ヴァルキューレ警察学校本館保管庫。
さまざまな機密文書がある保管庫の中で、RABBIT小隊の生徒達が書類を漁っていた。
公安局の行ったであろう不正な取引の証拠を求めてのヴァルキューレ潜入だった。
それぞれが目的のものを探し捜索を続ける中、RABBIT小隊の狙撃手である霞沢ミユが一つのファイルを見つけた。
内容を見てから、近くにいたサキに話しかけた。
「あ、あの、これ……。」
「ん?なんだこれ。公安機密作戦記録……?これは違うだろ。」
「でもほら、ここに醍醐マサミ、って……。あ、あの人のことじゃ……。」
「あいつか……!……でも、公安?奴は警備局の生徒だって先生は言ってたぞ。」
「……気になる情報ではありますが、今必要なものではありません。捜索を続けましょう。」
「まあ、そうだな。とりあえずは後に回すか。時間も無い。」
ミユが見つけたファイルをサキが受け取り、目を通した。
しかしファイルの名前から目的のものではないと判断し、脇に置いた。
求めているのは公安局の取引帳簿だ。
ふたたび、書類の捜索に戻った。
携帯端末の着信音でマサミは目を覚ました。瞼を開き辺りを見まわした。
部屋は暗くなっていた。
時計を見れば夜も遅い時間だった。日付が変わっていた。
思っていたよりも寝すぎたらしい。だいぶ時間が経っていた。
体を起こした。眉間を親指で押さえながら、着信音を発し続けている端末をとった。
画面を見た。カンナからの着信だった。
妙な時間の着信だと、思った。悪戯をするような人物でもなかったはずだ。
不思議に思いつつも、完全に覚醒していない意識のまま、通話を受けた。
「……もしもし?どうしたのこんな時間──」
「今どこにいる?」
「……わたしの家だけど。寝てた……。」
「寮じゃないのか?……まあいい。至急ヴァルキューレまで来てほしい。どれくらいかかる?」
「ああ?ええと、まあ……十分くらい、だと思うけど。なんかあったの?」
「学校への侵入者だ。ヴァルキューレ本館が荒らされた、らしい。まだ逃げられてはいないが、今いる生徒だけだと制圧は難しい……。」
「……は?学校?……それ、まずいんじゃね?」
「そうだ。かなりまずい。だから……手を、貸してほしい。」
「別にいいけど……あいつらは?動いてないの?」
「……今は別件だ。対応できない。」
「ああ……そいつは、大変だな。わかった、すぐ行くよ。」
「そうか、よし……。私は私で動く。詳しくは現地の生徒に聞いてくれ。情報の共有ができるよう指示しておく。」
捲し立てるように言って、返答を待たずに通話が切れた。現場は相当慌ただしいらしい。
尋常ではない様子だった。できるだけ早く向かうことにした。
手早く身支度を済ませ、玄関から外に出た。周りを見れば、点々と配置された街灯が道をわずかに照らしている。
道路に立ち、足首を回しながらヴァルキューレへの道程を頭の地図上に描いた。
「……しゃーねーな、走るかい。ここからなら……五分かな。」
今の時間帯であれば通行人もない。全力の走行ができる。
姿勢を低くとった後、地面を蹴った。
弾かれたように飛び出し、暗くなった道を駆け、ヴァルキューレを目指した。
ヴァルキューレ警察学校。
校舎の周囲はヴァルキューレの生徒によって警戒態勢が敷かれていた。
深夜にも関わらず続々とヴァルキューレと思しき生徒が集まってきている。
学校に到着し、そんな周囲の状況を見回すマサミに一人の生徒が近づいた。
「あ……!あの、マサミさん……ですよね?カンナ局長から聞いています!」
カンナの指示で情報の共有のためマサミを待っていた生徒だった。
「ん?ああ、尾刃ちゃんが言ってたのはきみか。……侵入者って聞いたけど、実際どういう状況なの?教えてよ。」
学校への侵入者だとカンナは言っていた。
