包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜   作:pelca

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第184話 卒業式

 クローゼットの中にあるアイロンがかけられた皺一つない綺麗なブレザーとズボン。

 毎日着ていたこの制服も今日で最後。

 

 卒業式の日がやってきた。

 

 いつもと変わらない朝を過ごし、制服に着替えて一階に下りると両親や姉までもが正装をしていた。

 保護者として卒業式に参列するためだ。

 

 

「小学生の時と違って、大人になったなぁ」

 

 

 そう言いながら黒いスーツをピシッと着こなしているのは父だ。

 IT系の会社で働いている父は、今日は有給をとって卒業式に来てくれるとか。

 

 基本的には有給をとらない人なので、使いたい時に使えるそうだ。

 ブラックではない会社らしい。

 

 

「その制服も最後ね。今更だけど少し小さくなったわよね」

 

 

 俺の体格を見ながら話したのは母。

 母はネイビーのパンツスタイルのセットアップでまとめており、胸元にはパールのネックレス。

 髪型はいつも下ろしているものをハーフアップにしている。

 

 

「光流〜、今日はボタン全部なくなるかもね?」

 

 

 ニヤケながらコーヒーを飲んでいた姉は、俺の制服のボタンを心配する。

 そんな姉の服装は、母と同じネイビーでノーカラーのペプラムジャケット。下はフレアスカートで合わせている。

 インナーは胸元が華やかなブラウスだ。

 

 姉はどちらかというと女の子っぽい服装が多いので、このようなきちっとした服装は珍しい。

 ちなみに姉は俺より先に既に卒業式を済ませており、ゆっくりと大学までの時間を過ごしている。

 

「ボタン……そう言えば、卒業式はそんな風物詩があったっけ」

 

 今その話を聞いて思った。

 第二ボタンとかいう話は基本的には学ランだったはず。

 でも俺はブレザー。前には二つだけボタンがついているが、下のボタンが第二ボタンになるのだろうか。

 

 ついでにブレザーについているボタンを全て調べてみると、前を留めるための二つのボタンに両腕の袖部分に三つずつあった。

 合計で八つのボタンがあった。

 

 やっぱりルーシーのためにとっておいた方が良いのだろうか。

 

「ネクタイとかも取られるかもね」

「ボタンだけじゃないの!?」

「そりゃブレザーだしね。逆に言えばネクタイが一番欲しいものかもね」

「そうなんだ……でも、保存しておくなら小さいモノの方が良くない?」

「あんたね、モノの大きさは関係ないのよ。その相手の一番良い部分を貰うのが良いんじゃない」

「へぇ……」

 

 そういうものなのだろうか。

 とりあえず何か一つはルーシーのために残しておこう。

 

「じゃあ、俺は先に行くね」

「またあとでね。いってらっしゃい」

 

 俺は家族に見送られ、俺は一足先に学校へと向かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「この道を通学するのも最後か……」

 

 

 秋皇学園への道のりにある並木道とはまた別の並木道。

 そこを通り抜けて、交差点に差し掛かる。

 

 この交差点は、いつかのおばあちゃんが事故に遭いそうになった場所だ。

 

 交差点を抜けると、一本の長い道。

 そこを進んで行くと見えてくるのが、俺とルーシーが出会った公園だ。

 

 

「…………少し寄ってくか」

 

 

 公園の入口が見えると少し立ち止まり、中に入ることにした。

 

 朝のこの時間はまだ誰も公園では遊んでいない。

 ザ〜っと波音のように公園を囲んでいる木々の木の葉が風に揺られる音が聞こえる。

 

 この空気だ。

 

 冬が明けてもまだまだ緑は少ないが、公園の中に入るとグッと感じる緑の匂い。

 そして、ずっと変わらない遊具の数々。

 

 俺はまず、ドーム型遊具に向かった。

 

 ゴツゴツとした硬い表面、触れると外気温によって変わる丸みを帯びた壁。

 今では小さくなってしまった入口を腰を低くして潜ると、コンクリートの地面に腰を下ろした。

 

 五年前、ここでルーシーと出会った。

 

 雨が降っていたのに、雨でかき消されるはずだったのに。

 なぜか聞こえたルーシーがすすり泣く声。

 

