悪平等(ぼく)の箱庭アカデミア   作:小豆小路

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第二話「今年は」

 

 撮影ヒーローコンビ、フライングレンズとユニバーサルモニター。“個性”はそれぞれ『遠写』と『念写』。前者がある地点から撮影可能な映像・音声を記録しいつでも見ることができるという“個性”を、後者が自他の頭に明確に浮かんだ光景をどのような場所にでも投影できるという“個性”を持つこの二人は、プロヒーローの中でもずば抜けて高いその諜報能力を活かしてさまざまなヴィランの確保・撃破に貢献してきた。

 

 “個性”の汎用性から彼らは一般向けの興信所も開いており、民衆からの信頼も厚く、戦闘向きの“個性”でなくとも有力プロになれることの証左とも言えるようなヒーローたちである。そんな彼らは、今。

 

「———よし、次の受験生だ」

 

 雄英高校の入試採点補助に雇われていた。

 

*

 

「受験番号00012、人吉善吉」

 

 雄英高校教員たちが机の前に椅子に座る、雄英高校の一室にて。

 

 差し出された受験生の写真を受け取ったフライングレンズはしばらくそれを見つめたあと額につけていた遮光ゴーグルを引き下ろし、何かを手繰り寄せるような仕草をした。少しして、フライングレンズが動きを止めると、今度はユニバーサルモニターが相棒のこめかみに右手の人差し指と中指を当て、左手の人差し指、中指を部屋の壁を覆うスクリーンに当てる。すると、他の受験生に囲まれて黒紫の髪の少女と会話する金髪の少年の姿がスクリーンに映し出された。最初はぼやけて滲んでいた映像が徐々に詳細になっていくと同時に、スクリーンのどこかから響く音声も徐々に大きくなる。

 

『……にが不満なんだめだかちゃん、ヒーローの実技つったら(ヴィラン)ぶっ倒す以上に適切なもんなんてねえだろ?』

 

『いいや善吉、私はそれが不満なのだ。(ヴィラン)といえども人間である以上はその背後に人生が、親が、そして子がいるのだ。故にヒーローはだな……』

 

「ああ、コイツらあのもじゃもじゃ頭と一緒にいた黒金コンビか。もじゃもじゃの影に隠れちゃあいるが、この金髪もなかなかのガッツだったぜ!」

 

 と、それまで黙ってスクリーンの前の椅子に座っていたプロヒーロー、プレゼントマイクが言った。

 

「見る前から先の展開について論評するな。合理性に欠ける」

 

 と、こちらは同じく座っていたイレイザーヘッド。

 

 何やら問答している善吉とめだかの会話を、その近くのスピーカーから流れる下品なほどの大音量の告知が掻き消した。

 

『ハイスタートー!』

 

 一瞬呆けたような顔をしていた善吉は、しかし隣にいためだかが告知の終了した瞬間に駆け出したのを見て一目散に試験会場内へ走り始めた。

 

「隣のに触発された結果とはいえ、それなりのスタートだな」

 

「ま、そうだなあ。普段から状況に即応できるよう鍛えてねえとここですぐに走り出すのは厳しい。そういう意味じゃあ、こっから先にも期待できるな」

 

 視点が変わる。試験会場入口から直通の大通りを見下ろす位置から、めだかが、そして少し遅れて善吉が、それぞれ駆けてくるのが見えた。

 

 大通りに屯していたヴィラン役のロボットエネミーたちは当然これに気づく。1ポイントと2ポイントのものが一体ずつ少年へ、3ポイントのものが少女へ、それぞれ突進し始めた。

 

標的(ヒョウテキ)発見(ハッケン)! ブッコロス!』

 

 画面が少年の方にズームインする。

 

『カッ! 嬉しいねえ、最初から豊作だ!』

 

 善吉は笑うと、1ポイントロボット目掛けてハイキックを繰り出し、彼を捉えるため低く構えられていたカメラアイを爪先で頭ごと蹴り飛ばした。胴との接続を断たれて飛んだ頭部は、カランと音を立てて道路へ転がる。善吉は少し首を傾げてから蹴り足を戻した。

 

『おっ、とっと……。これじゃあお母さんに頼んでわざわざ靴仕立ててもらったのも意味ねえか?』

 

