「先生にもお忙しい中ご協力いただいてしまい、ありがとうございました。おかげ様で手間が省けました。」
「”あの子たち、これからどうなるの?”」
公安局のオフィス内でRABBIT小隊の取り調べを終えたカンナと先生が話し合っていた。担当していた生徒以外の資料を確認しながら小隊の今後について先生が聞いている。
RABBIT小隊の処遇としては一定期間の拘禁の後、ヴァルキューレへの編入を薦めることになっている。
しかし強い要望があったことで連邦生徒会から処罰が下されること、事件の被害が大きかったことことから処罰は重いものになるであろうことがカンナから語られた。
SRT特殊学園復活の可能性について先生が尋ねたがカンナからの答えは芳しくないものだった。
学園の閉鎖は連邦生徒会の決定である。
超法規的権限を持つシャーレだとしても覆すことは難しい。
「そもそも私としては、彼女たちの要求を呑むこと自体気に入らないのですが……。」
知らない生徒のデスクに勝手に座りマサミは二人の様子を眺めていた。
カンナの話だと防衛室長が処遇を決めることになると言っていた。
カヤはどのような沙汰を下すだろうかとぼんやり考えているとオフィスの入り口に見覚えのある薄桃色の髪色が見えた。
カヤだ。肩にのしかかっていた気だるさが晴れた気がした。
「カヤ!来たんだ。」
デスクから声をかけた。
「ええ。少し用もありまして。」
カヤは先生に近づき自己紹介をする。
「初めまして……ですね、先生。キヴォトス連邦生徒会所属、防衛室のカヤと申します。」
「”防衛室……?”」
先生は連邦生徒会という組織について把握しきれていない様子だった。
あまり聞いたこともないらしい。カヤが連邦生徒会の概要を説明している。
その後でSRT特殊学園の成り立ちと現状が伝えられた。
学園閉鎖に至ったそもそもの原因は連邦生徒会長の失踪によるところがある。
犯罪発生の際にはいつどこであっても即時の対応が許されるという、学園自治区間の壁を無視できる特権。
キヴォトス最高レベルの装備による高い武力。それらは連邦生徒会長の運用によって正しく成果をあげていた。
しかし現在連邦生徒会長はいない。責任の所在が宙に浮いた。責任を取ろうとする者は現れなかった。
大きすぎる力は、身動きが取れなくなった。閉鎖の風潮が出始めた。
そこにきてSRTの三年生部隊”FOX小隊”による連邦生徒会への襲撃があった。
学園の閉鎖を進めようとしていた生徒を攻撃し逃走した。閉鎖は決定的になった。
続けてRABBIT小隊の公園でのデモが起きたことで連邦生徒会内での印象は良くない。
このままいくと最悪の場合どの学園にも編入できない状態になることもあり得る。
机の上に顎を乗せた姿勢でマサミは話を聞いていた。
もともとマサミはSRTの設立は反対だった。あんな学園は閉鎖でよかったと思っている。危険すぎるからだ。
今回のSRTの動きに関してはカヤが半ば能動的に仕向けたかっこうだ。だが事実として独断で動くSRTに対して対処することができなかったという結果がある。
制御する頭を押さえられたらやがて暴走するのは目に見えている。危惧していた組織としての弱点だ。
連邦生徒会長の失踪によってそれが証明されたと、マサミは思っていた。
「よろしければ是非、彼女たちを説得しヴァルキューレ警察学校に編入するように勧めていただけませんでしょうか?」
各所に働きかけることによって学籍データの維持も可能ではある。そういってカヤはRABBIT小隊の説得を先生に頼んだ。
「”生徒たちが望まない進路を、強制することはできないよ。”」
しかし先生からの返答はイエスではなかった。生徒の意思を尊重したいと、やんわりと断った。
「……なるほど。それはそれは。」
傍目にはわからないがカヤの微妙な感情の動きをマサミは感じた。気に入らないことがあった時の気配だ。
予想していた返答ではなかったのだ。マサミにしても気に入らないとは思った。思ったが今はカヤが話している。
邪魔はできない。口を挟まず控えていることにした。黙って成り行きを見守った。
カヤは防衛室の協力を申し出てRABBIT小隊の処遇に関しては先生に任せるということを伝えた。
