって陽の光すら遮られている。最早現実味が薄まって来たこの場所において、一人と一頭は未だに立ち続けていた。

 

「ハァ…ハァ……ヘヘッ、流石に…タフだな…!!」

 

「ゼェ…ゼェ……グルルルルル…!!」

 

 身体に細かい傷をいくつも作りながらもディアンは構えを解くことなく笑う。一瞬でも油断すれば首が飛びかねない状況においても、彼の覇気は少しも弱まらなかった。

 対する天廻龍はディアンよりも更に傷が多く、頑強な龍鱗もほとんど薄汚れている。酷い箇所だと歪に凹んでしまっているものもあり、生きているのが不思議な程だった。

 

「その傷で…まだ立つか…!ハァッ…そりゃそうか…!お前も、死にたくはねェもんなァ…!!」

 

 その容体を見たディアンは天廻龍のタフさに舌を巻くも、すぐに納得する。

 何故未だに天廻龍が立っていられているのか。その理由は当然、死にたくないからだ。生物を狂わせ、凶暴化させる狂竜ウイルスを撒き散らすものの、それだって何も悪意があってやってるわけじゃない。ただ己の生を全うしているだけであり、だからこそ人々に恐れられているのだ。

 それは天廻龍に限らず、他の古龍、あるいは全てのモンスターもまた同じだ。悪意などなく、ただ生きているに過ぎない。それ故に、こうしてぶつかり合うことだってある。それだけの話なのだ。

 

「ただ俺も…負けるわけには行かねェ…!アイツがこれ以上泣くことがないように…お前を殺すぞ!天廻龍!!」

 

 今までのように軽薄さが垣間見える表情ではなく、迫真がかった表情で叫ぶと、ディアンの身体が更に変化する。

 黄緑色たった防具が蒸気を上げ始めると、それが羽衣のように纏わりつく。身体から少し離れた所にも陽炎ができ、明らかに体温が上がっていることが分かる。

 

「次の攻撃で終わらせる…!死にたくなきゃあ本気で来い!!!」

 

「ッ!!」

 

 彼が挑発すると同時に天廻龍は翼脚を広げて空中へ飛び上がり、最後の力を振り絞って口内に力を収束させる。

 全ては目の前の敵を打ち倒し、生き延びる為。また己が故郷に帰る為に、負けるわけには行かない。

 

「━━━━━━━━━━ッ!!!」

 

 そして放たれる狂竜の力を極限まで凝縮した一撃。極太の光線はディアンに向かって真っ直ぐに放たれた。

 

「よし分かった…!受けて立つぜ…!!」

 

 技が放たれるのと同時に、ディアンは空中にいる天廻龍に向かって跳躍し、棍を握る手に力を込める。すると腕から赤く光る粘菌が滲み出し、棍に付着する。

 それは自らを案じて待つ愛する者達の元へ帰る為、そして他人の為に命懸けで戦って見せた少女に報いる為。ディアンは渾身の一撃を放つ。

 

「“臨砕棍穿撃(レイジングバンカー)”!!!」

 

「!!!」

 

 ディアンが棍を撃ち出し光線とぶつかると、今までで一番の爆発が空で起こった。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「今のは…」

 

「決着が…着いたかもしれないですね」

 

 同刻、街で復興活動を手伝っていたフィリア達も一際大きなその轟音と光には目を向けざるを得なかった。

 

「今の爆発は…!?」

 

「ハンターさんが勝ったの!?」

 

 街の人々もほとんどが山の方へ目を向け、どちらが勝ったのか不安になりながらも声に出す。ソフィアは何も言わなかったが、腰に下げていたカエルのポーチを強く握り締めた。

 

「おい見ろ!空が…!」

 

「!」

 

 そして住民の内の一人が空を指差し叫んだ。その声に反応して全員が空を見上げる。するとずっと暗雲に覆われていた空から少し晴れ間が差し込み、それが徐々に広がって行く。

 天廻龍が戦っている間、晴れ間が覗くことは一切無かった。しかしそれが起こり、なおかつ広がって行くということは─

 

 

 

 

 

「「「うおおおおおおおおお!!!」

 

「ハンターが勝ったんだァ!!!」

 

「良かった…!本当にもう…ダメかと…!!」

 

 ─勝者は明確。住民達は皆雄叫びを上げ、生き延びれたことに涙を流す。互いに抱き合い、今までの不安を消し飛ばす勢いで喜んだ。

 

「彼は…」

 

「最後の大爆発…勝ちましたが気を失ってる可能性もゼロじゃありません。迎えに行きましょう」

 

 喜ぶ住民達を尻目に、フィリアとソフィアはディアンの安否を確認しに行く。向こうは男勢が舵取りをしてくれるだろうし、住民達もあれだけ喜べる気力があるのなら大丈夫だろう。

