ホルン吹きの少女 作:衝角
シンデレラに憧れなくなったのはいつの頃からなんだろう。
そんな何の役にも立たないことを葉月はふと考えてしまうことがある。
女の子がシンデレラのようなお姫様に憧れるのは別に不思議なことではない。葉月だって昔はそうだった。
(多分、小学校の終わりぐらいにはもう憧れてなかったような気がするなぁ。知らんけど)
けれど、時が流れていくにつれてある程度は物事がわかるようになっていく。具体的に言えば、現実を知らされていく。女の子でもみんながお姫様みたいになれるわけではなくて、かけ離れた方向に向かっていく女の子も一定数いるのだと。
かくいう葉月もまた巷で言われるお姫様とは違う方向性の成長を遂げた。
少し焼けた肌に細身ながらもしっかりと筋肉がついた四肢に、女性的な丸みに欠けるプロポーション。顔立ちは比較的整っているが、愛らしいかと言われたら少し違うし、性格もちょっとがさつでおてんばでお姫様のような奥ゆかしさとはかけ離れている。
緑輝に可愛いと言われることはあれど、それは女性的なものではなく犬猫のような小動物的な印象に由来するものだろう、と葉月は認識していた。
「おはよう、葉月ちゃん」
「おはよ、朱莉ちゃん」
休日練の朝。校門で前で葉月は朱莉と鉢合わせた。
あどけなさと硬質さを具有する精緻な顔立ちに、手入れの行き届いた色素の薄い金髪。吸い込まれそうな青い瞳はまるで宝石をそのまま埋め込んだようで、背は自分とさして変わらないのに体躯は優美な女性的なラインを帯びている。
同性から見ても、穂村朱莉はひどく美しい少女だった。それこそ、童話か何かに出てくるお姫様がそのまま作品から抜け出してきたかのような。
「やっぱり葉月ちゃんは早いね。さすがは元運動部」
比較的早い時間に葉月は北宇治に登校する。朝が特に苦にならないのは、テニス部をやっていたおかげだろう。
この時間だとホルンパートも久美子も緑輝もいない。週二日あるかないかの休日練の朝、そんな週あたり2時間にも満たない時間だけ葉月と朱莉は2人きりになる。
「じゃあ、朝練始めちゃおうか。葉月ちゃん、チューバを構えて」
ん、と葉月は練習を始める。朱莉はそれを手伝いつつ、時にホルンを合わせる。
サンフェスに向けての練習が始まってすぐの頃からだろうか。休日練の朝に久美子か緑輝が来るまで朱莉は葉月の練習を見るようになっていた。
一人練だと気づけば練習から遊びの吹き散らしに移行しそうになるのと、葉月が一人で見よう見まねでなんとかしようともがくのを見ていられなかったこともある。人見知りの朱莉にしては珍しく、朱莉は自分から葉月への協力を申し出ていた。
「葉月ちゃんは筋力があるから姿勢のキープは問題ないよ。ただ、意識しないと前傾姿勢になってる。それじゃ響きが悪いから背筋を伸ばして気道をまっすぐにすることを心がけて。あと、できればもう少し顎の力は抜いて欲しいかな。今はいいけど、のちのち細かいコントロールに苦労するよ」
「……やっぱ、朱莉ちゃんは手厳しいね。滝先生みたい」
「うーん、真似してるつもりはないんだけど。でも、久美子と緑ちゃんは部内で比べても上手いからね。あの2人に見劣りしないようにと考えるとやることは増えるよ」
「そうだね、頑張る」
黙々と葉月は練習に戻る。
朱莉と葉月はパートが違うが、同じ金管楽器ということもあり、金管楽器共通の事項は教えられる。後は姿勢や息遣い、表現の強弱といったところか。
朱莉の指導は感性に任せたきらいはあるが、葉月の意欲は高くなんとか食らいついていた。
久美子と緑輝とコンクールで吹きたい。その気持ちが葉月を練習に駆り立てている。誰かと一緒に吹きたいという気持ちは朱莉にも痛いほどわかるので、朱莉は朱莉なりに葉月の協力をしていた。
「次はわたしも合わせるから。ちゃんと音聞いてね」
葉月のチューバに朱莉のホルンが乗る。
それだけで音色が一気に華やいだような気がした。
華やかながら芯がある演奏。コンクールでやる自由曲『三日月の舞』。そのホルンファースト。
明かりのない夜の中、三日月が煌々と地平を照らす。
そんな光景を葉月は幻視した。
吹いてる朱莉の横顔はどこか瑞々しく、そして美しくて。
きっと王子様が迎えにくるような女の子は彼女のような女の子なのだと、葉月はそう思った。
1
時は少し遡る。
サンフェス直前の低音パートの練習。
あすかは言うに及ばず、卓也たち2年生や久美子も緑輝も1年生も葉月の耳からしたらみんな上手い。
サンフェスに向けての練習を皆がする間、葉月はロングトーンなどの基礎練習に努めている。初心者だから仕方ないことであることは葉月にもわかっていた。けれども、どうしても気持ちばかりが先走ってしまう。
