子ウサギ公園での制圧作戦の後ヴァルキューレ警察学校内でRABBIT小隊への取り調べは行われた。マサミは施設内の廊下をカンナと並んで歩きながら取調室に向かう。
「とりあえずは尾刃ちゃんについていくよ。……担当する生徒の資料ある?」
「連邦生徒会からのものがある。これだ。」
「ありがと。空井サキ……。……成績は良いね。実技演習でも問題なさそうな感じだし……。校則の違反歴も無い。模範的優等生ってやつか。……なんでデモなんかやったんだよこの子は。」
「それを調べる。資料だけじゃ読み取れない部分をな。」
事前にSRT閉校に反対してのデモだと聞いてはいるがマサミはまずそこが理解できない。意味がないと思っているからだ。その行動によって生まれる有益なものは何一つないと断じている。事実として結果的にはヴァルキューレのかわいい後輩たちが損害を受けただけだ。SRTとしての状況は変わっていない。閉校を決めたのは連邦生徒会だ。ゆえに本気でSRTを復活させたいのならまず連邦生徒会に所属し、そこで改めて撤回の命令を出すべきだと考えている。そうなるとカヤに学園の復活をしてもらおうというあのキツネたちの判断はさほど的外れではないかもしれない。
「そうだね。それじゃー狂犬の取り調べを久しぶりに見せてもらうとするかな。」
資料に一通り目を通したところで取調室に着いた。カンナに資料を返す。
「醍醐。先に言っておくが、取り調べの邪魔はするな。無駄な時間がかかる。面倒を起こすなよ。」
扉を開ける前に振り返り釘を刺した。カンナはマサミの性格をそれなりに把握している。昔から犯罪者に対して容赦がなかった。この後の元SRT生徒とのやり取りの中でなにがしかの茶々を入れられることも考えられた。気になったことにブレーキが効かないのだ。常識はあるものの最終的にはやりたいことを優先させてしまう。
「しないよ!わたしをなんだと思ってるんだ。大人しくしてるよ。」
「やるかもしれないから言ったんだ……。まあわかっているならいい。」
忠告の効果は薄いだろうなと思考しながら扉を開け取調室に入った。部屋の中は殺風景だ。内装に窓は無く保安上の理由から机と椅子だけが置いてある。中央にある机の前に拘束された生徒が椅子に座っていた。鉄帽を被っていた生徒だ。カンナに続いて入ったマサミは椅子には座らず壁に寄りかかり尋問の様子を眺めた。
「……名前は。」
「……。」
「名前を言え!」
「……とっくに知ってるだろ。聞く必要あるか?」
「質問は許可してない。もう一度聞く、名前は?」
「……空井サキだ。」
「所属は?」
「SRT特殊学園、RABBIT小隊所属……だった。お前たちが勝手に閉鎖するまではな。」
反抗的な態度の生徒だった。名前ひとつ聞いてもいちいち棘のある言い方で返してくる。これは相性が悪いぞと思いながら見守っていた。取り調べが続く中デモを起こした動機を話し出したあたりでマサミの目つきが変わった。
「SRT特殊学園では、放課後でも厳格な規則の下で生活をすることになる。定時に起床して寝具を整理し、一日の訓練と座学を行う。放課後だって寮の中で気を緩めずに訓練や整備をすることが求められる。その常在戦場の心構えが、SRTがSRTたる所以。……ヴァルキューレ警察学校とは違う。」
だから何だと思った。語る内容はいかにもそれらしいが、現実を見れば居たくもない場所にいてやりたくもないことをやらされている姿が今ここにある。何事も結果を重要視するマサミとしては戯言だと思った。
「最も規律に厳しいと言われる公安局でさえも、放課後には私服で自由なことができるんだろ?市民に緊張感を与えないという理由があったとしても。私は、そんな生き方はしない。のうのうと自由を与えられた
言い終わる前にマサミの拳がサキの顔面に突き刺さった。殴られた勢いそのままに壁に激突し椅子の足が折れる。
「さっきから聞いてりゃ規律がどうのこうの……。そういうのは規律を守っている側が言えることだよ。従いたいルールにだけ従って気に入らないことにはわがままを押し付けるガキが上等な口きいてんじゃねえ。それに……、威勢がいいことを言う割には結局負けて連行されてるし口だけとか恥ずかしくないの?それもSRT流の誇りってやつか?」