 しかしディアンはそうも行かない。ここまで戦いが長引いた以上相応の手傷を負っているだろうし、大きな負傷を負っている可能性もゼロじゃない。覚醒した動物(ゾオン)系の能力者である故死んでなければどうとでもなるだろうが、それでも治療を受けるに越したことはない。

 

「これは…」

 

「…流石にあれだけ暴れたのなら当然でしょう。街まで被害が及ばなかっただけ上出来です」

 

 山道を進んでいると木々が生い茂っている森に変化が生じた。樹木と呼べるような大木ですら軽々と薙ぎ倒され、地面は未だに熱気を発して焼け焦げている。そしてそこら中に黒い鱗粉が大量に付着していた。

 

「あまり吸わない方が良いですね。あなたも、能力があるとは言え─いや、それ故に吸わない方が良いでしょう」

 

「? …分かった」

 

 ソフィアが口元を押さえながらフィリアに注意を促す。その言い方にフィリアは何か引っかかるものを覚えたが、今は優先するべきことじゃないと同じように口元を押さえながら周囲を探索する。

 そしてしばらく進んでいると、明らかに周りと比べて何も無い空間が遠目でも確認できた。

 

「あれって…」

 

「最後の大爆発で吹き飛んだ場所かもしれません。行きましょう」

 

 悪路である為に足下には注意しながらも、二人は駆け足でその場所へ向かう。そして木々を抜けるとそこには信じ難い光景が広がっていた。

 

「…地形が…」

 

「…まったくあの人は…」

 

 フィリアは呆然と呟き、ソフィアは呆れたように呟きつつも動揺が隠せていない。しかしその反応を責めることはできないだろう。

 何故ならそこは木々どころか地面の大部分が消し飛んでクレーターを形作っている。穴の深さはおおよそ10メートル弱と言ったところだろうか。そしてその中心に、目的の人物はいた。

 

「おーい!意識はありますかー!?」

 

「! ああ!生きてるよ〜!」

 

 ソフィアが大きな声で呼び掛けると、穴の底でしゃがみ込んでいた人物、ディアンが立ち上がりながら言葉を返した。

 

「あれだけ声が出せるということは動くぐらいはできそうですね。一旦彼を連れて撤収しましょう」

 

「…アイツはどうするの?」

 

 フィリアはディアンの傍で横たわって動かない死体─天廻龍を指差す。ディアンの大技を食らったのだろう。胴体には大きく痛々しい二つの火傷の跡が見られた。

 

「私達の一存で処理をすることはできません。ギルドに連絡して回収してもらいます」

 

「…そう」

 

 ソフィアの言葉にフィリアは反発することはなかった。当然だ。天廻龍については自分より遥かにソフィア達の方が詳しいし、何より自分も殺されかけている。むしろ喜びの感情を抱いてもおかしくないのに─なぜこんなにも遣る瀬無い気分になるのか。

 

「よっこいしょ。取るもんも取ったし帰るか」

 

「どの程度のランクでしたか?」

 

「覇気は使ってなかったが強さと素材の感じからしてマスターは確実。“新世界”住みだったって話だしな」

 

「なるほど。無事…ではないですが生きて帰って来れたようで何よりです」

 

「当然。今死んだら何人泣かせることやら分かんねェだろ?」

 

「そうですね。全員爆笑しながら泣くと思います」

 

「それは喜んで良いのか?」

 

 ディアンとソフィアは仲睦まじく─と言える程微笑ましくはないが、信頼が感じられるやり取りをしながら歩く。ソフィアはそれをただ聞いているだけだったが…悪くない気分だった。

 

 

 

 

 

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 そして街に戻ったあとは住民達から涙を流しながら何度も感謝され、ディアンをそのまま宴の席に招こうとあれよあれよと話が進んだ。

 

「待った!それより先にやることがある」

 

 そう言ってディアンは自分のテントに戻り、何か大きな袋を持って出て来た。住民達は何だろうと首を傾げていると─

 

 

 

 

 

「被害が出る前に駆け付けられなくてすみませんでした。こいつは俺からの詫びの印です。到底足りませんけどあとは自分の身体で手伝うんで、復興の足しにして下さい」

 

「「!!??」」

 

 ─袋に詰まった大量の金を差し出すと同時に地面に膝をつき、頭を下げた。俗に言う土下座である。

 

「あ、頭上げてくれ!アンタはこの街の恩人だ!」

 

「そうよ!アナタのおかげで私達は助かったんだから!」

 

 頭を下げたディアンに対して住民達は慌てて頭を上げるよう言葉を掛ける。彼がいなければ助かるどころか恐らく全員死んでいた。しかも彼の仲間によって復興もかなり進んでいる。命懸けで戦ってくれたというのにこれ以上を望むのは流石に贅沢が過ぎるというものだ。

 

「でも、今もまだ家族や友人が見つかってない人だっているでしょう。…助からなかった人だって、いるハズです」

 

「! それは…」

 

