風見鶏は雨に降られる   作:白扇泉流

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Pixivにて掲載していた、ものにかわりはない修正版です。全3篇構成の中篇です。


ものにかわりはない破

 朝になるまで結局寝ることはできなかった。とうとう何故キスされたのかを聞くことはできず、起きてきた上司は冷蔵庫にタッパーとusbを残し何も言わずに消えた。風見の貴重な休日はなやみを解消するどころか上司の行動を理解するために費やされてしまった。そこから二ヶ月は音信不通で当人に訊ねるわけにもいかず悶々とし続けた。

 あの何かを吸い取られる感覚は術札に霊力を込める感覚に通じるものがある。本来、人間から直接吸えるようなものは相当腕の良い術師くらいである。霊力の循環だの脈だのを把握しなければならず、それこそ審神者でもないのなら至難の業と言っていい。後は本物の人外ならば軽くやってのけるかもしれない。あの見た目だと本当に大倶利伽羅の血縁か何かではないか。しかし、風見はそのような刀がいるとは耳にしたことがなかった。時勢の全てを知っているわけではないが、それでも戦力増強の為に窶れて家に帰ってくる姉兄をみたことは一度や二度ではない。それからしばらくは新たな刀を連れてくるものだから詳しくは知らずとも顔貌くらいは全ての皆様を知っていると思っていた。考察をしようにもそれから降谷を再び目にするのは1ヶ月も先のことだった。

 久しぶりに晴れ渡った窓から眺めぐっと背伸びをするとデスクワークで凝り固まった背中がぼきぼきと言いながら伸びていく。この頃は電話番としての仕事は少なく、定時で帰宅できる日がつづいていた。一般的には便りがないことはいいことなのかもしれないが風見には言いようのないもやが募っていた。定期連絡をしないとは言われていたが、期間は提示されていない。これでは上部に不信感を抱かせてしまう。あの人には自分が及ばない考えがあるのだろう、しかし誤魔化すのもむずかしくなる。

 

 捨てアドから英数字の羅列のメールが届いた。一般人なら迷惑メールとして消してしまうそれが風見が今一番求めていたものだった。読み解いてみれば2日後の13時に駅で情報の受け渡しをするという。

 指定されたコーヒースタンドのイートインには仕事を持ち込んでいる人が散見された。風見はカフェラテを頼みラップトップを鞄から持ち上げテーブルに置く。これで表計算ソフトでも開いておけば間違いなく仕事をしているように見えるだろう。

隣に来た人は客からの電話対応をしているのだろうか、こちらに頭を下げて会話を続けている。

「……ええすみません、原因は下請けの工程が遅れたようです。……保守は平常通りに行います。………はい、そうです。▲▲月##日にまた伺います……」

 机に手帳を広げ、スケジュールを確認して何回か書き込みを入れると携帯電話をしまう。ジロジロと見ていたわけではないが、隣に来てうるさくしてしまったためか少し申し訳なさそうにこちらを見ていた。まだ若さの残る顔立ちだが、中間管理職についているのなら相当やり手なのだろう。カジュアルな服に身を包んだその男は手元の飲み物を一口煽ると口を開いた。

「すいません。うるさくしてしまって」

「いえ、大丈夫です。」

 こちらも一言答えると会釈をしてパソコンの画面に目線を戻した。通知が一つ、「通信が完了しました」と表示されたのを確認し、カフェラテを飲み干すと席を立った。

 本庁に帰ってからファイルを解凍すると、ここ1ヶ月の行動と今後必要になりそうな情報が整然と並んでいる。組織の監視がありながらここまでの情報を集める手腕は誰にも真似はできまい。こちらの手元にあると情報とすり合わせ、更に精査を加える作業は長く、久しぶりの残業になりそうだった。

 ロッカーや、忘れ物を模した情報のやりとりはそれから数回続き、やっと会って話をすることができたのは2ヶ月後だった。情報の最後の数列を読み解けば座標と時間の指定がされていて最後に対面を指すf2f、監視の目も緩くなったということに安堵した。

 約束の時間に朝から降っていた雨足は弱まり、雲が機嫌を直して白く変わった。指定された場所――官庁街から少し歩いたところに数年前完成した商業施設――は飲食店が多く、オフィスから降りてきた会社員でごった返していた。しかし何もない地下駐車場まで足を伸ばす客はいないらしく、静かな空間が広がっている。目的地まではあと少しで、己の靴音ばかり響くことに居心地の悪さを感じながら風見は速度を落とさずに歩き続けた。何気なく助手席に滑り込むとかの人はシートにもたれ、腕時計は左手、文字盤は内側を向けてある。盗聴、盗撮、発信器なし。手は風見が確認したのを察したか膝に鎮座していた紙袋をこちらを見ることなく突き出してきた。ひとまず受け取り中を覗くと布包が一つ、結び目には割り箸が挟んでありどう見ても弁当である。ぱちくりと目を瞬かせ、運転席に視線をやれば我関せずと澄ました男が一人。

