悪平等(ぼく)の箱庭アカデミア   作:小豆小路

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第四話「戦闘訓練のお時間」

 

「どーいうことだデクてめェ!!」

 

 叫び、駆け出したのは勝己だった。「爆破」の“個性”を加速に使ってまで出久へ迫る勝己へ、相澤の手元から伸びる布が絡みつき、同時に掌から発生していた爆発も消滅する。

 

「ぐっ……! んだこの布、固っ……!」

 

 拘束されてなお動こうとする勝己は、しかしその場から一歩も動けない。

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、どうでもいいことに“個性”を使わすなよ……」

 

 見れば相澤の前髪が浮き上がり、隈の目立つ両目が露わとなっている。

 

「俺はドライアイなんだ」

 

 その言葉を聞いた出久が息を呑む。

 

「かっちゃんの“個性”が消えた……。それにあのゴーグル、そうか……! 抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」

 

 出久の言葉に、1-Aの面々が顔を見合わせる。

 

「えー知ってる? 私知らない」

 

「あ、名前だけなら見たことあるかも」

 

「“個性”を消せるってこと? ヤバすぎないか?」

 

 ふっ、と相澤の髪が下り、抹消の“個性”が解除される。

 

「時間が勿体無い。次、準備しろ」

 

 騒ぐ学生たちを無視して勝己の拘束を解いた相澤はそう言い、ボール投げの円の隣へ戻った。

 

 出久のもとへ、心配げな顔をした善吉が走り寄る。

 

「おい緑谷、指大丈夫なのかそれ?」

 

「あ……うん……」

 

 出久は歯を食いしばりながら答える。

 

「この後手を使う種目はないし、大丈夫だよ。僕は、まだ動ける」

 

 見れば、出久の指は出血こそしていないものの変色し、腫れ始めている。相当痛いのだろう、脂汗まで滲ませた上で強引に笑う彼の顔を確認して、善吉は溜息をついた。

 

「……はあ、そうかよ。じゃあ、その指貸してくれ」

 

 ポケットからハンカチとボールペンを取り出した善吉は、器用な手つきでペンを添え木に出久の指をまっすぐ伸ばした状態で固定した。

 

「これでよし、と。折れてるかもしれねえからな、今はこれくらいしかできねえけどないよりはマシだろ。あくまで応急処置でしかないから、絶対に後でリカバリーガールの婆さんに診てもらえよ」

 

 じゃ、残りも頑張れよ、と。片手を振ってそう言って去る彼の後ろ姿へ、出久は呼びかけた。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

 善吉がちらりと振り向く。

 

「ありがとう、人吉くん!」

 

 目を細めて笑いかける出久へ、善吉もまたニッと笑った。

 

「おう! どういたしまして!」

 

*

 

 残りの種目は滞りなく行われた。好記録を出さねばならないプレッシャーに由来する緊張こそ消えたものの、今度は右手の指の痛みと戦わねばならなくなった出久は以降の種目でも目立った記録を出せず、それどころか持久走では集中できず特に低い記録を出すことになり、結局状況を根本的に打開することができないままテストを終えた。

 

「んじゃ、集合」

 

 心配げな善吉とうなだれた出久が、相澤の呼びかけに従いクラスメイトの集まるグラウンドの中央に集合する。

 

「パパッと結果発表する。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括開示する」

 

 電子音と共に、空中に今回の“個性”把握テストの結果が投影される。当然、最下位はボール投げ以外まともな記録を出せなかった出久だ。ただでさえ沈み込んでいた緑色の頭が、更に深く垂れる。そこへ、相澤が何でもないことかのように言った。

 

「ちなみに除籍はウソな。君らの個性を最大限引き出すための合理的虚偽」

 

 空気が凍った。

 

「「「はーーー!?」」」

 

 数名が、特に出久がとてつもない顔をして驚きの声を上げている。善吉も声にこそ出さなかったものの内心驚きを隠せないでいた。ちらりと横を見れば、やはりと言うべきか、めだかは驚いた様子もなく腕を組んだままだ。

 

「あんなの嘘に決まってますわよ」

 

 そう言ったのは、推薦入学組の八百万(やおよろず)(もも)。皮膚から任意の物体を生み出せる万能な『創造』の“個性”を用いて今回のテストでも好成績を残した彼女は、呆れた様子で腰に手を置いていた。