 しかしディアンから返された言葉に住民達は言葉を詰まらせる。そして先程の頭を上げるよう説得していた者達の後ろにいた─特に何も言わなかった者達は複雑そうに顔を顰めた。

 

「どんな理由があれど、死んで良かった人間がいて良いハズがない。モンスターの脅威から人々を守り、救うのが俺の役目です。─そして今回、俺はその役目を果たすことができなかった」

 

 そう、顔を顰めていた者達は今回の騒ぎによって家族や友人と言った親しい人間を喪った者達。彼らもディアンのおかげで助かったことは当然理解している。だがそれと同時に─「もう少し早く来てくれていれば」、「どうして自分の大切な人は助けられなかったのか」と、行き場のない想いも抱えていた。

 ディアンはその犠牲から目を背けることなどできなかった。例え死んだのがたった一人であったとしても、謝罪したところで喪われた命が帰って来ないとしても、誰かにとってはかけがえのない命が喪われたことを「仕方ない」で済ませて良いハズがないのだ。

 

「最低限、8割方復興が済むまでは手伝いますし、それに伴った費用も俺が持ちます。なんで皆さんはしっかり身体を休めてください」

 

 だからこうして遺された人々に寄り添うのがせめてものケジメだ。正しい償い方など分からない。しかし少なくとも、その場で立ち止まることが正しい償いであるはずがないだろう。現実を受け止め、命を背負い、その上で前に進む。それがディアンのハンターとしての在り方だ。

 

「さて、それじゃあまずは瓦礫を退けることから…」

 

 そうしてディアンが踵を返して復興の手伝いをしようとすると、防具に守られた腕を掴んで止められた。振り返って見ると壮年の男性がディアンの腕を掴んでいた。

 

「…確かに、俺の妻は家の倒壊に巻き込まれて死んだ…」

 

 顔は俯いたまま呟く。どうやら今回の騒動で妻を亡くしてしまった夫のようだった。

 

「“どうしてもっと早く来てくれなかったのか”…そうも思ったさ。“どうして彼女が”って…だけど」

 

 男はそこで言葉を切って顔を上げると、ディアンとその後ろにいたソフィア達の顔も見て話す。

 

「アンタ達に救われたのも、間違いないことだ」

 

 そして男は自身の左後ろいた少女─おそらく娘なのだろう。彼女を連れて来ると、手を握って頭を下げた。

 

「私達を救ってくれて、ありがとう」

 

「…っありがとう!お兄ちゃん達!」

 

 娘の方は目に涙こそ浮かべていたものの、父親に倣ってしっかりと礼を言いつつ頭を下げた。それを見たディアンは穏やかな笑みを浮かべながら少女の頭を優しく撫でた。

 

「どういたしまして。立派な子だな。ありがとう」

 

 その光景を見ていた者達は複雑だった表情から毒気を抜くようにため息を吐き、吹き飛ばすように笑みを浮かべて言い放つ。

 

「さて!一段落着いたことだし宴でもするか!」

 

「おっ、そりゃあ良い!」

 

「これだけの人が集まっているんだものね!やらなきゃ損だわ!」

 

「え、いや、皆さんケガは…」

 

 あれよあれよと話が進み、完全に宴会モードになった住民達にディアンは困惑しながら止めようとしたが、それは背後から肩に置かれた手によって止められる。

 

「止めてやるな。彼らなりの再出発の証明みたいなもんだ。つーかそういうお前もしっかり休め」

 

 軽く笑いながら言われた団長からの言葉に、ディアンは根負けしたように首を振りながらため息を吐いた。

 

「よーし!皆今日は飲んで騒ぐニャルよ〜!このおかみさんが腕を奮ってやるからニャア!!」

 

「いよっしゃあァ!!!」

 

「お前らァありったけの酒とメシを持って来い!騒ぐぞォ!!!」

 

 勢いづけるようにアイルーが叫んだことで民衆達もあっという間に火がつき、海賊もかくやと言う様子で騒ぎ始めた。まだ完全に瓦礫の撤去が済んだわけではないとは言え、街の中心部は十分騒げるだけのスペースができていた為、そこを使って即席の宴会場を作り上げた。

 アイルーも自身の荷車を引いて料理を次々と作り上げ、それを全員に振る舞っていた。

 

「アンタすげえなこの人数相手に…」

 

「フッフッフ…私のモットーは“美味く素早く”ニャル…どんな団体だろうとこの私の手に掛かれば満足できない客人ニャど─」

 

「おーいおかみさーん!こっちのメシ足りねェぞォ!!!」

 

「今おかみさんカッコつけてるとこだからあんまりそういうこと言わないでくれるかニャア!!??」

 

「…すげえな色んな意味で」

 

 アイルーは酔っ払いの相手をしつつも一切手は止めておらず、分身しているのではないかと思えるレベルで複数の料理を同時進行で調理している。手伝いとしてサポートしている街の料理人はその料理速度に圧倒されていた。

 