「おい、何をする!さっき言ったばかりだろうが。邪魔するなと!」
「いやごめん。聞いてたらなんか腹立ってきちゃって。やっちゃったぜ。」
「……こいつのびてるじゃないか。……もういい。頼むからお前はオフィスにいてくれ。後で全員分の記録を渡す。防衛室長への報告はそれでも十分だろう。」
床に倒れてヘイローが消えたサキの様子を見てやはり何もなく終わることは無かったと深く溜息を落とした。回復を待ってまた取り調べをしなければならない。
「……そんな恨めしげに見ないでよ。オフィスね、わかった。」
カンナの視線から逃げるように部屋を出た。
「与えられた分不相応な力に踊らされてるガキなんだよな。情けない。」
ひとり呟きながらオフィスに向かう途中公安局の生徒を捕まえて他の取り調べが行われている場所を聞き出した。せっかくだから先生が担当する生徒の様子を見ようと思ってのことだ。ただ待っているのも飽きる。少し見るくらいは構わないはずだ。教えられた部屋に辿り着き扉を開けた。
中には先生と生徒が向かい合って座っていた。取り調べの途中らしい。入室してきたマサミに先生の視線が向いたが気にしないでほしいと手を振って伝えるとそのまま生徒との会話に戻った。マサミはそこでも壁に背を預けて話を聞くことにした。資料を見ていないので生徒の名前はわからない。空井サキほどではないがやはり態度は固いようだ。相手が大人だからかもしれない。やり取
りをいくらか聞いたらオフィスに行こうと考えていたが途中で生徒が気になる話を始めた。
「……SRTには、そこにしかない「正義」があるからです。他の学園もそういった集団はあると聞きますが……ここヴァルキューレもまた、生徒たちは自らの行動が「正義」だと信じているかと思います。」
正義。人の行動理念に深くかかわる要素ではある。どういう考えのもと起こした行動なのか知るためにも聞いておこうと思った。
「……しかし私にとって、彼女たちの正義は「本当の正義」ではないと考えています。「正義」とは、理にかなった正しい道理の事。その道理は真理に基づくものです。であるならば相手や状況によって変わるものではありません。しかしキヴォトスにおける各所の治安組織は、様々な利害関係の中にあります。その結果、「正義」というものを自分たち独自に歪曲し続けてきました。しかしSRT特殊学園だけは……学園間の関係や利害の問題に左右されず、自らが信じる正義を実行していました。時と場所を選ばず、相手が誰であっても同じ基準で、ひとつの正義を追求する組織……。」
わけのわからないことをほざき始めたと思った。目の前で繰り広げられる支離滅裂な主張に眩暈がした。知らぬ間にキヴォトスは末法になってしまったのかもしれない。そんなはずはないと頭を振って今の治安を鑑みる。暴動、襲撃、略奪、そこかしこから起こる銃声。キヴォトスは末法だった。だが呆れてばかりもいられない。目の前の現実に対処しなければ。このままだとまた手を出してしまうかもしれない。言いたい事だけ言ってさっさと出て行くことにした。
「SRTに正義があると思っているのか?あんな独裁体制じみた性質の組織が?だとしたら相当おめでたい頭してるぜきみは。」
「……え?」
「”……マサミ?”」
「正義を歪曲って言ったな。君たちがやったことがまさにそうだろ。決められたルールに従わず、自らの利益が第一で、相手と対立すれば力でねじ伏せ強引に要求を通そうとする。ほら、君らのことだ。解散命令に従わず、最新装備と特権にしがみつき、要求は武力を背景にしたデモで行う。どこに正義があるっていうんだ。そもそも正義ってのはな、どれだけ立派な題目を掲げようが結局は自己満足の免罪符に過ぎないんだよ。言葉で飾って思想の押し付けを正当化すんじゃねえ!」
言いたいことは行った。相手の反応を待たずに踵を返し部屋を出る。乱暴に閉められた扉の取っ手はひしゃげて歪んでいた。