「なにか勘違いをしているようだな。防衛室長が『この公園に滞在して良い』と仰ったことは無い……。」
公園に着くと既にカンナとSRTの生徒がやりあっていた。一触即発の雰囲気が漂っている。
面白そうな展開を見逃すわけにはいかないと、マサミが公安局の生徒達の間から顔を出した。
「……あ、お前!」
そうやって出てきたマサミを、RABBIT小隊の斥候である空井サキが見つけ指さした。
「ん?……わたし?」
「お前!あの時急に殴ってきたやつだろ。覚えてるぞ!」
「ああ?」
マサミは言われて思い出した。いつかの尋問のことを言っているようだった。
たしか規律がどうのと言っていた生徒だ。
言い種が気に入らない、と拳を叩き込んだことがあるような気もする。
うっすらと思い出したが、まともに相手をするつもりはなかった。サキと対峙したマサミは腕を組みながら言葉を返した。
「……ああ、そんなこともあったね。忘れてたよ。わたしは気にしてないし、もういいよ。あのことは水に流してあげようじゃないか。」
「は……?水に流してやるだと?それを言うのはこっちだろ!」
「ほう、なんだきみも気にしてないのか、じゃあいいじゃん。これでシャンシャン、だね。」
「なるか!そういう意味じゃない!揚げ足をとるな!」
手を叩くマサミに食ってかかってきた。
噛みついてくるサキを見て、ふとマサミの嗜虐心が頭をもたげた。
打てば響くような感じが面白い。
それに挑発に乗ってくるような、こういう手合いは扱いやすいと相場が決まっている。
遊んでやるかと思った。
サキに近づいた。身長差から見下ろすような姿勢になる。
わざとらしく溜息をついてから、呆れたような表情をつくった。
「……ピーチクパーチクとさっきからやかましいな。カルシウム足りてる?牛乳でも飲めよ雑魚が。」
「何だと!?」
「コラーゲンも摂っとくんだな。背が伸びるよ、ちんちくりんめ。」
「こ、この野郎!」
「だいたいが、こんな──」
「醍醐、そこまでにしろ。……話が進まない。」
挑発を繰り返すマサミをカンナが制した。放っておくといつまでも続ける。
「んあ……まあ、いいか。わかったよ。」
カンナの制止にマサミは退いた。
今回作戦の指揮を執っているのはカンナだ。
今は助勢の立場ということもある。
普段だったら気にしないが、自分から言い出しておいて最後にわざわざ面倒を起こすのもきまりが悪い。
防衛室のオフィスでカヤに詰められるカンナの不憫さを思い出し、大人しく引き下がった。
作戦の目的は子ウサギタウン地域内において滞在する勢力の排除だ。
後の再開発計画のことを考えても進めなくてはならないことだった。
そういう視点からも、邪魔になるようなことはしたくないとの思いがある。
からかうのは面白かったが、自重した。
素直に一歩下がったマサミに珍しさを感じつつ、カンナが続けた。
「……早めに決めろ。大人しくこの公園を去るか。それともその粗悪な銃器で戦いを挑むかを。」
眼光に強い意志を乗せRABBIT小隊の生徒達に言い放った。
現状、RABBIT小隊の装備は先日の大雨によって弱体化している。
今回武装の提供を受けた公安局であれば制圧は可能である。
そういう判断からの強気な姿勢だった。
「ふん!本当にやる気みたいだな。」
「武器が足りなくたって、あんたたちに一泡吹かせることはできるけど?」
小隊のオペレーターである風倉モエが、しかし戦闘の意思を見せた。
武装の大半を失ったとはいえ丸腰というわけではない。一矢報いることはできる。
マサミに煽られたサキなどは完全にやる気であった。鼻息荒く目を吊り上げていた。
カンナの言葉に戦意をたぎらせるRABBIT小隊をマサミがさらに煽った。
「おうおう、かかって来なよ!そっちの方がわかりやすい。ボコボコにしてやる!」
その言葉に場の緊張が高まった。全員が身構える。
空気が張りつめ、肌を刺した。
開戦の雰囲気に口角を上げ、犬歯を見せながらマサミが腰の銃に手をかけた。
「”ちょっと、待ってもらえるかな。”」
きっかけ一つで動く状況の中、声があがった。視線を向けると、声がした方向から一人の大人が歩み出てきた。