「おお!兄ちゃん良い食いっぷりだねェ!!」

 

「ダッハッハ!まだまだ食い足りねェ!!もっと持って来ーい!!!」

 

 そしてそれを消費するディアンの速さも。ハンターは職業柄常人とは比較にならない量の食事が必要だというのは有名な話だが、だとしてもここまで食べるのは正直予想外であった。しかしそれでもやろうと思えばあと数日間は戦えるというのだからやはり怪物である。エネルギー効率はどうなっているのだろうというのはもう考えるのを止めた。

 

「いけるなァアンタ!」

 

「……フッ」

 

「ぢぐじょ〜また負げだァ〜…」

 

「勝者は加工屋の大将だァ〜!!!」

 

 団長と加工屋は飲み比べを行なって団長が顔を真っ赤にさせてダウンし、加工屋は顔色こそ変えなかったが勝ち誇るように僅かに表情筋を上げ、それを見ていた竜人商人は傍観者間で行っていた賭博の管理を進めていた。

 皆思い思いに過ごしながらも、悲痛な表情をしている者は誰一人いない。ただただこの瞬間の生の喜びを分かち合い、そして前に進む為に笑い合っていた。

 

 

 

 

 

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「フー……」

 

 変わらずバカ騒ぎしている広場の隅。フィリアはそこでジュース─年齢上飲酒はできないので─をゆっくり飲み進めていた。

 

(なんだか久し振り…こんなに周り人がで笑ってるのは)

 

 果物の爽やかな味わいを楽しみつつ、少し眩しげに目を細める。こんなにも周りの人々が楽しげに過ごしている光景などそう見ない。しかも災害級の怪物に襲われ、危うく死にかけたというのに、それを笑いながら乗り越えていく人々の強さ。自分が思っている以上に、人間は強い。そう思った。

 

(でもきっと…そう長くはいられないよね)

 

 しかしこの宴が終われば島を出なければならない。当然だ。街の人々の厚意兼謝礼で参加させてもらったが、そもそも自分がいなければ天廻龍がこの島を訪れることもなかっただろうし、そもそも自分は賞金首である。下手に匿ってもらってはこの島の人々まで危険に晒されてしまう。

 しかしそれを正直に話した所で心優しいこの島の人々から同意を得られるとは思えない。故に宴が終わり、静まり返った頃にひっそりと島を出るつもりだった。

 

(…こんなこと思うべきじゃないんだろうけど…楽しかったな…)

 

 自嘲しながらも、フィリアはそう思わずにはいられなかった。散々否定され、隠れ潜みながら生きるしかなかった人生の中で、こうも人の暖かさに触れるのは両親が亡くなってからはまず無かった。

 ずっとここにいたい。このまま過ごしたいという気持ちが無いわけではなかったが、この島の人々に感謝しているなら尚更、この島を離れなければならない。しかしこの思い出は生きている限りずっと、自分の記憶に留め続けるだろう。

 

「うへへ〜フィリアちゃん楽しんでますぅ〜?」

 

「え、うん…いやそれはそれとしてソフィアどうしたの」

 

 そうしてフィリアが感傷に浸っていると呂律の回ってないへにゃへにゃした声が掛けられた。顔を上げるとそこにはソフィアがいたが、どうにも様子がおかしい。

 顔は真っ赤に染まり目は胡乱としている。ギルド承認の受付嬢であることを示す深緑色の服装は乱れており、片手に一升瓶を持って謎の迫力を出しながら叫んだ。

 

「酔ってらいれす!!!ヒック」

 

「うん酔ってるよね完全に」

 

 そう、完全に出来上がった酔っぱらいそのものだった。いくら世間知らずかつ知識に疎いフィリアでも今のソフィアが完全に酔っぱらっていることぐらいは理解できた。

 

「そ〜んな隅っこに座っちぇ〜ちゃあ〜んと楽しんでるんれしゅかぁ〜?」

 

「っと、せめて足元には気をつけなよ」

 

 喋りながら千鳥足でもたれ掛かってきたソフィアを受け止めつつ宥める。せっかくの宴だというのに酔って躓いて大怪我など笑い話にもならない。フィリアは余裕のありそうな加工屋に介抱を頼もうとソフィアに肩を貸す。

 

「ほら、少し歩くからしっかり立って」

 

「んう〜…ちょっと待ってくりゃさい…」

 

「?」

 

 ソフィアから引き止められ、フィリアは一旦足を止める。この酔い方なのでまともな言葉が出てくるかは怪しいが、それでも話だけはひとまず聞くことにした。

 

「…あっついしこの格好動き辛いでしゅ…」

 

「あー…でも躓いて汚したりしたら大目玉を食らうことになるでしょ。それが嫌なら我慢しなよ」

 

 ソフィアは鬱陶しそうに深緑色の服を摘んで呟く。しかしこれはギルド支給の正装なので下手に無くしたり破いたりするのはマズい。無論申請すれば新品が届くが、ギルド公認の受付嬢としてはいたずらに無くしたりするのはよろしくない。