 

「まったく、少し考えればわかることでしょうに…」

 

「ま、そういうこと。これにて終わりだ、教室にカリキュラム等の書類あるから戻ったら目を通しとけ」

 

 相澤はクラス全体へ向けてそう言うと、手に持っていたクリップボード上の紙に何かを書いてからその紙を出久へ差し出した。見れば、保健室の利用許可証のようだ。

 

「緑谷、保健室でリカバリーガール(バアさん)に治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ、覚悟しとけよ」

 

「……っはい!」

 

*

 

「なーめだかちゃん、“個性”把握テストでやってた持久走のアレ、一体何だったんだ?」

 

「なに、大したことではないぞ。切島同級生の“個性”から着想を得てな。地面を蹴った際の反発力を強めるため、接地の瞬間だけ競技用の義足のように足の筋肉を硬質化させたのだ。名付けて黒神エンハンスと言ったところか」

 

 保健室をぐったりした様子で出てきた出久を出迎えたのは、廊下で会話する善吉とめだかの姿だった。出久に気づいた善吉は軽く手を振り、鞄から数枚の書類を取り出した。

 

「よっ、お疲れさん。ほら、これお前の分のプリント」

 

 差し出された書類を、出久はおどおどと受け取る。

 

「あ、ありがと、人吉くん」

 

「どういたしまして。んじゃ、帰るか」

 

 言った善吉は、大きく伸びをした。三人は連れ立って校門へ歩き出す。

 

「っかー、しっかし疲れたなぁ! あの相澤って教師もとんだ食わせ者だったな、あんな嘘吐いてまで俺たちの限界見たいかっての!」

 

「うん……。最下位でも除籍にならなくてよかったよ……」

 

「いや緑谷同級生、あれはだな……」

 

「君たち!」

 

 “個性”把握テストの疲れに加えてリカバリーガールの治癒で更に体力を使い、ぐったりしている出久の肩に、誰かの手がかかる。

 

「あん? ってああ、飯田じゃねえか、どうした?」

 

 飯田天哉が、三人の後ろに立っていた。

 

「いや、そちらの緑谷くんの怪我が気になってな……。指は治ったのかい?」

 

「ああ、うん……。リカバリーガールのおかげでね」

 

「そうか、それは良かった!」

 

 にこりと笑った天哉は、三人の横に並ぶとクイッと眼鏡を持ち上げた。

 

「それにしても相澤先生の除籍宣言にはやられたよ。「これが最高峰!」などと思ってしまった」

 

 悔しがるように顎に手を当てる天哉に、めだかは眉を吊り上げる。

 

「ふむ、飯田同級生も何か勘違いしているようだな。そもそも相澤先生は……」

 

「おーい、そこの4人ー! 駅まで? 待ってー!」

 

 後ろからボブカットの茶髪を揺らしながら手を振り走ってきたのは、麗日お茶子であった。

 

「君は(無限)女子」

 

「よう、麗日じゃねーか。どうしたんだ?」

 

 声をかけた天哉と善吉へお茶子はにぱっと笑った。

 

「いやー、帰ってる間にみんなの姿を見つけて、せっかくだから一緒に帰ろうかと思いまして。それで、何の話?」

 

 首を傾げるお茶子に、天哉が眼鏡に手をやりながら答える。

 

「今日の“個性”把握テストのことだ。なんでも相澤先生について俺たちが勘違いをしているらしいのだが……」

 

 善吉が訊く。

 

「それでめだかちゃん、勘違いってのは?」

 

「なに、簡単なことだ。相澤先生はもともと見込みのない者は除籍処分にするつもりだった。たとえ最下位でなくとも、な」

 

「え、ええ!? そんな……」

 

 よほど驚いたのか、出久が飛び上がった。どうやら除籍処分という言葉自体に恐怖心が芽生えているらしい。めだかが呆れたように言う。

 

「当然だろう。相澤先生は何よりも合理性を重んじる方だ。自身がヒーローになり得ないと判断した生徒にまでリソースを割り振るような非合理的な真似など、先生が最も嫌うところの愚行だ」

 

 そこまで聞いたお茶子が、何かに気づいたような顔をして手を合わせる。

 

