連邦生徒会、防衛室のオフィス。
デスクに置いてある通話機に着信があった。連邦生徒会への来客を受け付けている生徒からだった。
カヤは通話を受け取った。
「醍醐マサミというかたが来てまして……。約束は無いんですが、防衛室長に用があると──」
「そうですか。通してください。」
マサミが来たようだった。会う予定は無かったはずだ。疑問に思ったが、マサミであれば追い返すことも無い。
何もなくとも防衛室のオフィスまで来ることがたまにある。通すように言って、来室を待った。
しばらくすると革袋を手にしたマサミがオフィスに入ってきた。
「いや急に悪いね!こないださあ、すげえ雨だったじゃん?そのとき外で結構動き回ってたから銃の点検しようと思って。」
思った通り気まぐれだった。銃のメンテナンスをするつもりらしい。
「……ここでやる必要はないんじゃ?」
「どこでやってもいいのさ、こういうのは。だったらここがいい。だめか?」
「まあ……いいですけど。」
「よし。わたしは勝手にやってるから。気にしなくていいぜ。」
マサミは来客用に用意されたソファに座り銃の点検を始めた。
手にしていた袋から布やスプレー缶、工具などを取り出してテーブルに並べている。
腰に差していた銃を抜いた。上下二連式の散弾銃を銃身、先台、機関部の三つに解体した。
銃身の内部や機関部の大まかな汚れを布で拭き取る。
防錆油を塗布し、ガンオイルを銃身に通した。再度布で油を拭いた。清掃はこれで終わる。
慣れた様子で銃を組み上げていった。
組み上げた銃のトップレバーを動かし銃身が折れる。空撃ち薬莢を装填し銃身を戻した。
引き金を引き動きを確かめた。
「まあ、こんなもんか。」
動きに問題はなさそうだった。テーブルに広げられた点検道具を片付け始めた。
片付けをするマサミをカヤは目を細めて見ていた。
「前から思っていたんですが……なんでそんな銃を?もっといい性能のものがありますよね。」
「あるね。威力があって、便利なやつが色々と。ただ、こいつはこいつで良さがあるんだ。わたし向きなのよ。」
「……そういうものですか?」
「そういうもんさ。わたしはこれが好きなんだ。」
こだわりがあるようだった。道具はまず性能だと考えているカヤにはわからない。
威力、取り回し、装弾数。優れた性能の装備はいくらでもあった。
効率を考えるなら使うべきだ。しかしマサミはそうしない。
マサミは上下二連散弾銃の、
性能より納得をとった。性能面での不利を承知で使い続けている。
それに真の強者は装備や状況に強さを左右されない。マサミはそう思っていた。
真の強さとはそういうものだと、考えていた。
培ってきた自らの力に対する自信があった。経験に基づく傲慢さともいえた。
「……それで、調子はどうよ?いろいろ動いてるんでしょ?」
「ええ。……概ね、予定通りです。マサミも手伝ってくれてますから。」
「そうかい?ならよかった。……なんでもするからね。わたしに任せてよ。」
「そうですね。またなにかあったらお願いします。」
二人で話しているとオフィスに来客があった。シャーレの先生だった。
先生は子ウサギ公園で生活しているRABBIT小隊を支援していた。
先日キヴォトスで大雨があった。そのせいで公園が浸水被害にあっていた。
公園で暮らしているRABBIT小隊にとっては生活に直接影響してしまう。
そこで公園の設備補修案を連邦生徒会に持ってきた。
しかし連邦生徒会の生徒に力を貸すことを断られた。何人かにあたってみたが、協力は得られなかった。
最後に防衛室長であるカヤに頼みにきたのだった。
先生がカヤにどうにかできないか聞いていた。マサミはソファに座ったままで二人の話を聞いていた。
「……先生の後ろ盾があるとはいえ、ようやるぜよ。」
カヤと先生の会話からマサミはRABBIT小隊の生徒が未だ公園にいることを知った。
なんだかんだととっくにヴァルキューレへの編入をしていたものと思っていた。
公園で雨にうたれるSRTの一年を想像し、独りごちた。
現状カヤにできることはほぼない。SRT特殊学園は公的な扱いとしては既に閉鎖された学校だ。
連邦生徒会が動いた場合、既に無い学校の生徒のために支援を行った、という形になってしまう。
学籍データの維持がせいぜいだと先生の頼みに首を横に振った。
協力は得られなかったが、それで十分だと言って先生は帰っていった。
「あのひよっこ達、まだ公園にいたんだねえ。……たしか子ウサギタウンは再開発計画があったんじゃ。……邪魔にならない?」
カヤがなんとかという企業とやり取りをしていたはずである。
あの辺りの住民の立ち退きを進めていた。
公安局が主に取り組んではいたが、マサミもカヤからの指示で立ち退きに応じない存在の排除をしたことがあった。
子ウサギ公園も再開発計画の範囲にある。
公園にいるのはそもそもがデモをしていた生徒達だ。立ち退き要求に対して抵抗するであろうことは想像に難くない。
SRTの装備による抵抗は厄介だ。ヴァルキューレの生徒には荷が勝っているように思えた。