 と言ってもハンターに縁がある職なのである程度機能性も確保してある。暑さは飲酒による身体の火照り、動き辛さは酔ったことによる千鳥足が原因だろう。つまりこの服装は理不尽な冤罪を吹っ掛けられただけだった。

 

「あっつい〜…あっ」

 

「今度はどうしたの…」

 

 半ば引き摺るようにしながら運んでいたフィリアはソフィアの何か思いついたような呟きに面倒くさがりながらも反応した。正直このテンション相手にどうレスポンスすれば良いのか全く分からないが、この状態の人間を一人にしておく方がずっと不安なので、取り敢えず話を聞く姿勢を取った。が、次の一言は予想だにしない角度からの発言だった。

 

「あっついなら服脱げば良かったです〜!単純なことでしゅね〜!」

 

「え?」

 

 まるで計算問題が解けた子供のような明るさで発したその言葉に、フィリアは一瞬自分の耳を疑った。が、気付けば外套を脱ぎ捨て、下に着ていたシャツのボタンに指をかけていたので、フィリアは大慌てで止めた。

 

「ちょおおいソフィアストップ!流石にここはやめて!!」

 

「ん〜?なんでしゅかぁ〜?フィリアちゃんもあっついんでしゅか〜?」

 

「違うから!お願いだからもう少し我慢して!!」

 

 そうは言っても力づくでやって怪我をさせてもいけないので、フィリアは引き止めることしかできなかった。ここで止めるのは見た目もあるが、それ以上の事態になるのを止める為だ。ソフィア以外にも飲酒している者は多く、街全体が今は興奮状態だ。普段しないようなことをしていて、なおかつ飲酒したことで更に理性の働きが鈍っている状態で下着姿になればどうなるか。今の男性陣が襲わないとは言い切れないため、ここで下着を晒すことだけは何がなんでも止めなければならない。

 

「なーにしてんだよっ!

 

「はぅっ!?」

 

「!」

 

 そうして組み合っていた所に後ろから声と共に軽い衝撃を感じると、ソフィアは倒れ込んで気絶してしまった。それをなんとか受け止めながら、それを為した本人にフィリアはため息を吐きながら感謝を伝える。

 

「あー助かった…本当にどうしようかと思ったよ…」

 

「悪ィな。普段は絶対呑ませないようにしてんだが…こんなにハメを外したのは久し振りだったからな。監視の目が甘くなっちまった」

 

 本人─ディアンは少し疲れたような表情をしながらフィリアと言葉を交わすと、ソフィアの腰に手を回してひょいと担ぎ上げた。

 

「え、どうするの?」

 

「流石捨てとくわけには行かねェだろ。荷車に運んでひとまず目が覚めるまでは見張っとくぞ」

 

「……どさくさに紛れて〜とか考えてない?」

 

「残念だがコイツを女として見たことはねェ」

 

 フィリアが疑惑の眼差しを向けながら質問すると、ディアンからは素のテンションでバッサリと切り捨てられた。が、一応何かあってた時の為にフィリアも同行することとなった。

 

 

 

 

 

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「思ったんだけど、酔った人を強引に気絶させた挙句あんな体勢で運んで良かったの?」

 

「……まァ大丈夫じゃね?」

 

「今の間は何?それとなんで疑問形なの?」

 

 荷車に運び、フィリアが着替えさせてベットで眠るソフィアを見ながらふと思ったことを呟くと、少し間を開けてからディアンから答えが返ってきた。もの申そうとも思ったが、自分自身が疲れていたのと特に異常も見られないので追求はしないことにした。

 

「いやーしかし今日は楽しかったなー!あんな街を上げてのどんちゃん騒ぎなんて本当に久し振りだった」

 

 ディアンは身体を後ろに倒しながら、窓の外から見える夜空を見上げながら振り返る。その表情から嘘ではなく、心の底から楽しかったのだと言っていることが分かる。

 

「…ハンターってやっぱり忙しいの?」

 

「んー?いや一年中忙しいわけじゃねェよ?ただここまでの規模の宴はそうねェよ。普段なら精々仲間と騒ぐぐらいだしな」

 

 その様子を見てフィリアは“ハンター”という在り方について思いを馳せる。防具で身を守り、頑強な武器をその手に独り、あるいは信頼できる仲間と共に強大なモンスターを相手に挑み掛かる。ソフィアから聞いたハンターはそう言った存在だ。

 ディアンの人外ぶりにこそ驚いたが、ハンターという存在がおかしいとまでは思わない。この世界には金銀財宝を求めて海賊になる者もいれば、純粋な正義感から海軍に入隊する者もいる。人それぞれに意志や野望がある以上、それを否定するのは野暮というものだ。