取り急ぎヴァルキューレまで走ってきたが、わからないことのほうが多い。正確な情報、現状を把握する必要があった。
情報を得るために話をうながした。
「は、はい。ええと……。保管庫内で警報があり、確認に向かった生徒が襲撃されたことで侵入者の発覚がありました。現状、侵入者の制圧はできていません。……未だ侵入者が何者かもわかっていません。警備局の生徒が事にあたっていますが、ことごとく返り討ちにあっているとか。校舎内に即席の罠などもあるようです。それと……セキュリティシステムに異常が生じ防火扉とスプリンクラーが各所で作動していて、思うように動けていないみたいです。」
「ふうん……。……じゃあ尾刃ちゃんは?今なにしてるの?」
「カンナ局長は建物の周囲から屋上を目指す、と言っていました。マサミさんへの情報の共有を指示した後は、どこかに……。」
「そお。……うん、だいたいはわかったよ。ありがとう。それにしても…………ふざけてるよなあ。こんな時間に。ねえ?」
「は、はあ。そうですね……?」
「ま、いい。……じゃ、わたしは行くよ。とりあえずは中から屋上を目指す。」
続々と集まるヴァルキューレの生徒が警戒態勢を敷く中、馬鹿正直に玄関から帰るようなことも無いはずだ。
建物の周囲を固めておけば、とりあえず閉じ込めてはおける。
話ではカンナは屋上を目指したらしい。
マサミもカンナの判断に合わせることにした。
カンナへの合流を第一と定めた。内部から進めば挟み撃ちの形にできるかもしれない。
「え?一人で、ですか?いやでも、罠も仕掛けられているんですよ。危険では?何人か応援を──」
「大丈夫、慣れてる。やるだけやってみるさ。たいがいはそれでなんとかなるもんだよ。」
「そ、そうですか……?」
「そうさ。…………そんな顔しないでよ!大丈夫だよ、大丈夫。」
言い聞かせるように、見上げる生徒の頭を乱暴に撫でた。
「じゃあ、行ってくるよ。」
不安げな表情を浮かべる生徒に手を振り、校舎へと足を向けた。
校舎の中はひどい状況といえた。
防火扉が作動していて通路が塞がれている場所がある。スプリンクラーのせいで水浸しになっている場所もある。
事前に聞いていた通りの光景だった。
これでは確かに面倒そうだ。溜息を吐き、歩みを進めた。
道中、何人かの生徒に会った。侵入者のトラップにやられたか、直截に攻撃を受けた生徒だった。
口をきける生徒からは話を聞いた。
保管庫へ確認に向かった二人組の生徒とも話ができた。
そうして侵入者が発覚したときの状況がわかった。
「保管庫を開けて中を確認したら、いきなり襲われて……。」
「やられた、と。……なにもできずにかい?中にいるのはわかってたんじゃないの?」
「……その、監視カメラには侵入者は映ってなかったんです。それで、猫かなにかだと思って……。警報の誤作動かな、と……。」
「はあ?」
「わ、私はそんなわけはないと言いました……!でもこいつが……!」
「…………。」
危機感の無い行動に思わず顔を手で覆い天を仰いだ。
警備人員にしては暢気すぎる対応である。これでは平和ボケといわれてもしかたがない。
しかし、そのことをどうこうは言わなかった。マサミは警備局の後輩に対して手ぬるいところがあった。
苦笑をこぼすだけにとどめて、生徒には労いの言葉をかけその場を後にした。
話を振り返ってみる。
結局、侵入者のことに関して大したことはわからなかった。不意打ちでやられていたためだ。
話を聞いた他の生徒も皆、姿を見る前にやられていた。想定していたよりも厄介な相手かもしれない。
こんな時間にふざけやがってと、貌の見えない侵入者に毒づいた。
肚立たしいと、思う。
ヴァルキューレ本館に侵入されて、好き放題に暴れられている。警察学校の面目もあったものではなかった。
かわいい後輩たちが困らされているのも、気に入らない。
