包帯令嬢の恩返し〜顔面難病の少女を助けたら数年後美少女になって俺に会いに来た件〜   作:pelca

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第81話 誘い

 ――二十二時半。 

 

 花理(はなり)さんに言われるまましずはの家に泊まる事になってしまい、今はお風呂を借りていた。

 

「はぁ〜〜〜っ」

 

 浴槽に溜まったお湯に浸かり、自然と声が出た。

 長く暑い外にいたために、結構汗をかいていた。お風呂でそれが洗い流され、とても気持ちよかった。

 

 ポタンと天井から水滴が湯船へと落ち、それが目の前で波紋のように広がる。

 

 ――静かだ。

 

 何も喋らず動かず、ただ浴槽に浸かって温まる。

 夏のお風呂は少し暑い気分になるけど、こういう静かな時は自然と何かに耽ってしまう。

 

 今は前よりもしずはに対して吹っ切れてはいる。

 ただ、今回のようにしずはの家族皆と対面してしまうと、しずはの気持ちに応えられなかった後、どう接して良いかわからなくなる。

 

 そもそもずっとこの家に来ていなかったから、この先しずはの家族に会う機会はないのかもしれないけど。

 

 それでもやはり気になってしまう。

 しずはは、花理さんには自分のことを話すのではないだろうか。

 それでも花理さんは俺と普通に話してくれるだろうか。

 

 大人は何を考えているのかよくわからない。

 今回もなぜ花理さんは俺を泊めようなんてことをしたのだろうか。

 

 しずはのため? それともただ時間が遅いから?

 

 そういえば透柳(とおる)さんが後で時間欲しいと言っていた。何があるのだろうか。

 

「ゴポポポポ……」

 

 俺は顔半分を湯船に浸けて、その状態で口からぶくぶくと息を吐いて気泡を出す。

 

「――もう来ちゃってるし、なるようにしかならないかっ」

 

 俺は髪や体を洗ってお風呂を出た。

 

 脱衣所へのドアを開けると、用意してあった創司(そうじ)さんのものと思われるTシャツと短パン。

 俺より体が大きいので少しブカブカだったが着れないことはなかった。

 

 その後ドライヤーで髪を乾かし、リビングへと戻った。

 

 

「――お風呂ありがとうございました」

 

 するとしずはがこちらまで歩いてくる。

 すれ違い様に耳元で囁く。

 

「じゃあ私、次お風呂もらうね」

「うん、わかった」

 

 そう言うとしずはがお風呂へ向かっていった。

 

「――光流くん、じゃあちょっと付き合ってもらえる?」

 

 透柳さんが椅子から立ち上がり、俺の側までやってくる。

 

「……わかりました」

「はな〜ちょっと光流くん借りてくからー!」

「はーい」

 

 この言い方だと俺が花理さんのモノのように聞こえるが、特に深い意味はないだろう。俺はスルーした。

 

「じゃあ行こうか」

 

 俺は透柳さんに言われるまま後を追った。

 すると見覚えのある懐かしい部屋に通された。

 

 透柳さんのギターまみれの部屋だった。

 少しタバコ臭いが、壁際にはずらっと大量のギターが並んでいる。

 見るのは二度目だが、楽器屋さんに来たような気分になる。

 

「はい、これ」

 

 すると透柳さんが、先ほどから手に持っていた物を渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 瓶のコーヒー牛乳だった。

 温泉でもあるまいし、なぜこんな物があるのだろう。

 

「風呂上がりのコーヒー牛乳はうまいぞー」

「それはわかります」

 

 飲める人ならわかるうまさ。

 俺は瓶の蓋を開けて口をつけ、薄茶色の液体を喉に流し込む。

 

「……うまいっ」

「だよな! まぁ俺は酒だがな!」

 

 すると透柳さんはもう一つ手に持っていた缶ビールをプシュッと開け、一口飲んでゴクっと喉を鳴した。

 

「くぅ〜ったまんねぇ!」

 

 本当に美味しそうに飲むなこの人。

 それほどの声と表情だった。

 

「そこの椅子に座りなよ」

 