 言いながら2ポイントのエネミーに向き直った少年は、再び蹴りを放つ。一発目は低く、四足歩行型の2ポイントエネミーの前脚を刈り取るような下段の回し蹴り。それが命中し、エネミーがつんのめると、二発目の下から伸び上がるような蹴りがその頭部を襲う。

 

「おお」

 

 誰からともなく感心の声が漏れた。

 

「いいわね。狙いが正確で、動きが綺麗。これはサバットかしら?」

 

 問いかけたのは18禁ヒーローミッドナイト。

 

「ああ。若干アレンジが加えられてはいるが、基本的に靴の重量を利用するように蹴っている」

 

 イレイザーヘッドが、無精髭を撫でながら答えた。

 

「護身術にしては過剰だが、(ヴィラン)相手なら合理的だ。実戦を見据えた身体作りをしているな」

 

 画面端からエネミーの破片が飛び散り、少年の足元でカランと落ちた。

 

『しかし、ここにいると()()()()()()な……』

 

 善吉の呟きを、フライングレンズの“個性”が拾う。

 

 また景色が変わり、路地の一角を見下ろすように視点が移った。少しして、スクリーンに先程の金髪の少年の姿が映る。

 

「……大通りから離れたのは何故だ? 届け出を見るに範囲攻撃のできる“個性”じゃあないが、だからと言って大量収穫の見込めない路地に入るのは得策じゃないはずだ」

 

「さあ? 後続が追い付いてきたからリードを広げようとしたんじゃない?」

 

 エネミーと接敵していない場面は早送りにしながら、視点が目まぐるしく変わる。少年は路地から路地へ止まらず走りながらエネミーを着実に撃破していき、試験時間が残り半分に達した頃には23ポイントを稼いでいた。

 

「……悪くはありませんね。“個性”が広範囲に及ぶものでない分を足を止めずに走り回ることでカバーし、エネミーの頭部・関節部を確実に破壊して最小の手数で撃破している。受験生とかち合ったら避けて、戦闘音のない方、つまり都市の奥に向かってもいます。基本的なことではありますが、誰もが冷静に模範解答を出せるわけではありませんし、ましてやそれを実行できるわけでもない」

 

 手を組んでここまでの経緯を見守っていた教師、セメントスの言葉に、イレイザーヘッドが静かに首を横に振った。

 

「だが、足りない。ここから先はエネミーの分布もより薄くなるからペースダウンは必然、そうなれば体術主体でエネミーを撃破してきたコイツは一気に苦境に立たされることになる。レスキューポイントがないのも痛い……ん?」

 

 少し立ち止まり、息を整えて腰にくくりつけたペットボトルから水を飲む善吉の目の前に、横合いから別の、野暮ったいジャージを着たそばかす顔の少女が現れた。だが、様子がおかしい。

 

『た、助けて!』

 

 見れば、少女は右腕を抑えている。指の合間から見える袖は強引に破られており、顔は恐怖に歪んでいる。

 

「……綺羅波(きらなみ)破那子(はなこ)か」

 

 イレイザーヘッドが、そう言いながら手元の資料をめくる。そこには件のそばかす顔の少女が受験時に提出した情報が記されていた。

 

「“個性”は『空間波』、狙ったもの以外の物質を透過する『波』を作り出せる個性か」

 

 画面内では、少女が必死の形相で善吉へ助けを求めている。

 

『あ、あなた、助けてちょうだい!』

 

『あー、一旦落ち着け。どうした、エネミーにでも追われてんのか?』

 

『い、いや……。それが、ひぃっ!』

 

 何かを言いかけた少女は、そこで振り返って尻餅をついた。何事かと駆け寄った善吉の背後に少女がしがみつく。そこへ、また別の声が響いた。

 

『なあ、そこの君。そいつをこっちへ渡してくれよ』

 

 視点が移る。少女が駆けてきた路地の奥から、また別の、全身白づくめの服を着た白髪の少年が歩いて来ている光景がスクリーンに映し出された。右手には少女のジャージの袖と思しき布をぶら下げており、それを地面に引き摺るようにしてゆっくりと歩いている。

 

「彼は?」

 

捻切(ねじきり)白々(しらじら)。“個性”は『身体変化(へんげ)』だな」

 

『そいつはよお、僕が壊すまであと少しだったエネミーを横から掠め取りやがったんだ。しかも3ポイントだぜ、3ポイント!』

 