校舎の中を進みながらマサミは侵入者の貌を想像する。姿も目的もわからない相手だった。
ヴァルキューレ襲撃を計画したのが仮にどこかのテロリストグループであれば、カンナへ情報が流れるはずだ。
公安局長のみが有している情報網があった。どこかのグループに動きがあれば、九分九厘事前に情報が入る。
しかし電話をかけてきたときのカンナの話しぶりから、それはなかったことがうかがえる。
今回ヴァルキューレに侵入してきたのは、これまで把握していなかった存在ということになる。
ただ、練度は相当に高いであろうことが予想できた。
ヴァルキューレの生徒を問題にしていない様子が見て取れる。
たしかに平和ボケしているところはある。しかしそれでも、警察学校の生徒であった。盆暗ばかりというわけではない。
その警備局の生徒達をものともせずにあしらっている。なかなかの実力があるとみていい。
そんなテロリストグループがあらたに結成されたなどと、そんな七面倒くさいことは考えたくなかった。
監視カメラに映っていなかった、ということからセキュリティシステムにハッキングでもされたであろうことがわかる。
容易なことではないはずだ。技術がある。
ただ、それにしては侵入が発覚しているというのが、解せない。
誰にも知られずにヴァルキューレに潜入しておいて、しかし結局は警報を鳴らし騒ぎになっている。
何がしたいのかわからない。
黙って忍び込んだのなら、黙って出て行けばいいのだ。
侵入者にとって想定内か想定外のことかは知らないがやはり、肚立たしいと思った。
舌打ちをしてから、絡まってきた思考を頭の隅に押し込め、階上へ向かった。
途中で会う生徒から情報を集めながら、マサミはどうにか屋上への階段まで辿り着いた。
階段の下に目をやれば、そこにも生徒が倒れていた。仕掛けられた罠の、地雷かなにかにやられたようだった。
近づいて様子を見た。気絶はしているが、大事なさそうだった。近くの部屋に運び入れておいて、屋上へ向かった。
罠が設置してあるところをみるとこの先にいる公算が高かった。屋上への扉の前に忍び寄り、耳を欹てた。
マサミの聴力はするどい。扉の向こうに何人かの気配を捉えた。
そのうちの一人はカンナのようだった。なにかを話している。声を荒げていた。
そのことを認識すると、背負っていた盾を装備し腰の散弾銃を抜いた。
乗り込むため扉の取っ手を掴み力を入れた。
「……あれ?」
扉は開かなかった。
動かない扉の感触から、塞がれているのがわかった。
おそらく、バリケードのようななにかを築かれていた。
「……ほんとうに、ふざけやがって!」
罠もそうだが、いちいち小賢しいことをする。額に青筋が浮かんだ。
取っ手から手を離し、扉に銃を向け引き金を絞った。
扉に散弾が喰い込み取っ手が壊れた。
足に力を込めた。
「お、らァ!」
扉を蹴破った。破砕音とともに蹴られた扉が吹き飛んだ。蹴りをはなった勢いのまま飛び出した。
外に出ると銃口を空に向け引き金を引いた。威嚇射撃であった。散弾をばら撒く銃声が屋上に響いた。
銃身を折り排莢する。空薬莢が二つ、宙に飛んだ。素早く再装填を済ませたマサミが盾と銃を構え声を張り上げた。
「動くなテロリストども!手を上げて四つん這いになれ!なにか発言すれば撃つ!…………ああ?」
「……来たか、醍醐……。」
屋上に踏み込んだマサミが目にしたのは、カンナと対峙するRABBIT小隊だった。
予想外の人物達に面食らうも、気を取り直し言葉を続けた。
「尾刃ちゃん……侵入者ってのはこいつらなの?…………なんだ、もしかしてヴァルキューレに入る気になった?だったら日中の受付時間内に来なよ!常識の無いやつらだな。」
構えを解き、呆れたように話すマサミにサキが返した。