「ダメだよ、カトちゃん。息が溜めれてない。もう少しブレスを意識して」
「……はい」
あすかに指導を受けて、葉月は肩を縮こまらせる。演奏も少し固いような気がした。なんか最近から回っているような気がする、と葉月自身が思う。
先輩や久美子と緑輝は自分の練習もあるのに、よく面倒を見てくれている。だからこそ、早く上手くなりたかった。上手くなって楽にしてあげたい。
練習が終わり、葉月はとある人物を探す。……探すといってもトランペットの音色の出所に行けばいいのだが。
空き教室の隅に彼女はいた。
長い黒髪にすらりとした手足。顔立ちは綺麗に整っているが、可憐さよりもその意志の強そうな大きな瞳のまなじりが何よりも印象に残る。
まさしく、特別な存在といって差し支えない。
思わず葉月は声をかけるのをためらい、空き教室の外で彼女の演奏を終わるのを待つことにした。
高らかに声高に存在を主張する音色。葉月の耳でも、麗奈のトランペットが格段に上手いことはわかる。
麗奈のトランペットに朱莉のホルン、緑輝のコントラバス。
吹部内で5月を過ぎた頃からこの3人の演奏を評して『一年組三強』と言われ始めているらしい。なんか少年漫画らしい言い方だな、と思いつつも実際のところ3人の演奏を知る葉月には否定できなかった。
トランペットを吹き終わるのを待って、葉月は空き教室の戸を開ける。その音に気づいた麗奈は少し驚いた顔をしていた。
無理もない、練習後に麗奈を訪ねるのは朱莉かトランペットパートか、滝先生しかいなかったのだから。
「高坂さん、チュパカブラ持って帰ってもいい?」
「ああ、そっちね」
葉月に言われて麗奈はようやく話しかけられた目的を理解する。1年生ながら麗奈は楽器の出納役をしている。楽器を持ち帰る場合は麗奈やあすか、小笠原に話を通さなくてはならない。
「いいけど、チューバを持ち帰るのは大変だよ? ソフトケースは一つあるから出来ることには出来るけど」
「大変だけど、もっと触ってないとダメな気がするんだ。じゃないと久美子たちに追いつけない」
「そう、ならアタシも応援する。練習を頑張る子は嫌いじゃないから」
麗奈に見送られながら葉月は学校を出る。
チュパカブラを毎日家に持って帰るようにも習慣づけ、部活で足りないなら家でもやる。そうしてでも少しでも早く上手くなりたい、その熱が今の葉月を動かしている。
ただ、気持ちは先走っても身体はついてこなかったらしい。
黄檗の駅で降りる時に背中のチューバの重みに負けて思わず前につんのめってしまう。
顔から駅のホームに身体を打ちつけることを葉月は覚悟したが、そうはならなかった。
「大丈夫か?」
温かくも低い声。視界に映る黒い学ランの生地と微かに香るパンの匂い。背中に回される女子とは違う太い腕。
葉月は自分が倒れる前に誰かに抱き止められたことに気づいた。
チューバも無事だった。これに何かあったらあすかが怖い。
「ありがと……」
おずおずと葉月は顔を上げる。するとそこには知った顔があった。
塚本秀一。パートが違うからあまり関わったことはないけれど、久美子や朱莉と同じ中学で吹奏楽をやっていたことは知っている。
「チューバ持って帰ってるのか、すごいな」
「家でも練習頑張りたくて……」
「そっか、オーディション頑張ろうな」
にかっと秀一は笑う。
何気ない応援の台詞。笑って返すべきところなんだろうけど、葉月はぎこちない笑みしか返せない。心なしか顔もちょっと熱い気がする。
まさか、と思った。
まさか自分がこんな少女漫画みたいな体験をするとは思わなかった。こんな可愛くない、お姫様とかけ離れた自分が。
お姫様なんてなれない。そう思って早くから自ら違う道の方に進んでいた節もある、そんなあたしが。
心臓のバクバクが抑えられない。
これではもう否定のしようができなかった。
「あたしも、やっぱり女の子だったんだな……」
電車に乗り込む秀一を見送りながら、葉月はつぶやいた。
2
「葉月ちゃん、音色が変わりましたね。全体的に柔らかくなった気がします」
明くる日の低音パートの練習の時。
チューバを吹き終えた葉月に緑輝が声をかけてきた。
「そうかな? あたしにはあまり違いがわからないけど」
「ぜんぜん違います! 前より丸みを感じてすごく可愛くなりました!」
「ええ……」
熱弁する緑輝に思わず葉月は身を引いてしまう。
褒められているのはわかるのだが、緑輝の表現が独特過ぎてなんて反応したらいいのかわからなかった。
「何か心境の変化でもありましたか? 音楽は魂の音色と言います。何か葉月ちゃんにとって大事なことでもあったんですか?」
ぐいぐいと聞いてくる緑輝。こういうときの緑輝の押しは本当に激しく、葉月でも思わず閉口してしまうほどだ。