 善吉が無言でちらりと振り返ると、少女は気まずそうに目線を逸らした。

 

『そういうわけで、そいつをちょっと痛めつけてあげないと気が済まないんだよ。もう時間もないし、そんなクズ、別に庇う義理もないだろ? 分かったら早くどいてくれよ』

 

 首に手をやりながら、白髪の少年は追い払うような仕草をした。

 

『……お前、こんなことよりエネミーの方に行かなくていいのか? もう時間がないのはお互い様だろ?』

 

『ああ、安心して。どうもロボットどもは戦闘音に引き寄せられるみたいでね。僕がそこのクズを程よく殴ってると、僕の気が晴れる上に、エネミーどもも自動的に寄ってくる。一挙両得ってやつだね』

 

『……プレゼントマイクが言ってたの聞いてなかったのか? アンチヒーロー行為は禁止だって』

 

『うん? そこのクズは僕の獲物を横取りしやがったんだ、(ヴィラン)みたいなもんだろ。つまり、そいつに制裁を加えることが善で、善を執行する僕がヒーロー。だから何の問題もない。分かった?』

 

そこまで聞いて、善吉は長く息を吐いた。

 

『………ああ、分かったよ。確かにエネミーの横取りは許されることじゃない。お前は正しい』

 

 やんわりと少女の手を外した善吉はゆっくり少年へ向かって歩き始めた。膝立ちのままだったそばかす顔の少女は、絶望の表情を浮かべて後ずさる。

 

『それじゃあ……』

 

 言いかけた白髪の少年の顔面を、突然駆け出した善吉の拳が強打した。少年は驚愕の表情のまま後ろへ倒れ、尻餅をつく。

 

『だけど、()()()()()()()()()()()()()!』

 

 善吉は走り寄った勢いのまま白髪の少年にマウントポジションを取り、素早く三角絞めに移行して少年を地面に縫いつけた。

 

『は? めだかちゃん? 一体何を!』

 

『俺の幼馴染に、ヒーロー目指してるヤツがいてな』

 

 背後の少女へ逃げるよう手をひらひら振りながら、善吉は面倒くさそうに言った。

 

『俺としては正直なところどうでもいいんだが、アイツはヒーローってのは敵も味方も大切にするものだって言ってた。なら、それはきっと正しいんだよ。だから、ヒーローを名乗るお前をそのままにしておくわけにはいかないんだ』

 

「見事な拘束だな。柔道も修めてるのか」

 

 イレイザーヘッドが、珍しいものを見たとばかりに机に身を乗り出した。

 

 白髪の少年は逃れようともがいているが、善吉の体重と少年自身の身体を利用した絞め技は外れない。少女は既に別の路地に入り、その姿は見えなくなっている。

 

『けど、俺はアイツじゃねえ。お前を改心させるなんてできそうもないし、さっきの女の子の方を引っ捕らえて反省させて謝罪させることもできない。俺にできることはといえば、せいぜい彼女が逃げるまでお前をこうして捕まえておくことだけだよ』

 

『ふざけるなよ…』

 

 押さえつけられた少年の目に不穏なものが宿る。

 

『こんな拘束、僕の“個性”を使えば一発で抜けられるってのにさあ!』

 

 途端、少年の身体が蠢いた。腕が柔らかいゴム状になり、頭が内側に縮小し、三角絞めから抜けやすいよう身体が変質していく。しかし、少年の“個性”発動を目にしてなお、善吉の顔に焦りはない。

 

『知ってるか真っ白野郎』

 

 善吉は寝技を解いてあっさり立ち上がると、地面の上でうねうねと動く少年の身体に語りかけた。

 

『身体操作系の“個性”は、変身途中が弱い』

 

 善吉はそのまま少年の身体をつま先に乗せ、ひょいと蹴り飛ばした。長細く変化していた身体は少し飛んでからアスファルトの上に落ち、鈍い音を立てた。

 

『しかし羨ましいぜ身体操作、今の落下もダメージがねえんだろ? もう一度絞めてやるから身体戻せよ』

 

 少年の身体はしばらく蠢いた後、元の少年の形を取り戻した。

 

『…………ッチ!』

 

 先ほどと同じく余裕のある構えで立っている善吉を一度強く睨んだ少年は、舌打ちをして元来た方へ去っていった。

 