「そんなわけがあるか。ヴァルキューレに入る気なんか無い!」
「……ふむ。まあ、そうだろうね。じゃあなんのために?ずいぶん好き放題に暴れてくれたようだけど、なんでこんなことしたんだよ。……まさか、昼間の仕返しか?」
「……そいつらの狙いは、公安局の取引帳簿だ。」
カンナがRABBIT小隊隊長である月雪ミヤコが手にしているファイルを指した。
その言葉にマサミが怪訝な表情を浮かべた。
「え、取引帳簿?…………なんで?」
カンナに近づきつつ疑問をこぼした。
「これにはカイザーグループとの間に行われた違法リベートの記録があります。公的な規則に従わない処理の記録……。ヴァルキューレ警察学校が行った犯罪の証拠です!」
不得要領な様子のマサミに対してミヤコがファイルの説明をした。
RABBIT小隊が手に入れたのは公安局とカイザーとの間で行われた取引の記録だ。
公安局が行った違法取引の直截的証拠だった。
ヴァルキューレの立場を危うくする爆弾といえる。
ファイルを手にするRABBIT小隊に納得したような顔を見せた。
「はあ……そういうことか。……でもよくそんなものに気づいたね。」
「ふん。いきなりヴァルキューレが新しい装備に変えたもんだから、何かあると考えるのは自然なことだろう。」
得意げにサキが鼻を鳴らした。
「なーるほど。……それで?それを使って告発でもするつもりなの?」
「当然だ!そのためにヴァルキューレに潜入したんだからな。」
「んん、それは困るな。……いちおう聞くけどさあ、見逃してくれない?そのファイルも返してよ。」
応じるわけがないが、物は試しとマサミがたずねた。
「お断りします。SRTとして警察組織の犯罪行為を見過ごすわけにはいきません。」
「さいですか……。」
案の定、提案は断られた。やはりというか、わかっていたことではある。
すげないミヤコの返答にわざとらしく肩を落とした。
ふと視線をファイルに向けた。
そうして少しなにかを考えた後、ふたたびRABBIT小隊を一瞥し笑いをこぼした。
奇妙なものを見る目が、マサミにあつまった。
「なにかおかしいことが?」
「いや、あのねえ。…………得意になってるとこに水を差すようだけど、告発?そいつは無理だよ。」
「……どうして、そう思うんですか?決定的な証拠がここにあります。」
「あきめくらじゃあね。」
「あ、あきめくら?」
マサミの言葉にミヤコが気色ばんだ。
「きみたちは……そうだな。ハッキングしたんでしょ、ヴァルキューレのセキュリティシステムに。そして保管庫に侵入した。で、お目当てのものを見つけた。……こんなところかな?なるほど、たしかにその能力は一流だといえるかもね。SRTだっただけはあるってか?大したもんだよ。すごいねえ。でも……肝腎の使い方が三流だ。もっと先を考えて行動しなよ。」
「何だと?」
「まずそのファイルだけど……。それは取引帳簿じゃないよね。それっぽく作った、捏造文書だろ。」
「はあ!?何言ってるんだ、これは確かに保管庫から──」
「ここに来る途中、何人かに会って話を聞いた。……言ってたよ?監視カメラにはなにも映ってなかった、って。つまりだ、警報は誤作動、保管庫に侵入されたなんて事実は存在しない。となれば、そのファイルは出処がはっきりしない、根も葉もない怪文書にすぎないんだよ。そんなものがなんの証拠になるっていうんだ?どうせ、この騒ぎも保管庫から持ち出したってことにするための演出でしょ?」
むろん、マサミの主張は強弁である。とっさに思いついたことをそれらしく並べただけだ。
マサミ自身、取引帳簿が本物であろうこともわかっていた。
呆気にとられるRABBIT小隊の面々をよそにマサミが続けた。