 正義感だったのかわからない。

 ただ、あの時は好奇心だけで動いていたと思う。

 

 そして、声がする先へと足を進めるといたのは、びちょびちょになって蹲って泣いていたルーシー。

 

 あの時は衝撃を受けた。

 顔を見ずとも、全てが他の女子と違った。

 

 暗いドーム型遊具の中でも濡れていた影響か光っていた金色の髪があまりにも綺麗で、間近で見た時は子供ながらに興奮したのを覚えている。

 

 今では考えられないデリケートなことを普通に言っていた。

 あの時のルーシーが悲しんでいる原因だというのに、包帯の下を見たいだなんて、常軌を逸していた。

 今の俺なら、あんなこと言えないだろう。

 

 でも、良くも悪くも、あの強引な態度がルーシーと友達になれるキッカケだった。

 

 

 ――綺麗だ。それ以上ない純粋な感想だった。

 

 

 本当に心からそう思った。

 病気で顔が爛れていても、肌が酷くても、その顔の骨格や青い瞳、髪などを含めてルーシーは俺の心を射抜いた。

 

 光流とルーシーという二人の名前。

 あの時の会話は鮮明に覚えている。

 

 俺とルーシーの名前が同じ意味を持った名前だって。

 運命を感じずにはいられなかった。

 

 長かったような五年。

 でも、もう五年だ。

 

 今仲良くしてくれている友達。

 一人欠けても、ルーシーと再会するのはもっと先だったかもしれない。

 

 一番背中を押してくれたのは冬矢だ。

 あいつにはずっと頭が上がらない。

 

 未だにあいつは俺に対して恩を感じているようだけど、俺は全く覚えていない。

 性格も見た目も全然違うのに、今まで一緒にいてくれて、俺にとってはかけがえのない親友だ。

 

 

 そんなことをドーム型遊具の中で数分思い返したあとに外に出た。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「よおっ」

 

 

 公園を出てしばらく歩くと後ろから声をかけられる。

 こいつが声をかけてくるのはいつも決まって後ろから。

 

 俺の背中を押してくれているかのように、支えてくれている。

 

「冬矢、おはよう」

 

 頭が上がらないとは思いつつも、こうやって対面すると対等になれる。

 冬矢が持つ軽そうな陽キャの雰囲気は、申し訳ないような気持ちも吹き飛ばしてくれる。

 

「ついに最後だな……光流、お前決まってるな」

 

 そう冬矢が目線を飛ばしたのは、俺の頭の上。

 

「最後だからね」

 

 今日は卒業式だ。最後だから、少しくらい良いだろう。

 今まで休みの日しかしなかった、ヘアセット。

 つい先日も理沙たちのお礼会でもやった姉に教えてもらったセンターパートの髪型だ。

 

「冬矢は変わりないね。そろそろ切ったら?」

「俺はこれ以上何もできないってだけ。気が向いたら切るよ」

 

 そんな冬矢の髪型は伸びに伸びて、肩につきそうなくらいに長い。

 この髪の長さでよく受験に合格したものだ。

 

「おはっ!」

 

 するとさらに後ろから聞き慣れた声がした。

 五年前は小さい声しか出せなかった彼女は、今では声が大きい。

 

 元気に、明るくなった。

 

「しずは、おはよう」

「おは〜」

 

 ショートカットにした髪も、切ってから一年以上経過しているからか、今や肩より少し長いくらいだ。

 

 小学校の時はそれほど注目されていなかったしずは。

 俺のため……ということらしかったが、中学に上がった途端、劇的にモテた。

 

 小学五年生くらいから見た目やお洒落にかなり気を使うようになった。

 いつも髪はツヤツヤでそれだけで美人に拍車がかかる。

 

 元々は男の子っぽい服装が多かったが、それ以降は可愛い服装も多くなった。

 ただ、たまに会う時はカジュアルな服装もするので、そういった服は今でも好きなようだ。

 

「あ、光流。前髪わけてるじゃん」

「最後だからね」

「目がちゃんと見えてる方が良いよ」

「そういうもん?」

「パッとしない見た目なんだから、目くらいちゃんと見せなよ」

「褒めてないじゃん」

 