『……畜生、余裕がねえってのに時間使っちまった…』

 

 善吉は一つ溜息を吐きガシガシと頭を掻くと、先ほど少女が逃げていった方を向いた。

 

『さて、エネミーが残ってるといいんだが』

 

 視点が移る。

 

「素晴らしい! 少女から離れた場面は少しヒヤッとしましたが、技量、即応力、共に申し分ありませんね。対応そのものには満点をあげて良いくらいです」

 

「だが、締め技という選択は危険だった。もし相手が強力な“個性”を持った(ヴィラン)であれば、ああいった拘束は通用しなかっただろう」

 

「そこは追われてた少女の様子を見て判断したんじゃない? 袖が千切れてるだけで目立った外傷はなかったわけだし」

 

「それでも少女の方に怪我のことを訊かなかったのはいただけないね。走れないほどのものだったらそもそもあの作戦は成立しなかったし、少女と少年がグルってオチもあり得た。今回は運が良かっただけと捉えられても仕方ないさね」

 

「いずれにしてもクールなリスナーだったぜ、ますます気に入った!」

 

 教師たちは口々にこの一幕への評価を挙げる。

 

 スクリーン上では、善吉が三体の1ポイントエネミーと相対していた。右の蹴りの一発で一体を仕留め、間合いを離してから後ろ回し蹴りで近寄ってきた一体の胴を捉え、もう一体を巻き込み押し倒しまとめて踏み抜いたその時。

 

 ゴゴゴと地響きを立て、〈0〉と大きく刻印された巨大なロボットが地中から姿を現した。

 

『うわあああああ!? なんだありゃああああああ!!』

 

 善吉はそれを目にすると、向かってくると判断したのか、その場から一目散に逃げ始めた。

 

 視点が移る。善吉が、彼がめだかちゃんと呼ぶあの黒紫の少女と再会し、頭を掴まれ引き摺られ、解放された後しばらくぶつぶつ呟いた後自ら彼女を追って走っていく一部始終が映し出された。

 

「……非合理的だな」

 

 イレイザーヘッドが首を振った。

 

「あらそう? 私は好きよ、恋する男の子ってカンジで」

 

 口に手を当てたミッドナイトが返す。

 

「残り時間が3分もないとはいえ、エネミーを探すことを諦めてしまうのはいただけませんね。これでは現在のもの以上の(ヴィラン)ポイントは望めませんが…」

 

「C会場といえばあのド迫力のデカブツ撃破だろ! 直接じゃねえがコイツも関わってる、レスキューポイントがあるぜ!」

 

 スクリーンでは善吉が駆けつけた巨大エネミー前の道路が映されていた。画面奥では受験生の少女がエネミーの撒いた瓦礫に巻き込まれ、うつ伏せに倒れている。

 

『クソッ!』

 

 善吉が駆け出す。

 

「さっきもだけど、思い切りの良さはいいわね」

 

「ただ、このままでは間に合うかどうかは怪しいところですね」

 

『おい、一緒に抱えるぞ!』

 

 善吉は走り寄る緑髪の少年に気づいたらしく、声をかけた。しかし少年は加速しながら首を振り、彼に叫び返す。

 

『僕が、壊す!』

 

 少年が大きく踏み込み、上方へ跳び上がる。

 

『はあ!?』

 

 驚きながらも少女の元へたどり着いた善吉へ視点がズームインする。

 

SMAAAAAASH!!

 

 画面外から声が響き、善吉が腕を振り仰ぐ姿が映し出された。

 

『おいおいおいおい、マジか!』

 

 叫んだ善吉は、視線を爆発四散する機械へ向けて倒れたままの少女の前に立つ。

 

『シッ!』

 

 右へ一度、左へ二度。爆風のために飛んでくるコンクリートと機械部品のかけらを的確に蹴り退けた善吉は、背後を振り返って倒れていた少女の無事を確認すると、先ほどの緑髪の少年を探すように上を向いた。

 

『……アイツ着地できるんだろうな!?』

 

『それは私が受け持とう』

 

 突如として善吉の横に現れた黒い何かが画面を横切り、そのまま上へ跳ぶ。

 

「……まあ2、3点、多くて5点ってところか」

 