「シャーレの、先生?どうしてここに……。」
シャーレの先生だった。たまたま来ていたようだった。
先生の存在に意表を突かれたカンナだったが、すぐに行動の正当性を主張した。
RABBIT小隊の公園での生活は先生の裁量のもと続けられている。
しかし一方から見ればデモと称し公共施設の不法占拠を続ける存在だ。
ヴァルキューレとしては治安維持のため対処しなければならない。
防衛室長からRABBIT小隊の待遇を保留されているとはいえ、これはまた別の問題だった。
「”いきなり出て行けって言われても困るし、少しみんなが考える時間をくれないかな?”」
「……。」
それでも先生はSRTの生徒達を庇う様子をみせた。そんな先生の言葉にカンナは少し考えているようだった。
マサミは先生を前にして強く出ることができずにいるカンナを見ていた。
タイミングが悪いと、思った。
先生がいるのは想定外のことだ。
なにかとSRTの生徒達の公園での活動に便宜を図っているらしい先生の存在はこの状況に相性が悪すぎる。
雲行きが怪しくなってきた。
ここで先生の言葉を無視して制圧を強行することはできるが、有意とはいえない。
超法規的権限を持つといわれるシャーレの先生に対して不興を買うような行動は避けるべきだ。
しかし先生に言われたからといってただ黙って引き下がるのも面白くはない。
どうしたものかとマサミがあれこれ対応を思案していると、カンナがしぼりだすように言葉を発した。
「…………良いでしょう。先生には借りがありますので、今日は引き上げることにします。」
「……は?え、え!帰るの?ここで最後なのに?」
「そうだ。撤収する。……今日はここまでだ。」
作戦行動の終了を告げるカンナにマサミが露骨に不満げな顔を見せた。
「ええ……なんだよ……。くそ、イモひきやがって……。」
マサミが小声で漏らした呟きを捉え、カンナが目つきを鋭くした。
「……何か、言ったか?」
「ああいや!べつに。なにも?」
素知らぬ顔で睨みを受け流すマサミに溜息が漏れた。
振り返り公安局の生徒達に向かって号令を発した。
「……撤収!」
「はぁ……。まあ、しゃーねーな……。」
憮然とした風情のマサミだったが、カンナに従い引き上げていく生徒達を見て腰の銃から手を離した。
おもむろに公園の出口に向かって歩き出したが、ふと立ち止まった。
そういえばと、RABBIT小隊の面々を見た。
あれだけ煽っておいてこのまま帰るのもなんとなく癪である。
悪態の一つでもついてやろうとSRTの生徒達に近づいた。
訝しげなまなざしが集まった。
近寄ってきたことに警戒し表情を硬くするRABBIT小隊を前にマサミが口を開いた。
「……これでわかったでしょ。君たち程度いつでもどうにでもできるんだよ。
今日は帰るけど、先生がいなけりゃいまごろきみたちはボロ雑巾だ。そのことを、理解しておくんだな。………………与えられた役割の中でエリートごっこをしていればよかったのにさあ。」
「何!?おいお前どういう意味だ!」
最後の言葉は小声の呟きだったが目の前にいたサキだけは声を聞き取った。
サキがマサミを睨みつける。突っかかってきたサキに面倒そうな目を向けた後、周囲を見回したマサミが答えた。
「あん?今のきみたちに言ってもわかるかよ。現実を見ずにキャンプなんかやって遊んでるような連中にはな。……テントに公園の水道、食糧。ドラム缶の風呂……。ずいぶん恵まれた暮らしぶりみたいだね。おともだちとのキャンプは、楽しいでしょ?……ずっとそうしてればいいよ。」
言い終わると踵を返し公園の出口に足を向けた。後ろからなにかをわめいているのが聞こえたが、無視した。
歩いているうちにカンナに追いついた。隣に並んで声をかけた。
「やられたね。先生がいるとは……。でもほんとによかったの?あいつら叩いておかなくて。」
「いい。……さっき言った通り先生には借りもある。今回だけは免じてやる。だから、いい。」
カンナとしても完全に納得できる結果ではなかった。表情から葛藤が滲んでいるのが見えた。
それを察して話題を打ち切った。
「そお。ならいいけど。……尾刃ちゃんさ。撤収ってことは、このあとは学校に戻るんだよね?」