 透柳さんが、部屋の中央辺りにある椅子の一つを指差す。

 俺は指示された通りに椅子に座ると透柳さんも同じ形のもう一脚の椅子に座った。

 

「……それで、どうよ? しずはのことは?」

「――ッ!?」

 

 そう聞かれたことで体がビクッとしてしまい、自分の顔が少し赤くなるのを感じた。

 直球過ぎる。確かに聞かれる恐れはあるとは思っていたけど。

 

「ええと……それはどういう意味でしょうか?」

 

 勘違いしないために聞いてみる。

 

「しずはのこと、好きなのかどうかってことよ」

 

 そうだよな。それしかないよな。

 でも普通、目の前にいる父親にこの答えを言えるか?

 

「…………」

 

 俺はしばらくその問いに答えられなかった。

 別に透柳さんは怖い目線を送ってきているわけではない。しかも優しい口調で聞いてきている。

 だから、言いやすいかもしれないけど。

 

「俺はどっちでも良いんだよ。光流くんがしずはのこと好きでもそうじゃなくても。でも嫌いなら友達はやってないだろ?」

 

 その通りだ。

 好きの意味合いは違うけど、友達としては……好きだ。

 だからこれまでずっと友達だった。嫌いなわけがない。

 

「友達としては好きです……僕、他に好きな人がいて――」

 

 透柳さんは俺が話す間、うんうんと相槌を打ってくれていた。

 

「そうかそうか。あいつも見てくれは悪いわけじゃないから、モテるとは思うんだけどな。他に好きな人がいるならしょうがないな」

 

 透柳さん、しずは学校でめちゃモテてますよ。

 しずはは透柳さんをあしらってる感があるから、学校でのことをあまり話してないのかもしれない。

 よく告白を受けていることも。

 

「はい……申し訳ないです……」

「謝ることないって! でも、色々あってもあいつと友達続けてやってくれたら嬉しい」

 

 それは俺も思ってる。

 ただ、しずはがどう思うかはわからない。

 俺は友達で居続けたい。

 

「もちろんです!」

「ありがとな。光流くんが前に家来てからしずはが他の男連れてきたことないからさ、それだけ仲良いんだろうなって思ってた」

 

 俺も仲は良いと思う。

 小学生の時からの仲だ。クラスが変わってもこうやって一緒に遊んだりもしてる。

 花火大会は冬矢のお陰だけど。

 

「はい、仲は良いと思います」

「……なら良かった。そんでな、この話は別にいいんだ」

「え?」

 

 この部屋に呼んだのはしずはの話をするためじゃないのか?

 なら何のために?

 

「光流くん、ギターやってみない?」

「…………え?」

 

 想像もしていなかった言葉に、頭が混乱した。

 同じように呆けた吐息しか出なかった。

 

「ど、どういうことですかね?」

 

 まだ中身がほとんど残っているコーヒー牛乳を片手に、俺は理由を問いただした。

 

「さっき部活やってないって言ってたろ?」

「そう、ですね」

「ならどうかなって思って」

「……それ、理由になってますかね?」

 

 部活やってないからギターをやる。

 しかしまだ突拍子もない話に聞こえる。

 

「ははっ、そうだよな。――本当のこと言うよ」

「はい……」

 

 透柳さんがそれを言う前にグビッと缶ビールを喉に通す。

 そして、口の中が落ち着くと本当の理由を話し出した。

 

「いやね、俺誰かにギター教えたいのよ。うちの家族はさ、ピアノにバイオリンにベースだろ? だーれもギターやってくんないの」

 

 なんだろう透柳さんのこの謎の欲は。

 子育てしたいみたいなものなのだろうか。

 

「透柳さん活躍してると思いますし、誰か他にそういう人いるんじゃないですか?」

「いたらこの歳まで悶々としてないよ」

 

 それもそうか。いないから俺に声をかけたのか。

 

「後な、光流くんの家は近所なんだろ? 気軽にうちに来れる子供なんて他にいないよ」

「それは確かに……」

 

 そんな条件の子供なんて確かにいない。

 ましてや家族の誰かの知り合いとまでなればもっと絞られる。

 