「それに……きみたち排除法則ってもんを知らないのか?そもそも今きみらが持ってるそれを証拠として扱うのは不可能だよ。不正を行っている明らかな証拠だとしてもね!不法侵入に公務執行妨害……。バカめ、違法に手に入れた証拠がまともに扱われるとでも思ってるの?これがあきめくらでなくてなんなのさ。」
違法収集証拠排除法則というのがある。略して排除法則というふうに呼ばれたりする。
証拠を得る手段が違法なものであったとき、その証拠の能力を否定する規則だ。
無断で侵入し、武力でもって力ずくで証拠を手に入れる。常識的に考えれば、まともな捜査とはいえない。
証拠に説得力を持たせるのは法的に不可能だ。
とはいえ排除法則も絶対ではない。事件と証拠の重大性によっては適用されないこともある。
今回のことでいえば警察の汚職だ。そうなるとおそらく排除法則は認められない。
ゆえに、いま優先するべきは場の主導権を握ることだ。
多少強引な理屈でも説得力を持たせられればよかった。
論拠に関わらず言いくるめなければならない。
取引帳簿が本物であろうとなかろうと、どちらにせよ証拠能力は無い。
そういうはったりを利かせるため、殊更に勝ち誇った顔で言い切った。
「もう大人しくお縄につきなよ。逃げられんぜ。司法の番人をなめるなよ。」
たいていの相手はこれで抑え込める。
これ以上の問答は不要と判断し、銃を構えなおした。
あのファイルを持ち出されるわけにはいかない。
真偽に関わらず、告発などをされては少なからず警察への悪評を免れないからだ。権威が揺らいでしまう。
ヴァルキューレの醜聞を広められるのは、マサミにとって許容できることではなかった。
目の前のひよっこ共を叩きのめす、そうして不正の証拠はもみ消す。
不正の事実がどうであれ、知られなければ問題はない。
ともかく、RABBIT小隊の生徒たちを逮捕すれば終わる話だった。
ファイルを取り返しさえすればあとはどうとでもできる。
マサミが脳内に描いた筋書きだった。
戦闘態勢に入り銃を向けるマサミにミヤコが問いかけた。
「…………なら、市民の生活を守る存在であるはずのヴァルキューレが行った不正に対して、あなたはどう考えているんですか。」
「は?そんなもんわたしの知ったことじゃないね。」
「あ、あなたは……警察学校の生徒としての信念はないんですか?」
「信念か、あるよ?もちろんだ。」
「だったら──」
「勘違いしてるみたいだから教えてあげるよ。警官が守るべきは市民なんかじゃない。社会秩序とかでもない。組織の権威だ。それ以外は重要じゃないし、どうでもいいんだ。……きみたちだってそうだろ?ああだこうだといったところで、結局のところ大事にしてるのは自分の権益じゃないか。」
「な……!それは詭弁です!市民に奉仕し、正義のために平和と秩序を守る。それがあるべきすがたのはずです!」
「……はいはいわかった。そのとおりだね。もうしゃべらなくていいよ。さっきから不正だの、規則に従わないだの……。全部きみたちのことだろ。他人をいくら批難したところで、自分の正当化はできないんだぞ。きみたちのやったことをみてみろよ。命令には従わず、違法な捜査を行い、あげくに正義を標榜してヴァルキューレを糾弾だ?………………いい加減にしろよ。ぶち殺すぞきさまら!」
構えた銃を向け一喝した。マサミの表情に、険悪なものが浮かび始めていた。
「SRTとしてだと?それを決めるのは連邦生徒会長だろうがよ!そして今あの女はいない!学園の閉鎖は決定されたんだ。おまえらはもうSRTじゃないんだよ!おまえらがそうしていられるのはカヤが……!……あ、いや…………学籍、データ……?それはたしか、カヤが、まだ……。」
「”カヤが学籍データの維持はしてくれている。なら、まだ彼女達はSRT特殊学園の生徒っていえるんじゃないかな。”」
「え……!?だ、だれ!?」
「シャーレの、先生だ……。」
動揺するマサミにカンナが応えた。
