ホルン吹きの少女   作:衝角

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第6話 おひろめフェスティバル

 

 合奏練習以来、北宇治の練習は活発になっていった。

 あの合奏でなんらかの手応えを得た者は多い。

 今までバラバラだった音が揃った感動だったり、滝を見返したという自己肯定感であったり、あるいは本気で全国を目指す覚悟か。

 人によって得た物はそれぞれ違うのだろうが、皆一様に練習へと向かっていく。

 そうして四月は瞬く間に過ぎていった。

 

「サンフェスの衣装が届いたので配りまーす。午後の練習はこれに着替えてグラウンドに集まってください」

 

 5月に入ってすぐについにサンフェスの衣装が届いた。

 配られた衣装に多くの生徒が色めき立ったが、朱莉はというと、浮かない顔をしていた。

 

(あー、コレが来ちゃったか……)

 

 朱莉の手にあるのは、青を基調としたノースリーブのベストと白のミニ丈のプリーツスカートと青の軍帽。

 サンフェスの衣装は衣装貸業者のカタログの中からパート毎に希望を出し、最終的にはパーリー会議の多数決によって決まる。

 ホルンパートは露出が少ないものを希望として出していたが、あえなく敗れ去ったらしい。

 秀一をはじめ男子を音楽室から追い出してから女子たちはめいめいに着替え始める。朱莉も仕方なく着替え、スマホの内カメラで自分の姿見を写してみる。

 ノースリーブのため、剥き出しの白い肩。かなり丈が詰められたプリーツスカートから伸びるしなやかな脚。

 厚手のセーラー服で誤魔化していた双丘はナイロン製のベストの胸元を容赦なく押し上げる。

 

(これ、ほんとに大丈夫なの? だいぶ恥ずかしいんだけど……)

 

 すばり、この朱莉の不安は的中した。

 集合場所のグラウンドには男女問わず既に集まっており、この衣装についての感想を言い合っている。

 とりわけ、あすかや香織など部内でも目立つ容姿の部員の周りには多くの取り巻きがいて、ちょっとしたアイドルみたいな扱いを受けている。それは朱莉にも当てはまることであり、普段は制服で隠れていた朱莉のプロポーションに多くの部員がざわめいていた。

 

「……こう見ると、デカいな……」

 

「あの身長であすか先輩並にあるんだろ? 何カップなんだろうな……」

 

「やっぱ朱莉ちゃん、おっきいなぁ。あたしの胸も高校生になったらCカップまで大きくなると思ってたけど全然そんなことはなかったし」

 

 皆口々に好き勝手なことを言っている。一部、自らとの格差を感じて打ちひしがれている女子部員がいたが、これは傍に置いておこう。

 

「はい、静かに。グラウンドが使える時間は限られています。無駄にしてはいけませんよ」

 

 そんなざわめきを断ち切るように滝がぱんぱんと手を叩く。そうして、部員のボルテージが落ち着いたところで滝が改めて全体に語りかけた。

 

「皆さんもご存じの通り、今日はグラウンドでの練習です。音楽室とは違う音の響きの理解とマーチングの行進練習を重点的に行っていきます。さきも言いましたが、グラウンドを借りられる機会は貴重なので出来る限り有意義な練習にしましょう」

 

「はい!」

 

 滝の声掛けに全員が応える。

 朱莉も気持ちを切り替えて、行進の練習に集中した。

 マーチングの行進練習はパート練習と全体練習を交互に繰り返しながら行われた。

 全体練習では、滝の指導の下、列をなしてグラウンドを周回する。ただこれがかなりきつい。ただ歩くだけではなく、さまざまな制約が存在するためだ。

 

「はい、そこでターン! 前を向いて! ……そうです、そのまま音楽に合わせて歩いてください」

 

 まず、マーチングの歩き方は独特で歩幅が厳密に決められている。これを身体に染み込ませるために、滝はかなりの長距離の行進を部員達に課した。

 

「あ、あたしはもうダメだ……」

 

 ただ、普段は座奏をメインにしている北宇治の部員が急にグラウンドに放り投げられれば、体力不足で脚が上がらなくなるのは自明の理。何人かは根を上げる生徒が出てきていた。

 

「森本さん、脚を上げて歩幅をキープしてください。マーチングでは演奏はともかく、動作の乱れはよく目立ちます。前の人を見て合わせる都合上1人が崩れれば、それ以降が総崩れしてしまいます。歩幅だけは意識し続けてください」

 

「はいッ!」

 