「これは?」

「弁当だ。僕が登庁できない分の仕事を任せてしまった詫びとでも受け取ってくれ。それで、首尾は」

「三人には監視をつけてあります。まだ動きはないですが飯塚に接触したら連絡が入るようにしました」

「それでいい。尻尾は見つかったか?」

「連絡役はシロです。うちの班の面子も特に動きは見られないのでシロかと」

「候補はくだんの三人が有力か。しかし他も観察はまだ続けてくれ」

「承知しました」

 紙袋は風見の膝上に移り、用事は終わったと降谷はハンドルに手をかけ中指で退席を急かすようにリズムを刻み始める。直ぐにでも弁当を買ってオフィスに戻るサラリーマンに混じるべきだが、風見は話を切り出すために口を開いた。

「これからもしわぶき、慄くことなく幸いに戻られますよう願っております」

「何だそれは」

「我が家に伝わる験担ぎです。気休め程度ですが、疲れておられるようなので」

「風見の家の験担ぎ、ねぇ。実益がありそうだが認める気はなかったんじゃないのか。」 

 つつくものを見つけた降谷は詰めが甘いと言わんばかりに目を光らせる。そう言われることは織り込み済みで出来るだけ感情を出さずに風見は応えた。

「初対面では、降谷さんがどこまでご存知かわかりませんでしたので。うちの家業はやたらに口外すべきものでもないですし。かといって私ごときが口に出したところで大した力はありませんが」

「そうだろうか。本家直系の言葉は強いんじゃないか?審神者だろうが何だろうが僕の下にいる以上は僕の命で働いてもらうことにかわりはない。時たまの弁当ぐらいで福利厚生が釣り合うとは思えないが…………そうだ、何か食べたいおかずはあるか、今度作ってきてやろう」

「いえそこまで手間をかけさせる訳には……」

「対価は此れからもらうよ、で何が好きなんだ」

「いやあの……鮭の焼き物とか?ですかね。べ、弁当は大丈夫ですから、」

 突拍子もない提案に気圧されて答えつつ、対価がなければ話は無かったことにならないかとこの話題を変えるべく頭を回していた。その間に助手席に乗り出してきた降谷は目をつぶる猶予も与えずに唇を落とす。今度ばかりはほんのり暖かい温度と麝香がほのかに香る降谷の髪をじっくりと味わうことになった。いやに強い力で押さえつけられた腕では振り払うことができず、何秒、何分が経って皮膚の温度が同じになってしまったのではないかと思う頃にやっと離れていった。

「君の心は美しいよ。霊力の質は十二分に気に入った」

 先ほどよりも顔色良く満足げに言われた言葉を理解する前に風見の口は回り出す。

「え、あ、ありがとうございます?……久しぶりにそんなこと言われましたよ」

「ふうん、僕よりも前に風見を味わった奴がいるのか」

「や、キスされたのは初めてです!!」

 何に弁明しているのだろうと自分でもよく分かっていないが、口だけは回り顔はだんだんと朱に染まっていく。それを見た降谷の柔らかかった唇はやや上がり、にまりと歪められてまたからかいを紡ぎ出す。

「へえ、あれがファーストキス?すまないな、大切にとっておいたものをもらってしまって」

「は?あれ覚えてるんです!?」

「正気を失っていたわけじゃあないからな。本当はこっそり君の顔を見て帰ろうかと思っていたんだが……」

 突いてもいない藪から出てきた蛇をどうすることも出来ず、もはやすぐにこの時間が終わることを願っていた。二人の時間は延びたもののこの上司は全く読めず、想像とは異なり熱を冷やすことにに費やされた。霊力がわかるのかとか、上司とはいえ実働部隊の降谷が何故審神者を知っているのかという問いは聞けずじまいではぐらかされた、と気づいたのはデスクに戻ってからだった。

 対価の弁当は数日後に情報とともにデスクの上に届けられ、その情報を検分する風見にはキスとおかずの交換が今後も行われることになるとは知るよしもなかった。

 

 それからいつの間にやら一年と少しが経ち、降谷は組織での立場が安定し、本庁に顔を出すようになった。相変わらずいつ寝ているのかわからないほどの仕事量をこなしている。

 連日の残業が続き、家に帰るというよりは着替えと睡眠に行くような生活になっていた。今日こそは終電に間に合うように区切りをつけるつもりであったが、はたして終わらずに一人デスクも灯りを消すことができずに座り続けている。

 そろそろコーヒーを淹れ直すつもりで立ち上がるとフロアの入り口に降谷が立っていた。己しかいないと思っていた風見は人影を見つけた動揺を眉を上げる程度に抑え一旦カップをデスクに置きホチキス留めの書類に持ち替えて降谷の元へ向かう。久しぶりに会った上司は穢れを纏ってくすんでいた。人の澱みとも言えるような組織に潜入している割には穢れを負っていることが少ないが今夜は妙に多い。見過ごせずに風見はそばによると肩を払い澱みを減らす。驚いた上司はすぐに距離を取り、時間に配慮した控えめな声で叫んだ。