「あ、でも、それじゃあ……」

 

 めだかはにやりと笑う。

 

「その通り。喜ばしいことに我々1-Aは全員、ヒーローの素質ありと判断されたわけだ」

 

「よ、よかったぁ……」

 

 出久の肩が安堵に下がる。もしめだかに声をかけられた場面で腕を壊す勢いのOFA(ワン・フォー・オール)を撃っていれば、ヒーローとして不適格と判断され除籍処分を下されていたかもしれない。改めてめだかの助言の重みが肩にのしかかってくるように思えた。

 

(ヒーローとしての自分を常に意識しなければ、雄英(ここ)では上へ行けないんだ……。実際今日のテストでも、みんなどこか余裕を残してた)

 

 今回の“個性”把握テストの経緯を思い返していた出久は、めだかの助言まで記憶を辿ったところでぼそりと呟いた。

 

「……本来の、使い方……」

 

(黒神さんにはOFAの『別の使い方』が見えている? どういうことなんだろう……。訊いてみるか? いやでもそうすると“個性”の説明をしなくちゃいけなくて、オールマイトとの関係を疑われるわけにはいかなくて、そのあたりをちゃんとぼかしながら話せる自信はないから……)

 

「あ、そうだ。出久くんさ、あの爆豪って人にデクくんって呼ばれてたのはなんで?」

 

 考え込みながら上の空で歩いていた出久を、唐突なお茶子の言葉が現実に引き戻した。出久は慌てて説明する。

 

「あ、いや、本名が出久(いずく)で、かっちゃんがバカにしてそう呼んでて……」

 

「蔑称か」

 

 顎に手をやる天哉。

 

「あ、そうなんだ! 変なこと訊いちゃってごめんね。……でも「デク」って、「頑張れ」って感じでなんか好きだ私」

 

 にこりと笑ったお茶子に、出久は顔を真っ赤にする。

 

「私もデクくんって呼んでいい?」

 

「デクです」

 

 即答であった。

 

*

 

 雄英高校ヒーロー科のカリキュラムは特殊なものである。一般的な全日制高校であるとともにヒーロー養成の場としての側面も持つ雄英は、その二面性のために国語・数学・外国語などのいわゆる「普通の」科目と同時に、ヒーローとしての素質を磨くための科目も設置している。

 

 体力テスト改め“個性”把握テストが実施された翌日。教員免許を有するプロヒーローによる午前中の授業を乗り切り、昼食をクックヒーロー「ランチラッシュ」の取り仕切る食堂で済ませた雄英高校1年A組の面々は、いよいよ午後の「ヒーロー基礎学」の授業に臨もうとしていた。

 

わーたーしーがー!

 

 誰もが一度は聞いたことのある声。生徒たちが色めき立つ中、教室のドアががらりと開く。

 

普通にドアから来た!!

 

 筋骨隆々、金髪にして笑顔の大男。マント付きのコスチュームを纏ったその姿を知らぬものはいない。No.1(ナンバーワン)ヒーロー、オールマイトの登場である。

 

「すげー、本当にオールマイトだ!」

 

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだぜアレ……!」

 

「字体まで違ってる……」

 

「AHEM!」

 

 ざわつく教室を咳払い一つで黙らせると、オールマイトは教壇の前でぐっと身体をたわめた。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの基礎をつくる為様々な訓練を行う科目だ!」

 

 バッと振り返った彼は、右手に持った「BATTLE」と書かれた札を生徒たちに見せる。

 

「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!」

 

「戦闘……訓練……!」

 

 生徒たちの間に再びざわめきが走った。

 

「そしてそいつに伴って……こちら!」

 

 オールマイトが右を指すと、その指す先にあった教室の壁から棚らしきものが音を立ててせり出してくる。

 

「入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた……戦闘服!」

 

「おおお!」

 

 生徒たちは興奮を隠せない様子で喝采を送る。

 

「着替えたらグラウンドβへ集まるんだ!」

 

「はーい!」

 

 元気よく答えた生徒たちは、オールマイトが去るや否や席から立ちあがり自分たちのコスチュームを手に取り始めた。

 

「おお、すっげー! 俺の見てみろよ、ゴツゴツしてるぜ!」

 

「私のはなんか地味ね」

 