 こんな言い方をする彼女が俺のことをまだ好きだなんて。

 俺はルーシーのことを好きな気持ちに変わりないので、彼女に対して申し訳ない気持ちは消えないが、明るく接してくれているのでとりあえずは助かっている。

 

 俺も髪が伸びてきて、状態によっては少し目にかかるくらいだ。

 

 

 三人で会話しながら数分、学校へ到着した。

 

 校門にはでかでかと立てかけられた『卒業式』と書かれた看板。

 花飾りが装飾されていて、華やかに卒業生を迎え入れてくれる。

 

 

 卒業生や在校生が続々と学校へと入っていく。

 俺たちもそこを抜けると玄関で中靴へと履き替えた。

 

 教室の前で冬矢に別れを告げるとしずはと共に自分のクラスの教室へと入った。

 

「千彩都、おはよう」

「おはよ〜……って、今日の髪!」

 

 さすがは千彩都。

 すぐに指摘してくれる。

 

「最後だからね。びしっと」

「へぇ〜案外似合うじゃん」

 

 千彩都の前では初めて見せた髪型だ。

 

「多分開渡も似合うと思うんだよね。やらせてみたら?」

「そうかな? 今度言ってみるよ」

 

 開渡は俺よりも十分にイケメンだ。

 テニス部では結果をある程度残していたこともあり、結構モテていたらしい。

 しかし最初から千彩都という幼馴染の存在があったので、誰も開渡の心を射止めることはなかった。

 

「あーん。本当に今日で終わりなんだぁ」

「寂しくなるね」

「私たちは高校一緒だけどね。ほとんどの人とお別れだもんね」

 

 進路は本当に人それぞれ。

 千彩都の言う通り秋皇に行く人は少ない。このクラスでも同じ学校に行く人はしずはと千彩都だけ。

 

 

 そう会話しているうちに、担任の牛窪先生がやってくる。

 いつもはガチムチの肉体をパツパツな服装で見せているが、今日は卒業式ともあってスーツ姿だ。

 スーツ姿であっても、その肉体は隠しきれていないが……。

 

 牛窪先生から、今日のスケジュールの説明が行われ、卒業生が胸に身につける小さな赤い花飾りが配られた。

 それを胸ポケットの位置に安全ピンで固定した。

 

 卒業式が行われる体育館へ向かう前、牛窪先生は最後に俺たちを送り出す言葉を述べてくれた。

 すると、既にその言葉で数名のクラスメイトが泣き始めた。

 

 卒業式後にもまだ長いホームルームがあるというのに、ここで泣いていては今日は大変だ。

 気持ちもわかるけどね。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――三年B組」

 

 

 マイクを通して俺のクラスが呼ばれた。

 整列しながら、ゆっくりと前の生徒に続いて足を進めた。

 

 呼ばれたクラスが歩く間は、自分たちが決めた音楽を流してもらえる卒業式。

 俺たちのクラスは有名な卒業ソングが流れていた。

 

 廊下から体育館へ入ると、大勢の人が見えた。

 在校生はもちろんのこと、卒業生の家族や知り合いたち。

 

 軽く首を振ると、両親と姉の姿が見えた。カメラを向けてこちらに手を振っていた。

 そして、そのすぐ隣にはしずはの母と父である花理さんと透柳さん、さらに姉の夕花里さんと兄の創司さんもいた。

 

 創司さんはめちゃめちゃ眠そうだ。

 と思ったら夕花里さんがぶん殴っていた。いつもだらけている彼女も一応長女をしているらしい。

 

 俺たちは事前練習の通り、用意された席に着席。

 そうして開式の辞の後に行われたのは、卒業証書授与。

 

 一人ずつ前に出て、校長先生から卒業証書を受け取ってゆく。

 この学校も意外と自由度が高い。なので、校長に卒業証書をもらう時に簡単なパフォーマンスをする生徒もいた。

 

 もちろん俺はそんなことをする勇気はない。

 

 

「――九藤光流くん」

 

 

 次々と名前が呼ばれていく中、ついに俺の名前が呼ばれる。

 舞台への階段を上り、ゆっくりと校長がいる中央へと足を進めた。

 

 目の前で立ち止まると、「以下同文」という言葉を述べられ、俺は卒業証書を受け取って礼をした。

 