どうしようと自由である。生徒たちが夢を追い続けられるように助けてあげてほしいと。
マサミにはわからないがカヤなりの考えあってのことだろうと流すことにした。
「先生、彼女たちのことよろしくお願いします。それでは私はこれで。……マサミ、一緒に来てください。報告をお願いします。」
「はーい。」
呼びかけを受け、デスクの上に置いていた自分の銃を腰に差しカヤに続いてオフィスを後にした。
公安局の外に出るとカヤが通りを指さした。
「……少し歩きましょう。」
「護衛もつけずに?」
「マサミが守ってくれるでしょう?」
「……はは。当然!よし、行こう。」
しばらく並んで歩き、マサミが聞いた。
「SRTのひよっこ達……先生に処分を任せるとはね。その心は?」
「あそこで防衛室長の権限を使って力ずくで処理することもできますが……。先生とは初対面ですし、利用価値がありそうな相手にはいい顔をしておくことも大事です。心理的な貸し一つ、といったところですかね。ああ言っておけば悪い印象は持たれないはずですし。」
「ほーん。利用か……。考えてますねえ。」
「それでどうでしたか、マサミから見てシャーレの先生は?所見を聞かせてください。」
「あー……。そうだな。見た目にはふつうだよね。ただ、知ってる?公園で何があったか。わたしは見てたけどありゃふつうじゃない。」
先生の指揮によってほとんど生活安全局の生徒だけでSRTによるデモの鎮圧を成し遂げた。
生活安全局の生徒がSRTを制圧する。言葉では簡単だがそんなことはまず起こり得ない。
常識ではどう考えてもそうだ。だが常識は時として奇跡に敗北する。
確率だとか優位性とかいうものは、勝利を掴むために決定的に必要なものたり得ない。
わかってはいる。いるが、いざ目の当たりにするとやはり驚きがあった。
先生という存在は奇跡を起こす可能性がある。そこにマサミはわずかの虞を感じていた。警戒に値する。
シャーレは超法規的組織であるということも警戒の意識に拍車をかけていた。
「はっきり言って異常だ。もちろん指揮能力は高いよ。でもそれだけじゃない。なにかを持ってる。わたしにはわからない、なにかを……。
同じ事をしろと言われてもわたしにはできない。……敵対すると、厄介そうかも。いい顔しておいたのは正解だ。」
「……なるほど。」
「そんなとこ。これからの動きは見といた方がいいかもしらんね。」
「わかりました。……覚えておきます。」
顎に手を当て思案する様子のカヤにためらいながら続けた。
「あ、あとさ……今更やめようってわけじゃないけどさ。ほんとにやるの?その、例の計画……。
わたしは、カヤがふつうに暮らせるなら別にそれだけで───」
「マサミ。」
カヤが立ち止まり、頭一つ分背が高いマサミを見上げた。
「やるかやらないかではなく、できるできないでもありません。状況はやらなければならないというところにあります。
故に私はやります。たとえ誰に何を言われようと。……あるいは、誰に何も言われなくても。」
断固たる意志の宣言だった。決然的なカヤの視線がマサミを射貫いた。
「犯罪の無い社会の実現。私は絶対に成してみせます。」
「……そう、だね。そうだった。カヤはそうするって、わかってた。」
瞑目し長く息を吐いた。ややあって目を開けマサミも決意を込めた言葉を返した。
「カヤ!わたしはカヤの味方だよ。絶対だ。何があっても。あるいは何もなくても、ね!……やろう、また二人で。」
「はい。そう言ってくれると思っていました。……わかっていましたよ。マサミのことですから。」
マサミの言葉にカヤは笑顔を見せた。満足そうな表情だった。何があっても守らねばならないと、意志を固めた。
手を伸ばしカヤの頬に添えた。慈しむようにゆっくりと撫でた。
カヤは目を閉じ、されるに任せていた。しばらくそうしていたがやがて遠慮がちにマサミに声をかけた。
「……あの、マサミ……。そろそろ、その……。」
「あ……。ごめん。つい。」
往来だった。人通りが無いわけではない。慌てて手を引っ込めた。弛緩した空気が流れた。
視線を外し空を見上げた。太陽が雲に隠れ影を作っている。薄暗くなった道を二人で歩いた。空には昏く日輪が浮いていた。