「ええ。走り出しは悪くなかったし狙いの伝達も簡潔だったけど、いかんせんあのままでは間に合わなかったっていうのがネックよね」

 

「その後立ち上がれないでいた少女を守った足技は相変わらず見事でしたが、緑の少年の後始末という色の方が強い。あまり高い得点は与えられませんね」

 

「まあそもそも着いた時点で教員出動一歩手前だったんだ、よくやった方だろ。倒れてたリスナー庇えたのはエネミー探すの断念しているかどうかもわからない救助者探してのことだし、俺としちゃあ5点やるのも吝かじゃねえな」

 

「とはいえ(ヴィラン)ポイントが30近くあるんだ、レスキューポイントとの合計で50は固いな」

 

「いやーなかなかいい素材だ! “個性”を使わずにこれとは、今年はあのデカブツを撃破した彼といい豊作だな!」

 

「しかしあの前半の救助行為のレスキューポイントはどうする? 私としては25、いや30点あげても……」

 

「いやいや、それは……」

 

「そうは言ってもやはり……」

 

 教員たちの議論が勃発し、そして一通り盛り上がり、終わった頃。

 

 人吉善吉の雄英高校入試の得点が決定した。

 

 人吉善吉:(ヴィラン)ポイント28点・レスキューポイント27点・計55点

 

*

 

「———よし、次。受験番号00013、黒神めだか」

 

*

 

 スクリーンに映ったのは、縦横無尽に振われる、純然たる力の嵐。

 

 視界に入る全てを蹂躙するその姿は、(まさ)しく暴力の化身であった。

 

『あはははははは!』

 

 黒紫の髪を嬉しそうに振り回す少女は、凶暴かつ高火力の3ポイントエネミー2体に挟まれてなお、高らかに笑っていた。

 

 めだかを挟んだ戦車型のエネミーが同時に構え、両肩に備えられたミサイルポッドからそれぞれ四発のミサイルを立て続けに放出した。しかしそれらは素手で叩き落とされ、打ち返され、引っ掴まれ後ろから来るものへぶつけられ、目標へ傷の一つもつけられないまま却ってエネミーの身体を爆発により傷つけることになる。最後の一発が顔面にクリーンヒットして目標を見失った戦車型を背にしてめだかは他方の3ポイントエネミーに飛びかかり、左拳の一発で体勢を崩し右のアッパーでカメラアイの備えられた頭をかち上げた後、その頭を片手に掴んで引っこ抜き、後ろでようやく照準を彼女へ合わせることができたエネミーへ投げつけ、先ほどの爆発で罅の入っていた首をへし折ってエネミーの頭部を吹き飛ばした。

 

 この間、僅か2秒である。

 

「………」

 

「……ねえ、届け出にあったこの子の“個性”、なんだっけ?」

 

「『解析不能(アブノーマル)』。なんでも、診断しようとした医者が判定を諦めたらしい。本人にも突き抜けた学習能力と耐久性があることしかわかっていないとのことだ」

 

「………そう………」

 

 呟いたミッドナイトは、先ほど見せられたあまりに衝撃的な光景を思い返していた。

 

 試験開始直後。他の受験生に先駆けていち早く会場に駆け込んだめだかは、走り寄ってくる3ポイントエネミーと対峙していた。射程圏内に彼女を捉えたエネミーは、照準を合わせるとすぐさま備え付けられたポッドからミサイルを発射した。

 

 試験用のエネミーであるため目で追える程度の速度しか出さないそのミサイルを、しかしめだかは避ける素振りを見せるでもなく、むしろ両腕を顔の前にクロスしてそのまま突っ込んだ。

 

 当然、BOMB(ボン)! と爆発が起きる。その、爆炎の中から。

 

『シィッ!』

 

 傷一つなく、少々煤けた程度のめだかの右拳が突き出され、エネミーの装甲をまるで紙か何かのように貫通した。動力部を貫かれたのだろう、3ポイントエネミーはそれきり動作を停止する。

 

 立ち止まっためだかはちらりと後ろを振り返り、続々と入ってくる受験生たちを確認する。画面からはよくわからないが、何事か納得したらしい彼女は一つ頷くと、目を瞑ってその場で小さく跳び始めた。

 

 一度、二度、三度。当然ながら、他の受験生たちはその場に留まる彼女へ追いつかんとしている。大勢の足音を背後に聞きながら、しかし彼女は跳び続ける。

 

