限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです   作:蒼魚二三

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第2話 おじさん、リ美肉したおかげで休日出勤を回避する

「魔法少女プリティコスモスの誕生モル……Zzz……」

「……ん、ん」

 

 頭上からの寝言でぼんやりと意識が覚醒する。

 ゆっくり目を開けると公園の遊具が見えた。

 夜明けの空も見える。

 

「いてて……」

 

 どうやらベンチで寝落ちしてしまったらしい。

 慌てて起きたものの、頭痛がひどい。二日酔いか。

 昨日の出来事を鮮明に思い出せない。

 

「今何時……?」

 

 胸ポケットを探ろうとしてスーツの裏に手を差し込もうとする。

 最初に感じたのは『ふにっ』という胸部の柔らかい違和感だった。

 

 寝ぼけ眼で下を見ると、私の体は細くくびれているものの、発育の良い少女のものになっていて、しかも原宿コーデのような桃色の女児服を着込んでいた。

 肩からかけているのは白いポーチと、ピンクの蕾《つぼみ》が付いた杖状の女児向け玩具。

 ふと両手を見れば、ずんぐりむっくりだったおっさんの手が、すらっと長くて線の細い女の子の手に変わっていた。

 隣を見れば、翼の生えたオレンジのモルモットが寝息を立てている。

 気になって触れた前髪は桃色だった。

 

「あー……ああ、そうだ」

 

 やっと思い出した。

 私は魔法少女の副業を始めたんだった。

 何にせよ――

 

「水が飲みたい……」

 

 状況を整理するよりも先に、公園の水飲み場に向かう。

 

 ごくっ、ごくっ――

 浴びるように水を飲むと、頭痛が収まって意識がはっきりしてきた。

 

 顔を洗い、ポケットに入っていたハンカチで拭う。

 これで完全に目が覚めた。

 

 ベンチに戻ると、モルモットのダント氏が目を覚ましたところだった。

 

「ふぁーぁ……朝モルか……」

「おはようございますダントさん」

「おはようモル、魔法少女プリティコスモス……」

「プリティコスモス?」

「夜見さんのヒーローネームだモル……少女体の偽名は夜見ライナ、覚えておいて欲しいモル」

「もう決めちゃったんですか?」

「いや、上司が決めたんだモル。僕は契約書を送っただけ……ふぁ……ふ」

「あー」

 

 よくある『上司が部下の成果に相乗りするための手法』を使われたようだ。

 ダント氏も可哀想に。

 

「まぁ、ここでぐだぐだ言ってても仕方ないモル。もう済んだことモルよ」

「それもそうですね」

「夜見さ――いや、ライナちゃん。まずは家に帰ろうモル」

「そうしますか。私は夜見ライナちゃん、魔法少女プリティコスモス……私は夜見ライナちゃん、魔法少女プリティコスモス……」

 

 ヒーローネームと偽名を忘れないように復唱しつつ、ベンチ周りのゴミを片付ける。散らばった酒缶とおつまみは昨日の私の置き土産なのだ。

 ダント氏も『流石は正義の味方モル』と言っていた。

 

「はは、褒めても何も出ませんよ」

「いいや出るモル。褒められるとエモ力が湧くモル」

「ああ、魔法少女の力の源」

「そうモル。人に褒められたり、認められたり応援されたり、喜ばれるたびに魔法少女は強くなるんだモル」

「ほー」

「逆に否定されたり、悪口を言われてくじけると、魔法少女は弱くなってしまうモル。だから褒められることは魔法少女にとってとても大事なんだモル」

「魔法少女って不思議ですねー」

 

 プルルルルル。

 公園のゴミ箱にゴミを捨て、水飲み場で手を洗っていると、ポーチから聞き覚えのある着信音が鳴り始めた。

 ピタ、と手が止まり、動悸と息切れが同時に襲いかかってくる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ――!」

「どうしたモル!? エモ力が急激に減少しているモル!」

「職場からの電話ですよ、はは、急に全身の力が抜けてきた……」

「負けるなモル! 頑張れモル! 僕が側にいるモルよ! 上司の圧に負けるな!」

「不思議だ……応援されると本当に力が湧いてくる……」

 

 私はダント氏の応援に力を貰い、何とか電話に出た。

 

 ピッ。

「もしもし……」

『ああ、夜見くん? 悪いが金曜日に頼み忘れていた仕事があるんだ。君の机に置いておいたから明日までに頼むよ』

(休日出勤か……)

 

 会社の上司からだった。

 有無を言わせぬ仕事の押し付けに感情が消え、心が折れる。

 気のせいだが、桃色の髪が黒に染まった気がした。

 

「は、はい……」

『……君は誰だい? 夜見くんの親戚の子かな? 勝手に電話にでたらダメじゃないか』

「え……? あっ!」

(そうか! 今の私は他人なんだ!)

 

 しかし、相手の戸惑いで今の自分が何者なのかに気付いた。

 だったら――

 

「あの、夜見おじさんの会社の方、ですか?」

『そうだね。上司の黒澤だ。夜見くんは?』

「実は……ですね。夜見おじさんはうちに居ません」

『居ない? どういう事だね』

「えっと、数日前、私の両親が海外の流行病に倒れてしまったので、私はたまたま近くに住んでいた夜見おじさんの家に泊まることになったんです」

『はぁ』

「でも夜見おじさんは家事が出来ないし、普段は仕事で忙しいからって、私の面倒を見てもらうために東京から九州まで、新幹線でお婆ちゃんを迎えに向かったみたいで」

『続けて?』

「なので、おじさんは明日まで帰ってこないんです。かなり慌ててたみたいで、財布以外は家に置いて行っちゃいました」

『……まいったなぁ』

 

 よし、上手く騙せた。

 上司の黒澤氏はぶつぶつと考え込んだあと、諦めたようにこう告げてきた。

 

『仕方ない。君の名前は?』

「え? あ、夜見ライナです」

『夜見ライナちゃんか。分かった。ライナちゃん』

「は、はい!」

『夜見くんが帰ってきたら直接伝えてくれ。あー、手書きのメモでも良い。有休消化率の件で話があると』

「……!? わわ、分かりました。伝えます」

『それと、今日の仕事の電話は聞かなかったことにして欲しい。良いね?』

「はい!」

『君も体を大切に。では』

 

 プツン。ツーツー。

「はぁ~……」

 緊張の糸が切れてため息をつく。

 

「夜見さん、やったモルね!」

「やりましたよダントさん……! 休む権利を勝ち取りました!」

 

 私は桃色の髪を掻き上げて、ダント氏と共にサムズアップした。

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