「ふふ、美しい僕のコスチュームも要望通り美しいね……」

 

 各々が自らのコスチュームを広げ、思い思いの感想を述べる中、善吉もまた自分のコスチュームを棚から取った。

 

「それで、めだかちゃんはどんなのにしたん……」

 

 振り返った善吉は絶句した。それもそのはず、彼の眼前では黒神めだかが制服のスカートを何の躊躇いもなく脱ぎ、その流麗な素足と簡素な下着を晒していた。

 

 スカートを脱ぎ終えためだかが、今度はシャツに手をかける。

 

「ど、どどど、どういうつもりだめだかちゃん」

 

 顔を赤くしながら訊いた善吉に、シャツを半ばまで引き上げためだかは心外と言わんばかりの顔で答える。

 

「む? どういうつもりもなにも、コスチュームに着替えるのであろう? であれば服を脱ぐのは当然ではないか」

 

「いや、そうなんだけどそうじゃねーっつーか、だからってここで脱ぎだす必要はねーっつーか、ああもうなんでもいいから一旦服を着ろ!」

 

 照れと気恥ずかしさと幼馴染のあられもない姿をクラスメイトに見られることへの焦りとが頭の中を駆け巡り碌な思考形成ができなくなった善吉は、混乱した頭のまま床に脱ぎ捨てられたスカートをめだかに向けて投げつけた。

 

男子生徒たちが顔を赤くして目線を逸らす中、一人だけ食い入るようにめだかの艶姿を見つめていた男、峰田(みねた)(みのる)がぽつりとつぶやいた。

 

「ああ、オレヒーロー科に来てよかった……」

 

*

 

「始めようか有精卵ども! 戦闘訓練のお時間だ!」

 

 教室でのひと悶着を終えて、場所はグラウンドβ。入試の際にも用いられた、市街地を模した演習場に集まった生徒たちへ、オールマイトが呼びかけた。

 

「先生!」

 

 “個性”を生かす排気孔の備えられた、全身をカバーするメタリックな装甲に身を包んだ天哉が手を挙げる。

 

「ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 天哉の言葉に、オールマイトはニヤリと笑った。

 

「いいや、もう2歩先に踏み込む! 屋内での()()()()訓練さ!」

 

 オールマイトは凶悪な(ヴィラン)は屋外よりもむしろ屋内に多く見られることを説明したうえで、基礎を知るための実践として生徒たちに屋内での模擬戦闘を行わせることを説明した。生徒たちから一気に質問が吹き上がる。

 

「勝敗のシステムは?」「ブッ飛ばしてもいいんスか」「分かれると言っても、どのように分かれれば?」「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」「このマントヤバくない?」

 

「んんん~~~聖徳太子ィ!」

 

 質問攻めにされたオールマイトは、落ち着くためか一度咳払いしたのち、懐から取り出したカンペを見ながら説明を進めた。彼によると生徒は2、3人ずつ(ヴィラン)役とヒーロー役とに分かれ、(ヴィラン)役がアジトに「核兵器」を隠していてヒーローがそれを処理しようとしているという設定のもとで「核兵器」をめぐって戦うことになるとのことであった。1-Aは22人からなるクラスなので、2人組が2つ、3人組が6つできる計算である。

 

「コンビ及び対戦相手は、くじだ!」

 

「適当なのですか!?」

 

 色付きのボールが入った箱を取り出してきたオールマイトに、天哉が突っ込みを入れる。

 

「いいや飯田同級生、これは将来に備えるための演習だ」

 

 そう言ったのは真新しいヒーローコスチュームに身を包んだめだかである。赤を基調とした派手なカラーリング、胸元をはだけた大胆なデザイン、そして頑丈そうなゴツゴツとした靴。胴部と四肢を覆う全身タイツの上にいかにもヒーロー然としたマフラーを首元に巻いた彼女は、至極真面目な顔をして続ける。

 

「有力プロヒーローともなれば、活躍の場は多い。その分自分のよく知らない相手とタッグを組むことも増える。常に相棒(サイドキック)と行動を共にできればよいが、現場はそう一筋縄ではいかないものだ。オールマイト先生はそのような状況にも適応できるよう我々を指導してくださっているのだ」

 

 めだかの説明に、天哉は納得したらしくオールマイトへぺこりと頭を下げる。

 