 そして、受験生たちの先頭を走っていた、両足のふくらはぎにマフラーの付いた青年が彼女をまさに追い越そうとする、その一瞬。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一陣の風が吹き荒れた。

 

(まあ、同じ受験生にあれだけ強力な範囲攻撃ができる子がいるって知ってたら、誰でもさっきの子みたいにその場を離れるわよねえ……)

 

 改めて納得した彼女は、採点に集中すべく再び画面に意識を戻す。

 

 中央の大通りからまっすぐエネミーを撃破し続けながら進んだめだかは、開けた十字路で戦っていた。辺りには壊れた機械部品が散乱し、先ほどの3ポイント二体でエネミーが狩り尽くされたそこは、周囲から戦闘音が響く中そこだけ風が凪いでいるかのように静かだった。

 

「7分経過時点で80ポイントを獲得、今のところレスキューポイントは一桁とはいえこのペースが続くならヴィランポイントだけで100を超えることになりますね…」

 

「素の戦闘力と索敵能力の組み合わせが恐ろしいほど試験内容と噛み合っている。バトルセンス、判断力、持久力、どれを取っても一級品だ。黒神めだか、聞いてはいたが、中学生にしてここまで完成されているとは…」

 

 めだかは構えを解くと、肩の凝りをほぐすように頭を左右に振ると、目を瞑り腕を組んで立ち止まった。

 

『———』

 

 少しの間そうしていた彼女は、ぱちりと目を開けると唐突に駆け出す。

 

 視点が移る。右へ駆け、右へ、そしてもう一つ右へ曲がり。めだかが飛び出した路地では、1ポイントエネミーが二体、2ポイントエネミーが一体、争乱に惹かれてか彼女が元いた交差点へ向かおうとしていた。

 

『はは、遅すぎてこちらから来てしまったぞ!』

 

 めだかはエネミーを()()()()強襲する。

 

「まただ。コイツ、間違いなく見つける前からどこにエネミーがいるかわかってるな」

 

「これも“個性”かしら?」

 

「いや、解析不能とは言っても学習能力と耐久性だけだろ? 怪力の方は耐久力による筋肉超回復の強化と考えれば筋は通るが、これは…」

 

「エコーロケーションだね」

 

 またもや互いに議論を始めた教員たちへ、腰より低い位置から声が割って入った。この部屋唯一の喋れる齧歯類(げっしるい)にして雄英高校校長、根津である。

 

「本来イルカやコウモリなんかがする行為。さっき、彼女目を閉じて何か聞いてたたろ? あれは多分自分の出した超音波に類するものを聞き取ってたのさ」

 

 聡明なる校長の説明に納得しかけた雄英教員は、しかしある矛盾に気づく。

 

「……いや、でもそれって、」

 

「そう、学習能力がどうこうという話ではない。人体に不可能なことを、自発的に行っているんだ。むしろ身体変化系の“個性”に近しいのかもしれないね、『解析不能(アブノーマル)』とは」

 

 問答しているうちに、画面内ではめだかが十秒とかからず三機のエネミーを解体し終えている。最後の一撃で1ポイントエネミー二体の胴体を同時に木っ端微塵にした彼女は、再び腕を組んで立ち止まった。

 

『——む。これは……』

 

「ああ、C会場ではこの辺りの時間でしたか」

 

「そうだな。出るぞ、0ポイント(巨大エネミー)

 

 地響きとともに、遠くの方に巨大なロボットがビルを倒しながら現れる。それを見ていためだかはしばらく黙って腕を組んでいたが、やがて目的地が定まったのか、駆け出した。その口元に笑みを浮かべて。

 

 道中、1ポイントエネミーが二体所在なさげに屯している場面に通りがかった彼女は、立ち止まることなく跳び上がりながら両腕を広げ、エネミーの頭をその勢いのまま()()()()、そのまま走り続ける。

 

『あははははは!』

 

 抑えきれず漏れたものか、その所業に似合わぬ可憐な笑い声が入り組んだ路地を響く。

 

 駆けていた小道から抜け出しためだかは、そこで人吉善吉と再開する。

 

『善吉ではないか! この試験、ヒーローとしての資質を見るにはどうかとも思ったが、機械相手というのも存外に楽しいものだぞ! 何せ力を加減しなくてよい!』

 