 だからこそ、ハンターになる者もきっと様々な理由がある。明日の生活の為、知的好奇心を満たす為、名声の為、さらなる強さを身に着ける為…ハンターの数だけ、きっと理由があるハズだ。

 

「…“楽しい”んだ。いつ死ぬか分からないような生き方でも」

 

「ああ。つーかいつ死ぬか分からねェのは嫌でもついて回る問題だしな。どっちかと言うと、自分にとって大切な奴が死んじまうことの方が、おれは怖い」

 

 星空を見上げながら何気なく語るが、その表情に僅かに憂いが混じっているのをフィリアは見逃さなかった。が、そこは自分の及び知らないディアンのデリケートな過去、触れるのは失礼に値する為特に追求はしなかった。

 

「しかしこんな時勢だしな。理不尽に死ぬことはそう珍しいことじゃない。人間一人にできることなんてたかが知れてるけどよ、おれの大切な奴はもちろんとして、誰かにとっての大切な奴も死んでほしくない。だからおれはハンターをやってんだ」

 

「…たくさんいるんだね。大切な人」

 

「恵まれてることにな。贅沢者だよおれは」

 

 微笑みながら話すと、彼もまた少しおかしそうに笑った。子どものような、いたずらっぽい笑み。しかしそこには確かな暖かさがあった。

 

「…ちょっとトイレ行って来るね」

 

「ああ、一人で行けるか?」

 

「いくつだと思ってんの、覗かないでね」

 

「生憎お子様は対象外だ」

 

「引っ叩くよ」

 

 

 

 

 

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 それから少しした後、フィリアが戻って来た気配を感じたディアンが振り返ると、確かに戻って来ていた。

 

「なんだ、随分様変わりしちまったな」

 

「……………」

 

 身体の一部を変型─黒蝕竜のそれに変えて。

 外套を纏っているようにも見える彼女は懐から折り畳んだ服と少し大きな巾着をディアンに差し出す。先程までフィリアが着ていたものだ。

 

「ソフィアに返しておいて。それから衣食住提供のお代。足りてるかは分からないけど」

 

「足りてるもクソもこれお前の有り金全部だろ。どうやって生きてくつもりだ?」

 

 ディアンは巾着の重さを感じながら問い掛ける。その中に入っているのは全て金だ。恐らく今まで彼女が稼いだ分と、街の復興の途中で住民から度々貰っていた礼の分も全て含めたもの。生きていく上で必要なそれを全てこちらに差し出して来た。

 

「こんな身体だから多少食べてかなくても平気。ソフィアから色々聞いたから」

 

「…何もそんな利用をしろって意味で教えたわけじゃねェと思うぞ。それに今までお前が稼いだ分はともかく、街の人達から貰った分はあの人らの厚意によるもんだぞ。返す方が失礼だ」

 

「そもそもあのモンスターがこの島に来たのは私の所為。私がいなきゃ、あの人達は辛い思いをすることもなかった。むしろ足りないぐらいだよ」

 

 ディアンが少し語気を強めるも、フィリアも一歩も引かなかった。今まで自信なさ気に話してた少女と同一人物とは到底思えないほどに。

 

「…この島を出るのか」

 

「うん、皆寝てる内にね」

 

「おれは仲間外れかよ」

 

「全員寝てなくても見られることさえ無ければ良かったよ。それに何となくだけど、あなたは寝ないと思ったから」

 

 (意外と勘が良いなコイツ)とディアンは思った。

 

「皆に伝えておいて、“ありがとう、それからごめんなさい”って」

 

「本当にそれだけかよ?言いたいことは」

 

「…もう十分だよ。誰かと笑い合うなんてことは二度とないと思ってたから」

 

「嘘つけ。“笑い足りねェ”って顔してるぜ」

 

「…したくてもできないよ。私は─「だからよォ」

 

 ディアンはもどかしいとでも言いたげに頭を掻きながら言葉を遮った。

 

「そこが意味わかんねェ。なんだよ“したくてもできない”って?」

 

 心底意味が分からないと言わんばかりの表情でフィリアを見据える。言葉にできない圧のようなものを感じたが、こちらも退けないばかりに言葉を返す。

 

「…私は凶悪な賞金首。この島に居続ければ間違いなく彼らに迷惑をかけることになる。そうならないようにする為に離れなきゃならない」

 

「アテはあんのか」

 

「ないよ。元より一人だったし」

 

 なんてこともないかのようにあっさりと言い切る。その表情ほ微塵も変化していないように見えたがディアンは核心を突くように言い放つ。

 

「若ェな。あっさり言い切れば良いってもんじゃねェぞ」

 

「…嘘にしろ本当にしろ、私がいたら被害を被る人が出るっていうのは事実でしょ?私にとっての大事な人達を守る為にも、一緒にいるわけには行かない」

 

「…“おれが守ってやる”って言ったら?」

 

 ディアンが少しキザったらしい言葉を吐くとフィリアは顔と耳を真っ赤にさせた。

 