「そうか……! 先を見据えた計らい……失礼しました!」

 

 オールマイトは気にした様子なく右拳を突き上げる。

 

「いいよ! 早くやろ!」

 

*

 

 抽選の結果最初に行われることとなった(ヴィラン)役の勝己―天哉ペアとヒーロー役の出久―お茶子ペアの対決は熾烈を極めた。いち早く飛び出してきた勝己へは出久が対応し、「核」のもとで待機している天哉へはお茶子が向かう。個の戦闘力に劣り各個撃破が怖い「ヒーロー」チームにとって不利な展開ではあったが、出久とお茶子は意識外からの即席コンビネーションでこれを打開。出久が左腕に勝己の“個性”に起因する火傷を負い、右腕を自らの“個性”の反動で折ったとはいえ、模擬戦闘は「ヒーロー」チームの勝利で終わった。

 

「次! Bチームが「ヒーロー」、Hチームが「(ヴィラン)」だ!」

 

講評も済み、オールマイトが再びくじを引く。結果、対戦することとなったのは。

 

「お」

 

Bチーム、すなわち人吉善吉、常闇(とこやみ)踏影(ふみかげ)、そして切島(きりしま)鋭次郎(えいじろう)の三人と。

 

「む」

 

Hチーム、すなわち黒神めだか、八百万百、そして瀬呂(せろ)範太(はんた)の三人であった。

 

「さっきと同じように、(ヴィラン)チームは先に入って準備を! 5分後にヒーローチームが潜入を始めるからそのつもりでな!」

 

オールマイトの呼びかけとともに、BチームとHチームがモニタールームを出る。Hチームがビルへ入っていくのを見届けた善吉たちBチームは、互いの“個性”把握も含めて一度自己紹介をすることにした。

 

「俺は切島鋭次郎、よろしくな! “個性”は「硬化」、身体を硬くできる」

 

 鋭次郎はほら、と手を掲げ、“個性”を実演して見せる。善吉たちが見ている先で彼の言葉通り二の腕から先が音もなく変化し、いかにも硬そうな質感へと変わった。

 

「つってもあんまり広範囲を硬くしすぎると動けなくなるし、気が緩むと身体もヤワくなっちまうんだけどな」

 

 肩を竦めた彼は、黒いマントを羽織った、カラスのような頭をした生徒、踏影へ目線を向けた。踏影は一度頷き、マントをひらりとめくる。そこには、彼の身体に巻き付くような形でデフォルメされた鳥のような姿をした黒い塊が顔をのぞかせていた。

 

「常闇踏影だ。“個性”は見ての通り「黒影(ダークシャドウ)」。こいつは俺の身体から伸びていて、攻撃・防御・移動など基本的に何でもできる。俺とは別に意志があって、“個性”の意志(オート)俺自身の意志(マニュアル)のどちらでも動かせる」

 

「アイヨッ!」

 

 踏影の言葉に、彼の身体にまとわりついていた立体感のある影、黒影(ダークシャドウ)が相槌を打つ。

 

「ただし影である以上、光には弱い。夜闇の中では獰猛になり制御が難しい一方で力も強いのだが、日光のもとではせいぜい中の下といった攻撃力しかない。それ以上光を浴びると更に弱体化するから、それを知られている相手には戦いづらいな」

 

「アイヨ……」

 

 しょんぼりした黒影(ダークシャドウ)を一撫でした踏影は、マントを戻すと感心したようにそれを眺めていた善吉の方を見た。

 

「それで、貴様は?」

 

「おう、俺は人吉善吉。“個性”は……」

 

 

 5分後。作戦会議を終えたBチームが、目標となるビルへ突入した。

 

「だあらっしゃあああ!」

 

 叫び、一階の窓ガラスを「硬化」の“個性”でぶち破り突入したのは鋭次郎。彼は素早く目線を左右に動かし敵が近くにいないことを確認すると「硬化」を解き、事前に渡されていたビルの見取り図に従って上への階段へと一目散に駆けて行った。走る彼は、周囲を警戒しつつ先ほどの作戦会議の内容をもう一度思い返す。

 

「言うまでもねーと思うが、今回一番厄介なのは瀬呂だ」

 

 円陣を組んだ三人のうち、人差し指を立ててそう言ったのは善吉だった。

 