「なに?先生?先生だって?…………ちょっと、待ってよ。も、もしかして先生は、きみたちの行動を知っているのか?あれだけヴァルキューレをめちゃくちゃにして?……先生、先生はそれを黙って見てたっていうのか?な、なんで……!」
「”彼女達が正しいと信じるなら、それを支えるのが私の役目だからね。それに、なにかあったときの責任は私がなんとかするよ。”」
「うう、くそ……!」
突如聞こえてきた声が先生だと知って狼狽した。
またしても先生であった。
先生が後ろについているとなると容易には手が出せない。
マサミは以前先生に対して感じたものを思い出していた。
超法規的権限。卓越した指揮能力。奇跡を起こす可能性。
相手取ったときに厄介なものばかりだ。
良くない流れになっているのを感じた。
立っている場所が崩れ始めたような不安定さが、心中にまとわりついている。
これが一人の行動であればマサミは迷わない。正気を投げ、躊躇無く捨て身になれる。
先生の言葉は捨て置き、RABBIT小隊は叩きのめすだろう。
計算は度外視し感情のまま動く。
気に入らなければ排除する。後のことは後で考える。
それが醍醐マサミ流だ。
マサミはそういう、短絡的な生き方しかできない。
しかし今だけは状況が違う。今回の己の行動がカヤのこれからに影響しかねなかった。
マサミの直情を唯一枉げることができるのがカヤの存在だ。
カヤのために下手をうつわけにはいかないとの思いが、引き金を重くさせていた。
先生の存在がその思考を補強している。付与された特権がどんな手を打ってくるかわからない。
いま目を付けられたくはない。できるだけ敵対はしたくなかった。
わずかの綻びが思わぬ場所からの瓦解をもたらす。
対応を間違えるとまずいことになる。
いくら理屈を捏ねたところで、特権というものはそういった全てを踏み潰す。
細々とした主張などはあってなきがごとしである。
迷いを表すように、RABBIT小隊に向けた銃口が揺れていた。
そうしていると、マサミの耳が遠くに回転翼機の音を捉えた。音は近づいてきていた。
「…………まさか、ヘリコ!?……そうか、だから屋上!くそ!」
完全に包囲された状況でどうするつもりか計りかねていたが、ヘリコを使って空からの脱出であれば問題はない。
対空装備が無いヴァルキューレになすすべは無かった。脱出方法を予測したマサミが青ざめた。
このままでは逃げられてしまう。
目の前のRABBIT小隊を制圧するのはわけないが、しかし先生の存在がその行動を踏みとどまらせる。
逃がすわけにはいかないが、動くわけにもいかなかった。
堂々巡りになる思考のまま、銃を向け狙いをさまよわせていた。
そうしている間にヘリコが屋上の上空に着いた。
「……来ましたか。総員、ハーネスを準備。順番に離脱します。」
ヘリコから伸びるハーネスをRABBIT小隊の生徒が自身に取り付けていた。
マサミがその様子を悔しげに見ていたが、やがてゆっくりと銃口を下げた。
「…………いいよもう。好きにすれば?わたしたちの思いなんかどうでもいい。そうなんだろ?損害も、規則も、事情も、全部知ったことじゃないんだろ?好きにしろよ。ああ、特権ってのはそういうもんだからね!…………先生。わたしからすればあんたのやっていることは実にエゴイズム的だ。すごくいやな感じする。生徒の味方だって?笑わせるね。……ああでも、そこの命令無視の規律違反自己中心的役立たずエリートごっこ連中からすればそうなのかな?」
八方塞がりな状況に半ば自棄を起こしていた。いらだちのままに言葉をぶつけた。
「規律に基づいた行動の果てに、理不尽な脅威に晒された後輩ちゃんたち……。彼女たちのことは考えないのか?そりゃ死にはしないけど、怪我をした子だっているんだぞ……!…………贔屓した生徒に餌をぶら下げ飼いならし、好き勝手やるのはいい気分なんだろうね。……覚えとけ。おまえらは今決定的にわたしに敵対した……。そのことを、ぜったいに、後悔させてやる……!」