「“守っ…!!??ン゛ン゛ッ!…億越えの賞金首なんて連れてちゃハンターやってけなくなるでしょ。私だってもう子どもじゃない。自分のことは自分でなんとかするよ」

 

(…おれが元凶ではあるがコイツよく今の反応で軌道修正できたな…)

 

 あまりに動揺して叫びそうになったのを強引に引き戻したが、一連の動作を見ていたディアンは生暖かい目でフィリアを見ていた。

 

(…が、今の反応が見れたのはある種幸いだな。やっぱコイツは…)

 

 だが、ディアンも100%からかう為だけにあんな言葉を言ったのではない。ずっとひた隠しにしている彼女の本心が少しでも知れれば良かったが、結果は上々と言えるだろう。

 

「なるほど、他人の為を思っての判断か。そりゃ立派なこった」

 

「…分かったなら引き下がってよ。バレたら引き留められそうだ─お前は、どう思ってんだよ?」

 

 やっと諦めてくれたかとでも言うように続けようとすると、また投げ掛けられた質問にフィリアは口を閉じざるを得なかった。

 

「…だから、さっきも言ったけど私がいたら─」

 

「そりゃお前がいることによって生まれる“可能性”の話だろ。“お前の意思”じゃない。おれが聞きたいのはそれだ」

 

 そう、ディアンが聞きたいのは“フィリア本人の意思”だった。

 彼女がいるだけで生まれる危険は確かにある。それを避ける為に独りで生きるというのも理解できる。だがディアンからすればそんなもの─

 

「“死ぬまで独りで生きる、あるいはすぐ死ぬ”。それがお前のやりたいことなら別に良い。たった一つしかない命だ。他でもない自分自身がそれを選んだってんなら後悔なんて無いだろうよ。おれとしちゃ勿体ないとは思うが、他人の全てを知らないおれがどうこう言うことじゃねェからな」

 

「けど、今のお前は“仕方なく”独りで生きようとしてるようにしか見えねェ。短い付き合いだが、それでも放っておくわけには行かねェ」

 

 ─クソくらえだ。

 “滅私公奉の精神”、それが間違っているとは言わない。他人に対する思いやりの心や繋がりが無意味なものだと断じるつもりは一切ないが、自分の人生を全てそれに捧げると言うのはあまりにも救いがない。

 

『…もう疲れた…全てが無意味だ。私がしてきたことは…ただ自分を慰めるだけの都合の良い現実逃避だ…』

 

 …そうして世界の残酷さに心が折れ、擦れていった者をディアンは知っている。だからこそ、自らの生を捨てるような真似をしようとしているフィリアは絶対に放っておけない。

 

「なァ、教えてくれ。お前はそれで満足か?他人との繋がりを全部捨てて、独りで生きて、誰にも看取られず死ぬ。それがお前の望む人生なのか?」

 

 こちらに背を向けて立っているフィリアが、何を考えているのかディアンには分からない。しかしそれでも、ディアンは引くつもりはなかった。彼女が自らの心の内を話すまで、傍にいるつもりだった。

 

「…この数日は、楽しかった。たくさんの人と話して、笑って、感謝されて…自分を否定しなくて良いって、久し振りに思えたよ」

 

 ポツポツと、フィリアは噛み締めるように話し始める。ここ数日間の思い出は、短くとも忘れられない記憶となった。

 

「“このままずっと一緒にいたい、続いて欲しい”…その想いは、確かにあった……でも」

 

 声が僅かに震え始める。その脳裏には破壊された街の光景が映っていた。

 

「帰らない日常や、戻らない人がいることも…たくさん、実感した」

 

 破壊された街を復興する際、潰された家に、傷みに苦しむ住民、そして…帰らぬ人も確かにいたことをフィリアは知っている。その記憶を忘れたことは少しもなかった。…父親と別れたあの日と同じように。

 

「…その苦しみはよく知ってる。もう一度あんな経験をするかもしれないと思うだけで、身体が震える」

 

「そして…私が、その引き金になったことも」

 

 そうだ。自分さえいなければこの街の住民は家族や家を失うことはなく、いつもと同じ長閑な日常を送っていたことだろう。例え直接的な被害を齎したわけではなかったとしても、他ならぬ自分自身を許すことができなかった。

 

「私は…!怖い…!」

 

 声色が震え、瞳から涙が溢れ始める。

 

「私の所為で…!また人が死ぬ…!私を想ってくれる人が…!私の所為で死ぬ…!私は生きているだけで…周囲に不幸を撒き散らす“呪いの子”なんだから…!!」

 

 父は言っていた。自分を受け入れてくれるような存在がきっと現れると。確かに、それはいた。こんな世界でも、自分を受け入れてくれる存在が。

 しかし自分が生きていたいと願った所で、世界がそれを許さない。自身の中に宿る“黒蝕竜(能力)”は、存在するだけで周囲の生物を皆死滅させてしまう。そんな存在が真っ当に生きていけるものか。誰かと共に歩むことなどできるハズもない。過去と能力、そして天廻龍の存在が、フィリアの生きる意思に枷を掛けてしまっていた。