 幼馴染の頭を掴んで引き摺り、解放し、笑いかけて走り去る。一連の行為が、先ほどに繰り返し再びスクリーンに流れた。

 

「そういやよ、この黒神っつう受験生(リスナー)はさっきの人吉と同じ中学なんだろ? なんで同じ受験会場にいるんだ?」

 

 ちらりと他の教員の顔を見回しながらそう言ったプレゼントマイクに答えたのは、難しい顔をした根津校長だった。

 

「うーん、それがね……。何度抽選を繰り返してみても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という現象が起きたんだ。確率操作系の“個性”効果を警戒して相澤くんに本人を『視て』もらいながら抽選しても同じ結果が出てね、文字通りお手上げってやつさ」

 

 『解析不能(アブノーマル)』とは一体何なのだろうね、と呟く根津。

 

 視点が移動する。0ポイントエネミーの前まであっという間にたどり着いためだかは、慌てふためき逃げ惑う受験生たちの姿を見るや否や近くの街灯の上に跳び乗り、声を上げた。

 

『落ち着け! あやつは図体だけだ、冷静に退避すれば一発ももらわない!』

 

 高い位置からかけられる声に幾らかの受験生は落ち着きを取り戻したが、大半は大勢の足音と恐怖心のためにめだかの声を耳に入れていない。

 

『む……』

 

 めだかは電柱から電柱へ跳び移り、同じことを繰り返す。

 

『落ち着け皆の者! こいつは足が遅い、焦らず遠ざかれば安全だ!』

 

 視点が変わる。画面の奥では巨大機械が拳を地に叩きつけることにより発生していた土煙が止み、一人の少女が瓦礫に巻き込まれて立てなくなっている様子が見える。

 

『……!?』

 

 弾かれたように動いた者が三人いた。一人はちょうどこの路地へたどり着いた善吉。一人は尻餅をついていた緑髪の少年。そして、最後の一人はめだかである。電柱の上に立っていた彼女は、少女の姿が目に入った瞬間にその位置から飛び降りた。

 

 三人のうち最速の初動を見せた彼女は、しかし、立ち上がった緑髪の少年がその傍を駆け抜けると立ち止まった。まるで何かに殴られたかのように驚いた顔をした彼女は、そのまま少年が跳び上がり、拳を振りかぶるのを呆然と眺めていた。

 

SMAAAAAASH!!

 

「どうしたんだ? これまで見せていた彼女の速さなら間に合ったはずだが」

 

「さあ、少年の方に任せたんじゃないか?」

 

 爆散、そして爆発。それを見ていためだかは、そこで初めて我を取り戻した。自らの頬を強く張った彼女は、緑髪の少年が腕を振り回しながら落ちてくる様子を見ると、即座にクラウチングスタートの姿勢を取った。

 

『……アイツ着地できるんだろうな!?』

 

『それは私が受け持とう』

 

 疾走しためだかは、地面に蜘蛛の巣上の亀裂を産む踏み込みとともに、撃ち放たれた砲丸のように飛び出し、落下してくる少年を勢いを殺さないまま抱き留めた。

 

『…ぅゎぁあああああああ、え、えええええ!?』

 

 少年の絶叫が困惑の声に変わる。空から落ちていると思えば横合いから来た少女の胸に抱きかかえられているのだ、当然だろう。

 

「彼女、上手いね」

 

 根津のコメントに頷いたのはイレイザーヘッドだった。

 

「ああ。本来怪我人にあんな扱いをしたら怪我がひどくなるだけだが、コイツは少年の身体へ腕を巻きつけ、できるだけ右腕と両足に負荷がかからないように捕まえた。最初から怪我の様子を把握してないとできる芸当じゃない上に、把握していたとして自分も相手も身体を傷つけないように力を加えることはそう簡単な作業じゃない」

 

「当然、レスキューポイントも相応に高いものになる。いやはや、豊作とは言っても、ここまでのものは予想していなかった!」

 

 教員の一人から上がったそんな声に対して。

 

「そうかい? 僕は彼女ならこれくらいやってくれるんじゃないかって思ってたよ」

 

 根津が、言葉とは裏腹に嬉しそうな声音でそう返した。

 

 かくして、黒神めだかの雄英高校入試の得点が決定した。

 