「“個性”把握テストの感じを見る限り、アイツの“個性”は多分粘着質のテープを出せるものだ。極論、「核」のある部屋をテープまみれにされただけで俺たちは詰む可能性がある」

 

 深刻そうな顔で言った善吉に、鋭次郎が意外そうな顔をする。

 

「ん、俺の「硬化」で切り裂けるんじゃねえのか?」

 

 それに反論したのは踏影だった。

 

「いや、テープの粘着性や耐久性が不明である以上、そのような対処は博打の一種だ。下手を打てば我々の一人が為す術もなく囚われる。黒影(ダークシャドウ)を送るのも同様」

 

 鋭次郎は納得したように、ぽんと掌を叩く。

 

「そういうことか。けどよ、俺的には八百万のが危険だと思うぜ。下手に何でも作れる分、時間与えると何されるかわかったもんじゃねえ」

 

「その上、相手にはめだかちゃんがいる」

 

 真剣な目つきをした善吉に、鋭次郎が尋ねる。

 

「なあ人吉、お前って黒神と仲いいんだろ? “個性”把握テストじゃ結局わかんなかったし、黒神の“個性”って何なんだ? 単純な増強型?」

 

「めだかちゃんの“個性”は「解析不能(アブノーマル)」。確かに身体能力はヤバいが、あれは単に素の力。それ以上にヤバいのは学習能力だ。めだかちゃんは()()()()()()。俺でさえ今めだかちゃんに何ができるかを完全に把握してるわけじゃない。下手に接近戦なんて挑んでみろ、何されたかわかる前に気絶させられることになるぞ」

 

「対してこっちは俺の「硬化」に常闇の「黒影(ダークシャドウ)」、んで人吉か……。わかっちゃあいたが、キツイな」

 

 顎に手を当てた踏影が、目の前の建物を見上げた。

 

「制限時間は15分、勝利条件は「核」への接触か「確保テープ」を用いた全員の捕縛。ヒーローは「核」の位置を知らされず、持ち物は無線機と建物の見取り図。このルール、ヒーロー側は分散した方が得だな」

 

 鋭次郎が頷く。

 

「分担して探した方が早いし、一人でも触れば勝ちだからな。俺たちも分かれるか?」

 

 彼のその提案に、しかし善吉は首を横に振った。

 

「いや、()()()()()固まって動くべきだ」

 

 回顧を終えた鋭次郎は、辿り着いた階段の上をちらりと伺う。

 

(相手側のメンバーは正面戦闘向きの“個性”を持たない八百万に狭い場所じゃ本領を発揮できない瀬呂、そしてインファイターの黒神。となると、大きな音を出したら来るのは……)

 

「ふはははは、私が来たぞヒーローども!」

 

(ビンゴ、黒神だ!)

 

 上階から颯爽と跳び下りてきた影を目にした鋭次郎は、内心でガッツポーズを取った。

 

 マフラーをたなびかせながら跳躍しためだかは、落下に入るとそのまま右足を突き出し跳び蹴りを繰り出す。

 

「うおっぶねえ!」

 

 反射的にこれを躱した鋭次郎は、硬化した拳を振りかぶりつつ身体を捻り、着地しためだかを振り返る。他人よりも硬いというのは、相討ちの状況下で一方的に優位を取れるということだ。「硬化」は攻防一体の“個性”だから、攻撃の姿勢さえ見せれば相手は大抵一度撤退を強いられることになる。

 

「なっ、お前!?」

 

 だから、迷わずこちらを見据えて自分と同じく拳を振りかぶっためだかの姿を目にした鋭次郎は心の底から驚いた。

 

 思わず拳の勢いを緩める。一高校生として、ヒーロー志望として、一人の漢として、同級生の女子の顔に傷をつけることを躊躇ってしまった。

 

 その隙を逃すほど、黒神めだかは甘くない。うねりを上げる拳が吸い込まれるように鋭次郎の顔面に迫る。

 

「「2cm」ッ!」

 

 その瞬間、不思議なことが起きた。めだかの身体が()()、ほんの少し浮き上がったのだ。

 

 当然、地面を踏みしめていためだかの足は一瞬の滞空ののち空を切る。一瞬の空白が生じた、そこへ。

 