 

「─そっか」

 

「!」

 

 泣いているフィリアの頭に、ゴツゴツとして掌が乗せられる。暖かく、力強さが感じられる手だ。

 

「そりゃあ、辛ェだろうな。“自分の所為で人が死ぬ”。想像しただけで確かに死にたくなる」

 

 ディアンの声は今までで一番落ち着いた声だった。その声色から、何を思っているのかは察することができない。

 

「けど、死にたくないんだな?」

 

「!」

 

 そして、ポツリと一つの質問が投げ掛けられた。フィリアは一瞬言葉に詰まったものの、嗚咽混じりに答えた。

 

「う゛ん…私は…誰かとい゛っしょに…生きていたい゛…」

 

「…そっか」

 

 フィリアの答えを聞いたディアンは満足気に頷きながら、一際大きくフィリアの頭を撫でると、打って変わって力強さを感じさせる声色で言葉を言い放った。

 

「その願い、おれが叶えてやる」

 

「え?」

 

 フィリアは一瞬ディアンの言っている意味が分からなかった。

 彼が叶える?相手は倒せば終わりのモンスターではないのに何を根拠にそう言っているのだろうか。

 

「あん?嫌だったか?」

 

「いや、嫌も何もっていうか…どうやって?」

 

「んー…まァ何とかする!」

 

 そして具体的な案を聞いてみればあまりに浮ついた答えにフィリアはわりと本気でイラついた。

 

「そんな感じで叶えるもクソもなくない!?私の使う能力の危険性はアナタだって知ってるはずでしょ!?」

 

「ああ、じゃあどうにか出来るってことでもあるだろ?」

 

「倒せば終わりのモンスターとはまた話が別でしょうが!!!」

 

 正確に言えば能力による危険性を断つだけであれば自分が死ねば良いのだが、“生きる”という自分の願いを叶える以上そう簡単な話はないだろう。告白した手前なんだか恥ずかしくなってきた。

 

「ん?ああ悪い、おれ一人だと無理だよ?だから団長やソフィア(コイツ)、それからおれのコネと実力(ワガママ)も使って─」

 

「ちょちょちょっとストップ!そ、そこまでやるの?」

 

 他人の力を借りるというあまりに大掛かりな計画にフィリアは驚いた。自分のことを庇うということには間違いなく危険が伴う。そこまでの人達に迷惑を掛けるのは申し訳なかった。

 

「並大抵の手段じゃ問題が出てくるからな。やるなら徹底的にやる」

 

「…どうしてそこまでしてくれるの?アナタはともかく…他のみんなは納得するの?」

 

 そう、他人の力を借りるにしても他の者達が首を縦に振るかも分からない。下手に庇って失敗すれば首が物理的に飛びかねない行為なのだ。にも関わらず協力する前提で話を進める意図が分からない。

 

「する。つーかしなくてもさせる。おれの案だって別に荒唐無稽な難しいものじゃないし…お前のこれまでの行動からしても理由づけは十分行けるハズだ」

 

 「それに─」と一拍おいてから─

 

「“生きたい”って行ってるガキ一人救えねェようなハンターになったつもりはねェ。おれは無敵でもなんでもないが…ガキ一人救うくらいは、十分できる」

 

 真っ直ぐにフィリアの方を見つめながら、ディアンはハッキリと断言した。武器も防具も持っていないし、獣型にもなっていないが、これまで見たどの姿よりもフィリアにはカッコよく見えた。

 

「あ、ただ最悪命懸けるくらいの心構えはしておいてくれ。100%断言はしてやれねェ」

 

「…どの道これからもそのつもりでいたし良いよ」

 

 なお雰囲気を台無しにする発言にフィリアはため息を吐いた。しかしこの男に命を預けても、悪い気は決してしなかった。




はい、今回はここまで。かなり駆け足になった気がするけどまあ良いか(適当)。


・ディアン
ということでブラキの能力者でした。使ってる武器は殴るってことでフロンティアから“アレ”を逆輸入しました。他にも色んなシリーズからちょくちょく輸入した要素が登場予定なのでお楽しみに。

・我らの団
メンバーが入れ替わったりとかもあるみたいだけど新キャラ考えるのも面倒だったのでジェマちゃん以外は据え置き。ちなみにモンハン側の時系列はアイボー辺りと思っていただければ大丈夫です。

・フィリアちゃん
色々雁字搦め。けどひとまずディアンを信じてみることに。改めて考えてもマガラ種の能力が厄ネタ過ぎる。次回で処遇が決まります。


こんなもんかな。この先のモンハンがどうなるかは分かりませんが失踪はしないよう頑張ります。

評価、感想もよろしければお願いします。

それでは次回をお楽しみに。
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