 振り返り、階段から降りる時、体育館全体が見えた。

 

 文化祭のライブで見た時よりも多い、二倍近くの人が集まっていた。

 ライブの時でさえかなり人がいたのに、よくこの体育館に全員が入ったものだ。

 

 しずはや千彩都、冬矢や深月、陸や開渡、理沙や朱利、理帆などが卒業証書を受け取る姿を見送っていく。

 

 全員の授与が終わると校長先生の話が始まった。

 長い校長先生の話はいつものこと。なので眠る生徒も多いのだが、今日に至っては卒業生だからか眠るような生徒はほとんどいなかった。

 

 次に在校生代表の送辞。

 二年生で生徒会長となった人物が、登壇し送辞を述べはじめた。

 

 それが終わると、卒業生代表として前生徒会長が答辞を述べた。

 前生徒会長のことは同級生ではあるがあまり知らない。

 

 ただ、明るく活発な生徒だったと記憶している。

 

 例文のような文章が続いたあと、途中から自分の話を織り交ぜた内容へと変わっていった。

 

「――緑勢中学校で過ごした三年間は、私にとってかけがえのない時間でした。私はそれほど勉強ができる生徒ではありませんでした。ただ明るいというだけで、生徒会長にまでなってしまった生徒です。だから在校生の模範になれたとは思っていません」

 

「そんな私を一番に支えてくれたのは生徒会のメンバーでした。最初は意見のぶつかり合いで喧嘩することもありました。特に同級生の副会長とは犬猿の仲だったと思います。彼女は私とは真逆で、頭が良く真面目でしたから。でも、そんな環境だったからこそ、私は自分を見つめ直すことができました」

 

「彼女に負けたくない一心で勉強に取り組んだことでグッと成績が上がり、見える世界が広がりました。私が在校生に言いたいことは一つです。『後悔しない学生生活にしてほしい』ということです」

 

「学生の時間は、それ以降の大人の時間より短く貴重です。この学生の時に何を学べたかがこの先の人生に大きく影響を与えるでしょう。ぼんやりと過ごしても良いです。勉強をしても良いです。部活を頑張っても良いです。友達と遊んでも良いです。ただ、後悔する生き方は勿体ないと思います。在校生の皆さん。良ければほんの少しでも心に留めておいてください」

 

 そんな人生を一周してきたような言葉を述べた前生徒会長はその後、親御さんや先生方への感謝の言葉を述べつつ、答辞を締めくくった。

 

 

「――これから私たちはそれぞれの進路に向かって歩いていきます。大好きなこの学校から得たことをこれからの人生の糧として力強く生きていきます。本日はありがとうございました。緑勢中学校のますますの発展を願い、答辞とさせていただきます。卒業生代表、谷口聡紀」

 

 

 大きな拍手と共に前生徒会長は舞台から捌けていくと一部の生徒は前生徒会長の言葉に涙を流していた。

 

 俺は隣のクラスのある女子生徒を横目で見た。

 メガネをかけた頭の良さそうな女子生徒――前副会長だった。

 彼女は前生徒会長の言葉で感極まったようで、メガネを外してハンカチで目元を拭っていた。

 

 

 その後は、卒業記念品の贈呈や校歌斉唱などが行われ、卒業生の退場となった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 教室に戻ると、最後のホームルームが始まった。

 牛窪先生が卒業アルバムを配ると、今日二度目の最後となる話が始まった。

 その内容にクラスメイトの三分の一が泣いた。

 

 その後、クラスメイト一人ひとりが、自分の席で立って言葉を述べることになった。

 

「皆、一年間一緒に過ごしてくれてありがとう。俺は小学校の時から仲が良かったしずはと千彩都といつも一緒だったけど、他の皆のことも忘れてない。全員と仲良くできたとは言えないけど、最後の一年間は本当に楽しかった。下ネタばっかり言う野球部の関口だって、ゲームの話ばっかのサッカー部の森本だって、責任感強い委員長の本橋だって。あぁ、運動会の合同競技で足引っ張りまくった浜田にはちょっと怒ったな」

 