「行け黒影(ダークシャドウ)!」

 

「アイヨッ!」

 

 廊下の角、暗がりに潜んでいた踏影が黒影(ダークシャドウ)を解き放つ。

 

「悪ィ、ぬかった!」

 

 めだかの背後へと投じた鋭次郎の視線の先にいたのは、めだかへ人差し指を向けている善吉と、マントの中から黒影(ダークシャドウ)を伸ばしている踏影だった。

 

 

 演習開始前、善吉はこう言った。

 

「向こうは当然こっちが「核」狙いで動くと思ってる。あっちにはめだかちゃんがいるからな、全員確保は無理だと踏んでくるはずだ。で、さっき常闇が言ったみてーにこのルールで「核」狙いならばらけた方が得だから、相手は俺らが別々に動くものだと思う。黒影(ダークシャドウ)は空を飛べるからな、まず警戒するのは上階への奇襲だ」

 

 そこを突く、と、善吉は囁く。

 

「瀬呂のテープへの対処が博打になる、って話があったが、条件は相手だって同じだ。防御面をテープ頼りにしといて、いざ試してみたらあっさり抜かれました、じゃあ話にならねーからな。少なくとも一人は確実に「核」のもとに留まることになる。機動力のない八百万あたりが適任だろうな。んで、あとの二人は俺たちを各個撃破しに来る」

 

「そこを3人で叩く、というわけか」

 

 踏影の言葉に善吉が頷いた。

 

「この作戦の肝はお前だ、切島」

 

「へ? 俺?」

 

 若干話についていけなくなっていた鋭次郎は、善吉の言葉で我に返った。

 

「ああ。最初に飛び出してくるのはおそらくめだかちゃんだ。向こうは下の階に「核」を置いておくメリットがないからまず上階に固まる。めだかちゃんは多分遊撃を担当するから、その分ほかの二人とは離れた位置にいる。俺らの内、先頭は一番正面戦闘向きの“個性”を持ってるお前ってことになる。接敵するタイミングはわからねーが、一瞬だけなら俺が隙を作れる。その一瞬で、」

 

 

(確保テープを、巻く!)

 

 腰のベルトに提げていた確保テープを左手に取り、殴るために踏み込んだ足をそのままに、姿勢を低くしてめだかへ突っ込む。翻る長髪とマフラーの向こうからは、同じく確保テープを持った黒影(ダークシャドウ)が突進してきているのが見えた。

 

 その瞬間。

 

 鋭次郎は、頬を真横から打ち抜かれる感覚を味わった。

 

(!? 『硬化』ッ!)

 

 咄嗟に施した硬化は、かろうじて彼を壁との激突から守った。揺れる視界の中、(ひび)が入った壁に手をつきながら立ち上がった鋭次郎が目にしたのは、顔面に迫る拳である。

 

「なっ!?」

 

 ガキン! と。思わず硬化を解き損ねた頭へ突き刺さった拳は、しかし跳ね返されることも砕けることもなく、生身の人体にあるまじき音を立てて鋭次郎の顔を殴り抜いた。

 

「黒神エンハンス、()()()()……」

 

 突き出された拳は、硬質な質感を纏っていた。

 





めだかのヘリは黒神家の執事が回収していきました。「ともだちと一緒に帰りたい」という連絡を受けてのことです。

めだかのコスチュームはパーツごとに組み上げていったらこうなった、という感じです。靴は全力を出して走っても壊れないもの、格闘用の籠手などは信条的に嫌いそうなので着けず、露出は多め、というイメージ。彼女もオールマイトのファンなので、タイツなのはそこら辺の影響があります。マフラーは趣味です(生徒会戦挙編の決戦服が好きだった)。

踏影の“個性”に関しては、完全に想像で書いています。「“個性”が独立した意志を持っている」「口頭で指示を出す場面が結構な割合で存在する」という情報と「怒りや悔恨といった感情が“個性”の制御に影響を及ぼす(そもそも“個性”の意識的制御が可能である)」という情報がどうにも噛み合わないように思えたので、マニュアルとオートで切り替えられる(マニュアルにする際のイメージは犬を首輪とリードでつなぐ感じで、手綱を離してしまったのが林間合宿の状況と思われる)のだろうという結論に至りました。
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