(なんて言ったものかな……)
昨日、塚本に対して意識してしまい自分が女の子だと改めて認識した。
確かに、緑輝の言うように大事なことはあったのだ。
けれど、それをありのままに話してしまったらいよいよ緑輝が盛り上がってしまい、収拾がつかなくなりそうな予感を葉月は感じている。
「心境の変化ではないけど、今まで朱莉ちゃんが教えてくれたことが本当の意味でわかったのかも。息の吐き方とか気持ちの乗せ方とかその辺り、昨日練習した時に何かコツを掴んだ気がするんだ」
思わず口について出たのは朱莉のことだった。
「あー、確かに朱莉ちゃんの吹き方に似てるかも。あの娘、喋っているように自然にホルンを吹いてるから。今の葉月ちゃんの吹き方もちょっと近かった」
朱莉の名前を出すと久美子もまた話題に食いついてきた。
喋っているようにホルンを吹く。言われてみて葉月は「確か」にと思わず納得してしまった。
(朱莉ちゃんの音色に聞き入っちゃうのは、朱莉ちゃんの気持ちがほぼそのまま音色になって出ていくから。そして、朱莉ちゃんが今まであたしに教えてくれたことは全部、自分の気持ちを無駄なく音色に変えるためのものだったんだと思う)
葉月が昨日のことを赤裸々に話す訳にはいかないと考えて捻り出した言い訳だったが、案外いい加減なことを言っている訳ではなかったらしい。朱莉の練習の意図が分かったのは葉月にとっては大きな収穫だった。
「まあ、口で言うのは簡単だけど、それを音が外れやすいホルンで出来るってとこが正直ちょっと変態だと思う。あ、ごめん。これ朱莉ちゃんには言わないでね」
勝手に口を滑らせた久美子がはにかむ。
その笑みを見てふと久美子も朱莉も秀一の幼馴染だったことを葉月は思い出した。前に3人とも小学校高学年からずっと金管バンドをやってきたと聞いている。久美子と秀一が一時期喧嘩していたぐらいでほとんどの期間でこの3人は繋がりを保ち続けてきたらしい。
(塚本って、久美子か朱莉ちゃんのどっちかと付き合ってるのかな? 他の幼馴染がいる娘と比べてもなんか2人とも塚本との距離感が近い気がするんだよね)
この3人の仲の良さは葉月の知る中でもかなり密接なものがある。すなわち、久美子と朱莉には葉月にはない秀一との重厚な時間の積み重ねがあるわけで。
そのことを思うと、葉月は胸がちくちくする。
(ダメだなあ、あたし。友達にこんな嫌な気持ちを向けたくないのにな)
朱莉は言うまでもなく、久美子だって本人はそこまで意識していないだろうけど可愛らしいのだ。
普段は抜けた表情を見せる一方でいざユーフォを吹く時となると、思わず同性の葉月すらハッとしてしまうほど凛々しく美しい表情を見せる時があるのだ。このギャップは男子からの受けも良さそうなのは簡単に予想できる。
もし2人と争うことになったら、葉月に勝ち目は薄いことは分かっている。それに、2人とも葉月にとっては大事な友達だった。
秀一と天秤にかけるならまだ2人を取れると思えるほどには、大事に思っている。
(聞きづらいけど、2人に塚本と付き合ってるのか聞こうかな。それでどっちかが付き合ってるなら、まだ諦められる)
葉月はそう一旦気持ちを落ち着けて、練習に戻ろうとする。
けれど、一度意識してしまった以上はそう簡単に切り替えられはしない。久美子の挙動が気になって仕方なく、何度かあすかに注意を受けることになってしまうのだった。
その後、葉月にとって不幸なことに久美子と朱莉に確認を取る機会はなかなか訪れなかった。
久美子に聞こうにも緑輝と一緒にいることが多く2人きりになることも難しく、そんな話を切り出すのも気恥ずかしい。
朱莉に至っては一年生でもある程度はクラスや部内での人間関係が固まってきたこともあり、中々2人が揃うことすらが少なくなっていた。
さらには『塚本が穂村と付き合っている』なんて噂も流れている。葉月としてはもう気が気でなかった。
そんな状況下で葉月はサンフェスを迎えるのであった。
3
北宇治のマーチングが終わり、待機場所に葉月たちは下がる。グラウンドに誰もいなくなっても、観衆の拍手は鳴り止まなかった。
「やり切った」「頑張ってよかった」「なんか嬉しい」
口々に部員たちが感慨に浸る中、葉月はというと少し冷めていた。
拍手や歓声に何も思わなかったわけではない。嬉しかったし、誇らしかった。……けれども、葉月自身はチューバを吹いておらず、ただ謎ステップを披露しただけに過ぎない。
(まだ初心者だってことはわかる。あたしがチューバを吹かせてもらえない理由としては十分。……それでも悔しい。あの場所で低音パートの一員として久美子や緑、先輩達と吹きたかった……!)