 少し冗談交じりの話も入れると、全体に笑いが起きた。

 その間、「九藤だって文化祭の出し物作る時めっちゃ不器用だったじゃん」「バレンタインクラッシャーの言葉は俺には響かん!」などの言葉も飛んできたが、それは温かい言葉だとわかっている。

 

「皆にも言ったけど、俺は秋皇に行くことが決まってる。バンドはまだやるつもりだから、学園祭に出ることになったら遊びにきてくれると嬉しい。一年間、本当にありがとう」

 

 俺の話が終わると、クラスメイトから拍手が送られた。

 

 全員の話が終了し、牛窪先生へ寄せ書きとプレゼントを委員長が代表して送り、最後のホームルームが終了。

 放課後となった。

 

 その後、しばらく教室に残ると、卒業アルバムのフリースペースにクラスメイト同士でメッセージを書き込んだりした。

 

 

 

 …………

 

 

 

「誰もいなくなったね……」

 

 

 最後まで残っていた俺としずはと千彩都。

 他のクラスメイトたちは既に教室を出てしまっている。

 

 閑散とした教室はどこか寂しく、ポツンと残されたのは黒板の卒業おめでとうのチョークアート。

 

 千彩都のつぶやきが教室の天井へと消えてゆく。

 

「これで本当にこの教室ともおさらばかぁ」

「しずはも少し泣いてたもんね」

「光流だって泣いてたじゃん」

 

 今までしたような大泣きとまではいかないが、先生が話をしたところで少しうるっときていた。

 さらにはクラスメイトたちの言葉でさらに……だ。

 

 だから、今も少しさみしい気持ちが続いている。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 そんな時だった。

 

 

「最初にゲット」

 

 

 突如しずはが俺のブレザーの前を留める下のボタン。

 第二ボタンと思われる箇所のボタンを無理矢理にもぎ取った。

 

 

「へへん。ルーシーにはネクタイでもあげなよ」

「…………まぁ、良いけど」

「良いんだ」

「まだルーシーは日本にいないし、一緒に卒業式したわけじゃないからね」

 

 だからもしちゃんと高校を卒業した時は、ルーシーがほしいというなら好きなところのボタンをあげたい。

 

「じゃあ高校卒業した時はルーシーとどっちが先に光流のボタンとるか勝負だね」

「まじかよ」

 

 こいつ、二回連続ボタンもらうつもりか?

 俺はしずはの強欲さに嘆息しつつ、それくらいは良いか……とも思った。

 

 

 

「――じゃあしずは、千彩都、行こっか」

 

 

 俺は二人に声をかけると、三人で教室を出た。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ひがる゙ぅ〜〜っ!」

 

 

 玄関の前まで行くと、そこで待ち構えていたツインテールが特徴的な下級生。

 泣きながら俺の胸へと飛び込んできた。

 

 

「鞠也ちゃん……」

 

 

 俺の従姉妹である遠坂鞠也――鞠也ちゃんだ。

 手には花束を持っており、涙と鼻水を俺の制服へと押し付ける。

 

 

「ひかるがいなくなるの寂しいよぉ〜っ」

「ありがとう……俺も寂しいよ」

 

 

 家が近いこともあり、すぐに会える距離ではあるが、学校が違えば会う回数は減る。

 鞠也ちゃんとは屋上スペースでよく皆と一緒にお昼を食べたりもした。

 

 鞠也ちゃんはどこにいても元気で、場を明るくしてくれる可愛い子だ。

 俺ともずっと仲良くしてくれて嬉しい。

 

「吹奏楽、トランペットまだやってるんでしょ? 頑張りなよ?」

「うん……私、副部長になったから。だから頑張るっ」

 

 俺は鞠也ちゃんの頭を優しく撫でてあげた。

 

「ボタン……どこかちょうだい」

「好きなところ良いよ」

「じゃあ、ここ」

 

 第一ボタンを指さした。

 俺は自らブチっとボタンを引っ張り、それを鞠也ちゃんに渡した。

 

「多分どこかに母さんたちいると思うから、あとで一緒に写真撮ろう」

「うんっ!」

 

 そして、俺の隣。

 鞠也ちゃんがいるなら、もちろんこの子もいる。

 

 秋森奏――奏ちゃん。

 しずはと同じジュニアピアニストだ。

 

 