 歯を食いしばって森本は答える。

 どうやら、滝の指導のスパルタぶりはマーチングでも健在だったらしかった。

 

「美千代、大丈夫?」

 

「朱莉、ありがとう」

 

 休憩時間になり、朱莉から水をもらう森本。5月になれば、気温も高くなるのでしっかり汗をかいていた。

 

「あー、さすがにきっついわ」

 

「うん、きっつい」

 

 水分補給しながら喋っていると、後ろから声を掛けられた。

 

「いやー、マーチングって大変だね。あたし、体力に自信があったけど思ったよりきつかった」

 

 ニカっと笑う短髪の少女。

 久美子と同じ低音パートの加藤葉月だった。

 朱莉は割と人見知りする方だが葉月に関しては割と話すことができているあたり、葉月の人好きのする性格が見てとれる。

 

「葉月ちゃん、そっちの調子はどう? 謎ステップだっけか。なんか踊るんだよね」

 

「それがさー、ほんと謎って感じー。さくっと出来てたララちゃんがちょっと信じられないわ」

 

 葉月やララといった1年で楽器を始めたばかりの初心者はサンフェスで演奏することはない。代わりに代々の先輩が振り付けを作った謎ステップで場を賑やかす役目に回る。

 この謎ステップが本当に珍妙で、葉月はじめ多くの部員が習得に苦労していた。

 

「まあ、あたしたちは演奏で頑張るから葉月ちゃんも頑張って」

 

「うわ、朱莉ちゃんたち冷たいなぁー。わかった。頑張るね」

 

 休憩も終わりに差しかかると、滝が皆に号令をかけた。

 

「そろそろ練習を再開しましょう。 行進の配置についてください」

 

 わずかなズレを見つけて正す。そんな滝の指導を繰り返しているうちに5月最初の連休中に行われたサンフェスの練習は瞬く間に終わった。

 いくらやっても、し足りなかったというのが朱莉の感想ではある。

 今までの北宇治から考えると、練習量は群を抜いて増えたが立華や洛秋といった府内の強豪校に張り合おうと思うと心もとない。

 

(でも、短い期間の中でやれることはやったつもり。後は神のみぞ知るってやつなのかな)

 

 ここまでくれば、後は出たとこ勝負。朱莉は祈るような気持ちで空を仰いだ。

 

 1

 

 そうして迎えた本番の日。

 トラックに積んだ楽器を降ろしてから待機場所に移動する。

 

「本番って緊張するよね。滝先生の鬼のような指導を思い出して足が震えるよ」

 

 久美子が冗談めかしてそう言うが、その声はいつもよりも硬い。

 朱莉はちらりと横目で見ながら、からかうように返事をする。

 

「もしかして久美子。緊張してる?」

 

「そりゃするよ!  こう見えて心臓ばっくばくなんだからね!」

 

 そう言って久美子が胸に手を当ててみせるので思わず笑ってしまう。

 会場であるサンフェスの会場には開演を今か今かと待つ観客たちがいる。

 もっとも、彼ら彼女らが待っているのはマーチングの全国金賞常連の立華高校や、府内の強豪として知られる洛秋だろう。北宇治など、ちっとも期待されていなかった。

 それでも、部員たちは今できる全てを注ぎ込んでこの舞台に立っている。そのことに違いはなかった。

 立華高校が水色の悪魔と称されるに値する圧倒的なパフォーマンスを見せつけたあと、北宇治の順番が回ってくる。北宇治の次は洛秋で強豪校に挟まれた具合だ。

 

「強豪校に挟まれたこの並び順は我々にとって申し分ないものです。私の耳には皆さんの演奏と立華の演奏にあまり差が見受けられるようには感じられませんでした。……しかし、観客の皆さんは北宇治の音を知りません。ここで一度見せつけてさしあげるのが良いでしょう」

 

「はいッ!」

 

 滝の激励に、朱莉はじめ北宇治の部員たちが晴れやかな笑みを浮かべて返す。

 普段が厳しいため、ここぞとばかりにかけられた賞賛の言葉に弱い。麗奈あたりは少しだらしない笑みになっていた。

 

「北宇治高校です」

 

 アナウンスが流れて、北宇治の部員たちが入場する。

 会場はざわめいていた。

 それはそうだ。北宇治高校など誰も期待していなかったのだから。それが、統率された足運びで行進してくる。そして、そんなざわめきも演奏が始まるとすぐに静まった。

 

「すごい……これが北宇治?」

 