「ああ。」
「なら……少し調べたいこともできたし、わたしはここで行くよ。」
「……そうか。わかった。」
「うん。またなんかあったら言ってくれ。手伝うよ。じゃあね。……後輩ちゃんたちも、またな!」
そう言ってカンナ達に手を振り、別方向へ一人歩き出した。
日が沈みかけるころ、マサミは自分の部屋に帰ってきた。
寮とは別にヴァルキューレ警察学校に近い位置にあるマンションに部屋を借りていた。
玄関に入ってから、背負っていた盾をおろした。靴を脱ぎながらポールハンガーに着ていたジャケットを無造作にひっかける。
居間に行き腰の弾帯と銃嚢を外しソファに放った。
装備品を外し、椅子に腰かけ天井を仰いだ。
カヤへの報告を頭でまとめながら、これからを考える。
そうしてSRTの生徒達の行動を思った。デモを起こす、というそのものについてだ。
ふざけやがってと、思う。
体制の理不尽を否定することは容易い。気に入らないことがあった時に反発するのは誰でもできる。
しかしまず自らが高い能力を身につけ、体制の中で指導者的立場に就き状況を変えていかないことには、いくら主張を上げたところでそんなものは負け犬の遠吠えに過ぎないのだ。
理想や正論だけでは、状況を動かすことはできない。
なにをどうしようとこれは普遍の事実であった。現実を変えるためまず必要なのは力である。マサミはそう思っていた。
力をつけることによってマサミの今があるからだ。
力が無いのなら状況を受け入れるほかない。にもかかわらずRABBIT小隊の連中はなんだかんだと生き残っている。
その原因となっているのが先生だ。
今回のことも先生がいなければ公園にいる連中は制圧されていたはずだ。
しかしそうはならなかった。
決断の引き延ばしという形で、結局はうやむやにされてしまった。
思い返してみると先生が関わる悉くがこちらの思惑とは反対の方向を向いて作用している気がする。
厄介であった。今は表立って敵対しているわけではないが、以前感じた底知れなさを思うとできるだけ相手にしたくない。
やはり面倒な存在だと、マサミは認識を改めた。
だがそれでも、SRTの生徒達はどうにもならない。先生がついていたとしてもだ。
いくら特別な権限を持っていようと学園の閉鎖は決定し、既に解体が進められているのだ。いまさら覆すことはできない。
やれるものならやってみるがいいと、胸中に声を落とした。
そこまで考え、思考を中断した。
「まあ……いいか、細かいことは……。」
どうにもできないことは、どうにもならないのだ。そういうことをくどくど考えるのは柄ではない。
考えるだけ時間と労力の無駄だ。
そう結論付けて長く息を吐き、背もたれに寄り掛かった。目を閉じ、しばらくそのままでいた。
そうしているとふと窓をたたく音が聞こえた。視線を向けると頭の禿げた雀がガラス窓をつついていた。
近づいて窓を開けると部屋に入ってきた。顔見知りの雀だった。
あちこちに飛び移った後、椅子に止まり催促するように鳴き声をあげた。
「餌かい?いいかげん自分で探しなよ。」
ふてぶてしい野郎だと思いながらも台所からパン屑を持ってきてテーブルに放った。
雀がテーブルの上に移った。夢中でパン屑をつついている。しばらくその様子を眺めていた。
少し前に見つけた雀だった。窓の外で震えていた。猫にでも襲われたのか頭に怪我をしていた。
部屋に入れてしばらく世話をした。気まぐれだった。頭の傷はじき塞がったがそこだけ毛が生えていない状態になった。
そのことから禿げ雀のあだ名をつけている。
怪我が治ってからはどこかに飛んで行ったが、餌場だと思っているのか何度も戻ってきた。
そのたびにマサミは困ったように笑いながらパン屑をあげている。
「きみは悩みなんてなさそうだね……。いや、言っても詮無い事か……。」
パン屑を貪る雀に苦笑をこぼした。
「……なんか、疲れたな……。わたしはすこし寝る。……窓は開けとくから、食ったら後は好きにしてなよ。」
心なし体が重い。最近疲れやすくなっているのを感じる。
年寄りでもあるまいしと頭を振った。
雀を横目にベッドに身を投げ、やがて意識を手放した。