「今はまだ問題ではありません。しばらくは放っておいてもいいでしょう。」
「さいですか。」
「先生とあれほど仲良くなるとは思っていませんでしたけど……。」
カヤは気にしていないふうだった。そんな様子を見てマサミは節介を焼こうとする気持ちに蓋をした。
マサミは基本的にカヤの行動にノーを言うことは無い。カヤがそういうなら、そうなのだった。
先生が退室したすぐあとにカンナがたずねてきた。カンナの訪問は予定にあったらしかった。
子ウサギタウン再開発についての進捗確認だった。
カンナの口から作業が遅れていることが歯切れ悪く報告された。
住所不定放浪者の存在により建物の撤去作業が遅れているようだった。
満足のいく報告ではなかったのかカヤはカンナに詰め寄っていた。
ヴァルキューレ警察学校の精鋭であるはずの公安局は何をしているのか、と。
「で、ですが、やつら普通ではありえないような装備で武装をしておりまして……。こちらの武器では対抗しきれません……!それに、あのSRTの生徒も公園に残り続けていて……。」
「……つまり、私のせいだと。そう言いたいんですか?」
「い、いえ!そのようなことは……!」
公園にいるというSRTの生徒はやはり邪魔になっているようだった。
さっきまでは問題ないと言っていたのが、現場からの実際の意見を聞けばこれである。
言ってることが違うじゃないかとマサミは胸中に声を落とした。
「……マサミの装備は特別だったり最新のものでもないですが仕事はこなせています。となれば、手を抜いているとこちらが思ってしまっても無理はないと思いませんか?」
「し、しかし……。」
マサミは子ウサギタウンを徘徊する放浪者の武装を見たことがある。
確かにヴァルキューレとは武装の差がある。数も意外と多い。手を焼くこともあるはずだった。
エリートといわれる公安局とはいえ皆が皆、装備差を覆せるほどの能力があるわけではない。
そういう生徒を率いているのだ。単独行動をとるマサミとは別種の苦労だった。
カンナが些か不憫に思えた。助け舟を出すことにした。
「カヤ、そこらにしてあげてよ。……尾刃ちゃんは実際頑張ってるよ。それでも思い通りにならないこともあるさ。」
「……マサミ。またそんな甘いことを言って。」
「まあ待ってよ。そうだ、わたしが手を貸す。尾刃ちゃんはわたしを好きに使ってくれればいい。
それなら厄介ごともいくつか片付くんじゃない?いいよね、カヤ?」
「マサミがそういうなら仕方ないですね、……いいでしょう。ただし成果はあげてください。」
マサミからの提案にカヤは不承不承に頷いた。
「……。」
「それと、これは私からの助言ですが……。公安局だけで難しいなら、利害関係が合う人たちを頼ってはどうでしょう?」
「それ、は──。」
「……次は良い報告が聞けることを期待しています。」
カヤはカンナが何か言うのをさえぎって会話を締めくくった。目線で退室を促した。
「は、はい……。」
「……んじゃ、わたしも行くよ。カヤ、またね。」
カンナに続いてマサミもオフィスを後にした。
防衛室のオフィスを出た後、マサミがカンナに近づき紙片を渡した。
「これ渡しとく、わたしの連絡先。個人的なやつ。手伝えることがあったら連絡してね。」
「……ああ。そうさせてもらう。」
「もちろん個人的な用事でも構わない!」
「それは、いい。」
「だろ?待ってるよ。」
「違う。必要ないということだ!」
「ああ、それは残念。まあさっき言った手伝うってのはほんとだよ。じゃあわたしはこれで。」
マサミは歩いていった。
カンナは歩き去るマサミを見つめていた。点検したばかりであろう腰に差した銃が黒い輝きをはなっていた。
防衛室オフィスでのことを思い出し考える。
以前から疑問だった。マサミは立場としてはヴァルキューレの一生徒に過ぎない。
なのに防衛室長と対等のやりとりをしている。
かなり気安い関係に見えた。
おそらく、友人ではあるのだろう。
会話の雰囲気や、マサミをある程度の自由裁量を認めた立場に就かせていることからもそれはうかがえた。
とはいっても予想できるのはそこまでである。あの関係性が何に起因するものなのかは、わからなかった。
マサミは問題はあるが優秀ではある。もとは公安局にいた生徒だった。その能力を見出された、ということかもしれない。
それにしては距離感が近すぎるような気もする。考えても答えの出ない疑問だった。
やはり仲がいいのだろうと、疑問をしまいこんだ。
子ウサギタウンの再開発について防衛室長から詰められたばかりである。
長い溜息が漏れた。携帯端末を取り出した。
やらなければならないことはいくつもある。
これから連絡を取ろうとする相手を思い、ふたたび溜息をこぼした。
目の前の問題に対処しなければならない。
営為を尽くすことで明日に糧をもたらすと信じ、できることを、やらなければならない。
肩に重さがのしかかっていた。
会うたびに見せるマサミの能天気な笑顔が、今はうらやましく思えた。