「じずばぜんばいっ……! わだじ……わだじ……秋皇いぎまずがらぁっ!」 

 

 

 鞠也ちゃん以上にぐちゃぐちゃに泣いていた。

 花束を渡し、同じ高校に通うと宣言していた。

 

「奏ちゃんありがとう。私より勉強できるみたいだから大丈夫。ちゃんと受かると思うよ」

「はいっ……はいっ……!」

 

 しずはは奏ちゃんを抱き締めて頭を撫でた。

 

「学校一の良い後輩だったよ」 

「じずばぜんばい……っ」

 

 奏ちゃんは花束ともう一つ、手に持っていた色紙も渡した。

 そこにはしずはのファンだと思われる子たちからのメッセージがたくさんあった。

 

 男子も女子もどちらのメッセージもあり、奏ちゃんが代表して渡すことになったようだ。

 

 

「九藤先輩、ご卒業おめでとうございます」

「志波さん……ありがとう」

 

 鞠也ちゃんと奏ちゃんのすぐ後ろに控えていたのは志波愛海――志波さんだった。

 

 彼女は文化祭実行委員であり、リハーサルの時は特にお世話になった。

 彼女の厚意のお陰で、俺たちは二度目のリハーサルを行うことができた。

 あれがなければ本番はどうなっていたかわからない。

 

「私からは個人的に……よろしければこちらどうぞ」

 

 すると志波さんは、小さな小包を渡してくれた。

 

「おおっ。たくさんある」

「何を渡せば良いのか悩んだんですけど、使い捨てのものなら重くないかなと」

「ありがとう。使い捨てだとしても、大切に使うね」

 

 志波さんがくれたのは、ギターを弾くためのピックだった。

 そのピックが小包の中にたくさん入っていた。

 そうそう壊れるものではないが、これでしばらくはピックは買わなくて良いかもしれない。

 

「九藤先輩っ! 卒業おめでとうございますっ!」

「「おめでとうございます!」」

 

 次に来てくれたのは、二年生の水野春瑠、綿矢陽真莉、森川伊世のバンド好きトリオ。

 

「三人とも、ありがとう」

「私たちからは色紙です。九藤先輩のファンに絞ってメッセージもらってきました」

「うおっ。凄いなこれ……」

 

 バンド全員、ではなく俺のために書き込まれた色紙だった。

 

 そこには「先輩の歌聞いてバンド始めました!」「次のライブ早く見たいです」「九藤先輩の声、結構好きです」「ギターマジ痺れました!」「CD何度も聴き返してます!」「ライブの時マジ泣きしちゃいました」「ホワイトデーのクッキー美味しかったです!」「クッキー可愛すぎました!」など、人それぞれのことが書かれていた。

 

 ほとんどがバンドのことだが、ちらほらとホワイトデーのクッキーのことを書かれていた。

 嬉しい。たぶんこういったことも、ルーシーと出会わなかったら書かれなかったこと。

 本当にすごいや。

 

「本当に次のライブ楽しみにしてますから!」

「今度は俺が歌うかわからないけどさ、ちゃんとやるから」

「そうなんですか!? 私、九藤先輩の声が好きなんですけど!」

 

 春瑠ちゃんは俺がボーカルのバンドが良いらしい。

 それもそうか。そのバンドを好きになってくれたんだから。

 

「でも、俺よりも凄い人がボーカルやってくれると思うよ」

「え〜。その人も良いかもしれませんけど、私は九藤先輩のボーカル待ってますから」

「はは、まいったな……」

 

 もうルーシーがボーカルでやると決めているのに。

 そう言ってくれることは嬉しいけど、今はさすがに難しいかな……。

 

「ごめんなさい。困らせるつもりはなくて……」

「ううん。でも嬉しいよ。どうなるかわからないけど、気長に待ってて」

「わかりました……!」

 

 少し申し訳ない気持ちもある。

 でも、俺なんかより、もっと凄い人がボーカルやるから。聴いてくれたらわかるはずだ。

 

「九藤先輩……っ」

「こんにちは、双葉さん、千波さん」

 

 連絡先を交換した一年生の双葉澄実さん。そしてその横にいた千波優季さん。

 