「――光流くん、好きな子いるんだろ?」

「……はい」

「ギター出来たらめちゃカッコいいぞ?」

「――ッ!!」

 

 ゾゾゾっと背筋に鳥肌がたったような感覚だった。

 透柳さんのその言葉は俺にとって魅力的に思えてしまった。

 

 単純ではあるけど確かにギターができる人はかっこいい。

 いや、ギターでなくとも楽器を弾ける人はとてもかっこいい。

 だってしずはの弾いたピアノ、そしてギターやベースもカッコよかった。

 

「俺はな……ギターで、はなを落としたんだぜ?」

「そうなんですか!?」

 

 俺は食い気味に聞いた。

 透柳さんが花理さんをギターで好きにさせた……。

 

「あんななりだろ? 高校生の時からピアノばっかで、清楚って感じの子だったのよ」

 

 今の花理さんは昔からずっと変わらずに美人だったということか。

 

「結構モテてさ、でも皆振っちゃうのよ」

「高嶺の花ってやつですかね……」

「そうそう、まぁ俺もそのうちの一人なんだけどな」

「へ?」

 

 つまり振られたということだろうか。

 話の流れからそうとしか考えられなかった。

 

「その時、俺ちゃらんぽらんで――まぁ今もだけどさ。そんでカッコよく見られたいとかモテてやろうって気持ちでギター始めたのよ。ありきたりな理由だろ?」

「た、たしかに……よくある理由というか」

 

 バンドやギターを始める人はモテるためというのがよく聞く話だ。

 別に悪いことではない。透柳さんもその一人だったわけだ。

 

「そうそう。でもな、やり始めてから必死に練習したのよ。もう寝ないでやりまくったね。あいつを振り向かせてやろうって」

 

 好きな人に努力していたのか。

 ……どこかの誰かに似ている。

 

「それで、はなに言ったんだ。『三年最後の文化祭で俺のギターを聴け』って」

 

 俺は既にこの時点で透柳さんのことをかっこいいと思ってしまっていた。

 

「ちなみにバンドじゃない。俺一人のソロ。文化祭のステージでな」

「一人ですか!?」

「あぁ、そうだ」

 

 高校の文化祭といえば、外部から色々なお客さんがくるはず。

 そんな中、一人で演奏したってこと?

 あまりにも度胸がありすぎる。

 

「それで弾いたよ。文化祭のステージで……歌いながらな。ちなみに俺は全く歌が上手くない」

「そ、それ……大丈夫だったんですか?」

 

 ソロの演奏なのに歌が上手くないというのは致命的ではないだろうか。

 

「はは、歌はまぁいい。でもな、演奏はボロボロだった。必死に練習したは良いけど、本番じゃ全然上手く弾けなかった。度胸の使い所を間違ってたらしい」

「それは……」

 

 つまり失敗した、ということなんだろうか。

 でも……今こうして結婚してるわけだし、実はそうではなかったのか。

 

「演奏が終わって、やっちまったと思ってふと客席を見たらな、はなが泣いてたんだよ……」

「え……」

 

 それは失敗したと思ってた演奏に感動したということなんだろうか。

 というかこの話聞いても良いのか?

 花理さんにとって、すごい恥ずかしい話のような気もする。

 

「文化祭が終わって、俺は誰もいない教室にはなを呼び出した。そしたらあいつなんて言ったと思う?」

「な、なんでしょうか……」

 

 やっぱり、感動したって言ったのだろうか。

 

「あいつ『ヘッタクソで涙出た』とか言ったんだよ!」

「――へ?」

 

 それは酷すぎないですか、花理さん。

 

「俺は流石に怒ったね。人が本気でやったことを笑うやつはこっちから願い下げだってな」

「…………」

 

 透柳さんもそこまで言われてキレたのだろう。

 人の努力を笑う人は俺だって許せない。……でも花理さんはそんな人ではないとも思った。

 

「俺が教室を出て行こうとしたら『待って!』って言われて……『本当は感動して泣いた』って。振り返ったらまたあいつ泣いててさ」

 

 どうしよう、話聞いてるだけで俺が泣きそうになってきた。

 