自分ではまだ足りない。
そう突きつけられて葉月は痛かった。
「葉月ちゃん、サンフェスは屋台もやってるから見に行きましょう! 久美子ちゃんも一緒に」
このままでは考え込んで沈み込んでしまう。そう思っていたところに緑輝のこの誘いは葉月にとっては渡りに船だった。いい気晴らしになる。そう葉月は思い、力強くうなづいた。
「うん、行く!」
「やったー! 久美子ちゃんも早く行かないと無くなっちゃいますから早く行きましょう」
「待って、緑ちゃん。そんなに慌てなくても屋台は逃げないよ」
3人でわいわい騒ぎながら葉月たちは屋台村に出る。すると、そこにはたくさんの人がいた。
「うわー、すごい人ですねえ」
緑輝が目を丸くして言う。確かにこの人だかりだとはぐれてしまいそうだ。葉月は思わず久美子の袖を摑んだ。
「すいません、どなたかと間違われていませんか?」
しかし返ってきたのは久美子とは違う落ち着いた声。濡羽色の長い髪は久美子よりは麗奈に近い。まったくタイプが違う少女のものだった。
「葉月ちゃんはおっちょこちょいですね。……あれ、久美子ちゃんがいないですよ?」
緑輝が辺りを見回して言う。
どうやら久美子はすでに人とぶつかってしまい、人ごみに紛れてしまっていたらしい。一度久美子の携帯にかけても充電が切れているのか通じなかった。
「仕方ないな、ちょっと久美子探してくる。見つけたら連絡するから」
「あ、私も行きます!」
葉月と緑輝が駆け出すと後ろから声がかかった。あの少女の声だった。
「黄前先輩の名前が聞こえたので。お二人とも北宇治の人ですよね」
「そうですけど」
「私、黄前先輩と中学が同じだった塩嶺芽護といいます。私でよければお手伝いしますが」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
葉月は一も二もなく飛びついた。
一人で探すよりは人手があった方が断然いいに決まってる。しかも久美子と同じ中学だったのなら、きっと頼りになるに違いない。
そんな期待を込めて葉月に見つめられて、芽護は少したじろいだようだったがすぐに気を取り直したようにうなづいた。
「わかりました。私と葉月さんで出口の近くを探しますので、緑さんはグラウンドの近くをお願いします」
こうして葉月と緑輝、そして塩嶺芽護の三人は久美子を探すことになる。
その最中、葉月は見てしまう。
秀一と朱莉が二人で並んで歩く姿を。
人混みに紛れそうになった朱莉の手を取る秀一に、ちょっとだけ頬を赤く染める朱莉の姿を。
それは葉月が決して見ることのない、秀一と朱莉だけの空間だった。
「どうして……」
思わず声がこぼれてしまう。
近くにいた芽護はそんな葉月を訝しげに見つめたが、すぐに何事もなかったように視線を逸らした。きっと葉月の声は喧騒にかき消されて聞こえてはいないはず。そう思い、安堵する。
久美子を探そう。そう思い、葉月は視線を彷徨わせた。けれども、こんなときにばかり心というのは自分の思うようにならないもので、気づけば二人の背を追っていた。
「君ら、付き合っとるんか? えらくお似合いやけど」
屋台のおっちゃんにそんなことを言われて、秀一と朱莉は思わず顔を見合わせる。
「いや、付き合ってないけど……」
秀一がそう答えた瞬間だった。
「え、そうなの?」
思わず声が漏れた。
二人を尾けていたことがバレるリスクすら頭から抜け落ちる。それぐらい葉月にとっては予想外のことだった。
「あれ葉月ちゃん、低音パートのみんなはどうしたの?」
「いやー、それがさ久美子がどっか行っちゃって、緑ちゃんと探してるとこ」
「そうなんだ。わりと久美子からは目を離さない方がいいよ? 気づいたらなんか巻き込まれてるから」
「あはは、流石は幼馴染だね。言葉の重みが違うや」
この時、葉月は朱莉に対してどう返事をしていたのかあまり記憶がない。ただ目の前の状況を吞み込むのに必死だった。
朱莉が秀一と付き合っているものだと思い込んでいて、だからずっと諦めようとしてきた。けれど、その前提条件が崩れてしまったら?