「あのっ、卒業おめでとうございます! あと、クッキーすっごい美味しかったです!」

「どちらとも、ありがとう」

「ほんと、まさかあんなクッキー作ってくるなんて私も驚きましたよ」

「大変だったんだからな」

 

 二人とのやりとりはいつもぎこちなくなってしまう。

 好意を向けられるというのは嬉しいけど、それを知ってしまっては、どう接したら良いのかわからなくなってしまうのだ。

 

「とりあえず、ボタンくれますー?」

「マジで言ってる?」

 

 千波さんがそう言うと、双葉さんがコクコクと頭を縦に振った。

 

「なら、もう両腕のボタンしかないけどさ、好きなところどうぞ」

「ありがとうございます!」

 

 俺はブチッとボタンを一つ取って、双葉さんに渡した。

 

「私の分はないんですかー?」

「千波さんもいるの?」

「…………」

 

 この子のことはよくわからない。

 ただ、双葉さんの隣にいつもいるというだけのはずなのだが。

 

「……じゃあ、はい」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 千波さんは笑みを見せて喜んでくれた。

 

「じゃあ、またライブやるの楽しみにしてますから」

「うん。ありがとう」

 

 そうして、二人との会話を終えた。

 

 

 

 …………

 

 

 

 その後、俺たちはしばらく玄関あたりで待っていた。

 

 それは冬矢や深月、開渡、陸、理沙たちをだ。

 

 しばらく待つと、やっと皆が玄関まで降りてきた。

 

「光流ぅ〜! 卒業おめでとう!」

「おう、おめでとう」

 

 卒業証書や花束を持った冬矢が俺の肩に手を回してきた。

 教室前で色々ともらったようだった。

 

「さぁーて、皆で写真撮るかっ」

 

 俺もそれを待っていた。

 卒業式、最後のこの瞬間を写真に収めたかった。

 

「ほらほら並ぶぞ〜」

 

 少しスペースがある場所に移動。鞠也ちゃんにお願いして写真を撮ってもらうことになった。

 

 

「じゃあいくよー! 三、二、一……」

 

 カシャッとスマホの音がして、写真を撮影した。

 それを何度か行い、やっと玄関の外へと向かうこととなった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 おそらくどこかで待っているであろう家族。

 しずはや冬矢たちの家族も外にいるだろうか。

 

 しかし、そんな時だった。

 

 

「――あれ?」

 

 

 玄関を出ると、人だかりができていた。

 それは卒業生やそれを祝う下級生、保護者たち……というわけではなさそうだった。

 

 なぜなら黄色い声が多数飛んでいたから。

 

「何あの人たち!」「二人ともめっちゃイケメン!」「モデルさんかな?」「身長高い!」

 

 卒業生を差し置いてワーキャーされていた人物。

 足を進めて近づくと、その正体が判明した。

 

 

「うそでしょ?」

 

 

 その二人を取り囲むのは女子たち。

 その女子たちよりもとても背が高い人物。近づくとすぐにわかった。

 

 よく目立つ髪色。金髪だったのだから。

 

「兄さん、来たみたいだよ」

「ん? やっとか」

 

 その二人は女子たちをかき分けて俺の下へとやってくる。

 

 

「こんにちは。まさかこんなところに顔を出すなんて」

「まぁな、暇つぶしだ」

「何言ってるのさ兄さん。さっきまで驚かせてやろうぜってワクワクしてたくせに」

「余計なこと言うんじゃねぇ!」

 

 アーサーさんとジュードさん。

 ルーシーの二人の兄だった。

 

 どちらも金髪でイケメンで身長が高い。

 アーサーさんは眼光強めのイケイケな見た目。一方のジュードさんは優しそうな雰囲気で意外と怒らせたら怖そうなのがこの人だと思っている。

 

「――とりあえず、卒業おめでとうと言っておこう」

「光流くん、僕からもおめでとう」

 

 すると、二人同時に花束を渡された。

 俺の花束が三つに増えた。

 

 

 そして、二人を囲んでいた女子たちが俺に視線を向ける。

「あの二人とどういう関係なの?」と驚いていた。

 