「なんだ!?」

「綿埃が付いていたのが気になりまして、了承も得ずにすみません」

「……そうか、ありがとう」

 若干腑に落ちていない顔をしていたが上司は一つ頷くと風見に倒れ込んできた。慌ててしっかりと支えるためにてを背に回せばさらにかかる重みが増した。

「わるい。すこし、気が抜けた」

 風見はなにもいうことができずにただ降谷を支えていた。フロアはデスク周りの最低限の灯りが灯され、人員はすでに二人を除き帰退勤した後で防犯カメラのみが見守っている。束の間訪れた温もりは風見より温度が少しだけ高かった。

「これに¥¥のクスリと金の流れが入ってる、最大限に使えよ」

 蛇が枝をの登るごとく滑らかに腕を解き一歩下がった降谷はすでに上司の顔をして定例の情報交換の雰囲気になっていた。風見も狼狽える事なく用意してあった資料を渡しながらデスクに誘導する。風見の隣に腰を据えると、すぐさま降谷は目を通し始めた。

「こちらからはおっしゃっていた※※組の1ヶ月の行動のまとめです。」

「……うん、過不足なく良くまとまっている。@/*に組織とここで取引があるから、それ以降にまた頼むことになる」

「かしこまりました」

「それと現行の案件で……」

 潜入先と警察官の仕事とを器用に行き来しながら情報交換は終わった。降谷はいつのまにか手に持っていた包みを風見に押し付ける。

 恒例になっていた差し入れはキスと引き換えの一品が入れてあり、最初は簡単に卵焼といった定番のおかずを頼んでいたが、その遠慮を悟られ一度とてつもなくすべてに手の込んだ弁当を手渡されたことがあった。それ以来思いつくままにお願いするようになったが手間がかかる一品でもちゃんと作ってくる上司には頭が下がる。お礼もそこそこに開いて見ればつやめく餡がかかった酢豚に白米、箸休めにはほうれん草のお浸しときゅうりとクラゲの和物がきっちりと入れられていた。夕食を食い逃した風見の胃に甘酢あんの香りが突き刺さる。上司に見られているのも気にせず箸入れを開き着々と食べる準備を進めた。

「お、いつもながら旨そうです。降谷さんの前ですが失礼して、いただきます」

「今更気にすることでもないだろう。どうぞ召し上がれ」

 降谷はこの部下の食事を見るのは嫌いではなかった。育ちが良いからだろうか、丁寧な箸遣いで酢豚が掴まれて口に運ばれる。口角が上がりお硬い表情が崩れるところを見るに、気に入ったようで自分の作った料理がすぐに減っていくのは作った労力が報われていると思う。時たま漏れる笑みは堅物に見られがちな印象からは離れた柔らかいもので降谷はそれに心を許されている心地がした。

「…………ご馳走様でした。降谷さん、今回もありがとうございました」

「美味しかったのなら何より。じゃあ、次は何がいい」

 そのことですが、と続ける風見を無視して顔を近づけるも骨ばった手のひらが口に押しつけられる。むう、と顔をしかめた上司が動かないうちに風見は話を切り出した。

「さっき祓ってしまいましたので穢れを移したいわけでも別に今は霊力がいるわけでもないでしょう。それとも、目印でもつけているおつもりで?」

 手を退けても降谷は何もしなかった。却って風見がひるみそうになるがどうにか続きを話し始める。

「やはり、そうであられましたか。術者であっても接吻で霊力を抜くのは難易度が高いんです、人ならぬ方々とは違って。術者とあまり親しくされているわけでもないのだろうと、先ほど確信しました」

「……それで気づかれてしまったか。まあ、今まで通りに接してほしい。実年齢は偽っているわけではなくて、若造なのに変わりはないから。そこまでわかるのに審神者はおろか庁の職員にもならなかったのか」

「これはただの知識に過ぎません、私の見鬼程度では一族の中では下から数えたほうが早いくらいです。それに肉体強化が得意なもので、占いも呪いもギリギリの出来でした」

 さっきみたいに穢を祓うくらいならなんとか、まあ普段は使いませんけどと苦く笑う。見鬼の才があったところで何を以て降谷がここにいるかなど分かりはしないのだ。言葉の裏に気付いたかはわからないが、降谷はそのかんばせをわずかに曇らせ、椅子を回してデスクに肘をつく。

「特殊な職業柄、どんなに僅かでも才能があればそちらの道に進むのかと思っていたが、中途半端な才能は足手まといにしかならない、か。さすが名家だな。しかし、国防なら自衛隊は考えなかったのか。あれは色々な意味で体力勝負だから君の才能に合っているんじゃないか」

「あちらはそもそも神秘を毛嫌いしていますから。それと、市民の日常の見えるところで働きたかったというのもあります」

「日常を、ねえ…………。じゃあこの部署は、不満か」

「いいえ、全く。むしろこちらの方で良かったと思います。捨てる覚悟ができる部署はここくらいでしょう」

「捨てる覚悟か、なるほどな」

 納得がいったとばかりに立ち上がり、風見の頬を両手で挟み込んだ。目を点にする風見をその濡れた玲瓏の瞳をにまり、と歪める。

「僕につくなら、せいぜいこき使ってやる」

 そう言うと風見の唇に触れるだけのキスを落とした。

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