崩れてしまったら一体自分はどうなってしまうんだろうか。
4
「いやー、まさか塩嶺さんまで巻き込んでしまうとは……。ごめんね」
緑輝から連絡があって何とか久美子は見つかる。合流した後、久美子が真っ先に放った言葉はそれだった。
葉月自身は少し呆れた様子で苦笑していたが、芽護の方は特段気にした様子はなかった。彼女は普段からこんな感じであまり感情が表には出ないタイプらしい。
そんな芽護に葉月は思わず聞いてしまう。
「芽護ちゃんってさ、久美子と仲いいの?」
「はい。中学の時同じ吹奏楽部でしたので」
淡々と答える芽護。素直なんだが、どうにも葉月はやりにくさを感じる。
後輩を通して人の事情を知ろうとする自身のあさましさがそうさせているのだろうか。
「……そうなんだ。じゃあ塚本とは?」
「塚本先輩とはパートが違かったので特段。ですが、先輩がトロンボーンを吹いてる姿を見た時は驚きました。塚本先輩、北中にいた時はホルンのパートリーダーだったんですよ」
「……そうなんだ」
葉月はそれだけ言って会話を打ち切る。
自分で振っておいてあれだが、このまま話をしていたらどんどん葉月の知らない久美子と朱莉と秀一の歴史が出てくるような気がして、居た堪れない。彼女にその気がなくてもまるで自分が場違いだと、出しゃばりだとそう言われてるような気持ちに襲われるのだ。
葉月と入れ替わるように今度は緑輝が芽護に尋ねる。
「ねぇ、芽護ちゃんは何の楽器をやってるんですか?」
「私はトロンボーンをやってます。北中では梓先輩にお世話になってました。今日サンフェスに来てるのも梓先輩が入った立華のマーチングを見るためだったんです。まさか、北宇治の皆さんとこうして一緒に回るとは思いませんでしたが」
「ってことは、高校では立華に入るんですか」
続けて投げかけた問いに芽護は苦笑いを浮かべる。
「実はちょっと迷ってて……。立華は吹奏楽部も強く、練習のレベルも高いって聞いています。ただ、実はソロコンの結果を受けて秀塔大附属から話も来てるんですよね」
「秀塔大附属といえば、関西三強の一つじゃないですか! 上手いんですね、芽護さん」
緑輝がそう感嘆するが、芽護は首を左右に振る。
「私なんて全然ですよ。秀塔大附属は全国を狙える奏者がたくさんいるので、少し畏れ多いです」
「それでもすごいですよ! 立華と秀塔大附属だったらどっちに入るか迷いますよね……。あ、すいません勝手に盛り上がっちゃって!」
「いえ、お気になさらず。私も北中のメンバー以外とこうして話すのはあまりないので楽しいです」
そう言って笑う芽護に葉月は何とも言えない違和感を覚えた。
上手く言葉にはできないが、彼女の纏う空気から明確に感じ取れるものがある。それは、彼女の周囲に人が寄り付かないということだ。
彼女自身は人当たりがいい。けれども、その佇まいはどこか周りから浮いているように思える。……その在り方は、どこか穂村朱莉に似ていた。
「葉月ちゃん、どうしたの? なんか具合悪そうだけど……」
「ううん、大丈夫。ちょっと人酔いしちゃっただけ」
久美子に心配されながらも、葉月はそう返すのが精一杯だった。
その後、緑輝の提案で一行は屋台を回ることになる。
塩嶺芽護という新しい後輩と打ち解けたことが嬉しいのか、緑輝もいつもよりテンションが高く見える。そんな2人に引っ張られるように葉月もまた普段よりもはしゃいでいたかもしれない。
「すいませーん、チーズちくわ三本くださいっ!」
ただ、それが揺れる恋心を誤魔化すためのオーバーアクションだったことは否定できなかった。