「あいつ、『本当に努力してたかどうかはわかる』『私の為にそんな事する人初めて』って言ってた……」

「…………っ」

 

 やっぱりそうだ。花理さんは人の努力を貶す人じゃない。

 

「『付き合ってください』ってはなから言ってきたよ……俺は仰天したね」

「よかった……よかった……」

 

 なぜかリアルタイムで告白を聞いているような気分になっていた。

 透柳さんの話を聞いて自分の体温が上がり、手のひらの熱によって既にコーヒー牛乳はぬるくなってしまっていた。

 

「もちろんその後付き合った。んで大学行って卒業してすぐに夕花里ができちゃってさ、はなの両親にめっちゃ怒られたけど、結局結婚できて、今までなんとかやってきたみたいな」

「えっ、できちゃった結婚ってやつですか?」

「そうなる」

 

 話にはすごく感動したけど、最後で台無しになった感がすごい。

 でも愛し合ってた結果だもんな。ちゃんと今までずっと一緒にいるし、悪いことではなかったと証明してる。

 あとはそんな早くして子供を産んだってことは、子育てと両立してピアニストとして活動していたということだろうか。 

 花理さんも、もの凄い人生を送ってきたということは感じられた。

 

「まぁ長く話したけど、俺はギターやってはなを射止めた。だから光流くんも好きな子がいるなら、こういうものでも伝えられるってのを言いたかった」

「……正直感動しました。しずはに似てますね……透柳さん」

 

 この透柳さんの努力する姿勢、しずはにそっくりだった。

 しずはのコンクールでの演奏と、透柳さんの話から伝わってくる熱。同じように感じた。

 

「ははっ、それしずはに言ったら怒られるぞ」

「僕だったら透柳さんのこと好きになりそうですけどね、なんでしずはは……」

「娘ってのはあんま父親に近づかれたくないだろ。俺は娘大好きで近づきすぎて嫌われた」

「そういうものなんですかね……」

 

 すると透柳さんが立ち上がった。

 部屋の隅に置いてあるギターの一つを持ってきて、ケーブルをアンプに繋ぐ。

 

「せっかくだし、少しギター聴いていきなよ」

「いいんですか!?」

 

 透柳さんはプロのギタリスト。

 詳しくはよくわからないが、そのプロの演奏を間近で聴けるなんて俺は幸せ者だ。

 

 ピックを持って軽くチューニングを済まし、膝の上にギターをセットした。

 

「じゃあ、弾くぞ」

「はい」

 

 すると次の瞬間には、とんでもない速度の指の動きから、激しい音色が響いた。

 速弾きというやつだろうか。

 

 あの、しずはのコンクールで見たとんでない指の動き同様、ここでもよくわからない指の動きが繰り広げられていた。

 

 しかし、その指からは確かにしっかりとした音が聴こえてきて、俺の心を次々と刺激した。

 

「すごい……」

 

 それでもってカッコよすぎる。

 

「――こんな感じだ。別に光流くんにこういうのをさせたいってわけじゃない。自分のやりたい曲をやってもらっていい。音楽は自由だしな。……だからギターやってみないか?」

「…………」

 

 もし、俺がギターを弾けるようになってルーシーに何か伝えられたら。

 ギターを通じて少しでも俺の気持ちを届けられたら……。

 

「少しだけ考えてもいいですか?」

「あぁ、もちろんだ。連絡先交換しよう。そこに答えが決まったら連絡してくれ。気長に待ってるからさ」

「はい……ありがとうございます」

 

 この日、たまたま泊まることになったしずはの家で、透柳さんと花理さんの馴れ初めを聞き、ギターをやり始めたキッカケを知り、努力の結果を聞き、そしてギターに誘われた。

 

 まだ驚きが勝っていて、すぐに答えはでない。

 でも、俺はやりたいって気持ちが湧いてきていた。

 

 特に透柳さんと花理さんの馴れ初めについての話は心に刺さった。

 

 ずっと部活をやってこなかった俺の空白を埋める何か。

 その何かが、このギターかもしれないと思い始めていた。

 

 

 

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