「ありがとうございます。ちょっとやり過ぎ感はありますけど……」

「良いじゃないか。俺たちに祝ってもらえるだなんて、希少な機会だぞ?」

「兄さんのことは置いておいて、僕は秋皇だからね。今年からよろしくね」

「はい、ジュードさんよろしくお願いします」

 

 ジュードさんは生徒会長らしい。

 想像通りという感じだが、あの生徒数をまとめあげていると考えるととてつもない手腕だ。

 

「てかお前、ボタン全部ないじゃないか」

「あ〜、はい。なくなりました」

 

 ここまでの間に理沙たちにボタンを渡すことになり、両腕のボタンも全てなくなっていた。

 

「ルーシーには何渡すんだよ」

「ええと、ネクタイということで……」

「ほう……なら良い」

 

 ちょっと怖いんですけど。

 そう言えば、今までの言動から考えてもおそらくアーサーさんはかなりルーシーのことが好きだ。

 シスコン……まで行くかわからないが、とても大事にしている。

 

「篠塚、写真頼めるか?」

「もちろんです」

 

 アーサーさんが写真をお願いすると、どこか見覚えのある黒服の使用人が現れた。

 

 俺にペコリと一礼すると、スマホを構えた。

 ガタイが良いためか、手に持ったスマホが小さく見える。

 

「冬矢くんも一緒に」

「俺もですかっ!?」

 

 ジュードさんが冬矢を見つけると、強引に近くに引き寄せた。

 

「それじゃあ篠塚、お願いしてもいいかな?」

 

 篠塚と呼ばれた使用人がスマホでパシャリと写真を撮影する。

 俺、冬矢、アーサーさん、ジュードさんの四人の写真だ。

 

 アーサーさんは俺を、ジュードさんは冬矢の肩に手を回していた。

 

「じゃあまたなー!」

「秋皇で待ってるよ!」

 

 写真撮影をしたあと、二人は満足したのか、そそくさとその場から去っていった。

 

「自己満かよ!」

 

 冬矢が遠ざかるルーシーの兄たちの背中に向かって捨て台詞を吐いた。

 

 

「あの二人……ルーシーのお兄さんなの?」

 

 すると無言で見ていたしずはが俺に聞いてきた。

 

「何度か会ったことがあってね。変な人だけど良い人なんだ」

「そうみたいね。……あのルーシーにどこか似てるというか」

「言われてみれば、そうなのかな……」

 

 しずはが言う俺が知らないルーシー。

 それはまだよくわからないが、性格だって少しは似ているんだろう。

 

 そして、校門を出たところに家族が待っていた。

 

 

「光流、卒業おめでとう。さっきルーシーのお兄さんだって言う人が挨拶していったわよ」

「母さんありがとう。挨拶していったんだ」

「礼儀正しくて良い子だったわよ」

 

 

 ということは、俺の前ではあんな感じの態度というわけか。

 悪い気はしないけど。

 

 

「光流、おめでとう。写真撮るぞ」

「光流おめでとー!」

 

 父と姉からも祝ってもらい、写真を撮ることになった。

 

「今日の灯莉ちゃんの服装すごい似合ってる」

「鞠矢ちゃんありがと。じゃあこっちね」 

 

 姉が鞠也ちゃんの立ち位置を指定すると、俺もその列に加わる。

 

 写真はしずはが撮ってくれることになった。

 

「じゃあ行きますねー! はいチーズ」

 

 それぞれのスマホ、そして父の一眼レフを使い、五人一緒に写真を撮った。

 

 その後、しずはたちも自分の家族の下へ向かい、写真撮影をした。

 

 

 

「光流、皆。今度は高校でな」

「あぁ」

 

 

 冬矢がそう言うと、俺たちは頷いて肯定した。

 

 

 家族たちは先に家に帰った。

 帰りは同級生のみ。花束や卒業証書なども親に任せたので、今はカバンだけ持っている。

 

 学校に背を向けて、それぞれ歩き出す。

 

 長いような短いような、特別な思い出が詰まった中学校。

 

 ふと、足を止めて後ろを振り返る。

 

 今朝、最初に見た『卒業式』と書かれた看板が目に入った。

 それを見ると、頭の中に中学校での思い出が駆け巡った。

 

 

 三年間、ありがとう。お世話になりました。

 

 

 俺は中学校を後にした。

 

 

 

 

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