双眸に怒りを湛え、するどく突き刺した。
「はっ!やれるもんならやってみろ。不良警官にどうこうされるSRTじゃない!」
「ぐ……!こ、この野郎……!」
言い返してきたサキにふたたび銃を向けたが、カンナにそれを制された。
「尾刃ちゃん……!?」
「やめろ……。もう、無理だ。今は耐えろ……。」
「でも……!」
「頼む。話をややこしくするな……。」
そうしているうちにRABBIT小隊の生徒が離脱準備を終えた。
「……それでは失礼します。」
生徒達を収容し、ヘリコが飛び去った。
カンナはヘリコを目で追い、立ち尽くしていた。
しばらくそうしていたが、事後の処理をしなければならないことに思い至った。
溜息をつき、屋上の出口に足を向けた。
「始末書を、用意しておくとするか……。…………醍醐?」
ふと、マサミに目を向けた。
マサミはその場から動かず、飛び去るヘリコを見つめていた。
悔しさを打ち殺し、なにかに耐えるような表情を浮かべていた。
握られた拳が、わなないていた。
やがて震える手で銃を腰に差し、おもむろに盾を掴んだ。
「…………が、学籍データを……!そのままにしてたからとかさあ、そんなのありかよ!くそ、ちくしょう!やっぱりあの時公園で、叩き潰しておけば!くそったれ!」
堰を切ったように言葉を吐き出した。
去り際に見えたRABBIT小隊の忌々しいしたり顔が、マサミの脳裡に焼き付いていた。マサミには、したり顔に見えた。
「いや……。元はといえば連邦生徒会長、あの女のせいだ!あんな学校を作ったから!シャーレにしたってそうだ。……特権だと、超法規的権限だと!ふざけやがって、ふざけやがってえ!」
湧きあがる怒りのまま、振りかぶり盾を何度も叩きつけた。
「なにが信念だ、なにが正義だ!わ、わたしの、邪魔を!しやがって!くそ、くそ!……くそぉ!」
やがてマサミの力に耐え切れず盾が歪んだ。それを見て盾を投げ捨てた。
マサミの激情に面食らったカンナが後退った。殺気が滲み出ていた。
感情を隠す性格ではないのを知ってはいる。
しかしここまでの癇癪を起こすのは見たことが無かった。
「なんなんだあいつら!好き勝手やりやがって!」
マサミが弾かれたようにカンナに向き直り、胸ぐらを掴み詰め寄った。
「てめえのことを棚に上げて!ずるいぞ!先生がいるからって!」
「ぐ……!」
マサミの膂力に首が絞まり苦し気にうめいた。
そんなカンナの表情に、思わずといった様子で力を緩めた。
「あ……!いや、尾刃ちゃんに……言っても……。しかたない、よね。…………ごめん……。」
言いながらゆっくりとカンナから手を離し、力なく腰を下ろした。ひどく濁った感情が、胸に渦巻いていた。
溜まったものを吐き出すように、長く息を吐いた。
しばらくして俯いていた顔を上げた。
「……わたし、あいつらきらいだ。」
「……だろうな。」
「次に会ったら、殺してやる……。」
「絶対にやめろ。」
「……だめか?」
「駄目だ。」
「…………ぜったいに?」
「絶対にだ。」
「……そっか。」
「そうだ。」
「……。」
にべもない、カンナの言葉に肩を落とした。
再び俯き、長い息が漏れた。
ヘリコが遠ざかるのが、聞こえていた。わずかに届く回転翼機のローター音が、寂寥を感じさせた。
「……ちくしょう。くそ……。」
いつになく、消え入りそうなほどにか細い、マサミの声だった。
今更ではあるが、感想は一切見ていない。
文章としての出力を終わらせることができたら見ることにしている。
なので、なにを書かれてもかまわない。
顔も知らないやつの言葉なんか知ったことじゃないんだ。