 黒神めだか:(ヴィラン)ポイント92点・レスキューポイント38点・計130点

 





白々くんと破那子ちゃんは多分再登場しません。破那子ちゃんに関してめだかの上から目線性善説を入れたかったのですが、尺と試験の都合で断念しました。

撮影ヒーローに関しては、こういうのがいたら強い上に面白そうと思ったのが登場させた理由の一つ。もう一つは、倍率300倍で合格者26人、単純計算で受験者が8000人近くいる雄英高校入試のレスキューポイント採点は筆記による足切りもある可能性があるとはいえやはり一度にやるのは非現実的で、録画データといっても戦闘の余波で破壊されることもあり得て、あまり多くのものを用意してもいちいち受験生を探すのが大変なカメラを頼るのはあまり得策ではない、なら雄英はどうするか、と考えた結果プロヒーローを雇うという結論が出たためです。原作中で教師たちが生で試験会場を見ていたのは単に監督のためという解釈です。

以下、蛇足気味の設定集です。

・フライングレンズ
本名万瞳(ばんじょう)千里(ちさと)。陰気な猫背の男性。髪色は灰に黒のハイライト。
誤解されることも多いが、覗きなどのために“個性”を使ったことはほとんどない。
ユニバーサルモニターとの出会いは中学校。彼女とタッグを組むまでは他人に情報の真偽を提示できず、事前に触れた物からしか遠視できない自分の“個性”を「はずれ」だと思っていた。当時近所を騒がせていた透明化の“個性”を持つ窃盗犯を二人で証拠付きで警察に突き出したことを契機にプロになっても一緒にやっていこうという約束をした。
ゴーグルは想起に邪魔な情報が入らないよう特注したもの。本人曰く個性によって設置した視点のイメージは棚に並べられたファイルというものであり、ページを開くことで記録した光景を再生できるらしい。

・ユニバーサルモニター
本名射投(いとう)(つなぎ)。背の高いショートカットの女性。赤い目と薄い青の髪をしている。
生来の正義感の強さと個性の特色から当初は警官を目指そうと思っていたが、フライングレンズとともに解決した事件を機にヒーロー科への進学を決意、ヒーロー免許を獲得し卒業した。
頭脳明晰であり、ヒーロー免許の他に事務所開設・運営に必要な資格は全て彼女が持っている。興信所開設も彼女の提案によるもの。
“個性”の本質は情報の伝達であり、こめかみに触るのは精度を高めるため。そのため攻撃に転用すると身体に触れるだけでヴィランを感覚情報の過多によって前後不覚に陥らせることができるという、絵面としては地味ながらヒーローとしては極めて優秀な能力でもある。
仕事着はもっぱらスーツであり、ワンタッチで指を出し入れできる手袋を常備している。


・綺羅波破那子
赤い髪を肩あたりでバッサリ切った髪型をしており、目はハシバミ色。
“個性”は作中でも語られた通り空間の中にある力の『波』を見て干渉できるもの。『波』はぶつけたところでそこまで威力が高いわけではなく、また触れるタイミングもまちまちなので、戦闘に使うにはギャンブル色の強い“個性”。
父が空間固定の“個性”を持つプロヒーローであり、その父の仕事姿に憧れてヒーローになるべく雄英を受験したが、同じ受験生たちのハイペースなポイント稼ぎに焦って白々のことが目に入らないまま瀕死の3ポイントエネミーに攻撃してしまう。


・捻切白々
白髪に碧眼、服も靴も全て白一色で揃えている。
“個性”は身体変化、具体的には自分の身体の形状・性質を(質量を保ったまま)変化させられるという強力なもの。実質的に物理ダメージ無効であり、またやろうと思えば切島鋭次郎のようなこともできる。ただし発動時間に難があり、また長時間人体と異なる性質のものへの変化は人間の身体戻った時の負荷が大きい。
自分のものに手を出されることを何よりも嫌う自尊心の強い少年。雄英を受験したのはトップじゃないと気が済まないため。
個性の発現が早く、そのために自分は他の者と違う「特別」だと思っている。母子家庭で生まれ育ったため自分を女手一つで育ててくれた母親への感謝は持っており、ヒーローになりたい理由も「自分の立派な姿を母親を含む全ての人々に見せたいから」。

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