 誰かがそう呟くのを朱莉は聞き逃さなかった。

 確かに北宇治は強豪校でもなんでもない。ゆえにこのサンフェスで見せた立華にも引けを取らない演奏はより衝撃をもって観客に伝わってくる。

 自分たちの演奏を聞いてうっとりする観客に、顔を見合わせる他校の吹奏楽部員たち。

 紛れもなく、今この時が努力が実った瞬間だったといっていい。

 

(このふわふわとした感じ、懐かしいな。それこそ小学校時代以来かも)

 

 朱莉の中を高揚感が満たす。

 滝の狙いはこれだったのだろうか。朱莉にはわからない。しかし、北宇治の部員の反応を見ていればきっとそうなんだろうと思う。

 久美子も秀一も、ホルンパートの皆も観客の歓声に笑みを綻ばせていた。

 

(たぶん、この歓声をわたしは忘れられない。小学校の頃のやればやるだけ褒められて嬉しかった時のことを思い出した。きっと、わたしはこの感覚をまた味わいたくてホルンを続けてきたんだと思う)

 

 曲が終わると、会場は拍手で包まれる。

 北宇治の部員たちは誇らしげに待機場所へと戻っていった。

 演奏が終わり、待機場所へと戻ってきた部員たちの顔は晴れやかだった。やりきったという充足感が表情から読み取れる。

 そんななか、滝が部員たちの前に立って言った。

 

「皆さん、お疲れ様です。北宇治の評判は上々です。私は皆さんを全国に連れていくと約束しましたが、それを本当に果たすことが出来そうです」

 

 滝の言葉に部員たちが色めき立つ。  

 

「サンフェスが終われば次はいよいよ府大会です。次の本番に向けて気を引き締めていきましょう」

 

「はいッ!!」

 

 こうして、北宇治高校吹奏楽部の初の大舞台は終わったのだった。

 

 2

 

 北宇治の出番が終わっても解散時間まではまだ時間がある。

 トラックに楽器を積み込んだ後はしばし、自由時間を与えられた。

 サンフェスには屋台も出ており、朱莉は北宇治の次の洛秋の演奏を聞いたあとは屋台巡りをすることに決める。

 

「あ、秀一だ。暇なら一緒に回ろ?」

 

 朱莉は、屋台巡りの相手を探していたところ、1人歩く秀一の姿を発見した。

 

「ああ、かまわないぞ」

 

 淡白な物言いだが、それはこの男の通常運転だ。朱莉は気にする素振りも見せずに続ける。

 

「サンフェスって毎年この季節にやってるんだってね。知らなかったよ」

 

「北中はサンフェスに出てなかったからなあ。俺も来るのは今年が初めてだ」

 

「へえ、そうなんだ。秀一はなんか気になる屋台とかある?」

 

「そうだなあ……」

 

 秀一はそう言ってぐるりとあたりを見回してから言った。

 

「五平餅とか美味そうじゃないか? 宇治市産のお米を使ったものらしいぞ」

 

「わりと外したとこいったね。普通は焼きそばとかたこ焼きだと思うんだけど」

 

「普通ならそうだけど、ちょっと今は重たい」

 

 真面目な顔をして宣う秀一に朱莉は思わず吹き出す。ただ暑さにバテただけでしかなかった。

 近くの露店でソフトドリンクを調達し、飲みながら2人で屋台をまわっていると、お目当てのものが焼きあがっているのが見えた。

 

「ほら、秀一。五平餅焼けてるよ」

 

「さっき叩いてたわりには食うのな」

 

 朱莉が指さした方向を見て秀一は呆れ顔になる。だが、食べたいと思ったものは仕方ない。2人は列に並んで買うことにした。

 

「おっちゃん。五平餅2本くれ」

 

「あいよ。400円な」

 

 2人で金を払うと、すぐに焼きあがった五平餅が手渡される。

 

「君ら、付き合っとるんか? えらくお似合いやけど」

 

 屋台のおっちゃんにそんなことを言われて、秀一と朱莉は思わず顔を見合わせる。

 

「いや、付き合ってないけど……」

 

 そう答えた瞬間だった。

 

「え、そうなの?」

 

 2人のやり取りを聞いていたのだろう。後ろからそんな声が掛けられる。

 振り向くと、そこに居たのは葉月だった。

 

「あれ葉月ちゃん、低音パートのみんなはどうしたの?」

 

「いやー、それがさ久美子がどっか行っちゃって、緑ちゃんと探してるとこ」

 

「そうなんだ。わりと久美子からは目を離さない方がいいよ? 気づいたらなんか巻き込まれてるから」

 

「あはは、流石は幼馴染だね。言葉の重みが違うや」

 

 朱莉の忠告に葉月は思わず笑ってしまう。実際、久美子は巻き込まれ体質がある。今回も何かに巻き込まれてひょっこり帰ってくるのだろうか。

 

「まあ、久美子が心配なのはわかるけど緑ちゃんを1人にするのも危ないよ。早く行ってあげた方がいいんじゃない? 」

 

 朱莉はそう言いながら五平餅にかぶりついた。焼きたてで熱々のそれは、中までしっかり味が染み込んでいて美味しい。祭りの雰囲気も相まって、思わず笑みが溢れてしまう味だ。

 

「あ、それもそうだね。じゃ、またね2人とも!」

 

 2人に向かって手を振ると、葉月は駆け足で去っていった。その背中を朱莉は暖かな目で見送る。

 

「よかった。高校で久美子と仲良くしてくれる友達が現れてくれて。……ちょっと心配してたんだよね。中学で色々あったから、人付き合いが嫌になったんじゃないかって。吹部だって入らないかもって思ってた」

 

「そうか? 俺はなんだかんだで吹部は続けてたと思うぞ」

 

 秀一は五平餅にかぶりつきながら適当に返事をする。それに気を悪くした様子もなく朱莉は言った。

 

「秀一は本当に呑気だよね……わたしもその呑気さの10分の1でも持ってればよかったんだけど」

 

「なんだそれ」

 

「ううん、こっちの話。……そういえばさ、秀一。わたし聞き忘れたことがあったんだけど」

 

 あくまで何気ないことを聞くような素振りで問いかける朱莉。けれど、内実は心音が騒いでいる。

 だが、それに秀一は気づかない。五平餅を口にしながら、生返事をしてきた。

 こういうところに朱莉は少し腹が立つ。女の子が意を決して尋ねてきているのだから、少しは察して欲しい。……いや、こういうことに気づかないからこそ、秀一なのだとわかってはいるのだけど。

 

「わたしのサンフェスの衣装、似合ってた? 練習の時もちょこちょこ視線を向けられてるのはわかってたけど、何も言ってきてくれなかったからさ。ちょっと気になって」

 

「え? まあ似合ってたんじゃないか。その……可愛らしかったと思う」

 

 秀一はそう言ってそっぽを向いてしまった。心なしか耳が赤いように見える。どうやら照れているようだった。

 そんな反応に朱莉は驚いてしまう。まさか素直に可愛いなどと言われるとは思ってもみなかったのだ。

 

(秀一ってほんと不器用だよね)

 

 でも、そういうところが彼らしいと言えば彼らしいとも朱莉は思うのだ。

 

「ならよかった。ありがとね、秀一」

 

「おう。……どういたしまして」

 

 秀一はそっぽを向いたままそう答えるのだった。

 

 そのまま2人で屋台を楽しんでいると、背後から誰かが近づいてくる気配を感じる。

 

「あ、やっぱり2人でいた」

 

 振り向くと、そこには久美子と葉月の姿があった。

 

「あれ? もう見つけたの?」

 

 2人が戻ってきたことに驚いたのか、朱莉が尋ねる。

 

「うん。緑ちゃんがふらふらしてたら他の吹奏楽部が演奏してるとこに2人でいたんだ……」

 

 そう言って葉月は笑う。その笑顔にはどこか疲れが滲んでいるように感じられた。

 

「葉月ちゃん大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど」

 

 朱莉は心配になって声を掛ける。それに、葉月は少し引きつった笑みを浮かべた。

 

「あ、うん……ちょっとね」

 

 歯切れの悪い返事に朱莉と秀一が顔を見合わせる。すると、その反応を見て慌てたのか葉月はぶんぶんと手を振った。

 

「いやいや! 2人が気にするほどのことじゃないよ! じゃあ、緑ちゃんのとこに戻るね」

 

 そう言って葉月は久美子の手を掴んで駆けていく。

 

「なんだか大変そうだね……葉月ちゃんってもしかして苦労人だったりする?」

 

「……かもな」

 

 そんな会話を交わすのだった。

 ……けれど、本当は朱莉は気づいていた。葉月が去り際に向けた視線には確かな意味があるのだと。

 

(……でも、秀一は気づけないんだろうなぁ……。だって、こんな近くにいる女の子の気持ちだって察せられないんだから)

 

 朱莉には悪い意味で秀一への信頼がある。なにせ、朱莉や久美子も苦労してきたのだから。葉月もまたこれから苦労するのだろう。そのことを思うと朱莉は葉月に同情を禁じ得なかった。

 

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